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カースルクームへ突入せよ! その五

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 カースルクームのなかは散々なモノだった。
 建物は破壊され、複数の乱れた足跡とおびただしい血の跡。
 ただ、違和感を覚える。
 なぜなら……。

「死体がない……」

 痕跡はあるのに、肝心の死体が一つもない。殿の死体も見当たらない。
 これは一体……。

「におうぜ……」
「におうな」

 キャンサーとキャプリコーンは気づいている。
 もうすぐ、敵と鉢合わせになることを……。
 すぐにでも弓と矢を使えるよう、準備する。

「クルックー!」

 ……いた。
 ルシアン、見つけた。
 ルシアンはこの惨状を作り出したプレイヤー達に囲まれ、地面に膝をついている。
 ただ、その顔には恐怖はなく、何かを必死に訴えているように見える。
 その相手は……。

「……ジョーンズ」

 心臓がトクンと一回だけ大きく波打つ。
 ルシアン達の見間違いであってほしいと思っていた。この惨劇に関わっていて欲しくなかった。
 戦場では希望は裏切られる。だから、望むのは勝利のみ。
 情は捨てろ。機械になれ……。

「どうする気だ! 教官!」
「突撃」
「そうこうないとな!」

 犬歯をむき出しにしてキャンサーが吼える。
 サジタリアスとキャプリコーンは黙ったまま。肯定と受け取る。
 迷いは捨てた。
 そして、敵もこちらも気づいた。

「outbreak of war……」

 私はすぐさま矢を放つ。
 その後すぐにサジタリアス、キャプリコーン、スコーピオが矢を放つ。
 陣形の合図、打ち合わせはない。
 各自が最適解を瞬時に判断と同時に動いている。

「て、敵だ! 敵襲だ!」

 私は迷うことなく、一直線にルシアンの元へと駈けていく。その道にプレイヤーがいるけど、スピードは落とさない。

「うわぁあああああ!」

 猛突進で突き進む馬にビビったプレイヤー達は慌てて道を空ける。
 ルシアンの襟首を掴み、前へ走り抜ける。

「あ、姐さん!」
「乗って」

 ルシアンを後ろに乗せる。

『こちら、コシアン。ルシアン、救出成功』
『救出成功? やった!』

 目標確保。後はこの場から離脱……。

「ダメだ! 姐さん! 下ろしてくれ!」
「なぁ!」

 このバカ!
 あろうことか、ルシアンは馬から飛び降りる。地面を転げ回った後、急いで立ち上がり、ジョーンズの元へと走り出す。
 これにはサジタリアス達だけでなく、ジョーンズ達もぽかんと口を開けている。

「ジョーンズ! 戻ってこい! お前のいる場所はそこじゃないだろ! 戻ってこい、ジョーンズ!」
「……」

 とにかく、もう一度突っ込む。
 勢いを殺さず、馬を前へ走らせる。Uターンし、突撃するため。

「おい、ジョーンズ! アイツは俺にやらせろ! いいよな!」
「ま、待て、アレカサル!」

 私の為に三人の敵が現れる。
 一対三。
 だけど!

「「ひひぃいいいいいいいんんん!」」
「おわぁ!」
「おおぅ!」

 背後から矢が一本ずつ、二頭の馬の尻にささり、驚きでその場で止まってしまう。
 サジタリアスとキャンサー、キャプリコーンが後ろにいるので気兼ねなく戦える。
 これで一対一。

「相棒!」
「クルックー!」

 相棒はこの時点で最適な武器を判断し、ロングスピアを召喚する。

「ちっ! 俺の一撃でイッちまえやぁああああああああああああ!」

 このド素人がぁ!

「ひひぃいいいいいいいんんん!」
「うぉおおおお!」

 ロングスピアの矛先が馬の眉間にたたき込まれる。
 馬は悲鳴を上げ、暴れ回る。

「て、てめえ! 卑怯だぞ!」

 なら、ルールで縛られたスポーツでもしてろ!
 足を潰すのは基本。この場から離脱するためにも、馬は減らしておきたい。

「この野郎!」

 馬上の相手に地面から剣とか!

「うぉおおおおおお!」

 ロングスピアを敵の顔面に狙いをつけ、突き出す。
 的は小さいけれど、初心者が一番ビビる攻撃箇所。私達ならやれる。

「うわぁ!」
「こ、この!」
「オラオラ! キャンサー様がお通りだ!」

 キャンサーはボーラを装備し、すれ違いざま相手の後頭部に球状のおもりを叩きつける。

 ボーラ。
 先史時代が起源となっている武器で握り手の先にロープが繋いでいて、その先に丸いおもりがついている。
 本来は捕獲用の武器だけど、それを巧に使用し、相手のガードを下げ……。

「いただき!」

 サジタリアスがグレイヴで無防備な相手の喉元を斬り裂く。
 その電光石火の所業に、まず一人。
 私とキャプリコーンと肩を並べる。

「ずいぶんおとなしいけど、獲物を譲ってくれるわけ?」
「ぬかせ」

 私達は弓を構え、まず、私が前に出る。
 キャプリコーンと一直線になった状態で私は敵に向かって矢を放った。

「当たるかよ!」

 攻撃は防がれたが……。

「ぐっ!」

 敵の肩に矢が刺さる。キャプリコーンの放った矢が私の耳元すれすれに突き抜け、そのまま刺さった。
 ロングスピアと武器を交換し、突きで敵を矛先で引っかけながら走り抜ける。

「お、おろせ!」

 リクエスト通り、私は敵を円を描くようにして地面に叩きつけた。

「ぐはぁ!」

 キャプリコーンがトドメを刺そうとするけど、キャンサーが割り込んできてロングスピアで倒れた敵の喉元に矛先を突き刺す。

「邪魔するな、小娘!」
「早いモノ勝ちだろ!」
「油断しない!」

 私達は馬を手足のように操り、敵を蹂躙する。
 時には弧を描き、時には直線的に馬を走らせ、常に互いの背後を護る陣形で戦闘を進める。

「マジかよ! せっかく帰れるって思ったのに! 聞いてないぞ、こんな展開は!」
「ヤベえよ! 応援を呼ばないと負けるぞ!」
「くそ! なんでだよ! もう戦いたくねえんだよ!」

 ……PTSD(心的外傷後ストレス障害)?

「てめえら! 罪のない人々を殺し回って何が戦いたくねえだ!」
「あ、アイツらはNPCだろ! 殺しじゃねえ!」
「命乞いをした彼らに今の台詞を言える?」
「知るか! 知るかよ! 俺は悪くねえ! 悪くねえ!」

 キャンサーとサジタリアスがうまい具合に煽ってくれている。
 彼らの精神は今、やんでいる。この世界はリアルすぎた。
 だから、NPCの死に何人かの敵は罪悪感と恐怖で冷静な判断も実力も発揮できない。
 それなら!

「ぐぁあああああああ!」
「矢が! 矢が! 目に!」

 私とキャプリコーンが放った矢が敵の目を貫く。
 ここはゲームの世界。
 目を矢で貫かれても死にはしないし、動ける。
 だけど、極限状態の彼らなら……。

「くそ! 強制ソウルアウトされちまったぞ!」
「ヤベえ! マジでやべえぞ!」

 ただの烏合の衆。

「立て直せ! まずは自分の身を守ることを考えろ! 一人にならずに仲間と……」
「ジョーンズ!」
「!」

 一喝して黙らせる。
 敵に怒鳴られたくらいで指示を出すのを止めるな。無能な指揮官こそ、最大の敵。
 これは後で説教コース。

「ジョーンズ! もうやめてくれ! 頼む! これ以上、誰も死なせたくないんだ!」

 ルシアン……ここはゲームの世界だから。
 それでも、司令官のジョーンズを止めてくれるのはグッジョブ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 大岩!
 飛来してくる二メートルはある大岩が私に襲いかかるが……。

「!」

 横から飛来してきたロングスピが岩を木っ端微塵に吹き飛ばす。
 サジタリアス、ナイス。

「野郎!」

 今度は杭!
 飛来してくるロングスピアで杭を弾き飛ばす。
 ちっ! 思っていたよりも衝撃が強い! 手がしびれて……。

「ジョーンズ!」
「敵だ! ジョーンズ達を助けろ!」

 増援が来る。
 手はしびれてすぐには動かせない。
 先頭で馬を走らせてくる敵がバルディッシュを構え、こちらを睨みつけている。
 私はかまわず、敵に突進する。
 あの体格で重量のあるバルディッシュを振るうのは遅いはず。

「おらぁ!」

 速い!

「ぐぅ!」

 スピードの乗った一撃に私は吹き飛ばされ、落馬する。
 背中の痛みを歯を食いしばり、耐える。

「くたばりやがれ!」

 次の刺客が私にトドメを刺そうと、倒れている私にショートソードを振り上げるが……。

「ごほぉ!」

 体を丸め、跳ね起きた勢いで敵の顎を蹴り上げた。
 空中で敵の頭を掴み、体を回転させ、その遠心力で敵を投げ飛ばし、追撃してきた敵にぶつける。

「野郎!」

 バルディッシュを持った敵が、私の着地を狙って攻撃を仕掛けてくる。
 私は潜在能力を発動し、体を横に回転させ、その遠心力で粘液を敵の顔面に投げつける。

「な、なんだ! 目、目がぁ!」

 ヘルメットのわずかな間を通り抜け、目潰しに成功。着地と同時に跳び上がり、跳び蹴りで敵を蹴り飛ばす。

「ヒュ~~~~イ!」

 口笛を吹き、自分を馬を呼び寄せ、飛び乗る。

「つ、つええ! アレカサルとジェスがいても勝てないのかよ!」

 敵は浮き足立っている。
 サジタリアスとキャンサー、キャプリコーンがうまく陣形をかき乱しているので、ルシアンまでの障害物がない。
 チャンス!

「これでもくらえ!」

 敵が私に向かって杭を投げてくる。私は首を横にして躱すが。

「!」

 鎖が首に巻き付こうとする。
 かろうじてしゃがむことで回避成功。
 けど、一瞬生まれた隙が致命的な事態を招く。

「ぁ!」

 熊のような大男が何かを投げてきて、右目が貫通した。体がのけぞり、動きが止まってしまう。

「「あ、姐さん!」」

 くぅ! これは……矢?
 弓を持っていなかったので油断していた。大男は矢を剛速球の要領で投げてきた。
 現実ではありえない動き。そのせいで右目がやられた。またもや落馬してしまう。
 SPがイエロー、半分以下になってしまっている。
 痛みを堪え、なんとか立ち上がる。

「地べたをはいずりまわれ! アーマーブレイク!」

 敵が猛突進し、ショートソードで私の鳩尾あたりを高速でついてくる。
 焼けるような激痛で意識が遠のく。絶体絶命。
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