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番外編01

PVP模擬戦

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「ソレイユ! 扇風機の真似事して楽しい? 武器をただ振り回すだけじゃ……こうなるから!」
「!」

 ソレイユの斬撃を、ジャックはタイミングよくガントレットで弾き飛ばす。ソレイユは大きくのけぞり、隙がうまれる。その隙をジャックは逃さずに、左拳をソレイユの顔面に叩き込もうとした。
 ソレイユの鼻先でジャックは拳を止める。ソレイユはそのまま動けずにいた。

「これで僕の11勝0敗だね。無双じゃPVPは勝てないから、フェイントまぜてみなよ」
「無双って何?」
「ボタン連打。つまりはただ攻撃を繰り返しているだけのこと。ソレイユの斬撃スピードは速いけど、単調なリズムだからタイミングがとりやすいんだ。だから、ソレイユの攻撃は簡単に弾かれたってわけ」

 ジャックはソレイユになぜ、負けたのか、どうしたらいいのかレクチャーしていた。

 狩りの合間に、ジャック達はPVPの練習を繰り返していた。
 このゲームの最終目的は最後の一人になるまで勝ち抜くことだ。その来たるべき戦いに備え、本番で実力を発揮できるよう模擬試合で鍛えていた。

 ルールは一撃当てるか、寸止めが決まれば勝ち。これなら、SPが0になることもなく戦える。少々物足りないが、安全性を考えれば仕方のないことだろう。
 ジャックは、自作した新しい武器の具合を確認する。

 ジャックはソードでもスピアでもなく、シールドガントレットと呼ばれる武器を装備していた。

 シールドガントレット。
 スモールシールドとガントレットを合成して出来た武器で、拳を使って相手にダメージを与える。
 ボクシング経験のあるジャックにとって最適の武器だ。普通のガントレットよりも分厚く、体積が広くなっている。

 シールドガントレットの長所は、ガントレットにシールドが内蔵されている為、両腕で相手の攻撃をガードでき、攻撃にも転じることができる。
 つまり、片方のシールドガントレットで敵の攻撃を防ぎ、残ったシールドガントレットで相手を殴りつけることができることだ。

 短所は、スモールシールドよりも更に盾の面が小さい為、ピンポイントで防ぐ必要がある。
 失敗するとモロに攻撃を受けてしまうデメリットがある。
 最初は防御に失敗して、ジャックはダメージを何度も受けていたが、ようやくコツが掴め、ソレイユの攻撃を完全に防げるようになっていた。
 もう一つ、ガントレットとスモールシールドが合わさっている事から、質量が重くなり、攻撃の速度が若干遅くなる事だ。

「おい、ジャック。次は俺だ」

 テツの挑戦に、ジャックはレクチャーを中断し、テツと向かい合う。テツの武器はロングスピア。ショートソードよりも更にリーチが長い。更に……。

「シャァ!」

 テツの突きは早く鋭い。点にしか見えない攻撃を、ジャックは反射的にシールドガントレットで防ごうとする。

 ガン!

 かろうじてジャックの防御が一瞬だけ早かった。

「相変わらず目だけはいいな。それとも、まぐれか?」
「まぐれかどうか、試してみなよ」

 ジャックは軽口を叩いているが、内心ひやひやしていた。テツの突きは真っ直ぐ飛び込んでくる。最短の距離で攻撃を仕掛けてくるのだ。
 目で追って反応していたら間に合わない。点が見えた瞬間、攻撃箇所を予測すると同時に動かなければ防ぐことがかなわない。

 もちろん、防ぐだけではテツに勝てない。ロングスピアをかいくぐり、拳の届く範囲まで距離を詰めなければ勝負にすらならない。
 しかし、テツの槍捌きは絶妙で、距離を詰めさせてくれない。足を止められ、距離を保たれてしまう。手を打たなければ、テツの射程距離でなぶなれる未来しか待っていない。

「ぐっ!」

 テツの一撃がジャックの腕をかする。

「どうした? ガードし損ねたのか?」
「かすっただけさ。これも作戦だから」
「作戦とは強がることか、ジャック」

 ジャックは大きく後ろにステップし、テツから大きく距離をとる。緩急かんきゅうをつけて突いてくるテツの攻撃に、ジャックは対応しきれないことを実感させられた。
 なら、どうすればいいのか?

「ほう……」

 テツは感嘆の声を上げる。ジャックは脚幅を肩幅の広さに構えていたが、体を横になるように構える。左足を前に、右足を後ろにおく。そうすることでテツに向ける体面がジャックの肩の広さのみとなる。
 ロングスピアは突きに特化している。なので、突くことのできる体面を小さくすることで攻撃範囲を絞らせ、予測しやすくしたのだ。
 ジャックはゆっくりとテツとの間合いをつめる。一歩、また一歩近づき……。

「!」

 テツの容赦ない突きに、ジャックは上半身をそらし、回避する。突きは一度だけでなく、連続でジャックに襲い掛かる。ジャックは左右に移動しながら、テツの隙を窺う。
 この連続攻撃はいつまでも続かない事をジャックは知っている。攻撃を続けるとスタミナが減り、息が出来なくなる。
 このシステムはジャックがオオカミや盗賊との戦いで何度も味わった苦しさだ。

 息苦しさを耐える忍耐力があっても、システムがプレイヤーの安全を優先させてしまう。
 肉体が危険な状態になると、システムから警告がプレイヤーに伝えられる。その警告を無視し、酷使させると強制ソウルアウトされる。
 その場合、この世界の肉体、ソウルメイトはそのまま取り残され、何もできなくなる。その間、無防備になってしまい、なすがまま殺されてしまうだろう。

 避け続けるジャックより、テツの方が何倍も激しい動きをしているが、先に音を上げそうなのはジャックだった。
 自分の体に刃が突き刺さりそうなのだから仕方のないことだ。ロングスピアが通り抜けるときの風圧と、風をきる音がジャックの体に恐怖を与える。

 その恐怖でジャックの足が硬直しないのは、模擬戦の効果が出てきたからだ。
 初日の盗賊との死闘と積み重ねた模擬戦での経験がジャックを突き動かし、テツの攻撃から身を守っていた。

 テツの槍捌きが止まると同時に、ジャックは足に力を籠め、一気にテツに向かって解放する。拳が当たる距離まで近づいたとき、ジャックの視界の端に、テツの蹴りが見えた。

 ――誘い込まれた!

 テツはわざと攻撃を止めたのだ。攻撃を止めれば、ジャックが飛び込んでくることをテツは予測し、それにあわせて蹴りを放ってきた。
 ジャックに選択肢がうまれる。避けるか、進むか。
 ジャックは迷うことなく……。

「はっ!」

 テツの蹴りに合わせて、ジャックはシールドガントレットで防御する。蹴りがシールドガントレットにぶつかる瞬間、ジャックは大きく手を振り払う。テツの蹴りはジャックに振り払われ、決定的な隙が生じる。
 ジャックは今度こそ、テツのボディ目掛けて拳をふるった。タイミングは悪くなかった。だが、距離があった。
 テツは後ろに倒れるように大きくび、ジャックの拳を避けようとする。

 ジャックの拳が、テツのすぐそばを通り過ぎていった。テツは後転して、すぐさま体制を整える。
 ジャックはすぐさま追い打ちをかけた。距離をとられたら、不利になる。拳の届く距離にいかなければ、ジャックは文字通り手が届かず、またテツの攻撃にさらされる。

 追い打ちをかけてくるジャックに、テツはジャックに向かって飛び込んだ。テツの両手がジャックの両膝裏を掴み、そのまま突っ込んできた勢いで後方に倒そうとする。
 ジャックは完全に体制を崩してしまい、なおかつ足が宙に浮いてしまっていたので、防御できなかった。
 ジャックは地面に倒されてしまった。

「俺の勝ちだな」
「……参ったよ。まさか、双手刈りするなんて思ってもいなかった。完敗」

 双手刈りとは柔道の技だ。テツの動きは、喧嘩殺法に似ていたので、ロングスピアを装備していても打撃技もあるとは予測していたが、まさか柔道の技を使用できるとは思ってもいなかった。
 それも、熟練された動きだ。

「これは模擬戦だ。本番じゃねえ。SPがゼロになるまで、気を抜くんじゃねえぞ」
「分かってる。でも、次の模擬戦は勝つから」
「ほざけ」

 ジャックとテツは拳をあわせる。これが勝負の終わりの合図だ。
 勝負には負けたが、ジャックは手ごたえを感じていた。
 RPGでは拳はあまり攻撃力は高くないし、強くない。連撃はできるが、それだけだ。(ゲームによる)
 しかし、六感が反映されるこの世界では、拳も十分凶器になる。要は武器を防ぐ技術と相手に飛び込む度胸ハートがあればいい。そっちのほうがジャックにはあっている。
 それに、このパーティには打撃系の武器を扱う者がいないことも、ジャックが拳を使う理由の一つになっていた。

 このゲームのシステムに、攻撃にはそれぞれ属性が用意されている。剣や槍なら斬撃属性、メイスや拳が打撃属性といった具合だ。属性がある以上、弱点も耐性もあると考えられる。
 後、属性によって状態異常の付加の種類も違う。斬撃なら刀傷が付加され、出血によるダメージが継続される。上位クラスになると、体の一部を斬り取ったり、武器を切断できるとのこと。

 打撃なら打撲や気絶効果が付加される。打撲は一定時間、動きが鈍くなる。上位クラスになると、岩や武具の破壊ができるらしい。
 斬撃は生身の敵に対して付加能力が高く、かなり有効だが、硬い敵には耐性でダメージが半減する。
 打撃は逆に硬い敵には有効で、生身にも有効だが、斬撃ほど致命傷にはならない。

 ギルドから得た情報を元に、ジャックは打撃系の武器を選択した。
 斬撃が通じる相手だけならいいが、通じない相手がいた場合、倒すのに時間がかかるか、最悪逃げることになる。
 逃げるのは問題ないが、倒せない場合、素材ゲットや討伐クエストがクリアできない場合がある。それを回避する為の対策だ。

 ジャックはテツの攻撃をさばいた感覚を復習していると……。

 ヒュー!

 目の前に何かが飛来してきた。飛んできた方向を確認すると、エリンがにこにこと微笑みながら弓を構えていた。
 つうっと冷たい汗がジャックの頬をつたう。

「次は私ですね、ジャックさん」
「いや、ちょっと待って。矢はちょっと無理かも。前に散々思い知らされたから」
「レッスン3、いきましょうか~」

 エリンは何のためらいもなく、矢を放つ。ジャックは咄嗟とっさに矢をガードする。

「すごいですね~、尊敬しちゃいます!」
「そう思うならやめてくんない?」
「どんどんいきますから、覚悟してくださいね、ジャックさん」

 ジャックはすぐさま全力で疾走し、的にならないよう逃げる。
 先ほど矢をガードできたのは偶然だ。さすがに五メートル離れた場所から矢を放たれたら、対応しきれない。
 ちなみにジャブの速さは時速約四十キロメートル、矢は時速約二百キロメートルらしい。殴られる経験はあっても、矢を射られた経験のないジャックは矢の対応に四苦八苦していた。

 最初にトライした時の感想は、己がどれだけ無謀なことをしたのかということだった。正直、あんなもん対応できるかって自分にツッコんだくらいだ。
 ボクシングのジャブは目の前で放たれるが、相手の視線や肩、手の動き等から軌道が予測できる。だが、弓は何を見て軌道を予測するのか分からなかった。
 視線や構えからどこを狙っているのかは分かる。だが、いつ矢が放たれるかさっぱり分からない。それならば、矢を撃たせないよう逃げ続けるだけしか思いつかなかった。

 だが、逃げ回るジャックにエリンは迷うことなく矢を放つ。

「痛っ!」

 エリンの矢がジャックの太股に当たる。矢尻はつぶしてあったが、時速約二百キロでぶつかってくる痛みに、ジャックは涙目になる。

「次、いきますよ、ジャックさん」
「いや、ちょっと待って! マジで無理だから! 一撃当たったら終わりでしょ?」

 ジャックはジリジリと後ろに下がるが、エリンは全く止める気がなかった。

「いきますよ、ジャックさん」
「いやだ~~~~~!」

 エリンは一寸の狂いもなくジャックに矢を浴びせる。ジャックは思った。この女、可愛いけど鬼だ。そして、絶対に弓の経験があると。

 この世界に魔法はなく、武器を使って相手を攻撃するのだが、そこに疑問を感じなかっただろうか。
 格闘経験のないプレイヤーはどうすれば武器を扱えるのかと。
 武器を扱った経験など、日本で暮らしていたらまずない。あったとしても、剣道や弓道といった部活やサークル等でだろう。
 素人が教えもなく、いきなり武器を扱うのは難しい。だから、運営は3つのシステムを組み込んだ。

 一つ目がオート操作だ。オート操作とは、頭の中で思い浮かんだものを反映させるシステムである。
 剣を横に振るうイメージを頭に浮かべると、体が勝手に剣を横にふるう。長所としては、素人でも武器を扱うことができ、攻撃できる。

 短所は、モーションが常に同じなので攻撃の軌道が読まれやすい。モーションが同じとは、同じ動きしかできないという意味になる。
 例えば、剣を横に振るう動作は同じ角度、同じスピードで剣をふるうことになる。要はプログラムされた動きしかできないということだ。

 二つ目はオートマニュアル操作だ。これは頭の中で思い浮かべるのではなく、実際に動作して、その動きをシステムがサポートする。
 例えば、剣をふるう動作をすると、システムがサポートして、実際には鋭く剣を振りぬくことができる。
 長所は様々な角度から攻撃が可能となる。しかも、フェイントや、キャンセルも可能となり、戦略が広がる。
 短所はシステムでサポートされた動きにはパターンがあり、そこから攻撃の軌道を見破られる。

 最後はマニュアル操作。
 マニュアルはシステムの恩恵を受けず、百パーセント自分の意志で動くことだ。
 長所はシステムやオートマニュアルで再現できない線密な動きができることだ。
 洗練された動きはシステムやオートマニュアルでは再現できない為、最大のアドバンテージとなる。
 短所は、熟練した動きが必要となること。剣で人を斬りつけるとき、角度、力、スピード等、様々な要素が必要となる。力任せでは中途半端にしかダメージを与えることができない。
 その動きをプレイヤーは自分の体一つで再現しなければならない。

 それぞれの長所と短所を使い分けることが、PVPの勝敗を左右することになるだろう。だが、今は……。

「あははっ! ジャックさん、すごいですね。まるで踊っているみたいです~」
「鬼、悪魔、ケダモノ! 何発当ててるの! 痛っ! 痛いから!」

 矢が当たり、ジャックがのけぞっている姿が踊っているように見えているのだ。ジャックは当然、そんなつもりはないのだが、エリンのいいようにもてあそばれていた。

 ジャックの悲鳴が空高くアレンバシルの空に響いていた。
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