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人間の屑 その四
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「……お疲れ様です、コシアンさん」
ジョーンズがねぎらいの言葉を掛けてくるが、緊張しているのが丸わかり。
「ねえ、コシアン……アンタの目的ってこれ? その社会教育ってヤツの為に殺したの?」
「イエス」
「確かにゲスだわ、アンタ。人の心がないの? 強かったら何をしてもいいわけ? 最低よ。それにアンタ、仲間の私達も必要なら……その……殺す気なの?」
「必要なら」
「!」
パチン!
大きな音が鳴り響く。
「流石に引くわ~」
ミリアン、ヨシュアンは否定。
「……そうかな? 僕はコシアンさんらしいって思ったよ。どんなときもブレなくてまっすぐな信念があるし。ルシアンとは真逆だけどね」
「俺も姐さんは間違ってないと思う」
カリアン先生はどっち? 褒めてるの? けなしているの?
ジョーンズは認めてくれているみたい。
ルシアンは……。
「……姐さん。もう、ああいうのはやめてくれ。姐さんなら殺さなくても無力化できたはずだ。無駄な殺しはもうやめてくれ。確かに彼は酷いことをしていたけど、それは理由があってのことだった。彼らも被害者なんだ。だから……」
「被害者? 加害者だろうが……」
ジョーンズ?
「同情の余地なんてあるか! アイツらは人を殺して物を盗んでいたんだぞ! 殺された人にお前は同じ事が言えるのか? 綺麗事をぬかすな!」
「け、けど! だからこそ、生きて罪を償うべきだろ! 死んだら全てが終わってしまうんだぞ! それに言ってたじゃないか! 騙されたって! 裏切られたって! 汚名を着せられたって! 領主に騙されただけなんだ! 彼は更生できた!」
「お前の頭はお花畑でできているのか? 汚名を着せられた痛みをお前は知っているだろうが! 恨みはそんな簡単に消せるものじゃねえんだよ! それにお前、言ったよな? あの盗賊は領主に騙されたって。それなら領主だけ殺せばいいだろうが! 無関係なヤツを巻き込むな! 迷惑だろうが!」
「騙されて行き場のない怒りにとらわれるなんて誰にでもあるだろ! そのせいで間違いだって犯すことだってある。けど、だからこそ、自分の犯した罪と向き合うべきだ。生きて償うべきだ! 殺したら一生償えないんだぞ。そんなの、悲しいじゃないか。誰だって生きる権利はあるはずだ!」
「お前の主観なんてどうでもいい! 被害者の立場になって考えろ! 俺は絶対にごめんだ! 不条理に命を……尊厳を奪われるなんてな! 人殺しなんて死んじまえばいいんだ!」
「罪の自覚も償いもなく殺してそれでいいのか? 殺したら一生和解はできないんだぞ。折り合いだってつかない。そうなったら、ずっとやりきれない気持ちを抱えて生きていくんだぞ? そんなの辛いじゃないか……なあ、ジョーンズ。目の前の解決策よりも未来を見据えて行動するべきじゃないのか? よりよい未来のために行動するべきじゃないのか?」
ルシアンとジョーンズの激しい口論は止まらない。
どちらが正しいのか?
きっとどっちも正しくて間違っている。
私は論外。
そもそも、私は正しさで行動していない。生きるために行動している。
気になるのはジョーンズ。
彼がここまで感情的にルシアンに噛みついているのが気になる。
やはり、ジョーンズは……。
「ね、ねえ、コシアン。喧嘩を止めてよ。このままだと……」
「イヤ」
「嫌ってあんた……」
ミリアンは思いっきり呆れているが、嫌なモノは嫌。
「だた、じゃれあっているだけ。言いたいことは言わせておけばいい。そのほうがお互い遺恨が残らなくて済む。男ってそういう生き物」
暑苦しい青春。
「そ、そうなの、カリアン? ヨシュアン?」
「まあ、そういうところはあるけど……」
「でも、あれってヤバくねえ? ちょっと、マジっていうか……」
「てめえ! いい加減にしろよ!」
「なんで、分からないんだよ!」
取っ組み合いが始まる。
ここで殴り合い。
その後、なんだかんだで仲直り。
部隊でよくみられるテンプレ。
「この偽善者野郎!」
「ぐっ! この分からず屋!」
ほら、殴り合いが始まった。
流石にヨシュアンもカリアンも止めに入る。
私は最後までやらせるべきとは思うけど。
雰囲気は悪いけど、チームとはこんなもの。
仲がいいこともあれば、悪いこともある。
そういったものを積み重ねてチームの結束は強くなる。
勿論、そこから去って行く者もいるが、今回はその限りではないはず。
経験則からそう思っていた。いや……。
「ジョーンズ、落ち着けよ!」
「ルシアンもやめてください!」
ヨシュアンがジョーンズを、カリアンがルシアンを羽交い締めにして、ここで喧嘩は終了。
「離せ! この偽善者野郎を粛正してやる!」
「どうして分からないんだ! 死ねば終わりなんだぞ! 犯罪者だって、やり直す権利があるはずだ! 正義は武力行使じゃなくて、許すことこそ、救いになるんだよ!」
救いね……それなら別に騎士である必要はない。ルシアンは子供。
それはジョーンズだけでなく、カリアンもミリアンもヨシュアンも気づいている。
彼の言葉は薄っぺらい。
でも、それでも……。
「笑わせるな、偽善者! 姐さんだってそう思うでしょ! ルシアンは世間知らずの偽善者だって! 何が騎士だ! ただの一般人が騎士なんてなれるわけないだろうが! 現実と物語の区別がつかなくなったドン・キホーテかてめえは! 弱いくせに! 力がないくせに! せめて、姐さんくらい強くなってから理想を語れ!」
私のように強くね……。
私は伝えなければならない。
ルシアンとジョーンズに。正しい道……いや、間違った道を進まないように。
非常な現実を。
「ルシアン……力なき正義は無力。自分の身一つ護れない者が他人を護る事など不可能。ルシアンの理想はただの独りよがりの願望だから、誰にも理解されない」
「……それでも……俺は……」
ルシアンはうつむきながらも、拳を握り、反論しようとする。
「ほら、みてみろ! 姐さんの言うとおりだ! 姐さんが正しいんだ!」
次に私はジョーンズに告げる。
「ジョーンズ。ルシアンを笑う者は……騙される方が悪い、そんな免罪符を盾にして平気で人を騙す者や私のように人を信じられず、殺す事でしか安心感を得られない屑達。私のようなゲスが言うのだから間違いない」
「えっ?」
ジョーンズだけでなく、ルシアンも呆然としている。
人生の先輩として、語ろう。
それが彼らの救いになることを信じて。
「ジョーンズ、キミは私が強いと言った。確かに私は強い。私が所属する組織の中で最強の部類だと自負している。ルシアン、ジョーンズ。最強になれる素質は何か分かる?」
「……信念を貫くことですか?」
「……誰にも負けないことですか?」
私は首を横に振り、告げる。
「心が壊れること」
「心が壊れる?」
「そう……私の耳はいつも幻聴が聞こえる……殺した相手の怨嗟の声、命乞いの声……何百の声がいつも聞こえてくる。
私の目にはふと死体が見えることがある。
私の判断ミスで死んでいった部下や護りたかった人の骸。
もう会えなくなった大切な人達の姿。
そして、手が血で汚れている姿も何度も見える。
シャワーを浴びているのに、鏡に映る自分は全身血だらけになっている姿が見える。
私はいつも夢を見る。
引き金を引く夢。人を殺めたときの夢。特に裏切った仲間を殺したときの夢はよく見る。
食事をしていると、時々血の味がする。返り血を浴びたときの味。
殺されるほど暴力を受けて流した血の味、銃で撃たれたときに流した血の味。
三つ星レストランの味が血の味しか感じないときもある。
私の鼻は硝煙と血の臭いが染みついていて、吐き気に何度も襲われる。
ナイフで人を殺したとき、両手についた血の匂いが染みついておとせない。
銃で殺したときは硝煙の匂いがする。
ある紛争地域で戦ったとき、武器が旧式だったから、銃を撃つと硝煙の臭いが鼻をついた。
その臭いが消せなくなるほど、私は銃で何十、何百と殺した。無抵抗な女子供も命令一つで殺した。
今の銃は硝煙の臭いはしないけど、体が覚えている。それで思い出す……死の臭いを……」
「姐さん……」
死が私の頭から離れない……逃げられない。
「恋人と一緒にいるときでも……愛し合ったときでも……幸福を感じている瞬間にも思い出す。死の影を……こんな状態でも生きていられること。それが最強の素質。ルシアン、ジョンズ、キミ達はこんな私になりたいと思う?」
「……」
「そ、それなら、やめたらいいじゃないですか! 武器を捨てればいいじゃないですか!」
ルシアンは優しい。
私の為に泣いてくれている。
だから、正直に話そう。
「無理。武器の威力を味わえば味わうほど、手放せなくなる。それがないと不安で外を歩けなくなるし、怖くて眠れなくなる」
「だ、だったら、人を殺さなければいいじゃないですか! 俺達の日本には活人剣ってものがあるんです! 刀は人を殺める凶器ですけど、それをあえて人を活かす為に使っているんです! 姐さんならそれが出来るんじゃないんですか!」
誰かを活かすか……そんなこと……。
「無理。私は自分を護る為に人を殺すから」
「そ、そりゃあ殺されそうになったら自衛のために殺すのも仕方ないかもしれませんけど……」
「ルシアン、勘違いしている。私は自分を護る為に殺している」
「ど、どういうことですか、姐さん?」
ジョーンズの問いに私は本性を現す。
「私は人を殺しすぎた。だから、いつ恨みで殺されてもおかしくない。暗殺や報復にいつも怯えている。その怯えを唯一和らげてくれるのは敵をこの手で殺す事。敵の命を奪ったとき、私は生き残ったという実感を得て、安心できる。胸の奥があたたかくなって安らぎを覚える。でも、それは短い時間だけ。だから、私は敵を何人も何人も殺すために戦場に出て、敵を殺しに行くの」
「そ、それっておかしいじゃないですか! 戦場に出れば殺されるかもしれないのに! そもそも殺されない為に敵を殺すとか矛盾している! 恨みを増産するだけじゃないですか!」
「戦場は敵が見えている。見えない敵に怯えるよりも見える敵を殺す方が効率的」
「狂ってる! アンタ、狂ってるよ!」
そう、私は狂っている。盗賊が言ったように、私は最低の人間。人間の屑。
「それに、トドメをささずに活かそうとすると、声が聞こえてくるの」
「もうやめろ……やめてくれ……」
「過去に同じ場面で殺した相手が私に問いかけるの。なぜ、俺は助けてくれなかったのか。どうして命乞いをした私を助けてくれなかったのって。その問いに答えられないから、顔向けできなくなるから、私は平等に殺す。全て自分の為に人を殺す」
「やめろって言ってるだろうが!」
ジョーンズは私の胸ぐらを掴み、押し倒す。ジョーンズは私のことを慕っていてくれた。
きっと失望している。けど、これは隠しようもない事実。
人を殺せばどうなるのか?
その末路が私。
ルシアンはやり直せると言っていたけど、壊れた人間がどうやり直せばいいのか、教えて欲しい。
「私はよく想像する。自分が死ぬとき、どうやって死ぬのか。死が私の希望で、生きていく理由」
「意味分かんねえんだよ! 死にたくないから殺しているクセに死ぬのが希望だってありえないだろうが! アンタの口から! アンタの口からそんなこと、聞きたくなかった!」
これは半分嘘で半分は祈り。
死ねばもう罪悪感に悩むことはなくなる。誰も殺さなくてよくなる。
それはどれだけすばらしいことなの。
考えるだけで自殺したくなる。そうるするべき。
けど、自殺はダメ。それは私が殺してきた死者を冒涜するから。何より生きたいと本能が訴えてくる。
自分の罪をガン無視した最低な願い。だから、祈りに変える。
私の強さはまやかし。だから、ジョーンズ、私のようにはならないで。泣かないで……。
こちら側にきては取り返しがつかなくなる。
それを伝えたかった。
この日以来、ジョーンズは私達の前から消えた。
ジョーンズがねぎらいの言葉を掛けてくるが、緊張しているのが丸わかり。
「ねえ、コシアン……アンタの目的ってこれ? その社会教育ってヤツの為に殺したの?」
「イエス」
「確かにゲスだわ、アンタ。人の心がないの? 強かったら何をしてもいいわけ? 最低よ。それにアンタ、仲間の私達も必要なら……その……殺す気なの?」
「必要なら」
「!」
パチン!
大きな音が鳴り響く。
「流石に引くわ~」
ミリアン、ヨシュアンは否定。
「……そうかな? 僕はコシアンさんらしいって思ったよ。どんなときもブレなくてまっすぐな信念があるし。ルシアンとは真逆だけどね」
「俺も姐さんは間違ってないと思う」
カリアン先生はどっち? 褒めてるの? けなしているの?
ジョーンズは認めてくれているみたい。
ルシアンは……。
「……姐さん。もう、ああいうのはやめてくれ。姐さんなら殺さなくても無力化できたはずだ。無駄な殺しはもうやめてくれ。確かに彼は酷いことをしていたけど、それは理由があってのことだった。彼らも被害者なんだ。だから……」
「被害者? 加害者だろうが……」
ジョーンズ?
「同情の余地なんてあるか! アイツらは人を殺して物を盗んでいたんだぞ! 殺された人にお前は同じ事が言えるのか? 綺麗事をぬかすな!」
「け、けど! だからこそ、生きて罪を償うべきだろ! 死んだら全てが終わってしまうんだぞ! それに言ってたじゃないか! 騙されたって! 裏切られたって! 汚名を着せられたって! 領主に騙されただけなんだ! 彼は更生できた!」
「お前の頭はお花畑でできているのか? 汚名を着せられた痛みをお前は知っているだろうが! 恨みはそんな簡単に消せるものじゃねえんだよ! それにお前、言ったよな? あの盗賊は領主に騙されたって。それなら領主だけ殺せばいいだろうが! 無関係なヤツを巻き込むな! 迷惑だろうが!」
「騙されて行き場のない怒りにとらわれるなんて誰にでもあるだろ! そのせいで間違いだって犯すことだってある。けど、だからこそ、自分の犯した罪と向き合うべきだ。生きて償うべきだ! 殺したら一生償えないんだぞ。そんなの、悲しいじゃないか。誰だって生きる権利はあるはずだ!」
「お前の主観なんてどうでもいい! 被害者の立場になって考えろ! 俺は絶対にごめんだ! 不条理に命を……尊厳を奪われるなんてな! 人殺しなんて死んじまえばいいんだ!」
「罪の自覚も償いもなく殺してそれでいいのか? 殺したら一生和解はできないんだぞ。折り合いだってつかない。そうなったら、ずっとやりきれない気持ちを抱えて生きていくんだぞ? そんなの辛いじゃないか……なあ、ジョーンズ。目の前の解決策よりも未来を見据えて行動するべきじゃないのか? よりよい未来のために行動するべきじゃないのか?」
ルシアンとジョーンズの激しい口論は止まらない。
どちらが正しいのか?
きっとどっちも正しくて間違っている。
私は論外。
そもそも、私は正しさで行動していない。生きるために行動している。
気になるのはジョーンズ。
彼がここまで感情的にルシアンに噛みついているのが気になる。
やはり、ジョーンズは……。
「ね、ねえ、コシアン。喧嘩を止めてよ。このままだと……」
「イヤ」
「嫌ってあんた……」
ミリアンは思いっきり呆れているが、嫌なモノは嫌。
「だた、じゃれあっているだけ。言いたいことは言わせておけばいい。そのほうがお互い遺恨が残らなくて済む。男ってそういう生き物」
暑苦しい青春。
「そ、そうなの、カリアン? ヨシュアン?」
「まあ、そういうところはあるけど……」
「でも、あれってヤバくねえ? ちょっと、マジっていうか……」
「てめえ! いい加減にしろよ!」
「なんで、分からないんだよ!」
取っ組み合いが始まる。
ここで殴り合い。
その後、なんだかんだで仲直り。
部隊でよくみられるテンプレ。
「この偽善者野郎!」
「ぐっ! この分からず屋!」
ほら、殴り合いが始まった。
流石にヨシュアンもカリアンも止めに入る。
私は最後までやらせるべきとは思うけど。
雰囲気は悪いけど、チームとはこんなもの。
仲がいいこともあれば、悪いこともある。
そういったものを積み重ねてチームの結束は強くなる。
勿論、そこから去って行く者もいるが、今回はその限りではないはず。
経験則からそう思っていた。いや……。
「ジョーンズ、落ち着けよ!」
「ルシアンもやめてください!」
ヨシュアンがジョーンズを、カリアンがルシアンを羽交い締めにして、ここで喧嘩は終了。
「離せ! この偽善者野郎を粛正してやる!」
「どうして分からないんだ! 死ねば終わりなんだぞ! 犯罪者だって、やり直す権利があるはずだ! 正義は武力行使じゃなくて、許すことこそ、救いになるんだよ!」
救いね……それなら別に騎士である必要はない。ルシアンは子供。
それはジョーンズだけでなく、カリアンもミリアンもヨシュアンも気づいている。
彼の言葉は薄っぺらい。
でも、それでも……。
「笑わせるな、偽善者! 姐さんだってそう思うでしょ! ルシアンは世間知らずの偽善者だって! 何が騎士だ! ただの一般人が騎士なんてなれるわけないだろうが! 現実と物語の区別がつかなくなったドン・キホーテかてめえは! 弱いくせに! 力がないくせに! せめて、姐さんくらい強くなってから理想を語れ!」
私のように強くね……。
私は伝えなければならない。
ルシアンとジョーンズに。正しい道……いや、間違った道を進まないように。
非常な現実を。
「ルシアン……力なき正義は無力。自分の身一つ護れない者が他人を護る事など不可能。ルシアンの理想はただの独りよがりの願望だから、誰にも理解されない」
「……それでも……俺は……」
ルシアンはうつむきながらも、拳を握り、反論しようとする。
「ほら、みてみろ! 姐さんの言うとおりだ! 姐さんが正しいんだ!」
次に私はジョーンズに告げる。
「ジョーンズ。ルシアンを笑う者は……騙される方が悪い、そんな免罪符を盾にして平気で人を騙す者や私のように人を信じられず、殺す事でしか安心感を得られない屑達。私のようなゲスが言うのだから間違いない」
「えっ?」
ジョーンズだけでなく、ルシアンも呆然としている。
人生の先輩として、語ろう。
それが彼らの救いになることを信じて。
「ジョーンズ、キミは私が強いと言った。確かに私は強い。私が所属する組織の中で最強の部類だと自負している。ルシアン、ジョーンズ。最強になれる素質は何か分かる?」
「……信念を貫くことですか?」
「……誰にも負けないことですか?」
私は首を横に振り、告げる。
「心が壊れること」
「心が壊れる?」
「そう……私の耳はいつも幻聴が聞こえる……殺した相手の怨嗟の声、命乞いの声……何百の声がいつも聞こえてくる。
私の目にはふと死体が見えることがある。
私の判断ミスで死んでいった部下や護りたかった人の骸。
もう会えなくなった大切な人達の姿。
そして、手が血で汚れている姿も何度も見える。
シャワーを浴びているのに、鏡に映る自分は全身血だらけになっている姿が見える。
私はいつも夢を見る。
引き金を引く夢。人を殺めたときの夢。特に裏切った仲間を殺したときの夢はよく見る。
食事をしていると、時々血の味がする。返り血を浴びたときの味。
殺されるほど暴力を受けて流した血の味、銃で撃たれたときに流した血の味。
三つ星レストランの味が血の味しか感じないときもある。
私の鼻は硝煙と血の臭いが染みついていて、吐き気に何度も襲われる。
ナイフで人を殺したとき、両手についた血の匂いが染みついておとせない。
銃で殺したときは硝煙の匂いがする。
ある紛争地域で戦ったとき、武器が旧式だったから、銃を撃つと硝煙の臭いが鼻をついた。
その臭いが消せなくなるほど、私は銃で何十、何百と殺した。無抵抗な女子供も命令一つで殺した。
今の銃は硝煙の臭いはしないけど、体が覚えている。それで思い出す……死の臭いを……」
「姐さん……」
死が私の頭から離れない……逃げられない。
「恋人と一緒にいるときでも……愛し合ったときでも……幸福を感じている瞬間にも思い出す。死の影を……こんな状態でも生きていられること。それが最強の素質。ルシアン、ジョンズ、キミ達はこんな私になりたいと思う?」
「……」
「そ、それなら、やめたらいいじゃないですか! 武器を捨てればいいじゃないですか!」
ルシアンは優しい。
私の為に泣いてくれている。
だから、正直に話そう。
「無理。武器の威力を味わえば味わうほど、手放せなくなる。それがないと不安で外を歩けなくなるし、怖くて眠れなくなる」
「だ、だったら、人を殺さなければいいじゃないですか! 俺達の日本には活人剣ってものがあるんです! 刀は人を殺める凶器ですけど、それをあえて人を活かす為に使っているんです! 姐さんならそれが出来るんじゃないんですか!」
誰かを活かすか……そんなこと……。
「無理。私は自分を護る為に人を殺すから」
「そ、そりゃあ殺されそうになったら自衛のために殺すのも仕方ないかもしれませんけど……」
「ルシアン、勘違いしている。私は自分を護る為に殺している」
「ど、どういうことですか、姐さん?」
ジョーンズの問いに私は本性を現す。
「私は人を殺しすぎた。だから、いつ恨みで殺されてもおかしくない。暗殺や報復にいつも怯えている。その怯えを唯一和らげてくれるのは敵をこの手で殺す事。敵の命を奪ったとき、私は生き残ったという実感を得て、安心できる。胸の奥があたたかくなって安らぎを覚える。でも、それは短い時間だけ。だから、私は敵を何人も何人も殺すために戦場に出て、敵を殺しに行くの」
「そ、それっておかしいじゃないですか! 戦場に出れば殺されるかもしれないのに! そもそも殺されない為に敵を殺すとか矛盾している! 恨みを増産するだけじゃないですか!」
「戦場は敵が見えている。見えない敵に怯えるよりも見える敵を殺す方が効率的」
「狂ってる! アンタ、狂ってるよ!」
そう、私は狂っている。盗賊が言ったように、私は最低の人間。人間の屑。
「それに、トドメをささずに活かそうとすると、声が聞こえてくるの」
「もうやめろ……やめてくれ……」
「過去に同じ場面で殺した相手が私に問いかけるの。なぜ、俺は助けてくれなかったのか。どうして命乞いをした私を助けてくれなかったのって。その問いに答えられないから、顔向けできなくなるから、私は平等に殺す。全て自分の為に人を殺す」
「やめろって言ってるだろうが!」
ジョーンズは私の胸ぐらを掴み、押し倒す。ジョーンズは私のことを慕っていてくれた。
きっと失望している。けど、これは隠しようもない事実。
人を殺せばどうなるのか?
その末路が私。
ルシアンはやり直せると言っていたけど、壊れた人間がどうやり直せばいいのか、教えて欲しい。
「私はよく想像する。自分が死ぬとき、どうやって死ぬのか。死が私の希望で、生きていく理由」
「意味分かんねえんだよ! 死にたくないから殺しているクセに死ぬのが希望だってありえないだろうが! アンタの口から! アンタの口からそんなこと、聞きたくなかった!」
これは半分嘘で半分は祈り。
死ねばもう罪悪感に悩むことはなくなる。誰も殺さなくてよくなる。
それはどれだけすばらしいことなの。
考えるだけで自殺したくなる。そうるするべき。
けど、自殺はダメ。それは私が殺してきた死者を冒涜するから。何より生きたいと本能が訴えてくる。
自分の罪をガン無視した最低な願い。だから、祈りに変える。
私の強さはまやかし。だから、ジョーンズ、私のようにはならないで。泣かないで……。
こちら側にきては取り返しがつかなくなる。
それを伝えたかった。
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