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30巻

30-2

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 親方を先頭に、今回の一件で協力した皆がそろって街の中を歩き、大きな酒場の前で止まる。中に入ると親方はここからは無礼講だと宣言する。皆が各自自由に食べ物や飲み物を注文し、あっという間に酒場の中はにぎやかになった。

「――っかあああああーーーっ! でかい仕事を終えた後のこの一杯はたまらねえな!」

 中ジョッキに相当する大きさの容器の中に入っていたラガーを一気飲みした親方は、口元に泡のひげをたっぷりと蓄えつつそんな声を上げた。
 親方の気持ちも分かる、山のようにあった装備を修理し続ける日々がやっと終わったのだから。
 そこからは親方はお酒を口に運ぶ速度を落とし、各種食べ物に手を伸ばしていた。

「本当にきつかったからなー」
「仕事を終えた後はうまいものの一つでも食わなきゃね」
「ある意味リアルの仕事並みにきつかったもんな」
「お前社会人だったのか!?」

 お弟子さん達もやいのやいの話をしながらお酒や食事を楽しんでいた。その一方で食事をしながらも真剣な表情を浮かべていたのは、鍛冶場にやってくる馬鹿な集団を追い払っていたギルドの方々。ちょっと聞き耳を立ててみようか、素知らぬふりで食事をしながら。

「とりあえずこれで仕事は終わったわけだが……マズイ事になったよな」
「ああ、親方だけじゃねえ。他の有名な鍛冶屋プレイヤーは軒並のきなみ塔での修理や新しい武器の製作をやらねえって宣言している」
「どこもかしこも馬鹿が馬鹿をやらかしたからな……」

 お通夜のような雰囲気が漂うのは無理もない。これから一年かけて塔を登るわけだが……鍛冶職人の皆さんの大半が、そこでの支援活動を行う事をやめると宣言していたからだ。理由は言うまでもなく、『飛天の紅』をはじめとした連中が修理でものすごく忙しい鍛冶屋プレイヤーのところに押し掛けて一方的な要求をしたから。
 おそらくこの話を他の人にすればそんな馬鹿がいるのか? と問い返してくるだろう。
 ところが残念ながら、そんな馬鹿は結構いたりするのだ。これは「ワンモア」などのゲームに限ったことではなく、現実にもだ。多分、社会に出てから十五年も生きていれば、その手の馬鹿を現実でも一回は見たことがあるんじゃないだろうか?

「もちろんこっちの世界の鍛冶屋はいるんだろうけどよ……その腕前までは分かんねえよな?」
「悪くはないはず、だが一級の鍛冶屋と比べたら見劣りする感じのレベルだとは思う」
「装備の損傷度合いによっては、修理してもらえない可能性も否定できないぞ」

 彼らの話は、実は掲示板とリンクしている。雑談掲示板の方もすごい勢いでログが流れ、塔の攻略に差しさわりが大きく出るだろうという意見でほぼ一致。馬鹿をやらかしたギルドに対しては当然非難が殺到しており、それでますますログが加速している。なぜそれが分かるのかと問われれば、現在進行形で流れを見ているからと返答する。

「マジでどうすんだ、親方をはじめとしてほとんどの鍛冶屋は説得すら聞く耳持たねえって話だし」
「ギルドメンバーの中に鍛冶屋を抱えているところは、ギルドメンバー以外の仕事をさせる気はないって感じだぞ」
「無理もねえよ。修理引き受けますなんて下手に口にしたら、親方のような仕事漬けになりかねない。そんなの誰が引き受けるんだよ」

 親方やお弟子さん達はもう完全にお互いのねぎらいと、残り一年をどんな旅にするかという計画に夢中で、彼らの会話内容が耳に入っている様子はない。
 まあ入らなくていいだろう。もう親方達は十分に働いたんだ、残り一年はのんびりと過ごしてほしい。おそらくあんな修理&製作地獄を何回もやってきたんだろうから。

「塔の攻略が、かなり難しくなったと見るべきだろうな」
「ああ、どんな装備だって使えば消耗しょうもうする。消耗し切って使えなくなったらどんな強いプレイヤーだってどうしようもなくなるぞ」
「格闘メインの戦い方をするプレイヤーだって、なんらかの装備は身に着けているもんな。それが全部使えなくなったとしたら……」
「戦力ダウンもいいところだ。マジでどうすんだよ、塔の攻略」

 なんというか、同じ場所にいるのに明るさが対極的だな。これから残り一年を目いっぱい楽しむ予定を立てる親方達と、これから一年、塔の攻略において辛い展開を迎える事がほぼ確定した戦闘職との差がすごいことになっている。一部の馬鹿のせいで全体が迷惑を被るのは確かに理不尽だとは思う。しかし、鍛冶屋職人だってプレイヤーなんだから、行動の自由は許されてしかるべきだ。
 塔へのアタック二日前にして、塔に挑むプレイヤーの大半がとてつもない不安要素を抱えさせられる展開が来てしまったな。でもそれもまたプレイヤーが引き起こした事態なのだから、受け入れるしかないね。あ、有名どころじゃないけど、さらに何人もの鍛冶屋さんが行くのを取りやめる宣言を掲示板で発表し始めた。ますます状況が悪化してるぞこれ。

「掲示板は、もうひどいことになってるな」
「そりゃ、のこのこ鍛冶屋が出かけたら大勢に詰め寄られて修理押しつけられるって確定するようなもんだからな。ちょっとでも考えられる奴は来るのやめるよ」
「一人でこなせる量じゃないのは、考えなくたって分かるだろ」
「この土壇場でとんでもねえブレーキをかけてくれたよあいつら……PKシステムあったら何回殺されるんだろうな?」

 ああ、言葉に怒りとうらみと呪いが乗り始めたな。当然の事だけど。最終イベントを前にここまで挑戦するプレイヤー全体に対して妨害をかけたんだから。でも、原因となった連中はそこら辺を多分一切理解しないだろう。理解できるのなら、あんな馬鹿な真似はしない。
 理解できない、想像できない、予想できないから平然とやれるのである。

(掲示板も大荒れだ。まあ、原因となった連中はこういうところは見もしないから相変わらず自分達が責められても、その理由を理解しないだろうけどな)

 もう汚い言葉のやり取りのオンパレードになってきたので、掲示板をそっと閉じた。
 おそらくまだまだ掲示板は荒れるだろう。そして公式の掲示板はそのうち一時凍結とうけつされるか、該当部分だけ消されるだろうな。公式じゃない掲示板の方はもっとヒートアップしている可能性が高いが、そっちを見に行く気はない。

(どうせさらし合い合戦になってるだけだって分かるもんな)

 そんな事を思いながら、ウサギ肉のシチューを口に運ぶ。うん、美味しい。臭みはなく、肉もたっぷり野菜もたっぷり。ちょいちょい軽くお酒を飲みながら食べるのにちょうどいい。リアルだと下戸げこだから、こんな食事を体験できるのもあと一年だけなんだよな。そう思うと結構残念だ。
 気持ち悪くならずにお酒と料理のコンビネーションを味わえるいい世界なのにな。

「アース、食ってるか? 飲んでるか?」

 と、親方が話しかけてきた。顔はそこそこ赤くなっているが、言葉はしっかりしているから軽くっているぐらいの感じだろう。

「ええ、いただいていますよ」
「前も言ったが、本当に来てくれて助かった。それと、これは忠告だ。お前の腕はお前のためだけに使え。そうしないと――」
「塔の中で修理地獄に追い込まれて、何もできなくなる。ですね?」
「ああ、そうだ。あの手の馬鹿は、自分が頼めば周りがやってくれるのが当たり前だと考える。連中はいくら周囲があれこれ言っても決して改めない。俺が正しいんだという厄介な固定観念を持っちまっているからな」

 さっきまでの楽しげな表情からは一転して、渋い顔になる親方。
 幾度いくどもその手の連中と関わる羽目になったんだろうな。生産職はどうしてもそういう連中と関わる可能性が高くなるからな……自分のようにあっちこっち行ける人間はまだしも、親方は完全生産に特化したプレイヤー。戦闘力という意味では平均からかなり落ちる。

「お前もそれなりに顔が知られている。だから頼みに来る奴もいるだろう。だが一回でも引き受ければ、絶対に『なんであいつはよくて俺はダメなんだ!』とギャンギャンわめいて自分の要求を何がなんでも通そうとしてくる連中に捕まる」
「ええ、間違いなくそうなるでしょうね。たやすく想像できますよ」

 親方の言葉に自分はすぐに同意した。間違いなくそう言ってくる奴はいる。
 それに、塔の攻略で装備の修理をしてくれる鍛冶屋プレイヤーはほぼいない事が確定してしまった。そんな中で修理ができる奴がいたら? 殺到するに決まっている。

「分かっているならいい。知り合いが理不尽な苦労をするのは嫌なもんだからな」

 表情を穏やかにした親方が、お酒を口に運んだ。自分もそれに合わせて酒を飲む。

「こうやって直接話ができるのは今日が最後になるだろうからな、つい忠告しちまった。悪いな」
「いえ、自分が親方の立場だったら同じ忠告を口にしていますよ。ですから気にしないでください」

 そもそも、相手を思いやる気持ちがなければ忠告をしようという考えは出てこない。だから口にはしないが、心の中で親方ありがとうとお礼を言った。

「俺達は明日、契約しておいた一団と一緒に街を出る。アース、がんばれよ」
「親方も良い旅を。世界はなかなか面白いです。いろんな種族の方々と仲良くなれると良いですね」

 そんな言葉を交わした後、軽くお互いの酒が入っている器をぶつけ合って再び乾杯した。


      ◆ ◆ ◆


 そして翌日ログインした後、親方とお弟子さん達はこの酒場で言った通りにファストの街を護衛の龍人りゅうじん魔族まぞくの方々とともに旅立っていった。自分はそんな親方達を見送った。
 ついに明日、塔が解放される。その前に最後のやり残しを片づけるか。


 親方を見送った後に、自分は宿の個室に戻って人の気配を念入りに探る。この部屋に近寄ろうとする気配は感じられなかったので、自分は手を二回打つ。

「全員集合」

 自分の呼びかけにすぐに答え、義賊団のメンバーがここに集まった。
 部屋はちょっと狭いが仕方がない。

「親分、お呼びで」
「ああ、以前話していた事の答えを聞くために呼び出した。お前達の答えを聞こう。時間は十分に与えたはずだからな」

 そう、義賊団の方も片をつけておかなきゃいけない。
 これが義賊頭としての最後の仕事となる。彼らがどんな答えを出しても尊重するが、悪党に転落する事だけは避けなければならない。
 自分のやり残しが原因で盗賊団が新しく誕生するとか、そんな展開は全力で拒否する。

「へい、親分からいただいた時間を使い、あっしらは十分に話し合いを重ねやした。そうして出た結論でやすが、それは『義賊団はこれからも維持していく』でありやす。もうしばらくは、あっしらの仕事が必要な火種がいくつか残っておりやす。それらがすべて消えるまでは、解散するわけにはいかぬという意見で全員一致しやした」

 そうか、それならばそれでいい。まだ義賊としての仕事が必要とこいつらが言うのであれば、それは本当の事なんだろう。

「そうか、ならば今後の活動はお前達に託そう。それで、新しい頭は誰になるのだ?」

 義賊リーダーが、自分の後を継ぐって事になるのかな? しかし、義賊団の面々が出した答えは全く違った。

「そこですが、あっしらの頭にふさわしいのは親分以外におりやせん。なので、あっしらは今後も親分を頭とし続けるという事に変わりはありやせん」

 いや、しかし自分はもう明日から塔に登るから、手下への指示なんかができなくなってしまうんだが……なのでそれは難しいと言おうとしたところ、義賊リーダーの話が続く。

「正確には、親分を象徴とさせていただきたいという話でさ。世間の人々が心のよりどころを求めるように、あっしらにはあっしらの象徴が欲しいって話で。親分の行動を今後の手本とし、悪事を働く者のたくらみを暴き、法によって正当な裁きを下す。短絡的な殺しはせず、できる限り国と協力して悪事を阻止し、あっしらは影働きにてっする。そう、やっていきたいという話でさ」

 ふーむ、そういう意味か。
 象徴にされるのは恥ずかしいが、それが今後ここに残るこいつらの活動の指針となり、おかしい方向に行かない安全装置の一つとなるのであれば……引き受けるべきだろうな。

「確認だ。皆、それでいいと言うのだな?」

 最終確認のために言葉を口にすると、皆そろって頭を深く下げた。異議はないという事か……

「よし、ならば分かった。今後も象徴として義賊の頭でいてやる。だが、だからこそ俺の顔にどろるような真似をするな。俺達は義賊ではあるが、賊であることに変わりはない。たやすく悪事を働く悪党に転落する危険性は常にある。そんな悪党に転落するような真似は絶対に許さん。それを絶対に忘れるな」

 自分でも偉そうなこと言ってんなーとは思う。でも彼らにとっての理想は多分こういう姿なのだろう。ならば彼らの偶像としてふさわしい姿を最後まで見せる事こそが自分の仕事だ。
 こういう姿を見せる事で、今後もこの世界に生まれてくるだろう悪の芽を早くんで大きな悲しみを生み出す事象を彼らが阻止できるのであれば、お安い事だ。

「へい、必ず! お前らもそうだな?」
「「「「もちろんでさ!」」」」

 どうやら、これで正解だったらしい。もうこの世界で自分ができる事はなんにもない。今後は彼らに任せる他ない。
 だが、こいつらが優秀な能力を持っていることも自分は知っている。こいつらが悪の道に転落しなければ、かなりの人が救われるだろう。救われた側は、救われたこと自体を知らぬままだろうが。

「よし、ならば今までの働きをこれからも続けろ。お前らの活躍を、俺だけは常に見ているぞ。行け」

 自分の言葉を聞いて、一瞬で全員がいなくなった。これで、最後のやるべき事も終わった。あとは明日、塔に入ってひたすら登るだけ、だ。

(それはすなわち、この世界との縁も切れるって事なんだよな。ああ、分かってはいたけどこの世界にどっぷりつかってきたもんなぁ……寂しさを感じるなって方が無理だよな)

 ベッドに寝っ転がって、ぼーっとする。こんな行為に時間を使ったのはいつぶりだろうか?
 でも今日ぐらいはいいだろう――いよいよ終わりなんだなという思いが、ここに来て一気に実感となる。
 何度も顔を合わせて何度も話をし修業させてくれた人達とも、もう会えない。

(こういう気持ちにさせられるっていう時点で、もう一つの生き方ができるとうたったこの世界は成功したという事なのかね……)

 寝っ転がったまま窓越しに外を見れば、青空が広がっていた。鳥も数羽飛んでいる。この一瞬が現実の光景だと言われても、信じてしまいそうになる。

(まあ、ただのゲームじゃない事だけは間違いないけどさ。まさか六英雄がんでるなんて夢にも思わなかったし、さらにその人物がゲーム初日に知り合ったミリーの中身だったというのだから驚きだ……アレ? そうすると確か……)

 ミリーはツヴァイにかなりの好意を抱いている……いや、愛情を抱いていたはず。で、ミリーの正体は六英雄の紅一点と呼ばれている人物。これ、ツヴァイまずくない?

(おそらくリアルのプレイヤー情報なんてガッツリ掴まれてるだろうな。六英雄が本気になったら個人情報なんてよっぽどガードしてない限りすぐに掴めるはずだ。今の時代に伊達だてに英雄などと呼ばれているわけじゃない。ああ、ツヴァイの人生はもう平穏とは無縁な感じになるだろうな……)

 変な方向からツヴァイの今後を予想し、そして黙祷もくとうした。あいつはいい奴だったよ、うん。
 なんて失礼なことを考えていると、自分の部屋をノックする音がする。

「はい、どちら様でしょうか?」
「アース様に小包が届いております、どうかお受け取りください」

 小包? いったい誰が送ってきたんだろう? 心当たりがない。
 だが受け取らないわけにもいかないだろう。
 ドアを開けて小包を受け取る。開ける前にチェックしてみたが、危険物の可能性はない。いったい誰が何を送ってきたんだ?
 受け取った小包の中には、厳重に鍵をかけられた分厚い日記帳が一冊と手紙が一通。日記帳の分厚い装丁は銀色に輝いているので、銀メッキみたいなものが施されているようである。
 そして小包の中に鍵は入っていなかった。

(なんじゃこれ、細いが頑丈な帯が何重にも日記帳に巻き付けられている。おかげで分厚い日記帳がますます分厚くなってしまっているし……なんでここまで厳重にする必要があるんだ? しかも鍵も南京錠なんきんじょうをはじめとして、ダイヤル式とかの古今東西の鍵をこれでもか! って感じで集めて全部使ってみましたという感じがするんだが)

 鍵は一本も入っていないから、開けられることを前提としてはいない……呪いの本とかじゃないだろうな? 嫌だよ、ネクロノミコンっぽいものとか。厄介以外の何物でもない。

(覚悟を決めて手紙を読むか。碌でもない事しか書いてなかったら、即座に燃やせば大丈夫だろう。うん、多分)

 手紙を手に取り、読み始める。えーっと何々?

『この手紙が無事に届いている事を祈ります。アース様が厳しい戦いに挑むと知るたびに、この銀書を渡そう渡そうと思っておりましたが、この本の起動に必要な準備が整わず渡せずにおりました。しかし、ついにそのすべての準備が整いましたのでお渡しいたします』

 起動? 準備? 手紙はまだ続きがあるな。

『私が誰であるかを伝える事はできません。それを伝えるとこの銀書が起動できなくなるからです。この銀書にはすさまじい力が秘められているのですが、その解放にはいくつもの条件があり、渡した人物が誰なのかを今持っている人物に知られてはいけない事もそのうちの一つです。ですが、この銀書は最後まで諦めずに戦い抜くあなたの力になるはずです』

 あー、強い事は強いが、その本領を発揮するにはいくつもの条件があるってタイプのアイテムか。この手のアイテムやスキルってのは、強烈すぎるのをそういった要素でガッチガチに固めて気楽に振り回せないようにしているのはよくある手段だ。
 まあ、この本が呪いの本ではないと分かっただけで十分だが。

『あとは、ずっと持っているだけで大丈夫です。必要な時が来れば、その銀書は封を破りひとりでに開きます。そして注意しなければならない事なのですが、無理やり鍵を破って中を見てみようとしたらその人物に災いが降りかかります。絶対に鍵を破って中を見てはなりません』

 ああ、そういう要素もお約束だね。何が書かれているのか見てみたい好奇心に従って突き進むと、結末が碌でもない事になる。これはホラーなんかでよくある気がする。
 よせばいいのに好奇心で危険なことに関わって逃げられなくなって、無残な死体を晒す羽目になるなんてキャラはよく出てくる。

(まあ、そんな先人のてつは踏まない。持っていればいいって事だから、アイテムボックスの奥底に沈めておけばいいんだろう。アイテムボックスはすでにぎゅうぎゅうなんだが……ドラゴンの骨で作った矢をしばらく小分けにして、小さなベルトで足に巻き付けるしかないな。それでこの銀書とやらがなんとか入る)

 要求されるスペースが、なぜか大きい。仕方がないのでドラゴンの骨の矢を一部取り出してスペースを確保した。代わりにいくつものドラゴンの骨の矢を足にまとわりつかせる事になってしまったが、仕方がない。捨てるも売るも絶対にできないものなのだから、不格好であろうがなんとかして持っていく。ま、矢が多少消費されれば解放される。

(この銀書って奴が手元に来たのは予定外だったが、それ以外は全部済んだかな? っと、ここでウィスパー?)

 明日はログイン後すぐに塔に向かうので、最終チェックをしていたところ、ウィスパーチャットが飛んできた。ツヴァイあたりかな? と思って送り主の名前を確認すると、そこにはジャグドの名前が。なんだろ? とりあえず出てみるか。

【もしもし?】
【おお、出てくれたか。こうしてお互いの声を聞くのは有翼人ゆうよくじんとの戦いぶりだな?】

 確かにグラッドのパーティメンバーとはあの有翼人との戦いが終わった後、一度も会っていなかった。

【記憶が間違っていなければ、そのはずです。ところで今日は何用で?】
【ああ、ちょっとした確認だけをさせてくれ。明日から始まるあの一対いっついの塔、お前も登るんだろ?】

 ふむ、自分の性格だと挑戦しないであと一年のんびり過ごすって選択をしてもおかしくないだろうからな。なので確認したくなったというところだろう。
 競いたい相手が登ると聞けば、やる気がより出るってところかな。

【ええ、挑みますよ。ちなみに白い塔を選択します】

 戦闘オンリーの黒い塔は、完全にキャラビルドを戦闘に振り切った人が行くべきだろう。自分みたいにあれこれ取った器用貧乏タイプはちょっと厳しい。

【そうか、登るって言うんなら白でも黒でも構わねえ。お前が登るのであれば、こっちとしてもやる気が一層出るってもんだ。先に登り切るのはどちらか、勝負といかねえか? ああ、もちろん賭けってわけじゃない。単純に勝負がしたいだけだ】

 やっぱりそうきたか。
 まあ、勝負は受けてもいいや。それで向こうのやる気が出るならそれはそれでいいし、自分にとっても塔を登る事をサボりにくくなるからメリットもあるだろう。

【では、どちらが先にあの塔の天辺てっぺんを拝むか勝負という事で】
【お、乗ってくれるのは嬉しいぜ。じゃあ、明日から勝負だ。存分に楽しもうぜ。またな!】

 ふむ、ジャグドはやる気満々だな。自分も勝負を進んで受けた以上、先ほどよりもやる気が増している。明日からの攻略に熱が入りそうだ。うん、こういう高揚感は嫌いじゃない――っと、またウィスパーが。今度は……ツヴァイからだ。

【アース、ちょっとだけいいか?】
【忙しくないから問題ないぞ。どうした? 明日からの塔へのアタックの準備で『ブルーカラー』は忙しいんじゃないのか?】

 普段は忘れているが、『ブルーカラー』はギルドとしては中堅と大手の真ん中ぐらいの規模で、属しているプレイヤーはかなり多い。
 誰が挑むのか誰が支援するのかの準備で忙しいと思っていたが。


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