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二十章 光り輝く明日へ

二十話 光り輝く明日へ その二

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「日本のボクシングファンの皆様、お待たせ致しました。今夜、日本ボクシング界の歴史が変わるのか? 新たな神話が生まれるのか? WBB世界スーパーライト級タイトルマッチが始まります。ただいまより、選手入場です!」

 冨士山ラバーオーシャンアリーナの中央リングがライトアップされる。音楽と共に、青コーナーから間藤が現れる。
 巨大モニターに間藤一樹の画像が流れ、間藤がステージに現れた。リズミカルに体を動かし、ゆっくりとリングに向かっていく。
 勝利とチャンピオンベルトを手にするために、今、一人の日本人がチャンピオンに挑む。

「どうでもいいことですけど、日本人なんだから洋曲じゃなくて、日本の曲にしてほしいと思いませんか? 『ロマンチックが止められない』とか、好きなんですけどね」
「ええっ~ダサい。やっぱ、ラップっすね。格好いいし」
「……」

 戸倉とジャックの世代の違いが出た瞬間だった。

 次に赤コーナー、チャンピオンのエイビナスが入場する。
 暗闇の中に複数の人影が浮かび、ドライアイス漂う場面から一気にジェットスモークが吹き出す。
 赤くライトアップされ、色とりどりのビームライトが飛び交い、エイビナスと水着姿の美女集団が現れる。

 エイビナスは悠々とリングに向かう。美女は観客に手を振り、チャンピオンの行進を色鮮やかにしていた。
 その一番後ろにセコンドが続く。
 しかも、曲はスピーカーから流れているわけではなく、実際に歌手と楽器を演奏しているアーティストが赤コーナー側の観客席の上からリフトに乗って歌っているのだ。

「派手ですね。流石はアメリカ」
「いや、あの人くらいでしょ?」

 ジャックは美女を引き連れているエイビナスが羨ましいとは思うが、自分がチャンピオンだとしても、アウェイであそこまで派手に登場する勇気はない。
 ジャックは口をぽかんと開け、エイビナスの姿に見入っていた。

 戸倉は顔をしかめていた。
 タイトルマッチだから、もう少しおとなしめでもいいのではと思ったからだ。
 厳かというか、チャンピオンとしての威厳が欲しいのだ。
 エイビナスの登場シーンは完全にパフォーマンスだ。武道のそれじゃない。

 逆にジャックは好感が持てた。
 大胆不敵で勝利を微塵も疑わない姿は王者らしくて格好良い。逆にチャンピオンはこうでなければと思ってしまったほどだ。

「国歌が流れると緊張感増してきますね」

 戸倉の意見にジャックも同意する。

「うん。見ているこっちも緊張する。やっぱり、憧れますね。お国を背負って戦うのは」

 あんな大舞台で戦ってみたい。
 ジャックはその姿を想像し、胸を躍らせていた。

「私なら緊張して倒れてしまいそうです。プロから見て、この試合、どう思います?」
「チャンピオンの圧勝じゃない? たぶん三ラウンドまで持たないと思うよ」

 ジャックの予想に、戸倉は眉をひそめる。
 日本人としては、同じ日本人に頑張って欲しい気持ちがあるのに、ジャックは間藤が負けると宣言しているのだ。
 戸倉の恨めしそうな目つきに、ジャックは慌てて補足する。

「いやいや、現王者であるエイビナス=ウォーナーは四階級制覇の王者で34勝33KO1引き分け。アマの試合は300勝も達成している生粋のインファイターっすよ。リーチは長いし、黒人の身体能力は日本人よりもはるかに高い。体のバネと特有の伸びるパンチが凄い」
「伸びるパンチ?」

 簡単にいえば、エイビナスは肩を押し込むような形でパンチを繰り出す。
 普通のパンチだと、パンチがあたれば、その瞬間に引くのでダメージがまだ残りにくいが、エイビナスのパンチは手元が伸びてくるパンチのため、寸での回避が難しく、顔に当たっている時間が長いため、ダメージが残る。

「それに、足や上半身を使ったバネでパンチを回避する技術も一流。経験も身体能力もチャンピオンが上だから負けないって予想したわけっす。私生活はアレだけど」

 エイビナスはやインタビューの過激な発言や数々の暴力、暴行、窃盗を繰り返し、世間を騒がせている。しかも、既婚者なのに他の女性とも複数の子をもうけている。
 仮にも世界チャンピオンが素人や女性に暴力を振るい、犯罪行為を繰り返し、複数の女性と力ずくで関係を持つのはいかがなものかと思うのだが、それでも、ライセンス失効にならないのは、強くて人気があるからだろうか?
 なんとも世辞辛い世の中だ。ジャックはそう思わずにはいられなかった。

 ビックタワーの行動も、世間からすれば支持されているのだろうか?
 視聴者からすれば、NPCなどドラマや映画に出てくるエキストラ程度しか見ていないのだろう。
 実際に触れあってみないと、彼らが生きている実感はわかない。殺人ゲームを実況しているくらいにしか感じないのではとジャックは思ってしまう。
 ジャックは若干、テンションが下がってしまった。

「それでも、ボクシングは何が起こるか分からないでしょ?」
「ある程度、実力が均衡していたらね」
「……」

 ジャックの何の面白みもない解説に、戸倉のテンションも下がってしまった。事実なんだから仕方ないじゃんとジャックはつぶやく。

 国歌斉唱が終わり、ようやく試合が始まろうとしていた。
 レフリーがエイビナス、間藤の体重、国、名前を高々と名乗り上げる。間藤には声援を、エイビナスにはブーイングが飛んでいるのが印象的だった。
 ただ、エイビナスも慣れているのか観客と間藤を挑発し、ある意味、タイトルマッチを盛り上げている。

 ルールの説明が終わった後、両者はコーナーに戻る。
 間藤は青コーナーで祈るように精神集中している。
 エイビナスは赤コーナーでもたれかかり、今か今かとゴングを待っている。

 ジャックも戸倉もテレビに視線が集中していた。
 会場の観客が、テレビの視聴者が見守る中、ついにゴングが鳴った。
 立ち上がりはゆっくりで、お互い様子見をしているかに思えたが。

「おおっと! ダウン! 間藤、ダウンしました!」
「ああっ……」

 戸倉の口からため息が漏れる。あっという間だった。

 開始二十秒。

 エイナビスの右のカウンターが綺麗に間藤の右側面にたたき込まれた。一撃で、とも思われるが、人の急所に世界最高峰のパンチが入れば、意識を飛ばすことが可能だ。
 しかも、階級が重くなれば、パンチの威力も上がり、人を殺めることも可能となる。

 世界戦という大舞台で、間藤の緊張がほぐれていないなかでの出来事だった。緊張は体を硬くし、ダメージを受けやすい。
 世界戦タイトルマッチ、初挑戦の間藤と、何度も経験しているエイビナスでは明らかに差があった。
 そこを狙われてしまった。

 戸倉や観客は呆然としているが、ボクシングをかじったものなら、この結果に驚く者はいないだろう。
 そんなことよりも、ジャックが気にしていたのは、エイビナスの態度だ。間藤を見下し、舌をベロベロと出して挑発している。相手を完全に見下し、舐めきっている。
 相手に敬意を払わず、やりたい放題だ。

 ――こんなヤツがチャンピオンだなんて……。

 エイビナスの姿がビックタワーと重なる。黙り込んでしまった観客の姿にエイビナスは愉快げに笑っている。
 ジャックは拳をぎゅっと握る。

 間藤はロープを掴み、腕力で体を起こす。
 カウントは続いていく。後、三秒でテンカウント……というところで、立ち上がった。

 アナウンサーはほっとした声で試合を再開する。
 もし、二十秒で終わってしまえば、尺が持たないし、最短で終わってしまった不名誉な試合になっていただろう。
 そんな試合をアナウンスなどしたくないというのが、本音みたいだ。
 観客だってそんなつまらない試合のために高いチケット代や時間を割いて見ていたくはない。

「いやあ~危なかったですね。でも、これからさ!」
「……あれで終わった方がよかったと思うんですけどね」

 戸倉は安堵しているが、ジャックは危機感しかなかった。
 エイビナスの目を見たら分かる。あれは弱い者を、人をいたぶるのが大好きなゲスな目だ。
 今ので、エイビナスは相手まとうを格下の相手だと確信したはずだ。
 今度は手を抜いて、何度もぶん殴るつもりだろう。エイビナスが飽きるまで。舌なめずりしているのがその証拠だ。
 五体無事でリングから降りるチャンスは、先ほど消えてしまった。これからは公開処刑の時間になる。



 ジャックの予想は当たり、一方的な展開となった。
 エイビナスは間藤をコーナーに追い込み、何度もガードの上から叩きつける。間藤はサンドバッグ状態だ。
 エイビナスは適度に攻撃を緩め、相手をコーナーから脱出させ、再度追い詰める。
 誰の目から見ても、エイビナスは遊んでいることに気づき、観客は憤慨した。声を上げ、間藤を応援するが、奇跡は全く起ころうとしない。

 これが現実。
 残酷な世界に、視聴者も解説者も観客もいつしか、黙り込んでしまった。
 それでも、間藤とセコンドの目は死んでいなかった。彼らは試合を諦めていない。
 間藤は逆転できるのだろうか?

 そして、運命の七ラウンドを迎える。



「第七ランドが始まろうとしていますが、間藤選手の顔は赤く腫れ上がり、特に右瞼は完全に腫れ上がって塞がっています。もう、ここからの逆転は見込めないでしょう。何の為に彼は戦うのか? 何が彼を奮い立たせるのか? 第六ラウンドでのエイビナス選手の右ストレートのダウンで試合は終わったかに見えましたが、不屈の闘志で間藤選手は戦っています。この大和魂、まさにラスト侍! ここから反撃があるのか!」

 解説者は無理矢理テンションを上げ、盛り上がろうとしているが、会場は完全にお通夜状態だった。席を立つ観客、逆転を信じていても、声が出せない観客……。
 もう誰もが間藤の敗北を確信していた。彼を送り出したセコンドも悲壮な顔つきで見守っている。
 ここまでくれば、戸倉も意気消沈としていた。
 誰も間藤のことを期待していない。それどころか、日本の恥さらしとさえネットに書かれていそうだ。

 ダウンは六回。
 ポイントは完全にエイビナスが上だ。しかも、押せば倒れそうな間藤に勝つ要素を見つける方が難しい。

 これが現実。

 力の差は残酷なまでに見てみる者に絶望を与える。物語のように、逆転劇など一ミリも残されていない。
 エイビナスは五ラウンドまではご機嫌な顔をしていたが、流石に飽きたのか、完全にしらけていた。間藤の必死の粘りにあくびをし、うんざりしていた。
 もう、いたぶるつもりはない。このラウンドで仕留めるつもりだ。

 ジャックは最初は憤りを感じていたが、もう救いようのない試合を見るのが苦痛であった。チャンネルを変えたかったが、戸倉がそれを許さなかった。
 何が面白くて負け試合を見ているのか? ジャックは戸倉の心情が全く理解できなかった。

「ねえ、戸倉さん。もういいでしょ? 試合の結果なんて、もう決まってますって。もし、間藤選手が勝てたら、鼻からスパゲッティを食べてもいいっすよ」
「……」

 戸倉は何も答えない。ジャックは肩をすくめ、ため息をつきながら、試合を観戦する。
 エイビナスがラッシュにもっていく。ガードの上からおかまいなしに、間藤の体を痛めつける。
 間藤はガードしたまま、動けずにいた。

「ああっとぉ! 間藤! 大ピンチです! 情け容赦ないパンチのラッシュです! このまま、何も出来ず、試合は終わってしまうのか? 今、レフリーが……」

 レフリーは止めに入ろうとする。きっと、そのままストップになって、試合は終了だ。
 誰もがそう思ったときだった。

「Kill you!」

 エイビナスは止めに入ろうとした審判を体で押しのけ、渾身の右ストレートを間藤のアゴ目掛けて発射した。
 間藤はあんなにボロボロなのに、逆転はないのに、あえて大砲を急所にたたき込んでくるエイビナスのいやらしさに、ジャックは舌打ちをしたが、ジャックの目に飛び込んできたのは……。

「よし! ガードした!」
「!」

 戸倉はガッツポーズをとったが、ジャックは目を丸くしたまま、呆然としていた。
 そして、ここから奇跡が始まる。
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