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十二章 激闘! 神の僕 スパイデー

十二話 激闘! 神の僕 スパイデー その六

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「ジャック、ソレイユ、頑張って。現時点での状況の説明、いる?」
「よろしく、リリアン」

 リリアンは現在の状況を簡潔に二人に説明する。

「かなり不味いかも。ASのおかげで討伐隊のモチベーションは保っているけど、スパイデーに先手をとられたのは痛いね。立て直す時間が必要だよ」
「リリアン、討伐隊は何人やられたの?」

 リリアンは目を伏せ、沈痛な表情で答える。

「……二人だよ」

 一瞬にして二人も失ったわけだ。この討伐戦に集まったプレイヤーは二十三人。

 残り二十一人。

 これ以上脱落者が増えれば、潰走かいそうしてしまう恐れがある。
 討伐隊は確固たる意思や、強い絆があるわけではない。仲間の敵討ちや、討伐よりも生き残ることを優先させるだろう。
 なんとしても、劣勢挽回が必要だ。

 しかし、ここで問題なのがスパイデーの固い防御をどう攻略するかだ。
 関節部分をツーハンデッドソードで斬りつけてもびくともしなかった。スパイデーには斬撃耐性があると考えていいだろう。打撃耐性もだ。
 そうなると、地道に同じ場所を何度も攻撃して部分破壊を狙うか、弱点を見つけ、そこに集中砲火を浴びせるかだ。
 ボルシアの話ではどこが弱点かは分からないとのこと。ならば、探っていくしかないのだが、スパイデーの攻撃は一撃必殺。かなり分が悪い。
 長い一日になりそうだとジャックは痛感していた。

「お悩みのようね」

 ジャックの隣にレベッカが並び立つ。声を聞けば分かる、彼女はやる気満々だ。
 ジャックは思考する。どうスパイデーと戦うかを。
 ソレイユと連携をとることは可能だが、レベッカほどのツーカーで戦う事は不可能だ。
 ならば、もう一度レベッカとコンビを組んで戦えば、致命傷は与えることが出来なくても、時間稼ぎは出来るはずだ。

 三人で戦う事もジャックは考えたが、レベッカはなぜか、ソレイユを毛嫌いしている。ソレイユも嫌っている相手と連携をとることはしないだろう。
 それに、ソレイユならば……。
 ジャックのなかで出した答えは……。

「ここは二手に分かれよう。僕とレベッカはスパイデーの正面から挑む。ソレイユは遊撃でお願い」
「へぇ……私をのけ者にしようとするの? そんなに仮面の女性がお気に入りなの?」

 ソレイユの声には凍てつくような突き刺す責めと、どこか寂しげな感じがした。
 ソレイユは自分をないがしろにされたと怒っているのだろうか? それとも、寂しいと思っているのだろうか?

 ――そんなわけないか。

 ソレイユは基本、仲間の力は借りず、自分の力で解決しようとするスタンスだ。
 ソレイユの才能がそれを可能にしている為、彼女は誰かに頼ることはないし、頼りもしない。
 どうして、ソレイユは仲間や人を頼ろうとしないのかは不明だが、今はジャックの立てた作戦にソレイユが納得した形で協力して欲しいと思っている。
 特に今はジャックとソレイユの仲は冷え切っている。ジャックが話しかけても、ソレイユは大抵無視している。
 これはジャックがソレイユを騙していたことが原因なのだが、今、ソレイユがジャックに話しかけてくれているのは喧嘩している場合ではないと判断したからだろう。
 嘘や気遣った言葉ではソレイユを逆に傷つけるだけ。
 ジャックは偽ることなく、正直に理由を話す。

「気にはなる。でも、今はそれどころじゃないことくらいは僕にだって分かるよ。ソレイユ、二手に分かれたいって提案した理由は二つある。一つは、僕とレベッカが共闘すれば、互いの力を何倍も高めることが出来る。レベッカと初めて共闘したときも、なんの打ち合わせもなくリザードマンと対等に戦えたからね。三人で戦うって事も考えたけど、即席のコンビネーションがスパイデーに通じるとは思えないし、逆に僕が二人の足を引っ張りかねない。これが一つ目の理由」
「それで、もう一つは?」

 ジャックがソレイユとではなく、レベッカと共闘する一番の理由は……。

「ソレイユは誰かと組むよりも、遊撃の方が力を発揮できると知っているから。ソレイユには強力な潜在能力があるでしょ? それを最大限に活かすために僕達がスパイデーの注意を引きつけるから……」
「隙を見て叩きつけろってこと?」

 ジャックは大きく頷く。

「そういうこと。遠慮なく大暴れしてくれていいからね。リザードマン戦ではソレイユの火力のおかげで活路を見いだせた。勝てるって希望がうまれたんだ。僕はソレイユに一番期待している。今回も期待していい?」

 そう、ジャックは期待しているのだ。ソレイユならこの絶望的な状況を打破してくれると。
 リザードマン戦でもソレイユの四十連撃があったからこそ、あの絶望的な戦いにも打ち勝てたのだ。
 だから、たくせる。この命を賭けて、スパイデーの注意を引きつける事が出来るのだ。

「……勝手にしてなさい。私は自分のために戦う。それだけよ」

 ソレイユはそれ以上に何も言わず、スパイデーを真っ直ぐに見据える。その姿が、リザードマン戦で見せた気迫の乗った力強い姿とダブり、ジャックは自分の気持ちが高揚するのを感じていた。
 作戦はうまくいく。ジャックは信じていた。
 しかし、ジャックは気づいていなかった。ジャックの横顔を見つめるレベッカの視線を。それが何を意味するのかを。
 話はまとまったかに思えた。しかし……。

「レベッカ、そういうわけだから、あの蜘蛛の度肝を抜くのを手伝ってくれる? やられっぱなしじゃあ、気が済まないようね?」
「……」
「レベッカ?」

 レベッカは何も返事をしない。いつもの勝ち気な声が聞こえてこない。
 ジャックは不安になり、更に問いかけようとしたが。

「ジャックさん、ここは私達に任せてもらえませんか?」

 レベッカとジャックの間に割って入ってきたのは、ネルソンだった。ジャックは眉をひそめ、ネルソンを睨みつける。
 ネルソンは涼しい顔で受け流す。

「そんなに怖い顔で睨まないでください、ジャックさん。これは罪滅ぼしなんですよ」
「罪滅ぼし?」
「キミを殺そうとした事への贖罪しょくざいと思っていただけたら結構です。いいですね? レベッカさん」

 ――罪滅ぼし? ふざけてる!

 ネルソンはジャックがこの世界に来た当初から命を狙い続けてきた。それを今更罪滅ぼしとは笑わせる。
 ジャックの眉間がピクピクと引きつっているのが分かる。
 一番腹立たしいのは、ジャックを差し置いて、レベッカとコンビを組もうとしていることだ。

 ――レベッカは僕を選んでくれる。

 そう思っていたのだが、レベッカは肩をすくめ、頷く。

「私の足を引っ張らないでね、ネルソン。それと……今、機嫌が悪いから」
「はいはい」

 二人は肩を並べ、スパイデーの前に立ち塞がる。ネルソン達は討伐隊が立て直すまで時間を稼ぐつもりなのだ。

「待って! レベッカ!」
「……」

 ジャックは慌てて呼び止めたが、レベッカはまるでジャックの声など聞こえないようにゆっくりと歩き出し……ネルソンと肩を並べ走り去っていった。



 レベッカが前を走り、ネルソンが追従する。スパイデーは近寄ってくる二人を威嚇するように雄叫びを上げる。
 それが戦闘開始の合図となった。

 スパイデーの雄叫びは周りの空気を震わせ、風圧とプレッシャーと共にレベッカ達を襲うが、二人は臆することなく突っ込んでいく。
 スパイデーの右前足が高々と上がり、容赦なくレベッカに振り下ろされる。

「遅い!」

 レベッカはサイドステップでスパイデーの攻撃を回避する。
 スパイデーは焦ることなく、今度は左前足をレベッカに向けて突き出した。
 空を切り、大木のような前足と鋭い爪がレベッカを襲う。
 回避した直後を狙われ、レベッカは避けることが出来ない事を判断し、咄嗟にツーハンデッドソードを構え、スパイデーの攻撃を受け流そうとした。

「くっ!」

 レベッカはツーハンデッドソード越しに今までに感じたことのない衝撃を感じた。ツーハンデッドソードの耐久値がゴリゴリと削れていく。
 火花が舞い、スタミナが一気に消耗し、後方に押し返される。
 だが、レベッカは耐える。恐れるものは何もなかった。なぜなら……。

「お顔がお留守ですよ、スパイデーさん」
「GYAGA!」

 ネルソンが手にした複数のナイフがスパイデーの目に目掛けて放たれる。ナイフはスパイデーの目に当たるが、はじかれてしまった。
 どうやら、網膜も岩のようにお堅いらしい。だが、スパイデーは牙を立て、明らかにネルソンを威嚇していた。
 その意味するものとは……。

「試してみる価値はありますね。レベッカさん!」
「任せて!」

 二人はスパイデーの目に狙いを定める。
 レベッカはいったん後ろに下がり、スパイデーを観察する。
 左右の前足は厄介だ。想像していたよりも早いし、重い。あの前足から繰り出される爪の攻撃を正面から受けるのは自殺行為だろう。
 受け流すのも得策ではない。武器の耐久値がなくなり、破壊されてしまう。

 スパイデーの目を攻撃するには、左右の前足の攻撃をかわしつつ、懐に潜りこみ、攻撃を仕掛けなければならない。しかし、近づき過ぎると、鋭い牙の餌食になってしまう。
 スパイデーの攻撃は一撃必殺。

 それに対し、レベッカ達はまだ有効打がどこにあるか分からない。唯一、スパイデーの目を攻撃したときのみ、スパイデーは嫌がる素振りを見せた。
 スパイデーの目が弱点なのか? ナイフははじかれたが、攻撃力の高い、ツーハンデッドソードならダメージを与えられるかもしれない。
 もちろん、これは憶測で、攻撃してみないと分からない。もしかすると、徒労とろうで終わる可能性がある。
 この状況は、レベッカ達にとって完全に不利な戦いを強いられていた。

 スパイデーと戦った経験のあるボルシアからある程度スパイデーの攻撃パターンを聞いてはいたが、それは全く役に立ちそうにないとレベッカは思い始めていた。
 やはり、自分の目で確かめつつ、致命傷を避け、さぐるべきだとレベッカは考えていた。
 
 ――一発当たれば致命傷。こっちの攻撃はほぼきかない……なんて無理ゲーなの。

 そう思いつつも、レベッカの心の中に湧き上がるのは闘争心。この両手に握るツーハンデッドソードをあの目に突き刺すのみ。誰が一番頼りになるのかを証明するだけ。
 レベッカは力強く地面を蹴り上げ、スパイデーに駆け寄る。
 スパイデーは雄叫びを上げ、右前足をレベッカ目掛けて突き立てようとした。

 レベッカは両足にソウルを集中し、スパイデーの攻撃に合わせて一気に解放する。残像が残るほどの速さでスパイデーとの距離を詰めるが、スパイデーはまるでレベッカの動きを予測していたかのように左前足をレベッカに狙いを定める。

「前ががら空きですよ!」

 動きを予測していたのはスパイデーだけではなかった。
 ネルソンもスパイデーが左前足で攻撃する事を読み、手にした複数のナイフをスパイデーの目に向かって放つ。
 またもや、スパイデーの瞳はナイフをはじくが、明らかに過敏に反応している。スパイデーの動きが止まったのだ。

 レベッカはこの隙を見逃さなかった。
 スパイデーの顔面まで近づいたレベッカはツーハンデッドソードを地面に突き刺し、ガードに足を掛け、跳躍する。

「来い! 『我が剣』!」

 レベッカは空中で逆さになり、ツーハンデッドソードに手を伸ばす。レベッカの差しのばした手とツーハンデッドソードが光を帯び、まるで惹かれ合うように呼応する。
 ツーハンデッドソードはソウルの光を発したまま、地面から空へと跳ね上がり、空を駆け、レベッカの手に収まった。

 この動作もゲーム内のショートコマンドの機能の一つである。特定の言葉と仕草、ソウルを使用することで実行できる動作であった。
 『来い』はレベッカが登録したコマンドで、自分の持ち物を引き寄せる命令を実行する。
 『我が剣』がコマンドを実行時、自分の武器を指定する命令である。
 後は引き寄せる対象がどこにあるかを、手を差しのばすことで座標を決め、ソウルを使用することでコマンドが実行される。
 他にもいろんなコマンドがあり、ソウルには様々な使い道があった。
 
 レベッカはスパイデーの頭に着地し、ツーハンデッドソードの刃先を下に向け、逆手で剣柄を握り、振り上げる。
 レベッカは助走をつけたままツーハンデッドソードでスパイデーの目を突くよりも、スパイデーの頭上から攻撃する選択を選んだのは理由がある。

 まずは敵の反撃を避けるため。
 もし、スパイデーの目にツーハンデッドソードが突き刺さったとして、それをすぐに抜けるかどうか、確信がなかった。

 ツーハンデッドソードを力任せで突き刺した場合、思ったよりも深く刺さることがあり、抜くときにかなりの力と少しの時間がかかる。
 その少しの時間がスパイデーの反撃を与える時間となってしまう。スパイデーの牙がレベッカに襲いかかるだろう。
 そうなった場合、最悪、ツーハンデッドソードを突き刺したまま、回避する必要性が出てくるのだ。そうなれば、武器がなくなり、攻撃できなくなる。

 もちろん、予備の武器はあるが、鍛冶で鍛えた武器あいぼうをレベッカは手放したくなかった。
 その点、頭上ならスパイデーの牙は届かないので、反撃を気にしなくてすむ……はずだった。

「レベッカさん!」

 ネルソンの怒鳴り声が聞こえた瞬間、レベッカは反射的にスパイデーの頭から転げ落ちるように飛び降りようとした。
 体を背けた瞬間。

「!」

 レベッカはいきなり吹き付けた強風に背中を押され、体勢を崩したまま、地面に落ちる。レベッカは咄嗟に受け身を取るが、地面に背中を打ち付けた衝撃にむせかえってしまう。
 レベッカは痛みに耐え、空を見上げると……。

「……忘れてた。尻尾があったわね」

 もし、あのままスパイデーを攻撃していたら、レベッカは尻尾の針に貫かれていただろう。敵の居場所や攻撃を察知する索敵スキルはあるが、それを探知してから動いていては間に合わない。
 己の直感と戦いの経験だけが頼りになり、一瞬の判断ミスが命取りになる。
 まさに命のやりとり。戦場がここにある。
 レベッカはすぐに立ち上がり、後ろに下がって体制を整える。

「レベッカさん、降参ですか?」

 ネルソンはレベッカの隣に立つ。皮肉を言いながらも、ネルソンは視線をスパイデーから目を離さない。

「まさか……根こそぎ目玉をひんむいてやるわ」

 ツーハンデッドソードを肩に担ぎ、レベッカは不適な笑みを浮かべる。ネルソンはやれやれと言いたげに肩をすくめ、両手にナイフを補充する。
 二人はまだ、スパイデーにまともなダメージを与えていない。だが、スパイデー相手に対等に戦えている事は誰の目にも明らかだった。

「ほぉ……やるな、彼女達」
「根性あるな、アイツら。いやあ……戦後、強くなったのは靴下と女性とはよく言ったものだ」
「男がいつまでも女より強いと思うなよ、グローザ。今この場で体験してみるか?」
「遠慮しておきますよ、AS殿」

 二人が軽口を叩いている姿を見て、ヴィーフリはいい傾向だと感じていた。
 レベッカ達の姿はまだ恐怖から立ち直れていない討伐隊に勇気を与え、戦う意思を呼び戻している。そして、闘志に火がついていた。
 自分にもやれる。無法者達に倒せた相手を自分達だって倒す事が出来るはずだ。討伐隊はそう思いつつあった。
 しかし、ただ一人、ジャックだけがいきどおりを感じていた。

 ――どうして、レベッカの隣にいるのは僕でなく、ネルソンなの? レベッカの隣にいていいのは……僕だけでしょ? なのに、どうして……どうして……どうしてぇええええええええええ!

 ジャックは今までに感じたことのない悲しみと怒りで頭の処理が追いつかない。胸を引き裂きそうな感情が抑えきれない。
 ジャックの異変に最初に気づいたのはリリアンだった。

「ジャック? どうしたの? 大丈夫?」

 リリアンは何度もジャックに呼びかけるが、返事がない。ジャックはただ、睨みつけるようにリリアンを見つめていた。

 リリアン。

 ジャックの相棒で、いつも隣にいたサポートキャラ。一緒に喜び、笑い、喧嘩し、共に歩んできた。まだ短い付き合いだが、この世界で一番長く共にいた戦友だ。
 なのに、ジャックは頭に血が上り、ありえないことを考えていた。

 ――やっぱり、リリアンは相棒リリアンじゃない。

 所詮、作り物……ただのNPC……本物じゃない。かつての相棒じゃない。ジャックは冷めた目つきでリリアンをとらえていた。

「ジャック! 私の声を聞いて!」

 必死に呼びかけるリリアンをジャックは無視し、とんでもない行動に出た。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ジャックは全力で走り出し、スパイデーとレベッカ達に割り込んでいった。
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