とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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戦いの報酬

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 ゆっくりと、心臓付近に刺さった矢を彼女は引き抜くと息を吐いた。

「ああ、負けてしまった。楽しい時間もこれで終わりか……」

 そうつぶやいたのだ。ふむ、冷や汗を流していたのに楽しい時間? 苦しい時間の間違いではないのか? そんな考えが表情に出てしまったのだろう。彼女は口を開く。

「怪訝そうにしているな? だが、圧倒できる戦いのどこに楽しみがある? 一方的にしかならない戦いは最初は楽しいだろう。だが、すぐに飽きる。飽きればそれはただの苦痛な作業となってしまう。その点、お前との戦いは実によかった。あれだけ此方が魔法で圧し潰そうとしてもあの手この手でこちらの僅かな隙間に鋭い反撃を飛ばしてくる」

 ふーむ、確かに一方的な戦いばっかりしていれば退屈になってくるといういう所は理解できる。例えば魔法を数発ポンと放てば相手が倒せてしまうとすると、相手がやってきたら魔法を同じようにはなって倒すだけ……それは作業と表現してもおかしくない。

「その一矢に、私を倒すというメッセージがしっかり乗っているのだ。その一矢を回避するためにこちらも必死で回避し、冷や汗を流し──そして歓喜するのだ。この一瞬のスリルをもっと味わいたいと。このこちらを倒す気満々の矢を次も回避してみせると心身が沸き立つのだ」

 そう言う考えですか。まあこれは人それぞれだから正しいとか間違っているとか、そう言う区分はないね。

「そして今日、遂に射抜かれた。見事だという感情と、これで終わってしまうのかという感情が入り混じったよ。だが、ここまで戦いの中で心が躍ったのは初めてだ。その点は感謝しなければならないな」

 ふむ? 初めてと言う事だが、他の人もこの階層の試練を受けているはず。自分より強い人はいっぱいいるし、挑戦した人は数知れずなはずなのだが。それも察したのだろう、彼女は教えてくれた。

「ふふ、お前の思う通り、ここの階の試練を受けた者はすでに数多い。だがな……皆が皆、お前のように戦ってくれるとは思わないでくれ。そもそも二五〇階の姉妹の試練を受け、本気を出させたものは数少ない。そしてここで私の前に立ち、お前のように倒されても倒されてもひたすらに挑んでくる者はさらに少ない。正直に言ってしまうが、本気を出した我々と戦うより、黒の塔の二五〇、五〇〇、七五〇階の試練の方が突破するという点では容易いのだ」

 なるほど、二五〇階の方は越えられても五〇〇階の魔法による圧殺攻撃を受けて、これは無理だと攻略を諦めて黒の塔に向かい、そっちで五〇〇階の試練を突破して先に進むと言う事か。先に進む事を最優先している人ならば、進みやすい方を選んで突破するというのは当然の手段であり行動だ。そんな彼らに対してあれこれ言うつもりは一切ない。

 特に一番最初に上り切るんだ、と考えているプレイヤーからしてみれば、長時間拘束される試練など邪魔以外の何物でもない。簡単──という言い方だと誤解を受けそうだが、素早く達成して先に進める手段があるのであれば、そちらを選択するのが当たり前だ。時間は有限であり、自分が足踏みしていても周囲は先に進む。だからこそ、彼女と本気で戦う資格を得た人達でも、次々と回避してしまったのだろう。

「だが、お前だけは違った。何度倒されても何度阻まれてもこちらに挑み続けてくれた。本当に楽しかった──だが、一つこちらから質問をしたい。何故、変身を使わなかった? お前ほどの腕と意志があるなら、変身の一つや二つ身に着けているのが自然だ。なのに、なぜだ?」

 確かに魔王変身を使えば、もっと早く魔法の重圧を真っ向から吹き飛ばしてごり押しできる部分も生まれているだろうから、この試練を早くクリアできただろう。だけど……

「拘りたかったからですよ。変身という力を借りず、己の力一本で試練を越えて見せると言う事に」

 この一言に尽きる。試練とか修行とかは変身しないでやるのが当たり前だった。双龍の師匠に蹴り技、鍛冶も。変身は途方もない脅威が目の前にあり、そして負ける事が許されない時。もしくは道を切り開くときに使うべきもの──という考えが、自分の中で形成されていた。だからこそ、何度負けてもやり直していいという試練に対して変身を持ち込む気にならなかったのだ。

「そう言う事か……変身を得るのもまた力だとは思うが、お前の考えは理解できる。そして、拘るだけの腕も意思も持っている事も、戦いの中で見せてくれた行動で理解した。ならば拘りぬいて見せろ、お前の意地を貫き通せ」

 ──そうか、確かにこれは意地だな。意地と表現した方がしっくりくる。

「そして、そんな意地を張って最後までやり通せるお前に、私から贈り物をさせて貰おう。敗者には何もやらぬが、照射には最大限の栄誉と報酬があってしかるべきだからな。受け取れ」

 そして説明された報酬内容だが……まずは七五〇階に至るまでの間、二五〇階で貰った指輪の能力である扉の上位変換の使用回数が∞になった。理由だが、七五〇階にいる彼女達姉妹の最後の一人が早く戦わせろと騒がしいかららしい。なのでとっとと七五〇階まで上がってやってくれと言う事らしい。堂も本気で戦う試練を七五〇階の彼女は一切できていないらしく、鬱憤が溜まっているそうだ。

 更に、扉を更なる上位の金扉に変換する能力も使えるようになった。こちらも七五〇階までは∞、それ以降は一日三回までとなる。銀に変換できる回数は五回のまま減らなかったので、七五〇階を超えた先でも進軍速度はかなり早い状態を維持できるだろう。

「さらに、私から一つ魔法を送ろう。お前が一番嫌がっていたあの水球の中に雷を封じた魔法だ。ただ、私の魔法よりある程度ダウングレードしてしまっているが、それでも役に立つはずだ」

 魔法の名前は《ジェルスパーク》。どうも彼女オリジナル魔法らしく、他の使い手は自分だけらしい。現時点ではの話だが……本気の彼女と戦う人物がこの後来るかもしれないので、使い手はまだ増えるかもしれないがとの事だ。自分が使えるバージョンは、威力が本来の七割、同時展開は三個まで、ホーミング力も落ちているらしい。

 しかし、それでも強力であると言わざるを得ない。相手を濡らして強制的に電撃の威力を挙げた所に高出力の雷撃が襲い掛かるのだ。それを三つ同時展開できるなら……追い込み、置き、誘いとあらゆる手段での攻撃のチャンスを生み出す手札が増える。

「この魔法の触媒は、お前が身に着けているそのチョーカーだ。そのチョーカーは二五〇階にいた姉妹にも言われただろうが、大事にしろ。後は……そのチョーカー自体の強化も行っておかねばな」

 そしてチョーカーが強化された。具体的な内容は──


  集中のチョーカー レジェンド

 DEF+5 MDEF+10 全てのMP消費を10%軽減する。

 とある塔の中で、守り人を打ち負かした者が得られるチョーカー。魔力の消費を僅かに抑える。


 これが元の能力。そして強化されて。


 瞑想のチョーカー レジェンド

 DEF+30 MDEF+50 全てのMP消費を25%軽減する。装備時のみ《ジェルスパーク》が使用可能。

 とある塔の中で、守り人を二類と倒したものが得られるチョーカー。魔力の消費を抑え、特殊な魔法の行使を可能とする。


 こうなった。防御の上昇もありがたいが、MP消費軽減はいくらあっても困らない素晴らしいオプションだ。MPが少なめな自分にとって、これほどありがたい強化は無いだろう。この一点だけでも諦めずに挑み続けた甲斐があったと言える。だが、このチョーカーの習得方法は他者に教えてはいけないという制約がかかっている。口にしたら壊れてしまう。

「後は情報……と言っていいのかは分からないが、七五〇階で告げられるであろう試練の内容も教えておこう。なに、難しい事ではない。武器などの制限は一切なしで我が姉妹を打ち倒せ、と言う事だからな」

 ふうむ、近距離のみ、遠距離のみと試練の内容が来ていたからそんな形かなと予想はしていたが……本当にシンプルだな。全てを出し切って勝利しろ、と言う事だろう。当然、それだけ強いと言う事である。これはいそうで向かわないといけないな。突破にどれだけ時間がかかるか分かった物じゃない。明日からは扉の変換能力をフル回転させて進むことにしよう。

「だが、お前ならあいつ相手でもきっと長き戦いの末に打倒してくれると信じているぞ。我ら姉妹の中でもトップの能力を持っているが、挫けないお前ならきっといけるだろう」

 そこまで言われたら、期待に応えたくなるじゃないか。もちろん、試練から逃げ出すという選択肢はない。ちゃんと挑ませてもらうよ。そして、きっと突破して見せよう。

「ええ、必ず挑みます。そして、きっと超えて見せます」「絶対とは言わないのか」「絶対という言葉は存在しませんから……なので使いません」

 そんなやり取りをしている内に、五〇〇階の記録をする球体が現れた。さて、記録をして今日は終わりにしようか。

「それでは、失礼します」「お前がこの塔を塔は出来る事を、信じているぞ」

 その会話を最後に、この場所を後にした。よし、ついに五〇〇階を突破だ。そして指輪の能力がおかしい事になっているので、七五〇階まではすぐだ。明日からは全力で掛けあがるぞ。
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