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ネーム持ちの矜持 その四

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『パイシースよりアステリズム。コールサイン、ヤー』
『コールサインアステリズム、レディー』

 私はソウルアウトしてすぐにアステリズムを呼び出す。

『パイシースよりアステリズム。以後省略。単刀直入に聞く。何を隠している。今すぐ答えろ』
『アステリズムよりパイシース。以後省略。その理由を聞かせてください』
『貧困層の銃士と出会った』
『はい?』
『貧困層の銃士と出会ったと言っている。堕肉が重すぎて聞こえなかったか?』
『その特定部分のセクハラに関してはこの際何も言いません。ですが、間違いないのですか?』
『私を襲ってきた敵の一人の左手首にフルール・ド・リスとマスケット銃のタトゥーがあった』
『……』

 ゲームの世界で行動するためのアバター、ソウルメイトを作成するときにタトゥーをいれることができる。
 元々用意されたものから、自分でデザインしたものまで様々なタトゥーを好きな場所にいれることができるが、フルール・ド・リスとマスケット銃の組み合わせをタトゥーにいれるのは『貧困層の銃士』しかいない。

 『貧困層の銃士』。

 世界の富裕層を狙って命を奪う集団……組織かもしれない。
 かもしれない、とはその実態が全く把握されておらず、路上で富裕層の人間を単独で射殺する暴徒や殺人犯かと思えば、セキュリティーの厳しい家に入り込み、何の証拠も残さずに暗殺する者もいる。
 単独で犯罪を行うかと思えば、戦車や戦闘機、軍艦まで用いて軍を襲う師団とも噂がある。
 私達も何度もぶつかり、何人もの仲間が殺された。天敵といってもいい。

『……ごめんなさい、パイシース。事がここまで大きくなるなんて、想像もしていませんでした。今すぐ全てを報告し、対処します』
『待て。それだと、アステリズムの責任が問われる。一つだけ確認させて。貴方は私を始めから騙そうとしたの? ソウル杯に参加させたのは誰の指示?』
『始めから騙そうとしていません! ただ、パイシース。私はこの一件がアナタもかんでいると思い、話をしました。ですが、アナタは関係なかった。私はアナタをとんでもないことに巻き込んでしまった。謝っても許されるとは思っていませんが、それでも謝らせてください。ごめんなさい、パイシース。本当にごめんなさい』

 どういうこと? 私がこの一件に関わっている? なぜ、そう思った?
 パイシースは私を騙している? いや、違う。
 私がサジタリアスを見つけ、目的を探ろうとしたとき、敵に襲われた。
 そのときのことをアステリズムに報告したとき。


「了解。けど、気をつけて、パイシース。貴方を襲った四人の相手のことが気になります」


 とアステリズムは言った。
 これはおかしい。
 なぜなら、私はプレイヤーに襲われたと言ったが、四人組とは言っていない。つまり、アステリズムは何かしらの方法で私が襲われたことを知っていた。
 もし、アステリズムが私を騙そうとしているのなら、こんなことは言わなかった。

 アステリズムがこんな凡ミスをしないことは私がよく知っている。
 わざと私に話したと推測。
 その真意が分からなかったので、私を騙せば痛い目に遭わせるといった意味を込めて私は、


「……ネーム持ちは伊達じゃないことを教えてあげる。アナタにも敵にもね。オーバーアンドエンド」


 と答えたわけ。
 もしかして、私とアステリズムは見当違いをしていた可能性がある。

『別にいい。分かっていることを教えて』
『これはまだ私の推測の域ですが、私達の情報網、暗号、サーバーの情報全て何者かに乗っ取られている可能性があります』
『アステリズム、自分が言っていることを理解している? これは憶測で言っていいことではない』

 私はついそんなことを言ってしまう。
 彼女は何の根拠もなくそんなことは言わない。もし、仮に万が一乗っ取られている可能性があってしまった場合、私達組織の人間全員の生殺与奪を握られていることになる。
 これは大げさではない。

『私はパイシースの報告と独自の捜査で得た情報を照らし合わせ、尚更確信しました』
『……今回の一件、サジタリアスがアステリズムのIDを使用したようにわざと第三者が痕跡を残したって事?』
『そうです。最悪なことに、サジタリアスだけではありません。パイシース、アナタもです。実はパイシースの権限で第四セキュリティーの情報にアクセスした何者かがその情報を漏洩している事が分かったんです』

 言葉を失った。血の気が失せた。ヤバい……これは本当にダメなヤツ……。

『オーマイガー……情報部、全員死刑でしょ』
『いえ、実は情報部がこのことを突き止め、私達に相談してきたのです。ですので、秘密裏に動いてきたのですが、まさか貧困層の銃士が関わっていたとなると、第四警戒レベルまであげ、厳重態勢に入るほかありません。我々は彼らの思惑にまんまとのせられていたのですから』
『落ちつけ。まだ貧困層の銃士が関わっているとは限らない。証拠は?』
『推測の域です。確固たる証拠があるわけではないのですが、思い当たる節がありすぎるので』

 私は今日戦った疲労よりも、今の話しにめまいを覚え、立っていられないほどの疲れが押し寄せる。
 アステリズムが黙っていた理由も痛いほど伝わってしまった。
 本当の事なんて言えるはずがない。私なら夜逃げしているレベル。

 私達の組織にも工作員が存在し、あらゆる組織、国に潜入しているが、情報が丸裸になっているとなると、彼らはスパイ狩りにあい、待っているのは死。
 しかも、情報漏洩は内部犯がセオリーであり、誰を信じればいいのか分からない。

 アステリズムは私に依頼を持ってきたとき、内心どんな顔をしていたの?
 旧知の友が裏切り者かもしれない。そんな不安を抱え、彼女は私に接触していた。
 裏切り者の結末は凄惨なものであることを知っていて、逃げられる可能性があったのに、アステリズムは危険を冒してでも私にこの話を持ってきた。
 もし、友が組織を裏切っていたのなら、刺し違える覚悟で止めようとしたのかもしれない。


「私が裁かれるのであれば、パイシース、アナタの手で全てを明らかにしてほしい。それなら、私はなんの悔いもなく処分されます」


 なるほど。あのときの言葉はそういう意味を込めていたわけ。友の心遣いに私は心の中で感謝していた。
 そして、決意する。

『とにかく、情報を集める。裏取りする。早まった行動はしないで』
『ですが!』
『この件はここで終わり。それより、レベッカの情報を』

 返事がない。
 アステリズムは申し訳なさそうにうつむく。
 国家レベルではないが、我らの情報網はかなりひろく、一般人程度なら一時間もしないで判明する。

『パイシース……落ち着いて聞いてください。レベッカは……情報レベル7です』
『……何を言っている?』
『レベッカの情報は、我々が管理するデータベースで最も機密レベルが高いレベル7に該当します。現状、手が出せません。私も即査問会に呼び出され、今まで拘束されていました。ヴァーゴとリオ、キャプリコーンの三名の嘆願書がなければ、どうなっていたことか』

 私はくらっとめまいを覚えた。
 レベル7はこの組織のCEOに該当する人物のみ閲覧できる情報。それを探ろうとしただけで反逆者として追われることになる。
 そうなれば、死あるのみ。
 だとしたら、サジタリアスはなぜ、レベル7と接触している?
 まさか……。

『サジタリアスはフォーチュンテラーに弓をひくき?』
『いえ、どうやら、黙認されているみたいです』
『黙認? どういうこと?』

 偶然であろうとも、レベル7の情報にアクセスしただけで、査問直行は免れない。
 それなのに、タブーに触れ続けているサジタリアスに何のおとがめもないのは解せない。

『分かりません。とにかく、レベッカのことを調査する事は最高機密情報に接触するため、これ以上は調査できません。ただ、貧困層の銃士が無関係とも思えません。パイシース、いかがいたしますか?』
『いかがとは?』

 アステリズムは思い詰めた顔で私に提案してきた。

『今ならまだ引き返せるということです。私の権限でアナタを本部へ呼び戻すことが出来ます。敵が誰か分からないこの状況で下手に動くとアナタの命が危険です。アナタが私の友である以上、危機を見逃せません。パイシース、お願いします。撤退の準備……』
『ここに残る』
『……』

 悪いけど、自分の死に場所は自分で決める。
 私は組織にたてつく気は毛頭ないけど、貧困層の銃士が関わっているとなると、話は別。アイツらにはカリがある。
 そして、私は友の友情に応えなければならない。
 アステリズムの依頼抜きで、私はソウル杯に参戦する理由ができた。
 だから、逃げるわけにはいかない。

『分かりました。アナタならそう言うと思っていました。では、アステリズムよりパイシースに命ずる。我らは今、かつてないほどの攻撃を仕掛けられています。このまま情報が漏洩し続ける事があれば、我らは破滅です。勿論、情報部と司令部総掛かりで対処していますが、我らに攻撃を仕掛けた相手には相応の報いが必要です。誰が仕掛けてきたのか? 調査の依頼を正式に命じます』
『今回の命令の責任者は誰?』
『勿論、私です。ですので、この作戦で何かあれば、全て私の責任となります。アナタが裁かれることはありません。それが私の覚悟であり、最大限の援護です』
『了解。私は現在をもって、任務に就く。この名、この魂、この誇りをかけて任務を全うする。尚、連絡が二日途切れた場合、トラブル対処B789で。以上。オーバーアンドエンド』
『アナタに幸運を。オーバーアンドエンド』



 私は通信を終え、ベットにダイブする。
 この一日だけでかなり状況が変わった。
 ただの内部調査だと思っていたのに、組織がとんでもない攻撃を受けていたことが分かった。
 喉元にナイフが突きつけられていることを知った。

 それだけでも死活問題なのに、情報レベル7の少女、レベッカの存在が更に状況を混沌に陥れる。
 彼女は何者なの? なぜ、サジタリアスはレベッカと一緒に行動している?

 それにレベッカと仲の良さそうな褐色肌の女……あれも情報レベル7の対象者?
 褐色肌の女こそレベッカの秘密を知る突破口になる可能性はあるが……やめておこう。
 もし、褐色肌の女も情報レベル7の対象となる場合、強制送還される可能性があり、その場合、ソウル杯の復帰は絶望的。
 身内から背中を撃たれるのはごめんだし、情報漏洩の件を追うべき。

 ただ、味方が少ない。
 アステリズムも解放されたとはいえ、監視はされているはず。今日の会話もその厳しい監視を逃れて私に連絡を送ってきた。
 そう何度も監視の目をかいくぐって連絡はとれないとなると、援護は見込めない。何よりアステリズムに負担をかけたくない。
 サジタリアスの目的が分からない以上、接触するのはやめておいたほうがいいのかも。慎重に判断しないと。

 一つ気になるのが、査問会に召喚されたアステリズムを私と同じネーム持ちのヴァーゴとリオ、キャプリコーンが助けたこと。
 この三人はこの一件にどう関わっている?
 もしかすると味方になってくれるかもしれないが、彼らがどこにいるのか調べてみないことには……副官君にお願いしてみよう。



「……というわけ。お願いできる?」
「……相当危ないことになっていますね」

 私は新たに用意した安全な回路で副官君に連絡を取った。
 副官君にはすぐにでもここから離れて欲しい。
 だから、副官君のお仕事はここで終わり。

「キミは今すぐその場から撤収して、潜水艦わがやに戻って。三人のうち、一人でも分かれば通信F457で知らせて。それ以降は連絡しなくていいから。もし、私が戻らなかった場合はキミが臨時の艦長をして指揮すること。異論は認めない」
「いえ、その命令には従えません。もし、アナタが帰ってこなかったら、私は自害します」
「……」

 ああっ……なんてこと……。
 私が殺されるのは自業自得。けど、副官君が死ぬことは耐えられない。
 副官君をこんな風にしてしまったのは私の責任。私の弱さのせい。
 それなのに、私は心が震えるほど喜んでいる。
 ああっ、自覚してしまう。私はこの世で一番の屑であると……。

「私はアナタの副官です。この身が朽ちるまで艦長をサポートします」
「……危険だと分かったらすぐに逃げて。それだけはまもって」
「イエス」

 はぁ……私は……私は……。



 夜が明け、朝になった。
 私はソウルインし、ルシアン達と合流した。
 そして、とんでもないものを見てしまう。

「スターダストスラッシュ!」
「……」
「うう゛ぁ……ああぁ……んんぁ……お、重いぃいいい……」

 私は目を疑った。
 ルシアンが両手にショートソードを握り、お遊戯会の発表の練習をしている。
 プルプル手を震わせ、まるでスローモーションを見ているかのような鈍重さで剣を振るっている。
 ……。

「あ、姐さん。おはようございます。ルシアンが二刀流を試したいって言い出して、俺のショートソードを貸したんですけど、STRの値が足りないみたいで」
「あっ、そうなんだ。私はてっきりスローモーションでお届けしていますって事かと思ってた。おはよう、コシアン。今日は負けないから」
「おはよう、コシアンさん。なあ、コシアンさんもルシアンに言ってくれよ~。戦力の増強が必要だってさ」
「女性限定とはいかがなものでしょう。でも、戦力が増えるのは賛成です。僕が戦わなくて済みそうですし」
「ふぅ……疲れた……あっ、姐さん、おはようございます! 今日も仲間達と一緒に頑張りましょう!」

 では改めて私の仲間を紹介しよう。

 平和ボケしたマヌケ、ルシアン。
 タマなし肝なしジョーンズ。
 偽乳ミリアン。
 下半身男ヨシュアン。
 お坊ちゃんカリアン。
 以上。

 あまりにも頼もしくて泣けてくる。
 けれども、ないものねだりをしても仕方ない。
 それならば鍛えるしかない。私の為に……。
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