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二十一章 閉ざされた未来

二十一話 閉ざされた未来 その一

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 世界戦から一夜が明け、ジャックはソウルインしてすぐにリリアンを呼び出した。

「おはよう、ジャック!」

 リリアンは何事もなかったかのように、いつもの笑顔を浮かべ、ジャックの前に現れる。
 ジャックは真面目な顔で……。

「リリアン……ごめんなさい!」

 ジャックはまず、リリアンに頭を下げた。リリアンの体調に気づけなかったこと、動けなくなるまで無理をさせたことを、どうしても謝りたかった。

「? なんで謝っているの?」

 リリアンは特段気にしていなかった。自分はNPCなので、問題ないと。
 自分をモノのように言うリリアンに、ジャックは胸の奥が痛んだ。けど、ジャックが悲しい顔をすれば、リリアンも悲しい顔をする。
 それ故、ジャックは無理矢理笑顔を浮かべた。

「これから、どうするの?」

 ジャックはリリアンにお願いし、ムサシ達にメールを送った。
 ムサシからすぐに返答があり、現在ムサシ達はクロスロードに戻っているとのことで、そこで落ち合うことになった。

 ジャックの現在の居場所はカースルクームから少し離れた林にいる。
 人気ひとけがなく、モンスターもいないので、いきなりビックタワーに襲われることはないだろうと考えていた。
 ジャックは誰もいない林を抜け、少し離れたところからカースルクームを観察する。

 カースルクームには幾人かのプレイヤーらしき人影が見えた。
 きっと、ビックタワーのメンバーだろう。廃墟を壊し、建物を建てようとしている。
 あの村を拠点にして、支配地を東に伸ばすつもりなのか?
 ジャックはこっそりと村に近づく。厩舎にジャックの愛馬がいるからだ。
 せっかく手にした馬をここに置いていくのは忍びなかったのだ。

「ジャック、本気なの? 危ないよ~」

 リリアンはジャックを止めようとするが、ジャックは頑として愛馬を連れ出そうとする。

「大丈夫だよ、リリアン。敵は厩舎から離れた場所で作業しているし、こっそり馬を連れ出せばいいだけだよ」
「でも~」

 ジャックは厩舎に忍び込み、自分の愛馬を探す。
 馬房に十頭ほど馬がいた。カースルクームの村人達が死んでも尚、部屋の中は綺麗に片付いている。
 ビックタワーのメンバーが綺麗にしているのだろうか?
 悪漢達が馬の糞を丁寧に掃除している姿を想像してしまい、ジャックは笑いそうになった。
 ムサシ達の馬は見当たらなかったので、きっと自分達で連れ出したのだろう。
 ジャックはこっそりと一頭ずつ馬を確認していたが……。

「あっ! オーモント!」
「ひひぃん!」

 ジャックはようやく自分の愛馬を見つけた。オーモントは嬉しそうに主に顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。
 ジャックはよしよしとオーモントの鼻を撫で、そこから首まで手でなぞり、ポンポンと叩いた。
 ジャックが自分の愛馬とコミュニケーションをとっていたとき。

「ジャック!」
「!」

 リリアンの叫び声と索敵スキルの警告音に、ジャックは咄嗟にガードの構えをとるが……。

「くぅ!」

 ジャックの首に何かが巻き付いてきた。それはジャックの首を絞めつけんと襲いかかる。
 ジャックは自分の首に巻き付いているモノが鎖である事に気づいた。
 鎖が首に食い込むが、ジャックはかろうじて自分の首と鎖の間に腕を割り込ませることに成功し、窒息を免れた。

「ったく、ジョーンズの言う通り、間抜けが引っかかったな。だが、反応は悪くない。咄嗟に右腕を鎖の間に挟むなんてやるじゃないか」

 一番端の馬房から、一人の男が現れる。
 身長は百八十前後と、ジャックよりも若干背が低い。
 顔は整った美形で引き締まった無駄のない筋肉は格闘技の経験者を思わせるのだが、どこか違和感をジャックは覚えていた。

 ちなみに男はこの厩舎をジョーンズの命令で密かに見張っていた。
 厩舎にとめている馬をプレイヤーが取りに来る可能性があったため、罠を張っていたわけだ。
 
「オーモント、リリアン。僕は大丈夫。落ち着いて」
「へぇ? 自分の心配よりも愛馬の心配かよ。恐れ入った。けど、俺がここで大声を出せば、仲間が来るし、大ピンチじゃねえ? まあ、俺達が悪いんだろうけど、恨みで殺されたくないからな。悪いな、勝手で」
「僕はキミ達とは恨みや憎しみで戦うわけじゃないよ」
「それなら、何の為に戦うんだ? 悪党である『ビックタワー』に正義の鉄槌以外になにがある?」

 ジャックは一つ深呼吸し、

「勿論、最強の座を賭けて。このゲームって、自称ネトゲ最強の称号が手に入るんでしょ? だったら、そのお祭りに目一杯楽しまなきゃね」

 ジャックは余裕の笑みを浮かべ、挑戦状を目の前の男に叩きつけた。
 男は呆然としていたが……。

「……ぷっ! あはははははははははははははははは!」

 男は腹を抱え、大笑いした。目には涙が見える。
 心底大笑いしているのだ。今度はジャックが唖然としてしまう。

「いやぁ、久しぶりに笑うた! 面白かヤツばい、ぬしゃ!」
「ぬしゃ? えっ? 何語?」
「すまん、熊本弁だ。つい、素が出ちまった。それなら、お前はチャレンジャーとして、グリズリーに喧嘩を売るのか?」
「いや、それは違うでしょ? ありえないでしょ」

 ジャックの答えに、男の表情が凍り付く。やはりかと内心ため息をついているかのように失望した顔をしていた。
 グリズリーはビックタワーのリーダーとして散々悪事を働いてきた。
 それには理由があるのだが、それでも、男はグリズリーを悪党ではなく、本来の姿である格闘家として挑戦してきたものだとばかり思っていた。
 ジャックの反応は当たり前のことだ。それなのに期待してしまった……のだが……。

「なんで僕がチャレンジャーなわけ? 現実世界では偉業をなした人かもしれないけど、ここではただのおっさんでしょ? ピークを過ぎたおっさんと戦うのに、僕がチャレンジャーっておかしくない? 余裕だから。それに僕が最強になる為にグリズリーを叩きのめすだけだから勘違いしないでよね」
「……グリズリーがただのおっさんだと? くくくくっ……ぷはははははははははぁ! 確かに空気読めないただの迷惑なおっさんだ!」

 男は再び大笑いした。涙がこぼれるほど笑った。
 男はついに出会えたのだ。グリズリーの本当の願いを叶えてくれる人物に。
 男は武器を戻し、ジャックを解放する。

「お前さん、名前は?」
「僕はジャック。ねえ、どうして、拘束を解いたの? さっきからグリズリーをおっさん扱いしているけど、キミは一体……」

 グリズリーは元世界チャンピオンだ。そんな彼に敬意を払うどころか、親しみを込めておっさん呼ばわりしている男に、ジャックは興味を引かれた。
 だが、男はジャックの想像を超える事を口走ったのであった。

「頼む、ジャック。グリズリーを救ってくれ!」



「よぉ、クリサン。交代の時間だぜ」
「ああぁ、もうそんな時間か」

 厩舎を見張っていたクリサンに、同じビックタワーのメンバーであるホッホイが声をかけてきた。
 ホッホイは身長百七十前後でクリサンよりも少し低いが、髪の毛がトサカであるため、髪を合わせれば同じくらいの身長となる。
 クリサンは伸びをして、厩舎から出て行こうとするが……。

「待ちな、クリサン」
「んだよ、ホッホイ。俺にまだ馬糞の処理をさせるつもりか?」
「そっちの方がお似合いだろ? 裏切り者さんよ~」

 クリサンとホッホイはお互い睨み合う。ホッホイはメンチを切りながらクリサンに因縁をつけてきた。

「何度も言うが、俺はお前が気に入らねえ……なんで、てめえみたいなサイコパスがグリズリーさんと相棒なんだ? それにてめえ、手を抜いてるだろ?」
「手を抜く?」
「そうだ。てめえのようなサイコが何かと理由をつけて人を殺してないんだから笑えるぜ。この世界で初めて出来た俺のダチ、ラシアを殺したくせによ~」

 ラシアとはグリズリーとクリサンがビックタワーに入る前に喧嘩を売ってきた人物で、ラシアはクリサンとグリズリーを殺そうとしていた。
 しかし、返り討ちに遭い、ラシアは死んだ。
 ホッホイはラシアを殺したクリサンに何かと因縁をつけてくるのだ。

「俺はただ、自分の身を守っただけだぜ? それにとどめを刺したのはグリズリーだろ?」
「うるせえ! てめえなら、苦痛を与えずにラシアを殺せたはずだ! なのに、わざと殺さず、わざわざグリズリーさんに殺させた! 真剣勝負での生き死に文句は言わねえよ! だがな! お前は俺のダチの命を弄んだ! それが許せねえんだよ!」
「それはおまいうか? 散々人を殺してきたのはお前達だろ?」

 ホッホイはクリサンの額に自分の額をこすりつけるようにして睨みつける。

「てめえの意見なんて聞いてねえんだよ! 俺がお前を気に入らねえ! それだけで、てめえをぶち殺す理由になるんだよ!」
「話にならないな」
「待ちな! なあ、この厩舎、なにか~おかしくねえか~? 馬房には十匹いたよな~? それが九匹しかいないのは俺の錯覚か? 俺、見ちまったんだよな~、この厩舎から一匹馬が出て行くのをよ~」

 ホッホイは腰に装備していたダガーを鞘から抜き出し、クリサンの頬にダガーの腹でポンポンと叩く。

「なあ、馬に乗っていたヤツ、誰なんだよ~? 少なくとも、俺達ビックタワーのメンバーじゃないよな~? これって裏切りだよな~? 裏切りだよねえ~? 裏切り者は見せしめに殺さないといけないよな~クリサンよ~。俺は悲しいぜ……仲間を……お前を殺せるんだからな!」

 ホッホイはダガーの刃をクリサンの首筋に突き刺そうとしたが、クリサンの装備している杭にはじかれる。

「抵抗するつもりか~? いいぜ~抵抗してみせろよ~。活きのいい得物こそファックしがいがあるからよ~」
「お前の目は節穴か? ちゃんと十頭いるだろ?」
「んなわけねえだろうが、ボケ! ここから一匹馬が出て行ったんだ! 九頭に決まってるじゃねえか!」
「あっれ~? どったの? こんなところで大はしゃぎしちゃって。何か面白い事あった?」

 第三者の登場にホッホイは舌打ちをする。本来なら仲間がやってきて、クリサンの裏切りについて声を上げて宣言したいところだが、相手が悪かった。
 この場にやってきたのはテンペストと呼ばれるキチガイで、このビックタワーでトップクラスを争う変人だ。

 楽しければそれでOK。自分が死のうが仲間が死のうが面白ければ問題なし。そんな男だ。
 しかも、この男、カースルクームでNPCの怨念だなんだと騒ぎ立て、作戦を切り上げるほどの邪魔をした。
 ジョーンズはなぜ、こんなキチガイを仲間に入れているのか? 自分の事を棚に上げ、ホッホイは心の中で毒づいていた。

「……いつものホッホイの病気だ。俺のことを裏切り者扱いしているんだ」
「なんだ、つまんないな~。ホッホイ、ダメだぞ。もっと面白い事言わないと。例えば、クリサンがジョーンズを暗殺しようとしてるとか」

 全然面白くねえよとクリサンはテンペストにツッコんでいた。自分の話を信じてもらえないテンペストに、ホッホイはキレた。

「茶化してるんじゃねえぞ、キチガイ! クリサンは俺達を裏切ったんだ! きっと、俺達を皆殺しにするつもりだぜ! 俺はコイツが裏切り者だという証拠を持っているぞ!」
「へえ~? どんな証拠なわけ?」
「コイツ、この厩舎でスパイと密会していたんだ! 俺はその現場を見た!」

 ホッホイはクリサンを指さすが、クリサンはため息をつくだけだ。

「違うだろ? 厩舎に馬が九頭しかいないって言ってるだけだろ?」
「つまり、クリサンが一頭逃がしたわけ?」
「妄想だ。この厩舎には十頭ちゃんといるぞ」
「なら、確かめよう」

 テンペストは意気揚々と馬の数を数える。

「あれれ~~~。九頭しかいないぞ~~。奥の馬房にいた馬がいないんですけど! これって処刑コースですよね!」
「だろ! コイツは裏切り者なんだよ!」

 二人はおおはしゃぎしているが、クリサンは冷静にツッコむ。

「……待て待て。テンペスト、悪乗りしすぎ。マジでやめろ」
「てへぺろ!」

 テンペストはとぼけた態度をとり、それがホッホイの神経を逆なでさせる。

「おいキチガイ! なに裏切り者と仲良く話してやがる。即刻処刑だ!」
「いや、ホッホイ。ちゃんと十頭いるじゃん」
「ああん? いるわけねえだろうが! その右端の奥の馬房に馬が……」

 いるはずない。そう言おうとしたが言葉が続かなかった。
 馬が……いたのだ。
 馬はしゃがんでいたのだ。

「寝てただけだろ? これでも、俺を裏切り者扱いするのか? それと、馬は匹じゃなくて、頭だ。覚えておけ」
「う、うせえ! てめえはセンコーか! うぜえ! くそ! じゃあ、あれはなんだったんだ?」
「それは走馬灯ではないのかな~。もうすぐ死ぬって事? 死ぬよね?」

 テンペストは体をこすりつけるようにしてホッホイにじゃれつく。ホッホイはテンペストを突き放し、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「うっさい、キチガイ! 俺に話しかけるな! それと馬は匹だろうが!」

 ホッホイは大股で厩舎から出て行く。
 その姿をクリサンは呆れたように見送っていた。

「アホが騒いで迷惑をかけたな、テンペスト」
「いえいえ! 楽しかったからALL OK! でもでも~、あの馬、クリサンの馬だよね? 元々、ここにいなかったよね~?」
「……」

 テンペストの指摘通りだった。あの奥の馬房には別の馬がいた。だが、クリサンは訳あって逃した。
 クリサンの馬と逃がした馬の種が同じだったため、ホッホイを騙すことが出来たが、テンペストは気づいてしまったようだ。
 二人の間に緊張感が漂う。
 クリサンはテンペストの口封じを考えたが……。

「もしかして……裏切っちゃった? 裏切ってる! でも、問題ナッシング! だって……」

 テンペストから語れた驚愕の事実に、クリサンは目を丸くした。
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