210 / 745
14巻
14-1
しおりを挟む1
バッファロー達の大群による侵攻が終了してから数日が経過し、VRMMO「ワンモア・フリーライフ・オンライン」の新エリアである獣人連合東街を取り巻く環境は、かなり変化していた。
まず一つ目は、周辺に出現する動物系のモンスターについて。バッファローは綺麗に消え去り、今はディアー、つまり鹿系統がメインである。こいつらは近寄れば攻撃してくるが、街にまで侵攻してくる素振りは全く見せていない。そのため、街の警戒状態は最低限の見張りを残した上で解除された。
バッファロー達は例外なく森の奥に引っ込んだらしい。森の奥に行けば出遭うこともあるが、以前のような積極的な敵対行動をとらなくなったというか、こちらを見た途端に逃げるようになったそうだ。向こうが逃げるのであれば無理に追う必要はなしということで、バッファローへの追加討伐が行われることはなかった。
さて、そうなると街を囲んでいた拒牛槍も片付けられ、街は今回の侵攻で受けたダメージを回復する作業に入っていた。住人の皆さんによると人的被害はかなり抑えられたらしいので、人手が足りない様子はあんまりない。が、やはり手伝いを望む依頼は張り出されていたので、自分――アースはそれを受けていた。今は、大破した西門の再建に使う木材の加工作業の真っ最中である。
「おう、そっちはどうだい?」
作業仲間である熊の獣人さんが、切り出した直後の丸太を担いでやってくる。
「あー、渡された分の木材加工は大体終わったよ。追加分の材料を置いていってほしいかな。こっちは加工が済んだ分だから持っていってー」
おう分かったぜ、と丸太を下ろして、熊の獣人さんは加工した木材を担いでいく。自分はバッファローの襲撃が終わった翌日からこの依頼をこなし始めたのだが、木材自体は大体確保できたようで、あとは自分らが加工したそれらを組み立てていくといったところか。
今の自分は、鎧などを完全に脱いで職人さんが着ているような服を纏っている。当然、普段身に着けている外套も着ていない。そういえば、こんな人前で外套を脱ぐのは久しぶりのことだな。
(えーっと、今日のノルマはあと丸太一五本ってところか。この仕事が終わるまで、もうしばらくかかるかな)
ちらりと、新しい門の組み立て現場に視線を向ける。門の左側はすでに完成していて、もう取り付けられている。何度か開閉のテストが行われ、問題なかったらしいとの話を聞いていた。左右同時に取り付け作業を行わないのは、何かしらの理由があるんだろう。
「それにしても、今回はいろんな種族の人達が防衛に参加してくれたから凌げたようなもんだな。俺達だけだったらもっと被害が出ていただろうよ」
近くで作業中の獣人の職人さん達が、手を動かしつつそんな雑談を交わしている。
「なんでも、人族の勇敢な者達を中央に招いて、大々的に感謝を伝えて報酬を与えるって話だぜ。まあそれだけのことをしたんだから納得するが、獣人以外が中央に入るってのは、これまでに数えられるくらいしかなかったことだからな、かなり大がかりになるらしいぞ」
これはグラッドとシルバーのおじいちゃん、あとそれぞれのPTメンバーのことだな。グラッドは敵の王の首を取った猛者として、シルバーのおじいちゃんは門を守りきって士気を保ち続けた守護者として、高く評価されたらしい。
防衛の報酬は、まず参加した人全員に基本給として五万グローが支払われた。そこに活躍の度合いによって上積みされ、自分は三七万グローほど頂いていた。
バッファローの王と直接やり合ったメンツには、街の間を走っている馬車の運賃が無料になるパスが贈られたそうだ。
だがグラッドPTとシルバーPTは、それだけでは支払いきれないほどの貢献をしたと評価され、中央に招かれて更なる報酬が渡されることになった……と噂で聞いている。まあ、彼らの活躍はプレイヤー側にもこちらの世界の人にも共通して認識されているということだろう。
それと、バッファローの王のドロップアイテムは、どうやらほとんどをグラッド達が獲得したようだ。これも貢献の度合いからいって当然か。
「何でもバッファローの王と直接やり合ったのは全員人族だって話じゃねえか。本来なら俺達が矢面に立たなきゃならねえってのに」
「今回のことで、でかい借りが出来ちまった。いつか返さねえとならねえよな……」
獣人の職人さん達はそんなことを話し合っている。
今回の一件で、防衛戦に参加したプレイヤーと獣人連合との間には良好な縁が結ばれたと見ていいだろう。仲が良くなれば色々と融通を利かせてくれるだろうし、獣人連合での旅がやりやすくなる。この良好な仲を維持していきたいものだ。
「そういや、にーちゃん」
「はい?」
突如、世間話をしていた獣人の職人さんがこちらに声をかけてきた。何かあったかな?
「にーちゃんも人族だろ? もしかして、今回の防衛戦に参加してくれてたんか?」
別段隠すことでもないので、自分も参加しました、所属していたのは遊撃の部隊でした、と返事をする。
「おー、にーちゃんも参加してくれてたんだな。本当にありがとうよ、今回はにーちゃん達のような人族の皆の助けがないと厳しい戦いだったからなぁ。ってか、戦いで疲れてるはずなのに、今も門の復旧を手伝ってくれていて大丈夫なんか? こっちとしちゃありがたいけど、無理しちゃいかんぞ~?」
ああ、単純にこっちを気遣ってくれただけか。
「問題ないですよ、自分は後衛の弓使いだったので、手傷を負わずに済みましたから。それに自分で自分の弓を作りもするので、木材の加工なんかも慣れていますし」
よし、この木の加工はこれでよし。次はこいつだ。
「いやいや、確かに怪我はしてないようだけど、あれだけの戦いを乗り切った以上、まだ体に疲れが残っててもおかしくないだろーに。のんびりしていてくれてもいいと思うんだがなぁ」
獣人の職人さんはそんなことを言ってくれるけど……別段無理はしてないんだよねぇ。もちろんまだ数日はノンビリする、っていう人達はいる。決死の覚悟でバッファローの王に水魔法を当てたノーラからも、しばらく獣人連合の南街でのんびりプレイすると聞いている。
「んー、そこは人それぞれというやつでしょうね。実際知り合いはしばらくのんびりすると言っていましたから。まあ、自分にとってはこうやって作業しているほうが落ち着くと言いますか……」
ああ、工場勤務の悲しい性。同じものを作っていくところなど、共通する面がある。まあ工場は流れ作業的な部分もあるから、何から何まで一緒というわけではないけれど……
「それならそれでいいけど、無理だけはしないでくれよ~? 防衛戦に参加した勇士を過労でダウンさせたなんてことになったら、シャレにならんからなあ」
はっはっはと笑いながらそんなことを言う獣人の職人さん。こちらもははは……とちょっとだけ乾いた笑い声で対応する。乾いた笑い声になったのは、過労という言葉に顔が引きつったためだ。うちの会社は極端なスケジュールにならないよう配慮されているからいいが、学生時代の知り合いの中には働き過ぎで体を壊した奴もそれなりにいるからな……
とまあ、職人さんとそんな軽口を叩き合いつつ働き、更に数日が経過。ようやく門の右側も完成し、取り付けられてからのテストも問題なしとなり、これで門の修繕作業は完了した。
「職人、ならびに協力者に感謝する。予想よりも早く作業を終えられた。これから報酬を渡すので、並んでほしい」
現場の総監督から、そんな報告と共に報酬を手渡される。〆て二万四〇〇〇グロー也。しばらく街中に拘束されたが、まあ一切戦闘をしないで得られたお金としてはそれなりに多いだろう。
さて、復旧のお手伝いをしながらの休憩はこれでお終いにして、そろそろ東街の外に出てみますか。今度は北にでも行ってみようかね……
【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv40 〈剛蹴(エルフ流・一人前)〉Lv38 〈百里眼〉Lv32
〈技量の指〉Lv41(←1UP) 〈小盾〉Lv28 〈隠蔽・改〉Lv3 〈武術身体能力強化〉Lv73
〈ダーク・チェイン〉Lv3 〈義賊頭〉Lv27
〈妖精招来〉Lv13(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv6
控えスキル
〈木工の経験者〉Lv8(←7UP) 〈上級薬剤〉Lv26 〈釣り〉(LOST!)
〈料理の経験者〉Lv17 〈鍛冶の経験者〉Lv28 〈人魚泳法〉Lv9
ExP41
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相
託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊 人魚を釣った人
妖精国の隠れアイドル 悲しみの激情を知る者 メイドのご主人様(仮) 呪具の恋人
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
2
「ぴゅいぴゅいぴゅーい♪」
ご機嫌なアクアの背中に乗って、今自分は獣人連合の北の街を目指している。
事前に獣人の皆さんから聞いた話では、北街には戦闘を得意とする人が集まっているとのこと。単純な殴り合いだけではなく、色々な状況に合わせた戦闘方法の研究も同時進行で行われているのだとか。その他、闘技場とか修練場といった、戦いに関する施設が多いのも特徴らしい。
自分も少し稽古をつけてもらおうかな? 運よくそれに付き合ってくれる気のいい獣人さんがいればだが……
(それにしても、退屈だったわねえ。地味なお手伝い作業は見ているのに飽きちゃったし)
そんな道中で、突如、自分の指輪の中にいるフェアリークィーンの幻影が喋り出す。周りに人がいるときなどはさすがに自重しているらしく黙っているが……今のようにいきなり喋り出されるのは心臓によろしくない。
「おい……そりゃお前さんは見ているだけだっただろうが、こっちは作業をしていたんだから退屈とか考える時間はなかったよ」
少々声に非難する色を付けて、ぼそっと指輪に向かって呟く。
(そう言われてもねえ……こっちが退屈だったのは事実なんだし仕方ないじゃない。私は一度指輪の外に出て実体化したらかなり長い時間休息が必要になっちゃうから、うかつに出られないし。おまけにしばらく放置されたしー? まあ、色々と歩き回ってくれたからその間は退屈はしなかったけどね)
あー、クィーンの幻影の存在を完全に忘れていたときが多々あったのは否定しない。とはいっても本当にあれこれと色々あって、あちこち歩き回っていたから、かまってやれなかったのだ。
「かといって、人前じゃこうやって喋れんぞ。この状況を他の人が見たら、何やってんのかって怪しまれてしまう」
面倒なのがこれだ。クィーンの幻影の声は、自分にしか聞こえない。実体化したときだけは別なんだがな。
(分かってるわよ。だから普段は大人しくしてるんじゃない。集中力を削ぐのは悪いと思って、この前のバッファローとの戦いだってずーっと沈黙してたんだし。でもさ、こういうときは喋ってくれてもいいじゃない?)
──それは正論だな。だから今こうして話に応じているわけだ。
「そこはまあ、そうだな。とはいえ、重要な警戒をアクア頼みにしちゃうわけにはいかないからな……反応があったときはそっちに集中することになるぞ」
幸い、今のところは近寄ってくるモンスターもいない。東街の周辺に多く出現するようになったディアー系は、どうやらバッファローに比べると探知能力がやや低めになっているようだ。野生動物にしてはおかしいと突っ込みたくなるが……自分の探知能力範囲に入ったら離れるように動けば、戦闘にはならない。
(それはもちろんそうして。今は移動がメインなんでしょ? だったら無駄な戦闘は避けないと。それにバッファローが消えたのは東街周辺だけで、他の街の周辺には出没するって話だったわよね)
クィーンの幻影の言う通り、バッファロー達が森の奥に消えて姿を現さなくなったのはあくまで東街周辺だけらしい。なので、バッファローと戦いたい人は北か南の街に向かっているそうだ。
まさかとは思うが……各街の周辺にそれぞれバッファローの王がいて、乱獲したらその地域の王が出張ってくる、とかじゃないだろうな? もういやだよ、あんな大軍と戦うのは。
「ぴゅい!」
と、そんなときにアクアが、警戒して! とでもいうような声を上げて足を止める。
急いで《危険察知》を確認すると、探知範囲の端っこにモンスターの反応が出ていた。そしてそれは鹿系統のモンスターのものではない。
「そうか、もう北街の領域に入ったんだな」
おそらくアクアはその警告をしてくれたんだろう。ここからはより気を引き締めていかないと。
実はバッファローの強さは地域によって違うそうで、最弱が南、最強が北、そして東と西はその中間らしい。つまり、今まで戦ってきた南や東のバッファロー達と同じと考えていると、危険だということだ。
「ぴゅいぴゅい」
そうだよー、気を付けてね? という感じの鳴き声を上げてから、アクアが前進を再開した。さて、しっかりしないとな。
(ここからは喋ってると邪魔になりそうね。私はそろそろ引っ込むわ。また色々なものを見せてね。あと、私にも名前を頂戴よ? いつかつけてくれると思って待っていたけど、全然つけてくれないし)
名前ねえ。そうはいってもクィーンの幻影という認識だから、どうしてもそう呼んでしまうんだが。
(あ、可愛くない名前は却下するわ。例えばクィーンドッペルとか、あまりにひねりがないから嫌。じゃ、よろしくね)
そうして再び指輪は沈黙する。名前って地味に難しいのに……また面倒な宿題を残していったな。まあそれは後回しにして、今は街に着くまでしっかりと周囲の警戒をしないとな。
時々〈百里眼〉で《危険察知》に引っかかったバッファローの姿を遠巻きに確認したところ、全体的に他の地域にいたバッファローよりも体がいかつい。皮膚を切り裂くだけでもひと苦労と見るべきか……ソロで戦うのは無茶かなぁ。街に着いたら色々と話を聞いて情報を仕入れたほうがよさそうだな。ひと当てするのはその後だ。
──慎重に警戒しながら歩いたおかげで、何とか一度も戦闘にならずに北街に到着した。門番さんの前に来た時点で、一応外套のフードを外して兜を脱ぎ、顔を晒す。特に何も言われず街の中に入れたので、再び兜を元通りに装着して外套のフードもかぶる。面倒なんだけど、この鎧は目立つからな……
さて、そんなこんなで北街の宿屋を探すべくアクアから降り、今度は逆に小さくなってもらったアクアを頭に乗せて、てくてくと街の中を歩く。そうして気が付いたのは、この街には武器や防具、鍛冶のお店が非常に多いってことだ。こんなに商売のライバルが多くて生き残れるのか?
……と思ったが、店のウィンドウにある品揃えを見ていくと、少しずつ違いがあることが分かってきた。例えば武器屋だと、基本になる剣はどこも共通して置いてあるが、あとは槍を中心にした店とか斧を中心にした店とか……よく見ればそれぞれに色を出しているのだ。
(なるほどなるほど。あとはお客別に売り込み方を変えることで、他の店との差別化を図っているんだろう。武具は自分の命を預けるものなんだから、誰だって自分に合う中で最上のものを求める。たとえ最上級の武器であっても、それを扱えない人には意味がないしな)
例としては、ひと口に両手剣と言っても、その人なりの好みのバランスや形があってもおかしくはない。プレイヤー製作の武具だって、外見の違いは結構激しい。一応念を押しておくと、これは装飾的な意味での話ではない。
ほとんどのプレイヤーは色んな武器職人のところを回って、己の手になじむ一品を見つけ出しているはずだ。自分は自作やら貰い物やら褒賞やらで手に入れた武具で身を固めているので、その辺の事はいまいち考えてこなかったな……
この後、何とかそこそこ大きい宿屋を発見して、そこにお世話になることにした。
残念ながら風呂はなかった……公衆浴場とかないのかね~? 風呂は現実世界で入っているけど、こちらの世界で入るというのも、なかなかいいもんなんだよな……
◆ ◆ ◆
「はあ……」
翌日ログインして早速、北街を歩き回ってみたのだが……闘技場などの施設はどこもかしこも固く扉が閉められ、その門の前では門番さんが目を光らせていた。とてもじゃないが、訓練に付き合ってほしいと頼める状態ではない。
それは、バッファローの大群が押し寄せてきて防衛戦をする羽目になった東街の一件が原因だった。
(無理もないか……バッファローが森の奥に引っ込んだのはあくまで東街だけ。他の街の周辺では今まで通り棲息しているわけで、もしかするとバッファロー達がまた押し寄せてくる可能性があるとなれば、前もって備えておく必要があるからな)
それだけではなく、この街に住む武人達は、他の街が襲われたときには救援に行かなければならない。そういえば、以前南街で起こったテロ未遂事件でも、影から国を守る人々が援軍に来ていた。あのときはかなりの数の手練れが大けがによる引退、もしくは殉職に追い込まれたんだったな。
とにかく、戦うことに長けた獣人さん達がみな気を張っているために、ピリピリとした空気が流れている。さすがに一般の人が住んでいたり商店が立ち並んでいたりする区域は別だが、だからこそ戦う人達が集まる道場などの場所が発する剣呑さが際立つ。
闘技場に関するあらゆる施設も今は休場状態らしい。今の状況下ではそんなのんきなことをやっている余裕などないということだろう。
(予定が大幅に狂ったな。だがこれは仕方がないことだ。獣人の皆さんを責めるのは筋違いだし……うーん、戦闘訓練はエルフの村まで戻って、蹴りの師匠に叩き直してもらうしかないか。そうすると、この北街に長居する理由はないな……こんなピリピリした空気が漂う状況下では、のんびりと観光するなんてわけにはいかないしなぁ)
最低限の店を見て回るだけに止めてさっさとここから出て行こう――そんな風に考えを纏めて歩き出す。食料品関連の店では、複数のスパイスを購入。質のいいブラックペッパーを大量に手に入れられた。
そんなちょっとした良いこともありつつ街の中を歩いていると、「もし、そこの外套を着たお方」と誰かに呼び止められた。
「──もしかして、自分ですか?」
声のしたほうを振り向いて答えると、ローブを着て白い顔を覆面で隠したその人が静かに頷く。中性的な声だったので、男か女か分からないな……何用だろうか?
「私は占いを生業としている者ですが、もし貴方さえよろしければ、見ましょうか? もしかしたら貴方の悩みに少々助言ができるやもしれません」
占いかあ。うーむ、どうなんだろうか……占いというものはあまり信用してない性質なんだが、試しに聞いてみるのも悪くないか……どうやら占いの道具は水晶玉のようだな。
「いくらです? 法外な値段を吹っ掛けられるのは困りますよ」
一応その占い師(?)に念を押す。たまにだが、リアルでもあることだからだ。
「先払いで二〇〇グローで結構です。日々の生活ができる程度の金銭があれば十分ですので」
二〇〇か……それぐらいなら何の問題もないな。
見料を占い師に渡して、用意されていた椅子に座る。
占い師は、自分が椅子の上で落ち着いたのを見計らって水晶玉に手をかざしつつ、自分と水晶玉を交互に見始めた。さて、なんと言われるだろうか。
「なるほど……貴方は力を欲しているわけですね。より前に進むための単独でもやっていける能力……そうなりますと、今のままの貴方ではこの先苦しくなるでしょう。貴方は多才ではありますが、その反面、才の成長の度合いは低いと出ています。そうなればなおさら一点集中ではなく、あらゆる力や才で世を渡っていかなくてはなりません」
──こっちのことを見抜かれている。こいつ何者だ?
「ふむ、貴方の弓の技術は近いうちに成長の限界を迎えるでしょう。これは貴方の努力が足りないというわけではなく、貴方という器の限界ですので、仕方がありません。ですが、足を使った戦闘法や腰に差している魔剣を用いた戦闘法には、まだ伸びる余地が残されているようです」
こちらの成長限界をここまではっきり指摘してきただと? これはただの占い師じゃないぞ……
「そうなりますと、貴方はこれからこの街の北東にある『痛風の洞窟』に挑まれるがよろしいでしょう。あそこは中で冷たい風が吹き、それが『寒い』ではなく『痛い』と感じられることからそう呼ばれています。その洞窟にて、主に足と魔剣を使った戦闘を繰り広げなさい。そうすることで、成長としては近く限界を迎える弓の技術が、他の形で新しい伸びしろを生み出すことになるかもしれません」
「痛風の洞窟」ねえ。「痛風」って部分だけを抜き出すと、非常に厄介な病気の名前なのでちょっと嫌な気持ちになるが……この街では他に修練の手掛かりが得られなかった以上、行ってみる価値はあるかもしれない。
目の前にいるこいつの企みに乗せられている可能性も、否定できないのだが。
「『痛風の洞窟』には、他の同じような場所に仕掛けられている人工的な罠……例えば毒針のようなものの類はありません。その理由は、冷たき風がそういった小細工を凍えさせて破壊してしまうからです。それだけの冷たい風が強く吹く場所では、一所に長く留まらず素早く移動されたほうがよろしいでしょう。また出没する魔物達はそんな冷気の中でも生き抜ける存在なので、注意してください。念のために申し上げますが、水や氷といった攻撃は、この洞窟にいる魔物には完全に無効化されます」
自分の使う属性は、【強化オイル】の火(だけど今は品切れ中)、魔スネークソードの【惑】による闇、そして〈風迅狩弓〉の風の三つだから、これは特に問題ないな。
「そしてその洞窟にてしばし修練を積まれた後、旅の合間に『製造する力』をより蓄えられるのがよろしいでしょう。今お使いになっている弓も良い物とお見受け致しますが、貴方はそれ以上の弓を以前持っていたはずです……貴方からはそんな雰囲気が漂っておられます。そして今度は、その以前お使いになられていた弓より更に上の物を生み出して、それを生涯の友となさるべきかと……その弓には八つの首があるのが見えます。かなり異質な形をしていますが、弓であることは間違いないようです」
今度は製造のことまで……八つの首か。ドラゴン素材で作れってことならば、それは八岐大蛇をイメージしろという意味で間違いないか? 【X弓】だと、頭と表現できそうな部分である先端の数が上下二つずつで四つだから、今度はその倍にしろと? 当然弦も倍に増えて四本……そんなアホみたいな弓を引けるのか? それ以前に、製造工程がイメージできない……
これはさすがに無茶じゃないのかね~。まあ製造能力を上げるべきっていうアドバイスは素直に受け取る。【強化オイル】の発展形も考えたいところだからな。
「──今の私に見えるのはここまでのようです。肝心な時が来ても後悔せぬよう、真摯に修練を積まれるべきでしょう。それが貴方を助けることになるはずです」
さて、これで占い……というよりは、こっちのことを見透かした上でのアドバイスは終わりのようだが……是非一つだけ聞いておかなければならないことがあるな。
「無礼を承知でお訊きします、貴方は誰ですか?」
51
お気に入りに追加
26,943
あなたにおすすめの小説
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました
学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。