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邂逅 その一

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「……おおぅ」

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった……と有名な一文を思い出してしまった。
 日本の文化を知るために文学を学んだときにこのフレーズがあった。
 その文章の通り、世界が広がっていた。

 嗅ぎなれた磯臭い匂い。
 空の青さ。
 そこに住む人々の躍動感と生活感溢れた喧噪。
 船乗りの飛び交う声、頬を撫でる海風。
 ユリカモメ……っぽい鳥の鳴き声。

 私は無意識に地面に指をなぞってみた。汚れが指に付着している。
 私はため息をついた。長年培ってきた直感が告げている。

 ――あのインテリ巨乳メガネ……まだ重大な何かを隠している……。

 私は少しナメていたと思う。
 所詮、仮想現実だから見えかけの作り物だと思っていた。だから、地面に手をこすりつけたら何もつかないと思っていた。
 けれども、手に汚れがついている。
 この汚れに何の意味がある? ここまで再現する理由は?
 私はある言葉を思い出していた。

 God is in the details。

 私は空中をタッチすると、コンソールが表示される。

 リアルとゲーム。

 それがちぐはぐに絡み合い、違和感を覚える。
 とりあえず、ここでかかしのように立ち止まっていても意味はないし、危険度が増すばかり。
 私は行動に移した。



「ありがとうございました!」

 私は服を買い、その服装を装備……いや、ただ着ていた。初期の装備はポーチに入れ、保管している。
 さて、とりあえず……。

「クルックー」

 私はサポキャラの鳩を呼び寄せる。青い目がくるっとしていて可愛らしい。

「街の偵察は?」
「クルックー」
「なるほど……」
「クルックー」
「……」
「クルックー」

 むなしい……。
 未婚の女が鳩に話しかけるとか、寂しすぎる。
 仮にも十二のコードネーム持ちの一人が鳩に語りかけている姿など、部下に見られたらいい笑いの種。心配されて病院に送られるかも。
 副官君に見られたら、間違いなく自決する。

 しかも、この相棒あまり役に立たない。
 街の地形は自分で歩き回らないとサポキャラにデータが更新されないし、餌をやらないと腹が減って動かなくなる。
 ただ、メモ代わりにはなる。
 街を歩いていると井戸が目に映った。

「……」



 私は屋台で購入した味気ない堅い黒パンをかじりながら、路地の端に座り、今後のことを考える。
 まさか、大陸全体が予選会場とは……想定外の事態。
 前回のソウル杯は限られたフィールドで最後の一人になるまで戦うゲームだった。
 今回もそうだと思っていたからこそ、作戦を練り、サジタリアスとの接触方法も考えていた。

 しかし、ここはオープンワールドと呼ばれる広大な世界。
 このクロスロードでさえ、探索に一日はかかるのに、大陸全体を詮索していたらタイムリミットの半年などすぐに消化してしまう。
 それに輪を掛けているのが予選会場は四つあるとのこと。
 一つの大陸でも探すのが大変なのに、この予選会場アレンバシルにサジタリアスがいなければ探索の意味が全くない。
 この任務のレベルは地球上で一粒の白銀を見つけるようなもの。これが本当の無理ゲーでは?
 これでは何のためにソウル杯に参加したのか分からない。

 すまない、アステリズム。大口を叩いておいて役に立てそうにない。
 サジタリアスもこの事態に困惑している? それとも、想定内だった?
 もし、サジタリアスがこの事態を予測し、人数を集めていたとしたら、ネーム持ちを三人集めたのも理解できる。
 もしかして、三人以外にも集められている可能性あり。
 サジタリアスの目的が例えば、この予選に参加しているプレイヤーと接触する為に人海戦術をとっていたら……お手上げ。

 私はため息をつき、黒パンを食べた後、立ち上がる。
 やりようはあるはず。そのためにまずは情報を集める。
 どんなに無理なことでも、情報が突破口を開くカギとなることを私は身に染みて知っている。
 だから、街に溶け込むように、町娘のように歩き出そうとして……。

「クルックー?」

 私の肩に止まっていた相棒、フリゲートが首をかしげ、鳴いている。私は声も出なかった。
 目の前に信じられない光景を見たからだ。
 それは……。

「これ、お願いします!」
「おう! ありがとよ、あんちゃん!」

 荷台から落ちた袋を、複数人の男達が積み直している。
 袋からもれている物……あれは小麦……だと思われるが、その袋がいくつか落ちている。それを回収している。
 落ちている袋のいくつかは綺麗な線のように切れ目が入っている。あれは自然にやぶけたわかではなく、あらかに刃物で斬った跡。
 つまり、プレイヤー同士、PVPだっだっけ? 戦った跡があった。
 壁にも真新しい白い傷が残っているので間違いない。
 相手は素人……獲物を壁にぶつけるなんて使い慣れていない証拠。

 武器は強いイメージがあるが、繊細で傷つきやすい。手入れが必要。
 鋭い剣でも固い壁にぶつかれば刃が欠けるし、傷つく。それを理解していない動き。
 そう私は分析した。
 ただ、そこが問題じゃない。
 問題なのは……。

「これで全部ですか?」
「おう! 助かったぜ! あんちゃん、旅人だろ? あんちゃんの旅路にフリメステア様のご加護があるよう祈ってるぜ!」

 積み荷の回収を手伝っていた青年。あの服装は紛れもなくプレイヤー。
 顔はここからでは見えないけど、私と同じ初期装備の色違いなので間違いない。
 あの青年はただのバカなのか……それとも……。

「クルックー」
「……」

 私はこの場から去ることにした。あの迂闊うかつなお人好しの青年に会うことはもうない。
 そう思っていた。



『パイシースよりアステリズム。コールサイン、ヤー』
『コールサインアステリズム、レディー』

 私は一度ソウルアウトし、状況をアステリズムに伝える。

『パイシースよりアステリズム。以後省略。アナタのバックアップが必要。彼女たちの位置情報および容姿を調べて』
『アステリズムよりパイシース。以後省略。了解です。サジタリアス、キャンサー、スコーピオの予選会場および、現在位置をトレースします。分かり次第連絡します』
『期待する。オーバーアンドエンド』

 私は通信をきり、副官君に用意させたゴマ団子を口にする。
 おいしい……。
 ジャパニーズフードで一番気に入っているのが、このこしあん。海外では……特に深海では味わえない甘み。
 ここから西の国にもゴマ団子はあるが、どちらも甲乙つけがたい。
 私は満足のいく昼食をとり、すぐにソウルインした。



 再びクロスロードに戻ってきた私は、安全を確保しながらサジタリアスを探索する。
 人の流れは相変わらず慌ただしく、せわしなく交わっていく。

「おい、聞いたか? 埠頭で腹筋してる大男がいたらしいぜ」
「なんでそんなところで腹筋してるんだ?」

「くそ! スヒナスのヤツら、人の足下見やがって! アイツらの方が盗賊だろうが!」
「我慢しろよ、バッツ。黒いカモリアよりはマシだ」
「けどよ、何か引っかかるんだよな~」

「ねえ、聞いた? 三番街にある井戸、大変なことになってるらしいわ」
「どうかしたの?」
「それが……」

 街の動きを見ていると、特に事件らしきモノは起こっていないようにみえる。
 それはプレイヤー同士のPVPが起こっていない事を示唆しさしている可能性がある。
 事前に調べた情報で、PVPはPlayer versus playerの略、つまり殺し合いをするわけだ。

 そんな光景が街中で行われたら、噂や警備をするモノ達の姿が見られるはず。
 この世界観では携帯やスマホはないので情報の発信元は人の口から発せられる情報が主になる。
 それが聞こえてこないとなると、案外平和な立ち上がりなのかもしれない。
 私はプレイヤー同士が出会えば、即戦闘だと思っていたのだが、拍子抜け。
 もしかすると、路地裏とか目立たないところで戦いが起こっているのかもしれない。
 そう、あんな人通りの少ない路地で……。

「死ねや!」
「し、死にたくない!」

 おおぅ……。
 私の目に飛び込んできたのは、男が二人、殺し合いをしている姿だった。
 一人は壁際に追い込まれ、もう一人が壁際に追い詰めた男をソードのブレイドで首元を押し当てようとしている。
 刃を首に押し込み、出血死させるみたい。
 密着していることからもみ合いの末、力で押し切ったと推測。

 追い込まれている男には見覚えがあった。
 先ほどボランティアをしていた青年。背格好からそう判断。
 いいヤツほど早死にする。典型的な例。

 勿論、私は助けない。
 参加者は仮想とはいえ、殺される覚悟をしてこの大会に参加しているわけだし、プレイヤーは全員ライバル。
 無論、私は優勝など目指していない。任務が終われば即撤収するのみ。
 さらば、青年。恨むのなら無力な自分を恨んで。

「た、助けて!」
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