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15巻
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空気は冷たいのに生暖かい雰囲気の中で行われた、アイスガーゴイルからの説明。それによると、ここはもともと暇を持て余した氷の体を持つモンスター達のたまり場だったらしい。
彼らは、氷の核をぶち抜かれた上でこの洞窟から無理やり外に出されない限り死なず、それゆえに退屈な日々を送っていたとのこと。なので、こんな場所までやってくる変わり者の相手をするというのは最高の娯楽らしい。そして今は、少し前にやってきた人がルールを教えていった将棋が、爆発的な人気なんだと。
「いやはや、殴り合うとか魔法の打ち合いとか以外の楽しみを提供されたからな。時間は有り余っているから、いい楽しみなんだよなこれが」
なんて言っていた。そしてここで待っている理由は、そうしてやってきたお客が何も知らず先に進んで、むやみやたらと死んでしまうのを防ぐためらしい。
死なせたくないのだったら、あの氷の結晶のモンスターは何なんだと質問してみたところ――
「アレは一応門番と審査員を兼ねた存在で、アレをどうにかできないならここに来る資格がない」とばっさり。
「ここから先はちょーっと色々あってな。それなりの注意をしておかないと、あっさり死体になる。こんな奥まで来られる客人をそんな簡単に死なせたら退屈だからな」
とどのつまり、退屈しのぎ。刺激が少ない分、たまにやってくる刺激を長持ちさせたいとかそういう感じなんだろう。とはいえ、そのための説明をする相手も、こうやって自分みたいに大人しく聞く人に限る、と。
「ちなみに、ここから先には何があるんですか?」
自分から質問してみると、氷で作られたトラップありの迷路、スピードとタフさを競う妨害あり殴り合いありのスケートコースみたいなもの、他には物理攻撃無効化、もしくは魔法攻撃無効化といった限定状況下で氷のモンスターと戦う特殊闘技場まで、とにかく戦うための施設がずらりとあって、どこに行くかも選べるそうだ。
「飛び入り参加も歓迎なんだが、下手な奴が出ると死んじまうからな。そんな奴がここまでやってこられないように、あいつらがいるってわけだ」
洞窟の奥には乱入OKの闘技場がありましたとか、なんだかなぁ。とはいえ、修練になると言えばなるのか? ダンジョン探検でも闘技場でも、結局戦うという点に関しては変わらないんだし。
「というわけで、ここまでやってこれたお前さんにはぜひ、何かに出ていってほしい。勝ったとしても金や宝物なんかは用意してやれないけどな」
――なるほど。掲示板で、奥に進んでも宝箱とかは一切ないと言われていたのはこういうことか。戦いの経験……スキルレベルなんかは上げられるが、金銭的うまみは全くなし、と。確かに事前情報と合致するな。内情は斜め上すぎたけど。こりゃ来る人も少なくて当然だ。
とはいえせっかく来たんだから、一回ぐらいは行ってみようかな。
「じゃあとりあえず、迷路でお願いします」
自分がそう伝えると、左側のアイスガーゴイルが「おーい、案内頼むぞ~」と奥のほうを向いて声をかける。その声に反応して奥から出てきたのは、氷で出来た一匹の兎。呼ぶなればアイスラビットといったところか。氷製なのに、その体は実にしなやかに動く。この辺はファンタジーということだな。
「頑張ってこいよ~」
そんなアイスガーゴイルからの応援(?)を背に、アイスラビットの後について歩くこと数分。先導していたアイスラビットが立ち止まり、首で「先に進んで」と合図を送ってきた。それに従い、アイスラビットの横を通り抜けて数歩進むと、そこには氷の体を持った女性が宙に浮かんだ状態で待機していた。
「ようこそ氷の宮殿へ。案内を務めますグラキエスと申します。この入り口から入りまして、ゴールである女王陛下の謁見室に辿り着くまでの道のりが迷路となっております。制限時間は人の尺度で一時間。制限時間を超過した時点で、強制的にこの入り口にまで戻されてしまいます」
グラキエスと名乗った女性が淡々と説明を述べる。彼女の足の先端は鋭くとがり、手も鋭い。顔はなかなかの美人なのだが、その姿は先程のアイスガーゴイルよりもよほど寒気を感じさせる――まあ、あっちは将棋を指しているところだったからこそ、あんな微妙な空気になったのかもしれないけど。
「それでは、覚悟が決まりましたらどうぞお入りください。なお、仕掛けられている罠はなかなか多く、発動させてしまうと、即死とは言いませんがそれなりの重傷を負う可能性がございます。くれぐれも油断なさりませぬように。久々の挑戦者が早々に脱落しては面白くありませんから」
そんなグラキエスの言葉を聞いてから、自分は迷路に一歩踏み出す。さて、どこまで行けるかな。罠がかなり厄介そうだが……そう考えていたが、それ以上に厄介な物があった。
「これは……とっても見づらいぞ!?」
迷路を形成する壁の全てが、おかしな氷だったのだ。自分の姿が映り込むことでミラーハウスのようになるし、厄介なことこの上ない。リアルで鏡を利用した迷路なんてアトラクションを体験したことがあるが、あれも短い迷路だったのに結構苦戦したことを思い出す。
(この上罠もあるって話だったな。って早速……)
ギリギリで気付いた罠は、壁に手をついたら発動するタイプだった。逆に言えばそこに手をつかなければいいわけだが……この迷路は壁にぶつからないように手をついて進みたくなる。それでそういう仕組みになっているのはタチが悪い。
(これは、氷の槍とかが壁からせり出してきてぐっさり刺してくるパターンか? 左右どっちの壁にもしっかり仕掛けてあるな、これはまた面倒な)
壁との距離感を誤って、ゴツンとぶつかった場合でも容赦なく発動するだろう。というか、そっちが本命なのかもしれない。この条件で一時間内に踏破……無理とは言わないが厳しいな。
それでも進まなきゃ始まらない。罠の発見と解除で〈義賊頭〉のスキルレベルが上がることに期待しようか。
と考えていたのだが……
(えーっと、こっちはもう行ったんだっけ? そしてこっちはまだだっけ? あっちはもう行ったから……)
それから約二〇分後。自分は見事に迷子になっていた。何せ壁には目印になるようなものが特にないし、そんな状況下で罠の発見と解除やらなんやらをやっているうちに方向感覚がおかしくなり、すっかり混乱してしまったのである。
(床に何か書ければいいんだが、全然傷がつかないし……物を置いたら即座に消滅するし……そういう一般的な方法は全部潰されてるな。マッピングも封じられてるのに、きっついな)
本当にめんどくさいことこの上ない。そしてそんな右往左往している自分を見て、ここの洞窟の氷のモンスター達は退屈を紛らわせているのかもしれない。バラエティー番組でも、出演者が迷路のアトラクションで右往左往する様子を見せて楽しませたりするしな。今の自分も丁度そんな感じなんだろう。
(もう四〇分が経過したのか。この調子だと……こりゃ今回ゴールまで辿り着くのは無理だな。いくつもの罠を解除しているから進んでいるのは間違いないと思いたいが、ゴールの部屋らしきものはまだ見えてこない。あと二〇分ではどうあがいても辿り着けないか)
そしてこの予測通り、やがて時間制限で強制退場を食らったのだった。
〈義賊頭〉のスキルレベルは上がったが、その甲斐以上に疲れることになってしまった。今日はもう街に戻ってログアウトしよう……
【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv40 〈剛蹴(エルフ流・一人前)〉Lv38 〈百里眼〉Lv32
〈技量の指〉Lv51(←2UP) 〈小盾〉Lv31 〈隠蔽・改〉Lv7 〈武術身体能力強化〉Lv82
〈ダーク・チェイン〉Lv45 〈義賊頭〉Lv36(←3UP)
〈妖精招来〉Lv16(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv10
控えスキル
〈木工の経験者〉Lv8 〈上級薬剤〉Lv34 〈釣り〉(LOST!) 〈料理の経験者〉Lv22
〈鍛冶の経験者〉Lv28 〈人魚泳法〉Lv9
ExP53
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相
託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊 人魚を釣った人
妖精国の隠れアイドル 悲しみの激情を知る者 メイドのご主人様(仮) 呪具の恋人
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
3
翌日ログインした自分は、再び「痛風の洞窟」の奥を訪れていた。昨日の迷路でかなりスキルレベルが上がったことをかんがみて、修練を兼ねてここの住人の暇つぶしに付き合おうと考えたからだ。
そうして再び昨日出会ったアイスガーゴイルの所まで出向くと、お二人はやはり一心不乱に将棋を指していらっしゃった。
「そう来るか……ならこちらはこう攻めるか」
「チッ、いやらしい攻め方を……ならこう受けよう」
近くまで来ても、自分がいることに完全に気が付いていない。「あのー、すみません!」と何度か声をかけても全く反応がない。案内役がこれでいいのかとツッコミを入れたくなった自分は、アイテムボックスからハリセンを取り出して構える。
「仕事せんかい! 趣味に走りすぎるなや!」
スッパーンスッパーン! と、洞窟の中にいい音が鳴り響いた。そして頭を押さえるアイスガーゴイルのお二人。ダメージはほぼゼロなのだが、なぜか妙に痛みを感じるらしい。
そして数秒後、何があったとばかりにきょろきょろと周囲を見渡して、ようやく自分が来ていることが分かったようだ。
「いきなりひっぱたくなんて、ひ、ひどいではないか。けっこう痛かったぞ?」
片方のアイスガーゴイルさんが文句を言ってくるが、知ったことか。ちゃんと仕事をしてくれればこんなことしなくて済むのに……あれだけ手を尽くしても全く反応しなかったのだから、これぐらいは仕方がないだろう。
「いくら声をかけても気付かないなんて、お二人とも将棋に夢中になりすぎです! やるなとは言いませんけど、案内役の仕事はちゃんとやってくださいよ!」
自分の反論に、そっと目をそらす二人のアイスガーゴイルさん。ああ、自覚はあったのね。
しかし薄らと汗が浮かんでいるようなんだが、どうやれば氷の体から汗が浮かぶんだろうか? それに、この場所の特性を考えたら即座に凍らないか? どうして地面まで凍らずに滴っているんだ。
「いや、まさかこんな短期間に同じ人間が再びここを訪れるとは思わなくてな。少なくともあと数か月はまた退屈な日々になると思っていたから、だからこそついつい将棋を……」
なるほど、油断していたのはそういう一種のパターンみたいなものがあったからか。だが、そんなパターンは宙に投げて蹴り飛ばしてしまえ。少なくとも自分はもう少しの間、ここに通うつもりだしな。
「――もういいです。で、今日は闘技場への案内をお願いしたいのですが」
自分が本日の要望を告げると、どちらのアイスガーゴイルさんもにやりと笑う。あ、表情豊かですね、氷の体なのに。
「そうかそうか、ならば私が案内しよう。ついてきてくれ」
右側のアイスガーゴイルがそう告げてふわりと宙に浮かび上がり、奥に進もうとする……が、その肩をがしっと掴んで思いっきり地面に叩きつける者がいた。
左側にいたアイスガーゴイルさんだ。
「おやおや、こんなに派手に転ぶとは調子が悪いんじゃないか? 無理せずここで休んでいるといい。彼の案内は私がやるから安心しろ」
そして、自分で叩きつけたくせにそんなことをさらっと言う――大体読めた、案内したほうはそのまま観戦することができるんだろう。外からやってきた手札が分からない存在の戦いは、見ているだけでもいい娯楽となるのは十分に予測がつく。
だから自分が見に行きたい。しかしこの場を完全に空けるわけにもいかない。そもそも案内役は一人で十分だ。だから右のアイスガーゴイルさんは先んじて動き、左のアイスガーゴイルさんもそうはさせじと強硬すぎる手段に出たんだろう。
「いやいや、体は大丈夫だ。だから案内は私に任せろ。その手を放すがよいぞ」
両者とも実ににこやかな笑顔で、自ら案内役を買って出ている。だがその周囲には氷の吹雪が巻き起こっており、物理的な意味で冷えてきた。自分は大人しく距離を取ってその様子を窺うことにした。どういう能力を持っているのかを見せてもらおうという魂胆と、巻き込まれたくないという本音からくる行動である。
「いやいやいや、あんな無様に地面に宙から落下する姿など見せられては心配もする。だからこそ今回の案内役は私が務めよう」
なんてことを、叩きつけたご本人がしれっと言う。あ、とうとうお互いの笑みが崩れてきた。これはそろそろ始まるな。
「その原因は、お前が私の肩を掴んで無理やり地面に突っ伏すように力を込めたからなんじゃないのかね?」
とうとう言っちゃった。アイスガーゴイル達の喧嘩がはっじまるよー! という感じだな、うん。
「何を言うか、ちょっと心配になって肩に手を掛けただけの気遣いを、そんな風にとられるのは心外だな」
へえ、ちょっと心配になって肩に手を掛けただけ、ねえ。自分からはどう見ても「躊躇なく全力で地面に叩きつけた」ようにしか見えなかったんですがねぇ。
そしてガーゴイルさん達は、どちらも急にはっはっはっはと笑い出した。もうちょっと距離を取って、暖を取れる道具も用意して、軽く腹ごしらえもして、と。
「「覚悟は出来てんだろうなあ!!」」
あ、本格的に始まった。
お二人の戦いは一風変わっていた。魔法を使わない、足を使わない、宙にも浮かない。拳を使ってお互いの顔を殴りまくるだけ。
まるで一歩でも引いたら負けを認めることになるような……えーっとなんて言ったっけ? 地面にナイフを刺してその刃の前にかかとを置き、下がるのを禁じるというアレをやっているみたいだった。ガギンガキン、と人間同士では絶対に聞こえるはずのない打撃音が周囲にこだまする。
(ふむ、多少の打撃ではちっともこたえないのか)
殴り合うガーゴイルさん達の体にはヒビが入って砕けるのだが、なんというか、砕けた部分が盛り上がってくるような形ですぐに再生していく。おそらく闘技場で出てくる氷のモンスターの皆さんも、そういった特性は変わらないと考えておくべきか。
「その鼻が気に入らなかったんだ、少し削ってやるから程よく低くなっておけ!」
「その耳がチッとばっかしデカいだろ! 程よく砕いて丁度いい大きさに加工してやるぜ!」
――いや、その言葉はおかしい。彫刻じゃないんだから、削るとか砕くとか……って、実際に削ってるし砕いてるし。でもすぐに再生して元に戻る。そしてそこをまた削って砕く。なんともまあ、人間には絶対できない喧嘩だな。
それにしてもお互いの実力はほぼ拮抗しているぞ、これはどうやって白黒つけるつもりなんだろう?
そんなのんきなことを自分が考えていると、そこに一人の女性の声が聞こえてきた。
「ずいぶんと楽しそうですね。せっかくですので私も交ぜていただきましょう」
その直後、アイスガーゴイルのお二人は氷で出来た柱に閉じ込められていた。見事にかっちんかっちんな状態で、完全に身動きが取れないようだ。顔だけは筒の外に露出しているが。
「「あ、あああああ、姐さん!?」」
さっきまでお互いを罵りながら殴り合っていたガーゴイルさん達の怒気は完全に抜け落ち、脅えだけがそこにあった。
相手を完全にぶっ壊しかねないレベルで行われていた殴り合いの喧嘩を止めたのは、洞窟の奥から現われた雪女(?)さんだった。
「馬鹿二人がご迷惑をおかけしました」
闘技場への案内を申し出てくれた雪女さんは、道中でそんな言葉を口にした。ちなみに彼女の外見は、白い着物に白い髪という一般的なイメージ通りです。
「あー、その、まあ。漫才と思えばそれなりに楽しかったですけど」
ドつき漫才的な感じで。まあ実際は大喧嘩だったんだろうが、どうにも雰囲気的にはギャグ空間だったよな。そもそも砕けてもすぐに再生する体の特性が、ますますギャグ補正を高めたと思う。それに対して文句を言うつもりは全くないけど。面白かったし。
「そう言っていただけるならばありがたいですね。全くあの二人は、遊びを覚えたせいかこのようなご迷惑をかける失態を犯すとは。後できつくお仕置きをしておきますので……」
――氷柱閉じ込めは十分にきついお仕置きだと思うんですが、あれでも生ぬるいと。とはいえここであれこれ口を出してもどうにもならないよな。アイスガーゴイルのお二人、骨は拾ってあげるよ。残っていれば……というより、骨自体があればの話になるか……あるのかな?
「そこはお任せします。それはとりあえず一旦置いといて、闘技場のルールみたいなものがあれば教えていただきたいのですが」
自分の要請を受けて、雪女さんは「では、歩きながら説明させていただきます」と断りを入れてから話し始めた。
一、基本的に一対一のタイマン勝負。要請があれば二対二の勝負形式をとることも可能。
二、完全に殺すのは厳禁。あくまで勝負の場であるため。
三、勝利条件は、相手が負けを認める、相手がダウンしてテンカウント以内に起き上がってこない、場外に叩き落とされた相手がテンカウント以内に戻ってこない、の三つ。
四、場外とダウンからの復帰の妨害は禁止。妨害した時点で負けとなる。
五、武具の使用は不問。
どこのプロレスですか。違う点は、場外のカウント数とか復帰妨害禁止とか、武器の使用が許可されてるところか――あ、結構違うな。
それはともかくとして、ローマ時代のコロッセオとかとは違って殺し合いの場ではないってことで間違いないか。
「命を落とす可能性はまずありませんが、それでも万が一はございます。その点だけはお覚悟の上でご参加ください」
雪女さんが最後にそう付け加える。それはそうか、ルールがあるとはいっても戦いなんだからな。実際、リアルでも戦いの結果帰らぬ人になってしまった人だっている。もちろん対戦相手だって殺そうとしたわけじゃないにせよ、結果的にそうなってしまった事例はある。その万が一は覚悟しておけということだろう。
「了解です、万が一が起こっても貴方達を恨むような真似はいたしません」
まあ、その万が一が起きたとしても、デスペナ貰って街に強制リターンされるだけなんだけどね。なんというか、身もふたもないというかずるいというか。この世界にお邪魔しているお客故の特権みたいなもんかねぇ。
「その万が一が起きないようにこちらも色々と手は尽くしておりますが、それでも可能性はゼロではありませんので……確認させていただきました。それと、あのお馬鹿二人の様子ではおそらく伝わっていないと思いますが……迷路担当のグラキエスからの伝言がございました。『進行速度はやや遅かったが、罠の発見と解除能力は見ごたえがありました。再挑戦をお待ちしております』とのことです」
ふむ、そういう感想ですか。確かに進行速度が遅かったのは事実だから、そう言われても仕方ないか。次回は迷路へのリベンジといきますかね? ゴールはできないまでも、もうちょっと進んでおきたい。ただ、事前準備なしでは無理だな……ミラーハウスそのもので感覚が狂って厳しいことこの上ないエリアだったからな。何か、対抗できる物が欲しい。
「では、そのうち再び挑戦しに伺いますと伝言をお願いできますか? 何かしらの対策を考えたいので、いつになるかまでは確約できませんが」
サングラスをこの世界で作るとなると、どのスキルの範囲になるんだろ? レンズはガラスみたいな物を材料にするなら鍛冶? フレームは木で作ればいいや。外見だけ同じで材料は別物。せめて、方角だけでも正確に分かる物がないとな。方位磁石とか売っていないだろうか? 後でファストの街の工房の親方に相談しよう。行き来はアクアに運んでもらえばいいだろう。
「分かりました。お伝えしておきますね。よい暇つぶしになるとあちらも喜ぶでしょう」
まあそのひと言に集約されるんだよね。つまり、異質な存在が訪れて空気をかき回してくれるので退屈が紛れる、と。
「報酬やらお宝やらがあれば、もっと多くの人が来るだろうに……」
「そこは価値観の違いとしか。そもそもここには、金をはじめ外の人が欲しがる財宝の類が一切ありません。更に付け加えさせていただくなら、私達にとっては金なんてあったところで邪魔にしかなりませんから」
――そう言われてしまうとなぁ。生態系も価値観も違うなら、確かにどうしようもないところだよ。ここにいるモンスターの皆さんは、ここの冷気自体が食料みたいなものなんだろうし。服は必要ないし、住処はここってことで、衣、食、住全部が揃ってしまっている。そうなると確かに金貨などは邪魔になるだけ、か。所変われば品変わるとはよく言うけどさ。
「まあ、そういうものだということで理解はできます。邪魔なものを抱え込んでも面倒なだけですからね。仮に外で金を集めようにも、この冷気の中でなければ生きていけない方では、難しいでしょう」
雪女さんからの言葉にはそう返しておく。
「ご理解いただけたようで何よりです。さて、もう少しすれば闘技場に到着します。ですがまず最初は観戦していただきます。それである程度場の空気を掴まれましたら、それから出るかどうかを改めてお伺いします。もちろん観戦だけに留められても結構です。普段とは違う存在が見ているというだけで、空気というものは大きく変わりますから」
へえ、そのまま控室に案内されて戦いへ、ではないのか。まあありがたいと言えばありがたいか。戦いの舞台の大きさとか、戦いの様子とかを先に見られるのは助かる。先程ガーゴイルの二人が見せた戦い方が一般的だとは思えないし。
「分かりました、では最初はじっくりと戦いの様子を見させていただきます」
ということで闘技場についた自分は、雪女さんの案内で観客席に腰を下ろした。当然周りには各種氷のモンスターの皆さんがひしめき合っていらっしゃいますが、襲ってなど来ずに「よく来たな、ゆっくりしてけ」とか「気が向いたらぜひ出てくれよ」などと暖かく迎えてくださった。氷の世界なのに暖かい出迎えとはこれいかに。
ちなみに闘技場は石のような物で出来ていた。そして肝心の舞台の上では、熊型のモンスターさんとリザードマン型のモンスターさんが戦っていた。
んで、熊型の方はこれといった装備品はなしなのに対し、リザードマン型のほうはシャムシールのような先が曲がった剣とバックラー、あとはチェインメイルを纏っている。
戦闘内容としては、打撃と投げで戦う故にほぼ密着状態になりたい熊型と、剣を用いるのである程度の間合いを取りたいリザードマン型とで、間合いの測り合いがポイントだ。
一応補足しておくと、熊型は本当にリザードマン型をぶん投げる。似非パワーボム、似非ボディスラム、似非バックドロップ……などなど多彩な投げ技を使い、技が決まるたびに派手な音が響くので会場も沸く。
リザードマン型の剣技も素晴らしいのだが、盛り上がりという点では熊型の投げ技に全部持っていかれてる感じがするなぁ。リザードマン型が繰り出す剣舞を見切って一気に距離を詰めて掴み、高く持ち上げて叩き落とす光景はやはり見ごたえがある。
とはいえ、この戦いは最終的に、投げを受けても堪えに堪えて起死回生の一閃を決めたリザードマン型が勝利した。
うーむ、こんな一戦を見せられると、ある意味で出場を悩んでしまうな。どうしよ?
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