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番外編04

エリン=バンストーンはトライアンフを抜け出したい その二

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 シュ!

「おおっ、お見事!」
「……」

 エリンの弓の腕にムサシは感嘆の声を上げる。
 エリンはジャックに弓についてある要求をしている。その要求通りの弓が出来ているか確認するため、試し打ちをしているのだが。

 ――んん……まだまだ発射時の振動が大きいですね……それに張りも……改良の余地ありですね。

 エリンはロングボウのストリングの具合を確認し、問題点をあげていく。
 エリンはふと視線を感じ、そちらを見ると、ムサシが目を輝かせていた。

「な、なんですか?」
「いや~、エリンの弓の腕は天下一だな! どっかの弓道部に所属していたのか?」
「弓道部? ああ、ジャパニーズスクールクラブですね? いえ、私はスクールには通っていませんので」
「えっ? 学校にいけなかったの?」
「あの~ムサシさん、言葉。言葉選んでくださいね。私がバカみたいにとられるじゃないですか~。けど、半分当たってますけど。スクールで学ぶ内容は仕事に役に立ちそうになかったのですが、私の姉と兄……のような人達にワンツーマンで教わりました」

 エリンは目をつぶり、当時を振り返る。
 エリンは五才のとき、政府軍と反政府ゲリラとの戦いで全てを失った。親の顔も今では思い出せない。ただ、母と父が殺された瞬間だけは覚えている。
 エリンは幼児でありながら、目の前で両親を殺した相手を躊躇なく殺したことで反政府ゲリラのリーダーに拾われ、兵士として訓練を受けることになる。

 エリンが十才のとき、反政府ゲリラは壊滅し、その際、ゲリラを滅ぼした今所属している傭兵集団に保護された。組織はエリンを戦災孤児として無理矢理兵士にされたと判断していたのだ。
 ゲリラを壊滅させた組織にエリンは仇を討とうとは全く思わなかった。反政府ゲリラも政府軍も両親を殺した元凶だ。そんな彼らのために戦うなど、ありえなかったのだ。

 組織はエリンをフツウの女の子として学校に通わせ、一般人として生きることを望んだが、エリンは傭兵として組織に入門することを選んだ。
 理由は戦おう事しか生きる術を知らなかったからだ。
 殺人マシンと化した少女を、組織は受け入れた。それは戦力ではなく、彼女の心を人に戻すことだった。

 エリンを人としての教養と礼儀作法をたたき込み、人としての感情を呼び戻したのは、一人の女性と青年だった。
 彼らは自称エリンの姉、兄と名乗り、エリンを溺愛した。女性はエリンの可愛い容姿に惚れ込み、青年はエリンの殺人機としての戦闘能力に惹かれた。
 二人は家庭教師の如く、エリンに膨大な知識を文字通りたたき込んだのだが……。

 ――あれは拷問ですね。地雷原を歩くよりも大変でした。

 しみじみと今、生きていられる喜びをエリンは噛みしめていた。

「いいお兄さんとお姉さんがいて、羨ましいな。オラの兄妹は八人だが、やかましいし、疎ましいって思うけどな」
「……私もごく一般的な兄や姉が欲しかったです」

 エリンはぼそりとつぶやく。

「その弓の腕も兄姉けいしが教えてくれたのか?」
「姉譲りですね。っていうか、劣化コピーですけど。射撃では姉に一度も勝てたことはありません」
「おいおい、どんだけ凄い姉なんだ? 正鵠せいこくに当てまくってるエリンより凄いとかありえないだろ?」
「正鵠? ああっ、図星でしたっけ?」

 日本の弓道の的の中心にある黒丸を図星、正鵠と呼ぶ。図星を突く、正鵠を射るの元となっている。
 ちなみにエリンの弓は弓道ではなく、アーチェリーだ。

「そうだ。正直、すげえよな、エリンの弓の腕は。自分、エリンに感謝しているんだ。俺達のチームの中で、エリンだけが遠距離攻撃ができる。それも凄腕のスナイパー級だ。あっ、弓だから、スナイパーじゃないけど、エリンがいてくれるおかげで、かなり助かっている。エリンの代わりはいねえ。それとリーダーとして言わせてくれ。ありがとな。自分達のチームにいてくれて」
「……別に感謝されるいわれはないですよ。私は私の仕事をしているだけですから」

 そう言いつつも、エリンは口元が緩むのを抑えられなかった。
 エリンがいた組織では、自分の代えは何人もいる。だが、ここではそうではないようだ。
 自分が身につけた忌むべき殺人の技が組織の仲間以外で喜ばれていることに、エリンはこそばゆい気分になるのだ。
 心の中で芽生えたあたたかい小さな何かに、エリンはチームのために腕を磨き続けることを決意する。
 エリンは弓を構え、狙いを定め、ゆっくりとひき……。

「ムサシ君。あなたいつまで待たせるき? そちらから誘っておいて後れるとか呆れるわ」

 ぴく!

 エリンは一瞬、体が硬直した。何か嫌な予感がエリンの脳に駆け抜けたのだ。
 それでも、長年の経験でエリンは動揺を押し殺した。

「すまんすまん! エリンの見事な腕前を見ていたらつい」
「エリンの腕前?」

 エリンはソレイユとムサシの視線を浴びながら、矢を放った。エリンの放った矢はまっすぐ的を射貫く。

「お見事!」

 エリンは肩の力を抜き、一息つく。

「別にたいしたことではありません。誰だって練習すればできるようになりますよ」
「そうね」
「……」

 エリンは頬を引きつらせながらも、笑顔を作る。

「い、いやあ~それでも、その域に達するまでにはずいぶん苦労しそうだな。エリンの努力あってのものだ! 尊敬するぞ!」
「ムサシさん、それは過大評価です。本当にたいしたことではありませんから」

 ムサシのフォローにエリンの気分が和らぐが……。

「そうね」
「……」

 エリンは自分がキレなかったことを自分で褒めたい気持ちでなんとか怒りを抑えることが出来た。

「そ、そんなことないと思うぞ! 口では簡単に言えるが、出来るかどうかはやってみないと証明できないからな! エリンは実戦でその腕前を示している。立派だと思うぞ!」
「そ、そんな立派なものではありませんけど、チーム内で私しか弓を扱えませんし、援護は任せてください」

 狙った獲物は逃がさない。必ず仲間のピンチを矢一本で救い、チャンスに変える。
 エリンは怒りを沈静化し、クールに自分の狙撃で仲間の力になる決意をする。

「別にオートモードに切り替えれば誰にでも弓は扱えるし、私にも弓は扱えるわ」
「言いましたね! それなら証明してもらいましょうか、ソレイユさん!」

 限界だった。
 エリンはぷんぷん怒りながらソレイユを指さした。
 一番腹立たしいのは、ソレイユはエリンに嫉妬しているわけではなく、素で言い切っている事だ。つまり、全く悪気がない。
 悪意無き態度に、エリンは怒りが爆発してしまった。

「お、おい、落ち着け、エリン。そんなこと急に言われても……」
「いいわ、貸して」

 ソレイユはエリンの弓と矢を受け取り、的に向かって一直線に立つ。
 ソレイユは一息つき、的を見定める。
 足踏み、胴造り、弓構えと射法の一連動作を流れるように流暢に移す。
 引分けを完成させ、最後に胸郭を広く開き……矢を放った。

 トン!

「お見事!」

 ムサシは思わず声を上げる。
 ソレイユが放った矢は的の中心、正鵠に突き刺さっていた。
 ソレイユは残心を解き、ゆっくりを弓を倒す。呼吸をしながら両手を腰に戻し、頭を正面に戻した。

「すげえな、ソレイユ! ソレイユってなんでも出来るんだな! ジャックの言う通りだ!」
「ジャック君の?」

 ソレイユの眉がピクリと動く。ジャックが自分の事を何て言っていたのか? 気になっていた。
 だが、そんなことには全く気づかないムサシはすげぇすげぇと連呼している。

「あの、ちょっと待ってください……ソレイユさんの……弓道って言うんですか? それ、実戦に向きませんよね? 矢を一本放つのに、いちいち作法をまもっていては亀にだって逃げられますよ」

 エリンの言いがかりに反論したのは、ソレイユではなくムサシだ。

「いや、弓道は的に当てるだけが目的じゃない。心身の鍛練をする日本の武道であり、伝統文化だ。自分はソレイユの射法八節はとても美しいって思う。エリンもこれを機に礼儀作法を学んだらどうだ? 女の子なんだし、技術ばかりだと寂しいだろ?」
「なっ!」

 ムサシの言葉がエリンのハートをえぐり、的を射る。

「それより、ムサシ君。そろそろ……」
「ああっ、悪い。宿屋のマーレスさんに依頼を受けて食材と薬になる植物の採取を頼まれたんだ。食材は自分とジャックでなんとなるが、薬草については分からないんだ。ソレイユの知識を借りたいんだが」
「別にいいわよ」

 ムサシとソレイユは依頼の話をしながら、その場から立ち去る。エリンだけが取り残されていた。



「……ってなことがあったんです! 他にも! 他にも~! ちょっと、聞いてますか、テツさん!」
「エリン、あなた……被害妄想がすぎるんじゃない? それとも、疲れているの?」
「その目です! その哀れむような目で見ないでください!」
「……」

 エリンはぎゃーぎゃ騒いでいるが、ソレイユは可哀想な目でエリンを見つめている。
 テツはため息をついた。

 ――やっぱ、くだらないことだったな。

 テツは彼女達に背を向け、歩き出す。
 今日もアレンバシルの空は優しく彼らを見守っていた。
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