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十二章 激闘! 神の僕 スパイデー

十二話 激闘! 神の僕 スパイデー その十一

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 ここにきて、あえて戦力を分散させたのは、理由があった。
 だからこそ、スパイデーの目をあえて狙わず、スパイデーの足の関節部分破壊をテツは仲間に指示した。
 ソレイユはスパイデーの後ろ足に飛び込むように手にしたファルシオンを真横に斬りつける。
 足の関節部のみ斬りつけた後、ソレイユは急ブレーキで反転し、何度も関節部を斬りつける。

「ムサシ! ド派手に大暴れしてやれ!」
「よっしゃ! いくぞ!」

 ムサシとテツはスパイデーの後ろ足の関節部を攻撃するため、走り出した。

「「おぉおおおおおおおおおお!」

 ムサシとツーハンデッドソードとテツのグレイブがすれ違い様に一直線に間接部を斬りつけた。
 助走のつけたスピードの乗った攻撃はスパイデーの間接部の耐久力を減らしていく。
 スパイデーが間接部破壊から立ち直ったときには、後ろ足にはソレイユとテツ、ムサシが張り付いて攻撃を受けていた。
 スパイデーはすぐさま、邪魔者を黙らせるために動く足を伸ばし、煙を出すモーションに入る。

「お前ら、後ろに跳べ!」

 スパイデーが両足をポンプのように屈伸させた瞬間、勢いよく煙が噴出するが、テツ達は息を合わせたかのようにバックステップで避けた。
 そう、テツはこれを待っていたのだ。
 討伐隊が一度、毒の煙に襲われたとき、テツは見ていた。
 スパイデーが足の穴から煙を出した後、隙が生まれるところを。動きが止まり、顔面が無防備になることを。

 目ばかり集中的に攻撃すれば、スパイデーは警戒を高めてしまい、攻撃が当たらない。
 だから、テツは一度スパイデーの目を攻撃するのをやめて、分散してスパイデーの間接部を狙ったのだ。
 分散して攻撃すれば、スパイデーはテツ達を一網打尽にするべく、広範囲攻撃、毒の煙を噴出すると読み、テツは作戦を練っていたのだ。

「今だ! エリン!」
「必殺必中!」

 エリンの早撃ちがスパイデーの目に連続してヒットする。矢を同じ場所に、スパイデーの目に攻撃を当て続ける。
 そして……スパイデーの目がはじけ飛んだ。

「やった!」

 ジャックはガッツポーズをとる。
 これで残りの目は一つとなった。全ての目を破壊すれば、視界を奪うことができ、攻撃の的中率はかなり低くなる。これから先の戦いが有利になる。
 ジャック達は確実にスパイデーを追い込んでいた。

「トリを飾らなきゃね!」
「いっけぇえええええ! ジャック!」

 リリアンの応援に背中を押され、ジャックは正面からスパイデーに挑む。

「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 スパイデーは残りの力を振り絞って体を起こし、地面に後ろ両足で支え、立ち上がる。姿勢を高くすることで、強力な一撃をジャックに叩きつけるためだ。
 左前足を天高く振り上げ、ジャックに目掛けて振り下ろした。左前足はジャックのすぐそばの地面に叩きつけられる。
 スパイデーの左前足の爪は地面をえぐり、土が勢いよく空へと噴き上がる。土の塊が散弾銃のようにジャックの体全体に叩きつけられた。

「目潰しがくるよ!」

 先ほどジャックの動きを止めた目潰し攻撃だ。スパイデーの狙いはジャックの目に土を叩きつけ、視界を奪うつもりだが。

「あまい!」

 ジャックは脇を締め、背中を丸め、両手を額の前で構えることで飛んでくる土をガードした。
 しかし、スパイデーの狙いは目潰しだけではなかった。ジャックの視界を一瞬だけでいいから奪うことが一番の目的だった。
 スパイデーは真ん中の右足を振り下ろすのではなく、横からの曲線的な軌道を描く攻撃、フックを繰り出した。そのために体を起こし、立ち上がってみせたのだ。
 この戦いで初めて見せる軌道の攻撃。これが当たればジャックの横っ腹は貫かれ、はらわたをぶちまけながら真横へ吹き飛ばされるだろう。
 直線の攻撃にジャックの目を慣れさせ、横の攻撃で起死回生の一撃を放つ。
 なおかつ、防御で視界を閉ざしたジャックには反応不可、回避不可能と思われた。

「「「ジャック!」」」

 ムサシ達は思わずジャックに向かって叫ぶ。
 今、声を掛けたところで間に合うはずもない。ジャックが吹き飛ばされる未来を誰もが予想し、息をのんだ。
 だが、ジャックは……。

「!」

 ガードしたまま、右後ろへテップしてスパイデーの右足の攻撃を回避してみせた。
 スパイデーの右足は空を切ってしまう。スパイデーの奥の手は不発に終わってしまった。
 スパイデーは口を大きく開け、呆然としている。

 誰もが思っただろう。
 なぜ、初見であるスパイデーのフックをジャックは視界が閉ざされた状態で回避できたのか?

 それは索敵スキルのおかげだった。
 索敵スキルは敵の位置だけでなく、敵の攻撃を何度か体験すると、攻撃を受ける箇所に熱が帯びるようになる。
 ただし、プレイヤー相手には発動しないスキルの為、NPCやモンスター相手にしか使えない。
 ジャックはこれをヒントにして、スパイデーのフックを回避してみせたのだ。

 今までは上半身に熱を帯びていたが、先ほどのスパイデーのフックは何も感じなかった。けれども、今までの攻撃パターンからして、左前足の後には、右足の攻撃がくることをジャックは予測していた。
 右前足は部分破壊できていたが、スパイデーの足は左右に四本ずつある。スパイデーが体を起こしたのは、右足を攻撃に使う為だと、ジャックは瞬時に予想していたのだ。

 きっと、スパイデーは奥の手を使い、ジャックを仕留めるはず。
 それは今までに見せたことのない攻撃の可能性が高く、スパイデーの右足で可能な攻撃を推理し、ジャックは直感で右後ろに飛んだのだ。

 もし、スパイデーの攻撃が突きならば、右に飛ぶことで回避できる。なぎ払いの場合は、前に飛び込んでいたら、爪は回避できても足に当たってしまう。
 右後ろに飛べば巻き込まれずにすむし、爪の攻撃も回避できる。
 それを見越しての回避行動だった。

 ジャックの思惑は的中し、全てのスパイデーの攻撃を完全に回避してみせた。威力の高い連続攻撃だった為、大ぶりになってしまい、隙が生まれる。
 スパイデーの攻撃を命がけで回避し続け、勇気と洞察力で手にした一瞬のチャンス。勝利への活路。
 立ち上がったスパイデーの目にジャックの拳は届かないが、無防備なスパイデーの腹には攻撃を与えることが出来る。

「ジャック! やっちゃえええええええええ!」
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 リリアンの声を背に受け、ジャックは大地を強く蹴った。
 ジャックは右拳にソウルを宿しながらスパイデーの懐に飛び込み、左足を地面に叩きつけるように大きく踏み込むと同時に、つま先から頭のてっぺんまで体を動かし、全力でスパイデーの腹に、釘打ちした場所へ右ストレートを放った。

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNN!

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 ジャックの右拳はスパイデーの腹を突き抜け、中までめり込む。右手を引っ込めると、スパイデーの腹から血が勢いよく吹き出し、ジャックの体全体に血が飛び散る。

「も~う一発!」
「OK!」

 今度は左拳にソウルを宿し、左ボディブローをたたき込んだ。更にスパイデーの土手っ腹に穴が開き、血が勢いよく飛び散る。

「こいつで……」
「フィニッシュだぁ!」

 リリアンは小さな拳を前に突き出し、ジャックも右拳にソウルを輝かせ、もう一度右ストレートをたたき込んだ。
 スパイデーは吐血し、足の力が抜けていく。スパイデーの体が大きくのけぞる。

 ――これで倒れる。そうしたら、総攻撃で今度こそ、僕達の勝ちだ!

 ジャックは確信していた。スパイデーが仰向けに倒れれば、一斉攻撃が可能だ。
 今度こそスパイデーを倒せるだろう。
 しかし、ここにきてジャックに最大の危機が訪れる。
 スパイデーは最後の力を振り絞り、口からウォー・ハンマーとともに糸を吐き出した。

「あ、あれ?」
「ジャック、危ない! こっちに倒れちゃうよ!」

 ジャックの予測とは反対に、スパイデーは前に体を倒した。そう、前に倒れ込んできたのだ。
 それはスパイデーの最後の悪あがきだった。
 スパイデーにジャック達を攻撃する力は残っていない。
 ならば、スパイデーの全体重を乗せたプレスでジャックだけでも押しつぶそうとしたのだ。
 スパイデーは口から吐き出した糸を木に付着され、そのまま糸をつなげたまま、体を動かして、前に自身の体を倒すことに成功したのだ。

 スパイデーの最後の抵抗に、ジャックはすぐに回避しようとしたが、ミスを犯してしまう。
 バックステップで回避しようとしたが、距離が足りず、押しつぶされてしまうと判断した。
 ならば横に飛ぶしかない。
 ジャックは思いっきり左に跳ぶが、判断に迷ったせいで逃げ遅れてしまった。

 ――間に合わない……。

 ジャックはゆっくりと押し寄せてくるスパイデーの体に、何も出来ずに見つめることしか出来なかった。



 ムサシはジャックとスパイデーの姿を凝視していた。
 このままだと、ジャックは押しつぶされてしまう。死んで……しまう。
 ムサシが立っている場所からでは間に合わない。助けることが出来ない。

 ムサシは考えるのを止めた。
 感情に身を任せ、スパイデーの前に飛び込もうとした。

 ――ソウルを解放させて、両手でスパイデーを受け止めてやる! その間にジャックを逃がす。出来るかどうかなんて……知ったことか!

「待ってください!」

 エリンはムサシの肩を掴み、動きを止める。ムサシは振りほどこうとするが、エリンは決してその手を離さなかった。

「止めるな、エリン! ジャックが! ジャックがぁ!」

 押しつぶされてしまうだろうが!
 そうムサシは叫ぼうとしたが、エリンは更に手に力を込める。

「よく見てください」

 ムサシがジャックの方に視線を向けると……。

「ジャック!」
「ジャック君! こっちよ!」

 ジャックが跳んだ先にテツとソレイユが手を伸ばしていた。ジャックは咄嗟に二人に手を伸ばす。
 ジャックの手をテツとソレイユが掴み、引っ張る。スパイデーの体がジャックに襲いかかる。
 スパイデーの体がジャックを押しつぶそうとしたとき……。

「どっ……ちきしょうがぁああああああああああああ!」
「はぁあああああああああああああああああああああ!」

 テツとソレイユは火事場の馬鹿力を発揮し、ジャックを一気に引っ張る。ジャックは二人に体当たりするように飛び込み、スパイデーの体がジャックのつま先をかすめた。
 スパイデーの体は地面にぶつかり、土が爆発するように飛び散る。
 スパイデーの捨て身の攻撃は……失敗に終わった。
 ムサシはジャックが無事だったことを確認すると、大きくため息をついた。

「間一髪でしたね」
「ああっ……本当によかった……よかった……」

 涙くむムサシに、エリンは肩をすくめる。

「キミたちの勇気と奮闘に敬意を払う。よく耐えてくれた」

 ASの賞賛にムサシは親指を立てて応えた。
 討伐隊は蜘蛛を全て排除し、スパイデーを取り囲み、各々の武器を構え、スパイデーを見下している。
 スパイデーは地面に伏せたまま、動けずにいた。

「勇敢なる討伐隊よ! 今こそスパイデーに鉄槌を! 突貫!」
「「「仕上げといこうか!」」」

 蜘蛛を殲滅した討伐隊は、ASのかけ声に続き、一気にスパイデーに襲いかかった。
 スパイデーの足の関節、頭、目を何度も殴り、斬りつける。それ以外にも、牙や背中を攻撃することで部分破壊やスパイデーに有効打を与えられるところを探している者もいた。
 スパイデーを討伐隊は四方八方から攻撃を与えた。このまま押し切れば勝てる、そう誰もが確信していた。
 あの禍々しくて巨大で堅硬なスパイデーは見る影もなかった。
 八つあった目は全て破壊され、光のない灰色の目は虚ろで何も映していない。間接部は潰され、立ち上がれない。
 鋭利な尻尾の針も牙も折れてしまい、地面に転がっている。
 地面にはスパイデーが流した血だまりが広がり、かすかに上下に動いている。
 もう、誰もが勝利を確信していた。

「一気に決めるぞ! 全員、攻撃の手を緩めるな!」

 ASの指示に、プレイヤー達はようやく終わる死闘に安堵の表情を浮かべていた。だが……。

「ま、待ってくれ! スパイデーは……そう! 瀕死の状態のとき、必殺技を使ってくるんだ! 慎重に行動するべきだ!」

 ボルシアは焦ったようにAS達に待ったをかけてきた。
 やる気に水を差され、ジャック達はボルシアを睨みつける。
 確かに、ゲームならボスが瀕死になると攻撃パターンを変え、強い攻撃を放ってくることがある。
 しかし、今にも死にそうなスパイデーを見て、誰もが思った。そんな心配は必要ないと。
 押せば倒れそうな相手に慎重になりすぎても意味はない。ここは一気に押し切るべきだ。
 討伐隊の全員がそう判断していた。
 ASは指示を出す。

「かまうな! 次の総攻撃でスパイデーは倒せる。勝利はすぐそこだ! いくぞ!」
「「「応!」」」
「待って! 待ってくれ!」

 ボルシアはなぜかしつこく食い下がってくる。みんなを心配しての行動だと思われるが、いい加減ウザいと感じていた。
 討伐隊はASに従うことを決めた。勝利はすぐそこにあるのだ。
 早く終わらせて、村に戻り、エールやミードで疲れを癒やしたい。この死闘から解放されたい気持ちが強かった。

 討伐隊は一斉にスパイデーに襲いかかった。
 勝てる勝負だった。そのはずだった。
 しかし、勝負は思わぬ展開へと発展していく。第三者の手によって。
 それは突然だった。

「待たせたな! いくぜ、野郎共! 狩りの始まりだ!」
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