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掴みかけている何かを掴むために

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 最初の分身体の軍団は真正面から襲い掛かってくるのは変わらないので、動きを矯正した効果を確かめるのに一番向いているかもしれない。今まではこちらも向こうの勢いに負けじと突撃して乱戦の中で戦っていたが今回からは違う。昨日感じたあの感覚をもう一度掴むためにも、昨日の終盤に行った戦い方で行く。

 激しく責め立ててくる分身体達……それらに対して最小限の動きで回避し、反撃して倒せるように意識しながら体を動かす。激しい勢いに逆らわず、しかし自分の足場は維持して受け流すようにを心掛けて戦う。が、どうしても被弾する。昨日の感覚を掴むことが出来ない。でも、ここでじゃあだめだと投げだしたら、それこそ進歩がない。

(多少の被弾は良い。それよりも昨日掴みかけたあの感覚を今度は自分の意志で行えるようになる方を優先すべきだ。何せ相手は大群、一昨日までのやり方たではいつ突破できるか分からない。昨日の最後に掴みかけたあの感覚、戦い方を本当の意味で自分の物にするべきだ)

 呼吸を落ち着け、目の前の攻撃を受け流して反撃する。その動きも戦いの中で修正していく……リアルの方とさっきまでやっていたワンモアのイメージトレーニングは両方無駄ではなかったらしい。イメージしていたからこそどう動くかのやり方に迷わず動ける。動けないならどうやってやり過ごすか、その両面が状況をさらに変えていく。

 序盤は被弾が多かったが、中盤辺りからは被弾が明確に減った。動くべき理想とする形と、実際に動いている自分の差が多少ではあるが縮まったからではないかと思う。八岐の月の爪とレガリオンで相手の刃を必要最小限だけずらして自分に被弾しないように死ながら、一瞬の隙に反撃を見舞っていく。全体を俯瞰するイメージで周囲からの気配を掴む。

 今までやってきたことを、さらに磨いていく感じと言えばいいのだろうか? 流石にここまで圧倒的な数を相手に一人で立ち向かった事はなかったが、今までと、そして昨日の感覚を得た事でそれがさらにレベルアップしていく感じがする。スキル欄には表れない強さが、今育っているように感じられる。まだ、自分は限界を迎えていないと分かるのは、何と素晴らしい事だろうか。

 そんな感情のままに戦い続けると、いつの間にか最初の四〇〇〇体との戦いは終わっていた。序盤にこそある程度被弾したが、それ以降は被弾が減ったためポーションは一回も服用していない。この調子で行ければ、ポーション中毒の心配は暫くしなくてよさそうだ──そう考えていると、最初の四〇〇〇体を取りまとめている隊長格がお出ましになった。

「さて、いつも通りに私が相手をするが……昨日までとは全く違うな。正直、昨日までも強いと感じていたが、より厄介な存在になったと思うよ。昨日の戦いの終盤、何かを掴んだようだな?」

 どうやら、向こうから見てもそんな言葉が出てくるぐらい、自分の動きは変わっていたと言う事になる。こりゃまたカザミネやカナさんにあったらアカウントハックされたんじゃないか? なんて疑いを持たれてしまうかもしれないな。

「ええ、大勢を同時に相手取る事を続けてきた結果、昨日何かをうっすらとではありますが掴んだ気がしています。なので今日は、その掴んだような気がする物をしっかりと掴んで自分の物とするべくこちらに来てからしばらく挑戦せずに体を動かしていました」

 隠す事でもないので、正直に返答しておく。正直、掴んだものは心では分かっていても言葉にするとなるととても難しいのだ。どうしてもあやふやな物言いになってしまうので、何かを掴んだ、としか言いようがない。そもそも、まだ完全に掴んだわけではなく掴んだ気がするのレベルなんだが。

「もはや私ではかなう域ではない……だが、それはそれだ。全力で行くぞ」

 その言葉と共に隊長格が武器を構えたので、自分も対応できるように構える。そしてお互いじりじりと距離を詰め──一瞬で戦いは決した。自分が隊長格の首を一閃して斬りおとしたからだ。行ける、そう思った時に体が反射的に動き、そして実行して終わっていた。この感覚……逃がしたくはない。

 戦いが終わった事で休憩タイムに入るが──自分はその間、先ほど戦った四〇〇〇体と隊長格との戦いを何度もイメージしていた。戦いの最中にもっとよく出来ると思った所は複数存在し、それを改善できたらさらに先があるとイメージが次々とわいてくる。先があると感じられるのは本当にいい事だ、ゲームでも仕事でも、楽しみが生まれるから。

 やがて求刑は終わり二番手の四〇〇〇体が襲い掛かってくる。が、今度は向こうも慎重になったらしくあまり積極的に攻めてこない。飛んでくる矢や魔法はあるんだが、そっちも昨日までと比べると弾幕が薄い感じがする。ならば、こちらが攻めるべきだろう。と言っても相手は四〇〇〇体、無茶な攻め方は絶対にダメだが。

 静かに近づいて行って、相手に牽制を仕掛ける。引っかかった奴を狩る。最初に行った事を言葉にするならこれだけ。だが、当然素直に引っかかる奴など相手にはいやしない。なので駆け引きが行われる。こっちはいかに引っ掛けるか、向こうは以下に引っかかったふりをして数を生かす形にもっていくか。大雑把な表現になってしまったが、そんな駆け引きがぎりぎりの攻防の中で行われる。

(自分を囲んでこないのは、先の四〇〇〇体がそうやっても自分を攻めきれないどころか数を減らされる一方になったからか……? なんにせよ、囲んでこないなら来ないでこちらが上手く戦う他ないんだが)

 先ほどとは一転して、少しずつ相手を削る戦いを行わざるを得ない。無論相手が隙を見せればそこに食らいついたりはするが……向こうも隙を作ったように見せかけるという駆け引きをしてくるので、やたらめったら食いつけばいいという物ではない。そのためどうしても戦闘に時間がかかる。

 それでもじりじりと……削るような感じで相手の数をそいでいく。この辺の忍耐は会社努めの中で、根気がいる作業を何年もやった経験が生きているな。地道に、コツコツと作業を積み重ねて良い製品を作る。うちの会社は決してデカい会社ではないが、逆にデカい会社ではできない細かな部品や調整がシビアな部品などを多く作っている。

 無論、デカい会社なら相応の強みがある。だが、中小企業にも強みはあるのだ。それはこの状況でも同じだ。大群の数と言う強みはすさまじい物があるが、こちら側にも今までの冒険、修行、そして経験からくる強みという奴はある。だからこそ戦えているし潰されていない。むしろ、向こうが焦りだしている。

(無理もないか、露骨に手傷を負わせられないのではな……こういう時、数が多いと大変だよな)

 焦りが伝線していくと、今まで通りの動きが出来なくなっていく。数では圧倒的に勝っているのに、相手に全く傷をつけられないのは怖いだろう。しかも、それがたった一人なのだ。早く倒したいと気が逸ってくるのも無理はない。が、その気の逸りは当然こちらが相手を食い散らかす好機に他ならない。むしろ、これを待っていたと言いたいぐらいだ。

(傷をあまり負わなくなったことによる変化の一つだな。倒せると思える相手なら動けるが、大群で襲い掛かっても傷すらまともにつけられない存在が相手と言うのは恐怖心を煽る。三国志に出てくる呂布、もしくは徳川家の本多忠勝の様な武将を相手にした敵は、そんな感じだったのだろうか。なんて、そんな名のある武将と自分を比べるのは流石に不遜がすぎるけどさ)

 戦いながら、頭の片隅でそんな事を考える。自分に襲い掛かってくる分身体の表情は皆必死だ。少し前までの、考えの方は分からないが少なくとも見た目上は冷静にしていたのとはまるで違う。無論フェイントなどの駆け引きは続いているが……明確に自分に対する攻めの頻度は上がった。

 ならば、それに合わせて弾き、受け流してカウンターを取っていくだけだ。相手の焦りから、フェイントなのか本当の攻撃なのかの見極めも容易くなったからガンガン攻め込める。無論中にはまだ冷静な分身体もいて、そういう奴は後回しにしている。数さえ減ってしまえば、後の対処は楽になるだけなので飛ばしていいのだ。

 そうして戦い続けるうちに、相手の数は五〇前後まで減った。この五〇と言うのが最後まで冷静だった分身体の数だ。だが、彼らも今や自分の雰囲気に飲まれかかっている。一歩自分が踏み出せば一歩下がるような状況だ。更に一歩、もう一歩と空の世界でもやった恐怖を煽る様に歩を進める。そうすれば──重圧に耐えきれなくなって飛び出してくる者が現れる。

 そうして一体、一体飛び出してきた分身体の首を刎ねて倒していく。首を刎ねるのは一撃必殺もさることながら、相手への恐怖を煽る事も目的に入っている。そうして徐々に数を減らして……最後は一〇体弱で一気に襲い掛かってきたが──問題なく事は済んだ。そして現れる隊長格だが。

「降参でーす! 降参しますから先に進んでくださーい!」

 で終わった。まあこの隊長格は分身達に力を分け与えているから、本人は戦えないタイプなのでこれで決着がつく。さて、これで前半が終わった訳だが。

(──全然違うな、今までと比べるとあまり疲れずに前半を切り抜けられた。この戦い方は、これから先待っている戦いにも役に立つかもしれない。後半も、この戦い方で打破できない状態になるまでは続けることにしよう)

 これなら、後半戦も乗り切れるのではないか──油断ではない、そう感じられる手ごたえがある。この無茶な試練をただ無茶だ無理だと言い続けるより、何らかの糧とした方がよほど建設的だし……今掴みかけている何かをはっきりとつかむための機会とさせてもらおう。さあ、試練への挑戦を続けよう。
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