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十九章 我が信念 絶望を覆す
十九話 我が信念 絶望を覆す その一
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「ASちゃ~ん、いい格好だな~。あと一枚しかないよ~。ほらほら~死ぬ前に綺麗に……そのタンクトップを引っぺがしてやるからな!」
アレカサルは下卑た笑みを浮かべながら、ゆっくりとASとの距離を詰める。
アレカサルの潜在能力によってASのズボンをブレイクされ、艶めかしい健康的な足と下着が晒されている。
アレカサルだけでなく、他のビックタワーのメンバーもいやらしい目つきでASをねっとりと眺めていた。
ASは体を引きずるようにして体を移動しつつ、空中に表示されるコンソールを操作していた。
アレカサルは必死に抵抗しているASを見下し、ゲラゲラと笑っていた。
「今更バフの付いた武器を解除したところでバフカウンターからは逃れられないぜ~。ほらほら~逃げろ逃げろ~さっさと逃げないと、そのタンクトップ、脱がしてやるぜ~」
アレカサルは抵抗するASに異常なまでに興奮していた。気の強い女の服を剥ぎ、辱め、惨殺するのを想像するだけで、アドレナリンが分泌し、興奮が抑えきれない。
ゆっくりと、じっくりと獲物を追い詰めていく。
「どうした~ASちゃ~ん? もう、逃げないのか~」
ASは息切れしながら体中に汗をかき、苦しげな表情を浮かべる。様々なバットステータスがASの体に襲いかかり、まともにソウルメイトを動かせなくなっていた。
それでも、ASは真っ直ぐにアレカサルを睨みつける。
アレカサルは嬉々としてその視線を受け止める。
「お~お~いいね~。まだ、諦めてないって顔がほんと、そそるわ~。まだ、逆転できるって思ってるの~ASちゃ~ん?」
ASの周りでは、ビックタワーの面々が騎馬から落馬したプレイヤー達に剣を突き立てたり、わざと急所を外してソウルメイトを傷つけている。
ASの仲間達は必死に抵抗しているが、体をまともに動かせないのでは脱落も時間の問題だろう。
苦しんで死んでいく様を楽しむかのようにビックタワーの面々はAS達を弄んでいる。
ただ一人、ジェスだけがつまらなさそうに周りを警戒しつつ、指揮官のジョーンズと交信していた。
「う……ぉおおおおおおおおおおおおおお!」
その中で一人、グローザーだけが気迫で立ち上がった。目には激しい闘志を燃やし、歯を食いしばり、必死に頭痛や吐き気、けだるさと戦っている。
それに呼応するようにカークもバトルアックスを杖にして立ち上がった。
「半死状態のくせに暑苦しいヤツらだよな~。僕、こういう汗臭いアホ、生理的に無理だわ~。じぇ~すよぉ~お前が相手してやれよ」
「はぁ……」
ジェスはため息をつきながらも、バルディッシュを握りしめる。
ジェスが気怠そうにしているのは、勝てる勝負にやる気が出ないからだ。
確かにこの状況で立ち上がるのは敵ながらあっぱれだとジェスは思う。だが、まともに戦えないのであれば萎えるだけだ。
やる気のないジェスにカークは殺意を込めて睨みつける。
「ジェス……てめえだけは許せねえ……レンの……仇だ……」
「? 誰だっけ? 俺に殺されたヤツか?」
「ジェ~スよ~、殺したヤツがここにいるわけないだろ~」
「それもそっか。まあ、なんで俺のことを恨んでいるかは知らないが、心当たりが多すぎて分からないんだ。とりあえず、死んでくれ」
ジェスは容赦なく、油断なく、バルディッシュを思いっきり横になぎ払う。カークはジャスの動きにあわせてバトルアックスを絡めるようになぎ払う。
バトルアックスとバルディッシュがぶつかった瞬間。
「なに?」
ジェスは目を大きく見開いた。
バルディッシュがバトルアックスに巻き込まれるように軌道を変えてしまったのだ。その一瞬をついて、カークはジェスに斬りかかったが。
「!」
「ぬるい……そんな力のない攻撃、当たるわけないだろうが」
「ぐはぁ!」
カークの攻撃をジェスはガントレットではじき飛ばし、ガラあきのカークの腹に蹴りを入れた。
カークは地面に倒され、うずくまっている。
ジェスはつまらなさそうに今度はグローザと向き合う。
真っ青な顔をして強がっているグローザもカークと同様、ジャスには勝てないだろう。
「さ~て、ASちゃ~ん。そろそろ、僕達もお楽しみといこうか~?」
「……ふっ……みんな……手はずは整った。反撃開始といこうか……」
ASの言葉にアレカサル達は乾いた笑いで見下していた。
ASは今にも死にそうな声で仲間に呼びかけている。仲間達も瀕死の状態である。どこに逆転の策があるというのか?
ただ一人、ジェスだけが警戒して、辺りを見渡していた。
援軍の影は見当たらない。この状況を打破するには援軍以外ないはず。その援軍もいないとなると、ただのはったりなのか?
ジャスは厳しい表情で警戒を緩めない。
「おいおいお~い。ジェスよ~ブラフだって~。騙されるなよ~。お前達にはもう、万が一でも勝ち目なんてな~いの~。分かる~? さっき、コンソールをいじっていたみたいだけど~、今更バフ効果のある装備品とか解除してもおそいわけよ~。もうすでにバフカウンターは発動しているわけ~。潜在能力を解除しない限り逃げられないの~。ASちゃんの潜在能力は可哀想だけど、だたのゴミ屑以下だから~。理解できた~?」
アレカサルは手を広げ、AS達に絶望的な状況を語るが、ASは鼻で笑い返した。
「……ブラフかどうか……罠かどうか……その目に焼き付けろ……」
ASは手をギュッと握りしめ、顔を上げた。すると……。
「うくぅ……」
「ぐはぁ……」
周りからうめき声が上がる。その数と音量は増えていき、AS達は更にもがき苦しみ始めた。
「……何やってるの、ASちゃん? お仲間が苦しんでるぜ~?」
そう、苦しんでいるのはアレカサル達ではなく、AS達だ。ASは体中汗をかき、更に顔が真っ青になっている。
「……私の潜在能力を……発動し……なおしたんだ。ヴィーフリ……」
「……イエッサー……」
うめき声は更に度を増していく。ヴィーフリも潜在能力を解放させたのだろう。
バフカウンターがバフ効果を高めているプレイヤーに猛威を振るい、様々なバットステータスを付加し、苦しめている。
「えっ? マジで意味分からないんですけど~? まさか、敵にやられたくないから集団自殺するわけ~?」
内心戸惑いながらも、呆れた態度をとるアレカサルに、ASは揺るぎない瞳で真っ直ぐに言い放つ。
「……言っただろ……逆転の準備は整った……と……お前達の……バフカウンターには……致命的な弱点が……ある……」
「致命的な弱点?」
「そう……だ……バフ……カウン……ター……がいかに……つかえなくて……無能な……能力……だと……教え……て……や……る……」
ASは潜在能力を解除するどころか、更に解放し続ける。この行動に何の意味があるのか?
ジェスの警戒心だけが高まっていく。
「バフカウンターが無能だと? ふざけるなぁ!」
ASの前にいきなり男が現れ、ASの顔を蹴り上げる。ASは地面に倒れても、潜在能力を解除しなかった。
ASの顔面を蹴った男、エンツォは更に地面に伏したASの頭を踏みつける。
「バフカウンターはダークホースというべき能力なんだよ! お前のようなありきたりな能力と一緒にするな! いいか! MMORPGで強くなるにはいかにしてバフ効果でステータスを底上げするかにかかってるんだ! レベルでのステータス上昇はレベルがカースト近くになるほど雀の涙ほどしか上がらない。HPやMPしか上がらないゲームだってある。だから、強い武器には大抵、強力なバフ効果やスキルがあるんだ! 今後、頂点を目指すプレイヤーのほとんどがバフ効果頼みの武器や防具、アクセ、パワーストーンを開発し、装備していくはずだ! バフ効果で強くなればなるほど、俺のバフカウンターは脅威を増す! 相手は弱くなっていく! バフカウンターを持つ俺こそが、このゲームの勝者なんだよ! パンツ丸出しのてめえのような底辺の敗者と一緒にするな!」
エンツォはASの頭を力を込めて踏みしめ、何度も何度も蹴り続けた。
ASは何も言わず、何の抵抗もせず、エンツォの攻撃をくらっている。
「おい、エンツォ~よぉ~あまり……調子に乗るなよ。この女は僕のオモチャなの。勝手に人様のモノに手を出すな、ボケ!」
ASを助けたのは、アレカサルだった。
アレカサルはショートソードをエンツォの首元に刃先だけを突き刺している。
エンツォは蹴るのをやめ、アレカサルを睨みつける。
「おい、さっさとそのショートソードを引け。俺のおかげで勝てたんだろうが」
「だ~か~ら~調子になるなよ、新人がぁ~。イキるのは勝手だけどなぁ~僕の邪魔をすればぁ~……殺すぞ!」
「おい、やめろ! アレカサル、剣を引け! エンツォもいちいち挑発に乗るな! ジョーンズが言っていただろ! 正体をばらすなと!」
ジェスは二人を怒鳴りつけたが、アレカサルもエンツォも睨み合ったまま、一歩も引かない。
険悪な雰囲気に殺しを楽しんでいたビックタワーのメンバーも黙り込む。聞こえてくるのはエンツォの上空を旋回している鷲の鳴き声のみ。
ビックタワーのメンバーもエンツォの態度に眉をひそめていたが、エンツォはそんな空気を無視して、人をバカにした態度でジェスを指さし、怒鳴りつけた。
「俺に命令するなよ、ジェス! 正体をばらすなって? そんなこと、どうでもいいだろうが! コイツら底辺はここで死ぬんだからよ! だったら、問題ないだろうが! 上位の俺に偉そうに命令なんてするなぁ……がぁひゃぁああああああああああああああああああああああ!」
DOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNNNNNNNNN!
それは一瞬の出来事だった。
ジェスの視界からエンツォが消えたのだ。
突き抜ける突風。
そして、轟音。
ジェスもアレカサルも音がした方を見てみると、木の杭がエンツォの腹を串刺しにして、地面に斜めに突き刺さっていた。
エンツォは何が起こったのか理解できず、こみ上げてきたものを吐き出す。それは血だった。
「げほぉげほぉ! な、なにこれ……なんで……」
「し、しまった! 全員、警戒しろ!」
ジェスはようやく自分が致命的なミスをしたのか思い知らされた。
「命中だ」
「ふぅ……間に合ったか」
ムサシは腹の底から重たい息を吐き、ソウルのリミット1解放を解除する。体力的に限界だったので、疲れがどっと押し寄せてきた。
木の杭を投げていたのはムサシだった。
ソウルをリミット1まで解放し、パワーアップした身体能力で木の杭をやり投げの要領でビックタワーの連中に投げていたのだ。
その際、テツが着弾地点を指示していた。
狙撃手がムサシで観測手がテツという役割だ。
テツが徐々に相手との距離、着弾地点を補正していたが、AS達が敵と接触した為、一度狙撃をやめた。投げた杭が仲間に当たる事を懸念したからだ。
もう、狙撃の出番はないとムサシもテツも思っていた。
だが、AS達は罠にはまり、逆にピンチに陥ってしまった。ムサシはすぐさま助けに向かおうとしたが、ASがチャットで来るなと指示してきたのだ。
ASには作戦があった。それがバフカウンターの使い手の狙撃だった。
ASはバフカウンターを所持している相手を二人までに絞り込んでいた。二人まで絞り込めたのはジェスの言葉がヒントとなった。
「バフカウンターを持ったプレイヤーはその襲撃に感銘を受けて、俺達ビックタワーに入ってくれたんだ」
敵は十人いるが、そのうち、八人がリンカーベル山やカースルクームにいたプレイヤーだ。
ASは仕事上、相手の顔を一度見たら忘れないようにしている。見知った顔をすぐに判断できれば、自己防衛ができるからだ。
軍関係の仕事上、命を狙われることが多々ある。だからこその防衛策なのだ。
十人中、二人は知らない顔なので、そのなかにバフカウンターを持つプレイヤーがいると判断した。
だが、その二人のうち、どちらかターゲットなのか分からなかった。一度狙撃が失敗すれば、敵は警戒し、すぐさま対策をたてるだろう。
そうなれば、勝ち目はなくなる。AS達は全滅してしまう。
確実にバフカウンターの使い手を特定する必要があった。
だから、ASは潜在能力を発動したのだ。
まず、バフカウンターを発動させ、AS達全員を更に弱体化させる。ターゲットにこの勝負は自分の勝ちだと思わせ、油断を誘う。
その状況で相手の自尊心を利用し、挑発すれば、ターゲットは名乗り出るとASは考えたのだ。
バフカウンターを持つプレイヤーは浮かれていただろう。自分の能力が敵を無力化し、勝利へと導いたのだから。
ジェス達が苦しめられた相手の潜在能力を自分の潜在能力で覆すのはさぞ気持ちよかっただろう。
逆転劇を演じることが出来て、仲間に期待されて、それに報いることができて、緊張から解放され、賞賛を浴び、バフカウンターの使い手はいい気になっているはずだ。
バフカウンターを発動したプレイヤーこそがカネリア占拠戦のMVPといっても過言ではない。
だから、勝敗が動かぬものとなればターゲットは油断して、その功績をASにアピールする、もしくは自慢するとASは推理していた。
自分の能力の方が上だと言えば、ターゲットはASを罵る可能性も考え、ASは作戦を実行した。
その際、敵にムサシ達の存在に気づかれないよう、ASは移動し、アレカサルにわざとアーマーブレイクされて服を破かせて、周りの注意を自分に向けるようにして、狙撃の警戒を緩めさせた。
案の定、ターゲットであるエンツォはASの思惑通り、名乗り出た。
ターゲットが分かれば、後はムサシに伝え、狙撃させるだけ。
ASのサポキャラはイーグルだ。エンツォの周りを旋回させ、ムサシ達に狙撃ポイントを知らせ、テツの指示のもと、ムサシがターゲットの狙撃に成功した。
これが一連の流れだ。
「よし! オラ達もいくぞ!」
「待て! 他にも何かあるかもしれねえだろ。俺達はここで待機だ。ここが最終防衛ラインなんだからな」
ムサシは歯を食いしばり、その場に立ち止まる。バフカウンターが止まったからといって、ピンチであることは間違いない。
だからこそ、駆けつけたかったが、テツの言う通り、まだ敵には奥の手があるかもしれないし、ムサシ達には重要な役割が残されている。
ムサシは前方を睨みつけながら、テツに尋ねた。
「……みんなは大丈夫だよな?」
「見てみろよ」
テツは双眼鏡をムサシに渡す。
ムサシが狙撃した位置に双眼鏡を移動させると……。
アレカサルは下卑た笑みを浮かべながら、ゆっくりとASとの距離を詰める。
アレカサルの潜在能力によってASのズボンをブレイクされ、艶めかしい健康的な足と下着が晒されている。
アレカサルだけでなく、他のビックタワーのメンバーもいやらしい目つきでASをねっとりと眺めていた。
ASは体を引きずるようにして体を移動しつつ、空中に表示されるコンソールを操作していた。
アレカサルは必死に抵抗しているASを見下し、ゲラゲラと笑っていた。
「今更バフの付いた武器を解除したところでバフカウンターからは逃れられないぜ~。ほらほら~逃げろ逃げろ~さっさと逃げないと、そのタンクトップ、脱がしてやるぜ~」
アレカサルは抵抗するASに異常なまでに興奮していた。気の強い女の服を剥ぎ、辱め、惨殺するのを想像するだけで、アドレナリンが分泌し、興奮が抑えきれない。
ゆっくりと、じっくりと獲物を追い詰めていく。
「どうした~ASちゃ~ん? もう、逃げないのか~」
ASは息切れしながら体中に汗をかき、苦しげな表情を浮かべる。様々なバットステータスがASの体に襲いかかり、まともにソウルメイトを動かせなくなっていた。
それでも、ASは真っ直ぐにアレカサルを睨みつける。
アレカサルは嬉々としてその視線を受け止める。
「お~お~いいね~。まだ、諦めてないって顔がほんと、そそるわ~。まだ、逆転できるって思ってるの~ASちゃ~ん?」
ASの周りでは、ビックタワーの面々が騎馬から落馬したプレイヤー達に剣を突き立てたり、わざと急所を外してソウルメイトを傷つけている。
ASの仲間達は必死に抵抗しているが、体をまともに動かせないのでは脱落も時間の問題だろう。
苦しんで死んでいく様を楽しむかのようにビックタワーの面々はAS達を弄んでいる。
ただ一人、ジェスだけがつまらなさそうに周りを警戒しつつ、指揮官のジョーンズと交信していた。
「う……ぉおおおおおおおおおおおおおお!」
その中で一人、グローザーだけが気迫で立ち上がった。目には激しい闘志を燃やし、歯を食いしばり、必死に頭痛や吐き気、けだるさと戦っている。
それに呼応するようにカークもバトルアックスを杖にして立ち上がった。
「半死状態のくせに暑苦しいヤツらだよな~。僕、こういう汗臭いアホ、生理的に無理だわ~。じぇ~すよぉ~お前が相手してやれよ」
「はぁ……」
ジェスはため息をつきながらも、バルディッシュを握りしめる。
ジェスが気怠そうにしているのは、勝てる勝負にやる気が出ないからだ。
確かにこの状況で立ち上がるのは敵ながらあっぱれだとジェスは思う。だが、まともに戦えないのであれば萎えるだけだ。
やる気のないジェスにカークは殺意を込めて睨みつける。
「ジェス……てめえだけは許せねえ……レンの……仇だ……」
「? 誰だっけ? 俺に殺されたヤツか?」
「ジェ~スよ~、殺したヤツがここにいるわけないだろ~」
「それもそっか。まあ、なんで俺のことを恨んでいるかは知らないが、心当たりが多すぎて分からないんだ。とりあえず、死んでくれ」
ジェスは容赦なく、油断なく、バルディッシュを思いっきり横になぎ払う。カークはジャスの動きにあわせてバトルアックスを絡めるようになぎ払う。
バトルアックスとバルディッシュがぶつかった瞬間。
「なに?」
ジェスは目を大きく見開いた。
バルディッシュがバトルアックスに巻き込まれるように軌道を変えてしまったのだ。その一瞬をついて、カークはジェスに斬りかかったが。
「!」
「ぬるい……そんな力のない攻撃、当たるわけないだろうが」
「ぐはぁ!」
カークの攻撃をジェスはガントレットではじき飛ばし、ガラあきのカークの腹に蹴りを入れた。
カークは地面に倒され、うずくまっている。
ジェスはつまらなさそうに今度はグローザと向き合う。
真っ青な顔をして強がっているグローザもカークと同様、ジャスには勝てないだろう。
「さ~て、ASちゃ~ん。そろそろ、僕達もお楽しみといこうか~?」
「……ふっ……みんな……手はずは整った。反撃開始といこうか……」
ASの言葉にアレカサル達は乾いた笑いで見下していた。
ASは今にも死にそうな声で仲間に呼びかけている。仲間達も瀕死の状態である。どこに逆転の策があるというのか?
ただ一人、ジェスだけが警戒して、辺りを見渡していた。
援軍の影は見当たらない。この状況を打破するには援軍以外ないはず。その援軍もいないとなると、ただのはったりなのか?
ジャスは厳しい表情で警戒を緩めない。
「おいおいお~い。ジェスよ~ブラフだって~。騙されるなよ~。お前達にはもう、万が一でも勝ち目なんてな~いの~。分かる~? さっき、コンソールをいじっていたみたいだけど~、今更バフ効果のある装備品とか解除してもおそいわけよ~。もうすでにバフカウンターは発動しているわけ~。潜在能力を解除しない限り逃げられないの~。ASちゃんの潜在能力は可哀想だけど、だたのゴミ屑以下だから~。理解できた~?」
アレカサルは手を広げ、AS達に絶望的な状況を語るが、ASは鼻で笑い返した。
「……ブラフかどうか……罠かどうか……その目に焼き付けろ……」
ASは手をギュッと握りしめ、顔を上げた。すると……。
「うくぅ……」
「ぐはぁ……」
周りからうめき声が上がる。その数と音量は増えていき、AS達は更にもがき苦しみ始めた。
「……何やってるの、ASちゃん? お仲間が苦しんでるぜ~?」
そう、苦しんでいるのはアレカサル達ではなく、AS達だ。ASは体中汗をかき、更に顔が真っ青になっている。
「……私の潜在能力を……発動し……なおしたんだ。ヴィーフリ……」
「……イエッサー……」
うめき声は更に度を増していく。ヴィーフリも潜在能力を解放させたのだろう。
バフカウンターがバフ効果を高めているプレイヤーに猛威を振るい、様々なバットステータスを付加し、苦しめている。
「えっ? マジで意味分からないんですけど~? まさか、敵にやられたくないから集団自殺するわけ~?」
内心戸惑いながらも、呆れた態度をとるアレカサルに、ASは揺るぎない瞳で真っ直ぐに言い放つ。
「……言っただろ……逆転の準備は整った……と……お前達の……バフカウンターには……致命的な弱点が……ある……」
「致命的な弱点?」
「そう……だ……バフ……カウン……ター……がいかに……つかえなくて……無能な……能力……だと……教え……て……や……る……」
ASは潜在能力を解除するどころか、更に解放し続ける。この行動に何の意味があるのか?
ジェスの警戒心だけが高まっていく。
「バフカウンターが無能だと? ふざけるなぁ!」
ASの前にいきなり男が現れ、ASの顔を蹴り上げる。ASは地面に倒れても、潜在能力を解除しなかった。
ASの顔面を蹴った男、エンツォは更に地面に伏したASの頭を踏みつける。
「バフカウンターはダークホースというべき能力なんだよ! お前のようなありきたりな能力と一緒にするな! いいか! MMORPGで強くなるにはいかにしてバフ効果でステータスを底上げするかにかかってるんだ! レベルでのステータス上昇はレベルがカースト近くになるほど雀の涙ほどしか上がらない。HPやMPしか上がらないゲームだってある。だから、強い武器には大抵、強力なバフ効果やスキルがあるんだ! 今後、頂点を目指すプレイヤーのほとんどがバフ効果頼みの武器や防具、アクセ、パワーストーンを開発し、装備していくはずだ! バフ効果で強くなればなるほど、俺のバフカウンターは脅威を増す! 相手は弱くなっていく! バフカウンターを持つ俺こそが、このゲームの勝者なんだよ! パンツ丸出しのてめえのような底辺の敗者と一緒にするな!」
エンツォはASの頭を力を込めて踏みしめ、何度も何度も蹴り続けた。
ASは何も言わず、何の抵抗もせず、エンツォの攻撃をくらっている。
「おい、エンツォ~よぉ~あまり……調子に乗るなよ。この女は僕のオモチャなの。勝手に人様のモノに手を出すな、ボケ!」
ASを助けたのは、アレカサルだった。
アレカサルはショートソードをエンツォの首元に刃先だけを突き刺している。
エンツォは蹴るのをやめ、アレカサルを睨みつける。
「おい、さっさとそのショートソードを引け。俺のおかげで勝てたんだろうが」
「だ~か~ら~調子になるなよ、新人がぁ~。イキるのは勝手だけどなぁ~僕の邪魔をすればぁ~……殺すぞ!」
「おい、やめろ! アレカサル、剣を引け! エンツォもいちいち挑発に乗るな! ジョーンズが言っていただろ! 正体をばらすなと!」
ジェスは二人を怒鳴りつけたが、アレカサルもエンツォも睨み合ったまま、一歩も引かない。
険悪な雰囲気に殺しを楽しんでいたビックタワーのメンバーも黙り込む。聞こえてくるのはエンツォの上空を旋回している鷲の鳴き声のみ。
ビックタワーのメンバーもエンツォの態度に眉をひそめていたが、エンツォはそんな空気を無視して、人をバカにした態度でジェスを指さし、怒鳴りつけた。
「俺に命令するなよ、ジェス! 正体をばらすなって? そんなこと、どうでもいいだろうが! コイツら底辺はここで死ぬんだからよ! だったら、問題ないだろうが! 上位の俺に偉そうに命令なんてするなぁ……がぁひゃぁああああああああああああああああああああああ!」
DOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNNNNNNNNN!
それは一瞬の出来事だった。
ジェスの視界からエンツォが消えたのだ。
突き抜ける突風。
そして、轟音。
ジェスもアレカサルも音がした方を見てみると、木の杭がエンツォの腹を串刺しにして、地面に斜めに突き刺さっていた。
エンツォは何が起こったのか理解できず、こみ上げてきたものを吐き出す。それは血だった。
「げほぉげほぉ! な、なにこれ……なんで……」
「し、しまった! 全員、警戒しろ!」
ジェスはようやく自分が致命的なミスをしたのか思い知らされた。
「命中だ」
「ふぅ……間に合ったか」
ムサシは腹の底から重たい息を吐き、ソウルのリミット1解放を解除する。体力的に限界だったので、疲れがどっと押し寄せてきた。
木の杭を投げていたのはムサシだった。
ソウルをリミット1まで解放し、パワーアップした身体能力で木の杭をやり投げの要領でビックタワーの連中に投げていたのだ。
その際、テツが着弾地点を指示していた。
狙撃手がムサシで観測手がテツという役割だ。
テツが徐々に相手との距離、着弾地点を補正していたが、AS達が敵と接触した為、一度狙撃をやめた。投げた杭が仲間に当たる事を懸念したからだ。
もう、狙撃の出番はないとムサシもテツも思っていた。
だが、AS達は罠にはまり、逆にピンチに陥ってしまった。ムサシはすぐさま助けに向かおうとしたが、ASがチャットで来るなと指示してきたのだ。
ASには作戦があった。それがバフカウンターの使い手の狙撃だった。
ASはバフカウンターを所持している相手を二人までに絞り込んでいた。二人まで絞り込めたのはジェスの言葉がヒントとなった。
「バフカウンターを持ったプレイヤーはその襲撃に感銘を受けて、俺達ビックタワーに入ってくれたんだ」
敵は十人いるが、そのうち、八人がリンカーベル山やカースルクームにいたプレイヤーだ。
ASは仕事上、相手の顔を一度見たら忘れないようにしている。見知った顔をすぐに判断できれば、自己防衛ができるからだ。
軍関係の仕事上、命を狙われることが多々ある。だからこその防衛策なのだ。
十人中、二人は知らない顔なので、そのなかにバフカウンターを持つプレイヤーがいると判断した。
だが、その二人のうち、どちらかターゲットなのか分からなかった。一度狙撃が失敗すれば、敵は警戒し、すぐさま対策をたてるだろう。
そうなれば、勝ち目はなくなる。AS達は全滅してしまう。
確実にバフカウンターの使い手を特定する必要があった。
だから、ASは潜在能力を発動したのだ。
まず、バフカウンターを発動させ、AS達全員を更に弱体化させる。ターゲットにこの勝負は自分の勝ちだと思わせ、油断を誘う。
その状況で相手の自尊心を利用し、挑発すれば、ターゲットは名乗り出るとASは考えたのだ。
バフカウンターを持つプレイヤーは浮かれていただろう。自分の能力が敵を無力化し、勝利へと導いたのだから。
ジェス達が苦しめられた相手の潜在能力を自分の潜在能力で覆すのはさぞ気持ちよかっただろう。
逆転劇を演じることが出来て、仲間に期待されて、それに報いることができて、緊張から解放され、賞賛を浴び、バフカウンターの使い手はいい気になっているはずだ。
バフカウンターを発動したプレイヤーこそがカネリア占拠戦のMVPといっても過言ではない。
だから、勝敗が動かぬものとなればターゲットは油断して、その功績をASにアピールする、もしくは自慢するとASは推理していた。
自分の能力の方が上だと言えば、ターゲットはASを罵る可能性も考え、ASは作戦を実行した。
その際、敵にムサシ達の存在に気づかれないよう、ASは移動し、アレカサルにわざとアーマーブレイクされて服を破かせて、周りの注意を自分に向けるようにして、狙撃の警戒を緩めさせた。
案の定、ターゲットであるエンツォはASの思惑通り、名乗り出た。
ターゲットが分かれば、後はムサシに伝え、狙撃させるだけ。
ASのサポキャラはイーグルだ。エンツォの周りを旋回させ、ムサシ達に狙撃ポイントを知らせ、テツの指示のもと、ムサシがターゲットの狙撃に成功した。
これが一連の流れだ。
「よし! オラ達もいくぞ!」
「待て! 他にも何かあるかもしれねえだろ。俺達はここで待機だ。ここが最終防衛ラインなんだからな」
ムサシは歯を食いしばり、その場に立ち止まる。バフカウンターが止まったからといって、ピンチであることは間違いない。
だからこそ、駆けつけたかったが、テツの言う通り、まだ敵には奥の手があるかもしれないし、ムサシ達には重要な役割が残されている。
ムサシは前方を睨みつけながら、テツに尋ねた。
「……みんなは大丈夫だよな?」
「見てみろよ」
テツは双眼鏡をムサシに渡す。
ムサシが狙撃した位置に双眼鏡を移動させると……。
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