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番外編 03
かけがえのない時のなかで 後編
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「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくまぁああ! 熊! くまぁあああ!
ムサシは叫び声を上げた。いや、悲鳴といってもいい。
ムサシの五メートル先にリアル熊がそこにいた。
子供の頃、ムサシが図鑑で見たヒグマに似ていた。
似ていたというのは、姿、形は同じだが、サイズが明らかに違う。頭胴長が明らかにヒグマと違うのだ。
その大きさ、約六メートル。普通のヒグマは二メートル半ばだ。
二階建てほどの大きさのあるどでかい熊がムサシの目の前にいるのだ。驚かない方が無理だろう。
なぜ、熊がここにいるのか? いや、熊と呼んでもいいのか、あれは。
ムサシは村長に意見を求めた。
「あ、あああああああれはなんなんだ! 村長!」
「ナマケテザル、雄でございます!」
「はぁああああああ~~~~~~?」
――いやいや! 違う! 俺の知っている猿じゃねえじゃねえか! 雄ってなに! 凶暴なの! しかも、ナマケモノじゃなくて、働く気満々だぞ! オラ達を見て、舌なめずりしてるんですけど!
ナマケテザルはゆっくりと弧を描くようにムサシ達の周りを歩いている。獲物をじっくりと見定めているようだ。
ムサシは膝が笑い、動けない。
だが、ここには村長やレッキーにコウ、アブ達がいる。ここで逃げたら、彼らは殺されてしまう。
ムサシの心に闘志が湧き上がる。護る者がいれば、実力以上の力を出せるムサシだったが……。
「おい、村長さん! さっさとみんなを連れて、逃げて……って、もういない!」
そう、ムサシの隣にも後ろにも誰もいなかった。すでに避難したようだ。
――は、薄情者! 逃げろって思ったけど、一言あってもいいんじゃねえ? しかも、獣って逃げる相手を追う習性があるんじゃあねえのかよ!
ナマケテザルと目が合った。ムサシはそれだけで縮こまってしまう。
「お、オラを食べても美味しくないし、腹を壊すぞ。知ってるか? 肉食の生き物は肉が固くて不味いらしいぞ」
とりあえず、お約束を言ってみたが、もちろん、ナマケテザルに通じるわけもなく……。
「ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ナマケテザルがいきなり襲ってきた。
護る相手もいない。規格外の熊がいる。
ムサシはもう、棒立ちになることしか出来なかった。
ナマケテザルはムサシの前で止まり、二本足で立ち上がった。
ムサシを軽く三倍を超える大きさの熊がそこにいた。
――あっ……雄だ……。
ムサシはナマケテザルのお股についている立派なモノに見とれていた間、ナマケテザルは大きく右前足を振りかぶり、ビンタの要領でムサシの顔面を頭ごと吹き飛ばそうとした。
「はぁああああああああああああああ!」
ナマケテザルの手の動きが止まる。背中に衝撃を受け、手を止めた。
ナマケテザルはゆっくりと後ろを振り向くと……。
「流石に固いわね。まるで鋼だわ」
「ソレイユ!」
――ナーーーーーーーーーーーーーーイスゥ!
このときだけは、ソレイユが女神のように見えたムサシだった。
ソレイユはファルシオンを構え、ナマケテザルを見据える。ナマケテザルが振り向くまでファルシオンで斬りつけていたが、のけぞることなく、ゆっくりと動いていた。
つまり、硬直しなかったことになる。
普通なら、攻撃を受けると一瞬動きが止まり、その間にコンボを叩きつけることができる。
だが、ナマケテザルは違う。ダメージを受けつつも動けるようだ。
そうなると、ソレイユの潜在能力、無限コンボを叩きつけても、コンボ中にナマケテザルにカウンターをくらって、負けてしまうだろう。
リザードマン並のプレッシャーを感じながらも、ソレイユは一歩も引くつもりはなかった。
一方、ムサシは……。
――いや、ありえないだろうが! 熊と戦うとか無理! 無理だから!
完全に及び腰になっていた。
残念ながら、ムサシは不死身でもなければ、アイヌの戦士でもない。自然の熊(?)相手に肉弾戦を仕掛けるとか正気じゃないと考える常識人だ。
しかも、相手は六メートル級。
熊科の生き物で一番大きいとされた『アルクトテリウム・アングスティデンス』でさえ、約四.五メートルらしい。
何がのどかな村なのか。下手したら中東よりも危険な地域かもしれない。
ムサシはどうやってこの場を逃げるのかを考えていた。
護るべき相手がいなければ、勇気がわくこともなく、逆に戦いを避けたいと思うのが今のムサシだ。
ベストなのは、ナマケテザルが自発的に山へ帰っていただくことだ。そもそも、リンカーベル山は無法者達によって、生物は絶滅したのではなかったのか?
ここにいない、無法者達にムサシは心の中で悪態をついていた。
とにかく、ナマケテザルを威嚇しないよう、ムサシはソレイユに注意した。
「そ、ソレイユ! 絶対に目を合わすなよ! 熊は目を合わすと、ストレスを感じて、襲ってくるからな!」
「どうして、私が目をそらさなければならないの? そらすなら、目の前の熊でしょ?」
――このドアホォオオオオオオオオオオ!
ムサシは頭痛で倒れそうになった。
仲間を助けたい気持ちは強いが自殺願望者まで助けるつもりはない。巻き添えはごめんだ。
現在、ナマケテザルはムサシに背を向けている。その背をムサシは注意深く観察する。
――ソレイユが何度か斬りつけたのに、キズ一つ負ってないみたいだな。だとすると、ソウルを解放した状態で斬りつけないとダメージを与えられないかもしれん。いや、戦う気はないんだが。
なんとしても、熊を追い払いたいムサシだったが、事態は急変する。
ナマケテザルに向かって、矢が飛んできたのだ。
――矢だと? もしかして……。
エリンがこのピンチに帰ってきてくれたとムサシは期待した。ピンチにやってくるヒーローのような登場に、憎い演出だと思いながらも、賞賛したかった。
だが……。
「どうだ! 我が矢の威力は!」
マテオが放った矢であった。しかも、矢ははじかれ、地面に落ちている。
――おお~~~い! それでも狩猟で生計を立てているのか! 全く、きいてないだろうが!
ナマケテザルの注意がソレイユから、マテオに変わる。そして、ナマケテザルはマテオに向かって歩き出した。
マテオは次の矢を射ようとするが、恐怖から手が震え、まともに弓を構えることが出来ない。このままだと、マテオはナマケテザルに生きたまま、喰われてしまう。
――くそがぁ! どうにでもなれ!
「コマンド『サモンS』!」
ムサシはスクトゥムを召喚し、熊との戦いに挑む。
このままだと、マテオが殺されてしまう。それならば、護らなければならない。
ガンガンガン!
ムサシはスクトゥムを手で叩き、大きな音を出す。ナマケテザルの注意を引くためだ。
ムサシの狙い通り、ナマケテザルはマテオからムサシに興味が変わる。ムサシは再度、大きな音を出す。
「ほら、こっちだ! 熊野郎!」
ナマケテザルが雄である事は確認済みだ。そんなどうでもいいことを考えながら、ムサシは慎重に、後退する。
ナマケテザルはゆっくりと、ゆっくりとムサシに向かって歩き出す。ムサシもゆっくりとゆっくりと後退する。
ここで一番してはいけないことは、背を向けて逃げることだ。
熊の走る速度は時速役六十km。追いかけられたら、あの巨体に背中から襲われ、ひとたまりもない。
動物は本能的に逃げる者を追いかける……はず。先ほど村人を追いかけなかったのはきっと理由があるはず。
ムサシはそう自分に言い聞かせ、このまま村の外まで逃げようと考えていた。
村の中で暴れられたら、被害が大きくなる。それを防ぐ為だ。
だが……。
「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
いきなり、ナマケテザルがムサシに向かって走ってきたのだ。
ムサシは咄嗟にソウルを解放し、スクトゥムを前方に構え、ナマケテザルの体当たりに備える。
しかし、ナマケテザルは体当たりすることもなく、ムサシの前で立ち止まり、また二本立ちになって右ビンタを繰り出した。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
スクトゥムに大きな衝撃が走る。
ソウルで強化されたスクトゥムに、ナマケテザルの爪痕が残り、耐久力が三十三パーセントもっていかれた。
ナマケテザルの攻撃は止まらない。今度は左右のビンタでムサシに襲いかかる。
「ひぃいいいいいいいいい!」
ソウルの解放で身体能力が跳ね上がっているのにもかかわらず、腕が痺れ、吹き飛ばされそうになる。
耐久力は残り一パーセント。
「うわぁあああああああああああ!」
ナマケテザルの追撃に、ムサシは思いっきり後ろに飛んだ。もし、あの一撃をくらっていたら、スクトゥムは破壊され、ムサシはスタン状態になっていただろう。
アルカナ・ボンヤードでは、盾破壊をしたとき、ボーナスとして、盾を壊されたプレイヤーは一定時間、硬直状態、スタンするようになっている。
もし、動きを封じされたら一巻の終わりだ。ナマケテザルの昼食になってしまうだろう。
それにしてもとムサシは思う。いちいち二本足で立ってから攻撃しないと気が済まないのかと。
まるでどこぞやのアンケートゲームに出てくるキャラのようだ。あっちも熊なのだが。
ナマケテザルはムサシを舐めているのか、タブーを犯してしまう。
ナマケテザルは腕を伸ばし、手をクイクイして挑発してきたのだ。
挑発されると即ギレする男、その名はムサシ。
もちろん、ナマケテザルも例外ではなく、ムサシは……。
「いや、無理」
例外は存在したようだ。
ムサシは焦っていた。勝てる要素が見当たらないのだ。しかも、ソウル解放のリミットが近づき、このままだと力が制限される。
ソウル解放は一時的に爆発的な身体能力を身につけることが出来るが、解除された後は、八割程度の力しか出せなくなる。
大ピンチだった。
「このぉ!」
ソレイユが隙を突いて全速力からの斬りつけでナマケテザルの背中を攻撃したが、やはりダメージは通っていない。
こちらのダメージは与えられなくて、ナマケテザルは一撃でムサシ達に致命傷を与える事が出来る。
レベルが違いすぎた。
このまま負けてしまうのかと思ったとき。
「……」
「お、おい! シスターさん!」
ナマケテザルの前に一人の女性が現れた。
大会初日にジャック達が出会ったシスターだ。
なぜ、ナマケテザルの前に現れたのか?
ただ、一つ分かっていることがある。自殺行為だ。
ムサシは勇気を振り絞り、シスターを助けにいこうとしたが。
「えっ?」
ナマケテザルの様子が変わったことに気づいたからだ。
ここにきて、ナマケテザルはうなり声をあげ、視線はシスターに釘付けになっている。
その姿はまるで威嚇……ではなく、恐れているようにムサシには見えた。
――そんな、バカな! ありえるのか? ただのか弱い女性に何倍も体格の大きい熊……いや、猿が怯えるなんて!
シスターとナマケテザルのにらみ合いが続いているが……。
「この! 出て行け!」
「おりゃ!」
ナマケテザルに向かって、アブやマテオ、村長達が何か物を投げつけた。ナマケテザルに当たった瞬間。
「「く、臭い!」」
ぶつけたモノから異臭が放たれた。ムサシとソレイユはあまりの臭さに鼻を押さえる。とんでもない臭さだ。硫黄の匂いといっていいのか分からないが、それに似た臭さだ。
「グホォオオ!」
ナマケテザルはこりゃたまらんと言いたげに、その場から離れる。熊の嗅覚は人間の約二千百倍ともいわれている。
熊の急所の一つとも言われている鼻を刺激する攻撃に、ナマケテザルはのそのそと逃げていった。
――た、助かった……けど……。
シスターもモロに異臭を浴びてしまった。
彼女はみんなを助けに来たのに。
そのことを口にしようとしたが……。
「やった! ナマケテザルを撃退したぞ!」
「ざまあみろ!」
シスターのことなど全く気にしていない村人の態度に、ムサシは違和感と戸惑いを感じていた。
「ナマケテザルはどこだ! 我々が駆けつけたからには好きにさせんぞ!」
「お前ら! 絶対、狙ってやってるだろ!」
ムサシは反射的に衛兵にツッコミを入れた。武装した衛兵が来るのがタイミングよすぎなのだ。
衛兵のタクーとラッカーはテレくさそうに笑っていた。
――いや、ダメだろうが! ちゃんと仕事しろよ! それにシスターにちゃんと謝れよ!
ムサシは怒鳴ってやろうと思ったが……。
「はあ……逃がしたわね」
――いや、逃がしたんじゃねえよ! 見逃してもらったんだよ! なに、この女! どこまで負けず嫌いなの!
ソレイユの上から目線の態度に脱力し、怒る気が失せてしまった。
「ムサシ殿! 大丈夫ですか!」
「……ああっ、村長さん。おかげさまで」
シスターの事があったが、助けられた事実はあるので、とりあえずお礼を言うことにした。
九死に一生を得るとはこのことだろう。ゲーム序盤でよくある展開だ。
チュートリアルの敵は弱すぎて、俺様最強だと思って調子に乗っていたら、なんか強そうな敵が現れて、倒そうとしたら返り討ちにあったみたいな話しだ。
「ムサシ! 大丈夫か!」
「シスマ―親方……」
カースルクームで鍛冶を営んでいるシスマ―がムサシの元へやってきた。
シスマーとは懇意にさせてもらっていて、特にジャックと仲がいい。鍛冶の技術向上のため、ジャックとムサシはシスマーの依頼を積極的に受けていた。
シスマ―はムサシの体に傷がないことを安堵していたが、ナマケテザルの爪痕の残るスクトゥムを見て、ああっと声を漏らす。
「こりゃひでえな。スクトゥムがボロボロだ。修理は俺の店でやってやるから、持ってきな。みんなを護ろうとしてくれたんだ。今回はタダでやってやるぜ」
「親方! そんなことしたら、女将さんに頭、たたき割られますよ!」
「やかましい。全く、口やかましくなったのは誰に似たんだ、クイ―ヌ?」
クイーヌとはシスマ―の一番弟子で、将来クロスロードに自分の店を夢見る青年だ。ジャックと気があい、よく宿屋で飲んでいた。
「あ、あの……ムサシさん。助けていただき、ありがとうございました」
マテオがやってきて、ムサシに頭を下げた。
ムサシはマテオが無事であったことを素直に喜んだ。
「別にいいってことよ。困った人がいたら助ける。これ、常識だろ?」
「この恩は必ず返すよ。そうだ! 明日、この村を出て行くんだろ? だったら、俺がとっておきの肉を用意してやる! マーレスさんに頼んで、とびっきり美味しい弁当を作ってもらうから、食べてくれ。もちろん、俺のおごりだ」
「いいのか? 肉って貴重なんだろ?」
リンカーベル山の生き物は無法者達が刈り尽くしたので、遠くまで足を運ばないと獣がとれない。遠くに行けばそれだけ、危険が待ち構えている。
道中、盗賊に襲われるかもしれないし、モンスターに急に襲われる可能性もある。村が近くにあれば、助けを求めることが出来るかもしれないが、何もないところだと、避難する場所がない。
それでも、マテオは笑顔でやる気を見せていた。
「いいんだよ。村と命の恩人に何かしたいんだ。いいだろ?」
「……ありがとう。楽しみにしてるよ」
ムサシは素直にマテオの気持ちを受け取ることにした。
酒場の亭主であるマーレスの料理は絶品だ。スパイデーを討伐した後、吐くほどマーレスの料理をムサシ達は食べたが、物足りないとさえ思っている。
中世の料理は不味いイメージがあったが、この世界は違うようだ。
「ソレイユ、少し用事が出来たからここを離れる」
「分かったわ。シスターさんにお礼を言っておいて」
ソレイユの言葉に、ムサシは笑顔で走り出した。
「シスターさん!」
ムサシは何も言わずに走り去ったシスターに追いつき、声をかける。
「あ、アナタはジャックさんと一緒にいた……」
「ムサシだ。アナタにどうしてもお礼を言いたくて。助けてくれてありがとうございました!」
ムサシは深く頭を下げる。
命の恩人にお礼をどうしても言いたかったからだ。
「アナタもジャックさんと同じですね。私を嫌悪していない。それにシース―と呼ぶ」
「シースー? 寿司なんて言ってないぞ? と、とにかく、オラもジャックも、意味もなく人を差別しない主義なんでな」
シスターはエラリド人で、予選会場であるアレンバシルの先住民はマルダーク人だ。
その確執はムサシも少しは知っている。
それでも、ムサシは目の前にいる彼女をどうしても恨めなかった。
だが……。
「その者から離れてください、ムサシ殿」
「村長……」
カースルクームの村長がこわばった声でムサシに呼びかける。
ムサシはふとシスターと対峙したナマケテザルを思い出した。
ナマケテザルも、シスターと向かい合った瞬間、緊迫した態度を見せていた。
村長はただ者ではないことをムサシは知っている。その村長でさえ、恐れるシスターの正体とは?
「どうして、村長はシス……修道女をそこまで恐れているんですか? それと、なぜ村人達は彼女を毛嫌いしているんですか?」
「毛嫌いするのは彼女がエラリド人だからでしょう。これは仕方のないことです。一番重要なのは、そこにいる者は最強の騎馬隊をたった一人で討ち滅ぼしたかの者と同じ雰囲気がするのです。アナタはもしや……神の……」
「……そうですか。アナタはあの戦いに生き延びたのですね……」
「?」
村長とシスターのやりとりに、ムサシはついていけなかった。
シスターは何も言わず、ムサシに頭を下げ、去って行った。村長も何も言わず去って行く。
ムサシはただ立ち尽くしていたが。
「ムサシ、こんなところにいたんだ」
「ジャックか?」
「いや~、聞いてよ、ムサシ。今日の僕の活躍を」
ジャックはニカッと笑い、自分がどれだけカースルクームの為に貢献したか、話し出す。
「おれだって活躍したぞ!」
「私も!」
ジャックの後ろからカースルクームの子供達が自分達も頑張ったアピールをする。
ムサシは笑みを浮かべ、その話しに耳を傾ける。
ムサシは大きく伸びをする。
とんだ厄介に巻き込まれたが、今日も無事、カースルクームは平和だ。
きっと、これからも、ちょっとしたトラブルがありつつも、平穏な毎日が続くのだろう。
この世界はゲームで、人の手によって作られたものだ。人もNPCであり、本物ではない。
――いや、違うだろ? この世界は生きている。無論、人もだ。
ムサシはもう、やめようと思った。
この世界が作りものであろうと、本物であろうと関係ない。自分の気持ちに素直になって、この世界を駆け抜けていくだけだ。
そして、もし、困った人がいれば助けになりたい。この世界で手に入れた力で。
ムサシは改めて誓いを立て、アレンバシルで生きていく。
空に浮かぶ地球は、そんな彼らを優しく見守っていた。
- END -
――くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくまぁああ! 熊! くまぁあああ!
ムサシは叫び声を上げた。いや、悲鳴といってもいい。
ムサシの五メートル先にリアル熊がそこにいた。
子供の頃、ムサシが図鑑で見たヒグマに似ていた。
似ていたというのは、姿、形は同じだが、サイズが明らかに違う。頭胴長が明らかにヒグマと違うのだ。
その大きさ、約六メートル。普通のヒグマは二メートル半ばだ。
二階建てほどの大きさのあるどでかい熊がムサシの目の前にいるのだ。驚かない方が無理だろう。
なぜ、熊がここにいるのか? いや、熊と呼んでもいいのか、あれは。
ムサシは村長に意見を求めた。
「あ、あああああああれはなんなんだ! 村長!」
「ナマケテザル、雄でございます!」
「はぁああああああ~~~~~~?」
――いやいや! 違う! 俺の知っている猿じゃねえじゃねえか! 雄ってなに! 凶暴なの! しかも、ナマケモノじゃなくて、働く気満々だぞ! オラ達を見て、舌なめずりしてるんですけど!
ナマケテザルはゆっくりと弧を描くようにムサシ達の周りを歩いている。獲物をじっくりと見定めているようだ。
ムサシは膝が笑い、動けない。
だが、ここには村長やレッキーにコウ、アブ達がいる。ここで逃げたら、彼らは殺されてしまう。
ムサシの心に闘志が湧き上がる。護る者がいれば、実力以上の力を出せるムサシだったが……。
「おい、村長さん! さっさとみんなを連れて、逃げて……って、もういない!」
そう、ムサシの隣にも後ろにも誰もいなかった。すでに避難したようだ。
――は、薄情者! 逃げろって思ったけど、一言あってもいいんじゃねえ? しかも、獣って逃げる相手を追う習性があるんじゃあねえのかよ!
ナマケテザルと目が合った。ムサシはそれだけで縮こまってしまう。
「お、オラを食べても美味しくないし、腹を壊すぞ。知ってるか? 肉食の生き物は肉が固くて不味いらしいぞ」
とりあえず、お約束を言ってみたが、もちろん、ナマケテザルに通じるわけもなく……。
「ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ナマケテザルがいきなり襲ってきた。
護る相手もいない。規格外の熊がいる。
ムサシはもう、棒立ちになることしか出来なかった。
ナマケテザルはムサシの前で止まり、二本足で立ち上がった。
ムサシを軽く三倍を超える大きさの熊がそこにいた。
――あっ……雄だ……。
ムサシはナマケテザルのお股についている立派なモノに見とれていた間、ナマケテザルは大きく右前足を振りかぶり、ビンタの要領でムサシの顔面を頭ごと吹き飛ばそうとした。
「はぁああああああああああああああ!」
ナマケテザルの手の動きが止まる。背中に衝撃を受け、手を止めた。
ナマケテザルはゆっくりと後ろを振り向くと……。
「流石に固いわね。まるで鋼だわ」
「ソレイユ!」
――ナーーーーーーーーーーーーーーイスゥ!
このときだけは、ソレイユが女神のように見えたムサシだった。
ソレイユはファルシオンを構え、ナマケテザルを見据える。ナマケテザルが振り向くまでファルシオンで斬りつけていたが、のけぞることなく、ゆっくりと動いていた。
つまり、硬直しなかったことになる。
普通なら、攻撃を受けると一瞬動きが止まり、その間にコンボを叩きつけることができる。
だが、ナマケテザルは違う。ダメージを受けつつも動けるようだ。
そうなると、ソレイユの潜在能力、無限コンボを叩きつけても、コンボ中にナマケテザルにカウンターをくらって、負けてしまうだろう。
リザードマン並のプレッシャーを感じながらも、ソレイユは一歩も引くつもりはなかった。
一方、ムサシは……。
――いや、ありえないだろうが! 熊と戦うとか無理! 無理だから!
完全に及び腰になっていた。
残念ながら、ムサシは不死身でもなければ、アイヌの戦士でもない。自然の熊(?)相手に肉弾戦を仕掛けるとか正気じゃないと考える常識人だ。
しかも、相手は六メートル級。
熊科の生き物で一番大きいとされた『アルクトテリウム・アングスティデンス』でさえ、約四.五メートルらしい。
何がのどかな村なのか。下手したら中東よりも危険な地域かもしれない。
ムサシはどうやってこの場を逃げるのかを考えていた。
護るべき相手がいなければ、勇気がわくこともなく、逆に戦いを避けたいと思うのが今のムサシだ。
ベストなのは、ナマケテザルが自発的に山へ帰っていただくことだ。そもそも、リンカーベル山は無法者達によって、生物は絶滅したのではなかったのか?
ここにいない、無法者達にムサシは心の中で悪態をついていた。
とにかく、ナマケテザルを威嚇しないよう、ムサシはソレイユに注意した。
「そ、ソレイユ! 絶対に目を合わすなよ! 熊は目を合わすと、ストレスを感じて、襲ってくるからな!」
「どうして、私が目をそらさなければならないの? そらすなら、目の前の熊でしょ?」
――このドアホォオオオオオオオオオオ!
ムサシは頭痛で倒れそうになった。
仲間を助けたい気持ちは強いが自殺願望者まで助けるつもりはない。巻き添えはごめんだ。
現在、ナマケテザルはムサシに背を向けている。その背をムサシは注意深く観察する。
――ソレイユが何度か斬りつけたのに、キズ一つ負ってないみたいだな。だとすると、ソウルを解放した状態で斬りつけないとダメージを与えられないかもしれん。いや、戦う気はないんだが。
なんとしても、熊を追い払いたいムサシだったが、事態は急変する。
ナマケテザルに向かって、矢が飛んできたのだ。
――矢だと? もしかして……。
エリンがこのピンチに帰ってきてくれたとムサシは期待した。ピンチにやってくるヒーローのような登場に、憎い演出だと思いながらも、賞賛したかった。
だが……。
「どうだ! 我が矢の威力は!」
マテオが放った矢であった。しかも、矢ははじかれ、地面に落ちている。
――おお~~~い! それでも狩猟で生計を立てているのか! 全く、きいてないだろうが!
ナマケテザルの注意がソレイユから、マテオに変わる。そして、ナマケテザルはマテオに向かって歩き出した。
マテオは次の矢を射ようとするが、恐怖から手が震え、まともに弓を構えることが出来ない。このままだと、マテオはナマケテザルに生きたまま、喰われてしまう。
――くそがぁ! どうにでもなれ!
「コマンド『サモンS』!」
ムサシはスクトゥムを召喚し、熊との戦いに挑む。
このままだと、マテオが殺されてしまう。それならば、護らなければならない。
ガンガンガン!
ムサシはスクトゥムを手で叩き、大きな音を出す。ナマケテザルの注意を引くためだ。
ムサシの狙い通り、ナマケテザルはマテオからムサシに興味が変わる。ムサシは再度、大きな音を出す。
「ほら、こっちだ! 熊野郎!」
ナマケテザルが雄である事は確認済みだ。そんなどうでもいいことを考えながら、ムサシは慎重に、後退する。
ナマケテザルはゆっくりと、ゆっくりとムサシに向かって歩き出す。ムサシもゆっくりとゆっくりと後退する。
ここで一番してはいけないことは、背を向けて逃げることだ。
熊の走る速度は時速役六十km。追いかけられたら、あの巨体に背中から襲われ、ひとたまりもない。
動物は本能的に逃げる者を追いかける……はず。先ほど村人を追いかけなかったのはきっと理由があるはず。
ムサシはそう自分に言い聞かせ、このまま村の外まで逃げようと考えていた。
村の中で暴れられたら、被害が大きくなる。それを防ぐ為だ。
だが……。
「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
いきなり、ナマケテザルがムサシに向かって走ってきたのだ。
ムサシは咄嗟にソウルを解放し、スクトゥムを前方に構え、ナマケテザルの体当たりに備える。
しかし、ナマケテザルは体当たりすることもなく、ムサシの前で立ち止まり、また二本立ちになって右ビンタを繰り出した。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
スクトゥムに大きな衝撃が走る。
ソウルで強化されたスクトゥムに、ナマケテザルの爪痕が残り、耐久力が三十三パーセントもっていかれた。
ナマケテザルの攻撃は止まらない。今度は左右のビンタでムサシに襲いかかる。
「ひぃいいいいいいいいい!」
ソウルの解放で身体能力が跳ね上がっているのにもかかわらず、腕が痺れ、吹き飛ばされそうになる。
耐久力は残り一パーセント。
「うわぁあああああああああああ!」
ナマケテザルの追撃に、ムサシは思いっきり後ろに飛んだ。もし、あの一撃をくらっていたら、スクトゥムは破壊され、ムサシはスタン状態になっていただろう。
アルカナ・ボンヤードでは、盾破壊をしたとき、ボーナスとして、盾を壊されたプレイヤーは一定時間、硬直状態、スタンするようになっている。
もし、動きを封じされたら一巻の終わりだ。ナマケテザルの昼食になってしまうだろう。
それにしてもとムサシは思う。いちいち二本足で立ってから攻撃しないと気が済まないのかと。
まるでどこぞやのアンケートゲームに出てくるキャラのようだ。あっちも熊なのだが。
ナマケテザルはムサシを舐めているのか、タブーを犯してしまう。
ナマケテザルは腕を伸ばし、手をクイクイして挑発してきたのだ。
挑発されると即ギレする男、その名はムサシ。
もちろん、ナマケテザルも例外ではなく、ムサシは……。
「いや、無理」
例外は存在したようだ。
ムサシは焦っていた。勝てる要素が見当たらないのだ。しかも、ソウル解放のリミットが近づき、このままだと力が制限される。
ソウル解放は一時的に爆発的な身体能力を身につけることが出来るが、解除された後は、八割程度の力しか出せなくなる。
大ピンチだった。
「このぉ!」
ソレイユが隙を突いて全速力からの斬りつけでナマケテザルの背中を攻撃したが、やはりダメージは通っていない。
こちらのダメージは与えられなくて、ナマケテザルは一撃でムサシ達に致命傷を与える事が出来る。
レベルが違いすぎた。
このまま負けてしまうのかと思ったとき。
「……」
「お、おい! シスターさん!」
ナマケテザルの前に一人の女性が現れた。
大会初日にジャック達が出会ったシスターだ。
なぜ、ナマケテザルの前に現れたのか?
ただ、一つ分かっていることがある。自殺行為だ。
ムサシは勇気を振り絞り、シスターを助けにいこうとしたが。
「えっ?」
ナマケテザルの様子が変わったことに気づいたからだ。
ここにきて、ナマケテザルはうなり声をあげ、視線はシスターに釘付けになっている。
その姿はまるで威嚇……ではなく、恐れているようにムサシには見えた。
――そんな、バカな! ありえるのか? ただのか弱い女性に何倍も体格の大きい熊……いや、猿が怯えるなんて!
シスターとナマケテザルのにらみ合いが続いているが……。
「この! 出て行け!」
「おりゃ!」
ナマケテザルに向かって、アブやマテオ、村長達が何か物を投げつけた。ナマケテザルに当たった瞬間。
「「く、臭い!」」
ぶつけたモノから異臭が放たれた。ムサシとソレイユはあまりの臭さに鼻を押さえる。とんでもない臭さだ。硫黄の匂いといっていいのか分からないが、それに似た臭さだ。
「グホォオオ!」
ナマケテザルはこりゃたまらんと言いたげに、その場から離れる。熊の嗅覚は人間の約二千百倍ともいわれている。
熊の急所の一つとも言われている鼻を刺激する攻撃に、ナマケテザルはのそのそと逃げていった。
――た、助かった……けど……。
シスターもモロに異臭を浴びてしまった。
彼女はみんなを助けに来たのに。
そのことを口にしようとしたが……。
「やった! ナマケテザルを撃退したぞ!」
「ざまあみろ!」
シスターのことなど全く気にしていない村人の態度に、ムサシは違和感と戸惑いを感じていた。
「ナマケテザルはどこだ! 我々が駆けつけたからには好きにさせんぞ!」
「お前ら! 絶対、狙ってやってるだろ!」
ムサシは反射的に衛兵にツッコミを入れた。武装した衛兵が来るのがタイミングよすぎなのだ。
衛兵のタクーとラッカーはテレくさそうに笑っていた。
――いや、ダメだろうが! ちゃんと仕事しろよ! それにシスターにちゃんと謝れよ!
ムサシは怒鳴ってやろうと思ったが……。
「はあ……逃がしたわね」
――いや、逃がしたんじゃねえよ! 見逃してもらったんだよ! なに、この女! どこまで負けず嫌いなの!
ソレイユの上から目線の態度に脱力し、怒る気が失せてしまった。
「ムサシ殿! 大丈夫ですか!」
「……ああっ、村長さん。おかげさまで」
シスターの事があったが、助けられた事実はあるので、とりあえずお礼を言うことにした。
九死に一生を得るとはこのことだろう。ゲーム序盤でよくある展開だ。
チュートリアルの敵は弱すぎて、俺様最強だと思って調子に乗っていたら、なんか強そうな敵が現れて、倒そうとしたら返り討ちにあったみたいな話しだ。
「ムサシ! 大丈夫か!」
「シスマ―親方……」
カースルクームで鍛冶を営んでいるシスマ―がムサシの元へやってきた。
シスマーとは懇意にさせてもらっていて、特にジャックと仲がいい。鍛冶の技術向上のため、ジャックとムサシはシスマーの依頼を積極的に受けていた。
シスマ―はムサシの体に傷がないことを安堵していたが、ナマケテザルの爪痕の残るスクトゥムを見て、ああっと声を漏らす。
「こりゃひでえな。スクトゥムがボロボロだ。修理は俺の店でやってやるから、持ってきな。みんなを護ろうとしてくれたんだ。今回はタダでやってやるぜ」
「親方! そんなことしたら、女将さんに頭、たたき割られますよ!」
「やかましい。全く、口やかましくなったのは誰に似たんだ、クイ―ヌ?」
クイーヌとはシスマ―の一番弟子で、将来クロスロードに自分の店を夢見る青年だ。ジャックと気があい、よく宿屋で飲んでいた。
「あ、あの……ムサシさん。助けていただき、ありがとうございました」
マテオがやってきて、ムサシに頭を下げた。
ムサシはマテオが無事であったことを素直に喜んだ。
「別にいいってことよ。困った人がいたら助ける。これ、常識だろ?」
「この恩は必ず返すよ。そうだ! 明日、この村を出て行くんだろ? だったら、俺がとっておきの肉を用意してやる! マーレスさんに頼んで、とびっきり美味しい弁当を作ってもらうから、食べてくれ。もちろん、俺のおごりだ」
「いいのか? 肉って貴重なんだろ?」
リンカーベル山の生き物は無法者達が刈り尽くしたので、遠くまで足を運ばないと獣がとれない。遠くに行けばそれだけ、危険が待ち構えている。
道中、盗賊に襲われるかもしれないし、モンスターに急に襲われる可能性もある。村が近くにあれば、助けを求めることが出来るかもしれないが、何もないところだと、避難する場所がない。
それでも、マテオは笑顔でやる気を見せていた。
「いいんだよ。村と命の恩人に何かしたいんだ。いいだろ?」
「……ありがとう。楽しみにしてるよ」
ムサシは素直にマテオの気持ちを受け取ることにした。
酒場の亭主であるマーレスの料理は絶品だ。スパイデーを討伐した後、吐くほどマーレスの料理をムサシ達は食べたが、物足りないとさえ思っている。
中世の料理は不味いイメージがあったが、この世界は違うようだ。
「ソレイユ、少し用事が出来たからここを離れる」
「分かったわ。シスターさんにお礼を言っておいて」
ソレイユの言葉に、ムサシは笑顔で走り出した。
「シスターさん!」
ムサシは何も言わずに走り去ったシスターに追いつき、声をかける。
「あ、アナタはジャックさんと一緒にいた……」
「ムサシだ。アナタにどうしてもお礼を言いたくて。助けてくれてありがとうございました!」
ムサシは深く頭を下げる。
命の恩人にお礼をどうしても言いたかったからだ。
「アナタもジャックさんと同じですね。私を嫌悪していない。それにシース―と呼ぶ」
「シースー? 寿司なんて言ってないぞ? と、とにかく、オラもジャックも、意味もなく人を差別しない主義なんでな」
シスターはエラリド人で、予選会場であるアレンバシルの先住民はマルダーク人だ。
その確執はムサシも少しは知っている。
それでも、ムサシは目の前にいる彼女をどうしても恨めなかった。
だが……。
「その者から離れてください、ムサシ殿」
「村長……」
カースルクームの村長がこわばった声でムサシに呼びかける。
ムサシはふとシスターと対峙したナマケテザルを思い出した。
ナマケテザルも、シスターと向かい合った瞬間、緊迫した態度を見せていた。
村長はただ者ではないことをムサシは知っている。その村長でさえ、恐れるシスターの正体とは?
「どうして、村長はシス……修道女をそこまで恐れているんですか? それと、なぜ村人達は彼女を毛嫌いしているんですか?」
「毛嫌いするのは彼女がエラリド人だからでしょう。これは仕方のないことです。一番重要なのは、そこにいる者は最強の騎馬隊をたった一人で討ち滅ぼしたかの者と同じ雰囲気がするのです。アナタはもしや……神の……」
「……そうですか。アナタはあの戦いに生き延びたのですね……」
「?」
村長とシスターのやりとりに、ムサシはついていけなかった。
シスターは何も言わず、ムサシに頭を下げ、去って行った。村長も何も言わず去って行く。
ムサシはただ立ち尽くしていたが。
「ムサシ、こんなところにいたんだ」
「ジャックか?」
「いや~、聞いてよ、ムサシ。今日の僕の活躍を」
ジャックはニカッと笑い、自分がどれだけカースルクームの為に貢献したか、話し出す。
「おれだって活躍したぞ!」
「私も!」
ジャックの後ろからカースルクームの子供達が自分達も頑張ったアピールをする。
ムサシは笑みを浮かべ、その話しに耳を傾ける。
ムサシは大きく伸びをする。
とんだ厄介に巻き込まれたが、今日も無事、カースルクームは平和だ。
きっと、これからも、ちょっとしたトラブルがありつつも、平穏な毎日が続くのだろう。
この世界はゲームで、人の手によって作られたものだ。人もNPCであり、本物ではない。
――いや、違うだろ? この世界は生きている。無論、人もだ。
ムサシはもう、やめようと思った。
この世界が作りものであろうと、本物であろうと関係ない。自分の気持ちに素直になって、この世界を駆け抜けていくだけだ。
そして、もし、困った人がいれば助けになりたい。この世界で手に入れた力で。
ムサシは改めて誓いを立て、アレンバシルで生きていく。
空に浮かぶ地球は、そんな彼らを優しく見守っていた。
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