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罠 その二

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「……」

 屯所に来たわけだけど、静か……。耳には雨音しか聞こえない。
 それがかえって不気味。人の息吹や気配が感じられない。
 屯所なのに誰もいないことなんてある? ありえない。
 さて、どうする?

 建物内の地図はなし。
 敵の数は未知数。カリアン先生のおすすめで取得した『索敵』スキルには何も引っかからない。
 ただ、過信しないでくださいとカリアン先生にも注意されているし、油断するつもりはない。

 隻腕の騎士はグリズリーに注意しろと言われたけど、それがコードネームなのか、人間以外の生物なのか分からない。
 敵の正体すら知らない状態で未知の建物内で戦うのは自殺行為。
 ここは援軍を待って……といいたいけど、援軍が先に屯所に突っ込んでいったので私が援軍扱い……しかも、一番遅くに到着している。
 リーダーは常に前線に、これが私の座右の銘なのに、最後とは……。

 ルシアン達が中にいるので火矢をたたき込んで敵をあぶり出すわけにもいかないし、そもそも雨が降っているので無理。
 ここで迷っていれば、ルシアン達が脱落する可能性がある。

「クルックー!」
「……いくしかない」

 私は覚悟を決めた。
 情報がないことがこれほど恐ろしいとは思ったことはない。
 まず、入り口を確保。
 問題ない。
 建物内も静か……。

「きゃああああああああああああああああ!」
「!」

 私は否応なく中へ入らざるをえない状況になった。
 今の叫び声はミリアン。
 ここでチームメンバーを一人でも失うわけにはいかない。たとえ罠でも飛び込む。
 ミリアンの声は一回の右奥の部屋から聞こえてきた。
 中に入った瞬間、臭い慣れた悪臭がした。
 血の臭い。
 まさか……。
 私が部屋に入ると……。

「……」
「ミリアン」

 ミリアンは腰を抜かして呆然としていた。
 私はミリアンの頬を二回はたく。

「あっ……」
「ミリアン、私が分かる?」

 こくん。

「もう、大丈夫だから」
「コシアン……コシアン!」

 ミリアンが抱きついてくる。
 正直、私はミリアンにすぐさまここから去るように命令したいところだけど、そうもいかない。

 無理。

 人の死を……惨殺死体を目の前にして正気を保つ方が難しい。しかも複数人の死体を。
 ミリアンのいた部屋には複数の肉の塊が転がり、血の水たまりができている。そう、ここにはもう、人はいない。
 人だったものが今、バラバラになって転がっている。

 死体を観察する。
 顔がない。
 切り取られたわけではなく、はじけとんだと思われる。
 首が一つも転がっていないし、壁に肉と大量の血がこびりついている。

 素人にはこの光景と匂いは吐き気が止まらないほどキツいもの。
 まずはミリアンを落ち着かせ、ここからゆっくりと離れる。
 まだ、建物にはカリアン、ヨシュアン、ルシアンがいる。
 私はゆっくりと慎重に物事を運ぶことにした。



「ど、どこに行く気? い、一緒にいてくれないの?」

 私はミリアンを屯所から遠ざけ、人通りの多い場所に移動し、ミリアンの安全を確保した。
 その後、もう一度屯所へ向かおうとしたとき、ミリアンに呼び止められる。

「まだルシアン達がいる。助けないと……」
「……ごめん……最低だって分かっているけど……いかないで……」

 完全に臆している。
 私は情けないミリアンを恨む……わけもなく、このリアルすぎる世界を恨んだ。
 あんな生々しいものをみせつけられた日には、焼き肉が食えなくなる。
 ミリアンの反応は人として当然であり、恥じるべきではない。
 変然としていられる私の方が異常。

「どうしたの?」
「ひぃいいいい!」
「!」

 心臓がとまるかと思った。
 仮面の女がいきなり目の前に現れた。
 私はすぐにダガーをぬき、構える。

「ご、ごめんなさい……怖がらせるとは思わなくて……」
「レベッカ……流石に雨の街中に傘を差さずにツーハンデッドソード背負っている仮面の戦士がいたら怖いでしょ」

 レベッカにネルソン……レベッカ……レベッカ……レベッカ……。
 レベル7777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777777!

 お、落ち着け、私。これは事故。
 私から接触したわけではない。
 本来なら出会ってはならない者と鉢合わせになった場合、速やかに離脱するべき。
 けど……。

「すまない。この子のそばにいてほしい」
「そばに?」
「なぜ、私達が……」

 二人の疑問は当然。
 私達はプレイヤーで仲間ではない。逆に倒すべき敵。
 そんな敵に護ってもらおうだなんて正気の沙汰ではない。
 それでも……。

「グリムとラックに伝えて。パイシースが助力を求めると」
「「!」」

 虫がいいのは分かっている。
 二人の邪魔をしておいて、助けて欲しいなんてネーム持ちとしてあるまじき行為。
 けれども、二人に頼るしかない。

「……分かった。私が彼女を護ればいいのね?」
「レベッカ!」

 驚いた……耳を疑ったといってもいい。
 レベッカはサジタリアスとキャンサーにまだ何も言っていない。それなのに、私達を助けてくれる。
 その真意が分からない。

「いいじゃない。ジャックがここにいたら、同じ事をしていたわよ。それなら、私達だってそうするべきでしょ?」

 ジャック? 誰?
 とにかく、レベッカを信じるしかない。仮面の奥にある純粋な目にかける。

「ありがとう。キミは優しいな」
「……違うから」
「はい?」
「別に優しくないから。勘違いしないで」
「……」

 さ、最近の子は難しい……。
 そういえば、甥っ子もいいことをしたことを褒めたら拗ねたような態度をとっていた。
 照れ隠し?
 とにかく、これで屯所へ戻れる。
 私は座り込んでいるミリアンの前で膝をつき、同じ視線でゆっくりと語りかける。

「ミリアン……ごめん。でも、この子達は知り合いで信頼できるからアナタは安全」
「……私こそごめん……カリアン、ヨシュアン、ルシアンをお願い……」

 ミリアンはうつむいたまま、目を合わせようとしない。
 自分の情けなさ、弱さを痛感しているみたい。こんなとき、私は……。

「……任せて」

 何も言わない。
 自分と向き合うことで人は次のステップに進むチャンスがうまれる。
 ピンチをチャンスに変えることができる者が成長し、過酷な世界を生き延びることが出来る。
 ミリアンの問題よわさは自分で解決するべき。
 私に出来ることは、そのチャンスを悪意ある者から護ることだけ。
 私はすぐに屯所に向かった。



「ヨシュアン」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ヨシュアンは腰を抜かし、叫び声をあげる。
 私は再度屯所に忍び込み、二回のとある部屋でヨシュアンを見つけ、声を掛けた。
 ヨシュアンは汗をかき、荒い息を吐き出しながらも、懸命にウォー・ハンマーを振り回す。

「落ち着け」
「あっ……こ、コシアンさん! よかったぁ……」

 ウォー・ハンマーを押さえつけ、まっすぐに視線を合わせてヨシュアンに話しかけると、ようやく動きが止まる。
 ヨシュアンは重いため息をつき、その場に座り込んでしまった。

「はははは……ここって地獄っすかね? 死体……死体……死体があふれてる……目を背けて逃げ出したかったけど、この中にルシアンが……ミリアンが……カリアンがいるかもしれないって思ったら、逃げちゃいけない気がして……それに、それに……もし、これがジョーンズが……」
「……ミリアンとカリアンは無事。それとジョーンズの仕業じゃない」

 ヨシュアンはほっとした顔をしている。こんなときまで仲間の心配をするなんて……いや、ミリアンもカリアンもそう……バカばかり。
 気持ちのいいバカ達。

「……ここは私に任せて、屯所を出て」
「……いや、俺もいきます」

 一瞬ほっとした顔を見せたヨシュアンが目一杯虚勢を張っている。

「ほら、俺ってタンク役……みんなの盾じゃないですか。その盾が逃げたら、誰が仲間を護るんです? だから、逃げちゃ駄目でしょ? それにこんなことをしでかしたヤツがまだこの屯所にいるのなら、ここで倒すべきでしょ。街への被害を食い止めるために」
「……」

 またもや驚いた……あのかるい男にこんな根性と意地、正義感があったとは。
 人はいざってときに本性を現すと言うが、普段の姿からは想像もつかない……いや、私が見ていなかったから気づかなかった。
 反省するべき。

「分かった。けど、無理ならすぐに逃げる。自分の命を優先する。約束して」
「はははっ、ここはゲームの世界でしょ? 命を優先するって……」
「ふっ」

 確かにそう。ここがゲームの世界だって忘れそうになる。
 私はヨシュアンに手を差しのばす。
 ヨシュアンは私の手を握り、立ち上がる。

「ミリアンとカリアンは無事って言ってましたけど、どこにいるんです?」
「ミリアンは信頼できる人物が護衛についている。カリアンは屯所の外に隠してきた」
「隠した?」
「気絶していたから、物陰に隠している」

 カリアン先生はあまりのショックに強制ソウルアウトされていた。それ故、安全な場所まですぐに運び出せた。
 ミリアンで時間を掛けていたから、逆にありがたい。

 私はヨシュアンと共にルシアンの詮索に戻る。
 この屯所に来て分かったが、生存者の気配がない。
 つまり、敵はもういない。

 楽観的な考えだけど、ルシアンも無事のはず。
 それなのに、嫌な予感がおさまらない。逆に進めば進むほど、知りたくもない過酷な真実を知ってしまう気がする。

 どくん……どくん……どくん。

「コシアンさん。二階には誰もいませんね。残りはあと三階……」
「油断しないで」

 私達は最大限に警戒し、三階にあがる。
 この階は血の臭いがうすい。通路や部屋には死体がない。
 ルシアンはどこに?

「あそこは一番お偉いさんの部屋ですかね?」
「……」

 今までの扉とは違う、立派なドアと二部屋分の広さのある場所にたどりつく、
 三階はここで終わり。
 私はヨシュアンに伝えていた合図を送る。
 ヨシュアンはうなずき……。

「でりゃ!」

 思いっきりドアを蹴飛ばす。
 私は弓を構え、突入した。
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