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十九章 我が信念 絶望を覆す

十九話 我が信念 絶望を覆す その三

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「ちっ! この!」

 ジャックとネルソンの最終決戦。
 優位に事を運んでいるのは……ネルソンだった。
 ジャックは重心を高くして、後ろ足に荷重をかけ、上体を後ろにオーソドックスに構えている。
 後ろ足に体重をかけている為、相手との距離が離れ、攻撃をもらいにくくなる。
 スウェーすれば、顔を攻撃されるリスクは低くなり、後ろに重心があるため、ネルソンが近づけばすぐに引くことが出来る。
 ただ、相手と殴り合いを避けた逃げのスタイルだ。

 案の定、ネルソンの攻撃が激しくなると、ジャックはすぐに後ろへと逃げていく。
 瀕死のジャックが回復するまでをネルソンが待ってやるつもりは更々ない。
 ネルソンはジャックを追撃し、喉元にダガーを突きたてんと前へ出るが……。

 ガン!

 ネルソンが前に出した左足が、ジャックの右足にぶつかり体勢が崩れる。
 その瞬間。

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAN!

「ぐはぁ!」

 ジャックの左フックがネルソンの側頭部に叩きつけられ、ネルソンの顔面が大きくはじかれる。
 ネルソンは地面に倒れそうになるが、ネルソンはかろうじて踏みとどまる。
 だが、追撃は失敗し、ジャックと距離がうまれた。

 ネルソンは舌打ちをする。
 ネルソンの足がジャックの足に当たったことは偶然だろうか?
 ジャックはオーソドックス……つまり、左足を前にして、右足を後ろに構えていた。
 ネルソンが前に踏み込んだ左足がなぜ、ジャックの後ろ足である右足に当たったのか?
 ジャックが下がったとき、たまたま当たったのか?

 ――そんなわけがない! これは……もしかして……。

 ネルソンは冷や汗が止まらなかった。ネルソンの予測が正しければ、すぐに決着をつける必要がある。
 ネルソンはただちに反撃に転じる。
 連続でダガーをジャックの顔目掛けて突き放つ。鋭利なダガーの刃が直線的に、最短距離でジャックの顔面に襲いかかる。
 素人なら、恐怖で足がすくむか、カラダが硬直するだろう。だが、ジャックは数々の死闘を乗り越え、それを克服している。

 盗賊に襲われたとき、リザードマンに殺されかけたとき、スパイデーの討伐に加担したとき……そして、コリーのエアーウォーカーをジャックは攻略している。
 ジャックは必要最低限の動きでネルソンのダガーを回避してみせた。
 だが、疲れが出たのか、ジャックの足がカクンと膝が折れる。

 チャンス。 

 ネルソンはダガーをジャックの首元に突き立てようとするが、動きが止まる。
 ジャックは左拳を軽く開いた状態で胸元に構え、右肩が開いている。

 ――右フック!

 ネルソンは警戒し、攻撃を止める。だが、右フックはとんでこなかった。
 フェイクだ……ネルソンは内心舌打ちしていた。
 そして、拳の開きで攻撃を読んでいたことがバレていたことを理解した。
 ジャックはわざと体勢を崩し、ネルソンを誘い込んだのだ。

 ここからは、ネルソンが必死になって見つけた活路を使用できず、自分の力のみでジャックを倒さなければならない。

 勝てるのか?
 
 ネルソンの頭に不安がよぎる。
 ネルソンは格闘技の経験があり、いろいろと戦いを積み重ねてきたが、ジャックのような異質な対戦相手はいなかった。
 ネルソンは現実世界でのジャックの正体を予測していた。
 アミルキシアの森のジャックの話しから、ジャックはプロボクサーだったことが分かり、体格から階級を予測し、西の新人王戦の動画を片っ端からチェックし、今のジャックの動きと、大会に参戦しているボクサーの動きを見比べ、正体にあたりをつけた。

 ネルソンはジャックの正体を知り、舌を巻いた。
 ジャックの世代のスーパーミドル級は黄金世代と呼ばれるほどの激戦区だった。
 高校ボクシングのインターハイ三連覇の選手や、大学のアマのチャンピオン、果てはオリンピックで準優勝したスーパールーキーが勢揃いしていた。

 そのなかで、誰も注目していなかった無名の選手が西の新人王として君臨した。それがジャックだ。
 初見でジャックを相手にするのは自殺行為だと思えるほど、彼のボクシングスタイルはトリッキーかつド派手だった。
 目立つのが大好き、観客が多ければ多いほど、実力を発揮するタイプ。相手を舐めくさり、ビックマウスをたたいては、文字通りKOしてきた異端児。
 ネルソンはジャックを研究に研究を重ね、ブランクのあるジャックを圧倒し続けた。先ほどまでは。

 今はジャックが優勢になっている。
 ジャックの戦闘スタイルは異質だ。ボクシング界でジャックのスタイルは世界に一人だけかもしれない。
 過去の動画とソウル杯の動画を何度も見直し、やっと掴んだ攻略の糸口が手の開きだったが、それはもう使えない。
 ネルソンは果敢にジャックに攻撃を仕掛けるが……。

「くっ!」

 ここから先は完全にジャックの独壇場だった。
 ソウル解放で強化されたジャックの左右のジャブがネルソンに被弾する。
 リズミカルで急所を狙ってくるジャックの攻撃に、ネルソンは防御せざるを得なくなり、ガードを固めるが、ジャックは無理矢理ガードの隙間を叩き、拳をねじり込む。
 たまらず、ネルソンはジャックから距離をとるが、今度はジャックが追撃に入る。
 拳で相手の急所を的確に突くテクニックはボクシングならではの動きで、ネルソンはどんどん後退せざるを得なくなる。
 ネルソンが押されているのは、ジャックの怒濤の連撃だけではない。
 ジャックの拳がネルソンに語りかけてくるのだ。

 絶対に負けないと。

 では、誰のために負けられないのか?
 そのことを考えるだけで、ネルソンは胸が締め付けられ、実力が発揮できない。
 ネルソンは自分に問いかける。

 ジャックを巻き込んでしまっていいのかと。
 ジャックはきっと傷つく。レベッカもきっと苦しむ。
 
 そんな未来が分かっているのに、それでも、ジャックに救いを求めるのかと。

 答えは……。

 ――NOだ!

 ネルソンは目を大きく見開き、マシンガンのように飛び出すジャックのジャブをかいくぐり、カウンターでダガーを突きだした。
 ジャックに勝てれば、弱い自分を克服できる。甘さを消すことが出来る。
 そう信じてネルソンはジャックに立ち向かうが、ジャックはそれを読んでいたかのように後ろに下がる。
 ネルソンは気合いと殺気をこめ、更に前に踏み出すが……。

 ガン!

 ――くっ! また!

 ネルソンの左足がジャックの右足に絡みつくようにぶつかり、ネルソンはバランスを崩してしまう。
 ネルソンの視界にジャックのフックへのモーションが飛び込んできた。
 ネルソンは咄嗟に両側の顔を腕で防御する体勢をとる。
 だが……。

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNN!

「ぐはぁ!」

 ジャックのショートアッパーがネルソンのがら空きの顎を捕らえ、下から上に突き抜ける。
 完全にジャックに誘導されてしまった。
 ネルソンは意識がぐらつくが、ジャックの攻撃は止まらない。

 左右の拳がネルソンの顔をピンポン球のように弾き飛ばす。まるで嵐のようにジャックのラッシュがネルソンを叩きのめす為に猛威を振るう。
 ネルソンの足と手は止まり、棒立ち状態だ。
 ジャックはそれでも、手を止めることなく、ネルソンに拳を叩きつけていく。

 勝つために……己の誓いと信念を大切な人に証明する為に……。
 その姿はかつての全盛期の動きに似ていた。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ジャックは雄叫びを上げ、ネルソンを更に拳をたたき込む。ジャックの想いが起爆剤となり、ソウルは更に激しく燃えさかる。
 ジャックの想いを乗せた拳がネルソンの顔面を突き抜けた。
 ネルソンはついに膝を突き、体が前に倒れ込む。
 だが、ジャックはソレを許さず、追い打ちをかけるようにトドメの一撃を放つ。

「これで終わりだぁあああああああああああああああああああああああ!」

 ジャックの拳が右下から弧を描くように遠心力をつけた最高のアッパーカットがネルソンに吸い込まれようとしていた。
 ネルソンはダメージを負いすぎて動けそうにない。

 ――どうやら、ここまでのようですね……。

 ネルソンは諦めて、目をつぶった。

「だめぇえええええええええええええええええええ! やめてぇえええええええええええ、カシアス!」

 レベッカはネルソンを庇うため、二人の間に割り込もうとする。
 しかし、ジャックの拳の方が早い。
 ジャックの右拳がネルソンの顔面に触れようとしたとき。

「……」
「……」
「……えっ?」

 ジャックはネルソンの顔面寸前でぴたりと止めた。ジャックの拳の風圧がネルソンの髪をなびかせる。
 ジャックは殴りかけた拳でネルソンを支え、ニッコリと笑った。

「僕の勝ちだね。これで僕は……リリアンのご期待に添えることが出来たかな?」

 ネルソンとレベッカは目を丸くしたまま、ジャックを見つめている。
 ネルソンはふっと肩の力を抜き、笑ってみせた。

「ええっ……期待以上です。私の負けです、ジャックさん」

 ジャックとネルソンはお互い笑い合う。
 ジャックは手を差しのばす。その握手はお互い健闘を称えあうものだった。ネルソンはジャックの手を握ろうとして……。

「「ジャック!」」

 ジャックは手を差しのばしたまま、地面に倒れた。ソウルの開放時間が過ぎ、限界を迎えたのだろう。

「ジャック! ジャック!」

 レベッカの声が遠くから聞こえるの感じつつ、ジャックはそのまま、眠るように気を失った。 



「……どうやら、カシアスは強制ソウルアウトしたみたいですね。やれやれ、相変わらず人騒がせな人です」
「……本当……だわ……」
「彼は無事ですからいい加減、泣くのを止めなさいな」
「誰も泣いてないわよ! バカバカバカ! 信じらんない! 人をこんなにも心配させて! 絶対に許さないからね!」

 地べたに寝転がって呆れているネルソンの隣で、レベッカは傷ついたジャックを膝枕しながら、泣きじゃくっていた。
 そんな三人をラックとグリムは苦笑しつつ見守っていた。
 ラックが茶化すように寝そべっているネルソンに語りかける。

「それで、ネルソン。カシアスに告白するの?」

 この告白とは、リリアンが誰なのかと愛の告白を兼ねてラックは尋ねている。
 ネルソンは顔を横に向け、レベッカとジャックを見つめ……。

「……いえ、しません」
「「「え? えええええええええええええ~~~~!」」」

 レベッカとラック、グリムの情けない声が重なる。
 グリムはすぐさま異議を唱えた。

「だ、だって、そういう約束でしょ! ネルソンが負けたら、全てを話して協力してもらうって! アンタ、負けたじゃない!」
「……まだ、私は負けていませんから」

 ネルソンは地面に両手をつき、体のバネを利用して飛び上がって立ち上がる。
 ネルソンはソウルを解放させた。

「このとおり、まだまだ戦えますから。負けていませんから」
「いやいやいや! ソウルは解放せずにカシアスに勝つって条件だったじゃん!」

 ラックはアンタバカって言いたげにツッコミをいれるが、ネルソンは知らん顔をして無視する。

「ふん! この脳天気な寝顔を見ていたら腹がたってくるんですよ! だから、負けてません!」
「アンタも大概ね。お似合いの夫婦だわ」
「うるさいですよ!」

 ラックもグリムも心底呆れていたが、それでも、ネルソンは負けていないと言い張る。
 そんなネルソンに、レベッカは心配げに尋ねる。

「ねえ、本当に言わなくていいの?」
「……ええっ。私はカシアスに勝つつもりでした。彼はカースルクームの惨劇でトラウマになってもおかしくないキズを負い、試練に失敗し、身体共ズタボロでした。余裕で勝てるはずでした。そんな彼が……アナタの為にあそこまで頑張って、私の予想を覆したのですよ? メンタルの弱いカシアスが頑張ったのに、私が弱音を吐くわけにはいかないでしょ。彼は証明してくれました。だから、私は戦えるんです」

 ジャックの言葉がネルソンの弱気だった心に響いた。奮い立たせた。
 だったら、負けるわけにはいかないのだ。
 ジャックと対等である為に……ジャックの戦友として胸を張るために……そして……。

 ――NPCごときに相棒の座を譲ってやるものですか!
 
 その意地がネルソンに力を与え、目の前のモヤが綺麗にはれた気がした。
 決意を固めるネルソンに、レベッカは眩しそうにネルソンを見つめていた。

「そんなわけですので、カシアスに真実を告げるのはまた今度ってことで……」
「はぁ……逃した魚は大きいって言葉、知らないの? アンタ、彼氏がいつまでたっても出来ないタイプね」

 ラックのツッコミに、ネルソンは大きなお世話と言いたげにべえっと舌を出す。

「やかましい。ロードハム、アンタもいないでしょうが」
「こらこら、その名で私を呼ぶな。マナー違反だよな、ギルマス」

 ラックはグリムに話を振るが、グリムは眉をひそめて言い返す。

「……いい加減、ギルマスは止めてくれ。あんたら、もうメンバーでないでしょうに。それに私にもちゃんと名前があるのよ。忘れているでしょ?」
「「うん」」
「……」

 ラック、グリム、ネルソンはお互い笑い合いあっていた。
 これから彼女達が歩んでいく道は険しく、絶望が待っている。それでも、彼女達は折れることなく突き進むだろう。
 そんな彼女達をレベッカは羨み、ジャックの頭をそっとなで続けた。
 傷ついた彼女達をアレンバシルの風がそっと労るように吹き抜けていった。
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