とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

文字の大きさ
上 下
574 / 724
連載

前半の敵を、食い破る

しおりを挟む
 戦い続けること、さらに二週間。目の前にはもはや何度戦って、何度倒したか分からない四千体の分身を倒した後に現れる最初の中ボス、隊長格的存在である分身が立っている。

「こうやって戦うのも何度目でしょうね」「正直、こちらの自尊心はかなり傷付けられているぞ……確かに分身をまとめ上げている部隊長格としては一番弱いのは事実ではあるが……こうも何度もやられると流石にな」

 なんだか向こうから、チクチクとした視線が飛んでくる。それでも前に立ちはだかるのだから、自分としては倒すほかないのだ。

「それをこちらに言われても困りますよ。こちらとしては、先に進むためには倒さなければならない存在なのですから」「分かっている、こっち側の一方的な愚痴に過ぎない事は分かっているのだ……」

 とはいえ、不満げな雰囲気を一切隠すつもりはないようで──武器を構える姿も荒っぽい。が、殺る気マンマンだと言う事は間違いないのでこちらも戦闘態勢に入る。

「今日は勝たせてもらう! いざ勝負!」

 挑戦者と防衛者が逆転したような言葉と共に突っ込んでくる分身。剣には紫電を纏わせており、もろに攻撃を受ければ斬撃に加えて電撃のダメージを受ける事となるだろう。振り下ろされる剣をぎりぎりまで引き付けてから回避行動をとる。少し肌を焼くような電撃の感触を味わったが、ダメージとしては限りなくゼロだ。

 すかさず反撃として、八岐の月の爪で相手の体を切り付ける。向こうはこれを体勢を崩しながらも回避──しきれていない。爪の先に、相手の肉体を引っ掻いた感触が残る。当然相手の体からパッと鮮血が舞い上がった。でも、軽傷だな。この程度の傷、相手からしてみればかすり傷にもなっていないだろう。

「避けきれなかった、だと……戦うたびにお前は確実に強くなっているな……だが、こちらにも意地はある。容易く負けてやるものか! いや、今回は勝つ!」

 ますます殺る気満々の闘気と殺気交じりの圧を自分に向けて放ってくる。だが、こちらもそれで怯えたり怯んだりするレベルはとっくに超えている。真っ向からその圧を受け止め、そして放ち返す。その直後に再びお互いの武器が激突する──この最初の中ボス的な分身と戦う時はこの繰り返しが定番となっていた。

「おおおおっ!」「はああああっ!」

 お互いの気迫と武器が真っ向からぶつかり合う。火花が散り、紫電が舞い、土が隆起し、風が裂く。武器と魔法が入り乱れた中で、自分の本来のスタイルとは異なる足を止めての真っ向勝負──だが、自分は引かずに戦えるようになっていた。無論相手の攻撃自体は馬鹿正直に受け止めるのではなく受け流して威力を減退させているが、跳躍したり隠れたり道具を使ったりせず、あまり一か所から動き回らない戦い方。

 スキルがさらに大幅に上がったなどの理由ではない。ここでの戦いがプレイヤーである自分自身をさらに鍛え上げる修行そのものになっていた。それに目や体が慣れ、対応できるようになっていった結果がこれだ。一方で相手は成長できないらしく、回を重ねるごとに自分に勝てなくなっていった。

「今度こそ、今度こそは勝って見せる──!」

 露骨に自分との戦いに勝てなくなったことで、焦りがあるのだろうか? 今日の隊長格である分身は、今まで以上に鬼気迫る感じで自分に対して攻撃を仕掛けてくる。だが、こちらにとってここはまだ通過点。前に進まなきゃいけないのだから──押し通らせてもらう以外の結論はない。自分の体を貫こうとしてきた相手の突き攻撃を、自分は右斜め下に引き倒すような形でいなした。

「なっ!?」

 当然そうすると、相手は前に倒れるような形で体勢を崩される形となる。そこに当然、自分は刃を相手の首めがけて躊躇することなくレガリオンを振り下ろす。もはや首を狙う剣の振り方など数えきれないほどにやってきた、それゆえ今回も外す事などありえない。ましてや相手は大きく体勢を崩し、とっさに回避行動をとれない状態だったのだから。

 これで決着がつく。戦っていた相手の姿が完全に消失したことを確認した後に休息に入る。今日はかなり消耗を抑えた状態で最初の四千体の分身を退けることが出来た。そろそろいい加減八千体を越えたい……八千体を越えてやっと半分なのだから、まだまだこの試練の終わりは先にある。

(だから済まないね……どんな覚悟できたとしても、こちらも負けてあげられないんだ)

 心の中で、先ほど戦った相手に詫びる。もう、塔の登頂に使える時間は三か月弱。残り二五〇階もある以上、もうそろそろここを突破したいのだ。掲示板でも、えぐい試練は幾つもあって、足止め喰らっている嘆きの声は常に上がっている。ただ、流石に自分の様な数か月も一か所で足止めされるような試練はないらしいが……

(言い換えれば、自分にはこれだけの試練を課す理由があるともいえるわけだよな。この塔の天辺にいる存在は、自分を呼んだというミリーの言葉を確かめるためにも、登り切りたい所なんだがな)

 だが、ここに来て分厚い壁にぶち当たって進めないで居るのが現状。それでもそろそろ打開しなければいけない頃あいだ。だから、先に進ませてもらう。さて、そろそろ休息の時間は終わりだ。いつでも戦闘状態に入れるように精神を集中し始める。

(今まで、休息時間が終わると同時に一気にこちらに向かって津波のように押し押せて潰そうとしてくるのがこの連中のやり方。その津波を押し返さなければならない。やはり最初の一手は、強化オイルと蛇炎オイルによる範囲攻撃だな、これで少しでも足を落とさせる)

 休息終了の合図とともに投げられるように、しかし相手にはオイルを投げるつもりでいる事を気が付かれないように注意を払いつつ戦闘開始の合図を待つ。時間が来て、相手が今回も自分を圧し潰そうと突撃してくる。自分も当然素早くオイルを投げたわけなのだが──ここでひとつ、気が付いたことがある。

(なんだ? 少し冷静になって相手の分身達の雰囲気を感じ取ると、焦りと恐怖心を持っているように感じられるぞ? オイルを投げられたから? いや、そうじゃない。何かこう、自分に対して明確な恐怖心を持ち、その恐怖心から焦りが生まれている様に感じ取れる。そして、こうも明確に感じ取れると言う事は、相当だな。なぜそうなったのか、その理由が分からないが──好機かも知れない)

 一定の緊張感、恐怖心は持っていても問題はないし上手く操れるのであればプラスにすらなりうる。だが、言うまでもない事だが過度な緊張、焦りはマイナスでしかない。そして、目の前に迫ろうとして炎に焼かれた分身達からは明確に過剰であると感じられる。何とか炎を踏み越えて自分に迫ってきたが──やはりな。

 大ぶりの攻撃が多い、それでいて振りが鈍い。まるで一刻も早く倒したいから、後先考えずに一番威力のある攻撃をがむしゃらに放っているだけにしか感じられない。一体この分身達に何があった? 最初の四〇〇〇体ではこんなことはなかったのに……ま、こっちにとっては都合がいい。攻撃を回避して相手の首を刎ねる行動が非常にやりやすい。

(当たればそりゃ大ダメージだろうが……フェイントも連携もろくにできていない中での大振りの一撃が当たるかって話だよな。なんでこうも急に雑な攻撃ばっかりしてくるようになったんだ? 理由はあるはずだが、まあ今は相手の首を刎ね飛ばして数を手早く減らそう。こいつらの動きが本来の動きに戻る前に)

 そのうちに本来の動きに戻るだろうからと考えて、そうなる前に減らそうとサクサク倒していったわけなのだが──何と、元に戻ることなく四〇〇〇体との戦いが終わってしまった。そして自分はその理由を知る事になる。

「私の負けです、進んでくださいー!!」「いや、そう言われても訳が分からないんだけど」

 説明を要求すると、どうもこの二番目の部隊長役の分身は自分の力を限りなくゼロに近いところまで削って、四〇〇〇体の分身に分配したらしい。これが、急に分身が強くなった理由だったらしい。ただ、この方法は一つ欠点があったらしく──

「私の心理状況がもろに反映されてしまうんです」

 と言う事らしい。毎日折れず諦めず何度も向かってくる自分をどうもこの二番目の文体跳躍の分身は化け物と認識してしまったらしく……更に今日の最初の四〇〇〇体&部隊長格との戦いを見て覚えたんだそうだ。隊長格の分身ですら、首を容易く飛ばされるのかと。

「だから、分身達の動きがああも雑になったと」「はい……」

 そして当然、力を分け与え他分身達が倒されちゃったので本人はもはや序盤の序盤で出てくるラビットホーンよりも戦闘力が無い状態らしい。極端な話、道に落ちている医師につまずいて転んだだけで半死半生になるレベルなんだとか。そりゃ、戦えるわけもないよね。

「これ、良いんですか?」「良いわよ? 強化された分身を貴方は見事打ち倒して敗北宣言を出させたのだから立派な勝利よ。休息時間と完全回復を与えるわ」

 一応念の為に、ここの守護者に確認を取ったがOKとの事。まあ、それでいいのであれば良しとする。こうして自分はこの日初めて、前半の分身八〇〇〇体+隊長格の撃退を達成した。だが、これでやっと前半クリアなのである──後半に何が待っているのか、自分はまだ知らない。
しおりを挟む
感想 4,732

あなたにおすすめの小説

散々利用されてから勇者パーティーを追い出された…が、元勇者パーティーは僕の本当の能力を知らない。

アノマロカリス
ファンタジー
僕こと…ディスト・ランゼウスは、経験値を倍増させてパーティーの成長を急成長させるスキルを持っていた。 それにあやかった剣士ディランは、僕と共にパーティーを集めて成長して行き…数々の魔王軍の配下を討伐して行き、なんと勇者の称号を得る事になった。 するとディランは、勇者の称号を得てからというもの…態度が横柄になり、更にはパーティーメンバー達も調子付いて行った。 それからと言うもの、調子付いた勇者ディランとパーティーメンバー達は、レベルの上がらないサポート役の僕を邪険にし始めていき… 遂には、役立たずは不要と言って僕を追い出したのだった。 ……とまぁ、ここまでは良くある話。 僕が抜けた勇者ディランとパーティーメンバー達は、その後も活躍し続けていき… 遂には、大魔王ドゥルガディスが収める魔大陸を攻略すると言う話になっていた。 「おやおや…もう魔大陸に上陸すると言う話になったのか、ならば…そろそろ僕の本来のスキルを発動するとしますか!」 それから数日後に、ディランとパーティーメンバー達が魔大陸に侵攻し始めたという話を聞いた。 なので、それと同時に…僕の本来のスキルを発動すると…? 2月11日にHOTランキング男性向けで1位になりました。 皆様お陰です、有り難う御座います。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

聖獣達に愛された子

颯希
ファンタジー
ある日、漆黒の森の前に子供が捨てられた。 普通の森ならばその子供は死ぬがその森は普通ではなかった。その森は..... 捨て子の生き様を描いています!! 興味を持った人はぜひ読んで見て下さい!!

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。