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ヒントは意外と転がっている

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「それにしても、あのパイルバンカーは良いですよねー……今は大抵誰かがストレス発散のために使ってますよ」

 なんて話が、作業の終わり際にお弟子さんから振られてきた。ストレス発散かぁ……生きてれば何らかのストレスってものはどうしても生まれる物だし、その発散に一役買ってるのならまあいいのかな? 火薬代とかを気にしなければだけど……親方達はおそらく使いきれないほどお金は持ってそうだし、ワンモアの終わりも近いから打ち上げ花火的な感覚でパーっと使っても良いのか。

「そうそう、あの火薬の轟音と共に的をぶっ壊すとスカッとするんですよね。パイルバンカーって興味はなかったんだけど、いざ使ってみると作りたくなった皆さんの気持ちが理解できましたよ。むかつく上司の頭をイメージしながらぶっ放してます」

 うん、まあ、こういう世界でリアルのうっぷんばらしをするのもまあありだよね。リアルでため込み過ぎて血の惨劇を起こすぐらいなら、代替案で気晴らしをした方がよっぽどいい。ただこのむかつく上司と一口に言っても色々いるからなぁ。

 会社と本人の為に厳しく仕事を教える必要がある立場に居るが故に嫌われるってパターンもあるし、一方で部下の成果を掠めとったりする上司ってのもいるらしいからなぁ。なので、うかつに同意をしずらい部分はある。後者のようなクズ上司ならぶっ飛ばしたくなる気持ちに素直に同意できるんだが。

「その辺りの話をするときは、一体感がありますねえ。やっぱりどんな職種についていても人間関係がある以上、良い上司とクズ上司ってものは常について回りますからねー」

 うん、それはしょうがない事だよね。結局人と人だから、職種は違っても上司云々の話になってくると結構分かり合えるところは出てくる者なんだろう。にしても、お親方のお弟子さん達って大半が社会人だったんだな。

「気持ちは分からなくもないんだけどさー……リアルの話はあんまりしないでくれー……数年後の自分がこうなるのかって考えると結構精神的に来るところがあるんだけど」

 と、ここで学生と思われるお弟子さんの一人からの言葉が。それを聞いた社会人と思われるお弟子さん達は彼を生温かい目で見ている。たぶん自分も似たり寄ったりじゃないかな……彼に向ける視線が。

「その視線止めてくれ! なに、その『お前もこうなるんだから、ほどほどにあきらめの心を持っとけ』みたいなメッセージは!? 確かに俺はスポーツ選手とかの煌びやかな世界に行くつもりは全くねえけどよ、それでも一かけらの夢ぐらいは持たせてくれよ! ほら、もしかしたら想定できない形でいい方向に人生が進むって可能性はあるじゃん!?」

 生暖かい視線に耐えられなくなったのだろう、そう言った反論を行う学生と思われるお弟子さん。そんな彼に、後ろからポンと一人の女性お弟子さんが手を彼の方に置いてから言った。

「うん、その気持ちはわかるよ。最初は同じようになっても俺は、私はきっと上に行くんだ、行けるんだって思ってたもん。でもね、覚悟はしておくと良いよ。そんな煌びやかな輝きを纏って上に行ける人ってのはどこか違うってものを持ってるの。説明はしずらいんだけど──他の人がまずやらない事だとか、気が付かない事だとか、割に合わないと無意識に思って避ける事だとか。そう言った事を躊躇なくやれる所はあるかな?」

 うん、彼女が言う通り普通の人と同じことをしていると、普通止まりになるのが一般的ではある。他の人がまず出来ない事、真似使用としてもしきれない物、やりたがらない事などをやる人じゃないと難しい。だからこそスポーツ選手などを始めとしたごく一握りの人は大金をつかめるのだ。代わりがいないから。

「歴史が好きか嫌いかは分からないけど……名前を残してる人達ってのはそう言う人ばっかりでしょ? 普通の人じゃできない発明をしただとか、途轍もないお金を稼いだ人ってのは。失敗するだろうと周囲に笑われて、変人だ奇人だと馬鹿にされた人も多い。でも、それでも突き進んだ人の一握りだけが、君の言う一かけらの夢を掴んだ人って訳。夢を掴むには、覚悟とチャンスが目の前に来た一瞬に失敗を恐れず前に一歩足を踏み出す必要があるのよ」

 そう、偉大な発明をした人たちというのはそういう所が多い。更に言うなら偉大な発明をしても、晩年は非常に貧しい生活をしていたりしてこんな人がこんな結末なの!? と驚く事も多い。だが、それでも彼らは普通の人ならやらない事をやったからこそ名前を歴史に残したのである。

「まさかワンモア内でこんな事を言われるは思ってなかった……でも、うん、言いたい事は分かる。確かに姐さんの言う様に成功にはそれなりの理由があるって事だもんな……確かにもしかしたらって運がやってくる事を待つだけの考えじゃあ……チャンスを掴むなんてこと、たぶんないよなぁ」

 女性のお弟子さんに言われた彼もまた、そんな言葉を漏らした。その直後、「誰が姐さんよ!?」って女性のお弟子さんに軽く叩かれてたけど。だが、それに若くして気が付けたのであればチャンスはきっとやってくる。そのチャンスを掴むためのとてつもなく恐ろしくて不安になる一歩をいざという時に踏み出せるか否か……そこにかかっている。

「まあ、今の社会で成功しているって連中は、どこかしらで何かしらの一般的ではない挑戦はしてるよな」「資格をいっぱい持っていても、その資格を活かしてお金をたっぷり稼げるか否かは結局本人の行動にかかっているんだもんな」「人間は生きてると何処かで挑戦しなきゃいけないって事を迫られるってのは、いつの時代も変わらないんだろうなぁ」

 なんて言葉のやり取りも聞こえてくる。特に誰かが言った何処かで挑戦する事を迫られるというのは真理だろう。その挑戦から逃げる事は出来るときもあるけれど……逃げればその分逃げただけの代償を伴う結末を迎えてしまう事もまたあるのだ。自分も交通事故にあった後……死んだような目をしながら生きてた時期があった訳だが、あの時期にそんな逃げるような生き方でなくもっと違う生き方をしていたら、きっとまた違った人生はあったはずだ。

 もちろん今の工場勤務に文句がある訳じゃない。ただ、またまったく違った新しい夢を見つけてその夢を目指して進む人生もあったかもしれないって話だ。もちろんたらればに過ぎないが、それでもあんな今から思えば情けない姿を晒すことなく生きていられたのではないだろうか? そう考える時がある。

「ま、若いうちに挑戦しておけってのは歳食ったから出る言葉だよな」「そうそう、冒険って奴も若い連中の特権だ。怖い物を知らないからこそできる事だしな」「ある程度歳を取れば、冒険なんてできないもんな。今を守る事ばっかり考えちまうし」「だからこそ、こういう世界に来るんだけどな。こっちの世界ならもう一回挑戦することが出来るわけだし」

 そんな会話の後にお互い苦笑いをしているお弟子さん達もいる。皆思い思いの理由でワンモアに来ているという事が伺えるな。

「そうそう、鍛冶にしたってリアルでやりたいとなってもなかなかな」「剣なんて打てないもんなぁ。刀を打ちたいとなっても刀鍛冶になるだけの度胸とかないもんな」「疑似的にとはいえ、こうやって舵を経験できるのは過ごし楽しかったな……あと一月半でそれも終わっちまう訳なんだけどよ」

 設備の問題、時間の問題、法律などの問題……鍛冶一つとっても、始める、始めたいとなったらこれだけの手間も時間もお金もかかってしまう。だからこそこういった世界に来て楽しみたい。それを叶えてくれるからこそ、運営は腹黒などと言われながらもワンモアは今までプレイヤーが活発に行動してきたと言う事が分かるな。

「大太刀限定とはいえ、刀が打てたのは嬉しかったな」「リアルじゃ絶対できないもんなぁ。こういう所はフルダイブ式のVRゲームの良い所だな」「リアルでやったら、糸きりハサミ一つ作るのすら出来なさそうだけどなー」

 そんなお弟子さん達の会話を聞いた瞬間、自分の中にん!? と衝撃が走った。糸きりハサミ? 糸きりハサミって……学校の裁縫の時間なんかに使った事があるが、あのハサミって物にもよるが、一本の鉄の細い板を加工して作ったみたいになってなかったか?一本の細い鉄の板の中央を折り曲げ、先端を刃としている。

(──あの糸切りハサミを参考にすれば……シンプルでパーツの数を減らして長く運用できる奴が作れそうじゃないか? うん、一度図面を引いてみる価値があるな。大きさとか刃の角度とかは改めて考えなきゃいけないが、行ける気がする!)

 まさかこんな形でヒントを貰えるとは思っていなかった。だが、貰った以上は形にするのが生産者ってもの。よし、明日からはもともとの依頼だったハサミを仕込んだからくり付きの盾制作に取り掛かるぞ!



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来週の火曜日更新は御免なさい、お休みします。

理由は、東京にあるアルファポリス様の会社に仕事でお邪魔させていただくためです。
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