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29巻
29-2
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それから三十分ほど後にようやく控え室の中に入れた。
その控え室の中にも大勢人がいて、かなり窮屈ではあったが……そこからさらに十分弱待たされてやっと自分の番が回ってきた。
闘技場の中に入ると、大勢の拍手に迎えられる。観客席は満員で、「痛風の洞窟」に住む氷の住人とプレイヤーでぎっちりと埋め尽くされている。
ここで自分は剣や盾をはじめとした武器を、全て装備解除しておく。
『さあ、次の対戦はかつてルーキー同士で組まれた試合の再現となります! 場所は違えど腕を磨いてきた両者! その結果が、ここではっきりとします! ルールは一本勝負、双方武器はなしの体術限定! どのような戦いが繰り広げられるのか非常に楽しみです!』
ああ、そういえばここには盛り上げ役がいるんだったか? 久しぶりだから忘れていたよ。
盛り上げ役の実況を聞きながら、氷のリングに上がる。反対側から上がってきた対戦者は――ああ、懐かしい。間違いなくあいつだ。氷でできたワーウルフ。
「久しぶりだな、こうして顔を合わせるのも戦うのも。どれだけ強くなったのか、確認といこうじゃないか」
「ああ、失望されないぐらいには経験を積んできたつもりだ。じゃあ、始めようか」
ワーウルフと自分は軽く言葉を交わし、リングの中央で拳を軽く合わせてからお互い後ろに飛んで勝負開始。
ふむ、外見の変化はないが、圧の強さは記憶の中にあったあいつとは段違いだな。これは確かに、かなり強くなっている。慎重に攻めよう。
考えはほぼ一緒だったようだ。お互いに一気に距離を詰めるという事はなく、ゆっくりと間合いをはかる形となった。だが、距離が詰まってからは――
「おらあ!」
「せいや!」
お互いのキックがぶつかる。
そこからは互いに蹴りの連撃が行われ、互いに攻撃を相殺し合う。静かな立ち上がりから一転して行われる激しい蹴りの打ち合いに闘技場が沸く。
そんな事に気が付けるのだから、自分は落ち着いている。以前戦った時はそんな事を気にする余裕なんか全くなかったという記憶がある。
「速くて、重い蹴りだな。相当な戦いをかいくぐってきたってのが分かるぜ!」
「そっちこそ、遥かに強くなってるじゃないか!」
そんな会話を交わしつつも、蹴りの応酬は止めない、止まらない。まだどちらの攻撃も決まっていないが、そのファーストアタックで一気に勝負の行方が決してしまう事は時々ある。だからこそ、ここはお互いに譲れない辛抱所だ。少しでも気迫で負ければ、そのあとが辛くなる。
ロー、ミドル、ハイのキックがひたすらぶつかり合う状況が始まってから、どれぐらい過ぎただろう?
蹴りを繰り出すほどに、目の前の氷のワーウルフは本当に強くなったと感じる。こっちだって色々な戦いを通じて強くなってきたはずだが、それでもなかなか押し切れない。
でも、焦り始めてはいるようだ。蹴りの速度が、わずかだが確実に自分の方が速くなりつつある。
それに伴って、向こうは防御するような動きが増え始めた。
「チィ!」
「そこ!」
「させるかよ!」
こちらが一気に攻めかからず、確実に削るための攻めを継続している事に、ますます氷のワーウルフの焦りが大きくなってきたようだ。
表情も少し前からとりつくろえていないし、蹴りの精度がわずかだが落ちてきている。
(――確実に、正確に、容赦なく。悪いがアーツとかに頼って一撃に賭ける場面じゃない。コツコツと、そしてじわじわと削らせてもらう。我慢は結構得意になってるんでね)
内心でそんな事を思いながら、氷のワーウルフに蹴りを叩き込み続ける。
アーツに頼らず、自分の判断だけで攻め続けるやり方は今までの戦いで十分に学んで身につけた。
その我慢比べで、ついに蹴りを氷のワーウルフの腹に叩き込めた。
刺さったのはミドルキック。そのまま氷のワーウルフをある程度後ろに吹き飛ばした。
「グウゥ⁉ ただのミドルキックがクソ重い……」
ワーウルフは腹を押さえる仕草を見せたが、膝をつく様子はない。
ダメージよりも驚きの方が上ってところか? それとも隙を見せて、こちらが攻め込んだらカウンターアタックをしてくるのか?
……たったミドル一発で行動を阻害できるほど相手はやわじゃない、罠と思っておく方が良いな。
そう考えてじりじりと距離を詰める自分に対し、氷のワーウルフは少々悔しそうな表情を浮かべながら再び構えを取った。
やっぱり、罠か。こちらから飛びかかりでもしたら、何かしらの強烈なカウンター攻撃を仕掛けるつもりだったんだろう。狡猾さも上がってるな。
「初見なのに引っかからねえか……」
不満そうだが、こっちだってそうそう思い通りに動いてやるわけにはいかないよ。
あえて狙いに乗ってさらにその先の手を打つという手段もあるが、これは相手の実力をきちんと見極めないと自爆に繋がる。
まだ目の前の相手は実力を隠しているはず……迂闊な行為は避けねば。
「あんな蹴り一発で、お前さんが大きなダメージを受けるとはとても思えなかったんでね」
こう返すと、舌打ちのあとに「いらない信頼をしてくれるなよ……」とぼやいていた。
ファーストアタックを取られた彼としては、カウンターという心理的な読み合いに勝って戦いの主導権を握りたかったのかもしれない。
もちろん、握られてはたまらないので、こちらは慎重に戦いを組み立てる。
が、さすがにまた見合っていては観戦客からブーイングの一つも飛んでくるだろうし、攻めるか。
不規則に速度を上げ下げしながら、ぬるりという言葉が似合うように動いて氷のワーウルフとの距離を詰める。そこからハイキック、のフェイント。出す途中で動きを止め、相手の反応を見る。
すると、氷のワーウルフはこのハイキックのフェイントに見事に反応し、ハイキックで合わせようとしてきた。
その蹴りを自分はしゃがみながら回避し、残った片足を払って転ばせる。転んだところに、水面蹴りモドキでさらに足を蹴って追撃した。
「やってくれるな!」
だが、この攻撃はあんまり効いていないな。すぐさま氷のワーウルフは立ち上がって構える。
自分も飛びのいて再び構えを取る。
先の水面蹴りモドキは結構上手く入ったと思ったんだが、芯をずらされたような感じがした。
咄嗟にそういう防御行為を取ったんだろう。やっぱりそう簡単にいい一撃を通させてはくれないか。
再び睨み合うが……さて、次の一手はどうするかな。
考えていたら、氷のワーウルフは再び一気に距離を詰めてきた。
その間合いは、たとえるならボクシングのような距離。パンチを当てるにはちょうどいいが、キックを当てるとなると近すぎる立ち位置だ。こっちの蹴りを封じに来たわけだ。
「そら!」
さらにここぞとばかりに、氷のワーウルフは素早いパンチをいくつも繰り出してくる。
こちらも回避したりある程度捌いたりして対応するが、キックで反撃する暇がない。
それが狙いか……攻撃されないようにこちらの動きを間合いと手数で念入りに潰すか。
しかも大振りなビッグパンチは一切ない。こちらの足止めと、削りに特化した素早く隙が少ないものばかりだ。
それでも氷の塊が吹っ飛んでくる強烈なパンチなので、直撃すれば相応のダメージを受けてしまうだろう。ここは丁寧に回避行動に専念し、時を待つべきだ。
それにしてもパンチの連打がすごいな。普通の人間なら、ここまで連続で攻撃を繰り出し続ければ酸欠になって動きが鈍ってくるのに、そういった事がいっさいない。
むしろパンチの数と威力が徐々に上がってきたような気がする――回避が忙しくなってきたから気のせいじゃない。
「まだまだまだぁ!」
ますます勢いに乗った氷のワーウルフは、パンチをより激しく繰り出してきた。
確実に一発一発が重くなってきている。なのに手数が一向に減らないどころか増え続けている。
攻撃力と速度の両立はそうそう叶うものじゃないはずなのに……待て。
両立しにくい物が両立する。すると、どこに負担がいく?
(決まっている、防御力だ!)
攻撃力と速度に意識を割けば防御に振るだけの余裕はなくなる。
この氷のワーウルフが持つスタミナが無尽蔵と仮定しても、ここまでの激しいラッシュをこうも続けられるのは何か仕掛けがあると考えるべきだろう。
最初の速度を重視している状態ならばともかく、今のラッシュは明らかに一発一発のパンチの重さがジャブではなくストレートの威力になっている。
にもかかわらず、速度はジャブのように素早く隙が少ない。
その対価がスタミナでないなら……確かめてみよう。
攻撃を捌ききれないように振るまい、そして意図的に一発もらいながら反撃する。もちろん実際にもらうわけじゃなく、もらったように見せかけながら、だ。
『素晴らしいラッシュに、外套の男もタジタジか⁉ 明らかに押され始めています! このラッシュで勝負の流れが大きく傾くのかー⁉』
盛り上げ役のそんな声が耳に入ってくる。
そして、氷のワーウルフの目。彼の目が言っている。
ここで押し切って勝つという信念を持って攻撃を仕掛けていると、自分に語りかけている。
こんな目をするようになっていたんだな……だが、こちらも狙い通りに動いてやるわけにはいかない。
良いパンチが来た、こちらの防御を抜こうという意思が乗ったパンチが。
それをあえて受け止め、自分は吹き飛ばされる――ように見せかけて、サマーソルトキックのような蹴りを後ろに飛びながら放った。
狙いは顎。密着状態だったので、後ろに飛びながら蹴れば、ちょうどいいところに当たるはず。
狙いは、当たった。
まさに自分のつま先はアッパーカットの如く、氷のワーウルフの顎を撃ち抜いた。
ここから先は、自分にとって全ての動きがスローモーションのように感じられた。
蹴り上げた後に着地し、顎を撃ち抜かれた事で完全に動きを止めている氷のワーウルフの姿を確認。
(普段のあいつなら、ダメージは受けてももう立て直せているはず。なのに、明らかにこちらが想定した以上のダメージを受けている)
やはり、なんらかの魔法かアーツを使っていたのだ。そうでなければいくら氷のワーウルフと言えど、あれほどのラッシュを威力と速度を維持したまま継続できるわけがない。
その代償は、やはり防御力。他のゲームでもそうだ、火力と引き換えに防御を犠牲にする技はいくつもある。
自分は地面を滑るようにしながらスライディングキックを放つ。
氷のワーウルフは一切対応できずに足を刈られて地面に伏す。この時点で隠し切れない相当なダメージを受けていると確信した。
もしさっきまでの動きがダメージを受けたという演技だとしたら、こうしてもろにこちらの攻撃を受けて地面に突っ伏す理由はない。
自分はさらに動いた。地面に伏した彼の体を蹴り上げて宙に浮かせ、そこから《ハイパワーフルシュート》でさらに高く宙に飛ばす。
自分も《大跳躍》であとを追う。
これで決めよう――そう考えて、浮いた氷のワーウルフに対してかかと落としを仕掛け、地面に叩き落とし……
「奥義《幻闘乱迅脚》!」
氷のワーウルフから教わった技を繰り出す。
分身の数は最小の四人。相手は地面に伏して動けない状態なので、外れる心配はない。
そして蹴りが深々と氷のワーウルフに突き刺さって……ここで自分の感覚がスローモーションから本来の状態に戻った。
『あ、ああ⁉ 追い詰められていたと思われる外套の男が一転してものすごいキックの連携技を炸裂させたー⁉ しかも連携のフィニッシュは彼の十八番である《幻闘乱迅脚》だー⁉ さあ、立てるのか? あれだけの攻撃を受けて立てるのかー⁉』
盛り上げ役の叫びとともに、会場が沸いた。その沸いた声で目を覚ましたのか、氷のワーウルフは立ち上がろうとして……再び倒れ込んだ。
「……はは、ダメだ。ああ、負けを認める。しばらく立てねえわ」
『降伏の言葉が出た、勝負あったー! 勝者は外套の男、皆、盛大な拍手を!』
こうして、勝負は決着した。
勝負のあと、話をするために氷のワーウルフのところに行ってみると、彼は氷の椅子に座った格好で自分を迎えてくれた。
「おう、アース。いやー、見事に負けたわ。俺もこの闘技場で散々揉まれて強くなったと思ってたんだけどな……言い訳のしようがないほどに見事に負かされちまったな」
そんな言葉とともに右手を差し出してきたので、自分も右手を出して握手。
「こっちはこっちで、色んなところで散々な目にあいながらも戦い抜いてきたからなぁ……お互い周囲に揉まれてきたってのは変わらんと思うよ」
自分がそう言うと、お互いに「ははは」と笑い声が出た。本当に、なんとなくだが笑った。
「こんな場所にいてもな、外の情報ってのはちらほら入ってきている。今はかなり大きく動いているらしいな。で、そんな中アースがここに来た……お前、あの塔に挑むつもりだろ?」
氷のワーウルフに、自分は無言で頷いた。
「だからよ、俺は悔しいぜ。お前が久しぶりに来て俺との勝負を望んだ……ピーンと来たね、最後のお別れをするためにここに来たって。だから最後に勝って、この場で勝ち逃げしてやったぜと言ってやるつもりだったんだがなぁ……なあ、あの塔は入ったら出られないって話なんだろ? それでも行くのか?」
またも、自分は無言で頷いた。口にする言葉が咄嗟に思いつかなかったからだ。
「そうか、それじゃあ仕方ねえな……欲を言えば体が治ったらまた勝負したかったが、かなりダメージを受けちまったから完全回復までには時間がかかる。だが、良い蹴りだった。特に最後の《幻闘乱迅脚》、実によかったぜ。教えた甲斐があったというもんだ」
そう口にして、氷のワーウルフは視線を逸らして長く息を吐く。そしてまた口を開いた。
「なあ、よければでいいから教えてくれ。お前はあの入ったら出られない塔の中に何を求めているんだ?」
この問いなら、答えられるな。
「あの塔を作った存在に、人の意地って奴を見せに行く」
この返答を聞いた氷のワーウルフは最初、呆気にとられた表情を浮かべ――そしてにやっと笑った。
「そうか、人の意地を見せに行くのか。そりゃいいや、そしてそんな返答を聞いたのなら俺が止める理由はなくなっちまった。存分に見せてこいよ、塔を登りきった先にいる奴に嫌ってほど見せつけてこい」
自分も笑みを浮かべた。無論、そのつもりだったからな。
「ああ、存分に思い知らせてやるさ。人の意地を見たいなんて好奇心を持つと、大やけどするって事を教えないとな。だが、自分が挑む理由はあの塔の出来事が全て終わるまで、お前の心の中にしまっておいてくれないか」
「もちろんだ、応援は心の中でさせてもらうぜ」
軽く拳を合わせる。人の手と氷の手だが、その心の内にあるものは同じだと思う。思いたい。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「諦めるなよ、どんな困難があっても諦めなきゃなんとかなる。逆もしかりだ。お前なら分かるよな?」
「もちろんだ」
最後にそう言葉を交わし、その場をあとにした。
ここでやるべき事はほとんどこれで終わったな……あとは今日ログアウトする前に、義賊団の皆を呼び出さなきゃいけない。彼らにも伝えなければならない事がある。直接自分の口で。
4
獣人連合の街の宿屋で個室を取り、自分は時代劇の人が忍者なんかを呼ぶように、手を二回軽く叩いた。義賊の子分達を呼ぶ合図である。
「今来られる奴は全員集合だ。繰り返す、来られる奴は全員集まれ。直接話さなければならない大事な話がある」
そう呼びかければ、〈義賊頭〉で呼べるようになった手下達がぞろぞろと、小人リーダーを筆頭にこの場に集まった。相変わらず呼べばすぐに来る優秀な子分達だ。
「親分、どうしても手が離せない数名を除いてここに全員が集結いたしやした。大事なお話を伺わせていただきやす」
小人リーダーが集まった子分を代表してそう発言したので、自分は頷いてから話を切り出した。
「ああ、では始めるか。この義賊団だが、今後解散するか別の奴に頭を受け継がせて継続させるか。それをお前達に決めてもらうために今日は集まってもらった」
理由を告げると、普段は一糸乱れぬ団結力を見せる子分達ですらざわめいた。
そのざわめきが完全に収まってから、自分は続ける。
「お前達もすでに知っているだろう、人族の街ファストの近くに現れた巨大な塔の存在を。俺は、あの塔に挑む……が、あの塔に入れば二度と出てはこれん。故に、俺が義賊の頭でいられる時間は残りわずかだ」
今度は誰も何も喋る事なく自分の言葉に耳を傾けている。こういう時に騒ぐ奴がいないのは話を進めやすくていい。
「お前達も皆、表の仕事を見つけているようだしな。義賊から足を洗っても食いっぱぐれる心配をしなくて良いというのは実に助かる。親分として、足を洗わせたはいいが、その後生活に窮して今度はただの賊に成り下がるような人生を歩ませたとあっちゃあ、お天道様に顔向けできなくなっちまう」
こいつらが今すぐ足を洗っても生きていける生業があるってのは、安心できるってもんだ。
悪人以外が悪事に走る時は、寒さと飢えと住むところがないっていうコンボが理由になる事が多い。生活の基盤があるこいつらは大丈夫だ。
「むろん、新しい頭を据えて義賊を続けるってのも構わねえ。お前達は素晴らしい働きをしている。そのおかげで助かった人の数など、もはや数えきれん。そんなお前達がいなくなっちまったら困る連中もかなりいるだろう」
この言葉に、頷く子分は多かった。小さな問題などは、こいつらが個人の裁量で動いて解決してくれているからな。大捕り物の時以外は、自分が出ていく必要がないってぐらい子分達は優秀だ。
だから突然いなくなったら、困る人も結構出てきちゃいそうなんだ。
「とにかく、まだ少し時間はある。考える時間は俺が塔に挑む直前までだ。その時にお前達をもう一度呼び出して一人一人の考えを聞こう。どんな結論を出しても、俺はお前達の考えを尊重する。お前達は優秀だ、道を踏み外す事はねえだろうと信用しているからな。では解散だ、各自真剣に考えろ」
この言葉で、小人リーダー以外はすぐに姿を消した。
残った小人リーダーは、自分にいくつかの報告書を手渡してくる。
「親分、ここ最近の仕事の内容となりやす」
「ああ、見せてもらうぞ」
ふむ、極端にデカいヤマはないな。殺人をしようとしていた奴を止めたという報告がちょこちょこあるが、それ以外はまあ小悪党の範疇で被害が出る前に止めている。
うーん、義賊団解散の話を振ったのはマズかったかな? こいつらがいなくなったら、今後被害がそこそこ出てしまうんじゃないか?
だが一度口にした言葉は引っ込められない。それに自分がいなくなる以上責任が持てないし、指揮もできないからなぁ。
「よくやってくれているな、頭として鼻が高いというものだ。しかし、大小の差こそあれど世から悪は消えぬものだな」
「親分が大きな悪を成敗してくださったおかげで、この程度で済んでいるとも考えられますがねえ……懲りねえ輩は残念ながらいなくならねえんでさ」
現実でも犯罪はごまんと起きているからなぁ……小人リーダーの言葉が耳に痛いよ。
「よし、問題はないな。義賊団としての活動は残りわずかとなるかもしれぬが、抜かるなよ」
「へい、心得ておりやす。それに親分が大きな仕事を果たしに行く以上、子分であるあっしらが足を引っ張るわけにはまいりやせん。今後団がどうなるかは分かりやせんが、あっしは今後一人でも義賊を続けやす。それがあっしの答えって奴でさぁ」
小人リーダーはそう答えを出したか。なら、その答えを自分は尊重するだけだ。
答えを出すのにかけた時間が長かろうが短かろうが、考えた上での答えであるならそれでいい。
長く考えたからっていい答えが出るとは限らないし、その逆もまた然りなのだから。
「そうか、ならこれからも励め。影働きに必要な事は、お前はもうすでに全て理解しているだろう。俺があれこれ言うような事はしねえ」
「へい。ではあっしも失礼しやす」
そうして、小人リーダーも姿を消した。
彼が今後も働くのなら心配事も少なくて済むか……? でも団員が減ったら、それだけリーダーの仕事量が増えちまうようなぁ。まあ、その時は彼の裁量で新しい団員を捕まえてくれればいいか。
なんにせよ、リーダー以外の団員がどういう答えを出すかは、塔に上る直前になるまでは分からないから後回しだな。
(まあ、自分が出張らなきゃいけない大事件が起きていないってのは助かったけどな)
報告書を処理しながら、ほっとする。
今後も最後の挨拶回りをしなきゃいけないんだから、ここで厄介な大事件が起きるとかは勘弁してほしい。明日からは魔王領に出向いて、ピジャグ肉の料理を教えたあの店の様子を見に行ったあとに魔王城に向かおう。特に魔王様にはちゃんと挨拶をしておかないと。
(まあどういう順番にするにしろ、妖精国は一番最後だな。そこで長く付き合ってくれたピカーシャのアクアともお別れする事になる。寂しいけど、こればっかりは仕方がないよな)
義賊頭として行動している時は常に頭の上で静かに寝ているちび状態のアクアをそっと下ろして、静かに撫でる。
アクアが寝ぼけ眼で目を開けるが、自分が「寝てていいよ」と言うと、またそっと目を閉じて眠り始める。思い返せば、この子はこちらが聞かれたくない話をしている時は常に寝ていた……本当にできた子だ。ありがとうよ。
そのままアクアをしばらく撫でたあとに今日はログアウト。リアルでもすぐに就寝した。
その控え室の中にも大勢人がいて、かなり窮屈ではあったが……そこからさらに十分弱待たされてやっと自分の番が回ってきた。
闘技場の中に入ると、大勢の拍手に迎えられる。観客席は満員で、「痛風の洞窟」に住む氷の住人とプレイヤーでぎっちりと埋め尽くされている。
ここで自分は剣や盾をはじめとした武器を、全て装備解除しておく。
『さあ、次の対戦はかつてルーキー同士で組まれた試合の再現となります! 場所は違えど腕を磨いてきた両者! その結果が、ここではっきりとします! ルールは一本勝負、双方武器はなしの体術限定! どのような戦いが繰り広げられるのか非常に楽しみです!』
ああ、そういえばここには盛り上げ役がいるんだったか? 久しぶりだから忘れていたよ。
盛り上げ役の実況を聞きながら、氷のリングに上がる。反対側から上がってきた対戦者は――ああ、懐かしい。間違いなくあいつだ。氷でできたワーウルフ。
「久しぶりだな、こうして顔を合わせるのも戦うのも。どれだけ強くなったのか、確認といこうじゃないか」
「ああ、失望されないぐらいには経験を積んできたつもりだ。じゃあ、始めようか」
ワーウルフと自分は軽く言葉を交わし、リングの中央で拳を軽く合わせてからお互い後ろに飛んで勝負開始。
ふむ、外見の変化はないが、圧の強さは記憶の中にあったあいつとは段違いだな。これは確かに、かなり強くなっている。慎重に攻めよう。
考えはほぼ一緒だったようだ。お互いに一気に距離を詰めるという事はなく、ゆっくりと間合いをはかる形となった。だが、距離が詰まってからは――
「おらあ!」
「せいや!」
お互いのキックがぶつかる。
そこからは互いに蹴りの連撃が行われ、互いに攻撃を相殺し合う。静かな立ち上がりから一転して行われる激しい蹴りの打ち合いに闘技場が沸く。
そんな事に気が付けるのだから、自分は落ち着いている。以前戦った時はそんな事を気にする余裕なんか全くなかったという記憶がある。
「速くて、重い蹴りだな。相当な戦いをかいくぐってきたってのが分かるぜ!」
「そっちこそ、遥かに強くなってるじゃないか!」
そんな会話を交わしつつも、蹴りの応酬は止めない、止まらない。まだどちらの攻撃も決まっていないが、そのファーストアタックで一気に勝負の行方が決してしまう事は時々ある。だからこそ、ここはお互いに譲れない辛抱所だ。少しでも気迫で負ければ、そのあとが辛くなる。
ロー、ミドル、ハイのキックがひたすらぶつかり合う状況が始まってから、どれぐらい過ぎただろう?
蹴りを繰り出すほどに、目の前の氷のワーウルフは本当に強くなったと感じる。こっちだって色々な戦いを通じて強くなってきたはずだが、それでもなかなか押し切れない。
でも、焦り始めてはいるようだ。蹴りの速度が、わずかだが確実に自分の方が速くなりつつある。
それに伴って、向こうは防御するような動きが増え始めた。
「チィ!」
「そこ!」
「させるかよ!」
こちらが一気に攻めかからず、確実に削るための攻めを継続している事に、ますます氷のワーウルフの焦りが大きくなってきたようだ。
表情も少し前からとりつくろえていないし、蹴りの精度がわずかだが落ちてきている。
(――確実に、正確に、容赦なく。悪いがアーツとかに頼って一撃に賭ける場面じゃない。コツコツと、そしてじわじわと削らせてもらう。我慢は結構得意になってるんでね)
内心でそんな事を思いながら、氷のワーウルフに蹴りを叩き込み続ける。
アーツに頼らず、自分の判断だけで攻め続けるやり方は今までの戦いで十分に学んで身につけた。
その我慢比べで、ついに蹴りを氷のワーウルフの腹に叩き込めた。
刺さったのはミドルキック。そのまま氷のワーウルフをある程度後ろに吹き飛ばした。
「グウゥ⁉ ただのミドルキックがクソ重い……」
ワーウルフは腹を押さえる仕草を見せたが、膝をつく様子はない。
ダメージよりも驚きの方が上ってところか? それとも隙を見せて、こちらが攻め込んだらカウンターアタックをしてくるのか?
……たったミドル一発で行動を阻害できるほど相手はやわじゃない、罠と思っておく方が良いな。
そう考えてじりじりと距離を詰める自分に対し、氷のワーウルフは少々悔しそうな表情を浮かべながら再び構えを取った。
やっぱり、罠か。こちらから飛びかかりでもしたら、何かしらの強烈なカウンター攻撃を仕掛けるつもりだったんだろう。狡猾さも上がってるな。
「初見なのに引っかからねえか……」
不満そうだが、こっちだってそうそう思い通りに動いてやるわけにはいかないよ。
あえて狙いに乗ってさらにその先の手を打つという手段もあるが、これは相手の実力をきちんと見極めないと自爆に繋がる。
まだ目の前の相手は実力を隠しているはず……迂闊な行為は避けねば。
「あんな蹴り一発で、お前さんが大きなダメージを受けるとはとても思えなかったんでね」
こう返すと、舌打ちのあとに「いらない信頼をしてくれるなよ……」とぼやいていた。
ファーストアタックを取られた彼としては、カウンターという心理的な読み合いに勝って戦いの主導権を握りたかったのかもしれない。
もちろん、握られてはたまらないので、こちらは慎重に戦いを組み立てる。
が、さすがにまた見合っていては観戦客からブーイングの一つも飛んでくるだろうし、攻めるか。
不規則に速度を上げ下げしながら、ぬるりという言葉が似合うように動いて氷のワーウルフとの距離を詰める。そこからハイキック、のフェイント。出す途中で動きを止め、相手の反応を見る。
すると、氷のワーウルフはこのハイキックのフェイントに見事に反応し、ハイキックで合わせようとしてきた。
その蹴りを自分はしゃがみながら回避し、残った片足を払って転ばせる。転んだところに、水面蹴りモドキでさらに足を蹴って追撃した。
「やってくれるな!」
だが、この攻撃はあんまり効いていないな。すぐさま氷のワーウルフは立ち上がって構える。
自分も飛びのいて再び構えを取る。
先の水面蹴りモドキは結構上手く入ったと思ったんだが、芯をずらされたような感じがした。
咄嗟にそういう防御行為を取ったんだろう。やっぱりそう簡単にいい一撃を通させてはくれないか。
再び睨み合うが……さて、次の一手はどうするかな。
考えていたら、氷のワーウルフは再び一気に距離を詰めてきた。
その間合いは、たとえるならボクシングのような距離。パンチを当てるにはちょうどいいが、キックを当てるとなると近すぎる立ち位置だ。こっちの蹴りを封じに来たわけだ。
「そら!」
さらにここぞとばかりに、氷のワーウルフは素早いパンチをいくつも繰り出してくる。
こちらも回避したりある程度捌いたりして対応するが、キックで反撃する暇がない。
それが狙いか……攻撃されないようにこちらの動きを間合いと手数で念入りに潰すか。
しかも大振りなビッグパンチは一切ない。こちらの足止めと、削りに特化した素早く隙が少ないものばかりだ。
それでも氷の塊が吹っ飛んでくる強烈なパンチなので、直撃すれば相応のダメージを受けてしまうだろう。ここは丁寧に回避行動に専念し、時を待つべきだ。
それにしてもパンチの連打がすごいな。普通の人間なら、ここまで連続で攻撃を繰り出し続ければ酸欠になって動きが鈍ってくるのに、そういった事がいっさいない。
むしろパンチの数と威力が徐々に上がってきたような気がする――回避が忙しくなってきたから気のせいじゃない。
「まだまだまだぁ!」
ますます勢いに乗った氷のワーウルフは、パンチをより激しく繰り出してきた。
確実に一発一発が重くなってきている。なのに手数が一向に減らないどころか増え続けている。
攻撃力と速度の両立はそうそう叶うものじゃないはずなのに……待て。
両立しにくい物が両立する。すると、どこに負担がいく?
(決まっている、防御力だ!)
攻撃力と速度に意識を割けば防御に振るだけの余裕はなくなる。
この氷のワーウルフが持つスタミナが無尽蔵と仮定しても、ここまでの激しいラッシュをこうも続けられるのは何か仕掛けがあると考えるべきだろう。
最初の速度を重視している状態ならばともかく、今のラッシュは明らかに一発一発のパンチの重さがジャブではなくストレートの威力になっている。
にもかかわらず、速度はジャブのように素早く隙が少ない。
その対価がスタミナでないなら……確かめてみよう。
攻撃を捌ききれないように振るまい、そして意図的に一発もらいながら反撃する。もちろん実際にもらうわけじゃなく、もらったように見せかけながら、だ。
『素晴らしいラッシュに、外套の男もタジタジか⁉ 明らかに押され始めています! このラッシュで勝負の流れが大きく傾くのかー⁉』
盛り上げ役のそんな声が耳に入ってくる。
そして、氷のワーウルフの目。彼の目が言っている。
ここで押し切って勝つという信念を持って攻撃を仕掛けていると、自分に語りかけている。
こんな目をするようになっていたんだな……だが、こちらも狙い通りに動いてやるわけにはいかない。
良いパンチが来た、こちらの防御を抜こうという意思が乗ったパンチが。
それをあえて受け止め、自分は吹き飛ばされる――ように見せかけて、サマーソルトキックのような蹴りを後ろに飛びながら放った。
狙いは顎。密着状態だったので、後ろに飛びながら蹴れば、ちょうどいいところに当たるはず。
狙いは、当たった。
まさに自分のつま先はアッパーカットの如く、氷のワーウルフの顎を撃ち抜いた。
ここから先は、自分にとって全ての動きがスローモーションのように感じられた。
蹴り上げた後に着地し、顎を撃ち抜かれた事で完全に動きを止めている氷のワーウルフの姿を確認。
(普段のあいつなら、ダメージは受けてももう立て直せているはず。なのに、明らかにこちらが想定した以上のダメージを受けている)
やはり、なんらかの魔法かアーツを使っていたのだ。そうでなければいくら氷のワーウルフと言えど、あれほどのラッシュを威力と速度を維持したまま継続できるわけがない。
その代償は、やはり防御力。他のゲームでもそうだ、火力と引き換えに防御を犠牲にする技はいくつもある。
自分は地面を滑るようにしながらスライディングキックを放つ。
氷のワーウルフは一切対応できずに足を刈られて地面に伏す。この時点で隠し切れない相当なダメージを受けていると確信した。
もしさっきまでの動きがダメージを受けたという演技だとしたら、こうしてもろにこちらの攻撃を受けて地面に突っ伏す理由はない。
自分はさらに動いた。地面に伏した彼の体を蹴り上げて宙に浮かせ、そこから《ハイパワーフルシュート》でさらに高く宙に飛ばす。
自分も《大跳躍》であとを追う。
これで決めよう――そう考えて、浮いた氷のワーウルフに対してかかと落としを仕掛け、地面に叩き落とし……
「奥義《幻闘乱迅脚》!」
氷のワーウルフから教わった技を繰り出す。
分身の数は最小の四人。相手は地面に伏して動けない状態なので、外れる心配はない。
そして蹴りが深々と氷のワーウルフに突き刺さって……ここで自分の感覚がスローモーションから本来の状態に戻った。
『あ、ああ⁉ 追い詰められていたと思われる外套の男が一転してものすごいキックの連携技を炸裂させたー⁉ しかも連携のフィニッシュは彼の十八番である《幻闘乱迅脚》だー⁉ さあ、立てるのか? あれだけの攻撃を受けて立てるのかー⁉』
盛り上げ役の叫びとともに、会場が沸いた。その沸いた声で目を覚ましたのか、氷のワーウルフは立ち上がろうとして……再び倒れ込んだ。
「……はは、ダメだ。ああ、負けを認める。しばらく立てねえわ」
『降伏の言葉が出た、勝負あったー! 勝者は外套の男、皆、盛大な拍手を!』
こうして、勝負は決着した。
勝負のあと、話をするために氷のワーウルフのところに行ってみると、彼は氷の椅子に座った格好で自分を迎えてくれた。
「おう、アース。いやー、見事に負けたわ。俺もこの闘技場で散々揉まれて強くなったと思ってたんだけどな……言い訳のしようがないほどに見事に負かされちまったな」
そんな言葉とともに右手を差し出してきたので、自分も右手を出して握手。
「こっちはこっちで、色んなところで散々な目にあいながらも戦い抜いてきたからなぁ……お互い周囲に揉まれてきたってのは変わらんと思うよ」
自分がそう言うと、お互いに「ははは」と笑い声が出た。本当に、なんとなくだが笑った。
「こんな場所にいてもな、外の情報ってのはちらほら入ってきている。今はかなり大きく動いているらしいな。で、そんな中アースがここに来た……お前、あの塔に挑むつもりだろ?」
氷のワーウルフに、自分は無言で頷いた。
「だからよ、俺は悔しいぜ。お前が久しぶりに来て俺との勝負を望んだ……ピーンと来たね、最後のお別れをするためにここに来たって。だから最後に勝って、この場で勝ち逃げしてやったぜと言ってやるつもりだったんだがなぁ……なあ、あの塔は入ったら出られないって話なんだろ? それでも行くのか?」
またも、自分は無言で頷いた。口にする言葉が咄嗟に思いつかなかったからだ。
「そうか、それじゃあ仕方ねえな……欲を言えば体が治ったらまた勝負したかったが、かなりダメージを受けちまったから完全回復までには時間がかかる。だが、良い蹴りだった。特に最後の《幻闘乱迅脚》、実によかったぜ。教えた甲斐があったというもんだ」
そう口にして、氷のワーウルフは視線を逸らして長く息を吐く。そしてまた口を開いた。
「なあ、よければでいいから教えてくれ。お前はあの入ったら出られない塔の中に何を求めているんだ?」
この問いなら、答えられるな。
「あの塔を作った存在に、人の意地って奴を見せに行く」
この返答を聞いた氷のワーウルフは最初、呆気にとられた表情を浮かべ――そしてにやっと笑った。
「そうか、人の意地を見せに行くのか。そりゃいいや、そしてそんな返答を聞いたのなら俺が止める理由はなくなっちまった。存分に見せてこいよ、塔を登りきった先にいる奴に嫌ってほど見せつけてこい」
自分も笑みを浮かべた。無論、そのつもりだったからな。
「ああ、存分に思い知らせてやるさ。人の意地を見たいなんて好奇心を持つと、大やけどするって事を教えないとな。だが、自分が挑む理由はあの塔の出来事が全て終わるまで、お前の心の中にしまっておいてくれないか」
「もちろんだ、応援は心の中でさせてもらうぜ」
軽く拳を合わせる。人の手と氷の手だが、その心の内にあるものは同じだと思う。思いたい。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「諦めるなよ、どんな困難があっても諦めなきゃなんとかなる。逆もしかりだ。お前なら分かるよな?」
「もちろんだ」
最後にそう言葉を交わし、その場をあとにした。
ここでやるべき事はほとんどこれで終わったな……あとは今日ログアウトする前に、義賊団の皆を呼び出さなきゃいけない。彼らにも伝えなければならない事がある。直接自分の口で。
4
獣人連合の街の宿屋で個室を取り、自分は時代劇の人が忍者なんかを呼ぶように、手を二回軽く叩いた。義賊の子分達を呼ぶ合図である。
「今来られる奴は全員集合だ。繰り返す、来られる奴は全員集まれ。直接話さなければならない大事な話がある」
そう呼びかければ、〈義賊頭〉で呼べるようになった手下達がぞろぞろと、小人リーダーを筆頭にこの場に集まった。相変わらず呼べばすぐに来る優秀な子分達だ。
「親分、どうしても手が離せない数名を除いてここに全員が集結いたしやした。大事なお話を伺わせていただきやす」
小人リーダーが集まった子分を代表してそう発言したので、自分は頷いてから話を切り出した。
「ああ、では始めるか。この義賊団だが、今後解散するか別の奴に頭を受け継がせて継続させるか。それをお前達に決めてもらうために今日は集まってもらった」
理由を告げると、普段は一糸乱れぬ団結力を見せる子分達ですらざわめいた。
そのざわめきが完全に収まってから、自分は続ける。
「お前達もすでに知っているだろう、人族の街ファストの近くに現れた巨大な塔の存在を。俺は、あの塔に挑む……が、あの塔に入れば二度と出てはこれん。故に、俺が義賊の頭でいられる時間は残りわずかだ」
今度は誰も何も喋る事なく自分の言葉に耳を傾けている。こういう時に騒ぐ奴がいないのは話を進めやすくていい。
「お前達も皆、表の仕事を見つけているようだしな。義賊から足を洗っても食いっぱぐれる心配をしなくて良いというのは実に助かる。親分として、足を洗わせたはいいが、その後生活に窮して今度はただの賊に成り下がるような人生を歩ませたとあっちゃあ、お天道様に顔向けできなくなっちまう」
こいつらが今すぐ足を洗っても生きていける生業があるってのは、安心できるってもんだ。
悪人以外が悪事に走る時は、寒さと飢えと住むところがないっていうコンボが理由になる事が多い。生活の基盤があるこいつらは大丈夫だ。
「むろん、新しい頭を据えて義賊を続けるってのも構わねえ。お前達は素晴らしい働きをしている。そのおかげで助かった人の数など、もはや数えきれん。そんなお前達がいなくなっちまったら困る連中もかなりいるだろう」
この言葉に、頷く子分は多かった。小さな問題などは、こいつらが個人の裁量で動いて解決してくれているからな。大捕り物の時以外は、自分が出ていく必要がないってぐらい子分達は優秀だ。
だから突然いなくなったら、困る人も結構出てきちゃいそうなんだ。
「とにかく、まだ少し時間はある。考える時間は俺が塔に挑む直前までだ。その時にお前達をもう一度呼び出して一人一人の考えを聞こう。どんな結論を出しても、俺はお前達の考えを尊重する。お前達は優秀だ、道を踏み外す事はねえだろうと信用しているからな。では解散だ、各自真剣に考えろ」
この言葉で、小人リーダー以外はすぐに姿を消した。
残った小人リーダーは、自分にいくつかの報告書を手渡してくる。
「親分、ここ最近の仕事の内容となりやす」
「ああ、見せてもらうぞ」
ふむ、極端にデカいヤマはないな。殺人をしようとしていた奴を止めたという報告がちょこちょこあるが、それ以外はまあ小悪党の範疇で被害が出る前に止めている。
うーん、義賊団解散の話を振ったのはマズかったかな? こいつらがいなくなったら、今後被害がそこそこ出てしまうんじゃないか?
だが一度口にした言葉は引っ込められない。それに自分がいなくなる以上責任が持てないし、指揮もできないからなぁ。
「よくやってくれているな、頭として鼻が高いというものだ。しかし、大小の差こそあれど世から悪は消えぬものだな」
「親分が大きな悪を成敗してくださったおかげで、この程度で済んでいるとも考えられますがねえ……懲りねえ輩は残念ながらいなくならねえんでさ」
現実でも犯罪はごまんと起きているからなぁ……小人リーダーの言葉が耳に痛いよ。
「よし、問題はないな。義賊団としての活動は残りわずかとなるかもしれぬが、抜かるなよ」
「へい、心得ておりやす。それに親分が大きな仕事を果たしに行く以上、子分であるあっしらが足を引っ張るわけにはまいりやせん。今後団がどうなるかは分かりやせんが、あっしは今後一人でも義賊を続けやす。それがあっしの答えって奴でさぁ」
小人リーダーはそう答えを出したか。なら、その答えを自分は尊重するだけだ。
答えを出すのにかけた時間が長かろうが短かろうが、考えた上での答えであるならそれでいい。
長く考えたからっていい答えが出るとは限らないし、その逆もまた然りなのだから。
「そうか、ならこれからも励め。影働きに必要な事は、お前はもうすでに全て理解しているだろう。俺があれこれ言うような事はしねえ」
「へい。ではあっしも失礼しやす」
そうして、小人リーダーも姿を消した。
彼が今後も働くのなら心配事も少なくて済むか……? でも団員が減ったら、それだけリーダーの仕事量が増えちまうようなぁ。まあ、その時は彼の裁量で新しい団員を捕まえてくれればいいか。
なんにせよ、リーダー以外の団員がどういう答えを出すかは、塔に上る直前になるまでは分からないから後回しだな。
(まあ、自分が出張らなきゃいけない大事件が起きていないってのは助かったけどな)
報告書を処理しながら、ほっとする。
今後も最後の挨拶回りをしなきゃいけないんだから、ここで厄介な大事件が起きるとかは勘弁してほしい。明日からは魔王領に出向いて、ピジャグ肉の料理を教えたあの店の様子を見に行ったあとに魔王城に向かおう。特に魔王様にはちゃんと挨拶をしておかないと。
(まあどういう順番にするにしろ、妖精国は一番最後だな。そこで長く付き合ってくれたピカーシャのアクアともお別れする事になる。寂しいけど、こればっかりは仕方がないよな)
義賊頭として行動している時は常に頭の上で静かに寝ているちび状態のアクアをそっと下ろして、静かに撫でる。
アクアが寝ぼけ眼で目を開けるが、自分が「寝てていいよ」と言うと、またそっと目を閉じて眠り始める。思い返せば、この子はこちらが聞かれたくない話をしている時は常に寝ていた……本当にできた子だ。ありがとうよ。
そのままアクアをしばらく撫でたあとに今日はログアウト。リアルでもすぐに就寝した。
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