113 / 358
番外編 03
ジャックと新しい仲間 その二
しおりを挟む
「ソレイユ! ソレイユったら! 聞いているの!」
「……はいはい。馬を捕獲できたのでしょ? よかったわね」
「はいは一回だよ、ソレイユ」
「……」
ソレイユのこめかみがピクピクとひくついているが、ジャックは気づかずに馬を捕獲できた自慢話を永遠と語っている。
ジャックはかなりご機嫌だが、ソレイユとジャックの隣にいる馬は呆れていた。馬のピュアな瞳がソレイユに告げる。
さっさとこの主人を黙らせろと。
ソレイユは首を振り、諦めろとジェスチャーする。
ソレイユ達のやりとりに気づかず、ジャックは更に馬の捕獲した状況を嬉しそうに話し出す。
ちなみにジャックが馬を捕獲できたのは瓜坊のおかげだった。
ジャックが馬を縄で捕獲し、馬が暴れて逃げられそうになったとき、瓜坊が颯爽と現れて、馬の逃げ道を塞いだ。
馬は瓜坊に驚き、動きを止めてしまう。その隙にジャックは馬を引き寄せ、馬を捕獲できたのだ。
ジャックの中で瓜坊の株は急上昇し、リリアンの機嫌はウォール街大暴落並に落ちていった。リリアンと瓜坊の第二次世界大戦が勃発しそうな程、緊張感が高まった。
そして……。
「いっけぇえええええ! ハイパーソウル斬りだぁっ!」
リリアンは爪楊枝を握りしめながら空高く舞い上がり、急降下しながら瓜坊目掛けて斬りつける。
「キィーキィキィーー!(この一撃に全てを賭ける! イノシシアタックー!)」
「げぼっ!」
瓜坊の体当たりにリリアンは空の彼方へぶっ飛ばされた。
「キィーキィキィーキィー!(勝利はわが迅速果敢な行動にあり!)」
リリアンは何度も瓜坊に突っかかっていったが、全て瓜坊に返り討ちに遭った。
そして、彼らは戦いの中で友情を育み、カースルクームに帰る頃には、リリアンは瓜坊の背中で居眠りをするほど気を許していた。
「ねえ、ソレイユ。今日の晩ご飯の後、時間空いてる?」
「予定があるの」
「ソレイユに新たなメンバーを紹介したいんだ」
「人の話を……ちょっと、待ちなさい。新たなメンバー? 聞いてないわよ」
「だから、今話したんだって! きっと、ソレイユも気に入るよ! 楽しみにしていてね!」
ジャックはソレイユの返事を聞かず、走り去っていった。
ソレイユは疲れたようにため息をつく。
「ソレイユ、どうかしたのか? 疲れた顔をして」
「……いつものことよ」
「ジャックに振り回されているようだな。ご愁傷様」
ムサシのねぎらいの言葉に、ソレイユはうんざりした顔になる。ジャックはソレイユに何度も何度も話しかけてくる。
ソレイユは自分から他のメンバーに話しかけることはあまりない。必要ならば話しかけるが、それ以外は話すこともないので黙っている。
一人孤独なソレイユにジャックは気を配っているのだが、ソレイユにとっては迷惑な話だった。
頼んだわけでもないのに、余計な気遣いほど鬱陶しいものはない。
どんなに冷たい態度をとっても、ジャックはめげずにソレイユに話しかけてくる。
ソレイユは疑問に思っていた。
なぜ、ジャックは自分に話しかけてくるのか?
現実の世界で、ソレイユに話しかけてきた相手は何人もいた。しかし、ソレイユの冷たい態度や頑なに無視する態度に、誰も話しかけなくなり、ソレイユは常に孤独だった。
ソレイユはそれでも問題なかった。逆に静かな方が好ましかった。それなのに、ジャックはソレイユに話しかけてくる。
一度、ソレイユはブチ切れて、ジャックを罵ったことがあった。そのときは流石にジャックは肩を落とし、去っていたのだが……。
――次の日は何事もなかったように話しかけてきた。どういう神経をしているの、彼は。
ジャックはソレイユに気があるのか?
そんなわけがないとソレイユは首を横に振る。ジャックが好きな女の子は他にいるのだ。
どくん……。
ソレイユは一瞬だけ感じた胸の痛みを吐き出すようにため息をつく。
「けど、許してやってくれよ。ジャックはソレイユと一緒にいると楽しいのさ」
どくん。
今度は心臓が跳ね上がるような鼓動をソレイユは感じていた。
「楽しい? 私と一緒にいて?」
「でなきゃ、罵られても声をかけ続けられるわけがないだろ?」
ムサシは嘘をついていた。
本当は不安だからだ。
ジャックはソレイユがチームから抜けることを気にしていた。
ソレイユは誰かの助けなど求めない人だ。一人で、孤独に死んでいく人なのだ。
信じられるものは己のみ。誰にも助けを求めない。
普通なら、自分の信念を曲げずに、一人で生きていくのは難しいだろう。
世の中の理不尽さに妥協し、信念を曲げ、周りとうまく付き合うために、妥協して生きていく。
しかし、ソレイユは違う。
理不尽に抗う力を、乗り越える力をソレイユは持っている。そんなソレイユが、ジャックにとっては羨ましくもあり、悲しくもあった。
だから、ジャックはソレイユに声をかけ続けるのだ。
孤独だったジャックがリリアンと出会い、救われたように……ジャックも、ソレイユに誰かと一緒にいる喜びを知ってほしかった。
しかし、その想いをソレイユに素直に伝えても、ソレイユは同情されていると思われ、反発される事は今までの旅で分かっていた。
ジャックはその想いをずっと伝える気はないし、ムサシもジャックの気持ちが分かるので、告げるべきではないと思っているのだ。
二人の想いにソレイユは……。
「ジャック君って……変態なの?」
「はい?」
「罵られても楽しいなんて、特殊な性癖の持ち主だと考えれば、納得いくわ。意外かも知れないけれど、私、体罰は得意でも、罵るのは苦手なの」
――意外でもなんでもねえよ! 釈迦だってブチ切れるほどの毒舌だろうが! コイツ、どこまでドSな女なんだ! 後、自分で体罰は得意って言うか、フツウ!
ジャックとムサシの想いは隠さなくても全く届いていなかった。
ムサシはドン引きしていたが、このままだと何も変わらないと思い、ムサシは必死に考える。
なんとかチーム内の雰囲気をよくしたい。スパイデー戦のときのようにチーム一丸となって困難に立ち向かいたい。
きっと、みんなで力を合わせれば不可能なんてない。そうムサシは信じている。
だからこそ、チームの結束が必要なのだが……。
――オラ達の団結力は仔犬並みにまとまりがないからな。リーダーとしてどうにかしないと。
ムサシは知恵を絞るがいい案が思い浮かばない。こういったことはテツに任せていたので、いざ自分がやってみると難しい。
一度、テツと相談するべきかとムサシは思ったとき。
ぐぅううう。
――腹減ったな……ゲームの世界なのに不便だ。でも、腹が減るからこそ飯が美味いんだけどな……飯? そうか!
ムサシはいい案を思いついた。
早速、ムサシはソレイユに相談する。
「ソレイユ。今日の飯は鍋にしないか?」
「いきなりね。理由を聞いても?」
「さっき、ジャックが馬を捕獲したって言ってただろ? そのお祝いだ。自分の地元では鍋で祝うんだ」
「変わった風習ね。それなら、ムサシ君が作って欲しいのだけれど」
ソレイユの思わぬカウンターに、ムサシは内心焦った。鍋ならムサシは現実世界でよく作っていたので料理できるが、なるべくならソレイユに作って欲しかった。
ソレイユが作ったものなら、ジャックは大喜びするし、ソレイユを持ち上げて話をしやすい。
ムサシが作れば、ソレイユは黙々と食するだけだろう。
勝手なのは分かっているが、それでも、ソレイユがムサシ達に少しでも歩み寄ってもらえればと願っている。
だから……。
「いや、ここはソレイユにお願いしたい。ソレイユだってここいらで名誉挽回しておきたいだろ?」
「名誉挽回? なんのこと?」
――食いついた!
ムサシは一気にたたみ込む。
「覚えてないか? ララレレ牛のヒレのこと」
「……ああっ~」
ソレイユは苦々しい顔つきになる。
ララレレ牛のヒレとは、ジャックがララレレ牛討伐クエストでドロップしたアイテムだ。
ソレイユは一度、『ララレレ牛のヒレ』を使って料理をしたが、このアルカナ・ボンヤードではレアアイテムで料理をする場合、高い料理スキルが必要とされる。
ゲームを開始したばかりのソレイユは料理スキルが低かった為、素材の味を引き出せず、不味い料理になってしまったのだ。
現実世界なら、ソレイユの調理方法は完璧だった為、彼女はかなり憤っていた。そのことを思い出したせいか、ソレイユの機嫌が悪くなる。
それを承知でムサシが話をソレイユに話しをふったのは理由がある。
その理由とは……。
「あのときは失敗したけど、今は違うだろ? 知ってるぜ、ソレイユがあれから特訓していたことを」
「……別に」
よほど負けず嫌いなのだろう。ソレイユは暇があれば、料理スキルを磨いていた。
ムサシから言わせてもらえば、ゲーム初期の状態ではどのプレイヤーでも『ララレレ牛のヒレ』をうまく調理することは出来るはずがない。
それなのに、ソレイユは言い訳をすることになく料理スキルを極めようとしている姿に、ムサシは感心していたのだ。
「いい機会じゃないか。ソレイユがあのときとは違うところをみんなに見せてみないか?」
「それで名誉挽回ってこと? そんな必要性なんてないのだけれど……」
「そこを……」
なんとか……とムサシが言おうとしたとき。
「いいでしょう。その挑戦、受けて立つわ」
「えっ? 挑戦?」
「私の料理がレアアイテム如きに後れをとるなんて許せない。ジャック君へのお祝いはどうでもいいのだけれど、リベンジの機会を与えてくれたことには感謝しているわ。私が至高の鍋料理をご馳走するから」
――こ、これでいいのか? 自分で言っておいてアレだが、何の為の鍋なのか分からなくなってきたぞ。ジャックのお祝いの方が盛り上がると思うんだけどな……まあ、結果オーライだ。
ツッコミどころがかなりあったが、これでよしとムサシはそう自分に言い聞かせた。お膳立ては整った。
後はみんなに連絡し、鍋の準備をするだけだが……。
――そういえば、鍋なんてあったか? それに今から食材を集めるのは無理じゃないか?
ムサシは今更ながら自分の案が突拍子もない事だと気づいてしまう。
ソレイユに相談しようとしたとき。
「問題があるわね」
ソレイユはうつむき、ぶつぶつと問題点をあげている。ムサシはソレイユに、もし無理なら別のメニューにしないかと提案しようとしたとき。
「肉と魚、どちらにするべきだと思う?」
「に、肉と魚? えっ? 問題そこ!」
ムサシは予想外のソレイユの悩みに、つい思わず声を出す。ソレイユはちらっとムサシに視線を送る。
「別に野菜だけでも美味しいと言わせてみせるけれども、肉があった方がキミ達は喜ぶと思って」
「野菜だけ? そもそも、野菜って持ってたか? それに鍋は?」
「野菜はスパイデー討伐戦の報酬で素材を分けてもらったでしょ? 鍋はジャック君にお願いして作ってもらったの。他にもフライパンやまな板、包丁、フライ返し、お玉……いろんなものを用意してもらったわ」
へえ~とムサシは生返事をしてしまう。おまえら、最強を決める戦いで何をやっているんだとツッコミを入れたかった。
それはともかく、確かにソレイユが言うように肉はほしいところだが、ここいらで肉の取れるところがあるのか?
肉はどこにでも売っていそうな気がするが、実はあまり市場に出ることはないそうだ。
大きな街や都市では出回っているが、こういった小さな村では猟で獣を狩り、肉をだす。
だが、無法者達が取り尽くしたせいで、カースルクームの近隣では猟が出来ない。遠出をしないとならないとのことだ。
宿屋で出された肉は定期的に来る行商人から買い取り、出されたものだと教えられた。
ムサシとソレイユは頭を悩ませていたが、二人の前にある人物が現れた。リリアンだ。
リリアンは何か焦った様子で首をキョロキョロとさせている。ジャックを探しているのだろうか?
だが、サポキャラが自分の主を見失うだろうか?
ムサシはリリアンに声をかけた。
「おお~い! リリアン!」
「あっ、ムサシ!」
リリアンはムサシにパタパタと羽を羽ばたかせ、ムサシの方へ飛んでいく。
「ジャックを探しているのか?」
「えっ? いや……違うの。ジャックじゃないんだけれど……」
「ジャックじゃない? じゃあ、誰なんだ?」
リリアンは、しまったと言いたげに両手を口で覆う。その態度にムサシもソレイユも首をかしげる。
――隠す必要があるのか?
ムサシは更に問おうとしたが。
「べ、別に! 私、誰も探していないていないから! リリアン二号なんて知らないから! じゃあね!」
「お、おい!」
リリアンはムサシが呼び止めるのを無視して、どこかへ飛んでいってしまった。
「リリアン二号? 何のこと?」
「ううん……もしかして、ジャックが言っていた紹介したいヤツのことか? まあ、名前からして今日捕獲した馬の名前だろうな」
ムサシの言い分はもっともだが、ソレイユは違った。
ジャックは先ほど、馬を捕獲したことと、新たなメンバーを分けて話していた。つまり、捕獲した馬と新たなメンバーは別物と考えるべきだろう。
リーダーのムサシにまで新メンバーについて黙っているのは問題かもしれないが、ジャックのことだ。
ソレイユ達の斜め上をいく発想で驚かせてくれることだろう。それが嬉しいことなのか、呆れることなのかは分からないが。
「それはそうと、自分達、何をしていたんだっけ?」
「鍋の具材のことでしょ? 肉をどこから調達するべきか、考えていたのだけれど……」
「おおっ、そうだった! 肉だったな。どこかに落ちてないかな?」
「落ちているわけ……」
ソレイユの言葉が急に止まり、ある一点に視線が集中している。ムサシは何事かとソレイユの視線の先を追うと……。
「……はいはい。馬を捕獲できたのでしょ? よかったわね」
「はいは一回だよ、ソレイユ」
「……」
ソレイユのこめかみがピクピクとひくついているが、ジャックは気づかずに馬を捕獲できた自慢話を永遠と語っている。
ジャックはかなりご機嫌だが、ソレイユとジャックの隣にいる馬は呆れていた。馬のピュアな瞳がソレイユに告げる。
さっさとこの主人を黙らせろと。
ソレイユは首を振り、諦めろとジェスチャーする。
ソレイユ達のやりとりに気づかず、ジャックは更に馬の捕獲した状況を嬉しそうに話し出す。
ちなみにジャックが馬を捕獲できたのは瓜坊のおかげだった。
ジャックが馬を縄で捕獲し、馬が暴れて逃げられそうになったとき、瓜坊が颯爽と現れて、馬の逃げ道を塞いだ。
馬は瓜坊に驚き、動きを止めてしまう。その隙にジャックは馬を引き寄せ、馬を捕獲できたのだ。
ジャックの中で瓜坊の株は急上昇し、リリアンの機嫌はウォール街大暴落並に落ちていった。リリアンと瓜坊の第二次世界大戦が勃発しそうな程、緊張感が高まった。
そして……。
「いっけぇえええええ! ハイパーソウル斬りだぁっ!」
リリアンは爪楊枝を握りしめながら空高く舞い上がり、急降下しながら瓜坊目掛けて斬りつける。
「キィーキィキィーー!(この一撃に全てを賭ける! イノシシアタックー!)」
「げぼっ!」
瓜坊の体当たりにリリアンは空の彼方へぶっ飛ばされた。
「キィーキィキィーキィー!(勝利はわが迅速果敢な行動にあり!)」
リリアンは何度も瓜坊に突っかかっていったが、全て瓜坊に返り討ちに遭った。
そして、彼らは戦いの中で友情を育み、カースルクームに帰る頃には、リリアンは瓜坊の背中で居眠りをするほど気を許していた。
「ねえ、ソレイユ。今日の晩ご飯の後、時間空いてる?」
「予定があるの」
「ソレイユに新たなメンバーを紹介したいんだ」
「人の話を……ちょっと、待ちなさい。新たなメンバー? 聞いてないわよ」
「だから、今話したんだって! きっと、ソレイユも気に入るよ! 楽しみにしていてね!」
ジャックはソレイユの返事を聞かず、走り去っていった。
ソレイユは疲れたようにため息をつく。
「ソレイユ、どうかしたのか? 疲れた顔をして」
「……いつものことよ」
「ジャックに振り回されているようだな。ご愁傷様」
ムサシのねぎらいの言葉に、ソレイユはうんざりした顔になる。ジャックはソレイユに何度も何度も話しかけてくる。
ソレイユは自分から他のメンバーに話しかけることはあまりない。必要ならば話しかけるが、それ以外は話すこともないので黙っている。
一人孤独なソレイユにジャックは気を配っているのだが、ソレイユにとっては迷惑な話だった。
頼んだわけでもないのに、余計な気遣いほど鬱陶しいものはない。
どんなに冷たい態度をとっても、ジャックはめげずにソレイユに話しかけてくる。
ソレイユは疑問に思っていた。
なぜ、ジャックは自分に話しかけてくるのか?
現実の世界で、ソレイユに話しかけてきた相手は何人もいた。しかし、ソレイユの冷たい態度や頑なに無視する態度に、誰も話しかけなくなり、ソレイユは常に孤独だった。
ソレイユはそれでも問題なかった。逆に静かな方が好ましかった。それなのに、ジャックはソレイユに話しかけてくる。
一度、ソレイユはブチ切れて、ジャックを罵ったことがあった。そのときは流石にジャックは肩を落とし、去っていたのだが……。
――次の日は何事もなかったように話しかけてきた。どういう神経をしているの、彼は。
ジャックはソレイユに気があるのか?
そんなわけがないとソレイユは首を横に振る。ジャックが好きな女の子は他にいるのだ。
どくん……。
ソレイユは一瞬だけ感じた胸の痛みを吐き出すようにため息をつく。
「けど、許してやってくれよ。ジャックはソレイユと一緒にいると楽しいのさ」
どくん。
今度は心臓が跳ね上がるような鼓動をソレイユは感じていた。
「楽しい? 私と一緒にいて?」
「でなきゃ、罵られても声をかけ続けられるわけがないだろ?」
ムサシは嘘をついていた。
本当は不安だからだ。
ジャックはソレイユがチームから抜けることを気にしていた。
ソレイユは誰かの助けなど求めない人だ。一人で、孤独に死んでいく人なのだ。
信じられるものは己のみ。誰にも助けを求めない。
普通なら、自分の信念を曲げずに、一人で生きていくのは難しいだろう。
世の中の理不尽さに妥協し、信念を曲げ、周りとうまく付き合うために、妥協して生きていく。
しかし、ソレイユは違う。
理不尽に抗う力を、乗り越える力をソレイユは持っている。そんなソレイユが、ジャックにとっては羨ましくもあり、悲しくもあった。
だから、ジャックはソレイユに声をかけ続けるのだ。
孤独だったジャックがリリアンと出会い、救われたように……ジャックも、ソレイユに誰かと一緒にいる喜びを知ってほしかった。
しかし、その想いをソレイユに素直に伝えても、ソレイユは同情されていると思われ、反発される事は今までの旅で分かっていた。
ジャックはその想いをずっと伝える気はないし、ムサシもジャックの気持ちが分かるので、告げるべきではないと思っているのだ。
二人の想いにソレイユは……。
「ジャック君って……変態なの?」
「はい?」
「罵られても楽しいなんて、特殊な性癖の持ち主だと考えれば、納得いくわ。意外かも知れないけれど、私、体罰は得意でも、罵るのは苦手なの」
――意外でもなんでもねえよ! 釈迦だってブチ切れるほどの毒舌だろうが! コイツ、どこまでドSな女なんだ! 後、自分で体罰は得意って言うか、フツウ!
ジャックとムサシの想いは隠さなくても全く届いていなかった。
ムサシはドン引きしていたが、このままだと何も変わらないと思い、ムサシは必死に考える。
なんとかチーム内の雰囲気をよくしたい。スパイデー戦のときのようにチーム一丸となって困難に立ち向かいたい。
きっと、みんなで力を合わせれば不可能なんてない。そうムサシは信じている。
だからこそ、チームの結束が必要なのだが……。
――オラ達の団結力は仔犬並みにまとまりがないからな。リーダーとしてどうにかしないと。
ムサシは知恵を絞るがいい案が思い浮かばない。こういったことはテツに任せていたので、いざ自分がやってみると難しい。
一度、テツと相談するべきかとムサシは思ったとき。
ぐぅううう。
――腹減ったな……ゲームの世界なのに不便だ。でも、腹が減るからこそ飯が美味いんだけどな……飯? そうか!
ムサシはいい案を思いついた。
早速、ムサシはソレイユに相談する。
「ソレイユ。今日の飯は鍋にしないか?」
「いきなりね。理由を聞いても?」
「さっき、ジャックが馬を捕獲したって言ってただろ? そのお祝いだ。自分の地元では鍋で祝うんだ」
「変わった風習ね。それなら、ムサシ君が作って欲しいのだけれど」
ソレイユの思わぬカウンターに、ムサシは内心焦った。鍋ならムサシは現実世界でよく作っていたので料理できるが、なるべくならソレイユに作って欲しかった。
ソレイユが作ったものなら、ジャックは大喜びするし、ソレイユを持ち上げて話をしやすい。
ムサシが作れば、ソレイユは黙々と食するだけだろう。
勝手なのは分かっているが、それでも、ソレイユがムサシ達に少しでも歩み寄ってもらえればと願っている。
だから……。
「いや、ここはソレイユにお願いしたい。ソレイユだってここいらで名誉挽回しておきたいだろ?」
「名誉挽回? なんのこと?」
――食いついた!
ムサシは一気にたたみ込む。
「覚えてないか? ララレレ牛のヒレのこと」
「……ああっ~」
ソレイユは苦々しい顔つきになる。
ララレレ牛のヒレとは、ジャックがララレレ牛討伐クエストでドロップしたアイテムだ。
ソレイユは一度、『ララレレ牛のヒレ』を使って料理をしたが、このアルカナ・ボンヤードではレアアイテムで料理をする場合、高い料理スキルが必要とされる。
ゲームを開始したばかりのソレイユは料理スキルが低かった為、素材の味を引き出せず、不味い料理になってしまったのだ。
現実世界なら、ソレイユの調理方法は完璧だった為、彼女はかなり憤っていた。そのことを思い出したせいか、ソレイユの機嫌が悪くなる。
それを承知でムサシが話をソレイユに話しをふったのは理由がある。
その理由とは……。
「あのときは失敗したけど、今は違うだろ? 知ってるぜ、ソレイユがあれから特訓していたことを」
「……別に」
よほど負けず嫌いなのだろう。ソレイユは暇があれば、料理スキルを磨いていた。
ムサシから言わせてもらえば、ゲーム初期の状態ではどのプレイヤーでも『ララレレ牛のヒレ』をうまく調理することは出来るはずがない。
それなのに、ソレイユは言い訳をすることになく料理スキルを極めようとしている姿に、ムサシは感心していたのだ。
「いい機会じゃないか。ソレイユがあのときとは違うところをみんなに見せてみないか?」
「それで名誉挽回ってこと? そんな必要性なんてないのだけれど……」
「そこを……」
なんとか……とムサシが言おうとしたとき。
「いいでしょう。その挑戦、受けて立つわ」
「えっ? 挑戦?」
「私の料理がレアアイテム如きに後れをとるなんて許せない。ジャック君へのお祝いはどうでもいいのだけれど、リベンジの機会を与えてくれたことには感謝しているわ。私が至高の鍋料理をご馳走するから」
――こ、これでいいのか? 自分で言っておいてアレだが、何の為の鍋なのか分からなくなってきたぞ。ジャックのお祝いの方が盛り上がると思うんだけどな……まあ、結果オーライだ。
ツッコミどころがかなりあったが、これでよしとムサシはそう自分に言い聞かせた。お膳立ては整った。
後はみんなに連絡し、鍋の準備をするだけだが……。
――そういえば、鍋なんてあったか? それに今から食材を集めるのは無理じゃないか?
ムサシは今更ながら自分の案が突拍子もない事だと気づいてしまう。
ソレイユに相談しようとしたとき。
「問題があるわね」
ソレイユはうつむき、ぶつぶつと問題点をあげている。ムサシはソレイユに、もし無理なら別のメニューにしないかと提案しようとしたとき。
「肉と魚、どちらにするべきだと思う?」
「に、肉と魚? えっ? 問題そこ!」
ムサシは予想外のソレイユの悩みに、つい思わず声を出す。ソレイユはちらっとムサシに視線を送る。
「別に野菜だけでも美味しいと言わせてみせるけれども、肉があった方がキミ達は喜ぶと思って」
「野菜だけ? そもそも、野菜って持ってたか? それに鍋は?」
「野菜はスパイデー討伐戦の報酬で素材を分けてもらったでしょ? 鍋はジャック君にお願いして作ってもらったの。他にもフライパンやまな板、包丁、フライ返し、お玉……いろんなものを用意してもらったわ」
へえ~とムサシは生返事をしてしまう。おまえら、最強を決める戦いで何をやっているんだとツッコミを入れたかった。
それはともかく、確かにソレイユが言うように肉はほしいところだが、ここいらで肉の取れるところがあるのか?
肉はどこにでも売っていそうな気がするが、実はあまり市場に出ることはないそうだ。
大きな街や都市では出回っているが、こういった小さな村では猟で獣を狩り、肉をだす。
だが、無法者達が取り尽くしたせいで、カースルクームの近隣では猟が出来ない。遠出をしないとならないとのことだ。
宿屋で出された肉は定期的に来る行商人から買い取り、出されたものだと教えられた。
ムサシとソレイユは頭を悩ませていたが、二人の前にある人物が現れた。リリアンだ。
リリアンは何か焦った様子で首をキョロキョロとさせている。ジャックを探しているのだろうか?
だが、サポキャラが自分の主を見失うだろうか?
ムサシはリリアンに声をかけた。
「おお~い! リリアン!」
「あっ、ムサシ!」
リリアンはムサシにパタパタと羽を羽ばたかせ、ムサシの方へ飛んでいく。
「ジャックを探しているのか?」
「えっ? いや……違うの。ジャックじゃないんだけれど……」
「ジャックじゃない? じゃあ、誰なんだ?」
リリアンは、しまったと言いたげに両手を口で覆う。その態度にムサシもソレイユも首をかしげる。
――隠す必要があるのか?
ムサシは更に問おうとしたが。
「べ、別に! 私、誰も探していないていないから! リリアン二号なんて知らないから! じゃあね!」
「お、おい!」
リリアンはムサシが呼び止めるのを無視して、どこかへ飛んでいってしまった。
「リリアン二号? 何のこと?」
「ううん……もしかして、ジャックが言っていた紹介したいヤツのことか? まあ、名前からして今日捕獲した馬の名前だろうな」
ムサシの言い分はもっともだが、ソレイユは違った。
ジャックは先ほど、馬を捕獲したことと、新たなメンバーを分けて話していた。つまり、捕獲した馬と新たなメンバーは別物と考えるべきだろう。
リーダーのムサシにまで新メンバーについて黙っているのは問題かもしれないが、ジャックのことだ。
ソレイユ達の斜め上をいく発想で驚かせてくれることだろう。それが嬉しいことなのか、呆れることなのかは分からないが。
「それはそうと、自分達、何をしていたんだっけ?」
「鍋の具材のことでしょ? 肉をどこから調達するべきか、考えていたのだけれど……」
「おおっ、そうだった! 肉だったな。どこかに落ちてないかな?」
「落ちているわけ……」
ソレイユの言葉が急に止まり、ある一点に視線が集中している。ムサシは何事かとソレイユの視線の先を追うと……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
281
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる