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さまよう(修理を求める)プレイヤー

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 工房を後にすると……後ろにあった気配が消えた。本当に言葉通りの意味ですぐだったんだな。どうやって一瞬で撤収させたのかは分からないが、そこはまあ企業秘密って奴なんだろう。この後どうしようかな? と考えながら歩いていると、見知らぬ男性プレイヤーから声をかけられた。

「そこの黒い外套を着ている人、ちょっといいかな?」「なんでしょうか?」

 呼びかけに答えて足を止めると、声をかけてきたプレイヤーの一団が近寄ってくる。面子的にパーティメンバーだろう。

「ちょっと最近の噂になっている事なんだが、ブラックス工房の一団がひそかにここにきているって話なんだ。何かしらないか? あの工房の人間が歩いている姿をここで見たって人がいるんだよ」

 うわぁ、まさかの親方の工房を探している人達か。やっぱり見る人が見れば、外見をごまかしても分かってしまう物なんだろうな。だが、もう親方達はここにはいない。ついさっきではあるが立ち去っている。だから自分は知らぬ存ぜぬを貫けばいいだろう。なお、ブラックスというのは親方のプレイヤーネーム。一回も呼ぶことはなかったけど。

「うーん、残念ながらちょっとわかりませんね。親方達とは塔に上る前に最後のお別れをしてからそれっきりで……親方がもし来ているのであれば、話の一つでもしたかったんですが」

 もちろん大嘘である。だがそこは社会人のスキル、ポーカーフェイスで全く表に出すような事はない。声にも気を付けている……声でちょっとコイツおかしいな? と気がつく人もいるからね。

「そうか、それなら仕方がない。呼び止めて済まなかったな。うーん、装備の修理や時間があれば装備の新調も相談したかったんだが……やっぱりガセなんだろうか。やっぱり親方が来ているはずないんだろうな、来ないって宣言までしてたしなぁ」

 頭を掻きながら、男性プレイヤーは肩を落としている。身に着けている鎧は明確にくたびれてきており、確かに職人の手を入れた方がいいタイミングではある。しかし──

「ここにも修繕をしてくれる人はいますよね? そちらではダメなんですか?」「ああ、うん。そっちも利用しながら使ってきたんだがつい先日ちょっと言われてしまってね。その内容は『この鎧と剣は限界が近いですよ、かなり無理をさせてきたんでしょう。簡易的な修繕ではなくしっかりと時間をかけた修繕を行わないとまずいですよ』と。確かに長い付き合いだったし、塔での激戦でさらにそれが加速してしまった感じがある。だからこそ修繕か新調で相談したかったんだ。俺だけじゃなくパーティメンバー全体がそんな感じでな」

 そんな彼の言葉に合わせてきたのか、数名が自分の装備を自分に見やすいように見せてきた。なるほど、後衛はまだともかく、前衛三人の装備はちょっとまずいかもしれない。確かにみっちりと職人が時間をかけて修理するか新調しないといけない段階だろうな。こまめに手入れをしていればこうはならないんだが、しっかりとした修理に出すと暫く待たされてしまう状況のせいでこうなってしまったんだろう。

「確かに、これでは命を預けるには心もとないですね」「分かるか、やっぱりそうだよなぁ」

 自分の言葉に、別の男性プレイヤーが相槌を打ってきた。なお、自分の見立てだと自分の、持っている鍛冶の技術で完全に修復できる範囲。だがかなりぎりぎりだ。ここら辺でしっかりとした修繕を入れないと使い物にならなくなってしまう可能性が高い。

「厳しいかもしれませんが、しっかりとここら辺で修理する事をお勧めします。これでは、下手すると数回戦うと鎧そのものに亀裂が入ってしまいかねませんよ。そうなったら修繕自体が非常に難しくなってしまいますし、最悪装備を処分するしかなくなります」

 自分の見立てと、向こうの予想はほぼ一致していたようであー、とかそうなるだろうなぁなんて声が上がる。

「やっぱりまずい?」「不味いですねぇ、今までの冒険でいろんなプレイヤーの装備を見てきましたが、こうなってくると大体そのうちに……こう、ピキッと逝っちゃうことが大半でしたから」

 はい、これも嘘です。他のプレイヤーの装備をいっぱい見るほどパーティプレイなんてやってません。あくまで鍛冶スキルによる耐久確認能力による見立てです。

「マジかよ……黒の塔九〇五階まで来てこんな形で足止め喰らうとか……」「でも、装備の替えなんてないよ? 新しく買うにしても今はものすごく装備が高騰しちゃってるから、みんなのお金を集めても全員分の装備新調はとても難しいと思う」

 ぼやく男性プレイヤーに光栄と思われる杖を持った女性プレイヤーが言葉を続けた。正直力になってあげたいとは思う、でもここで鍛冶の能力を見せてしまうと……周囲から俺も私もとなる事は目に見えている。そうなったら完全に自分の時間なんてものは無くなってしまう。修理完了までに一週間以上待たされる現状では、どれだけのプレイヤーが群がってくるか。

「お気持ちは察しますけど、ここで装備を失ってしまう方がクリアの可能性を落とすのではないでしょうか? 一週間待ちは確かに辛いですが、それでもここはしっかりとした修理をされることを強くお勧めします。まあ、正直ここまで職人さん達がいない理由を作り上げた一部プレイヤーには恨み言の一つも言いたくなりますけどね」

 実際掲示板などでも、親方を始めとした職人さん達に自分の都合を一方的に押し付けて職人さん達を塔の支援に行く気をなくさせた一部プレイヤーはいまだに炎上している。いや、この表現は正しくないな。むしろ今がまさに大炎上している。残り時間はあと一か月弱しかないこの状況で、修理完了までに一週間待ちさせられるのがどれだけ痛いかは言うまでもない。

 もし職人さんが多数ここにいれば、こんな状況にはなっていないのは誰にだってわかる事で。故に、残り時間が少なくなればなるほど彼等に対する炎の大きさは増すばかりなのである。まあこれは当人の行動によるものなので同情の余地は全くないのだが。実際こうして困っている人が居るわけだし。

「本当にあいつらは碌でもない事をしてくれたよ。アイツらの馬鹿な行為が無ければみんなここまで苦しむ事もなかったのに」「装備もドロップ品に切り替えるしかなくなって、強さが数段落ちたって嘆く奴も多数いたしな」「私の杖も、木工職人さんが手入れしてくれなくなったことが影響してて、結構まずいんですよ」

 ああ、装備を破損してしまって塔の中で落ちるドロップ品に切り替えて何とかしているプレイヤーも一定数いると聞いている。以前試練の途中で大太刀を破損してしまった女性プレイヤーもいたな──あの時は例外で、現場で太刀を一本打ちあげて対処したが。そんな例外を除くと、ドロップ品で何とかやりくりするしかなくなる。

 最後の場所である塔でモンスターが置いていくアイテムだから、決して悪いものではないんだ。ただ、どうしても職人がしっかりとプレイヤーに合わせて作ったモノと比べてしまうと、という話だ。特に重量バランスなどが顕著らしく、振りにくいとか攻撃の重さを乗せにくくなった等の問題が多数発生しているようだ。

 そして何より、モンスターがアイテムをドロップ、しかも装備品を落とすかどうかは運だ。故に職人がいないとそう言った間に合わせの装備ですら値段が高騰してしまう。塔から出られないと言う枷が、こんな形でも重くのしかかってきている訳だ。故に例のプレイヤー達に対する炎上の火が小さくなることはない。

「うーん、現時点でごくわずかにいる職人さん達は大半がギルド所属でしょうからね。あの方たちはギルドメンバーの装備しか手を入れない事で潰されないようにしている訳ですし……ダメ元で交渉はしましたよね?」「ああ、各ギルドに頭を下げてお願いはした。だがどのギルドも申し訳なさそうにしながらも例外や前例を作ると大勢の連中が押しかけてくるから難しいという事で断られているよ」

 うん、まあそうだよな。実際ブルーカラーの所にもそう言う話がかなり来てて断っているという事情は知っている。とはいえ一応確認はしておきたかったのでしておいた。

「とはいっても、確かにここで装備を壊してドロップ品で代用するとなるとそれこそ攻略が止まるか……よし、修理に出そう。一週間進めなくなってしまうが……皆、いいか?」「良いぜ、仕方がないだろ」「ここで修理を選択するのは愚かではないかと」「装備を失ったら本当に終わっちまうよ」

 どうやら、一週間かけても修理をする方向で話を進めるようだ。なんとなくだが、彼らはそう言う方向に舵を切るきっかけが欲しかったんじゃないかと思う。そしてだれかと話して、やっぱりここで修理するしかないという形でパーティの意思を統一したかったのだろう。自分に声をかけたのはたまたまだろうし。

「その方がいいと思います。今のうちにしっかりとした修理を受けた方が、最終的には良かったという結果になるはずですから」

 なので、自分もその背中を押す。この自分の言葉が最後の決定打になったのだろう、彼らはしっかりとした修理を行う事で決定を下した。

「話を聞いてくれて助かった。時間を取らせて申し訳なかった」「いえいえ、装備に関する悩みはますます増える一方ですからね。人に話して解決方法を探りたくなる気持ちはわかりますよ」

 最初に声をかけてきた男性プレイヤーの言葉にそう返答を返しておく。これぐらいならなんてことないし。そして彼らはまっすぐ修理を請け負っている施設へと足を進めていったさて、今日の残り時間は……まだログアウトするには早いなぁ。新しい盾二つの感触を掴むために、白の塔でも入ろうか。
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