とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

文字の大きさ
上 下
564 / 726
連載

試練の決着は

しおりを挟む
 ドラゴンは、こちらを殺意を向けてくるが……妙だな。殺意の中に敬意が混ざったような雰囲気がある。単純に自分の勘違いか? いや、長くワンモアをやってきてこの手の感覚の読み取りを違えた事はまずない──もしかしてこれ、汝を敵として捉えるにふさわしい、みたいな感じか?

 最初は一方的に倒せる、要は敵として認識するに値しないみたいな感じだったのかもしれない。が、《七つの洛星》を受けた事によって明確なダメージを受けた。そのことで目の前にいる人間は、遊び半分で相対していい存在ではない。そう捉えたのかもしれない。

「グルル……ウオオオオオオ!」

 と、ここでドラゴンが咆哮を上げると同時に自分を中心に水色をした球形の幕を張る。が、ただの膜ではない。膜の表面には水が海の波のように立っているのが見えるからだ。そして、ドラゴンはその膜を維持したまま今度は先ほどとは違って突撃してきた。

「おおっと!?」

 何せドラゴンはでかい。更にそのドラゴンが張っている膜はさらに大きい。なので回避するとなるとかなり大きく、素早く動かなければならない。その回避行動をするついでに、自分は一本の鉄の矢をドラゴンを包んでいる膜に軽く投げつけてみた。あの幕がどんな意味を持つのかを調べるには、何かをぶつけてみるのが一番手っ取り早いと考えたからだ。

 その結果……膜にぶつかった──違う。それは正しい表現ではない。膜に触れようとした鉄の矢は、膜に多数立っている波に触れるや否や……会社にある水圧で硬い金属を切るために使うウォータージェットを使ったかのように鋭く切り刻まれたのである。

(あの波一つ一つが鋭い水の刃って事か! で、そんなものをもろに食らったら、一瞬で下手なスプラッター映画よりグロい死体が出来上がりそうだな!? 本気でこちらを倒しに来たって事だな)

 ウォータージェットというのは例えであって、それぐらいすっぱり切れたと言う事だ。この手の話をすると物理常識を持ち出す連中が必ずいるが、魔法がある世界で地球の常識が丸々通じるはずがないのである。だからこそ、このドラゴンの様なとんでもない形の力が成立してしまったりする。

 とにかく、あの幕を何とかしないとどうしようもない。ドラゴンが再びこちらに向かって突進の準備を整える前に、自分は三本の矢を番えて放つ。アーツこそ使っていないが、本気で射殺すための射撃だったのだが……膜は容易く矢を防いだ。いや、厳密には水の膜の波が矢の勢いを殺し、膜そのものが受け流すような役割を担ったと言うべきか。

(トップクラスに厄介だなこれ!? 近距離は危険すぎて、遠距離は軽減する。他のプレイヤーはこんな試練をすでに超えているのか?)

 このドラゴン、本当に厄介だ。魔法障壁に水の膜と、自分を包んで防御を維持しながら攻撃してくる能力が非常に高い。自分の手持ちでは──あれぐらいしか有効打が無いような気がする。貰ったばっかりの能力をもう使うのも気が引けるが……使ってこそ技術は意味があるともいうし、いいか。

 もう一回ドラゴンの突進を何とか回避した自分は、五〇〇階の試練の突破した時にもらった瞑想のチョーカーにある能力の一つ、《ジェルスパーク》を使用する。五〇〇階で散々苦戦させられた雷撃入りの水球である。あのブルードラゴンの水の膜に触れても、電撃ならば通るはず。もちろん、あの幕が超純水という水の不純物を取り除いた絶縁体だったら効かないが……

 三個浮かんだ《ジェルスパーク》を、三回目のブルードラゴンの突進に合わせて放つ。何せ的自体はでかい。なんなら発射せずにドラゴンの突進してくると予想されているライン上に置いておくだけでもいいほどだ。さて、後は効いてくれるかどうかだが……《ジェルスパーク》が当たったと同時に、膜の表面に無数の雷撃が走った。

 それだけで終わった。ドラゴンの絶叫なども聞こえてこない。こりゃ不発か? そう思ったのだが、ポン! と軽い音と共に水の膜が破裂した。なるほど、雷系のダメージがあの幕に行くと割れるっていう弱点があったんだな。自分は単純に、水に通じるなら雷系か? という軽いイメージだったんだが……なんにせよ、あの幕が無いのであれば!

 すかさず五本の矢を番えて放つ。ドラゴンもこちらの攻撃に気が付いて回避行動をとったが、五本中三本がドラゴンの鱗を貫いて体に突き立った。かなり深く刺さったので、ドラゴンの表情がゆがむ。ただ刺さった場所が胴体部分だったためなのか、悲鳴を上げさせるほどのダメージは無かったらしい。

 だが有効打には違いない。再び自分は矢を番えて放つが、流石にそれは食らいたくないとばかりに再び膜を展開するブルードラゴン。ふむ、あの幕をはがせるのは大体三十秒ぐらい? で、またあの幕をはがすために雷属性の魔法を膜に当てなきゃいけない、と。こっちの雷系魔法は《ジェルスパーク》しかない。上手くやらないと、次は当たってくれないだろうな。

 まあ、それは向こうも同じだったようで。幕こそ張ったは良いが、むやみと突進すればあの雷撃を喰らって守りが解ける。膜が解ければ己の鱗を破る矢が飛んでくる。そうなればいつかは自分が倒される、故にあの雷撃を受ける訳にはいかない──そうなれば当然、にらみ合いになってしまう。

 お互いにちょっとした魔法や矢は打ち合うが……先ほどまでの戦いから完全に変わって、停滞した戦いになってしまった。お互いに決め手はあるんだが、その手に対してのカウンターが存在するためうかつに仕掛けられない。自分も向こうも、ここからどう自分にとって有利な状況にもっていくべきかと考える。

 しかし、ここで待ったがかかった。かけたのは当然この七〇〇階の試練の管理者だ。当然自分も、ドラゴンも彼女を見る。

「そこまでです。これ以上はお互いが見合って動かないだけになると判断しました。それに、戦いぶりから貴方はこの先に進むに値する人物であると判断できるだけの材料も得ました。よって、七〇〇階の試練を突破したと判断します」

 あれ、合格? てっきりこのブルードラゴンを倒さなければダメだって判断されると思っていたんだが。

「やっぱり貴方は色々とおかしい。上からの指示に従って、普通より二回りほどレベルを上げた子を投入したわけですが……なぜここまでソロでやれるんですか。水の膜を割った《ジェルスパーク》、それを伝授されているのもおかしいですし……このまま続ければ、きっと貴方は時間はかかれどあの子を倒してしまうでしょう。それは困ります、今後の試練でもあの子には頑張ってもらわなければならないのですから」

 なるほど、試験に重要な役割を担うドラゴンの消耗を嫌ったという点もあるのか。確かに自分の矢はドラゴンの鱗を貫ける。なので、戦いの展開によっては自分が戦っていたドラゴンにトドメを入れる結末もありうる。が、それをされると今後の試練に響くからやめてくれって事ね……まあ、こちらは突破できれば文句はないよ。

 殺気を完全になくしたドラゴンが自分の近くに顔を寄せてから軽く頭を下げてきたので、自分も一礼。お互いに敬意を払った。だが、正直あそこでストップがかからずに戦い続けたら、自分は勝てただろうか? 正直、過去に戦ったあのグリーンドラゴンの長老とは比べること自体失礼になるぐらい強かった。こちらが負けた可能性も十分にある。

「正直、なぜそれが出来るのか訳が分かりません……いくら殺気を収めたと言っても相手はドラゴンですのに……ここに来た皆さんの大半はい突破しないしたに関わらず、戦いの後でもドラゴンに怯えるような方が大半でしたのに。しかもパーティを組まずソロという心細さもあるはずですのに……」

 小声で言ってるようだけど、聞こえているからねー。あと、ドラゴン以上の化け物と戦った事がある上に、ソロにもう完全になれているから心細さなんてものがハナからないってのも、こうやってドラゴンを目の前にしても敬意を払いあえる理由じゃないかな……そもそも、レッドドラゴンの王様と直接話をしたことも一回や二回じゃきかないからね。

「まあ、その、なんといいますが。私はこの塔の外でやってきた冒険でも、周囲の人からお前はおかしいと言われるような事を多々やってきてしまっていますので」

 自分の返答を聞いて、自分が小声とはいえ口にしてしまった事を聞かれていたことを察して、顔を覆う管理者。何も言わない方が良かったかな……意地悪をしたつもりはなかったんだけど。

「はあ。でも、理解できました。きっと私達の主が願っている事を叶えてくれるのはきっと貴方のような方なのでしょう。残り三〇〇階ですが、貴方なら登り切れると信じています。ソロで、ね」

 その言葉と共に、球体の記録装置が姿を現した。後はあの装置に触れば今日の塔攻略はお終いとなる。

「個人的に応援させていただきますよ。私には貴方に渡せるような力はありませんが……応援ぐらいは出来ますので。それでは、記録だけはお忘れになりませんように」

 そんな彼女とドラゴンの目の前で記録し、塔を出る。出る直前まで、管理者の彼女と、ブルードラゴンが自分に手を振ってくれていた。どうやら彼女だけでなくドラゴンも自分を応援してくれるようだ。ならあと三〇〇階、期限内に必ず登り切らなければ格好という物がつかないな。頑張らなきゃ。



******

年末が迫ってきました。年を越すために様々な作業に追われております。
ですので、今後はしばらく不定期更新とさせていただきます、ご了承ください。
しおりを挟む
感想 4,741

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

弟のお前は無能だからと勇者な兄にパーティを追い出されました。実は俺のおかげで勇者だったんですけどね

カッパ
ファンタジー
兄は知らない、俺を無能だと馬鹿にしあざ笑う兄は真実を知らない。 本当の無能は兄であることを。実は俺の能力で勇者たりえたことを。 俺の能力は、自分を守ってくれる勇者を生み出すもの。 どれだけ無能であっても、俺が勇者に選んだ者は途端に有能な勇者になるのだ。 だがそれを知らない兄は俺をお荷物と追い出した。 ならば俺も兄は不要の存在となるので、勇者の任を解いてしまおう。 かくして勇者では無くなった兄は無能へと逆戻り。 当然のようにパーティは壊滅状態。 戻ってきてほしいだって?馬鹿を言うんじゃない。 俺を追放したことを後悔しても、もう遅いんだよ! === 【第16回ファンタジー小説大賞】にて一次選考通過の[奨励賞]いただきました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。