とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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戦い続けて、その先に

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 それからまた、自分は足止めを喰らい続けた。特に大きく変わった点としては、前半の八〇〇〇体の分身までもが陣形作戦を使い始めたのが響いている。これで精神的に消耗し、後半の四〇〇〇体で負けてしまうというパターンにはまっている。

 そうやって倒れる自分を見て、この回の守護者は満足そうに笑みを浮かべるのである……絶対、あの笑みを消してやると心に誓っているのは言うまでもない。そして、残り三か月を切ったこの日、久々に自分は後半の四〇〇〇体を倒して再び部隊長を引きずり出す事に成功していた。

「再び、私の前に立ちますか……その不屈の闘志には敬意を払いますよ」「これぐらいで、挫けていられないので……何度でも立ち向かいますよ」

 会話を交わした後に、お互い構える。そして互いに手数の多さと速度の勝負を始める──のは、悪手だと分かっている。なので、自分はギリギリスネークソードのレガリオンの切っ先が届き相手の両手に持っている槍の穂先が当たらないというぎりぎりの場所に陣取って戦うことを決めていた。

 前と同じように近距離戦の間合いに突っ込むと見せかけて、僅かに引いた後決めていた間合いでスネークモードのレガリオンを振るう。自分の攻撃を回避しつつ、相手が槍を自分に向けて振るってくるが……鼻先一センチぐらいかな? で止まる。間合いの把握はきちんとできているとこれで認識した。

(とにかく、この間合いで戦い続ける事が今回の目的だ。相手の戦法と手数に付き合うな……この一センチの間合いを維持して、自分の流れに引き込むんだ)

 ここはまだゴールじゃない。ここで勝利を収めても残り四三八四の分身体がこの後に控えているのだ。ここはまだ通過点に過ぎない。そろそろ、ここを突破しなければならない頃合いなのだ。

 そんな考えは一旦横に置いておいて、今は目の前の戦いだ。向こうも間合いを僅かにずらされているとすぐに気が付いたのだろう、距離を積極的に詰める動きをしてくる。自分はその動きをコントロールし、後ろに下がるだけでなく時には多少前に出て相手の間合いを狂わせるように動く。

(ボクシングの距離を取って戦うタイプのアウトボクサーの動きは非常に参考になった。彼等の様な動きを再現して戦うんだ)

 相手との間合いをうまく図って戦うアウトボクサー。相手の間合いには付き合わず、自分が優位となる間合いを図って相手を打ちのめすその動きは、まさにこの部隊長と戦うにあたっての一つの答えとなった。縁を得なく様にリングを広く使い、手数もそうだが、何よりその繊細な移動の足数を使う動きは素晴らしいものがあった。

 そしてここはボクシングのリングよりもはるかに広い。アウトボクサーの動きを再現しながら伸び伸びとした動きをするのに何の支障もない。鼻先一センチ未満の間合いをとにかく維持しながら、相手を削っていく。そうなれば当然……向こうも状況を変えるための切り札を切らざるを得なくなる。

(来た!)

 一瞬のうちに、自分の目の前に槍の穂先があった。だが、そこからさらに一瞬でこちらに攻撃を突き入れる事は出来ないと分かっている。ヘッドスリップの要領で前に出ながら突き出されてきた槍を回避し、相手の胴体に深々とレガリオンをカウンターのような感じで突き刺した。手ごたえは十分すぎるほどにある。

「が、はっ!?」

 長々と相手の懐に居たくはないので、素早くレガリオンを抜いて距離を取る。そして下がった自分が見た物は、吐血し、腹部からも出血している部隊長の姿だった。だが、腹部をしっかりと突き刺した割に出血量が少なすぎる……何らかの手段で出血を抑えたのか? 方法が分からないな……良い感じに入ったとはいえ、カウンターの一発で沈むボスがいるかと言われればまあいないなと答えるんだけど……

 かなりのダメージを与える事には成功したはずだ。だが、ここで一気に攻めかかるような事はしない。情けをかけると言う訳じゃなく、隙だらけに見えて実はそれがカウンター待機モーションでしたと言う事がありうるからだ。事実、吐血してはいるものの両腕に一本づつ持った槍を手放してはいない。戦闘能力はまだ失われていないのだ。

 が、ただ茫然と待つというのもそれはそれで馬鹿馬鹿しい話でもある。なので自分は大きく後ろに下がって距離を取り、八岐の月に矢を番えた。狙いは相手の頭部……狙いを定めて放つ。放たれた矢は──相手の頭部に吸い込まれるように飛んで行ったが命中直前で相手の槍に阻まれる。やっぱり、戦闘不能には程遠いか。

「バレましたか」「兵法を知っているなら、相手を騙すのもまた策の一つであると言う事は分かっているはず……そんな相手に、無策で切り込むほどこちらも馬鹿じゃないので」

 ダメージがあるのは事実だろう。だが、それはまだ相手の動きを鈍らせるだけの量ではなかったと言う事になるのだろう。腹部の出血量も少なかったしな……直感でチャンスとは思えなかったからこそ慎重に行動して正解だった。再び一センチの差を利用した間合いの戦闘を行うべく自分は距離を詰めたのだが……部隊長が両手に持っている槍を大きく内側から外に振るうような動きを見せた。

 自分は見逃さなかった、その動きによって、槍がわずかながら伸びた事に。折り畳み傘の様な機構が槍に隠されていたのだろう。普段は畳んでおき、必要になった時には伸ばせるように……槍が伸びたことがはっきりと分かるぐらいだ……これでリーチは自分のレガリオンよりも相手の槍の方が長くなったのは間違いない。

(これでもう、アウトボクサー戦法は難しくなってしまったか。今度はこちらが相手の射程の中に踏み込んで攻めなければならなくなった)

 戦法一つだけで勝てるとはさすがに思っていなかったが、これなら行けると思って組んだ戦法が容易く破られるのは悔しいものがある。それでも、状況に応じて戦い方を変えるほかない。自分はツヴァイの様な一瞬の効果力を出せる能力もないし、グラッドの様な盾を駆使してタンカーとアタッカーを兼任するような動きも出来ない。手を変え品を変え、特化していない分様々な手段で戦えるのが強みなのだから。

 が、悲観する事ばかりでもなかった。相手は槍を伸ばした分バランスが変わった影響なのか手数が多少ではあるが減っている事が分かった。前回苦戦したあの槍の速さを生かした突きのラッシュほどではない。やはり、何事もも一長一短。長ければその分取り回しが難しくなる。ましてや両手で扱うのではなく片腕に一本づつ持っているのだ。腕への負担は大きく増えるのだろう。

 なので、今度は自分が槍の合間を縫って攻め込みソードモードのレガリオンを振るって相手を削るという形に移行した。だが、突きの手数が減った分を鋭さと一回の重さで補う形に向こうが変えたため、タイミングを誤ればこっちの体が容易く貫かれるだろう。回避した時に耳元で聞こえる風斬り音が尋常ではないのだ。

 それでも、自分が委縮する理由にはならない。一撃の重さ、鋭さ共に今までの冒険の中で出会った相手の中で上がいた。前回対処できなかったのはプレイヤーである本人に疲労が蓄積していたからであり、今はその時と比べると疲労の蓄積度合いは低い。故に冷静に対処できるので油断はできないが委縮して攻めあぐねると言う事にはならない。

 一太刀一太刀をしっかりと振るう。隙がある様に見えての誘いも増えてきたため、うかつな攻撃は一瞬で自分を不利な状況に追い込んでしまうのだ。自分には一撃必殺の手段は少ないし、そのどれもが溜めが必要であったりモーションが大きかったりと大きなチャンスを生み出せない限りそうそう当てられる物じゃないから、それを頼ることを前提とした動きはしたくない。

 そうして確実に削る事しばらく、ようやく相手に動きが明確に鈍ってきた。これはフェイクではなく本当にダメージが蓄積したからこその反応だろう。だが、勝負は下駄を履くまで分からない。とどめこそが一番難しい。それらの言葉を思い出しながら丁寧に攻める。ラッシュ異を仕掛けて一気に倒せれば爽快なのだが……そうそう出来る事じゃない。

「い、以前と比べて更にお強くなりましたね……」「それはそうでしょう……毎日毎日、あなた方が率いる分身体と戦い続けているんです。それ自体が修行行為に他ならない……そんなしごかれ方をして、成長できないとなれば流石に悲しくなりますよ」

 部隊長の言葉に、自分はそう返答する。例えゲーム内のスキルが上がらなくても、限界を迎えていても──プレイヤーである自分は考え、行動し、動きを矯正し、自分自身を磨くことが出来る。それは、すなわち成長。しかも今回は圧倒的な数の暴力にたった一人で立ち向かう試練なのだ。少しでも考え、少しでも動き、少しでも成長する事をプレイヤーがやめれば、どんな強いアバターであったとしても戦い抜く事は出来ない。

 そうして戦い抜けたからこそ、こうして両の足で立っていられるのだ。それで強くなっていなかったら、それこそ嘘だろう。強くなっているからこそ、先に進める物なのだから。そんな感情を、目で自分は訴えた。それが通じたのだろうか、向こうは一度大きくうなずいた。

「では、決着の時ですね……私の渾身の一撃を振るわせていただきます」「望む所です……いざ」

 短い会話の後に、互いににらみ合って同時に動き出した。向こうは突撃の合間に左手の槍を捨て、右手の槍を両手に持ち替えての全力の突き。自分はその攻撃に対して──レガリオンで槍の穂先の向きをほんの少しだけ変えて受け流し、もう片方の刃を相手の腹に突き刺さる様に動く。その動きは、円の動き。槍を受け流しながらレガリオンの両の切っ先で満月を描くかのように百八十度回転させたように見えただろう。

 そして、レガリオンの切っ先が相手の腹を深々と突き刺した。いや、この感覚は突き破ったな。流石に突き破られれば、相手としても大ダメージを免れる事は出来ないだろう。事実、相手の体から力が急激に抜けていくのを感じ取っていた。決着、だ。

「お見事、です。今回は、私の負けです……では、これにて……」

 負けを認め、その姿を消す部隊長。遂に、最後の四三八四体と対峙できる時が来た。残った最後の分身体達とそれを束ねる部隊長は、一体どんな戦い方をするのだろうか……
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