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二十八章 カースルクーム奪還戦 前哨戦

二十八話 カースルクーム奪還戦 前哨戦 その二

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「ぐはぁ!」

 スタルジスだ。
 スタルジスはルシアンの腹に膝蹴りをぶちかました。ルシアンはよろけて後ろに下がる。
 距離ができたところにスタルジスはヤクザキックで追い打ちをかける。
 膝をついたルシアンに、スタルジスは蹴りを何度も浴びせる。ルシアンは頭を抱え、体を丸めて身を守っている。

「どうした、チビ! 威勢がいいのは口だけか? 雑魚は引っ込んでろ!」
「おい、やめろ!」

 流石にリンチになってきたので、ムサシはスタルジスの胸ぐらを掴む。

「おい、その汚ねえ手を離せゴリラ野郎」
「オラがゴリラだと? 上等だ……ぶっ飛ばしてやる!」
「やってみろ!」

 今度はムサシとスタルジスがガンを飛ばし合い、けんか腰になる。
 ムサシとスタルジスは拳を握り、互いの顔面を殴り飛ばそうとしたとき。

「そこまでだ。これ以上やるのなら、ここにいるエンフォーサーが相手するぞ。たこ殴りにされたいのか?」
「けっ! 全員たたきのめしてやる!」

 テツ達エンフォーサー十五人とスタルジス、イエロー・スタルジス二十名。
 新たな仲間と交流がうまれるはずが大規模なPVP戦が始まろうとしている。最悪の展開だった。
 そこに……。

「ムサシ君、アナタ、いつまで人を待たせるの? 人を呼び出しておいて、約束を守らないなんて、斬られたいの?」
「……」

 ソレイユの登場で場の空気が変わる。
 ムサシは思いっきり引いていた。

 ――この女、約束を守らないと斬るとか、任侠の世界でもそこまでしないぞ……。

 ソレイユは美人だ。まるで、モデルのように美しい。
 だが、ムサシはそんな美人とお近づきになっても、一ミリもうれしいとは思わなかった。
 やはり、女は外見ではなく、中身だとムサシは痛いほど学んだ。

「おい、女! 邪魔だ! さっさと消えろ!」
「……」
「おい、聞こえてるのか! ここから消えろって言ってるんだ、ウスノロ!」
「……」

 スタルジスの怒鳴り声に、ソレイユは何も答えない。
 答える気にすらないという態度に、スタルジスはソレイユに手を掛けようとするが……。

「あっ、いた! ムサシ、探したんだからね!」
「キュキュー!」
「り、リリアンにアスコット?」

 今度はジャックのサポキャラ、リリアンとソレイユのサポキャラ、アスコットがムサシに話しかけてくる。

「もう! ジャックが探してたよ! ソレイユのことで話があるっていってたじゃん!」
「キューキューキュー!」

 リリアンはアスコットの背中にのり、ぷんすかとムサシを指さす。
 サポキャラはフレンド登録したキャラクターに預けることができる。
 リリアンは仲良しのアスコットと一緒にいたくて、ソレイユに預かってもらっていた。

「わ、悪い。ジャックは怒っていたか?」
「別に~、ジャックはトレーニングに忙しくてそれどころじゃないみたいですけど~」

 リリアンは不機嫌な顔をしていた。
 かまってもらえずに拗ねているのはリリアンのようだ。

「ジャック? ジャックだと?」

 意外にもスタルジスが反応した。
 スタルジスはジャックを知っているのか? ムサシは少し興味が引かれた。
 だが……。

「ぷっ……がははははははははははぁ! ジャックって、あのひ弱な坊やか! カースルクームで目を潰されて泣き叫んでいたガキだろ? よくもまあ、あんな実力でこのゲームに参加したな。恥さらしもいいところだぜ!」
「……んだと」
「やばぁ……」

 スタルジスの罵倒にムサシがキレかかっている。カークはムサシが大暴れしないかヒヤヒヤしていた。

「んだと~! ジャックを馬鹿にするのは許さないんだから!」

 リリアンはスタルジスの頭をポカポカ殴ろうとするが、フレンド登録していない相手には姿も声も聞こえないので拳が当たらない。

「あんな最弱がグリズリーをぶっ飛ばしたんだ。元世界チャンピオンっていうのはたいしたことないよな? まあ、過去の人だし、元々たいした強さでもなかったのかもな。それなら、俺がひねり潰してやるよ」
「……」
「気持ちは分かりますが、やめておきなさい、レベッカ。手が汚れるだけですよ」

 ムサシとスタルジスの喧嘩を静観していたレベッカがツーハンデッドソードに手を掛けるのを、ネルソンがとめる。
 ただ、ネルソンの拳もプルプルと怒りで震えている。

「……それ以上、仲間の悪口を言ってみろ……容赦しねえぞ……ジャックはお前なんかよりもはるかに強ええぞ」
「……出たよ……惨めな仲間のかばい合いが……お前らクズ同士が慰め合って何が楽しいんだ? バカじゃねえの? 吐き気がする」
「なら、お望み通りゲロさせてやろうか? ああん!」
「待て、ムサシ。そんならよ、対戦させればいいだろ? コイツとジャックを」

 カークの意外な提案に、ムサシは目を丸くする。

「あ? なんで、この俺が取るに足らない雑魚を相手にしなきゃならねえんだ? 時間の無駄は嫌いなんだよ」
「そう言って負けるのが怖いんだろ? これだけ大口を叩いたんだ。格好悪いもんな、惨敗したら」

 カークとスタルジスは殺気を込めてにらみ合う。
 事態は更に混乱するかと思われたが……。

「それなら賭けをしねえか? ジャックが勝ったら、お前は金輪際、その生意気な態度を改め、ムサシに従う」

 テツの提案に、スタルジスはニヤッと笑う。

「なら、俺が勝ったら、エンフォーサーのリーダーは俺だ」
「なんだと!」

 ムサシは冗談じゃないとスタルジスに抗議するか……。

「なんだ? お前はお仲間を信じてるんだろ? だったら、やらせろよ」
「くっ!」

 ムサシは歯ぎしりしながら、拳を強く握り我慢する。
 ムサシはジャックを信じているのか?
 その答えは勿論……。

「……いいだろう。もし、ジャックがお前に負けたら、リーダーの座を譲ってやる。言うことをなんでも聞いてやる!」

 ムサシの答えに、スタルジスは満足げな顔をして指さす。

「忘れるなよ。てめえみたいな少年誌に出てくるクソアマちゃん、最前線に飛ばして鉄砲玉にしてやるからとっととくたばれ! 安心しろ。お前の脆弱なお仲間、羊は俺のような獅子に使われてこそ、価値が生まれるんだ。一頭のライオンに率いられた百匹の羊の群れは、一匹の羊に率いられた百頭のライオンに優るって言葉くらいバカなお前でも知ってるだろ?」
「てめえが獅子だと? 笑わせる。お前が指揮したら勝てる戦いも勝てねえよ」

 こうして、スタルジスとジャックのPVPが決定した。



 カースルクーム占領戦まで後、四日。

「おい、見ろよ、アイツ。ここにいて恥ずかしくねえのか?」
「ぷぷぷ……あれだけコケにしておいて瞬殺されるとか、ギャグか?」
「……丸坊主とかマジ笑える」
「……」

 スタルジスは周りでヒソヒソとささやく声に、ただ黙ってうつむいていた。
 クロスロードの丘でジャックとソレイユ、エリンを除くエンフォーサーのメンバーが集まっていた。
 ジャックとスタルジスのPVPは一瞬で幕を閉じた。
 ジャックの圧倒的な勝利だ。

 ジャックは最初、全く乗る気がなく、スタルジスに挑発されても無視していた。
 だが、ムサシの頼みに、ジャックは二つ返事でOKした。こうして、ジャックとスタルジスのPVPが成立した。
 スタルジスはフランベルジェを装備していた。

 フランベルジェ。
 刀身がゆらめく炎の様に波打った大剣であり、その剣でキズつけられると肉が引き裂かれ、止血が難しくなる為、殺傷能力が高く、『死よりも苦痛を与える剣』として知られている。
 彼の性格の悪さをそのまま刀身にした形をしている。

 スタルジスは容赦なく、開始の合図を待たずにフランベルジェをジャックの顔面めがけて突き出す。
 ジャックは後ろに下がるどころか、前に出て、フランベルジェを顔面スレスレで避け、そのままスタルジスの顎をフックで打ち抜いた。
 申し分ない角度と力で顎を殴られ、スタン状態になって座り込んだ。
 勝敗はテンカウントで立てなかったスタルジスの負け。

 ムサシはスタルジスの今までの無礼な態度を丸坊主で許した。本当はただ仲間になってくれたらそれでよかったが、スタルジスはあまりにも仲間を、ルシアン達を馬鹿にした。
 ここでおとがめなしなら問題になるとテツの提案で、渋々命令したわけだ。
 テツはパンパンと手を叩く。

「よし! これで問題ないな! スタルジス、てめえは負けたんだ。約束通り、ムサシの指示に従ってもらうからな! 恨むならてめえの実力を恨むんだな」
「……」

 スタルジスは何も答えない。拗ねているようだ。
 テツは肩をすくめ、昨日集まった新たな仲間にエンフォーサーとしての活動の内容と、カースルクーム占領戦について簡潔に説明する。
 打ち合わせが終わり、この場に残っているのはムサシとテツの二人だけだ。

「そういえば、テツ。冒険者ギルドと交渉してたよな? うまくいきそうか?」

 ムサシは現状を思い出す。
 ムサシ達がいるハヴァルセー地方の領主と、ゲルトが所属するレジスタンスの協力を得ている。
 冒険者ギルドの協力が得られるかはテツが交渉次第だが、難儀しているという。

 冒険者ギルドは仲間意識やプライドが他のギルドよりも高く、仲間が殺されたとなると、仇討ちや面子に関わるとのことで息巻いている。
 ビックタワー討伐のためにかなり力を入れているとクロスロードでは噂されていた。

 そんな彼らがよその力を借りることはないだろう。
 しかも、ムサシ達は冒険者ギルドに入っているとはいえ、一番下のランクだ。新入りの言葉など、耳を貸す意味がない。
 難航必至な交渉を、テツはどうやってまとめるつもりなのか?

「いや、交渉は決裂だ。あちらさん、誰とも組む気はないんだと」
「それだと……」

 冒険者ギルドの力を借りれない。
 戦力差があるビックタワーと渡り合うには多くの戦力が必要となる。ギルドの力を借りれないとなると、かなりの痛手だ。

「まあ、聞け。共闘は無理だから、同じ日にカースルクーム占領戦を仕掛けることで妥協してもらったわけだ」
「同じ日に占領戦?」
「そうだ。お互い干渉しないって事で、同じ日にビックタワーに仕掛けるってことになった。敵は同じだからな」

 ムサシはほっとしていた。
 共闘できないのは残念だが、ビックタワーに立ち向かってくれる人達がいる。それだけでも、勇気づけられる。

「一応、打ち合わせが明日あるから、ムサシも同行してくれ」
「お、オラが?」

 ムサシは目を丸くしているが、テツは当然と言わんばかりに説明する。

「当たり前だろ? お前が俺達のリーダーなんだからよ」

 テツはムサシの背中を叩く。
 ムサシは少し照れくさそうにしながらも、頷いた。

「ムサシ! テツ! 大変だ!」
「どうした、カーク?」
「また、あのバカが騒ぎを起こしてるぞ!」

 あのバカとはスタルジスのことだろう。
 ムサシとテツはため息をつきながら歩き出す。
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