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クリサンとグリズリーの冒険 前編
クリサンとグリズリーの冒険 その一
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「おおっ、ここがゲームん世界か……」
科学の発展とは末恐ろしい。ここが現実の世界だと言われても、信じちゃうくらいよく出来ている。
海の潮の匂い。頬を撫でる風。地面を歩く感触。毛穴までしっかりと作られたNPC。
なんか、昔、修学旅行でユニバーサルなんたらに行ったときの感動を思い出していた。
ソウル杯に参加する前に門に書かれていた意味不明な文字のことも忘れ、俺はただぼけっと目の前に広がる世界をただ、見つめていた。
「おい、あんちゃん! 邪魔だ!」
「す、すみません!」
俺は慌てて道を行き交う漁師に道を譲る。ホント、すげえよな……マジで生きてるってカンジがする。
ここにいるNPCは皆が皆、今日を生きていくために働いている。顔も活き活きとしてる。適当に生きている俺とは大違いだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。まずは状況の確認と、方針を決めよう。
ここは港町っぽい。それは見たら分かるが、メニュー画面のマップには、この街の名前が表示されていない。
どういうことかと悩んでいると……。
『クリサン様。聞こえますか?』
「うおっ!」
頭の中にいきなり声が聞こえてきた。周りを見渡すが、誰もいない。
おいおい、幻聴が聞こえてきたぞ。しかも、女の声が。
ゲームやってる場合か? そう本気で心配しかけたとき、更に声が聞こえてきた。
『聞こえているようですね。はじめまして。クリサン様をサポート致します、サポータと申します』
「さ、サポータ?」
『はい。クリサン様がお決めになられたお名前です』
そういえば、適当に決めたような気がする。いちいちサポートキャラ作るのが面倒だったので、形のないサポートキャラにしたんだっけ。
「そっか。よろしくな」
『はい。ヨロシクお願いします。ご用がございましたら私の名前をお呼びください』
「それなら、早速聞きたいことがある。ここはどこだ?」
分からない事はググってで検索。いや、この場合はサポキャラで検索か? どうでもいいな。
『申し訳ございません。情報が不足しているため、現在地が分かりません』
マジかよ……。
情報が不足しているって事は、俺が集めなきゃいけないって事か? 面倒くさいな。
ゲームの世界も現実に寄せすぎると興ざめだ。
外国のプレイヤーはその面倒くささが面白いみたいで、やたら細かい操作を必要とするゲームが人気みたいだが、日本のプレイヤーは違う。
モバゲーに慣れてしまっているせいか、ワンボタンで完了、周回プレイはオートで。
でないと、面倒だろ?
とりあえず、現在地は町中を歩いて情報を集めるとして、これからの方針だな。
はっきり言わせてもらう。俺なんかが一番になれるはずがない。
一応、じいちゃんから超実戦向きな古武道を教えてもらい(強制的)、小学校の全国道場少年剣道大会で優勝した男をたたきのめしたことがあるが、それだけだ。
真面目に古武道を教わっていたわけでないし、護衛程度に身につけた程度だし。
プロも参加していると言われているこの大会に勝ち抜く事は無理だ。
だが、お金は欲しい。
俺はソウル杯が始まるまで、どうすればお金をゲットできるか、考えに考え抜いて出した結論は、とにかく脱落しない事だった。
誰とも戦わず、予選の期日まで生き延びる。それが無理なら、二ヶ月は逃げて、逃げまくって生き残る。それが俺の目標だ。
何言ってるんだ、コイツ、と思われるだろうが、これにはワケがある。まず、俺がこのソウル杯に参加したのは金が欲しいからだ。
だが、何回の言うが大会に優勝する自信はない。ならば、どうやって金を手に入れるのか?
俺が注目したのは、ソウル杯に参加するプレイヤーは被験者としてデーターを提供する代わりに、謝礼金が出るのだ。
しかも、一ヶ月で三十万出るっていうのだから、破格すぎるバイトだ。
ゲームをして、お金をもらえる。端から見れば、こんなに美味しい話しはないだろうが、俺はそう甘くないと思っている。
だって、三十万だぞ? 税金や何かあったときの保険料、施設の使用料等を差し引かれても、手元に二十五万程度は残る計算になる。これは何度も計算したら間違いない。
こんな金額が貰えるんだ。何かあると思って警戒するべきだろう。
小説のようにログアウト……もとい、ソウルアウト出来なくなる可能性は流石にないとは思いたいが、多少の危険はあるかもしれない。
それを踏まえつつ、この大会に参加している。
俺には欲しいものがあった。最新のスマホだ。これなら、一ヶ月生き残れば、余裕で買える。
それなら、なぜ二ヶ月を目標にしているかというと、家族の為だ。
アイツら、もう三億貰って気でいる。三億手には入ったら何が欲しいか、晩ご飯に毎回、毎回聞かされた。それこそ、耳タコだ。
ちなみに、弟はPS VISTA。
妹はシルバーファミリー。
姉がマークジェイコブスのミニバッグ。
兄がアコースティックギター。
親父がGOLF ドライバー。
お袋が圧力鍋。
じいちゃんは帽子。
ばあちゃんは蟹が食べたいとのこと。
お前ら、三億あっても、欲しいのはそれかよ、と言いたくなる。まあ、人のことは言えないが。根っからの貧乏性ってことか。
安いものなら一ヶ月分の謝礼金でも買えるが、どうせなら、少しいい物を買ってやりたい。
俺も大学生だ。そろそろ、親孝行というか、家族のために自分が稼いだ金でプレゼントしたい。
だから、家族と自分へのプレゼントと小遣い稼ぎとして二ヶ月は頑張るつもりだ。
なるべくなら、半年は生き残りたいが、大学、どうしよっかな……。
いや、金が入るなら、留年もやぶさかではないが、授業料がな……。
大学は国立だから、もし、半年生き残れたら、一年分の授業料も稼げて、家族へのプレゼントも余裕、小遣いも貰える。
ハハハッ! まさに夢の環境だぜ!
とにかく、俺の作戦は『ガンガン逃げようぜ』だ。
ヤバそうな相手がいたら、とにかく隠れて、やり過ごす。外には出ず、街中で暮らしていたら、あっという間に半年は過ぎるだろう。
ふふっ、我ながらいい考えだ。街は安全エリア、つまり、システム上安全な場所だ。ここならダメージを受けることなく、生き残れる。
この日のために、MMORPGやりまくったからな。そして、街中はPKやPVPが出来ない事を学習済みだ。
とはいえ、プレイヤーに近寄るのは避けた方がいいな。特に好戦的なヤツは要注意だ。
なんだか知らんが、ネトゲ最強の称号が手に入るとかで、参加者は気合い入れてるヤツがいそうだし、注意しないと。
そんな称号もらっても、飯が食えるかってんの。
そう思っていたら、何の因果か出会ってしまった。
これは不可抗力だ。出会ったのは偶然だ。そう思いたい。
俺が出会ってしまったとんでもないヤツは、道の真ん中で腹筋をしていた。
「百八十五、百八十六……」
「……」
ヤバい。ある意味、とんでもないヤツと出会ってしまった。
体格は二メートルを優に超える大男で、筋肉がハンパない。ゴリラが脱走し腹筋してます、と通報するべきかと悩んでしまう。俺がアホの子と思われてしまいそうだし。
とりあえず写メを撮ろうと思ったが、ここがゲームの世界である事を思いだし、照れ笑いをしてしまう。
さて、さっさと移動してしまおう。
君子変態に近寄らずだ。
「そこの青年」
「うおっ!」
俺はリアルで驚きのあまり飛び上がってしまった。いや、ここはゲームの世界なんだが。
声を掛けてきたのは先ほどの筋トレ男だった。
自分でも顔が引きつっているのが分かる。ヤバい……バットエンドか?
改めて見ると、デカい……。こんなに大きい男は見たことがない。
縦にだけでなく、横にも大きい筋肉男の威圧感がハンパない。
俺は腰にあるダガーにそっと手を添える。相手が間合いに入れば、首の横……頸動脈を斬りつければ仕留めることが出来るかもしれない。
アルカナ・ボンヤードでも、同じように頸動脈が急所ならいいのだが。って、ここは街中だし、警戒する必要があるのか? 安全エリア……だよな?
不安になる俺に男はこう言った。
「ここはどこかの?」
「……お前もか」
いい年したおっさんと青年が迷子とか、ありえないよな。
なぜだろう。目の前にいるおっさんは得体のしれないものを感じるのだが、今は危険がないと思えるのは。
俺は直感に従い、警戒を一度解いた。
「なんじゃ、おまん……ぬしも知らんのか?」
「そっちこそ、筋トレしてる場合か? いつだって出来るだろ? それより、ここはどこだったっけか? まあ、見てろ」
俺は近くにいる漁師に話しかける。
「お兄さん、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「ここってどこと?」
「……お前、大丈夫か?」
ですよね~。
俺だってそんなこと言われたら、病院か警察に連絡しちゃうよな。
まあ、旅の恥はかきすてって言うしな。違うか。
「すんません。教えてくれるとありがたいんですけど」
俺は愛想笑いを浮かべ、再度尋ねてみた。自分がどこにいるのか? それを知るだけでも、大変なんだな。
日本のRPGは街や村に入れば、勝手に名前が出てくるんだけどな。
「まあ、いいだけどよ。ったく、流行ってるのか、その質問は。ここは西の大陸、アレンバシルの港湾都市、クロスロードの港口だぜ、兄ちゃん。まさか……密航者じゃねえよな?」
ここで、はいそうです、なんてお茶面な冗談を言えば、俺は牢獄行きだな。
さて、どうするか……。
「行き先も知らないで密航するヤツがいるかい? それに、密航者なら便所の場所を聞くと思うぜ?」
「……ふっ、そうだな。なにしに来たのかは聞かないでおくが、あまり騒ぎをたてるなよ」
「あんがと」
ふぅ……なんとか、しのげたな。だが、新たな問題が発生した。
あの兄さん、
「流行っているのか、その質問は」
って言ってた。つまり、俺と同じ質問をした者がいるってことだ。
現地の人間ではありえない質問だ。だとしたら、誰が質問をしたのか?
プレイヤーしかいねえ。
「おい、おっさん。聞いてたか? 場所は分かったし、お互いこれからの健闘を祈るってことで……」
「お、おい! 待ってくれ!」
さっさと離れたかったが、おっさんの表情があまりにも真剣だったので、つい、足が止まってしまった。
なんだ? 何か見落としていたか?
重苦しい雰囲気の中、おっさんが俺に伝えたかった言葉とは。
「おいはおっさんじゃねえ」
どうでもいいことだった。くだらねえ。
俺も年をとるとああなるのかね。なるべくなら、自分の年相応に生きたいものだ。
「はいはい。悪かったな。それじゃあ、俺はいくぜ」
「待ってって。わいもゲーム参加者だろ? 戦わないのか?」
「いや、そういうのはちょっと……」
自分で言っていて、意味が分からん。
ごめんね、本気でゲームに参加しているみなさん。俺はそういうの嫌だから。
「わいは変わってるのぉ。何をしに来たんだ?」
「金だよ。謝礼金目的だ。悪いか?」
いや、悪いだろ、俺? けど、事実なんだから仕方ない。
男は怒るかなって思ったが。
「ガッハハハハハハハハ! わいはおもろいな! 気に入った! おいはグリズリー=ベアじゃ! よろしゅうな!」
痛い痛い!
このおっさん、馴れ馴れしく背中を叩きやがって……気に入らねえ。何が気に入らないっていえば、名前だ。
このおっさんはとんでもない名前を口にしやがった。それが許せない。
「おい、おっさん」
「だから、おっさんじゃないと……」
「グリズリー=ベアを名乗るなんて、いい度胸してるじゃん。ファンか、あんた」
グリズリー=ベアとはリングネームで、UFC(Ultimate Fighting Ultimate Champions CARNIVAL)ヘビー級日本人初のチャンピオンその人である。
日本人初の快挙で日本中がお祭り騒ぎになったことを今でも覚えている。俺もグリズリーの試合を見たが、今でも忘れられない。
あの強さ、凶暴さ、人を魅せるパフォーマンス。
最初はテレビや雑誌、クラスメイトが騒いでいたので、冷やかしで見ていただけなのだが、彼の戦いを見て一発でファンになった。
だが、グリズリーの人気はどこかのアホのせいで急落してしまった。
テレビのバラエティー番組でどこかのアホなお笑いタレントとディレクターが考えたくだらない企画が全てを台無しにしたのだ。
人間の力はどこまですごいのか?
そんなキャッチフレーズで人間の限界をいろんなシチュエーションで試すのだが、バラエティーの色が濃く、かなりの無茶ぶりをタレントに要求し、笑いものにするクソな番組だった。
その番組に生放送でスペシャルゲストとしてグリズリーが呼ばれたのだが、確か、人の力で鉄球をどの重さまで止められるか? みたいな馬鹿げた企画にグリズリーは嫌な顔ひとつ見せず、チャレンジした。
しかし、スタッフのミスで本来なら発泡スチロールを鉄球にみせて、受け止めることが出来るか挑戦する内容だったが、バカなお笑いタレントのせいで、グリズリーに内緒で本物の鉄球が用意され、ドッキリを仕掛けるつもりだった。
ドッキリの内容は、まずグリズリーに本物の鉄球を見せ、打ち合わせと違う事を確認させる。
スタッフは気づかないまま、鉄球をクレーンで動かし、グリズリーに挑戦させる。
挑戦直前にこれはドッキリでしたと発表し、テレビの偽企画であることを発表し、グリズリーが焦った様子をテレビに流す計画だったらしい。
だが、新人のスタッフが手順をミスして、間違って鉄球をグリズリーに叩きつけてしまい、グリズリーは脊髄を損傷してしまい、一生立てなくなってしまった。
生放送だった為、誤魔化しがきかず、テレビ局に苦情が殺到し、殺人未遂事件にさえ発展した。
テレビ番組は即打ち切り。テレビ局の代表取締役社長は辞任し、ディレクターは自殺。お笑いタレントは家族も職も失い、行方不明となったらしい。
無責任な話しだ。
とにかく、ファンとしてはグリズリーを名乗るのであれば、それなりの実力を見せて欲しいものだ。
目の前のおっさんは……体格と風格はあるけどな。
心意気といえば……。
「度胸ね……そんなものはない」
「ないって……」
「その名を背負い、最強になる覚悟は出来ている」
科学の発展とは末恐ろしい。ここが現実の世界だと言われても、信じちゃうくらいよく出来ている。
海の潮の匂い。頬を撫でる風。地面を歩く感触。毛穴までしっかりと作られたNPC。
なんか、昔、修学旅行でユニバーサルなんたらに行ったときの感動を思い出していた。
ソウル杯に参加する前に門に書かれていた意味不明な文字のことも忘れ、俺はただぼけっと目の前に広がる世界をただ、見つめていた。
「おい、あんちゃん! 邪魔だ!」
「す、すみません!」
俺は慌てて道を行き交う漁師に道を譲る。ホント、すげえよな……マジで生きてるってカンジがする。
ここにいるNPCは皆が皆、今日を生きていくために働いている。顔も活き活きとしてる。適当に生きている俺とは大違いだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。まずは状況の確認と、方針を決めよう。
ここは港町っぽい。それは見たら分かるが、メニュー画面のマップには、この街の名前が表示されていない。
どういうことかと悩んでいると……。
『クリサン様。聞こえますか?』
「うおっ!」
頭の中にいきなり声が聞こえてきた。周りを見渡すが、誰もいない。
おいおい、幻聴が聞こえてきたぞ。しかも、女の声が。
ゲームやってる場合か? そう本気で心配しかけたとき、更に声が聞こえてきた。
『聞こえているようですね。はじめまして。クリサン様をサポート致します、サポータと申します』
「さ、サポータ?」
『はい。クリサン様がお決めになられたお名前です』
そういえば、適当に決めたような気がする。いちいちサポートキャラ作るのが面倒だったので、形のないサポートキャラにしたんだっけ。
「そっか。よろしくな」
『はい。ヨロシクお願いします。ご用がございましたら私の名前をお呼びください』
「それなら、早速聞きたいことがある。ここはどこだ?」
分からない事はググってで検索。いや、この場合はサポキャラで検索か? どうでもいいな。
『申し訳ございません。情報が不足しているため、現在地が分かりません』
マジかよ……。
情報が不足しているって事は、俺が集めなきゃいけないって事か? 面倒くさいな。
ゲームの世界も現実に寄せすぎると興ざめだ。
外国のプレイヤーはその面倒くささが面白いみたいで、やたら細かい操作を必要とするゲームが人気みたいだが、日本のプレイヤーは違う。
モバゲーに慣れてしまっているせいか、ワンボタンで完了、周回プレイはオートで。
でないと、面倒だろ?
とりあえず、現在地は町中を歩いて情報を集めるとして、これからの方針だな。
はっきり言わせてもらう。俺なんかが一番になれるはずがない。
一応、じいちゃんから超実戦向きな古武道を教えてもらい(強制的)、小学校の全国道場少年剣道大会で優勝した男をたたきのめしたことがあるが、それだけだ。
真面目に古武道を教わっていたわけでないし、護衛程度に身につけた程度だし。
プロも参加していると言われているこの大会に勝ち抜く事は無理だ。
だが、お金は欲しい。
俺はソウル杯が始まるまで、どうすればお金をゲットできるか、考えに考え抜いて出した結論は、とにかく脱落しない事だった。
誰とも戦わず、予選の期日まで生き延びる。それが無理なら、二ヶ月は逃げて、逃げまくって生き残る。それが俺の目標だ。
何言ってるんだ、コイツ、と思われるだろうが、これにはワケがある。まず、俺がこのソウル杯に参加したのは金が欲しいからだ。
だが、何回の言うが大会に優勝する自信はない。ならば、どうやって金を手に入れるのか?
俺が注目したのは、ソウル杯に参加するプレイヤーは被験者としてデーターを提供する代わりに、謝礼金が出るのだ。
しかも、一ヶ月で三十万出るっていうのだから、破格すぎるバイトだ。
ゲームをして、お金をもらえる。端から見れば、こんなに美味しい話しはないだろうが、俺はそう甘くないと思っている。
だって、三十万だぞ? 税金や何かあったときの保険料、施設の使用料等を差し引かれても、手元に二十五万程度は残る計算になる。これは何度も計算したら間違いない。
こんな金額が貰えるんだ。何かあると思って警戒するべきだろう。
小説のようにログアウト……もとい、ソウルアウト出来なくなる可能性は流石にないとは思いたいが、多少の危険はあるかもしれない。
それを踏まえつつ、この大会に参加している。
俺には欲しいものがあった。最新のスマホだ。これなら、一ヶ月生き残れば、余裕で買える。
それなら、なぜ二ヶ月を目標にしているかというと、家族の為だ。
アイツら、もう三億貰って気でいる。三億手には入ったら何が欲しいか、晩ご飯に毎回、毎回聞かされた。それこそ、耳タコだ。
ちなみに、弟はPS VISTA。
妹はシルバーファミリー。
姉がマークジェイコブスのミニバッグ。
兄がアコースティックギター。
親父がGOLF ドライバー。
お袋が圧力鍋。
じいちゃんは帽子。
ばあちゃんは蟹が食べたいとのこと。
お前ら、三億あっても、欲しいのはそれかよ、と言いたくなる。まあ、人のことは言えないが。根っからの貧乏性ってことか。
安いものなら一ヶ月分の謝礼金でも買えるが、どうせなら、少しいい物を買ってやりたい。
俺も大学生だ。そろそろ、親孝行というか、家族のために自分が稼いだ金でプレゼントしたい。
だから、家族と自分へのプレゼントと小遣い稼ぎとして二ヶ月は頑張るつもりだ。
なるべくなら、半年は生き残りたいが、大学、どうしよっかな……。
いや、金が入るなら、留年もやぶさかではないが、授業料がな……。
大学は国立だから、もし、半年生き残れたら、一年分の授業料も稼げて、家族へのプレゼントも余裕、小遣いも貰える。
ハハハッ! まさに夢の環境だぜ!
とにかく、俺の作戦は『ガンガン逃げようぜ』だ。
ヤバそうな相手がいたら、とにかく隠れて、やり過ごす。外には出ず、街中で暮らしていたら、あっという間に半年は過ぎるだろう。
ふふっ、我ながらいい考えだ。街は安全エリア、つまり、システム上安全な場所だ。ここならダメージを受けることなく、生き残れる。
この日のために、MMORPGやりまくったからな。そして、街中はPKやPVPが出来ない事を学習済みだ。
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そんな称号もらっても、飯が食えるかってんの。
そう思っていたら、何の因果か出会ってしまった。
これは不可抗力だ。出会ったのは偶然だ。そう思いたい。
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「百八十五、百八十六……」
「……」
ヤバい。ある意味、とんでもないヤツと出会ってしまった。
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さて、さっさと移動してしまおう。
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「そこの青年」
「うおっ!」
俺はリアルで驚きのあまり飛び上がってしまった。いや、ここはゲームの世界なんだが。
声を掛けてきたのは先ほどの筋トレ男だった。
自分でも顔が引きつっているのが分かる。ヤバい……バットエンドか?
改めて見ると、デカい……。こんなに大きい男は見たことがない。
縦にだけでなく、横にも大きい筋肉男の威圧感がハンパない。
俺は腰にあるダガーにそっと手を添える。相手が間合いに入れば、首の横……頸動脈を斬りつければ仕留めることが出来るかもしれない。
アルカナ・ボンヤードでも、同じように頸動脈が急所ならいいのだが。って、ここは街中だし、警戒する必要があるのか? 安全エリア……だよな?
不安になる俺に男はこう言った。
「ここはどこかの?」
「……お前もか」
いい年したおっさんと青年が迷子とか、ありえないよな。
なぜだろう。目の前にいるおっさんは得体のしれないものを感じるのだが、今は危険がないと思えるのは。
俺は直感に従い、警戒を一度解いた。
「なんじゃ、おまん……ぬしも知らんのか?」
「そっちこそ、筋トレしてる場合か? いつだって出来るだろ? それより、ここはどこだったっけか? まあ、見てろ」
俺は近くにいる漁師に話しかける。
「お兄さん、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「ここってどこと?」
「……お前、大丈夫か?」
ですよね~。
俺だってそんなこと言われたら、病院か警察に連絡しちゃうよな。
まあ、旅の恥はかきすてって言うしな。違うか。
「すんません。教えてくれるとありがたいんですけど」
俺は愛想笑いを浮かべ、再度尋ねてみた。自分がどこにいるのか? それを知るだけでも、大変なんだな。
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「まあ、いいだけどよ。ったく、流行ってるのか、その質問は。ここは西の大陸、アレンバシルの港湾都市、クロスロードの港口だぜ、兄ちゃん。まさか……密航者じゃねえよな?」
ここで、はいそうです、なんてお茶面な冗談を言えば、俺は牢獄行きだな。
さて、どうするか……。
「行き先も知らないで密航するヤツがいるかい? それに、密航者なら便所の場所を聞くと思うぜ?」
「……ふっ、そうだな。なにしに来たのかは聞かないでおくが、あまり騒ぎをたてるなよ」
「あんがと」
ふぅ……なんとか、しのげたな。だが、新たな問題が発生した。
あの兄さん、
「流行っているのか、その質問は」
って言ってた。つまり、俺と同じ質問をした者がいるってことだ。
現地の人間ではありえない質問だ。だとしたら、誰が質問をしたのか?
プレイヤーしかいねえ。
「おい、おっさん。聞いてたか? 場所は分かったし、お互いこれからの健闘を祈るってことで……」
「お、おい! 待ってくれ!」
さっさと離れたかったが、おっさんの表情があまりにも真剣だったので、つい、足が止まってしまった。
なんだ? 何か見落としていたか?
重苦しい雰囲気の中、おっさんが俺に伝えたかった言葉とは。
「おいはおっさんじゃねえ」
どうでもいいことだった。くだらねえ。
俺も年をとるとああなるのかね。なるべくなら、自分の年相応に生きたいものだ。
「はいはい。悪かったな。それじゃあ、俺はいくぜ」
「待ってって。わいもゲーム参加者だろ? 戦わないのか?」
「いや、そういうのはちょっと……」
自分で言っていて、意味が分からん。
ごめんね、本気でゲームに参加しているみなさん。俺はそういうの嫌だから。
「わいは変わってるのぉ。何をしに来たんだ?」
「金だよ。謝礼金目的だ。悪いか?」
いや、悪いだろ、俺? けど、事実なんだから仕方ない。
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「ガッハハハハハハハハ! わいはおもろいな! 気に入った! おいはグリズリー=ベアじゃ! よろしゅうな!」
痛い痛い!
このおっさん、馴れ馴れしく背中を叩きやがって……気に入らねえ。何が気に入らないっていえば、名前だ。
このおっさんはとんでもない名前を口にしやがった。それが許せない。
「おい、おっさん」
「だから、おっさんじゃないと……」
「グリズリー=ベアを名乗るなんて、いい度胸してるじゃん。ファンか、あんた」
グリズリー=ベアとはリングネームで、UFC(Ultimate Fighting Ultimate Champions CARNIVAL)ヘビー級日本人初のチャンピオンその人である。
日本人初の快挙で日本中がお祭り騒ぎになったことを今でも覚えている。俺もグリズリーの試合を見たが、今でも忘れられない。
あの強さ、凶暴さ、人を魅せるパフォーマンス。
最初はテレビや雑誌、クラスメイトが騒いでいたので、冷やかしで見ていただけなのだが、彼の戦いを見て一発でファンになった。
だが、グリズリーの人気はどこかのアホのせいで急落してしまった。
テレビのバラエティー番組でどこかのアホなお笑いタレントとディレクターが考えたくだらない企画が全てを台無しにしたのだ。
人間の力はどこまですごいのか?
そんなキャッチフレーズで人間の限界をいろんなシチュエーションで試すのだが、バラエティーの色が濃く、かなりの無茶ぶりをタレントに要求し、笑いものにするクソな番組だった。
その番組に生放送でスペシャルゲストとしてグリズリーが呼ばれたのだが、確か、人の力で鉄球をどの重さまで止められるか? みたいな馬鹿げた企画にグリズリーは嫌な顔ひとつ見せず、チャレンジした。
しかし、スタッフのミスで本来なら発泡スチロールを鉄球にみせて、受け止めることが出来るか挑戦する内容だったが、バカなお笑いタレントのせいで、グリズリーに内緒で本物の鉄球が用意され、ドッキリを仕掛けるつもりだった。
ドッキリの内容は、まずグリズリーに本物の鉄球を見せ、打ち合わせと違う事を確認させる。
スタッフは気づかないまま、鉄球をクレーンで動かし、グリズリーに挑戦させる。
挑戦直前にこれはドッキリでしたと発表し、テレビの偽企画であることを発表し、グリズリーが焦った様子をテレビに流す計画だったらしい。
だが、新人のスタッフが手順をミスして、間違って鉄球をグリズリーに叩きつけてしまい、グリズリーは脊髄を損傷してしまい、一生立てなくなってしまった。
生放送だった為、誤魔化しがきかず、テレビ局に苦情が殺到し、殺人未遂事件にさえ発展した。
テレビ番組は即打ち切り。テレビ局の代表取締役社長は辞任し、ディレクターは自殺。お笑いタレントは家族も職も失い、行方不明となったらしい。
無責任な話しだ。
とにかく、ファンとしてはグリズリーを名乗るのであれば、それなりの実力を見せて欲しいものだ。
目の前のおっさんは……体格と風格はあるけどな。
心意気といえば……。
「度胸ね……そんなものはない」
「ないって……」
「その名を背負い、最強になる覚悟は出来ている」
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