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十二章 激闘! 神の僕 スパイデー

十二話 激闘! 神の僕 スパイデー その一

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 ムサシがスパイデー討伐を決意してから二日後、ジャック達はリンカーベル山の入り口に集まっていた。
 ムサシはやる気満々で、ソレイユは静かに闘志を燃やし、エリンはASを警戒している。
 テツは未だに不機嫌のまま、誰とも話そうとしなかった。
 ジャックは周りを見渡す。

 プレイヤーはジャック達だけでなく、他にも複数のプレイヤーが控えている。二十人近くいる事に、ジャックは少し感動していた。
 ソウル杯の予選突破条件はプレイヤー同士殺し合い、最後の十人になるまで勝ち抜く事だ。
 もしくはファイナルクエストをクリアすることで予選を突破できるのだが、クエストの内容は未だ公開されていない為、確実に予選を突破するにはプレイヤーと戦う方が確実だろう。
 それなのに、プレイヤー同士が一つの目的のために集い、協力し合える事に、人の可能性のようなものをジャックは感じていた。
 そして、その可能性を実現させた人物がいる。

 ――もうすぐだ……もうすぐ会える。

 実はスパイデー討伐の為にプレイヤーを募集していたのはASではない。ASも、あるプレイヤーに誘われてこの討伐クエストに参加を決めていた。
 みんなで討伐クエストをしようと立案し、プレイヤーを集めた主催者にジャックは大いに興味を持っていた。

 立案者はどのような人物なのか。

 ジャックは今か今かと待ちわび、暇つぶしに集まってきたプレイヤーを観察していたとき、ある人物が目に入った。

 レベッカ=コキア。

 黒い仮面とマントで身を包み、背中にツーハンデッドソードを背負っている。
 体格は小柄だが、大胆で強気な動きをするプレイヤー。そして……ジャックと同じコキアの名を持つプレイヤーである。
 ジャックはごくりと息をのむ。

 ジャックがソウル杯に参加している理由が、恩人であるリリアン=コキアに再開することだ。
 いきなりジャックの目の前から理由も告げずに去って行った相棒リリアン。別れたあの日から、ジャックがずっとずっと会いたいと願った人。
 リリアンと同じコキアの名を持つレベッカこそ、ジャックが追い求めている人物の可能性が一番高いプレイヤーなのだ。
 ジャックは彼女に一度、リリアンかどうかを尋ねたことがある。そのとき、レベッカには否定されたが……。

 ――ねえ、キミは……本当に……リリアンじゃないの?

 心の中でリリアンに問いかけるが、答えは返ってこない。
 ジャックは深呼吸し、不安と期待を胸に、レベッカの元へと歩き出す。
 喉がカラカラで息が苦しくなる。
 ジャックはレベッカの肩に手を掛けようとしたとき。

「レベッカさん、軽く打ち合わせをしておきたいのですが……」

 第三者ネルソンが現れたことで、ジャックは声を掛けるタイミングを失う。

 ネルソン=コキア。

 健康的な褐色肌で、長く細い眉毛に整った鼻に中世的な顔立ちとカジュアルショートボブの美形プレイヤー。
 中肉中背ですらりとした美脚をしている。しかし、性格は腹黒で人を平気で裏切る人物だ。
 ジャックは一度、ネルソンに路地裏に連れて行かれて殺されそうになったことがある。

 レベッカとネルソンはライザーの仲間だったが、リザードマンとの死闘でレベッカはジャックに手を貸したことから、裏切り者としてライザーに殺されかけたことがあった。
 ネルソンはライザーを裏切り、レベッカを助け、今も彼女と一緒にチームを組んでいる。
 ジャックにとって、ネルソンは倒すべき敵なのだが、ネルソンの名も奇遇にもコキアなのだ。

 これは偶然なのか?
 三人のコキアが存在する意味とは?

 ただ、今ジャックが気になるのは、ネルソンがレベッカに馴れ馴れしくしている事に、言いようのない苛立ちを感じることだった。
 ジャックは居ても立ってもいられず、二人に声を掛けた。

「レベッカ、お久しぶり! 元気だった!」
「じゃ、ジャック?」

 レベッカはうわずった声で二、三歩ジャックから離れる。
 レベッカの行動は、思いもよらない相手が突然現れたことでつい後ろに下がってしまっただけなのだが、ジャックにとっては距離をとられてしまったと感じ、軽くショックを受けていた。
 ジャックの顔色を見て、レベッカは慌てて声を掛けようとしたが。

「おやおや、ジャックさん、久しぶりですね」
「「!!!」」

 ジャックとレベッカは驚きのあまり声を失う。それほどの衝撃があった。
 ネルソンがレベッカの肩を抱き寄せたのだ。ジャックの機嫌はマッハで悪化し、ブチ切れそうになる。
 ジャックは笑顔のまま、震える拳を即座にネルソンの顔面に叩きつける事ができるように準備……ではなく、殺気を抑え込む。

「どうかしたのですか、ジャックさん? 機嫌がすこぶるよさそうですけど」
「ハハハッ、分かる? スパイデー討伐クエストが待ち遠しくて、今すぐ誰かをぶん殴ってやりたい気分なんだよね。ネルソン、殴っていい?」

 二人の間に火花がバチバチとぶつかりあう。ジャックは確信した。
 ネルソンはリリアンではないと。こんな意地悪なヤツがリリアンなわけがないと。
 その証拠に、ネルソンはジャックが嫌がることをピンポイントでついてくる。

「ジャックさんとは過去にいろいろとありましたが、今回は協力し合うのですから、遺恨は水に流して頑張りましょう」

 そう言いつつも、ネルソンは更にレベッカを抱き寄せる。ジャックの頭に血の気が上る。

「ちょ、ちょっとネルソン、暑苦しい。離れなさいよ」

 ネルソンは更にレベッカと体を密着させ、ジャックを挑発する。
 ジャックの笑顔は凍りつき……即座にネルソンの顔面めがけて右ストレートを放った。ネルソンは難なくジャックの右ストレートをかわす。
 ネルソンとレベッカが離れた瞬間、ジャックはレベッカを抱き寄せ、ネルソンから離れる。

「悪いんだけど、レベッカは譲れないから」
「……何を今更。あの雪の日、嘘をついたくせに……」
「!」

 ぞくっ!

 ジャックはネルソンの言葉に体が硬直してしまい、まるで金縛りにあったように指一本動かせない。
 ネルソンの言葉はどんな鋭利な刃物よりも深く鋭く、ジャックに突き刺さった。

 ネルソンがなぜ、あの日のことを知っているのか?
 ネルソンがリリアンなのか?

 そんなはずはない。そんなことはありえない。そう思いつつも、ジャックは不安でいっぱいだった。
 リリアンとチャットしたとき、確かにリリアンは私を見つけたら、全てを話すと言ってくれた。
 しかし、それはリリアンから会いに来てくれないということでもある。

 リリアンはもしかして、気を遣ってくれただけではないのか? ジャックに会うつもりは全くなかったのではないのか?
 ジャックに会う意思があるのなら、リリアンはジャックにゲーム内で使用している名前を告げるはずだ。それをしないってことは……。
 ジャックは今考えた事をかき消すかのように首をブンブンと横に振る。

 ネガティヴに考えすぎだ。
 リリアンはメールの文面通り、ジャックに会うつもりがあるからこそ、メールでジャックを呼び出したのではないか?
 だが、もし……もしも、リリアンはジャックに会うつもりがないのなら……。
 ジャックは今までに感じたことのない胸の痛みを紛らわせる為に、レベッカを強く抱きしめるが……。

「……いい加減、離れなさい!」
「あたっ!」

 レベッカの裏拳がジャックの顔面にヒットし、ジャックはたたらを踏みながら後退する。
 レベッカに殴られた。
 ジャックはネルソンの言葉よりもショックを受け、泣きたくなってきた。

「キミねぇ! 断りもなくいきなり乙女を抱きしめるなんて、セクハラで訴えられたいの? 叩っ切るわよ!」

 レベッカはジャックを指さし、大声で怒鳴り散らす。

 ――ネルソンのときは殴らなかったのに、僕にはグーなの? どうして!

 ジャックは悲しみよりも怒りの感情が勝り、レベッカに食ってかかる。

「納得できないよ! どうして、ネルソンはよくて僕はダメなの!」
「あ、当たり前でしょ! ジャックこそ何を考えてるの! 人前で……あ、あんな事をしておいて逆ギレ? マジありえないから!」

 ジャックとレベッカはお互い至近距離で怒鳴り合う。
 ジャックは自分のことは棚に上げ、激しい怒りをレベッカにぶつけていた。
 ネルソンは拒絶せず、ジャックを拒絶したレベッカ。
 どこに差があるというのか? 自分はネルソンに劣っているとでもいうのか?

 確かにネルソンは中性的な顔立ちで美形だ。声も女性っぽいし、男らしくない話し方だ。
 だが、性格が悪い。ムカつく二枚目としかジャックには思えなかった。

 ――認められない、認めたくない。

「おい、ジャック! 揉め事を起こすな!」

 テツに襟首を掴まれ、ジャックはずるずると引っ張れる。

「テツ、離して! まだ話は終わっていない!」
「頭を冷やしやがれ! 今からここにいるプレイヤー達と協力し合うってときに、波風立てるような事をしてるんじゃねえよ! やりづらくなるだろうが」

 テツに指摘され、ジャックはようやく、自分が周りのプレイヤーから注目を集めていることに気づいた。
 ジャックを見るプレイヤーの目は好意的ではなく、その逆で不審者を見るような目つきだ。
 周りから見たら、ジャックは女性プレイヤーに手を出したセクハラ野郎に映っているのだろう。
 これからボス戦に挑もうとしている時に、女性と問題を起こす男なんて不快なヤツにしか思えない。
 ジャックだって、そんなヤツがいたら近寄りたくないと思うし、自重しろと言いたくもなる。

 ――失敗した……。

 今になってようやくジャックは自分がどれだけ不味いことをしてしまったのか、思いしらされた。
 自分だけ嫌われるのは仕方ない。身から出たさびだ。だが、仲間まで迷惑を掛けてしまうのは本意ではない。
 覆水盆に返らず。ここはもう大人しくして、これ以上騒ぎを起こさないようじっとするのが得策だ。

 ジャックはもう一度レベッカを見る。
 レベッカはジャックを追いかけようとしていたが、ネルソンに止められていた。
 レベッカは自分達の行動のせいで、雰囲気が悪くなってしまったことに気を病み、誤解だと説明しようとしたのだろう。
 だが、ここで下手に弁解すれば、飛び火してしまう可能性があるため、ネルソンはレベッカを止めた。
 業腹だが、ジャックはレベッカを護ってくれたネルソンに感謝……。

 ――するわけないじゃん、あの野郎!

 していなかった。
 第一、ネルソンがレベッカに馴れ馴れしくしていなければ、問題は起こらなかった。
 ネルソンとは必ず決着をつける、そうジャックは誓いを立て、呪詛をつぶやくかのようにネルソンの恨みをささやいていた。

「よう、ジャック。ナンパに失敗したのか?」

 ジャックに声を掛けてきたのはカークだった。カークはジャックの肩を抱き、気にするなと言いたげにバンバン叩く。

「別に……ナンパじゃないから」
「なら痴話喧嘩か? ソレイユやエリンがいるのに、贅沢モノだな。だが、気持ちは分かる!」
「分かってどうするのよ。少しは自重しなさい」

 今度はカークの相棒であるレンがやってきた。レンはカークのおでこをはたき、さっさと離れと邪険に扱う。

「何があったのかは知らないけど、女の子に怒鳴っちゃダメでしょ。反省しなさい」
「大胆ですよね~ジャックさんは。私も押し倒されましたし。もしかして、ジャックさんってところ構わず発情する人なんですか?」
「全く……キミがどこで誰に発情しようと勝手だけど、時と場所を考えなさい。私に恥をかかせないで」

 レンはメッと指さしながらジャックを注意する。
 エリンはいつものようにニコニコしているが、目が笑っていない。
 ソレイユに関しては凍てつくシベリアの風を思わせるような極寒の視線をジャックに突き刺していた。
 ジャックは我慢の限界に達し、女性陣にかみつく。

「どうして、僕だけが責められるの! ネルソンだってレベッカに手を出したんだよ! あっちだって問題あるでしょ!」
「ジャック。世の中の真理を教えてやる。イケメンに限るんだよ」

 カークの発言にレンはため息をつき、呆れていた。

「限らないわよ。全部、アウトだから。それにネルソンと比べるのはお門違いよ」
「そうですね」
「論外だわ」

 ジャックは目の前が暗くなるのを感じた。
 仲間にも、レンにも否定され、ジャックは自分の何が悪かったのか、本気で悩み始めていた。
 もし、レベッカがリリアンでない場合、ジャックのとった態度はただのセクハラになりかねない。
 たった一度共闘した程度で彼氏ヅラされたのではたまったものではないだろう。
 それにレベッカとネルソンが現実リアルでの知り合いだったら、レベッカの態度も納得はいく。
 それに二人が家族なら、過度のスキンシップも問題ないだろう。
 しかし、そうなるとネルソンのあの発言が引っかかる。

「……何を今更。あの雪の日、嘘をついたくせに……」

 ジャックとリリアンの事を知らなければ言えない台詞だ。しかも、天気まで言い当てている。そうなると、ネルソンがリリアンということになるのか?
 リリアンは男……それはかまわないのだが、問題はネルソンがリリアンの場合、かなり恨まれているということだ。
 ネルソンのジャックに対する行動は悪意に満ちている。

 なぜ、そこまで嫌われなければならないのか?

 ジャックから言わせてもらえば、ネルソンに恨みを言いたいのはジャックの方だ。
 出会っていきなりPKさせそうになったのだ。ジャックこそ被害者だろう。

 ――自分は悪くない……悪くない。

 ジャックは自分の非を認めたくなかったが、仲間に迷惑を掛けたことは心苦しかった。申し訳ない気持ちで一杯だった。

「ジャック、大丈夫? 理不尽かもしれないけど、今後のために仲直りした方がじゃない?」
「……うん。僕が悪い。折を見て謝るよ」

 リリアンはよしよしとジャックの頭を撫でる。ジャックはふと、ムサシと視線が合った。
 ムサシはドンマイと笑いかけてきた。ジャックはムサシに迷惑をかけたことに頭を下げた。

「お待たせしました。それでは討伐戦の打ち合わせを始めます」

 主催者が現れたことで、ジャック達は気を引き締め、スパイデー討伐戦に集中することにした。
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