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十二章 激闘! 神の僕 スパイデー
十二話 激闘! 神の僕 スパイデー その三
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リンカーベル山。
カースルクームから東に十分ほど歩いたところにある山で、標高は大体五百メートルほど。
緩やかな傾斜で見晴らしはよく、緑の絨毯と、山の頂上へと続く道がゆるやかなカーブをえがき、続いている。
スパイデーの目撃情報は中腹より少し上の場所らしい。そこに祠があり、住みかとして活動しているとのこと。
ボルシアの作戦は、まずはスパイデーに気づかれないよう近づき、陣形を組んだ後、奇襲をかけ、主導権を握り、戦いを優勢にすすめる。
シンプル故に分かりやすく、ジャックでもすぐに理解できた。
ジャックは目の前に広がるリンカーベル山を見上げた。まるで試練の大きさを語られているような気がして、肩に力が入る。
どっしりとしてまるで動じることがなく、切り崩すのは困難だと感じる。
ジャックは軽く深呼吸をする。
アミルキシアの森とは事情が違う。
今回は倍近くの仲間がいる。スパイデーの攻撃パターンも前もって知っている。心の準備もしてきた。
なのに、不安が拭えない。消えてくれない。
「どうしたの、ジャック。不安そうな顔をして」
いつの間にかジャックの隣にはレベッカが並んでいた。仮面を着けているせいでレベッカの顔色は分からないが、声色から気負いしていないことが分かる。
ジャックはレベッカに話かけられ、ぱっと笑顔になるが、すぐに曇ってしまう。先ほどの失敗を気にしているからだ。
ジャックはすぐに謝罪したかったが、レベッカがネルソンと肩を組んでいる姿が脳裏をよぎり、怒りと悲しみで何も言えなくなる。
そんな姿を見て、レベッカはジャックの足を踏みつけた。
「あっ痛っ! な、何? 何なの、レベッカ」
「何を勘違いしているのか知らないけど、違うから」
「違う?」
レベッカはジャックに向かって言葉を叩きつけようとしたが、口の動きが止まる。まるで葛藤しているかのように。
そんなレベッカにジャックはどうリアクションしていいのか分からず、二人の間に沈黙がおとずれる。
レベッカは乱暴に自分の頭をかきながら、そっぽを向く。
「その、何? 別にどうでもいいんだけど、誤解されるのは癪だから言うけど、私とネルソンはなんでもないから。そういう趣味はないから。変な勘違いをしないでよね」
「……うん! 全然してないから! してるわけないから!」
ジャックの頬が緩みきっただらしない笑顔に、レベッカはジャックを指さし、早口でしゃべり出す。
「してる! 絶対にその顔は勘違いしてる!」
「してない、してないよ。それより、さっきはごめんね~」
「軽い! 謝罪が軽いから! やめてよね、もう!」
ジャックは思う。いいツンとデレだと。
中学生の思春期のような会話のやりとりが続くかと思われたが、そこにネルソンが割り込んでくる。
「レベッカさん、何をやっているんですか。恥ずかしい」
「べ、別にアンタには関係ないでしょうが!」
「レベッカさんは私の仲間なんです。その仲間が失態をさらしているのに無視できるわけないでしょ?」
「……」
レベッカは黙り込んでしまう。レベッカのが気落ちしてしまうと、ジャックも意気消沈してしまった。
ジャックは気になっていたことをレベッカに問いかけてみた。
「ねえ、レベッカ。どうして、ネルソンとチームを組んでいるの? 言っちゃなんだけど、僕、ネルソンに仲間にならないかって誘われたけど、騙されて殺されそうになったんだよ。ネルソンは信頼できないよ。もし、何か弱みを握られて、仕方なく一緒にいるのなら、僕に相談してよ。この拳で解決してみせるから」
ジャックはネルソンを睨みつける。
ジャックの疑問はもっともだろう。ネルソンは裏切りにつぐ裏切りを繰り返している。信用できるわけがない。
レベッカとネルソンはお互い顔を合わせ、肩をすくめていたが、ネルソンがジャックに話しかけようとして、すぐさまレベッカはネルソンの肩を掴む。
「ネルソン、分かっているわよね? もし、ジャックに余計な事を話したら……バラすわよ?」
「……レベッカさん。ブーメランって知ってます? やめておきましょう。ボス戦の前です。お互い再起不能になるまで傷つけ合うことはないでしょう」
二人はうなずき、分かり合えたような空気を醸し出す。そんな二人を見て、ジャックは二人がリアルでの知り合いではないのかと思ってしまった。
だとすれば、二人の名前であるコキアは何を意味するのか?
もし、二人がリリアンと何の関係もなかった場合、二人のリアルの詮索を部外者が探るのはご法度だろう。
ジャックは言いようのない寂しさを感じながら、黙っていた。
「それより、ジャック。緊張してるわけ? ジャックが背中を丸めているのって自信がないときでしょ?」
「なんでレベッカがそんなことを知ってるの? 僕のファンなの?」
レベッカは気まずそうにジャックから顔を背ける。
「……たまたまそう思っただけよ」
「レベッカさん、少し黙った方がいいですよ。それより、私が当ててみせましょうか? ジャックさんがなぜ、不安に思っているのかを」
ジャックはつい、ネルソンを睨んでしまう。ネルソンはまるで、ジャックとレベッカの会話をわざと邪魔するかのように割り込んでくるからだ。
嫌がらせのつもりなのだろうか。
だから、ジャックは反抗的な態度をとってしまう。
「ねえ、ネルソン。ゲームをしようか。ネルソンが僕の悩みを当てることが出来たらネルソンの勝ち。でも、当てられなかったら僕の勝ち。そのときはさっさっと僕の前から消えてね」
「ジャックさん、その条件はフェアじゃありませんよ。私が勝ったときの褒美がないじゃないですか。私が勝てたらジャックさんには……この場で死んでもらいましょうか」
ジャックとネルソンの間に火花が飛び散る。一触即発な雰囲気にレベッカは……。
「はいはい、喧嘩なら後でやりなさい。今は味方同士でしょ?」
レベッカは二人の間にツーハンデッドソードをつきたて、牽制する。
それでも二人はにらみ合い、殺気をぶつけあっている。レベッカは思わずため息をついた。
「冗談はそこまでにして、ネルソン。ジャックが懸念している事、分かるの?」
「ええっ、まあ。一つは『無法者』の存在を恐れているのでしょ? スパイデーと戦っている最中にPKを仕掛けられてはたまったものではありませんからね」
まさにネルソンの言うとおりだった。普通のゲームならボスの狩りの最中に横殴りは基本出来ない仕様になっている。
ボスのドロップアイテムを横取りされ、尚且つPKされたとなると遺恨が残りやすいからだ。
ボスは頻繁にポップするわけでなく、一日に数回現れるので、その待ち時間や苦労を横取りされたらたまったものではないだろう。
しかし、アルカナ・ボンヤードは違う。プレイヤーを殺し合うサバイバルゲームのため、ボス戦が最もPKしやすい。
無法者は確実にプレイヤーの集団だ。狙われる可能性は高い。
ジャックはため息をつき、首を横に振った。
「……そんなこと、誰だって考えるでしょ? 正解だなんて到底言えないよ」
「あそこにいる人達はそう思っていなさそうですけどね」
ネルソンが指さした方向には、ボルシアを中心に雑談に花を咲かせている集団がいた。その中にはムサシの姿もある。
ただ、ムサシはこの討伐戦で誰一人死なせない為に少しでもスパイデーの情報をボルシアから聞き出そうとしているようだ。
「不用心って言いたいけど、そう気にすることでもないと思うわ。だって、こっちは二十人以上いるのよ? 無法者が何人いるかは知らないけど、少なくとも同数、もしくはそれ以上の人数でないと太刀打ちできないんじゃない?」
レベッカの指摘はもっともだ。数には目に見える力がある。
数を覆すには同数以上の数をぶつけるか、一騎当千の強さが必要となるが、ゲームが始まったばかりのこの時期、プレイヤーの力量はほぼ同じくらいのはず。
無法者もいきなり二十人以上の数を短時間でそろえるのは難しいだろう。
それにこちらにはムサシやASといった強者が揃っている。無法者が討伐隊の人数の倍以上いなければ問題ない。
それなのに、ジャックはどうしてか、不安が消えなかった。何かが引っかかっている。
ボルシアの話でおかしなところがあったのだろうか?
特に気にするようなことはなかったのだが、それでも、このままだと何か不味いような気がする。
これを見逃すと、また仲間を失いそうな気がして、ジャックは落ち着かないのだ。
「慎重と臆病は違いますよ、ジャックさん」
「分かってる。問題ないから」
ジャックは拗ねたようにネルソンに返答する。ジャックの態度にネルソンは肩をすくめてみせる。
「そうらしいですよ、レベッカ」
「……そう」
ネルソンに話を振られ、レベッカは気まずそうに顔を背ける。
レベッカが心配してくれたことに、ジャックは嬉しくなるが、すぐにしょんぼりしてしまう。
レベッカとネルソンのやりとりを見ていると、二人だけの空気というか、仲の良さを見せつけられているようで、ジャックは悲しくなってくるのだ。
――寂しい。
ジャックの隣にはもう、相棒がいない。心から気の許せる人がいないのだ。
それがもどかしくて、せつなくて、胸が締め付けられた。
「ねえ、ジャック。聞いてる?」
レベッカの声にジャックは慌てて作り笑いを浮かべる。
「……ごめん。なんだっけ?」
「だから……その……大丈夫だから」
「何が?」
ジャックは顔を上げると、レベッカが真っ直ぐにジャックを見つめている。仮面で表情が見えないのに、なぜかレベッカの真剣な顔が見えた気がした。
「私が……みんなを……ジャックを護るから」
ジャックは呆然としてしまう。
ムサシと同じ言葉を発するレベッカ。しかし、レベッカの言葉はジャックの胸の奥まで浸透するような響きがあった。
ジャックは今感じたせつなさを心の片隅においやり、レベッカに微笑む。
「なら、僕がレベッカを護るよ。これってまさに死角なしってカンジだよね! なんか楽勝って気がしてきた!」
「……相変わらず単純な人ですね、ジャックさんは」
「そうね」
二人がジャックを子供扱いするような柔らかい笑みを向けられ、ジャックは照れくささを感じながらも、以前も同じような体験をしたような気がした。
前のゲーム『アトレンティア』で、リリアンが隣にいて、ロードハム達と遊んでいたあの幸せな瞬間が脳内に蘇る。今は失ってしまい、取り戻したかった時間がそこにあった。
ジャックは歯を強く噛みしめ、湧き上がる思いを我慢した。
――みんなで仲良くしていたあの頃に……きっと戻れるよね、リリアン。
ジャックは心の中で、同じ空の下にいるリリアンに問いかけてみる。もちろん、返答もなく……。
「あっ、そういえば……ネルソン、一つ確認しておきたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
ジャックは以前から気になっていた疑問をネルソンにぶつけてみる。
「アミルキシアの森でのことだけど、ネルソンってディーンを殺していないよね?」
「ええっ、そうです。追い払っただけです。私、殺したって言いました?」
――やっぱり……。
ジャックはようやく、アミルキシアの森の最大の謎、謎の六人目をつきとめた。
ジャック達はアミルキシアの森でプレイヤーであるライザー達にPKを仕掛けられたことがあった。
そのときは辛くも勝利することが出来たのだが、ある問題が浮上した。それは、倒した敵の数が合わなかった事だ。
敵は五人なのに、倒した相手を数えると六人だった。一人多いのだ。謎の六人目に、ジャックはずっと悩まされ続けた。
だが、ネルソンの回答でようやく謎が解けた。
そう、元々六人目などいなかったのだ。ジャックの勘違いだったわけだ。
ネルソンはディーンに容赦なく喉元にダガーを突き立てたので、ジャックはてっきり、ネルソンがディーンを殺したと思っていた。
ジャックがコリーを倒した後、ネルソンと合流したとき、ネルソンの体に返り血がついていなかった。
その理由は、ネルソンがディーンを殺した後、タオルで拭き取った後にジャック達と合流したからと考えていた。
つまり、ディーンを殺したのはネルソンではなく、テツだったわけだ。
謎が解け、ほっとしていると。
「少しいいかな?」
三人の間に入ってきたのは、ボルシアだった。
ジャックは笑顔で彼を迎える。
「ジャックさんとレベッカさん、ネルソンさんですよね? アミルキシアの森での戦い、動画で見ました。すごい活躍ですよね!」
「いや~それほどでもないけど、一応、頑張ったよね、レベッカ」
「……」
ボルシアの羨望の眼差しに、ジャックは機嫌がよくなり、逆にレベッカは黙り込んでいる。ネルソンは愛想笑いを浮かべていた。
ボルシアはレベッカの機嫌が悪くなったことに、視線でジャックに理由を問いかけるが、ジャックは気にしないでと言いたげに肩をすくめる。
レベッカはジャックにも冷たい視線を送るが、ジャックは苦笑いで受け流す。
「と、とにかく、三人が力を貸してくれるなら百人力だから。協力してくれてありがとう!」
「大船に乗ったつもりで任せて。あっ、そうそう、スパイデーと戦ったとき、どうだった? ちびった?」
「ちびりそうだったよ~。会った瞬間、これはヤバいって思った」
「僕もだよ! リザードマンが現れたとき、戦う前から心臓が止まりそうになったもん。実際に止められそうになったけどね」
ジャックとボルシアはお互い、どれだけ怖かったか、苦労したかを自慢するように語り合う。
確かに、日本に住んでいたらリザードマンやスパイデーのような化け物に襲われることはない。自衛隊が出動してもおかしくないレベルだ。
ゲームでは大型のモンスターは当たり前のように出てくるが、それはディスプレイの中だけだ。
VRゲームではもっと迫力はあったが、所詮はCG。幼い子供なら泣き出すかもしれないが、青年のジャックは怖いというよりも、興奮したといったほうがしっくりとくる。
だが、フルダイブシステムによる再現度は今までゲームで見かけたことのある定番のモンスターでさえ本物の化物に見えてしまうのだ。
あの恐怖、圧迫感といったら、トラウマになるレベルだ。
話が一通り済んだ後、レベッカの冷たい視線に我に返ったボルシアはテレくさそうに笑った。
「ごめんごめん。話が分かってくれる人がいるとつい、はしゃいじゃった。そ、それに今度こそ仇を討てると思っているからさ」
「仇?」
「そう、仲間の仇」
楽しい雰囲気が一気に静まりかえる。
仲間の仇。つまり、ボルシアはスパイダー戦で仲間を失ったのだ。
その気持ちがジャックには痛いほど理解できた。ジャックも、仲間を失っているからだ。
ボルシアは沈痛な面影で自分の気持ちを吐露する。
「前のスパイデー戦でね、回復アイテムがなくなって、逃げようとしたんだけど、スパイデーがしつこくってさ。俺達を逃がすために仲間が一人、しんがりをしてくれたおかげで助かったんだけど、そのせいで……」
ジャックはボルシアの口から仲間を失った事を言わせたくなくて、慌てて口を挟んだ。
「だったら、今度こそスパイデーを倒そうよ! 僕達が手を貸すからさ。ねえ、レベッカ?」
辛い過去を思い返す必要なんてない。そう感じ取っての行動だった。
レベッカはジャックの言葉に目を丸くし、呆然としている。ジャックは心配になり、そっと声を掛ける。
「レベッカ?」
「……そうね。ジャックの言う通りだわ」
「ありがとう。お互い、頑張ろう」
ボルシアは笑顔のまま、先頭の集団へと戻っていく。
ジャックは戦いに負けられない理由が増えたことを自覚し、気を引き締め、祠への道を一歩、また一歩、足を踏み出す。
ボルシアに仲間の仇を討たせてあげたい。
その想いがジャックの拳に宿り、力を与えてくれる。そのはずだった。
「……気をつけてください、ジャックさん。あの人、信用できませんよ」
ネルソンの軽蔑したような声色に、ジャックは一瞬、絶句してしまったが、すぐに言い返す。
「そういう言い方ないんじゃない? 信用できないのは裏切り者のネルソンでしょ?」
「裏切り者だから分かるんです。彼の言葉と行動には矛盾があります。信用しすぎると手痛いしっぺ返しを喰らいますよ」
ネルソンはジャックの意地悪な言い方に、特に気にはしてないようだったが、ジャックは罪悪感を覚えた。
ジャックに背を向けて歩き出すネルソンに、ジャックは……。
「ね、ねえ、ネルソン」
ジャックは思わずネルソンを呼び止めてしまった。自分でもなぜ、呼び止めたのか分からないまま、ジャックは何か言おうとしたとき。
「気にしすぎです」
ネルソンはそれだけ言い残し、去って行った。ジャックは頬をかきながら、やはりネルソンは嫌いだと再認識してしまう。
「アンタの方がツンデレじゃん」
「冗談はよしてください」
珍しくレベッカがネルソンをからかっている。あの様子から見て、二人はやはり知り合いで仲がいいのだろう。
ジャックはいろんな意味で足取りが重くなった。
「ジャック、そろそろ本格的に山に入るぞ。気合いを入れろよ」
テツの言葉に、ジャックは目を閉じ、雑念を捨てる。戦いに集中しなければ、死んでしまう。仲間を失ってしまう。
リザードマン戦で学んだはずだ。ほんの一瞬の隙が致命傷になりかねない。
今からその世界に足を踏み入れようとしている。
だから……。
「任せてよ。今日も僕達は生き残るから」
ジャックは笑顔でテツに告げた。ネルソンの言葉を頭の隅に残しておきながら、ジャックはまた一歩、歩んでいく。
討伐隊はスパイデーのいる祠へと近づいていた。草丈はどんどん高くなり、周りの景色が草木に囲まれていく。
ここにくるまで、獣はおろか、木の実や採取可能な植物が全く見られなかった。無法者が取り尽くした証拠だろう。村長の話が裏付けされた。
現実の世界なら、資源の取り過ぎは枯渇を意味し、手痛いしっぺ返しが待っているし、絶滅種も出てきてしまうので、取り過ぎることはしないが、この世界では違う。
ジャック達プレイヤーは予選会場にある資源を使って強化し、最強を目指す。
つまり、どれだけ資源を奪いあうかが攻略のポイントとなる。資源がなくなれば別の場所へ移動すればいいだけの話しだ。
この世界に住む人々達には迷惑千万だが、プレイヤーがとるべき行動としては間違っていない。取り尽くすことで無法者は強くなり、ライバルのプレイヤーは資源を手にする事が出来ず、強化の手が止まってしまう。
理にかなってはいるが、ジャックは複雑な気分だった。
ジャック達もクロスロードでオオカミを狩りつくし、次の狩り場目指して移動している。
しかし、オオカミを狩り尽くしたことには理由があった。
オオカミを狩ることで、街道の安全を確保し、商人や旅人が安全に通れるようにしたかった。
だが、オオカミが減ったことで、旅人や商人達の行き来が増え、それを狙う盗賊達の活動が活発になった。
それにオオカミがいなくなったことで、盗賊達は商人や旅人の荷物の強奪に集中できる環境になってしまい、治安は全くよくならなかった。余計に悪くなった可能性もある。
オオカミを狩ったことは善意からの行動だった。なのに、結果は旅人や商人達を余計に危ない目にあわせることになってしまったのだ。
その事実をジャックはカースルクームの宿屋で旅人が話しているのを立ち聞きして知った。
この事実は誰にも話していない。特にオオカミ討伐に一番やる気をみせていたムサシには絶対に言えなかった。
彼が誰よりも街の人の為に剣を振るっていたからだ。なんとも皮肉な話しだ。
物事には因果関係がある。その因果関係も攻略に関係してくるとなると、この世界はよく作られているとジャックは感心させられる。
世界のバランスを考えつつ、調整し、ライバルに差をつける。戦うだけが勝利の道ではない。
そのことを肝に銘じるジャックであった。
カースルクームから東に十分ほど歩いたところにある山で、標高は大体五百メートルほど。
緩やかな傾斜で見晴らしはよく、緑の絨毯と、山の頂上へと続く道がゆるやかなカーブをえがき、続いている。
スパイデーの目撃情報は中腹より少し上の場所らしい。そこに祠があり、住みかとして活動しているとのこと。
ボルシアの作戦は、まずはスパイデーに気づかれないよう近づき、陣形を組んだ後、奇襲をかけ、主導権を握り、戦いを優勢にすすめる。
シンプル故に分かりやすく、ジャックでもすぐに理解できた。
ジャックは目の前に広がるリンカーベル山を見上げた。まるで試練の大きさを語られているような気がして、肩に力が入る。
どっしりとしてまるで動じることがなく、切り崩すのは困難だと感じる。
ジャックは軽く深呼吸をする。
アミルキシアの森とは事情が違う。
今回は倍近くの仲間がいる。スパイデーの攻撃パターンも前もって知っている。心の準備もしてきた。
なのに、不安が拭えない。消えてくれない。
「どうしたの、ジャック。不安そうな顔をして」
いつの間にかジャックの隣にはレベッカが並んでいた。仮面を着けているせいでレベッカの顔色は分からないが、声色から気負いしていないことが分かる。
ジャックはレベッカに話かけられ、ぱっと笑顔になるが、すぐに曇ってしまう。先ほどの失敗を気にしているからだ。
ジャックはすぐに謝罪したかったが、レベッカがネルソンと肩を組んでいる姿が脳裏をよぎり、怒りと悲しみで何も言えなくなる。
そんな姿を見て、レベッカはジャックの足を踏みつけた。
「あっ痛っ! な、何? 何なの、レベッカ」
「何を勘違いしているのか知らないけど、違うから」
「違う?」
レベッカはジャックに向かって言葉を叩きつけようとしたが、口の動きが止まる。まるで葛藤しているかのように。
そんなレベッカにジャックはどうリアクションしていいのか分からず、二人の間に沈黙がおとずれる。
レベッカは乱暴に自分の頭をかきながら、そっぽを向く。
「その、何? 別にどうでもいいんだけど、誤解されるのは癪だから言うけど、私とネルソンはなんでもないから。そういう趣味はないから。変な勘違いをしないでよね」
「……うん! 全然してないから! してるわけないから!」
ジャックの頬が緩みきっただらしない笑顔に、レベッカはジャックを指さし、早口でしゃべり出す。
「してる! 絶対にその顔は勘違いしてる!」
「してない、してないよ。それより、さっきはごめんね~」
「軽い! 謝罪が軽いから! やめてよね、もう!」
ジャックは思う。いいツンとデレだと。
中学生の思春期のような会話のやりとりが続くかと思われたが、そこにネルソンが割り込んでくる。
「レベッカさん、何をやっているんですか。恥ずかしい」
「べ、別にアンタには関係ないでしょうが!」
「レベッカさんは私の仲間なんです。その仲間が失態をさらしているのに無視できるわけないでしょ?」
「……」
レベッカは黙り込んでしまう。レベッカのが気落ちしてしまうと、ジャックも意気消沈してしまった。
ジャックは気になっていたことをレベッカに問いかけてみた。
「ねえ、レベッカ。どうして、ネルソンとチームを組んでいるの? 言っちゃなんだけど、僕、ネルソンに仲間にならないかって誘われたけど、騙されて殺されそうになったんだよ。ネルソンは信頼できないよ。もし、何か弱みを握られて、仕方なく一緒にいるのなら、僕に相談してよ。この拳で解決してみせるから」
ジャックはネルソンを睨みつける。
ジャックの疑問はもっともだろう。ネルソンは裏切りにつぐ裏切りを繰り返している。信用できるわけがない。
レベッカとネルソンはお互い顔を合わせ、肩をすくめていたが、ネルソンがジャックに話しかけようとして、すぐさまレベッカはネルソンの肩を掴む。
「ネルソン、分かっているわよね? もし、ジャックに余計な事を話したら……バラすわよ?」
「……レベッカさん。ブーメランって知ってます? やめておきましょう。ボス戦の前です。お互い再起不能になるまで傷つけ合うことはないでしょう」
二人はうなずき、分かり合えたような空気を醸し出す。そんな二人を見て、ジャックは二人がリアルでの知り合いではないのかと思ってしまった。
だとすれば、二人の名前であるコキアは何を意味するのか?
もし、二人がリリアンと何の関係もなかった場合、二人のリアルの詮索を部外者が探るのはご法度だろう。
ジャックは言いようのない寂しさを感じながら、黙っていた。
「それより、ジャック。緊張してるわけ? ジャックが背中を丸めているのって自信がないときでしょ?」
「なんでレベッカがそんなことを知ってるの? 僕のファンなの?」
レベッカは気まずそうにジャックから顔を背ける。
「……たまたまそう思っただけよ」
「レベッカさん、少し黙った方がいいですよ。それより、私が当ててみせましょうか? ジャックさんがなぜ、不安に思っているのかを」
ジャックはつい、ネルソンを睨んでしまう。ネルソンはまるで、ジャックとレベッカの会話をわざと邪魔するかのように割り込んでくるからだ。
嫌がらせのつもりなのだろうか。
だから、ジャックは反抗的な態度をとってしまう。
「ねえ、ネルソン。ゲームをしようか。ネルソンが僕の悩みを当てることが出来たらネルソンの勝ち。でも、当てられなかったら僕の勝ち。そのときはさっさっと僕の前から消えてね」
「ジャックさん、その条件はフェアじゃありませんよ。私が勝ったときの褒美がないじゃないですか。私が勝てたらジャックさんには……この場で死んでもらいましょうか」
ジャックとネルソンの間に火花が飛び散る。一触即発な雰囲気にレベッカは……。
「はいはい、喧嘩なら後でやりなさい。今は味方同士でしょ?」
レベッカは二人の間にツーハンデッドソードをつきたて、牽制する。
それでも二人はにらみ合い、殺気をぶつけあっている。レベッカは思わずため息をついた。
「冗談はそこまでにして、ネルソン。ジャックが懸念している事、分かるの?」
「ええっ、まあ。一つは『無法者』の存在を恐れているのでしょ? スパイデーと戦っている最中にPKを仕掛けられてはたまったものではありませんからね」
まさにネルソンの言うとおりだった。普通のゲームならボスの狩りの最中に横殴りは基本出来ない仕様になっている。
ボスのドロップアイテムを横取りされ、尚且つPKされたとなると遺恨が残りやすいからだ。
ボスは頻繁にポップするわけでなく、一日に数回現れるので、その待ち時間や苦労を横取りされたらたまったものではないだろう。
しかし、アルカナ・ボンヤードは違う。プレイヤーを殺し合うサバイバルゲームのため、ボス戦が最もPKしやすい。
無法者は確実にプレイヤーの集団だ。狙われる可能性は高い。
ジャックはため息をつき、首を横に振った。
「……そんなこと、誰だって考えるでしょ? 正解だなんて到底言えないよ」
「あそこにいる人達はそう思っていなさそうですけどね」
ネルソンが指さした方向には、ボルシアを中心に雑談に花を咲かせている集団がいた。その中にはムサシの姿もある。
ただ、ムサシはこの討伐戦で誰一人死なせない為に少しでもスパイデーの情報をボルシアから聞き出そうとしているようだ。
「不用心って言いたいけど、そう気にすることでもないと思うわ。だって、こっちは二十人以上いるのよ? 無法者が何人いるかは知らないけど、少なくとも同数、もしくはそれ以上の人数でないと太刀打ちできないんじゃない?」
レベッカの指摘はもっともだ。数には目に見える力がある。
数を覆すには同数以上の数をぶつけるか、一騎当千の強さが必要となるが、ゲームが始まったばかりのこの時期、プレイヤーの力量はほぼ同じくらいのはず。
無法者もいきなり二十人以上の数を短時間でそろえるのは難しいだろう。
それにこちらにはムサシやASといった強者が揃っている。無法者が討伐隊の人数の倍以上いなければ問題ない。
それなのに、ジャックはどうしてか、不安が消えなかった。何かが引っかかっている。
ボルシアの話でおかしなところがあったのだろうか?
特に気にするようなことはなかったのだが、それでも、このままだと何か不味いような気がする。
これを見逃すと、また仲間を失いそうな気がして、ジャックは落ち着かないのだ。
「慎重と臆病は違いますよ、ジャックさん」
「分かってる。問題ないから」
ジャックは拗ねたようにネルソンに返答する。ジャックの態度にネルソンは肩をすくめてみせる。
「そうらしいですよ、レベッカ」
「……そう」
ネルソンに話を振られ、レベッカは気まずそうに顔を背ける。
レベッカが心配してくれたことに、ジャックは嬉しくなるが、すぐにしょんぼりしてしまう。
レベッカとネルソンのやりとりを見ていると、二人だけの空気というか、仲の良さを見せつけられているようで、ジャックは悲しくなってくるのだ。
――寂しい。
ジャックの隣にはもう、相棒がいない。心から気の許せる人がいないのだ。
それがもどかしくて、せつなくて、胸が締め付けられた。
「ねえ、ジャック。聞いてる?」
レベッカの声にジャックは慌てて作り笑いを浮かべる。
「……ごめん。なんだっけ?」
「だから……その……大丈夫だから」
「何が?」
ジャックは顔を上げると、レベッカが真っ直ぐにジャックを見つめている。仮面で表情が見えないのに、なぜかレベッカの真剣な顔が見えた気がした。
「私が……みんなを……ジャックを護るから」
ジャックは呆然としてしまう。
ムサシと同じ言葉を発するレベッカ。しかし、レベッカの言葉はジャックの胸の奥まで浸透するような響きがあった。
ジャックは今感じたせつなさを心の片隅においやり、レベッカに微笑む。
「なら、僕がレベッカを護るよ。これってまさに死角なしってカンジだよね! なんか楽勝って気がしてきた!」
「……相変わらず単純な人ですね、ジャックさんは」
「そうね」
二人がジャックを子供扱いするような柔らかい笑みを向けられ、ジャックは照れくささを感じながらも、以前も同じような体験をしたような気がした。
前のゲーム『アトレンティア』で、リリアンが隣にいて、ロードハム達と遊んでいたあの幸せな瞬間が脳内に蘇る。今は失ってしまい、取り戻したかった時間がそこにあった。
ジャックは歯を強く噛みしめ、湧き上がる思いを我慢した。
――みんなで仲良くしていたあの頃に……きっと戻れるよね、リリアン。
ジャックは心の中で、同じ空の下にいるリリアンに問いかけてみる。もちろん、返答もなく……。
「あっ、そういえば……ネルソン、一つ確認しておきたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
ジャックは以前から気になっていた疑問をネルソンにぶつけてみる。
「アミルキシアの森でのことだけど、ネルソンってディーンを殺していないよね?」
「ええっ、そうです。追い払っただけです。私、殺したって言いました?」
――やっぱり……。
ジャックはようやく、アミルキシアの森の最大の謎、謎の六人目をつきとめた。
ジャック達はアミルキシアの森でプレイヤーであるライザー達にPKを仕掛けられたことがあった。
そのときは辛くも勝利することが出来たのだが、ある問題が浮上した。それは、倒した敵の数が合わなかった事だ。
敵は五人なのに、倒した相手を数えると六人だった。一人多いのだ。謎の六人目に、ジャックはずっと悩まされ続けた。
だが、ネルソンの回答でようやく謎が解けた。
そう、元々六人目などいなかったのだ。ジャックの勘違いだったわけだ。
ネルソンはディーンに容赦なく喉元にダガーを突き立てたので、ジャックはてっきり、ネルソンがディーンを殺したと思っていた。
ジャックがコリーを倒した後、ネルソンと合流したとき、ネルソンの体に返り血がついていなかった。
その理由は、ネルソンがディーンを殺した後、タオルで拭き取った後にジャック達と合流したからと考えていた。
つまり、ディーンを殺したのはネルソンではなく、テツだったわけだ。
謎が解け、ほっとしていると。
「少しいいかな?」
三人の間に入ってきたのは、ボルシアだった。
ジャックは笑顔で彼を迎える。
「ジャックさんとレベッカさん、ネルソンさんですよね? アミルキシアの森での戦い、動画で見ました。すごい活躍ですよね!」
「いや~それほどでもないけど、一応、頑張ったよね、レベッカ」
「……」
ボルシアの羨望の眼差しに、ジャックは機嫌がよくなり、逆にレベッカは黙り込んでいる。ネルソンは愛想笑いを浮かべていた。
ボルシアはレベッカの機嫌が悪くなったことに、視線でジャックに理由を問いかけるが、ジャックは気にしないでと言いたげに肩をすくめる。
レベッカはジャックにも冷たい視線を送るが、ジャックは苦笑いで受け流す。
「と、とにかく、三人が力を貸してくれるなら百人力だから。協力してくれてありがとう!」
「大船に乗ったつもりで任せて。あっ、そうそう、スパイデーと戦ったとき、どうだった? ちびった?」
「ちびりそうだったよ~。会った瞬間、これはヤバいって思った」
「僕もだよ! リザードマンが現れたとき、戦う前から心臓が止まりそうになったもん。実際に止められそうになったけどね」
ジャックとボルシアはお互い、どれだけ怖かったか、苦労したかを自慢するように語り合う。
確かに、日本に住んでいたらリザードマンやスパイデーのような化け物に襲われることはない。自衛隊が出動してもおかしくないレベルだ。
ゲームでは大型のモンスターは当たり前のように出てくるが、それはディスプレイの中だけだ。
VRゲームではもっと迫力はあったが、所詮はCG。幼い子供なら泣き出すかもしれないが、青年のジャックは怖いというよりも、興奮したといったほうがしっくりとくる。
だが、フルダイブシステムによる再現度は今までゲームで見かけたことのある定番のモンスターでさえ本物の化物に見えてしまうのだ。
あの恐怖、圧迫感といったら、トラウマになるレベルだ。
話が一通り済んだ後、レベッカの冷たい視線に我に返ったボルシアはテレくさそうに笑った。
「ごめんごめん。話が分かってくれる人がいるとつい、はしゃいじゃった。そ、それに今度こそ仇を討てると思っているからさ」
「仇?」
「そう、仲間の仇」
楽しい雰囲気が一気に静まりかえる。
仲間の仇。つまり、ボルシアはスパイダー戦で仲間を失ったのだ。
その気持ちがジャックには痛いほど理解できた。ジャックも、仲間を失っているからだ。
ボルシアは沈痛な面影で自分の気持ちを吐露する。
「前のスパイデー戦でね、回復アイテムがなくなって、逃げようとしたんだけど、スパイデーがしつこくってさ。俺達を逃がすために仲間が一人、しんがりをしてくれたおかげで助かったんだけど、そのせいで……」
ジャックはボルシアの口から仲間を失った事を言わせたくなくて、慌てて口を挟んだ。
「だったら、今度こそスパイデーを倒そうよ! 僕達が手を貸すからさ。ねえ、レベッカ?」
辛い過去を思い返す必要なんてない。そう感じ取っての行動だった。
レベッカはジャックの言葉に目を丸くし、呆然としている。ジャックは心配になり、そっと声を掛ける。
「レベッカ?」
「……そうね。ジャックの言う通りだわ」
「ありがとう。お互い、頑張ろう」
ボルシアは笑顔のまま、先頭の集団へと戻っていく。
ジャックは戦いに負けられない理由が増えたことを自覚し、気を引き締め、祠への道を一歩、また一歩、足を踏み出す。
ボルシアに仲間の仇を討たせてあげたい。
その想いがジャックの拳に宿り、力を与えてくれる。そのはずだった。
「……気をつけてください、ジャックさん。あの人、信用できませんよ」
ネルソンの軽蔑したような声色に、ジャックは一瞬、絶句してしまったが、すぐに言い返す。
「そういう言い方ないんじゃない? 信用できないのは裏切り者のネルソンでしょ?」
「裏切り者だから分かるんです。彼の言葉と行動には矛盾があります。信用しすぎると手痛いしっぺ返しを喰らいますよ」
ネルソンはジャックの意地悪な言い方に、特に気にはしてないようだったが、ジャックは罪悪感を覚えた。
ジャックに背を向けて歩き出すネルソンに、ジャックは……。
「ね、ねえ、ネルソン」
ジャックは思わずネルソンを呼び止めてしまった。自分でもなぜ、呼び止めたのか分からないまま、ジャックは何か言おうとしたとき。
「気にしすぎです」
ネルソンはそれだけ言い残し、去って行った。ジャックは頬をかきながら、やはりネルソンは嫌いだと再認識してしまう。
「アンタの方がツンデレじゃん」
「冗談はよしてください」
珍しくレベッカがネルソンをからかっている。あの様子から見て、二人はやはり知り合いで仲がいいのだろう。
ジャックはいろんな意味で足取りが重くなった。
「ジャック、そろそろ本格的に山に入るぞ。気合いを入れろよ」
テツの言葉に、ジャックは目を閉じ、雑念を捨てる。戦いに集中しなければ、死んでしまう。仲間を失ってしまう。
リザードマン戦で学んだはずだ。ほんの一瞬の隙が致命傷になりかねない。
今からその世界に足を踏み入れようとしている。
だから……。
「任せてよ。今日も僕達は生き残るから」
ジャックは笑顔でテツに告げた。ネルソンの言葉を頭の隅に残しておきながら、ジャックはまた一歩、歩んでいく。
討伐隊はスパイデーのいる祠へと近づいていた。草丈はどんどん高くなり、周りの景色が草木に囲まれていく。
ここにくるまで、獣はおろか、木の実や採取可能な植物が全く見られなかった。無法者が取り尽くした証拠だろう。村長の話が裏付けされた。
現実の世界なら、資源の取り過ぎは枯渇を意味し、手痛いしっぺ返しが待っているし、絶滅種も出てきてしまうので、取り過ぎることはしないが、この世界では違う。
ジャック達プレイヤーは予選会場にある資源を使って強化し、最強を目指す。
つまり、どれだけ資源を奪いあうかが攻略のポイントとなる。資源がなくなれば別の場所へ移動すればいいだけの話しだ。
この世界に住む人々達には迷惑千万だが、プレイヤーがとるべき行動としては間違っていない。取り尽くすことで無法者は強くなり、ライバルのプレイヤーは資源を手にする事が出来ず、強化の手が止まってしまう。
理にかなってはいるが、ジャックは複雑な気分だった。
ジャック達もクロスロードでオオカミを狩りつくし、次の狩り場目指して移動している。
しかし、オオカミを狩り尽くしたことには理由があった。
オオカミを狩ることで、街道の安全を確保し、商人や旅人が安全に通れるようにしたかった。
だが、オオカミが減ったことで、旅人や商人達の行き来が増え、それを狙う盗賊達の活動が活発になった。
それにオオカミがいなくなったことで、盗賊達は商人や旅人の荷物の強奪に集中できる環境になってしまい、治安は全くよくならなかった。余計に悪くなった可能性もある。
オオカミを狩ったことは善意からの行動だった。なのに、結果は旅人や商人達を余計に危ない目にあわせることになってしまったのだ。
その事実をジャックはカースルクームの宿屋で旅人が話しているのを立ち聞きして知った。
この事実は誰にも話していない。特にオオカミ討伐に一番やる気をみせていたムサシには絶対に言えなかった。
彼が誰よりも街の人の為に剣を振るっていたからだ。なんとも皮肉な話しだ。
物事には因果関係がある。その因果関係も攻略に関係してくるとなると、この世界はよく作られているとジャックは感心させられる。
世界のバランスを考えつつ、調整し、ライバルに差をつける。戦うだけが勝利の道ではない。
そのことを肝に銘じるジャックであった。
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