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十二章 激闘! 神の僕 スパイデー

十二話 激闘! 神の僕 スパイデー その二

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 主催者は長身の青髪の青年だった。
 穏やかな笑みを浮かべ、みんなに手を振っている。グリーンのアーマーに身を包み、左手にはシールド、右手には……。

「明けの明星……」

 ジャックが思わずつぶやいた『明けの明星』とは棘鉄球が持ち手から鎖に繋がっているフレイル型のモーニングスターだ。棘鉄球が光る星のような形状から明けの明星とも呼ばれている武器である。
 鉄球自身の質量と鋭い棘、そして遠心力を乗せた一撃の破壊力は高い。鉄球の質量と運動エネルギーからくる衝撃でどんなアーマーを装備していても、ダメージを覚悟しなければならないだろう。
 ジャックの装備しているウォー・ハンマーよりも威力は高そうだ。

 彼の装備は対人用なのか、それとも、これから戦うスパイデーをぶったたく為の装備なのか、ジャックには見当がつかなかった。
 青年は周りを見渡し、集まったプレイヤーを見て満足げに微笑む。

「まずはお礼を言わせてほしい。スパイデー討伐に集まってくれて、本当にありがとう。キミたちはアルカナ・ボンヤードがどんなゲームか熟知しているのに、それでも集まってくれた。その勇気と正義感に、僕は尊敬の念を抱くよ」

 勇気と正義感よりも、素材と報酬のために集まった可能性が高い。そうジャックは感じていた。
 人情よりも報酬を優先させるのは、ゲーム内なら当たり前のことだろう。
 ジャックはふと思う。いつからゲームに感情移入しなくなって、報酬目当てでクエストを受けるようになったのか?
 ただ、ジャックもゲームではクエストを報酬目当てかコンプリートする為だけに受注していたが、今は村人のために頑張りたい気持ちもあった。
 ジャックの気持ちの変化は以前、アミルキシアの森でネルソンが指摘したフルダイブシステムの影響だろうか?

 ジャックはネルソンを盗み見る。
 ネルソンはレベッカとお互い肩を並べ、彼の話を聞いている。

 ――近くない?

 レベッカの隣に違う男がいるだけで、ジャックは苛立ちで叫びたくなる。レベッカがリリアンなのか分からないのに……。
 ジャックの想いなど誰にも届かず、話は続いていく。

「本日のターゲットはみんなの知っているとおり、蜘蛛の化け物、スパイダー退治だ。みんな、殺虫剤は持参してきたかな?」
「んなもん、あるわけねえだろうが! 大槌はえたたきならあるぜ」

 くだらない冗談でも笑いがおき、場が和む。戦いの前にリラックスできるのはいいことだと誰もが感じていた。

「作戦を話す前に、みんなに言っておきたいことがある。俺は一度、スパイデーと戦ったことがある。そのときは撤退した。つまり、負けたって事」
「……」

 明るい雰囲気が一気に静まりかえる。負けたと聞かされたら、コイツがリーダーで大丈夫かって思わずにはいられないだろう。
 もし、ここでスパイデーに殺されてしまっては、ソウル杯の参加権を失う事になる。それは誰もが知っていることだ。
 それなのに、主催者はスパイデーに負けたことを告白した。
 その一言で参加者が辞退するかもしれないし、辞退する人数が多ければ、討伐戦もながれる可能性もある。
 どういう意図をもって主催者は士気を下げるようなことを口にしたのか?
 ジャックは興味を持ちながら、青年の話に耳を傾ける。

「負けた敗因は、当たり前だけどスパイデーに対して準備不足だったことだ。敵の攻撃パターンを解析しつつ、反撃をしていたら回復アイテムがきれて退散した。負けたからこそ言わせてもらう。スパイデーは強敵じゃないし、倒せないレベルじゃあない。俺の見立てでは事前に伝えているヒーリングストーンを三つ用意して、十人いれば十分倒せる。ここには何人いますか? その倍以上いるでしょ? あえて言わせてもらおう。この戦いは必ず勝てると。誰も死なせないと」

 おおっと感嘆の声があがる。確かに、数は目に見える一番の戦力だ。
 しかし、その数に疑問視する者もいた。

「なあ、主催者さんよ。人数は多くても、俺達は皆、今日初めて会ったばかりのヤツが多いんだぜ? どう連携をとるつもりだ?」

 テツが主催者に疑問をぶつける。
 テツの言うことはもっともだろう。人数が多くても、連携がとれなければお互いの足を引っ張りかねない。

 テツの疑問に主催者は自分のプランを伝える。その内容は実に単純な作戦だ。
 テツの言うとおり、即席のチームでは複雑な連携は不可能。だから、単純な連携を提案してきた。

 まずは三つの隊を作り、隊ごとに役を決める。
 スパイデーを攻撃するアタッカー隊。
 スパイデーの攻撃を防ぐディフェンス隊。
 そして、遠距離からスパイデーに攻撃を仕掛け、味方を援護するサポート隊の三隊。

 スパイデーの攻撃はディフェンス隊のプレイヤーがタゲをとりつつ、防御に徹する。その間にアタッカー隊がスパイデーの側面、背後を攻撃する。
 サポート隊は遠距離攻撃でスパイデーを牽制、もしくはアタッカー隊やディフェンス役がピンチになった時に攻撃を仕掛け、スパイデーの注意をそらし、味方の立て直す時間を稼ぐ。

 指示は順次、主催者が出す。
 主催者の意見に誰も異を唱える者はいなかった。ここにいるほとんどのプレイヤーがスパイデーと戦ったことがない為、スパイデーを知る者こそが指揮を執るべきだと考えたからだ。
 敵の攻撃パターンが分かるのと分からないのとでは、攻略に雲泥うんでいの差がうまれる。主催者が指示を出すのは妥当だとうな判断だろう。

 一つだけプレイヤーから提案があり、ディフェンス隊の名を盾隊にして欲しいと要望があった。
 盾の方が馴染みがある事と、名前が短いことが理由だった。主催者は笑顔で意見を受け入れた。

 主催者は次に、スパイデーの攻撃パターン、注意事項の説明が始まり、その後、隊を編制した。
 ジャック達のチームは盾隊にはムサシ、サポート隊はエリン、アタッカー隊はテツ、ソレイユ、ジャック.
 ジャックは同じアタッカー隊のメンバーを見渡す。その中には……。

「よろしくお願いしますね、ジャックさん」
「……」

 ネルソンはジャックに手を差しのばすが、ジャックはその手を乱暴にはじく。
 ライバル心丸出しにして、ジャックはネルソンを睨みつける。
 ネルソンは全く気にせず、ただ口元を緩めていた。その余裕な態度が更にジャックの機嫌を悪くさせる。
 二人の様子を見て、ソレイユはため息をつく。

「テツ君。あの人達、どうにかならない?」
「ほっとけ」

 どうでもいいと言いたげに、テツはグループ内で打ち合わせを始める。他のグループもお互いの自己紹介とプランを確認し合う。

 一通り打ち合わせが終わった後、今度は撤退について主催者から説明があった。
 もし、スパイデー討伐が不可能と判断した場合、安全に逃げ切るための逃走経路を語り始めた。
 勝てると宣言しておきながら、戦う前から逃げることを話すのは矛盾している思われるが、何が起こるか分からないのは現実もゲームも同じだ。
 全ての事態に備え、対策を乗じるのは主催者として当然の処置だろう。

「……これで説明は終わりです。今から俺達チーム連合隊を『スパイデー討伐隊』として行動する。呼びにくいのであれば、『討伐隊』で。異論は?」
「ないぞ! さっさと蜘蛛退治に行こうぜ!」

 主催者の男は一度目を閉じ、ためを作る。
 拳をぎゅっと握り、蒼天に向かって突き上げた。

「よし、行こう……行こうぜ、みんな!」
「「「応!」」」
「ちょっと、待て、サッカー小僧ども」

 テツがここにいる全員を呼び止める。何事かと全員がテツに注目する。
 テツは無愛想な顔をしながら、主催者に尋ねた。

「てめえの名前は? まだ、聞いてなかったよな?」

 主催者は呆然としていたが、急に笑い出した。

「ごめんごめん。緊張しすぎて名乗るのを忘れてたよ。俺の名前はボルシアだ。今更だけどよろしく」

 ボルシアの失敗に周りのプレイヤーは笑い出す。
 だが、テツは何も言わずにボルシアに背を向けた。テツの態度に一瞬、場の空気が悪くなるが、ボルシアは肩をすくめ、笑顔で手をパンパンと叩く。

「そんじゃあ、今度こそスパイデーをサクッと退治しに行きますか」

 ボルシアの緊張感のない声は場を明るくさせ、周りをリラックスさせていた。
 討伐隊の足取りは軽く、何の躊躇もなくリンカーベル山へと入っていく。ただ、ジャックだけ足取りが重かった。

「ジャック! 頑張ろうね!」
「……ん、そうだね」

 リリアンは元気いっぱいにガッツポーズをとるが、ジャックは生返事をしてしまう。気になる事があるのだ。
 ジャックの懸念けねんはボルシアの態度にあった。
 ボルシアの明るいふるまいのおかげでジャックの失態はなかったかのように消え去り、プレイヤー達は余裕を持って戦いに挑めるわけだが、少し緊張感が足りないような気がして不安だった。
 ジャックがリザードマンと対面したときのあの恐怖と緊張感は一瞬でも気が抜けない。少しの判断ミスが死に繋がる。まさに死闘だった。
 確かに気を張り詰めすぎるのは問題かもしれないが、気を抜きすぎるのも問題だとジャックは感じているのだ。

 ジャックもボルシアの言うとおり、誰一人死んで欲しくない。だからこそ、ジャックは自分が体験したリザードマンの戦いを語るべきではないか、そう思った。
 しかし、ジャックは一度、失敗している。そんなジャックの言葉を、ここにいるプレイヤー達が素直に耳を傾けてくれるだろうか?
 それでも、命にかかわることなので、ジャックは思い切って声を掛けようとしたが。

「やめとけ」

 テツに止められ、ジャックは言葉を飲み込む。テツは頭をかきながら面倒くさそうに忠告した。

「気分よく出発したのに水を差すようなことを言われると、更に嫌われるぞ。まあ、俺も浮かれすぎだとは思うがな」
「だったら……」
「そこはあのリーダー様のお手並み拝見といこうぜ。一応、逃走経路を確認しておけよ」

 テツはジャックの肩を軽く叩きながら、ジャックの前を歩く。
 テツはただジャックに忠告しただけでなく、討伐隊に嫌われないよう気を遣っての発言であった。
 ジャックは無言でテツに頭を下げた。

「なんだ、ジャック。怖じ気づいたのか?」

 今度はカークがジャックに話しかけてきた。今日のカークは機嫌が良さそうだ。

「……カークは楽しそうだね」
「まあな。不謹慎かもしれないが、ボス戦ってMMORPGの醍醐味だろ? レンと二人だけなら挑戦できなかったが、今日はみんながいるし、ジャック達と一緒だ。よろしく頼むぜ」

 カークはジャックの背中を叩き、前へ歩いて行く。カークの話は共感できるものがあった。
 取り分は少なくなるが、ボス討伐戦にプレイヤーが多ければ多いほど、死のリスクを回避できる。
 ジャックもリザードマン戦で苦い思いをしたのに、スパイデー討伐戦を積極的に参加したのはそういった理由もあった。

「ジャック、行かないのか?」

 立ち止まっているジャックにムサシが語りかけてきた。
 ムサシはテツやカークと違って、顔をこわばらせ、緊張した雰囲気があったが、目には強い意志と決意が感じられた。
 ムサシの態度にジャックはごくりと息をのむ。

「安心してくれ、ジャック。今度こそ、誰も死なせない。自分がみんなを護ってみせる」

 きっと、ムサシはアミルキシアの森の出来事を気にしているのだろう。仲間ロイドを護れなかった自分をずっと責めているのかもしれない。
 ジャックは肩の力を抜き、ムサシの左胸をコツンと叩く。

「なら、僕はムサシの背中を護ってみせるから。みんなで生き残って、このクエストを達成させよう」
「ああっ! 頼りにしてるぜ、ジャック!」

 二人は肩を叩き合い、リンカーベル山へと足を踏み入れた。二人の後ろ姿をリリアンは悲しげに見つめていた。
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