とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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久々に振るう腕

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 こちらが食事を終えると、言い争っていたはずの守護者とその分身の部隊長が自分を見ていた。具体的には自分の手元。

「──あげませんよ?」

 食べたそうにしているのが見えたので、しっかりと拒絶しておく。食べていたのは、残りわずかとなっていたドラゴン丼。この味も、ワンモアが終われば二度と味わえないんだよなぁ……

「──食べ物の恨みは恐ろしいという言葉を知らないのかな?」「知っていますが、それはそれ、これはこれ」

 部隊長の言葉も受け流す。どうせ恨みを買おうが買うまいが、全力でぶつかる事になる相手である以上わざわざ残り少ないドラゴン丼を分け与える理由はない。そもそも料理のストック自体がもう残り僅かなんだからなおさら分け与える事なんてできない。

「私が許すわ。全力で叩き潰しなさい」「了解している。あんなおいしそうな物を目の前で食べるとか最悪の挑発だからな」

 なんでこういう所では意見が一致するんですか? まあ、本体と分身だから一致するところがあるのは分かるんだけどさ……やっぱり欲が絡む所は意見が一致しやすいんだろうか。まあ、たとえ自分が食べ物を分け与えたとしても手心なんて加えてこないと思うんだよねえ。それこそ、それはそれ、これはこれだろう。なのでつい口に出てしまった。

「たとえ自分が食べ物を譲っても、試練の難易度は一切変わらないでしょうに」

 ボソッと呟いた形だったのだが、これが結構聞いたらしい。二人とも痛いところを突かれた! とばかりに押し黙ってしまったのである。当然と言えば当然だ、挑戦者から何かを送られて試練を手加減して通過させたとなれば、上から相当な叱責を貰う事となるだろう。??責で済めばまだよい、最悪消失させられてもおかしくない。こんな等を生み出せる存在が主なのだから。

「それはそうかもしれないけどさー……それでもこう、何というか」「言わんとすることは理解しますけどね……」

 反論がうまく出来ずに、頭をhぎねって言葉を探している守護者にそう返答しておく。言いたい事は分かるよ、うん。でもまあ、結局は諦めてもらう他ないけど。それに、食べたいならせめて食材を提供して欲しいよ。食材の提供があれば、調理して食べてもらうぐらいの器量は見せるさ。ここに閉じ込められて数か月、食材の補充もできないんだから。そう反論してみた所──

「「あ」」

 と二人そろってハモっていた……もしかしなくても、そういう所は完全に思考の外にあったのだろう。直後、守護者が姿を消した。残された部隊長に視線を向けると、少し待っててほしいと訴えられたので待つこと数分。再び姿を現した守護者が手に持ちきれないほどの……肉を持って帰ってきた。

「これで、何か作りなさい! 試練の難易度を下げる事は出来ないけど、試練終了後貴方個人に対して恩恵を与えるから!」

 何というか、すごく必死なんだよ。そこまで飢えているのだろうか……まあ、こちらへのメリットを提示してくるのならば作る事はやぶさかではない、が。用意された素材は見事に肉ばっかりだ。見た目は豚肉鶏肉牛肉……後、兎肉に鹿肉と猪肉もある。でも、なんで肉ばっかりなんだ? そう問いかけてみた所きょとんとした表情で──

「食べ物は、お肉の事でしょ?」

 そう、返答されてしまった。野菜は食料ではない、と? そんな言葉でぎろりと睨みつけてみた所、再び姿を消す守護者。待つこと数分後、今度は各種野菜を持って現れた。どうやら自分が睨みつけた時の表情がかなり恐ろしい物であると感じてしまったご様子。でもまあ、これで十分すぎる食材が揃った。久々に料理を行うとしますか。

(さて、スキル欄を少しいじってから……何を作ろうかな? 肉をメインに据えるのは良いとして……ある程度野菜も食ってもらいたいよなぁ。とりあえず野菜の品質を生でかじって確かめてみるか)

 適当に数種の野菜を生でかじってみた所、なかなか品質の良い野菜ばかりであることが分かった。更に野菜の下からハーブも姿を見せたのでに持ち込まれた事に気が付いた。その時自分の頭によぎったのは、ずっと前の記憶。ワンモアの最初に試行錯誤して作ったラビットステーキに野菜炒め。それに加えて、各種肉や野菜を入れてコンソメスープを作ろうと決めた。これならば肉がメインかつ野菜も食べてもらえる。

(そうと決まれば、まずはコンソメスープからだな。とにかく作るのに手間がかかるものだから真っ先に取り掛からないと。肉は適度な大きさに、野菜も細かくして……リアルのコンソメつくりにこだわる必要はない、持ってきたお肉は全種投入だ。無論、バランスは考えるけど……牛肉をメインとして、豚肉と鶏肉に脇を固めさせ、他のお肉はワンポイントって所かな。特に猪肉は主張が激しいから、量は僅かで十分だろう)

 各種お肉や野菜をひたすら煮込み、灰汁を取る作業を念入りに繰り返し、旨味をすべてスープに集約させるのがコンソメスープだ。現実じゃとてもじゃないが時間がかかり過ぎて挑戦する気力なんか欠片も沸かないが……ワンモアの世界ならば時間を短縮する手段がある為、こうして取り掛かれる。

 各種材料をデカい鍋に入れて、たっぷりの水を入れてとにかく煮込む。最終的にこの水の量は三分の二から半分ぐらいに減ってしまう。それぐらい長時間煮込む事になるのがコンソメスープという奴なのだ。ただし、その味は多くの人が知るところ。インスタントのコンソメスープだけでも十分に美味しいのだから……手間暇かけて作ったコンソメスープがまずいはずがない。

(よし、各種材料は良い感じになっているな。とにかくコトコトと煮詰めて煮詰めて煮詰め続けることが肝要だ。この火加減を維持させておいて……ラビットステーキ温水仕立てとお肉をたっぷり入れた野菜炒めの準備にかかるか)

 作るのは本当に久々だ……持ってきてもらった兎肉のよさそうな部分を選別し、臭みを抜いて香りをつけるために入れたハーブのお湯の中に入れてしばし煮る。程よく時間をかけて煮てから取り出し、そこからは普通のステーキのように塩コショウに少々のワインを加えて焼く。焼きすぎて肉が硬くなるようなドジを踏まないように気を付けたいところだ。久々に作ったが、腕と経験はつくり方の感覚を忘れていなかったらしい。

 ステーキが出来上がったら出来立てを維持すべくアイテムボックスに仕舞い、今度は野菜炒めに取り掛かる。と言っても野菜炒めの方も特殊な事はしない、野菜の質が良いのだから下手にあれこれいじるよりシンプルに炒めるだけで十分だ。入れたお肉は鹿肉と鶏肉。どちらも一口大に切ってから投入している。

 味付けも変にこだわらず塩と胡椒だけで済ませる。野菜と肉が持つ旨味を引き出すに留めれば十分だろう。過剰に手を入れればおいしくなるという物でもない……無論素材によってはあれこれ手を入れなきゃいけない事もあるが、今回持ち込まれた素材はそう言う事はしなくても十分な品質だ。

(これでステーキと野菜炒めは良し。後はコンソメスープの機嫌を損ねないように注意しながら仕上げないといけない)

 浮いてきた灰汁をひたすら処理しながら煮込み続ける。あまりに鍋の温度を上げ過ぎて激しく沸騰させてしまうと、過剰な油などが素材からしみだしてくるためスープが濁ってしまって台無しになりかねない。とにかく鍋の温度に最大の注意を払いながら慎重に煮込み続けなければならないのだ。ここが根気がいる所、アーツを使って調理時間を短縮させてもこの根気が必要な所だけは一切変わらない。

 そうして鍋とにらめっこをし続けてしばし、やっと琥珀色の透き通ったスープ……コンソメスープが出来上がった。この香り……まず香りは合格点だろう。では、味は……うん、そうだ。この味がコンソメスープだ。このスープ単品で十分にご馳走になる。今回制作した料理の評価は、全て八。自分の能力を考えれば十分に会心の出来と言っていいだろう。


 我流コンソメスープ  制作評価八

 一般的なコンソメスープよりも多くの種類の肉が投入された。しかし調和を崩すことなく成立しているコンソメスープ。特殊効果はないが、とてもおいしい。


 コンソメスープにはこんな説明がついていた。珍しく食べた時のバフが一切ついていない料理になったな。まあ、とてもおいしい事こそが一番大事だからそれでいい。これで出来上がったな……もう先ほどから早く食わせろと言う視線がこちらに飛んできているのが痛くてしょうがなかったが、これで解放されるだろうか。

「出来上がりました、では、盛り付けて提供させていただきます」

 各種皿に盛り付けて、守護者が用意したテーブルの上に三品の料理を置く。なんだか、後ろに控えている分身体達からの視線がますます痛くなってきた。でもそれらは強引に無視する。四三八四名分の料理を一人で作れとか、いくら料理のアーツがあっても拷問という物だ……流石にそれは勘弁願いたいよ。

 守護者と部隊長がお互い自分の作った料理に口をつける──直後、無言で凄まじい速度で食べ始めた。どうやら口に合わないと言う事は無かったようだが……無言でおかわりを要求してくるのは止めて欲しい。せめて一言欲しいよ、正直目が血走ってて怖いし。結局二人が食事の手を止める頃には、作った料理の九割九分がなくなっていた。

 特にコンソメスープはクリティカルヒットだったらしく、真っ先に無くなってしまった。いったいどこに入っていったのやら……更に食いつくされて、空になった鍋を二人に見せた時の落胆っぷりは半端ではなかった。まあ、それでも気を持ち直してステーキと野菜炒めをがっついていたんだけど。

「はあー、食べたわ。確かに肉がメインだったけど、野菜を炒めた奴も十分美味しかったわ。野菜も今後は食べる事にしましょう。しかし、あのスープは良かったわ。あらゆる肉の旨味に野菜の旨味も交じって……長く待たされただけの事はあったわ」

 守護者は満足したようである。そして部隊長の方は……

「確かにあのスープもそうですが、ステーキの方もかなり手間がかかっていましたね。焼く前に煮ていましたが、その煮る時間なども重要なのでしょう。まさか兎肉がここまで美味しい物であったとは……素晴らしいひと時を堪能させていただきました。無論野菜炒めも美味しかったですよ、野菜も良い物ですね」

 と、ステーキの方も評価してもらえた。でも……その感想を口にするたび、後ろに控えている分身体の皆さまの殺気が膨れ上がっているんだけど……これ、収集どうやってつけるつもりなのかなー? 自分は絶対手伝わないぞ、っと。
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