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クリサンとグリズリーの冒険 中編

クリサンとグリズリーの冒険 その八

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「指? なんのことだ?」
「イカサマしてないのなら、気にするなよ。イカサマしていないのならな」

 俺のしつこい挑発に、ガッサーはいらだちを隠せずに怒鳴り散らした。

「ちっ! おい、さっさと配れよ!」
「あ、ああっ……おかしいな……なんか、カードのシャッフルがいつもと違うような? カードとカードが何かでくっついているのか?」
「まだか! さっさと配れよ!」

 ガッサーの仲間は首をかしげながらも、カードを配り出す。
 ガッサーは俺を睨みつけたまま、自分の手札を手にする。俺も手札を確認する。

「ね、ねえ、手札を見せないよ」
「本当に勝つっとな?」

 不安げに俺の手札を覗いてくるコスモスとグリズリーに俺は手札を隠した。

「俺が勝つ事を祈っててくれ」

 さて、ここからが本番だ。

「お前から交換していいぜ」

 それじゃあ、ガッサーのお言葉に甘えてっと。
 俺はカードを……全て交換した。

「ちょ、ちょっと! 全部交換するの! 交換は後一回しかないのよ!」

 ガッサーも他の仲間もニヤニヤしている。そりゃそうだろうな。全部、カードを交換したのだから。
 カードを一枚、また一枚、ゆっくりとみんなに見えるようにとっていく。

「おい! さっさととりやがれ!」
「ルール違反じゃないだろ? マッサーさん」
「ガッサーだ! てめえ……」

 俺はカードを五枚とり、手札を机に伏せたままにする。
 これにはコスモス達だけではなく、ガッサー達も不審に思っているみたいだ。

「おい、なんのつもりだ?」

 焦れたガッサーが俺に問いかけてくる。
 俺は堂々と宣言する。

「俺はこれで勝負する」
「「「はあ~~~~~?」」」

 ガッサーもその仲間もグリズリーやコスモスさえ、素っ頓狂な声をあげる。周りが何事かと俺達に注目してきた。

「お、おい、俺の聞き間違いか? お前、手札を伏せたまま、勝負するつもりか?」
「そう言ったんだ。耳が遠いのか? 病院行ってこい、タコ」

 お~お~……怒ってる、怒ってる。
 ガッサーのこめかみから血管がぶちぎれるくらいに膨張している。

「……いいだろう……後悔するなよ、ガキが」
「お前こそな」

 ガッサーは引きつった顔をしながら、怒りをこらえ、自分のカードを睨みつける。
 下準備はこれくらいでいいか?
 さて、仕上げに入るか。

「ちょ~~~と待ちなさい! いい加減にしなさいよ、ヒトシ! 手札も見ないで賭けるとか、正気なの! 私達の全財産賭けてるのよ!」
「ぐぇ!」

 ちょ、チョークスリーパーしてきやがった……。
 鎧を着ているので、胸の感触は固く、全然ラブコメ度がない。おかしいだろ、俺の青春ラブコメは。
 俺は何度もコスモスの腕をタップするが、許してくれなかった。
 マジでキメてやがる、このアマ! 俺に味方はいないのかよ!
 ガッサーは目を血走らせ、カードを山から取ろうとしたとき。

「おい、コスモス! 待て! 今、アイツ、イカサマをしようとした!」
「えっ?」

 俺の言葉に、全員が動きを止める。
 ガッサーは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「いい加減にしやがれ! 何度も何度も俺をイカサマ扱いしやがって!」
「とにかく! コイツはイカサマをしようとした! 確認させてもらうぞ!」

 みんなの目がガッサーの目に集中する。ガッサーの手には一枚のカードが握られていた。
 周りは静まりかえり、緊張感が高まっていく。
 そのカードを俺は右手でゆっくりとかすめとり、みんなの視線が集まったことを確認し……めくった。

「……ねえ、これのどこがイカサマなの?」

 コスモスは眉をひそめている。
 カードはただの×のついたJのカードだった。カードの端が少し汚れているくらいだ。

「……おい、これのどこがイカサマだ? 俺にはただのカードにしか見えないんだけどな」
「……ははっ。俺の勘違いみたい」

 場の空気が白けていた。
 誰もが俺を非難したような目で見ている。完全にアウェイになったな。
 ガッサーは俺を射殺さんと睨みつけてくる。

「おい! 今度ぬざけたことぬかしやがったらぶっ殺すぞ!」
「まあまあ、そう怒るなよ。誰にでも間違いはある。そうだろ、ヤッサーさん」
「このガキ!」
「ちょっと! この男のイカサマを見抜くんじゃなかったの! このままだと負けるんじゃないの!」

 コスモスは泣きそうな顔で俺の首を締め付けてくる。苦しいから、やめなさい。
 グリズリーはただ、黙って勝負の行方を見守っている。

 ガッサーはもう一度、俺を睨みつけながらカードを交換した。
 カード交換後、ニヤッと唇を歪ませる。いい役が揃ったのだろう。

「おい、ガキ。俺をコケにしたこと、お前らの全財産とそこにいる女で償ってもらうぜ!」
「そう興奮するなよ、ラッサーさん」
「ガッサーだ! わざと間違えやがったな! これで終わりだ!」

 ガッサーはカードをテーブルにたたきつける。
 ヤツの役は……。

「ロイヤルストレートフラッシュ……」

 コスモスはぺたんとその場に座り込んだ。ジョーカーを含めたロイヤルストレートフラッシュ、最強の役だ。
 周りからおおぅっといった声が漏れている。

「これで俺の勝ちだな! 全財産を置いていけ! おい、そこにいる女! この場で服を脱げ! 武器も鎧も服ももらう約束だ!」
「ひぃい!」

 コスモスはガッサーの仲間に両手を掴まれ、無理矢理立たされた。コスモスは抵抗するが、男二人に取り押さえられては動けない。
 周りの観客はコスモスの裸が見れると騒ぎだし、興奮しきっていた。

「これは何の騒ぎだい!」

 鼓膜まで突き抜ける声が店内に響き渡った。人混みを押しのけ、一人の女給の女がやってきた。

「また、アンタ達かい! いい加減におし!」
「うるせえな、ババア。引っ込んでろ!」
「引っ込むのはアンタ達さね! そこの二人! 嬢ちゃんから手を離しな!」

 コスモスは涙目で救世主である女給のおばちゃんに助けを求める。
 ガッサー達はおばちゃんの前に立ち塞がる。

「いや、コイツは今から俺達の目を楽しませてくれるんだ。いい余興だろ? 邪魔す……」
「やかましい! ウチはそんな店じゃないんだよ! これ以上、騒ぎを大きくするのなら、出て行ってもらうよ!」

 すげぇ……凶器を持った男達に一歩も引いてねえ。あのおばちゃんの持っている盆は神器か何かか?
 けど、このままだと、このおっさん達、おばちゃんを斬るかもしれない。そのときは……。
 俺は杭をそっと手にし、殺気を押し殺す。

「ただの女給が偉そうに抜かすな! ぶっ殺すぞ!」
「やかましい! だったら、今までのツケ、耳をそろえて今すぐだしな! アンタらの仲間の分もだよ!」

 おばちゃんはガッサー達の仲間を指さす。

「はぁ~? なんで俺が……」
「アンタらがお金を払わないからだろ! 客ってのはね、金を払うヤツのことを言うさね! アンタらはただの食い逃げ犯だ! 犯罪者が偉そうなことを言ってるんじゃないよ!」

 すげえな、あのおばちゃん。パワフル過ぎるだろ?
 けど、ヤバいな。ガッサーが今にもおばちゃんに斬りかかりそうだ。短気なヤツだ。
 乱闘は望むところだが、これ以上、無視されるのも癪だし、そろそろこのカーポーにケリをつけてやるか。

「おばちゃん。悪いんだが、もう少し待ってくれるか? そいつらのツケは俺が払ってやるよ。カードで勝った金でな」

 この場にいる全員が俺に注目している。
 ふっ、決まった! さあ、反撃といこうか。

「このバカ! アンタ、死にたいの? この騒ぎに乗じて、あの三人をたたきのめしてやろうと思っていたのに! アンタはいつもいつも邪魔して! ヒトシから今すぐ殺して差し上げましょうか!」

 ブン!

 うぉ!
 俺は椅子を後ろに倒し、コスモスのダガーのなぎ払いを回避した。って、危なっ! マジ洒落になってねえ!

「おい、ガキ。今の状況を理解できているのか?」
「お前こそ理解していないだろ? 俺の手札はまだ見せてないぜ」

 テーブルに伏せてあるカードはまだ裏返していない。そう、俺の役は誰も見てないのだ。
 俺のこの役こそ、ガッサーを倒すために用意した奥の手であり、必勝の策だ。

「ねえ、ヒトシ。もしかして、分かっていないの? ガッサーの役はロイヤルストレートフラッシュで、スートも数字も一番強い役なのよ。私、注意してアイツらの動きを見ていたけど、イカサマらしきことをはしていなかったわ。絶対にイカサマしていると思うけど、手が分からないのよ」

 コスモスは悔しそうに歯を食いしばり、ヤツには不正がなかったと告げるが、俺は笑い飛ばした。

「コスモスこそ、忘れたのか? このゲームには必勝法があるって。役なんてどうでもいいんだよ。勝負はもう、ついている。この勝負が始まったときからな」

 そう、役がワンペアだろうが、ロイヤルストレートフラッシュだろうが、どうでもいいんだ。
 この伏せているカードをめくった時点で誰もが分かるだろう。
 どっちが勝者なのかをな。

「ど、どういうこと? 意味が分からないんだけど? カーポーは役が強いものが勝つんでしょ? どうして、役すら分かっていないのに、勝てるって言えるのよ? ありえないわ」
「俺を疑うならめくってみろよ? すっげえもんが見られるぜ」

 コスモスは俺の言葉が信じられないのか、戸惑いながらも、カードをめくろうとする。
 コスモスの手に、ガッサーもギャラリーもおばちゃんも注目している。緊張感が膨れ上がっていく。
 コスモスはごくりと息をのみ、一枚めくり……二枚……三枚四枚五枚と一気にめくった。
 俺の役は……。
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