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十九章 我が信念 絶望を覆す

十九話 我が信念 絶望を覆す その二

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「くそぉ! この役立たず! あっけなくやられやがって! ぐほぉ!」

 アレカサルは耳元で轟音がしたと思ったら、体が宙に浮いていた。地面に転がり落ち、土まみれになってようやく止まる。
 今度はアレカサルが激しい頭痛に襲われていた。
 三半規管に衝撃を受け、まともに視線が合わせられない。

「油断大敵だぜ、セクハラ野郎。AS殿の純血は俺達が護る!」
「アホ抜かせ。ただ、ゴミ掃除はしておかないとな。汚物が視界にあるのは心情的に気持ちのいいものではない」

 グローザとヴィーフリは肩を並べ、殴り飛ばしたアレカサルを見下す。
 ASはジャンパーとズボンをポーチから取り出し、ズボンをはき、ジャンパーの前をしっかりと止めて装備し直す。
 前までしめていれば、アレカサルの攻撃がタンクトップに当たらずに済むからだ。
 他のメンバーも復帰し、反撃に移っていた。形勢はまた逆転したようだ。

 目場苦しく変わる戦況にジェスは舌打ちをしていた。
 勝てたと思っていた。だが、慢心がこの結果を生んだ。
 油断はしていないつもりだった。けれども、勝ったと思った瞬間、隙が生じてしまった。

 これは遊びではない。ゲームでも、一度死んだら二度と復帰できなくなる。だからこそ、この世界は美しいとジェスは肝に銘じていたのに、失敗してしまった。
 このままではマズイとジェスはすぐに指示を出す。

「包囲網を崩すぞ! 一点突破だ!」
「させるか! 分断しろ! 二対一で戦え!」

 負けじとASも指示を出す。
 戦況は完全にAS達に有利だった。

 まず人数差がAS達の方が二倍であること。
 一人相手に二人で戦えるので、断然、AS達の方が有利だ。
 ASはジェス達と戦う前、仲間達にいくつか戦い方を指示していた。

 一人が敵と対峙していれば、もう一人は敵の背後をとるように指示した。
 背後からの攻撃を防ぐのはかなり難しい。
 たとえ、背後を取れなくても、とろうとする動きが相手にプレッシャーを与えるので、相手を心理的に追い詰めていく。

 更に味方が攻撃を受けた場合、もう一人が敵を攻撃することで追撃を防ぎ、味方の態勢を整えるまで戦うようASは指示をしておいた。
 仲間が護ってくれる安心感は恐怖や緊張を和らげてくれる。無理をしなくても、敵と戦えるのだ。

 最後に、味方同士の同時攻撃は避けるように指示もした。下手な連携はお互いの足を引っ張る可能性がある。
 即席では息の合ったコンビネーションは出来ないので、役割分担させ、簡単な連携をとる事に専念させた。

 少しぎこちないが、それでも、二人相手ではビックタワーのメンバーは苦戦し、始終押されていた。
 潜在能力もあるので油断は出来ないが、AS達が優勢である事には変わりない。

「ちっ! 厄介だな。仕方ない……増援を頼むか……」
「ジェーーーーーーーーーース!」

 援軍を呼ぼうとしたジェスに怒号が叩きつけられる。カークがバトルアックスを構え、ジェスの前に立ちはだかった。

「お前だけは絶対に許さねえ……レンの仇、討たせてもらうぞ!」
「やってみろ! 勝つのは俺だけどな!」

 カークはASの指示を無視し、ジェスと一対一で勝負を挑んだ。
 ASはやれやれと肩をすくめ、木の杭に貫かれているエンツォに歩み寄る。

「さて、お別れの時間だ。お前の能力は確かに私の能力を凌駕していた。だが、使い手がこれではな。貧弱め……私なら杭が体を貫こうと裸にされようと能力を解除しない。死ぬまで部隊の勝利に貢献する。お前にその覚悟がない。だから、負けたんだ」

 ASは感情も見せず、淡々とエンツォに告げる。ASが真っ先にエンツォを狙ったのは、この先、脅威になる可能性があるからだ。
 それ故、必ずここで殺す必要がある。

「く……そ……がぁ……」

 エンツォは吐血しながらも、悪態をつく。
 ASダガーを握りしめ、首を掻き切ろうとエンツォの首に刃を当て……。

「AS!」
「!」

 ヴィーフリの声にASは転がるようにその場から離れる。ASがいたところに巨大な何かが飛来してきた。
 その何かとは……。

「杭……だと?」

 そう、それはムサシが投げていた木の杭だった。木の杭は地面に突き刺さっている。
 なぜ、ASに木の杭を投げてきたのか?
 ASは杭が飛んできた方向を見て、ぼそっとつぶやいた。

「グリズリー=ベア……」

 木の杭を投げてきたのはグリズリーだった。
 ソウルをリミット1まで解放し、激しいソウルを体中にたぎらせながら、ムサシが投げて地面に刺さっていた杭を引き抜き、逆に投げてきたのだ。
 グリズリーは杭を脇に抱えながらASを睨みつけ威嚇してきた。獰猛な熊を思わせるような緊張感がASに襲いかかる。

「これ以上、おまん達の好きにはさせん。必ずおいが仲間を護る!」

 グリズリーの少し離れた場所から複数人の騎馬がAS達に向かってかけてくる。その数は優にAS達の倍以上はいる。
 砂塵を上げ、仲間を助けんが為、馬を走らせてくる。

「……潮時だな。全員、聞け! ルートAでこの場を脱出する!」

 ASの指示にカークを除く全員が馬に乗り、この場から離れようとする。

「カーク!」
「……くそがぁ! ジェス! お前は必ず俺が殺す! 首を洗って待ってろ!」

 ヴィーフリに怒鳴られ、カークは苦渋の想いで馬に乗り、AS達の後を追った。

「おい、ジェス! アイツら、逃げるぞ! 追撃しなくていいのか!」
「やめとけ。追いつけるわけないだろ?」

 ジェスはAS達を指さした。
 AS達はもう、遙か先まで逃げている。ASの潜在能力はどうやら、馬にも適応されるみたいだ。
 今から追いかけても、差が縮まるどころか引き離されるだけだ。
 逆にこの状況で追いついたら、それは何か策があるかもしれない。待ち伏せにあうかもしれない。
 だったら、追いかけず、本隊と合流するべきだとジェスは考えていた。

「くそが! あの女……筋肉野郎……絶対にぶっ殺してやる!」

 アレカサルはよほど腹にきているのか、言葉遣いが乱暴になっていた。
 ジェスはやれやれといいたげにため息をついた。

「ジェス、作戦通りにいかなかったな」
「そうだな、ジョーンズ。まさか、あんな方法でバフカウンターを封じるとは思ってもいなかったぜ」

 本隊を指揮していたジョーンズはジェスに声をかけ、状況を確認している。杭に突き刺さっているエンツォを助けようともしなかった。
 エンツォを助けようとしたのは……。

「エンツォ、ようきばった。おいが必ず助ける。おい、だいか! ヒーリングストーンを準備せー! 杭を抜いたや、いっきにエンツォんの腹に当つっど!」

 グリズリーはエンツォをねぎらい、誰よりも早く助けに駆けつけた。

「……すまん、グリズリー……一番大事なところで……しくじった……がはぁ!」
「よかよ、気にすっな。エンツォが生きちょってくれればそいでよか。今は傷を治すことだけを考え」

 エンツォは申し訳なさそうにグリズリーに謝るが、グリズリーはエンツォが生きていてくれたことに心底喜んでいた。

「全くだ。無理して話しゃんちゃよかけん。今度は倒してやろうぜ!」

 次にエンツォに駆けつけてきたのはクリサンだった。クリサンは両手にヒーリングストーンを握りしめ、助けに来たのだ。

 そんな三人をジェスとジョーンズは一瞥しただけで何も言わず、隊をまとめる。アレカサルは視界にも入れていない。

「エンツォと救出班をこの場に残し、カネリアに占拠戦を仕掛ける! 数も勢いもこちらにある! いくぞ、野郎共!」
「「「応!」」」

 グリズリーとクリサン以外は全員、カネリアに向かって進軍していく。クリサンは彼らを睨みつけるようにじっと見つめていた。

「薄情なヤツらだぜ。仲間ば見捨つるんかよ」

 クリサンは吐き捨てるようにつぶやくが、エンツォは苦笑していただけだった。

「いや……今回は俺のヘマで怪我したから仕方ないさ……ありがとな、クリサン。それに教えられたよ……あのASってヤツ、死にそうになっても能力を解除しなかった。覚悟の差を見せつけられた……今度は……俺だって……」

 弱々しくお礼を言いながら、次こそはと闘志を燃やすエンツォにグリズリーはエンツォの肩を優しく叩く。

「そん意気や! 次は絶対に勝つど!」

 グリズリーの笑顔にエンツォもたははっと弱々しく笑い返す。

「……そうだな。今度こそASをぶっ倒す……」
「よし! クリサン、救助を始むっど!」
「応!」

 グリズリーとグリサンはエンツォの治療に専念することにした。



「さて、お客さんが来ることだし、さっさとケツを巻くって逃げるか。ムサシ、荷物は忘れてないだろうな?」
「ああっ、ちゃんと乗せてあるぜ」
「んんんんん~~~~~~! んんぅ~~~~~! んんんん~~~~~~!」

 AS達が戦場から撤退したのを見届け、テツはすぐに撤退の指示を出す。
 ジェス達先遣隊と本隊が合流したのだ。すぐにこのカネリアに侵攻してくるだろう。
 テツはこの場にいるメンバー、ムサシ、ナミ、カリーナに声をかける。三人はすでに馬に乗り、逃げる準備を整えていた。
 ムサシのすぐ後ろに縄でグルグル巻きにされ、猿ぐつわをされたハバナが馬の背にくくりつけられていた。
 ハバナは口をもごもごと動かし、猿ぐつわの隙間を開け、怒鳴ってきた。

「こ、こんなことをして、タダで済むと思うなよ! ここには領主様の愛馬がいるんだぞ! もし、その馬にキズ一つつけてみろ! ただじゃおかないからな!」
「残念だが、諦めろ。敵の戦力は圧倒的に俺達よりも上だ。俺達はお前を護る責任がある。馬が殺されようと知ったことか。いくぞ!」

 もうすぐ、ビックタワーはここにやってくるだろう。その前にできるだけ逃げておきたい。
 テツ達はすぐに移動する。

「やめろ~~~~! 戻れ~~~~~! 馬を! 馬を!」
「……悪いな。それこそが俺達の目的なんだ……お前は贄なんだよ……」

 テツはわめき叫んでいるハバナに聞こえないよう、ぼそっとつぶやいた。



「おい、ジョーンズ! 誰もいないぞ!」
「こっちもだ!」
「……そうか」

 テツ達がこの場を去ってから十分後にビックタワーが到着した。中はもぬけの殻で誰もいない。
 元々、この牧場にはハバナと馬の世話役といった人達しかいないので、すでに避難していたのだろう。
 牧場には馬がのうのうと歩いているだけだ。

「この場合、どうなるんだ? 占拠したことになるのか?」
「……サポキャラの話しだと、責任者が施設を放棄して逃げた場合、その施設にチームのフラッグをたてればそれでいいみたいだな。そうすると暫定的にチームのリーダーがその施設の支配者となって、その状態が一日続けば、占拠完了らしい」
「一日か……まあ、半年って縛りのある予選だし、そんなもんか。とりあえず、金目になりそうなものでも奪っておくか」
「そうだな。頼む、ジェス」

 占拠したとしても、馬以外、金になるものはないだろう。いい馬がいれば乗り換え、メンバー全員に馬を渡そうとジョーンズは考えていると。

「おい、ジョーンズ!」
「何かあったのか?」

 ビックタワーのメンバーの一人がジョーンズに報告に来た。何か厄介事かとジョーンズは身構える。
 報告に来た人物は少し戸惑いながらも、ジョーンズに見たことを報告する。

「今、馬小屋を見てきたんだが、そこに一頭、殺されていた馬がいた」
「殺された馬だと?」

 一頭だけ殺された馬。
 これが何を意味するのか?
 なぜ、ここを防衛していたプレイヤーはカネリアを放棄し、あっさりと逃げ去ったのか?
 その意味をジョーンズは後になって知ることになる。
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