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三十章 カースルクーム奪還戦 開始前

三十話 カースルクーム奪還戦 開始前 その二

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 時は来た。

 空に太陽の陽がさし、光が夜空を照らす頃、ジャックはランニングを終え、アノア研究所が所有する施設の前に立っていた。
 今日の正午、カースルクーム奪還作戦が実行される。
 ついに今日、ビックタワーとの決着がつく。

 ソウル杯が開始されて一ヶ月がたとうとしている。そう、まだ一ヶ月もたっていない。
 だが、この一ヶ月は……特にカースルクームの惨劇が起こってからは、ジャックにとって長い年月がたった気がしていた。
 ジャックは自分の弱さと業と向かい合い、本来の力を取り戻しつつある。それでも、ジャックは所詮、新人王どまりだ。

 ジャックVSグリズリー。
 誰もが元世界チャンピオン、グリズリーが勝つと疑っていないだろう。
 ジャックはグリズリーに勝つことが出来るのか? 下馬評を覆す事が可能なのか?

 ――僕が勝つ自信はある。でも……。

 グリズリーと決着がついたとき、本当にビックタワーとの因縁は断ち切れるのか?
 NPCを虐殺するプレイヤーの心を変化させることが出来るのか?

 ――そんなこと、勝ってから考えるべきだよね。僕は僕に出来る事をやるだけだ。後はテツがなんとかしてくれる。

 全てはグリズリーに勝利してからだ。
 そう思いつつも、ジャックはこの戦いが終わった後、二つやりたいことがあった。

 一つはカースルクームの惨劇で散っていったみんなの墓を作ること。
 そうすることでジャックの心の中で踏ん切りをつけるつもりだ。
 これはムサシや他のメンバーも同じ事を考えていたので、みんなでやるつもりでいる。

 もう一つは……。

 ――リリアンに会う。

 ジャックはVRゲーム『アトランティス』で、相棒で嫁だったリリアンに会いに行くつもりだ。

 リリアンは言った、
 会いに来てと。そこで全て話すと。

 ジャックは真実が知りたかった。
 なぜ、二人は別れなければならなかったのか? もう、一緒にいることはできないのか?

 ――いや、絶対に一緒にいるんだ。僕はリリアンが好きだ。

 自分の偽りない気持ちをリリアンに伝えようとジャックは決心していた。

 もうすぐ、運命の時間がやってくる。
 ジャックは湧き上がる闘志が抑えられないでいた。

 運命。

 ジャックにとって、運命とはただの詩的表現で使われるもので、存在自体、信じていなかった。
 科学が発展し、一昔前まで信じられていた霊や物の怪等の存在が否定された世界で、運命などすでに迷信に過ぎない。
 そう思っていた。
 だが、子供の頃から憧れ、もう二度とカムバックできない英雄グリズリーとガチで戦う事になるなんて、一体、どんな巡り合わせがあれば可能なのか?

 それに四万人いるプレイヤーがいて、予選会場が四つあるなかで、ジャックはリリアンと思われる人物と出会えた。
 極めつけは、ジャックの姉の教え子であるソレイユとも出会った。

 この奇妙な縁は何を意味しているのか? これが運命なのか?
 ジャックは考えずにはいられなかった。



 午前十一時。
 カースルクーム奪還戦まで後一時間。天気は快晴。
 領主であるジャールの軍はカースルクームから一キロ先に軍を配置していた。
 ジョーンズはカネリアを放棄し、カースルクームの防衛に全戦力を集めた。その数三百七十二。
 それに対し、ジャール軍は四百ほど。

 ジャールが抱えている私兵は千ほどだが、四百で出兵したのは、シルバーをケチっただけだ。
 軍を動かすとなると、とにかく金がかかる。
 しかも、自国領で兵を動かすのだ。略奪はのぞめない。
 戦利品がないので兵の士気も上がらない。

 移動距離が少ないのは救いだが、それでもこの出兵でかかる費用で、何頭の馬とレーシバの最高級茶葉が買えたことか。
 そう考えると、ジャールは余計に腹が立った。

 ジャールの目的は勿論、カースルクームの奪還ではない。
 人のいない、税を徴収できない場所など、取り返しても何のメリットもない。
 別にジャールが動かなくても、冒険者ギルドがビックタワーを討伐するだろう。
 愛馬を殺されたのは業腹だが、シルバーが山ほどかかるのなら、ジャールは金のかからない方法をとるだろう。
 ジャールの目的は別にあった。

「ジャール様! 準備は整いました! 今すぐにでもあの暴徒共を血祭りにあげてやりましょう!」

 今回の鎮圧部隊の指揮官であるグラブは、民を殺された怒りから、意気揚々とジャールに突撃の許可を求めるが。

「ダメだ。私が合図するまで待て」
「ですが!」
「待て」

 ジャールは聞き耳持たずと言いたげにグラブの意見を無視する。
 ジャールの許可がない限り、グラブはカースルクームに攻め込むことが出来ない。
 グラブが歯ぎしりしながらカースルクームを見つめる。

 ビックタワーはグラブ達が来ることが分かっていたかのように、準備を整えていた。
 兵を展開するには正面しか広さがとれないが馬防柵が正面と左側面に並んでいて、弓兵、槍兵が控えている。
 右側面は川が流れていて、橋は落とされていた。後ろをとるには大きく迂回する必要がある。

 グラブは正面と後ろから挟み撃ちをジャールに提案したが、ジャールはそれを認めない。バカみたいに正面から戦えというのだ。
 あの防衛の陣形を見るからに、敵は素人ではない。
 兵数はこちらのほうが上だが、攻略戦を仕掛けるにはグラブ達が圧倒的に不利だ。

 ――相手はこの地帯で精強のギルド『アリハサンテ』を殲滅した実力の持ち主だ。被害は覚悟するべきか。
 ちっ! ただでさえ士気が低いのだから、少しでも有利に戦わないと敗走する可能性があるんだぞ! 負けたら、どう言い訳するつもりだ、コーラル!

 ジャールが兵を動かさないのはコーラルの指示に従っているからだろう。
 武人のグラブではなく、執務官のコーラルの意見を採用していることに、憤りを感じずにはいられなかった。
 しかも、コーラルは姿を見せていない。どこにいるのか?

 ジャールもグラブも知らなかった、
 もう、コーラルはこの世界にいないことを。全てはある人物の思惑通りに事が運んでいることを……。
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