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クリサンとグリズリーの冒険 前編

クリサンとグリズリーの冒険 その三

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 緊張感が更に増す。
 ローランは静かにキレてやがる。流石に俺でも分かる。ローランを舐めすぎだ。
 今も尚、グリズリーは右腕から血が滝のように流れ落ちている。顔は青ざめ、脂汗をかき、痛みを我慢して耐えているのが丸わかりだ。
 左手で斬り落とされた右腕を掴んでいるが、あれって、くっつくのか?

 それはともかく、グリズリーの不利は歪めない。どうやって、逆転するつもりなのか?
 ただのはったりだと思っていないのは、俺だけ……ではなさそうだな。
 ローランも正眼の構えでグリズリーを見据える。
 今度もグリズリーから仕掛けた。しかも、ゆっくりと歩いて行く。
 なんだ? あの余裕は? 殺してくれって言ってるようなものだろ?

 ローランの剣先は全くブレていない。心を落ち着かせ、緩やかな水面のように穏やかだ。あせりも不安もない。あのしっかりとした構えはゆるぎない自信を感じさせる。
 グリズリーがローランのテリトリーに入った瞬間、ローランは動いた。
 ん? おかしい。
 ローランの動きが若干先ほどと違う。

 あの太刀筋は上段斬りだが、狙いは脳天ではなく……腕か!
 ローランはグリズリーの左腕を斬り落とし、両腕を使えなくすることでグリズリーに敗北感を与えてから、とどめを刺すつもりだ。
 グリズリーは左手に持っていた右腕を真上に放り投げ……。

「「な、なにぃいいいいいいいいいいいいいい!」」

 俺とローランの声が劇団なんたらのように見事にハモった。
 意図的に声を出したわけではない。グリズリーが奇想天外な方法でローランのショートソードを止めたからだ。

 上腕二頭筋と上腕筋でいいのか? とにかく、左手を折り曲げて筋肉と筋肉で真剣白刃取りしちゃったみたいなことが起こっていた。
 要はショートソードを腕一本で挟み込んだのだ。

 いやいや、ありえねえ! どんな筋肉してるんだ? 初期のアバターだぞ?
 だが、現に目の前で奇跡としかいいようのない出来事が起こっている。
 この事象をなんと説明していいのか分からないが、とにかく、止めてしまっている。

「う、うわああああああああ!」

 今度はローランが悲鳴を上げた。
 ローランの顔にグリズリーの斬り落とされた右腕がいきなり振ってきたからだ。
 そりゃそうだ。渾身の一撃は防がれ、呆けていたところに生の腕が振ってきたんだ。
 これで驚かないヤツがいるのなら、心臓がアフロのような毛で覆われてなければ無理だ。

 もちろん、グリズリーはこの隙を逃すはずもなく、慌てふためいているローランを左手で押さえつけ、足を引っかけて転ばせる。
 そして……。

「おおぅ」

 俺は感嘆の声が漏れた。三角締めだ。
 ローランの首を両足で締め付け、片腕でローランの右手を捕らえている。変則的な三角締めだが、完全に決まっていた。
 それに元世界一の三角締めだ。ローランが抜けだすのは不可能だ。
 頼みのショートソードも、ローランが転ばされたとき、地面に転がり、グリズリーは更に蹴飛ばして、ローランの手の届かないところにある。

 すげえ……。
 今までの流れは全て計算ずくだったのか? ありえねえだろうが。
 流暢な流れで、あっという間の出来事だったが、一番驚いたことは、やはり筋肉でショートソードを挟んで止めたことだ。
 フツウなら、左腕も斬り捨てられていた。ローランの勝利は確実だった。
 だが、そうはいかなかった。

 あれこそが、きっとグリズリーの隠し球であり、勝てる根拠だったのだ。
 ローランは剣道は一流だが、絞め技は素人と変わりないはず。
 剣道に絞め技はないので、グリズリーの三角締めから抜け出す方法など持ち合わせていないはずだ。

 勝者はグリズリーだ。
 ローランは窒息死するかと思われたが。

「ん?」

 どういうワケか、グリズリーは三角締めを解除した。
 はあ? なんで?
 咳き込むローランに、グリズリーはなぜか体を引きずるようにしてショートソードを拾いに行き……。

「ああっ!」

 グリズリーはローランのショートソードを左手に持つと、ローランの前に立った。
 ローランはまだ、三角締めのダメージから回復していない。跪き、何度も咳き込んでいる。
 無防備なローランに、グリズリーはショートソードを高々と上げ……一気に振り下ろした。

 その瞬間、勝負は決まった。
 ローランの首は路地に転げ、大量の血が地面に流れていく。血の臭いが風に乗って、俺の鼻へと入り込む。

「うぇええええええ!」

 俺は吐き気をこらえ、その場に膝をついた。
 なんで、あんな酷い事をするんだ? 三角締めで殺れただろうが!
 わざわざ、見せつけるように首をはねる必要がどこにあるんだよ!

 俺はグリズリーを睨みつけるが、何かがおかしかった。
 グリズリーは地面に膝をつき、ショートソードを杖にして、何度も何度も息を吸っては吐いていたのだ。まるで、呼吸困難を起こしたかのように。
 息苦しそうなグリズリーを見て、俺は今の出来事にはそうしなければならなかった理由があったと悟った。
 グリズリーは真剣だった。見せしめで首を跳ねたわけではなかった。
 ならば、これは命を賭けた真剣勝負だ。文句を言う資格など、俺にはない。

 それにしても、ガチなんだな、この大会は。
 ヤバい……ついていけそうにない。無理だろ、あんな血がドバッて出る戦いは。
 トラウマになるんじゃねえ? しかも、街中でもPVP出来るじゃん。
 死ぬじゃん。安全じゃないじゃん。
 グリズリーは膝をつき、まだ呼吸が乱れている。元チャンピオンでも辛勝でこのザマだ。

 ここが闘技場か何かだったら、スタンディングオベーションをしていただろう。ローランにも拍手したかった。だが、これはまだ予選で、たたの一戦なのだ。
 早く逃げよう。戦う意思がない者がここにいてはいけないような気がして、いや、本当は街中は安全じゃないから、ここから離れようとしたとき。

「よっしゃ! 最高の展開だぜ!」
「一人ゲット!」
「これってすごくない? あのグリズリーを俺達が倒せるんだぜ! 自慢できるよ、これ!」

 なんだ、アイツらは……。
 物陰から三人の男が現れた。装備品からプレイヤーだと分かる。
 アイツらは半死のグリズリーに近寄っていく。
 アイツら、漁夫の利を狙っていたのか? まあ、当然だわな。

 これはグリズリーも悪い。説明はあったはずだ。
 プレイヤーは各地に配置されると。
 つまり、このクロスロードにいるのは、俺達だけじゃない。数は不明だが、複数のプレイヤーがこの街にいる。
 それは漁師の話でも推測できたはずだ。
 この敗北の原因は、それに気づかなかったグリズリーにある。

「グリズリーさんよ、悪いんだけど、ここで死んでくれ」
「恨むなら自分の不運を恨んでくれよ」
「アンタの分まで頑張るからさ」

 終わったな。
 流石に右腕を失って、三人相手に勝てるわけがない。これがグリズリーの運命だ。
 あの善戦も、ローランの敗北もすぐに忘れ去られてしまうのだろう。
 何の意味もなく、意義もなく、散っていく。
 きっと、俺くらいだ。この世界に、この街にローランとグリズリーがいたことを覚えているのは。
 だったら……。

「おい、待たんかい、お前ら」

 俺はびしっと男達を指さした。
 なんでかな。俺は決断するのは早いほうだ。このソウル杯だって、逃げ続けて謝礼金を稼ぐって決めていた。
 それなのに、心に決めたことと反対のことをしている。
 だって、仕方ないだろ? あの戦いを汚すようなことを見逃せるわけがない。

 相手は三人だが、全員と戦う必要はない。
 なぜなら、漁夫の利を狙うようなヤツは楽をして勝利を得たいだけだ。最後の一人になるまで死力を尽くして戦うわけがない。

「んだぁ? てめえは!」
「殺るのかよ!」
「三人相手に勝てるのか?」
「ああっ、勝てる。三人を殺す事もな」

 案の定、殺すと言っただけで動きが硬くなったのは一目瞭然だ。それに動きが素人くさい。

「ああん? ナメるな……」

 先手必勝!
 俺は男がまだ何か話そうとしているのを無視して、即座に距離を詰めた。男は慌ててツーハンデッドソードを振り下ろそうとする。
 すぐに俺の動きに対応できたことは褒めてやるが、互いに一メートル未満の距離でリーチのある武器を振りますことなんて出来るかよ。

 お前の判断ミスだ。
 俺は容赦なく、遠慮なく、無慈悲に男の股間を蹴り上げた。
 これで悶絶するはず。しなきゃ、男じゃない。しなかったら、きっとどっかのアジアでとってる。
 後は手にしたダガーで喉元を切り裂くだけ……だったんだけど。

「クソが!」

 男はすぐさま、ツーハンデッドソードを振り回してきた。すぐさまバックステップでかわし、距離をとる。
 本当は距離を詰めてツーハンデッドソードを抑えつけることも出来たが、急所を攻撃されたのに、ピンピンしているのが気になってしまい、下がってしまった。

 これは悪手だ。
 俺がビビって下がったように相手に思われてしまう。目の前にいる男は相手に弱みを見せると、つけあがるタイプだ。
 それに、攻撃を防がれたことで、相手に俺ってやれるじゃんって思わせてしまい、自信をつけさせてしまった結果にもなる。

「てめえ……やってくれたな!」
「囲め!」
「三人がかりで殺らせてもらうぞ」

 くそ!
 立ち直る時間も奇襲も失敗した。完全に俺が不利になった。
 俺は悪くない。股間蹴られて無事の方がどうかしてる。
 プロテクターでもあるのか? 俺は股間を触り、プロテクターがあるのかどうか、探ってみた。
 プロテクターはない。いや、ない……ない……ないぞ!

「てめえ……殺し合いのときに股間いじるなんて変態か?」
「……ないんだよ」

 いや、マジで。緊急事態だ!

「あっ? 何がねえんだ? まさか、ち○ち○でもなくなったか?」
「ぎゃはははははっ! マジ、うける!」
「緊張感のないヤツらだな。真面目にやれ」
「いや……本当にないんだよ……お前らのはあるのかよ……」
「「「……」」」

 三人は俺をバカにしきった顔をしているが、無意識に股間に手を伸ばしていた。

「バッカ! バカじゃねえの! 俺のリボル○インがなくなるわけ……あぁ!」
「お前、バカだろ? 男はち○ち○とた○た○でバランスをとってるんだぞ。それがなくなったら、まともに立てない……あぁ!」
「……あぁ!」

 男達は一斉にズボンを中を覗く。
 そして……。

「「「ない! なくなってる!」」」

 このとき、俺達は間違いなく心が繋がっていたと確信している。
 それは時空を超えた非言語的コミュニケーションや時間や空間を超えて他人との意思や存在を無意識のレベルで触れ合うといった人類の進化みたいな格好いいことではない。
 ち○ち○がなくなったことへの絶望感がシンクロさせているのだ。

「ち○ち○がない! ち○ち○がない! 大事なことだから二回言いました!」
「た○た○もねえよ! たまたまか?」
「お、落ち着け! 憶測で物事を決めつけるな! これは論理的に説明できる事象だ! 大丈夫! ありますから! 失ってませんから! ステルスモードに入っただけですから!」

 こ、これがアノア研究所の陰謀だというのか? 現実に童貞を置いてきたが、それでも、ないのは困る。
 これが、もし周りに知られたら。

「ねえ、知ってる? あの人、インドでとったんだって」
「ヒトシ! マジ、リスペクト!」

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!
 ヒトシって呼ぶな!

 これは夢だ。インドにいってないし!
 これほどのショックは、中学までずっと皮を被っていた以来の惨事だ。
 エロ漫画を見て、剥けたわけだが、敏感な部分がズボンやパンツにこすれる痛みと、大人の仲間入りした照れくささがあったわけだが……って、そんなこと、どうでもいいわ!

「なあ、アンタ達。提案があるんだが」
「なんだよ! 今、それどころじゃねえだろうが!」
「一回、ソウルアウトしないか? 現実でついてることを確認しておきたくないか?」
「「「実にいい案だぜ!」」」

 三人の男達はとびっきりの笑顔でサムズアップしてきた。
 俺達は戦うのを止め、一致団結してソウルアウトのコマンドを実行しようとした。

「おい、そこのアホ共」
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