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覚悟 その四

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「ねえ、ヨシュアン、カリアン。聞いてる?」
「いや、何も」
「コシアンさんが重大な話があるって……」

 ひそひそとミリアン、ヨシュアン、カリアン先生が不安げにしているけど、私は待ち人が来るのを黙って待っていた。
 ミリアンとヨシュアンは二つ返事で承諾をもらったけど、カリアン先生は少し説得に時間がかかった。
 ルシアンは……。

「なあ、ルシアン。大丈夫か? 思い詰めた顔してるぞ?」
「……」

 話しかけたヨシュアンは何の反応もないルシアンを見て、肩をすくめている。
 ミリアン、カリアン先生がこちらを見てくるけど、私は沈黙を貫くことにした。

 時間は夜。
 場所はカースルクームとリンカーベル山の間にある平原。
 ここは身を隠すところはないけど、奇襲や敵が近寄ればすぐに分かる。
 今度は不覚をとるつもりはない。
 敵襲がこないか、神経を集中させていると……。

「んにゃあああああ~~~やられたにゃ~」
「ちょっと、ミーちゃん! どうしたの! 服が破けているじゃない!」

 ミリアンのサポキャラの化け猫がボロボロになって、千鳥足で主の元へと戻ってきた。

「美味しそうな瓜坊がいたから食べようとしたら、返り討ちにあったにゃ~」

 瓜坊? 食べようとした?
 少しは真面目に……。

「く、くる……くぅ……」

 お前もなの、相棒! 大体、鳩って瓜坊食べないでしょうが!
 もしかして、あの化け猫がやられそうになったから、加勢していた?
 なにげに私の相棒と化け猫に友情が芽生えている気がする。

「クルックー」

 何々、服が欲しい?
 私はペットに服を着せるという文化には理解できないけど、鳩に服を着せたら飛べなくなるでしょ。

「……姐さん、待たせましたか?」
「約束の時間十分前」

 どうでもいいやりとりをしていたら、ジョーンズがやってきた。
 勿論、一人ではなく……。

「こんにちは、パイシースちゃん」
「……お前にパイシースと呼ばれるいわれはない」

 テンペストと、

「ちっす、コシアンさん」
「こんにちは、コシアンさん。おい達がこけ来てよかったんか?」

 ロサ・フレンチ・レースとの死闘で共闘したクリサンとグリズリーがタイミングよく現れた。

「く、クリサン? それにグリズリーも……どうして、ここに?」
「俺達は……いや、俺達もコシアンさんに呼び出されたクチだ。俺達が追っているヤツのことで話したいことがあるって言われて……」

 クリサンとは以前、ロサ・フレンチ・レース戦で作戦のやりとりをする為、フレンド登録し、ちょくちょく連絡する仲になっている。
 クリサンは以前同じチームに所属していたコスモスの仇討ちのために戦っていると話してくれた。
 それを餌にして、私はメールでこの時間、この場所を指定し、クリサンとグリズリーを呼び出した。
 彼らを呼んだのは、コスモスを倒した犯人を告げるため。

「クリサン、グリズリーさん、こんにちは。ご足労いただきありがとうございます。お呼びしたのはアナタ達の追っている人物の件です」

 クリサンもジョーンズも緊張したような、警戒した目で私を観察してくる。

「なあ、どうして、コシアンさんがコスモスを脱落させたヤツを知っているんだ? ジョーンズやテンペストが関わっているのか?」
「それを今から話すから」
「……分かった。ルシアンさんが嘘をつくとは思えないし、信じるよ」
「ありがとう」

 これで役者はそろった。
 今から始まるのはケジメと虚像と再生の物語。一世一代の茶番劇。
 これは一種の賭けになる。目論見がうまくいくよう、やることはやった。
 後は彼らの選択に任せる。

 私はルシアンにアイコンタクトを送る。
 ルシアンは強い意志を込めた目で見つめてくる。
 それを確認し……口を開く。

「皆をここに呼んだのはジョーンズ、以前キミが話してくれた話しを裏取りした結果、偽りがあったことが分かったから、それについて話しておきたい」
「偽り? 俺は嘘なんて言ってないですよ?」

 ジョーンズはむっとした顔をしている。

「それって、ジョーンズが私達を騙したって事?」
「な、何かいきなりっすね」
「ど、どういうことですか?」

 ミリアン、ヨシュアン、カリアンはジョーンズに戸惑いの表情を見せる。

「いや、だから俺は騙してなんてないから。姐さん、いい加減な事を言わないでください。姐さんでも怒りますよ」

 嘘はついていない。けれども……。

「正確に言えば、ジョーンズが勘違いしていたということ」
「か、勘違い……っすか? ええっと、姐さん、俺が何を勘違いしているんですか? まさか、この場に及んで復讐をやめろとか綺麗事を……」
「復讐するのはいい。けど、その手を血で染めることは阻止する。キミに人殺しをさせない」

 私とジョーンズはお互いにらみ合う。

力尽ちからづくで止める気ですか?」
「場合による。でも、その前にキミの勘違いを正したい」
「別にいいですけど……俺が何を勘違いしているんですか?」

 ジョーンズの勘違い。
 ジョーンズの父親はルシアンの父親と一緒に、工場が隠蔽している事を警察や世間に暴露し、止めようとした。
 しかし、ルシアンの父親達の行動を察知した者達がルシアンの父親を亡き者にし、その罪をジョーンズの父親にかぶせた。

「キミの父親が事前に自首するよう工場に伝えたことで、ルシアンの父親がキミの言う黒幕の手下に殺されるきっかけになったこと。憎ければ殺しに来いと言ったこと」

 ジョーンズはため息をつきながら、面倒くさそうに言い返す。

「確かに、それは俺の主観ですから事実と異なる点はありますよ。殺しに来いとも言いましたけど、それに関しては勘違いも何も……」
「ルシアンの父親は黒幕の手下に殺されていない。手下がルシアンの父親の自宅に押し入ったとき、ルシアンの父親は殺されていて、母親は部屋の隅で気絶していた。血まみれの包丁が床に転がっていた」
「……えっ?」
「手下はそのままルシアンの父親の死体と血まみれの包丁を運び出し、キミの父親をルシアンの父親の携帯からメールを送って呼び出した後、彼を気絶させ、部屋から持ってきた血まみれの包丁を握らせて、冤罪を作った。これが事実」
「「「……」」」

 私の告白にジョーンズだけでなく、ヨシュアン、ミリアン、カリアン先生も黙り込んでいる。
 これが副官君が調査してくれたルシアンの父親の死の経緯いきさつ
 この事実に、最初にショックから回復したのは……。

「……ね、ねえ、コシアン。意味が分からないんだけど。だとしたら、誰が犯人なわけ?」

 ミリアンだった。
 これは予測済み。
 ここからは……未知。どうなるかは神のみぞ知る。
 それでも、私は話を続ける。

「その手下以外の誰か。手下は自分の犯行に目撃者が出ないよう、真夜中を犯行時間に選んだけど、そのときにはルシアンの父親が殺されていた。ルシアンの父親の死因は腹部を何度も刺された事による出血死。つまり、正面から何度も刺されたって事」
「?」
「ルシアンの父親は、自分の職場の人間が原因不明の病気で倒れていくこと、誰も復帰しないこと、同じ症状で近隣の人々が亡くなっていることをずっと不安に思っていた。
 その原因がもし、自社の工場にあった場合、責任がとれるのか?
 万が一、公害に及べば、身の破滅だけでなく、家族もどうなるか分からない。

 会社に何度も報告しても、問題ないの一点張り。
 そんな不安をかき消そうと無実を証明するために調べれば調べるほど、疑惑は確信に変わり、いつ警察が、マスコミが押し寄せてくるのか分からない不安と恐怖から、酒に溺れるようになった」
「……俺、酒ばかり飲んでいた親父のことを軽蔑してたけど、今となったら少し理解できるようになったって言うか……正気でいられないんでしょうね」

 ヨシュアンは悲しげに頷いている。
 酒に溺れても事態がよくなることはない。問題から目をそらしているだけ。
 けど、自分の行いが誰かの人生を狂わせ、死なせたというプレッシャーに正気でいられる方が難しい。
 そんな人間に酒をやめさせるのは至難の業。

「当時のルシアンの父親は自分の体を心配する妻に暴力を振るうようになった。
 ただの八つ当たりだったけど、日に日に激しくなり、あるとき、妻を入院させてしまうほどの怪我を負わせてしまった。
 自分の護るべき家族を傷つけてしまった後悔から、ルシアンの父親は事実を明らかにすることを決意した。
 ジョーンズの父親と接触し、カリアンの父親に公害の原因を調査を依頼するようもちかけた」
「……」

 ルシアンはうつむいたまま、耳を傾けている。
 私は更に話を進める。

「ルシアンの父親は公害の件や内部告発を考えていた事から、他人に会うことはかなり警戒していたはず。犯行時刻は二十一時から二十三時の間。夜に家の中で正面から刺されたとなると、容疑者はかなり限られる。助けを求めたジョーンズの父親か……家族だけ」
「そ、それって……」

 ジョーンズは目を見開き、唇がワナワナと震えている。
 喉が渇く。息苦しい……。
 それでも、伝えなければならない。
 誰がルシアンの父親を刺したのかを。

「家庭内暴力を見てきた子供は父親に不信感を覚える。母親を護る為、かばうことがある。

 ルシアンの父親が殺された夜、彼は妻と口論になっていた。
 それを目撃していた子供は、父親に暴力をうけ、動かなくなった母親の姿がフラッシュバックした。
 そのときは入院するだけで済んだけど、今回は?
 もし、また暴力をうけて、今度は目を覚まさなくなったら? 

 それは純粋な気持ちだった。
 ただ、好きな両親が喧嘩する姿を、父親が母親を殴る姿を見たくなかった。母親を護りたかった。
 ただ、それだけだった」
「う、嘘ですよね? そんなことって……そんな……」

 カリアンは信じられないといった顔でルシアンを見つめている。
 ルシアン……私は……キミを……。

「それは事故。そう、事故。ただ、止めようとしただけ。でも……ルシアンの父親は……」

 私は一息つき、事実を述べる。

「ルシアンに刺された」
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