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十六話 正義という名の必要悪
十六話 正義という名の必要悪 その四
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「「「うぉおおおおおおおおおお!」」」
再度、ここにいる全員がドキモを抜かれた。いや、それ以上に驚かされた。ジャックは後ろによろけて尻餅をつきそうになった。
ソレイユのソウルメイトは更にソウルに包まれ、いや、ソウルの爆風の渦の中心に立っている。
激しいソウルを発しながら、ソレイユはただ立っているだけなのに、周りに強烈なプレッシャーを与えていた。
テツやエリンでさえ、驚きで開いた口が塞がらない。
この変化は何なのか?
ソレイユはリミット1と呼んでいたが、これはソウル解放の上位版なのだろうか?
「す、すごい……凄いよ、ソレイユ! えっ、何ソレ? スーパーサ○ヤ人とかギアなんとかの親戚なの? っていうか、ソウルの解放にレベルみたいなものがあったの? そもそも、どうやってそれを身につけたの?」
ジャックはソレイユから放たれるプレッシャーよりも、好奇心が勝り、ソレイユに問いかける。
ソレイユは黙ったまま答えず、テツに視線を向け、問いただしていた。
これでも、かなわないのかと。
テツは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「お前が強くなろうが、俺には関係ねえ。俺は勝てない喧嘩はしねえ主義なんだ」
「テツ君がそこまで臆病とは知らなかったわ」
「んだと?」
「ま、待ってくれ……お前ら、敵討ちとかそういった理由で戦わなくていいのかよ? 村人の無念を誰が晴らすんだよ」
二人の口喧嘩にムサシは恐る恐る意見を出す。さっきから聞いていれば、テツもソレイユも自分達の事ばかりで村人の事など、全く考えていない。
一番の被害者は村人だ。話し合いの趣旨が違うのではないかとムサシは言いたいのだ。
ムサシの言葉に、テツは……。
「何バカ言ってやがる。無意味なこと、言ってるんじゃねえよ」
「無意味だと……流石にそれは酷いだろ……オラ達はずいぶん村長や村人にお世話になったじゃねえか? なのに、見捨てるのかよ!」
ムサシは我慢できなかった。たった一言で……しかも、無意味と言い切るテツに、ムサシは顔を真っ赤にして抗議した。
今でも思い出せる。
村長に鍛冶屋のクイーヌや酒場の亭主のマーレス、優しい笑顔を浮かべていたホウに孫のシチリ、狩猟を生業とするマテオ……。
衛兵のバス、タクー、ラッカー、ニルシー、レッカ……。
みんな、いい人だった。優しくしてもらった。命の恩人だ。
それなのに、このまま無法者達に背を向け、生きていくなんてムサシには耐えがたい苦痛でしかなかった。
必死に突っかかるムサシに、テツは吐き捨てるように答える。
「見捨てるだ? バカか、お前は」
「テツ! いい加減に……」
「いい加減にするのはてめえの方だムサシ! どこに助けを求めているヤツがいる! もう、全員、死んだんだろうが! お前らが助ける事が出来なかったんだろうが!」
「!」
ムサシは真っ青な顔になりながら、パクパクと口を動かし、あえいでいる。
何の言い訳も出来なかった。ムサシは誰も護れなかった。
言葉が出てこない。息苦しくなる。
そんなムサシに、テツは更に追い打ちをかける。
「大体、仇を討ったら何かあるのか? 村人が生き返るのか? そもそも、誰が仇を討って欲しいって言ったんだ? 死ねば終わりなんだよ、ムサシ。お前が仇を討ちたい理由は村人を護れなかったことへの罪悪感からくるものだろ? 違うか?」
「ち、ちが……」
違うと言いたかった。だが、言葉が続かなかった。
仇討ちはただの自己満足なのか? このやりきれない気持ちを晴らすための方法でしかないのか?
ムサシは必死になって、理由を作ろうとする。
「で、でも、オラ達が村人の為に何か出来る事があるはずだ。なにか……」
「なにもねえよ」
「……そうね。私達が村人を護れなかった時点で、もう何もしてあげられないわ」
テツとソレイユの言葉がムサシに重くのしかかる。
死んだ人間は生き返らない。蘇生できるのはアルカナ・ボンヤードを運営しているアノア研究所だけだ。
しかし、アノア研究所は絶対に認めないだろう。リアルを重視しているこの世界で、生き返りは神の所業だ。その神は命に平等なので、決して差別することはないだろう。
ムサシは救いを求めるようにぎゅっとジャックの腕を握りしめた。
ムサシの手がジャックの腕を通して震えている。彼の後悔と悲しみがムサシの手を通して、ジャックに伝わってくる。
ジャックも考えてみる。
死んだ人間のために出来る事……村人やレンの為にやれること……。
――分からない……分からない……。
ムサシが悲しんでいるのに……ジャックの心は鎮静剤で護られ、痛みも何も感じなかった。
――確かに僕は苦しみから逃げた……もう、二度とあんな痛みを味わいたくない……けど……それでも……。
「ジャック?」
ジャックはうつむき、握った拳が震えていた。呼びかけるムサシに、ジャックは絞り出すように声を吐き出す。
「……そうだよ、ムサシ。僕達が弱かったから村人を護れなかった」
ムサシがショックを受け、固まってしまう。ジャックなら、ムサシと同じ気持ちだと、分かってくれると信じていたからだ。
ムサシのキズついた顔を見ても、それでも、心が動かないジャックは歯を食いしばった。
「死んだ人間の為に……僕達はもう……何もすることは出来ないんだよ」
――嘘だ……本当は……まだ……僕だって……。
ジャックは拳をぎゅっと……ぎゅっと強く握りしめる。体がけだるい。闘志がわかない。いつものように力が出てこない。
「テツの言う通り、相手が一枚上手だっただけだよ……もう……あきらめよう……僕達は負けたんだ……今日一日、頭を冷やせば……冷静になれるよ」
――嫌だ……嫌だ……負けたくない。
怖がりのくせに、泣き虫のくせに、嫌なことから逃げ続けてきたくせに……それでも、ジャックの心は叫んでいた。
これでいいのかと。
人として大切なものが……今、ジャックの中で失われようとしている。きっと、今、行動しなければ、もう二度と取り戻せなくなる。一生後悔する。
それでも……あの恐怖を……誰も救えない無力さを……もう二度と見たくない……何も感じたくないとジャックは思っている。
たとえ、代償を払ったとしても……。
――嘘だ。
ムサシが泣いている。彼は今も鎮静剤に頼らず、恐怖と向き合い、救えなかった命に対して、自分の無力さに泣いている。
共感したくても、ジャックの心は虚ろで何も感じない。涙さえ、出てこない。
これがジャックの罪。村人を護れなかった罪悪感も、悔しさも、仲間と一緒に生き残った喜びも、この世の理不尽も、全てをただ受け流すことしか出来ない。
心が動かなくなっていた。
確かに恐怖からは逃れている。
だが、これは生きているといえるのか? 心が何も感じないことは死んでいるのではないのだろうか?
多くの村人が死んだ。みんな生きたいと願ったはずだ。それでも、死んでいった。
ジャックは生き残ったのに……生きようとしない。
それが許されるのか?
「GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNN!」
遠くのリンカーベル山から雄叫びが響き渡った。
地の底を這うような、腹に響く声。しかも、聞き覚えのある咆哮だ。
これは……。
「……なるほどな、これがヤツらの目的ってわけかよ。くそがぁ!」
テツは近くにあった木を何度も何度も蹴りつける。ムサシはあえぐように尋ねた。
「……目的?」
泣き顔のムサシにソレイユはリンカーベル山を睨みつけながらつぶやいた。
「スパイデーの召喚よ。カースルクームの人々はスパイデーを復活させるための贄とされた」
スパイデーはリンカーベル山に住む生物や植物を無法者達に刈り尽くされたことで、召喚された。リンカーベル山に宿る命が触媒となっていた。
生命を刈り取る愚か者を裁くために召喚されたスパイデーだったが、ジャック達が討伐し、村長が封印した。
だから、無法者達は強い武器を作る素材を手に入れるために、もう一度スパイデーを召喚したのだ。村人の命をリンカーベル山にある祠に捧げることで。
命を侮辱した無法者達を成敗するために、スパイデーは再び復活した。
ただ、スパイデーも気づいていないだろう。自分が狩られる側だと。そのためだけに召喚されたことを。
「……ふざけるな……ふざけるなよ! そんなことの為に……そんなことの為にみんなが死んだのか? ありえないだろ……ありえないだろうが!」
ムサシは何度も、何度も木を殴りつけた。村人が殺された理由が、ただの素材アイテムを集めるモンスターを復活させるためだった事に、やりきれない怒りが爆発した。
ムサシは激怒していたが、身体共疲労しているので、殴った木は全く揺れることもなく、ピクリとも動くこともなかった。
慟哭しているムサシに、ジャックは……。
「仕方がないよ、ムサシ。僕達は負けたんだ。敗者に何も言う資格はないよ」
――違う! 違う!
「……そんなに悪い事なのかよ……弱いってだけで……ここまで……ここまで……」
ムサシは言葉が続かなかった。嗚咽でうまく話せず、その場に泣き崩れた。
ジャックの心が叫び続けている。
「そうだよ、ムサシ。悪いのは僕達弱者で……無法者は……無法者は……」
言葉にしてはならない。その言葉を吐き出せば、もう戻れなくなる。
ジャックの心が叫んでいる。
屈するなと。
だから……だから……。
「無法者達は勝者だから、何をしても許される……わけ……が……わけが……」
「ジャック?」
リリアンの心配げな声にジャックは何も反応せず、よだれを垂らし、瞳孔が開いたまま、うつむく。
ジャックは心臓を抑え、小刻みに震えていたが、声を絞り出すように叫んだ。
「そんなわけ……そんなわけ……そんなわけないだろうがぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
ジャックは天に向かって叫んだ。大声で、あらん限りの声を出して叫んだ。
ソウルメイトは心に影響される。ジャックの怒りが鎮静剤の効果を打ち消し、感情を取り戻した。
その瞬間。
「あぁ……ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
鎮静剤で抑制されてきた恐怖がジャックの心を容赦なく蝕んでいく。感情を取り戻すことで裁かれるときがきたのだ。
村人達の壮絶な死に顔が……。
風に乗って運んできた血の臭いが……。
無残に殺され、悲鳴と助けを呼ぶ村人達の声が……。
腕を切り落とされた痛みが……。
レンを呼ぶカークの嘆きの声が……
レッキーの血の涙を流していた虚ろな死に顔が……。
目をえぐられたときのいいようのない痛みが……。
全てがフラッシュバックし、ジャックに襲いかかった。
ジャックは頭を抱え、足が震えて立つのがやっとだった。頭の中でアラームが鳴り続ける。
たたらを踏み、地面に倒れそうになる。
「ジャック! ジャック! しっかりして!」
リリアンの悲痛な叫びが聞こえてくる。仲間の声がジャックの耳に届く。
ジャックは恐怖で膝をつきそうになるが、歯を食いしばり、必死に両足を踏ん張り、拒絶する。
ジャックは涙を流しながら、叫んだ。
「ふざけるなぁあああああああ! 強いからって、何をしてもいいわけないだろうがぁああああああああああ! 弱者が悪い? 弱かったら、なにしても許されるだなんて、納得出来るかぁあああああああああああああああああ!」
ジャックのソウルメイトにソウルが集結し、激しく燃え上がる。碧い光がジャックの怒りを表現するように勢いよく噴出し、燃えさかる。
ジャックは恐怖を押し殺し、拳を強く握りなおした。
「ムサシ! 戦おう! 生き残った僕達に出来る事は戦う事だよ!」
「戦う……何の為に……」
跪いた状態で頭を上げるムサシに、ジャックは心のまま、想いを言葉に紡ぐ。
「正義の為にだよ! 無法者達がいる限り、カースルクームの悲劇は繰り返される。それを阻止する為に戦うんだ! もう、惨劇はいらない。次は僕達が無法者達を攻め入るんだ!」
生き残ったジャック達がカースルクームの村人のために出来る事。それは無法者達を倒し、二度と殺戮が繰り返されないようにすること、彼らの犠牲を無駄にしないことだ。
いくら強いからって、人を惨殺していいわけがない。自分達の勝手な理由で奪っていい命などあってはならない。
ジャックが警察官に憧れたのは、悪をくじき、弱きを助ける姿に憧れたからだ。
子供の頃は体も小さくてひ弱だった。暴力を振るう大人の前では無力だった。しかし、今は違う。
剣道で……柔道で……ボクシングで鍛えて強くなった。体も成長し大人になった。
もう、弱いからという言い訳は出来ない。ジャックには力があるから……。
ムサシはジャックの変わりように呆然としながらも、つぶやく。
「……勝てるのか? オラ達は……」
「勝てる! 正義は僕達にある! アイツらが正義であってたまるか!」
ジャックはムサシに手を差しのばす。一緒に戦って欲しいと願っている。勝てるかどうかなんて分からない。いや、勝つ方法を考えなければならないのだ。
テツも無法者達も言っていた。戦いは数だと。ならば、数をそろえるしかない。
きっといるはずだ。悪を憎み、正義の心を持つプレイヤーが。
ソウル杯はプレイヤーが一人になるまで戦い続けるルールだ。プレイヤーは全員が敵。けれども、共通の敵がいれば協力し合えるはずだ。
ムサシは涙を拭い、ジャックの手を握る。ジャックはムサシを引っ張り、起こした。
「……そうだよな。あんなヤツら……許せないよな……だったら、殺してやらないとな。正義の名の下に……ジャック、サンキューな。やっと目が覚めた。オラは戦う。もう、迷わない。全身全霊、この魂に賭けて、オラはアイツらを殲滅してみせる。あの悪鬼を皆殺しにしてやる。命を奪われる痛みと恐怖を思い知らせてやる」
ムサシは燃えていた。ジャックの本心からの怒りの声は、ムサシの迷いの霧を打ち払った。そして、道を示してくれた。
やるべきことがハッキリと見据えたとき、ムサシは決断した。無法者達と戦う事を。
「戦おう、ムサシ!」
「ああっ、ジャック!」
ジャックとムサシは固く握手を交わした。共に命を賭けて戦おうと誓い合った。
ジャック達の姿を見て、ソレイユもテツも冷めきった目つきでジャックとムサシを見つめていた。
ムサシはツーハンデッドソードを天にかがげ、叫んだ。
「『トライアンフ』のリーダー、ムサシが命じる! 無法者達に……」
「やめておいたほうがいいですよー」
再度、ここにいる全員がドキモを抜かれた。いや、それ以上に驚かされた。ジャックは後ろによろけて尻餅をつきそうになった。
ソレイユのソウルメイトは更にソウルに包まれ、いや、ソウルの爆風の渦の中心に立っている。
激しいソウルを発しながら、ソレイユはただ立っているだけなのに、周りに強烈なプレッシャーを与えていた。
テツやエリンでさえ、驚きで開いた口が塞がらない。
この変化は何なのか?
ソレイユはリミット1と呼んでいたが、これはソウル解放の上位版なのだろうか?
「す、すごい……凄いよ、ソレイユ! えっ、何ソレ? スーパーサ○ヤ人とかギアなんとかの親戚なの? っていうか、ソウルの解放にレベルみたいなものがあったの? そもそも、どうやってそれを身につけたの?」
ジャックはソレイユから放たれるプレッシャーよりも、好奇心が勝り、ソレイユに問いかける。
ソレイユは黙ったまま答えず、テツに視線を向け、問いただしていた。
これでも、かなわないのかと。
テツは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「お前が強くなろうが、俺には関係ねえ。俺は勝てない喧嘩はしねえ主義なんだ」
「テツ君がそこまで臆病とは知らなかったわ」
「んだと?」
「ま、待ってくれ……お前ら、敵討ちとかそういった理由で戦わなくていいのかよ? 村人の無念を誰が晴らすんだよ」
二人の口喧嘩にムサシは恐る恐る意見を出す。さっきから聞いていれば、テツもソレイユも自分達の事ばかりで村人の事など、全く考えていない。
一番の被害者は村人だ。話し合いの趣旨が違うのではないかとムサシは言いたいのだ。
ムサシの言葉に、テツは……。
「何バカ言ってやがる。無意味なこと、言ってるんじゃねえよ」
「無意味だと……流石にそれは酷いだろ……オラ達はずいぶん村長や村人にお世話になったじゃねえか? なのに、見捨てるのかよ!」
ムサシは我慢できなかった。たった一言で……しかも、無意味と言い切るテツに、ムサシは顔を真っ赤にして抗議した。
今でも思い出せる。
村長に鍛冶屋のクイーヌや酒場の亭主のマーレス、優しい笑顔を浮かべていたホウに孫のシチリ、狩猟を生業とするマテオ……。
衛兵のバス、タクー、ラッカー、ニルシー、レッカ……。
みんな、いい人だった。優しくしてもらった。命の恩人だ。
それなのに、このまま無法者達に背を向け、生きていくなんてムサシには耐えがたい苦痛でしかなかった。
必死に突っかかるムサシに、テツは吐き捨てるように答える。
「見捨てるだ? バカか、お前は」
「テツ! いい加減に……」
「いい加減にするのはてめえの方だムサシ! どこに助けを求めているヤツがいる! もう、全員、死んだんだろうが! お前らが助ける事が出来なかったんだろうが!」
「!」
ムサシは真っ青な顔になりながら、パクパクと口を動かし、あえいでいる。
何の言い訳も出来なかった。ムサシは誰も護れなかった。
言葉が出てこない。息苦しくなる。
そんなムサシに、テツは更に追い打ちをかける。
「大体、仇を討ったら何かあるのか? 村人が生き返るのか? そもそも、誰が仇を討って欲しいって言ったんだ? 死ねば終わりなんだよ、ムサシ。お前が仇を討ちたい理由は村人を護れなかったことへの罪悪感からくるものだろ? 違うか?」
「ち、ちが……」
違うと言いたかった。だが、言葉が続かなかった。
仇討ちはただの自己満足なのか? このやりきれない気持ちを晴らすための方法でしかないのか?
ムサシは必死になって、理由を作ろうとする。
「で、でも、オラ達が村人の為に何か出来る事があるはずだ。なにか……」
「なにもねえよ」
「……そうね。私達が村人を護れなかった時点で、もう何もしてあげられないわ」
テツとソレイユの言葉がムサシに重くのしかかる。
死んだ人間は生き返らない。蘇生できるのはアルカナ・ボンヤードを運営しているアノア研究所だけだ。
しかし、アノア研究所は絶対に認めないだろう。リアルを重視しているこの世界で、生き返りは神の所業だ。その神は命に平等なので、決して差別することはないだろう。
ムサシは救いを求めるようにぎゅっとジャックの腕を握りしめた。
ムサシの手がジャックの腕を通して震えている。彼の後悔と悲しみがムサシの手を通して、ジャックに伝わってくる。
ジャックも考えてみる。
死んだ人間のために出来る事……村人やレンの為にやれること……。
――分からない……分からない……。
ムサシが悲しんでいるのに……ジャックの心は鎮静剤で護られ、痛みも何も感じなかった。
――確かに僕は苦しみから逃げた……もう、二度とあんな痛みを味わいたくない……けど……それでも……。
「ジャック?」
ジャックはうつむき、握った拳が震えていた。呼びかけるムサシに、ジャックは絞り出すように声を吐き出す。
「……そうだよ、ムサシ。僕達が弱かったから村人を護れなかった」
ムサシがショックを受け、固まってしまう。ジャックなら、ムサシと同じ気持ちだと、分かってくれると信じていたからだ。
ムサシのキズついた顔を見ても、それでも、心が動かないジャックは歯を食いしばった。
「死んだ人間の為に……僕達はもう……何もすることは出来ないんだよ」
――嘘だ……本当は……まだ……僕だって……。
ジャックは拳をぎゅっと……ぎゅっと強く握りしめる。体がけだるい。闘志がわかない。いつものように力が出てこない。
「テツの言う通り、相手が一枚上手だっただけだよ……もう……あきらめよう……僕達は負けたんだ……今日一日、頭を冷やせば……冷静になれるよ」
――嫌だ……嫌だ……負けたくない。
怖がりのくせに、泣き虫のくせに、嫌なことから逃げ続けてきたくせに……それでも、ジャックの心は叫んでいた。
これでいいのかと。
人として大切なものが……今、ジャックの中で失われようとしている。きっと、今、行動しなければ、もう二度と取り戻せなくなる。一生後悔する。
それでも……あの恐怖を……誰も救えない無力さを……もう二度と見たくない……何も感じたくないとジャックは思っている。
たとえ、代償を払ったとしても……。
――嘘だ。
ムサシが泣いている。彼は今も鎮静剤に頼らず、恐怖と向き合い、救えなかった命に対して、自分の無力さに泣いている。
共感したくても、ジャックの心は虚ろで何も感じない。涙さえ、出てこない。
これがジャックの罪。村人を護れなかった罪悪感も、悔しさも、仲間と一緒に生き残った喜びも、この世の理不尽も、全てをただ受け流すことしか出来ない。
心が動かなくなっていた。
確かに恐怖からは逃れている。
だが、これは生きているといえるのか? 心が何も感じないことは死んでいるのではないのだろうか?
多くの村人が死んだ。みんな生きたいと願ったはずだ。それでも、死んでいった。
ジャックは生き残ったのに……生きようとしない。
それが許されるのか?
「GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNN!」
遠くのリンカーベル山から雄叫びが響き渡った。
地の底を這うような、腹に響く声。しかも、聞き覚えのある咆哮だ。
これは……。
「……なるほどな、これがヤツらの目的ってわけかよ。くそがぁ!」
テツは近くにあった木を何度も何度も蹴りつける。ムサシはあえぐように尋ねた。
「……目的?」
泣き顔のムサシにソレイユはリンカーベル山を睨みつけながらつぶやいた。
「スパイデーの召喚よ。カースルクームの人々はスパイデーを復活させるための贄とされた」
スパイデーはリンカーベル山に住む生物や植物を無法者達に刈り尽くされたことで、召喚された。リンカーベル山に宿る命が触媒となっていた。
生命を刈り取る愚か者を裁くために召喚されたスパイデーだったが、ジャック達が討伐し、村長が封印した。
だから、無法者達は強い武器を作る素材を手に入れるために、もう一度スパイデーを召喚したのだ。村人の命をリンカーベル山にある祠に捧げることで。
命を侮辱した無法者達を成敗するために、スパイデーは再び復活した。
ただ、スパイデーも気づいていないだろう。自分が狩られる側だと。そのためだけに召喚されたことを。
「……ふざけるな……ふざけるなよ! そんなことの為に……そんなことの為にみんなが死んだのか? ありえないだろ……ありえないだろうが!」
ムサシは何度も、何度も木を殴りつけた。村人が殺された理由が、ただの素材アイテムを集めるモンスターを復活させるためだった事に、やりきれない怒りが爆発した。
ムサシは激怒していたが、身体共疲労しているので、殴った木は全く揺れることもなく、ピクリとも動くこともなかった。
慟哭しているムサシに、ジャックは……。
「仕方がないよ、ムサシ。僕達は負けたんだ。敗者に何も言う資格はないよ」
――違う! 違う!
「……そんなに悪い事なのかよ……弱いってだけで……ここまで……ここまで……」
ムサシは言葉が続かなかった。嗚咽でうまく話せず、その場に泣き崩れた。
ジャックの心が叫び続けている。
「そうだよ、ムサシ。悪いのは僕達弱者で……無法者は……無法者は……」
言葉にしてはならない。その言葉を吐き出せば、もう戻れなくなる。
ジャックの心が叫んでいる。
屈するなと。
だから……だから……。
「無法者達は勝者だから、何をしても許される……わけ……が……わけが……」
「ジャック?」
リリアンの心配げな声にジャックは何も反応せず、よだれを垂らし、瞳孔が開いたまま、うつむく。
ジャックは心臓を抑え、小刻みに震えていたが、声を絞り出すように叫んだ。
「そんなわけ……そんなわけ……そんなわけないだろうがぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
ジャックは天に向かって叫んだ。大声で、あらん限りの声を出して叫んだ。
ソウルメイトは心に影響される。ジャックの怒りが鎮静剤の効果を打ち消し、感情を取り戻した。
その瞬間。
「あぁ……ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
鎮静剤で抑制されてきた恐怖がジャックの心を容赦なく蝕んでいく。感情を取り戻すことで裁かれるときがきたのだ。
村人達の壮絶な死に顔が……。
風に乗って運んできた血の臭いが……。
無残に殺され、悲鳴と助けを呼ぶ村人達の声が……。
腕を切り落とされた痛みが……。
レンを呼ぶカークの嘆きの声が……
レッキーの血の涙を流していた虚ろな死に顔が……。
目をえぐられたときのいいようのない痛みが……。
全てがフラッシュバックし、ジャックに襲いかかった。
ジャックは頭を抱え、足が震えて立つのがやっとだった。頭の中でアラームが鳴り続ける。
たたらを踏み、地面に倒れそうになる。
「ジャック! ジャック! しっかりして!」
リリアンの悲痛な叫びが聞こえてくる。仲間の声がジャックの耳に届く。
ジャックは恐怖で膝をつきそうになるが、歯を食いしばり、必死に両足を踏ん張り、拒絶する。
ジャックは涙を流しながら、叫んだ。
「ふざけるなぁあああああああ! 強いからって、何をしてもいいわけないだろうがぁああああああああああ! 弱者が悪い? 弱かったら、なにしても許されるだなんて、納得出来るかぁあああああああああああああああああ!」
ジャックのソウルメイトにソウルが集結し、激しく燃え上がる。碧い光がジャックの怒りを表現するように勢いよく噴出し、燃えさかる。
ジャックは恐怖を押し殺し、拳を強く握りなおした。
「ムサシ! 戦おう! 生き残った僕達に出来る事は戦う事だよ!」
「戦う……何の為に……」
跪いた状態で頭を上げるムサシに、ジャックは心のまま、想いを言葉に紡ぐ。
「正義の為にだよ! 無法者達がいる限り、カースルクームの悲劇は繰り返される。それを阻止する為に戦うんだ! もう、惨劇はいらない。次は僕達が無法者達を攻め入るんだ!」
生き残ったジャック達がカースルクームの村人のために出来る事。それは無法者達を倒し、二度と殺戮が繰り返されないようにすること、彼らの犠牲を無駄にしないことだ。
いくら強いからって、人を惨殺していいわけがない。自分達の勝手な理由で奪っていい命などあってはならない。
ジャックが警察官に憧れたのは、悪をくじき、弱きを助ける姿に憧れたからだ。
子供の頃は体も小さくてひ弱だった。暴力を振るう大人の前では無力だった。しかし、今は違う。
剣道で……柔道で……ボクシングで鍛えて強くなった。体も成長し大人になった。
もう、弱いからという言い訳は出来ない。ジャックには力があるから……。
ムサシはジャックの変わりように呆然としながらも、つぶやく。
「……勝てるのか? オラ達は……」
「勝てる! 正義は僕達にある! アイツらが正義であってたまるか!」
ジャックはムサシに手を差しのばす。一緒に戦って欲しいと願っている。勝てるかどうかなんて分からない。いや、勝つ方法を考えなければならないのだ。
テツも無法者達も言っていた。戦いは数だと。ならば、数をそろえるしかない。
きっといるはずだ。悪を憎み、正義の心を持つプレイヤーが。
ソウル杯はプレイヤーが一人になるまで戦い続けるルールだ。プレイヤーは全員が敵。けれども、共通の敵がいれば協力し合えるはずだ。
ムサシは涙を拭い、ジャックの手を握る。ジャックはムサシを引っ張り、起こした。
「……そうだよな。あんなヤツら……許せないよな……だったら、殺してやらないとな。正義の名の下に……ジャック、サンキューな。やっと目が覚めた。オラは戦う。もう、迷わない。全身全霊、この魂に賭けて、オラはアイツらを殲滅してみせる。あの悪鬼を皆殺しにしてやる。命を奪われる痛みと恐怖を思い知らせてやる」
ムサシは燃えていた。ジャックの本心からの怒りの声は、ムサシの迷いの霧を打ち払った。そして、道を示してくれた。
やるべきことがハッキリと見据えたとき、ムサシは決断した。無法者達と戦う事を。
「戦おう、ムサシ!」
「ああっ、ジャック!」
ジャックとムサシは固く握手を交わした。共に命を賭けて戦おうと誓い合った。
ジャック達の姿を見て、ソレイユもテツも冷めきった目つきでジャックとムサシを見つめていた。
ムサシはツーハンデッドソードを天にかがげ、叫んだ。
「『トライアンフ』のリーダー、ムサシが命じる! 無法者達に……」
「やめておいたほうがいいですよー」
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主人公が後輩女子とイチャイチャしつつも、とにかくVRゲームを楽しみ尽くす!!
小説家になろうからの転載です。
最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした
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これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。
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βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?
そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。
この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。
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