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六章 死闘! アミルキシアの森 中編

六話 死闘! アミルキシアの森 中編 その七

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「大丈夫、レベッカ!」
「……これってなんなの? どうして、猿がコリー達を襲うわけ?」
「匂い袋さ」
「匂い袋?」

 クロスロードでアミルキシアの森へ行く為の準備をしていた時、ジャックはモンスター除けの匂い袋を購入しようとしたが、お金が足りなかった。
 そこで、安かったモンスターを呼び寄せる匂い袋を一つ買っておいたのだ。目的は、敵から逃げる為だ。
 このゲームでは、匂いでモンスターのエンカウント率を制御できる。
 ジャックはそれを利用し、プレイヤーのいないところに匂い袋をぶちまけ、そこにモンスターが群がっている間に逃げる方法を考えていたのだ。
 少し甘い匂いがコリーにしみついている間は、率先してモンスターはコリーを襲うだろう。これで少しは時間を稼げるはずだとジャックは考え、行動したわけだ。

 ジャックは、自分の傷とレベッカの傷にヒーリングストーンを押し当てる。体力は全快したが、もうストーンはきれてしまった。
 ゲーム序盤ではあまりお金が稼げない為、少し値の張るヒーリングストーンをあまり購入できず、数をそろえることがかなわなかった。
 先ほど、ネルソンがコリーの舌の傷を治すのにヒーリングストーンをケチったのもこういった事情があるからだ。

「ごめん。いざってときの匂い袋を、私を助ける為に使わせてしまって」
「ここはごめんじゃなくて、ありがとうでしょ? それに僕達、運命共同体だしね」
「……ありがとう」

 ツンデレレベッカが素直に感謝の言葉をくれたことに、ジャックは鼻の頭をかいてしまう。

「それで、逆転するプランはある? 私的には弓を装備しているムートを最初に倒してしまいたいわ」
「だね。防御、薄そうだし。僕達が注意すべきことは孤立されられることかな? 数人に襲われて、袋叩きにされたら即死しちゃうもんね。はぐれないよう二人三脚でもする?」
「……」

 レベッカが黙ってしまったことにジャックは少し不安を覚える。仮面で表情が分からない為、反応しにくいのだ。

「も、もしかして、怒っていらっしゃる?」
「違うわよ。らしくなってきたじゃない。そっちのほうがいいわ」
「?」
「こっちの話よ。どうやら、効果はきれたみたいね」

 猿の集まりが途切れていく。コリーは仲間と協力し、猿を撃退していた。
 このまま逃げるという手もあるが、ソレイユ達の状況が分からない以上、判断が難しい。
 仮に、ネルソン達から逃げることが出来た場合、彼らはどうするのか? ソレイユ達を捜すかもしれない。そうなると、ソレイユ達が危険になる。
 やはり、ここでネルソン達を無力化する必要がある。

「ジャックぅ~……作戦会議は終わったかぁ? こっちはぁ、猿をけしかけられてぇ……ブチぎれそうなんだよぉ!」

 コリーはジャック達に殺気を向けながら、ジャック達の方へ歩いてくる。第二幕が始まろうとしていた。
 ジャックはいまだ、勝機を見いだせないでいた。四人のコンビネーションはざるじゃない。きっと、ジャック達のように何度もPVPの練習をしている動きだ。きっと、ネルソンが鍛え上げたのだろう。
 一番厄介なのは数の差だ。これを覆さない限り、勝ち目はない。しかし、この森にはジャックの仲間は三人しかいない。それをどう有効活用するかがカギになる。
 やはり、ソレイユ達と合流するべきか?

 ジャックはその案を否定するように首を振る。
 少し苦しくなったら他人を頼るのは努力していない証拠だ。ソレイユ達だってきっと苦戦している。
 ジャックは仲間と群れることは悪いことではないと考えているが、頼りっきりにするのは違うと思っている。
 この考えが正しいのか、ジャックには分からない。だが、仲間に胸を張って再開できるよう、レベッカと二人で努力するべきだ。

 考えがまとまらないまま、コリー、ディーンは陣形を組み、ムートが弓で援護する隊列でジャック達と距離を詰める。
 ネルソンは……立ち止まっていた。彼だけが後ろで孤立している。

「どうったのぉ、ネルソンクン? まさかぁ……今になってぇ、人を殺すのがぁ、怖くなったのぉ?」

 からかっただけだった。
 コリーは信じていた。ネルソンはこのチームの中で最初にNPCを殺しただけでなく、プレイヤーを殺めたのだ。
 コリーはネルソンにとって、憧れだった。
 殺人に躊躇がなく、頭の回転も早く、強い。もしかすると、ライザーよりも強いのかもしれない。
 だから、ネルソンは『トラヤヌス旅団』の幹部候補とさえ言われているのだ。

「……連絡がきました。準備は整ったとのことです」
「……準備? 何の事? そんな話、聞いてないんですけど」

 ネルソンはくるくるダガーを回転させながら、前進する。今度はどんな策が待っているのか?

「ねえ、リリアン。これってヤバくない? 嫌な予感しかしないんだけど」
「ううん……どうなんだろ? でも、怖い……負けないで、ジャック」

 分かっているのは、状況は加速的に悪化していくことだけだ。
 ネルソンは後方支援しているムートの隣に並ぶ。

「コリーさん。さっきの答えですが……」
「さっきの答えぇ?」
「私が人殺しが出来るか? でしたね。私は言葉よりも行動で示す事にしています。言葉通り、そっちの方が一目瞭然ですからね。だから……」

 ネルソンはダガーを逆手に持ち替え……。

「これが証拠です」

 おもむろにムートの首元に叩きつけた。

「がはっ!」
「む、ムート!」

 ムートの首から血しぶきが噴水のように飛び散り、大地を赤く染める。蹈鞴たたらを踏みながら、ムートはなんとか踏みとどまった。
 現実なら確実に死んでいただろう。
 ネルソンはムートの血を浴びながら、微笑んでいた。
 コリー達でだけなく、ジャックもあまりの出来事に言葉を失っていた。

「ね、ねえ、ネルソンクン。これぇ、どういうことぉ? 準備ってぇなにぃ?」

 コリーは目の前の現実を直視しても、ネルソンの行動が分かっていなかったようだ。
 ネルソンの言っていた準備とは何なのか? ジャックの頭の中で浮かんだのは……。

「クーデター?」

 ネルソンは以前、ジャックを騙し、殺されそうになった。今回もネルソンはライザーを騙し、トップになるつもりなのか。

「違いますよ、ジャックさん。私がクーデターを起こすなら、コリーさんを誘っていましたからね。ですが、最初から裏切るつもりでしたよ。私の目的は……」
「ぐはっ!」

 今度はディーンが苦悶くもんの声を上げる。ネルソンと向かい合っていたため、ジャック達に背を向けていたのだ。
 ジャックは事態が飲み込めず、棒立ちになっている。
 レベッカは……。

「戦闘中に背を向けるなんて、ディーン、油断しすぎ」
「て、てめえ……レベッカ……まさか……お前ら」

 レベッカはツーハンデッドソードを横になぎ払う。
 ディーンは後ろに飛んでやりそごすが……。

「背中ががら空きですよ」
「がはっ!」

 ディーンの無防備な背中をネルソンが蹴り飛ばす。
 ネルソンとレベッカはお互い視線を交わし、肩をすくめた。

「ふぅ……危なかったわ」
「申し訳ありません、レベッカさん。ですが、腕がなまっていませんか? あの程度の攻撃をさばけないなんて」
「試してみる?」

 状況に取り残されていたのはジャックだけだった。
 目の前の光景はいったい……。

「ねえ、ジャック。私の目から見て、これって好機だと思うんだけど。ネルソンの目的って、レベッカを護ることでしょ? 私達の仲間じゃん。ジャックの嫌な予感ってなんだったの?」
「……ただ、格好つけただけ」

 ジャックの勘は盛大に外れていた。
 リリアンの言う通り、ネルソンは最初から寝返るつもりだったのだろう。
 レベッカが言っていた。無理矢理ライザーの仲間にされたと。
 ライザーとレベッカの関係は今のところ分からないが、形勢は逆転したわけだ。
 世の中、ゲームの世界でも何が起こるか全く予測できないとジャックは痛感した。

「てめえ、ネルソン。俺達を裏切って生きてこの森から出れると思ってるのか?」
「愚問ですよ、ディーンさん。現状、数の有利は覆っています。ジャックさん達が九人、ライザーさん達が五人ですから」
「バカだろ、お前。ネルソンが元々連れてきたヤツが二人も裏切っただろうから、そっちが七人で俺達が五人だろうが。ああっ、言っていてむなしくなるな。どちらにしても、こっちが不利じゃん」
「ムートさん、あってますよ。情報が足りないから正しい分析が出来ないんですよ。さて、みなさん。殺しあいを再開しましょうか」

 なんでもないように殺しあいを口にするネルソンに、コリーは慌てて待ったを掛けた。

「ちょっとぉ、待ちなよぉ、ネルソンクン! 俺ぇ、ネルソンクンとやりあいたくぅないんだけどぉ。俺はぁ……俺はぁ……」

 コリーは泣きそうな顔でネルソンに訴えかける。ネルソンは一度目を閉じ、気を引き締めた後に、コリーにゆっくりと告げる。

「コリーさん。特訓したときの私の言葉、覚えていますか?」
「ネルソンクンの言葉ぁ? ああぁ……」
「思い出したようですね。なら……従いなさい」

 二人の間にもう、会話はない。だが、コリーは悟ったようだ。
 コリーはダガーを握りなおし、ジャックを睨みつける。

「ジャックぅ……殺すぅ! 殺すぅ!」
「ええっ~! おかしいでしょ! 今の会話の流れじゃあ、ネルソンに従うってことじゃないの?」
「問答無用!」
 
 コリーは体勢を低くし、ジャックの懐に飛び込んだ。コリーはダガーをひたすらジャックに向けて突きだす。
 ジャックはバックステップとサイドステップを繰り返し、この場から離れる。

「アハハッ! コリー、遅いよ! こっちこっち!」

 ジャックは森の奥へと逃げていく。コリーは憤怒の形相でジャックを追いかけた。
 ジャックが森の奥へ逃げたのはコリーを誘い込むためだ。
 ネルソンはレベッカを襲うことはないだろう。
 コリー達は同じチームなので連携がとれるが、ジャック達はそうはいかない。打ち合わせなしに三人で連携がとれるだろうか?

 ならば、各個撃破でいくしかない。
 ふいにコリーの足が止まる。狙いがバレたか……そうジャックが危惧きぐしていると、コリーが語りかけてきた。

「ジャックぅ、俺を仲間から引き離そうって考えているんだろぉ? お望みどおりぃ、離れてやったぜぇ。もういいだろぉ?」

 コリーは最初からお見通しだったようだ。目をぎらつかせ、ジャックを見据えている。
 ジャックは首を軽く回し、肩と両手をプラプラさせ、緊張した筋肉をほぐし、戦闘に備える。

「わざと僕のお誘いに乗ってくれたってわけ? なら拳でエスコートしなきゃいけないね。辞世の句は考えついた? 考えていないなら、僕がキミの両親に遺書を届けてあげよっか?」

 コリーの意図は分からないが、ジャックにとって、望んだ状況である事は確かだ。
 周りは木々があるが、広さ的に問題ないだろう。
 ジャックはここで戦う事を決めた。

「てめえのぉ~遺書でもぉ書いてろぉ。いいぜぇ、ジャックぅ。俺もぉ、ジャックとは一対一でぇ、殺りたかったんだよぉ。負けた理由がぁ、複数同時に襲われたからってぇ、言われたくねえんだよぉ! お前はぁ、俺一人の力でぇ、お前をぉ、殺すぅ!」

 あまりのしつこさにジャックは少し呆れていたが、この展開は望むところだ。
 コリーの気が変わらないうちに決着をつけるべきと考えたジャックは戦闘態勢に入る。
 ファイティングポーズをとり、コリーを正面にとらえる。

「男だね、コリーは。そうこなくっちゃ。でも、いいの? キミの潜在能力は無限にジャンプできることでしょ? ネタがバレたら威力は半減しちゃうんじゃない?」
「半減だとぉ? クククッ……お前はぁ、理解していないんだよぉ! この俺のぉ、潜在能力ぅ、エアーウォーカーをぉ!」

 コリーはその場で後ろを向き、バク宙してみせた。なぜ、コリーが後ろを向いてバク宙をしたのか? ジャックはすぐにその意味に気付かされる。
 コリーの体が逆さまになった途端、コリーの足が空を切るような動きをみせた。
 すると、コリーは逆さまの状態でジャックの元へと走ってきたのだ。まるでコリーのいるところだけ重力が逆さまになっているかのような、とんでもない動きだ。

 今までに見たこともない動きに、ジャックは体を丸め、防御の姿勢に入る。コリーのいる高さはジャックの頭と同じ高さの為、ジャックの拳はコリーに届かない。
 ジャンプ攻撃をすれば届くかもしれないが、コリーはその名の通り、空を蹴ってきている。ジャンプ攻撃をかわされたら、無防備な状態をさらしてしまう。
 空中戦ではコリーには勝てない。防御に徹することしかできないのだ。
 コリーはジャックとすれ違いざま、ダガーで斬りつけた。ジャックの肩がダガーに斬りつけられ、血しぶきが舞う。

「っ!」

 コリーは方向転換し、すぐさまジャックに襲い掛かる。ジャックは腰をおろして体勢を低くする。これなら、コリーのダガーはジャックに届かないはず。
 だが、コリーは地面に向かってジャンプし、ジャックを斬りつけようとする。ジャックはすぐさま地面を転げまわり、なんとかコリーの攻撃を防ぐ。

 コリーは器用に体を回転させ、地面に足をつける。
 ジャックは自分の考えの甘さに気付かされる。
 コリーの潜在能力、エアーウォーカーはかなり厄介な代物しろものだ。先程の動きは連続ジャンプでは到底無理な動きだ。その名の通り、空を歩かなければできない芸当だろう。

「どうだぁ、ジャック。この動きについてこれるかぁ? 威力が半減ぅ? バカいってんじゃねえよぉ!」
「そうだね、前言を撤回させてもらうよ。それより、目がまわらない? ゲロ袋いる?」
「人の心配なんかぁ、している場合かぁ? 今ぁ、俺が一番許せないのがぁ、一対一なら勝てるってぇ、思われたことなんだよぉ!」

 コリーは右斜め前にジャンプしたかと思えば、今度は左斜め前に空中でジャンプする。これを繰り返し、コリーはジャックに近づいてきた。
 ジャックは目でコリーの動きを追うが、空を蹴った動きはかなり早い。しかも、狙いをつけることが出来ない。すぐに距離を詰め、ジャックに襲い掛かる。
 右下から左斜め上にコリーは体ごとダガーを突き出してくる。ジャックはシールドガントレットでガードするが、コリーの弾丸のような強い勢いに、バランスが崩れ、体が右に流されてしまう。
 コリーは体制を変え、左上から右下にまた体ごとダガーを突き出してきた。

「ジャック! 危ない!」
「くっ!」

 ジャックは必死にガードが崩れないよう、バランスを保とうとするが、防御することでスタミナが減り、息苦しくなる。このままだとガードが崩されるのは時間の問題だ。
 コリーは右下から左上へ、左上から右下へ何度も攻撃を続けてくる。ジャックは思いっきり後ろに跳び、着地した後、すぐに左に飛ぶ。
 ジャックは周りの木を利用して、コリーの動きを制御しようと考えた。

 しかし、ジャックは足が地面についたとき、方向転換できるが、コリーは好きなタイミングで空を蹴り、方向転換できる為、ジャックよりも素早く移動することができる。
 細かい足さばきで、コリーは障害物をものともせずにジャックの背後、死角を狙い襲い掛かってくるのだ。

 コリーに攻撃されるたびに、ジャックの傷が増えていく。SPも半分まで下がってきていた。回復手段がもうない為、これ以上、ダメージを受けるわけにはいかない。コリー以外にも敵はいるのだから。

 ジャックは覚悟を決める。
 ジャックはただ逃げ回っていただけではない。起死回生の一撃をコリーに与えることができるポイントを捜していたのだ。

 ――ここまでくれば、アレを使用できる。勝負だ!

 ジャックは飛び込んでくるコリーに向かって走り出した。
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