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24巻
24-3
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「師匠、いったい自分の体に何をしたのですか。異常なほどに周囲の気配を察知できて、アーツを一切使っていないのに使っているときよりも動けて、更には槍を振るうだけでモンスターの首が次々と飛ぶ。自分の実力では、ここのモンスターを相手にこんな一方的な殲滅はできないはずです」
先日『全体的に能力が伸びた』という説明は受けたが、今の自分の動きと感覚がそれだけで納得できるはずもない。
だが、そんな自分に対して砂龍師匠は、
「どうだ、達人の世界を自分の体で味わった気分は?」
と、たったひと言。
達人の世界……? え、じゃあこの世界の達人は、さっきの自分のような感覚で戦っている、ということ? ああしようこうしようという思考の時間はなく、その瞬間ごとの最適解を瞬時に実行しているってこと?
そういえば、以前皐月さんが自分に憑依したみたいになったときの感覚に似ていた。槍の振るい方を自分の体を通して教えてもらったあのときも、いちいち考えずに動いていた気がする。
「今日は日が暮れるまで、とにかく戦ってもらうぞ。その感覚に対する違和感が一切なくなるようになってもらわねば困るのでな……」
こちらは雨龍師匠の言葉。困る、か。その辺も含めて、なんでこんなことになってるのか後で問い詰めよう。
「宿屋に引き揚げたら色々と話していただきますよ?」
師匠ズにそうひと言断ってから前に進み始める。自覚しないうちに体が色々といじくられていたとか、どこの改造人間だ。
「まあ、言いたいことは多々あれど、必要だからこんなことしたんだろう……今は狩るか。お財布も少しあったかくしたいし」
言葉だけ切り取るとただの乱獲者だな、この発言。ま、いいか。
モンスターの反応は……このまままっすぐ行けばそれなりにいそうだ。他のプレイヤーはもっと奥で戦っているようだから、そこまで行かなければ邪魔にはならんだろ。では、いざ再出陣。
「一つ、二つ、やっぱり気持ち悪い……」
なんとなくで振るった【真同化】による攻撃で、モンスターの首がポンポン飛ぶ。クリティカルヒットの成功率は八割を超えているだろう……どんな角度で振れば首が飛ばせるのかが分かってしまう。
また、あえてその感覚に逆らって違う方法で攻撃すると、回避されたり当たっても大したダメージになってなさそうだったり。
もしかしてこの感覚って、カザミネが以前言っていた、調子がいいと首を飛ばせる状態ってやつなんじゃないのか?
(師匠ズの修業で、そういった世界に無理やり入れるようにされてたってことか? これなら、アーツに頼らなくたってすさまじい戦闘能力だが……ここから更に変身による強化を乗せたら、どれほどになるのか)
なお、こんなことを考えてはいるが戦闘中である。そこそこの規模のモンスター集団がいたので、わざとど真ん中に突っ込んでその中央で大立ち回りに挑んだのだが、問題なくやれてしまった。
おまけにこうやって戦っているうちに、以前皐月さんに指導されたことと今の体の状態がどんどんかみ合っていくようで、首刎ね率が更に上昇中である……
(倒したモンスターが消える設定になってなかったら、自分の周囲には今頃カエルとヘビの首がごっろんごろんしてたんだなぁ。何とも言えない光景だ……)
そして殲滅完了。あれだけ戦ったんだから結構体力を使ったはずなんだけど……疲労感があんまりない。それも、納期寸前で仕事が忙しくて残業デスパレードになったときに感じる、あのランナーズハイに似た高揚感とは違う。むしろ、穏やかな湖の水面のように、とても落ち着いている。呼吸も、乱れてないな。
「まだ落ち着かぬか? だが、その状態を長く保てるのは今日一日だけだ。何としても今日のうちに乗りこなせ、そうしなければ、お前に課してきた修業が本当の意味で完了したとは言えぬのだ」
ふと、後ろから砂龍師匠の言葉が飛んできた。
なるほど、今後も常時この状態で戦闘ができるってわけではないんだな。まあそれも当然だろう。何のコストも払わずにここまで強くなれたら、流石におかし過ぎる。
「時間はそうない。一刻も早くその状態の手綱を握るため、今はとにかく魔物と戦い続けよ。手綱を握った後であれば、どんな質問にも答えようぞ」
雨龍師匠の言葉には焦りが浮かんでいた。ふと空を見上げると、日はかなり傾き始めている。日が完全に没する前に、何とかしてこの状態をものにしなければいけないか。
皐月さんとの経験を思い出すことで、多少は分かってきた。だがそれでも、完全に手綱を握れたとは言い難い。
「分かりました、とにかく今は戦います」
「そうしてほしい、お前のために」
雨龍師匠に返答し、この後日没までモンスターと戦い続けた。
そして、日が完全に沈む数分前。ヘビのモンスターを切りつけた瞬間、すっと体のどこかに何かが嵌ったような感覚があった。
それと同時に強烈な疲労感を覚えた自分は、堪えきれずに地面に伏した。いったい何が? もしかして失敗したのか? 師匠ズに何が起きたのかを訊きたいが、それすらも億劫なほどの疲労感のせいで、うまく口が動かない。
そんな自分を、砂龍師匠はひょいと米俵のように担ぎ上げた。
「何とか間に合ったようだな」
「首の皮一枚というところじゃがな。それでも間に合ったことは事実。今はそれでよしじゃ」
そんな師匠ズの会話が交わされた後、自分は砂龍師匠の肩に乗せられたまま宿屋まで戻ってきた。
今日はもうログアウトしよう、話は明日聞けばいい。
◆ ◆ ◆
翌日。話を聞こうと師匠ズの部屋を訪れたところ、すでに師匠ズはその準備を整えていたようで、自分に向かって「まずは座れ」とひと言。
雨龍師匠がお茶を出してくれたので、それを口に含んで気を落ち着かせる。
その様子を見届けた砂龍師匠が、まず口を開く。
「聞きたいことは多々あるだろうが、まずはこちらの話を聞いてほしい。質問はその後で受け付ける、いいな?」
砂龍師匠の確認に自分は頷く。
「まず、お前の体についてだが……お前の体は今回の修業で成長限界に達した。技術的な伸びしろはまだ残されているが、体の頑強さや精神力といった体そのものが持つ強さは、もう伸びることはない」
えーっと、これはつまり、スキルレベルはまだ伸びるけど、HPやMPをはじめとする装備品に依らない攻撃力や防御力などはもう伸びませんよ、ってことでいいのかな。
「もしかしたら、能力を伸ばせる薬、などという物を売る連中が今後現れるかもしれぬが、絶対に手を出すな。意味がないどころか、かえってお前を弱くするだけだ。今のお前は、龍の力で潜在能力を全て引き出された状態にある。そこに変な薬を飲めば、龍の力を弱める結果となろう」
龍の力ってのは、師匠ズの修業中にかけてきた負荷ってやつが転じたものかね? まあ、師匠がそう言うなら、そういったものが出てきたとしても無視しよう。師匠が自分に対して嘘をついたことはなかったからな。
「お前の体がどのくらいの強さなのかの目安を一応教えておこう。前に出て剣を振るうのを主とする者達の体の頑強さを一〇とするならば、お前は五と六の中間ぐらいだろうな。術を使うのを主とする者の精神力の強さと比べれば、お前は四と五の間。生産を主とする者の器用さと比べると、お前は六と七の間か。器用さが一番高いのは、おそらくお前の得物が理由だろう」
ああ、今までに弓とかスネークソードとかの技量を重視する武器を長く使ってきたことと、色々と物を作ってきたことが、器用さが高い原因だと。
その反面、精神力は一番低いな。魔法は風系統の魔術レベルしか使えないし、その後は弓スキルと統合しちゃったから、伸びが悪かったのか?
頑強さがそこそこしかないのは分かる。自分は攻撃を受けたらダメなタイプだから、単純な肉体の頑丈さが低めなのは当然だろう。
「それから、昨日お前が倒れたのは、あの達人の世界に入る覚醒状態を長く続けたからだ。今後お前は、精神力を対価にいつでもあの世界に入ることができるようになるが、長時間続けるな。最長でも二〇秒、それぐらい経ったら一度やめて、次は一分以上間隔を開けろ。そうしないと、昨日のように猛烈な疲労感を感じて倒れてしまうからな」
昨日は砂龍師匠が担いでくれたが、単独行動であんな風に長時間倒れていたら、殺してくださいと言っているのと同義だ。それを分からせるために、あえて一回味わっておかせようと師匠は考えたのかもしれない。
「そして、あの世界に入らせたのには、修業の総仕上げというだけではなく、別の意味もある。これを読め」
そう言いながら、巻物を取り出して自分に渡す砂龍師匠。読め、と言うならまずは読んでみようか。
巻物の封を解き、中に書いてある文章に目を通していく……どうやらこれは、かなり昔を生きたある龍人の戦いの記録のようだ。武器を取った理由に始まり、訓練時代の経験から、ついに街の外に出てモンスターと戦うようになった経緯が、大雑把に書かれている。更に読み進めると──
『いくつかの技も身に付け、私は自分の成長を感じていた。以前は苦戦した魔物も余裕を持って退けられるようになり、街を脅かす存在を減らせていた。そんな自分の前に、ある魔物が立ちはだかった。その魔物の姿は実に異様であった。顔、体、尾の全てがバラバラの生物であるように見受けられた。だが一番に異様なところは、その魔物は大きな四枚の羽根を生やしていたのである。その羽根も飾りではなく、空を舞って鷹の如く地上の私に襲い掛かるための、恐るべき武器であった』
──そんなモンスター、龍の国にいたかな? 自分の知る範囲では存在していないはずだが。顔や胴体、尾がばらばらというのであれば、キマイラなどを連想するが……大きな四枚の羽根、か。この巻物に書いてあるのは昔の話だから、過去にいただけかもしれないが。
さて、続きは……
『幸いにしてその魔物は術には長けていなかったようであり、空に陣取ってひたすら火球を投げてくるようなことはなかった。とはいえ、空からの強襲は実に脅威であり、こちらは防御に徹しつつ僅かな隙に反撃のひと太刀を入れていくという戦い方を強いられた。それでも、身に付けたいくつかの技で、そのひと太刀の重さを上げることはできていたのだが──それはこの魔物の真の力が発揮されるまでの話であった』
話の流れが変わったな、真の力と来たか。さて、それは何だろうか? いくつか予想を立てながらその先を読む。
『私が振るう技によって、魔物の体には確実に傷がつき、血が流れた。手ごわい相手ではあるが、このまま落ち着いて対処すれば勝てる、と私が確信したそのとき……魔物が両目から赤黒い光を放ってきた。とっさに防御の構えを取った私であったが、痛みや衝撃などは一切やってこなかった。体にも特におかしくなったと思われる箇所はない。それ故、魔物の攻撃は失敗したものだと考えた──それは大きな間違いであったわけだが』
即死効果の類やダメージを与えてくるものではなかった、ということか。さて、そうするとどうなるんだ? 何もないってことはないだろう。
『再び宙に舞い上がり、強襲を仕掛けてくる魔物を迎え撃つべく、私も大太刀を構えて技を放とうとした……しかし私の体は硬直し、技は発動せず、魔物の強襲をもろに受けることとなった。激しい衝撃と痛み、二転三転する視界。吹き飛ばされたのだということを嫌でも理解させられた。すかさず追撃を仕掛けてきた魔物の攻撃を、私は何とか大太刀で受け流した』
なるほど、封印系か! アーツや魔法のどちらか、もしくは両方を封じて通常攻撃しかできなくさせる面倒な効果のものだ。ヒーラーの魔法を封じて回復できなくさせるとか、戦士の技を封じて火力を大幅に落とすとか、色々応用が利く状態異常だが、今までそれをやってくるモンスターには出会わなかったな。罠の中にはあったような気がするけど。
『その後、何度技を振るおうとしても発動せず、その度に私の体が硬直するだけ。馴染みの深い技ですら発動できなかったことで、私は技そのものを封じられたのだと認めざるを得なかった。あの目は、私から技を取り上げるための方法だったのだ。しかし、だからといって逃げ出すことは不可能だった。何せ相手は空を飛ぶ。移動速度が違い過ぎるのだ』
まさに絶体絶命。だがこの話が残っているということは、この人は窮地を乗り切ったはず。更に読み進めよう。
『私は腹をくくった。集中力を高め、振るうひと太刀を昇華させるしかないと。技に頼らぬ一撃を、この戦いの最中で振るえるようになるしかないと。私が技が使えなくなったことを魔物も理解しているため、爪や尾、あるいは噛みつきで積極的に攻めてくる。私は精神を研ぎ澄ませてその攻撃を見切り、時には回避し、時には反撃を加えた。
そんな気が遠くなるような状況であっても挫けず、地道に抵抗を繰り出し続けているうちに、私はあることに気がついた。魔物の動きが、徐々にではあるが確実に、緩慢になり始めていたのである。魔物も攻め続けたために疲労したのかもしれない……なんにせよ、魔物の動きが緩慢になれば対処できる猶予が増え、私の命を繋ぐことができる可能性が上がる。
やがて、技に頼らずとも、私の大太刀が魔物に有効な一撃を加え始めた。効果的な一撃が入るたびに魔物は悲鳴を上げ、血を流し、更に動きが鈍くなっていく。だがそれでも、一瞬でも気を緩めれば私の体を容易く肉片にできる爪が、尾が、歯がある。今はまだ辛抱強く耐え、相手が逃げようとして隙を晒したそのときこそ……攻勢に出る』
──なるほど、技を封じられたとしても、集中力を非常に高め、ゾーンなどと呼ばれる一種の極致に至った状態ならば戦える、ということか。師匠が自分になぜそういうことをやらせたのかの答えが見えたな。
巻物は、あと少し続きがあるようだ。
『私の攻撃で全身をぼろぼろにされた魔物が、ついにひるんだ。それが誘いではなく本能的に引いたと見た私は、まっすぐに大太刀を振り下ろした。十分な手ごたえと共に狙い通り魔物の顔が切り裂かれ、大量の血が流れたのだが……奴はそれでも死ぬことなく、こちらに背を向けて逃げようとした。しかしその姿は隙だらけであり、ついに千載一遇の機会が来たと直感した私は、残った力の全てを両腕に込めて、魔物の後ろ姿に袈裟懸けで切りつけた。
魔物は、私からの攻撃は顔を切られたひと太刀で終わったとでも思っていたのだろうか? 私の放った一刀は奴の体を見事に切り裂き、更におびただしい出血を強いた。ついに魔物はその身を地に横たえ、痙攣を繰り返しながら次第に動かなくなっていく。私は残心を保ったまま、その魔物の死を見届けた。魔物が完全に死んだことを感じ取った私は構えを解くと、その場に倒れ込み、しばらく動くことができなかった。たまたま他の龍人が見回りに来なければ、私は助からなかったやも知れぬ。
見回りに来た者達は、倒れている私と、異様な姿を晒して死んでいる魔物を見て大騒ぎとなった。私は全く動けない状態であったために街まで運んでもらい、十分な食事と休息を取らせてもらえたおかげで一命をとりとめた。その後私はあの魔物との戦いを皆に語り続け、またあのような魔物もいるのだと後世に伝えるべく書に残すことにした。
ここまで読んだ者よ、魔物には汝が磨いてきた技を封じるものもいることを忘れるな。技に頼り過ぎるな。技に頼らぬ己のひと太刀を磨け。そして精神を鍛え、いざという時に立ち向かえる胆力を磨くのだ。その訓練が、いつか汝と友の命を救うこととなるだろう……』
巻物はこれで終わりか。つまり師匠ズは、空の上には封印系の攻撃をやってくる連中がいると予想して、その対抗策となりうる方法の一つ、達人の世界へと入れるようにするための修業を、自分に課してきたようだ。
ただ肉体を鍛えるだけではなく、二重三重の意味を持たせてたんだな。
「読み終わったようだな。それで今回の修業の大体の意味は察してもらえたことと思う。そして、お前との師弟関係はこれにて終いだ。今後は共に戦う仲間として、我らは行動を共にする」
師匠呼びも終わり、か。これが一つの区切りってことだな。
4
「このモンスターは、この後にもしばしば龍の国に現れたのでしょうか? それともこれっきり?」
今のプレイヤーの主流の戦い方は、アーツをブンブン連射するという形ではないが、やはり要所要所では振るう必要がある。それに、もし魔法使いの魔法が封じられたら、戦力は大幅に落ちる。「ワンモア」が始まってから今まで、魔法に特化したプレイヤーの放つ魔法は、最高火力の座を一回も譲っていないからな。
もし、この巻物に出てきたモンスターが、有翼人の作り上げた人造モンスターだとしたら、かなりまずい。
「うむ、その後も数回現れたそうだ。そしてどれもがやはり技や術を封じる目を持っていたと言われている。我らも二度ほど対峙したが、短時間とはいえ技を封じられた。羽根を持っているという点からして、空の奴らがその魔物を管理しており、そこから逃げ出した奴が地上に降りてきて暴れたという可能性もありうる」
──その場合は、逃げたのではなく意図的に地上に下したんだと思うけどな。あの連中の底意地の悪さならば、そうしてもおかしくはない。
「師匠が……いや、砂龍さんが修業をつけてくださったことで自分も入れるようになった達人の境地ですが、これを身に付けるにはどれぐらい双龍のお二人の下で修業を積まねばなりませんか?」
もし短時間で身に付けられるのであれば、ツヴァイ達もやったほうがいいと思って質問してみたが──
「そうそうすぐにというわけにはいかぬなぁ。アースの場合は、我らと何度も出会えたからこそ、稽古をつけ、身に付けさせることを前提においての行動をとらせることができたからの。それにお主に願われたとしても、双龍の試練を乗り越えぬ者の面倒は見ぬぞ、そこは譲れん」
やっぱりそんなに簡単にはいかないか。
「実はお前と会っていないときに、双龍の試練を受けに来た者が数名いる。だが、彼らはみな不合格でな……言うまでもなく資格なしだ。これは神龍との取り決め故に動かせぬ」
あー、そういう理由もあるか。それじゃあ知り合いに稽古をつけてあげてほしいとは言えないな。この能力があれば、特にカザミネはもっと伸びると思ったんだけど……残念だが諦める他ない。
「今回で修業は終わりとのことですので、あとは時が来るまで各種準備を整えていればよいのですかね?」
これ以上この話を続けてもしょうがないと思ったので、今後の予定の確認に切り替える。自分がやっておくことは、十分な量のポーションの作製と侵入するための小道具の用意。あとは、もう少しで出来上がるはずの装備の受け取りか。そして戦いが近くなれば、過去の魔王様が姿を変えた金属で作るアクセサリーを受け取る……ぐらいか?
「いや、アース。お前には一度、魔王殿との話し合いの場に出席してもらいたい。魔王殿曰く『お前が選んだ勇士にも対策の装備を渡す。ただしその勇士達を選出するにあたって、口が堅いことは必須条件だ。また、最大一四名までの制限をつけさせてもらう。この点をはじめとしていくつかの情報を直接やり取りしたい。故にこちらに一度来てもらいたい』とのことでな。ちょうど修業も仕上がったことだし、早めに向かったほうがよいだろう」
魔王様からの呼び出しか、これは無視できないな。ならば次のログインで魔王城に向かうことにするか……それにしても一四名か。誰を選択しよう? ツヴァイ、ミリー、ノーラ、カザミネ、レイジの五人は外せないな。敵に回したくないという点では、グラッドチームが第一候補に挙がる。シルバーのおじいちゃんは……腕は確かだが、他のメンツと自分は以前軽くモメたし、今回は外そう。
「では、次の目覚めと共に魔王城へと向かいます。移動は……アクア、久々に本来の大きさで飛んでもらいたいんだけど、いいかな?」
「ぴゅい」
アクアの了承も得られたから、移動の足はこれでよし。あちこち飛び回ってるな……やるべきことが各地に散ってるから仕方がないんだけど。
「では、本日はのんびりしてもいいのでしょうか? この巻物からの情報と、雨龍さんと砂龍さんの経験をもとにした修業も終わったということですし」
やることがないのであれば、久々にダークエルフの街を回るのもいいだろう。あのメイド富豪さんの所に挨拶に行ってみようかな?
「いや、師匠としてではなく、共に旅をする仲間として頼みが一つあるのだ」
と、砂龍さんが妙に力のこもった声でそんなことを言い出した。
砂龍さんの頼み……ちょっと予想がつかないぞ? よく見れば、表情もいつもより硬い。いったい何を頼むつもりなんだ?
秘かに心拍数が上がっている自分に向かって砂龍さんは……
「め」
「め?」
「メイド喫茶なる場所に共に行ってはもらえないだろうか!?」
それを聞いた途端、自分は脱力して崩れ落ち、雨龍さんはどこから持ってきたのか大きな四角いアルミ缶で砂龍さんの頭を一発ぶん殴った。ゴズン、なんてちょっと気の抜けた音が耳に届く。
「そんな所に行くのに、元弟子の同行を求めるでない!!」
雨龍さんのお言葉はもっともだ。行きたいというのであれば行けばいいだろうけど、だからってなんで自分を巻き込むのだ……
「そもそも砂龍さんってああいうのはあまり好まないと思っていたのですが……」
何と言うか、真面目一徹で質実剛健、己の道を究めることに一直線! みたいなイメージだったのだが……
「う、うむ。普段は女性を見ても何とも思わぬのだが、なぜかあの服を着た女性を見たときに、何かを強く感じてしまったのだ」
「そんなことで何かを感じるでないわ!」
今までのイメージが崩壊する砂龍さんの発言&そんな砂龍さんに対して呆れ半分情けなさ半分で文句を言う雨龍さん。
雨龍さんの気持ちも分かるよ、長年信用して共にあった相方がいきなりものすごい真面目な顔をして「俺、メイドが好きなんだ」なんて言い出したら、自分も多分呆気にとられるか一発ツッコミ代わりの一撃を入れると思う。
「雨龍さん、言葉として間違っていることは重々承知で言います。頭痛が痛い」
「気持ちはよう分かる。というかわらわもその言葉を使わせてほしいほどじゃ……まさかこんな真面目な雰囲気でここまでたわけたことを言うとは」
ここまでの真剣な話の流れが見事に空中分解したよ! 脱力って言葉ではちょっと足らないぐらいに気合が抜けた。
「砂龍さん、行きたいならお一人で行ってください……」
「い、いや、あのような場所に行ったことがないのでな、少し気後れしているのだ」
「やかましいわ! 生き死にを懸けて戦ったことに比べれば些事であろうが!」
もうシリアスな空気さんはとっとと撤退したらしい。もうこうなってしまえばぐっだぐだになる他ない。
もしかしたら砂龍さんは、真面目一徹でここまで来た分だけ心がピュアなままで、一度ハートにストライクしてしまったらどうにも忘れられなくなってしまったのかもしれない。なんというか、定年退職するまで遊びを知らず、退職した後でいろんな遊びを知って身を崩すおじいさんのようなイメージが湧いてきたぞ。
それからはもう、実のある話はできなかった。自分がログアウトした後、結局砂龍さんは行ったんだろうか……?
先日『全体的に能力が伸びた』という説明は受けたが、今の自分の動きと感覚がそれだけで納得できるはずもない。
だが、そんな自分に対して砂龍師匠は、
「どうだ、達人の世界を自分の体で味わった気分は?」
と、たったひと言。
達人の世界……? え、じゃあこの世界の達人は、さっきの自分のような感覚で戦っている、ということ? ああしようこうしようという思考の時間はなく、その瞬間ごとの最適解を瞬時に実行しているってこと?
そういえば、以前皐月さんが自分に憑依したみたいになったときの感覚に似ていた。槍の振るい方を自分の体を通して教えてもらったあのときも、いちいち考えずに動いていた気がする。
「今日は日が暮れるまで、とにかく戦ってもらうぞ。その感覚に対する違和感が一切なくなるようになってもらわねば困るのでな……」
こちらは雨龍師匠の言葉。困る、か。その辺も含めて、なんでこんなことになってるのか後で問い詰めよう。
「宿屋に引き揚げたら色々と話していただきますよ?」
師匠ズにそうひと言断ってから前に進み始める。自覚しないうちに体が色々といじくられていたとか、どこの改造人間だ。
「まあ、言いたいことは多々あれど、必要だからこんなことしたんだろう……今は狩るか。お財布も少しあったかくしたいし」
言葉だけ切り取るとただの乱獲者だな、この発言。ま、いいか。
モンスターの反応は……このまままっすぐ行けばそれなりにいそうだ。他のプレイヤーはもっと奥で戦っているようだから、そこまで行かなければ邪魔にはならんだろ。では、いざ再出陣。
「一つ、二つ、やっぱり気持ち悪い……」
なんとなくで振るった【真同化】による攻撃で、モンスターの首がポンポン飛ぶ。クリティカルヒットの成功率は八割を超えているだろう……どんな角度で振れば首が飛ばせるのかが分かってしまう。
また、あえてその感覚に逆らって違う方法で攻撃すると、回避されたり当たっても大したダメージになってなさそうだったり。
もしかしてこの感覚って、カザミネが以前言っていた、調子がいいと首を飛ばせる状態ってやつなんじゃないのか?
(師匠ズの修業で、そういった世界に無理やり入れるようにされてたってことか? これなら、アーツに頼らなくたってすさまじい戦闘能力だが……ここから更に変身による強化を乗せたら、どれほどになるのか)
なお、こんなことを考えてはいるが戦闘中である。そこそこの規模のモンスター集団がいたので、わざとど真ん中に突っ込んでその中央で大立ち回りに挑んだのだが、問題なくやれてしまった。
おまけにこうやって戦っているうちに、以前皐月さんに指導されたことと今の体の状態がどんどんかみ合っていくようで、首刎ね率が更に上昇中である……
(倒したモンスターが消える設定になってなかったら、自分の周囲には今頃カエルとヘビの首がごっろんごろんしてたんだなぁ。何とも言えない光景だ……)
そして殲滅完了。あれだけ戦ったんだから結構体力を使ったはずなんだけど……疲労感があんまりない。それも、納期寸前で仕事が忙しくて残業デスパレードになったときに感じる、あのランナーズハイに似た高揚感とは違う。むしろ、穏やかな湖の水面のように、とても落ち着いている。呼吸も、乱れてないな。
「まだ落ち着かぬか? だが、その状態を長く保てるのは今日一日だけだ。何としても今日のうちに乗りこなせ、そうしなければ、お前に課してきた修業が本当の意味で完了したとは言えぬのだ」
ふと、後ろから砂龍師匠の言葉が飛んできた。
なるほど、今後も常時この状態で戦闘ができるってわけではないんだな。まあそれも当然だろう。何のコストも払わずにここまで強くなれたら、流石におかし過ぎる。
「時間はそうない。一刻も早くその状態の手綱を握るため、今はとにかく魔物と戦い続けよ。手綱を握った後であれば、どんな質問にも答えようぞ」
雨龍師匠の言葉には焦りが浮かんでいた。ふと空を見上げると、日はかなり傾き始めている。日が完全に没する前に、何とかしてこの状態をものにしなければいけないか。
皐月さんとの経験を思い出すことで、多少は分かってきた。だがそれでも、完全に手綱を握れたとは言い難い。
「分かりました、とにかく今は戦います」
「そうしてほしい、お前のために」
雨龍師匠に返答し、この後日没までモンスターと戦い続けた。
そして、日が完全に沈む数分前。ヘビのモンスターを切りつけた瞬間、すっと体のどこかに何かが嵌ったような感覚があった。
それと同時に強烈な疲労感を覚えた自分は、堪えきれずに地面に伏した。いったい何が? もしかして失敗したのか? 師匠ズに何が起きたのかを訊きたいが、それすらも億劫なほどの疲労感のせいで、うまく口が動かない。
そんな自分を、砂龍師匠はひょいと米俵のように担ぎ上げた。
「何とか間に合ったようだな」
「首の皮一枚というところじゃがな。それでも間に合ったことは事実。今はそれでよしじゃ」
そんな師匠ズの会話が交わされた後、自分は砂龍師匠の肩に乗せられたまま宿屋まで戻ってきた。
今日はもうログアウトしよう、話は明日聞けばいい。
◆ ◆ ◆
翌日。話を聞こうと師匠ズの部屋を訪れたところ、すでに師匠ズはその準備を整えていたようで、自分に向かって「まずは座れ」とひと言。
雨龍師匠がお茶を出してくれたので、それを口に含んで気を落ち着かせる。
その様子を見届けた砂龍師匠が、まず口を開く。
「聞きたいことは多々あるだろうが、まずはこちらの話を聞いてほしい。質問はその後で受け付ける、いいな?」
砂龍師匠の確認に自分は頷く。
「まず、お前の体についてだが……お前の体は今回の修業で成長限界に達した。技術的な伸びしろはまだ残されているが、体の頑強さや精神力といった体そのものが持つ強さは、もう伸びることはない」
えーっと、これはつまり、スキルレベルはまだ伸びるけど、HPやMPをはじめとする装備品に依らない攻撃力や防御力などはもう伸びませんよ、ってことでいいのかな。
「もしかしたら、能力を伸ばせる薬、などという物を売る連中が今後現れるかもしれぬが、絶対に手を出すな。意味がないどころか、かえってお前を弱くするだけだ。今のお前は、龍の力で潜在能力を全て引き出された状態にある。そこに変な薬を飲めば、龍の力を弱める結果となろう」
龍の力ってのは、師匠ズの修業中にかけてきた負荷ってやつが転じたものかね? まあ、師匠がそう言うなら、そういったものが出てきたとしても無視しよう。師匠が自分に対して嘘をついたことはなかったからな。
「お前の体がどのくらいの強さなのかの目安を一応教えておこう。前に出て剣を振るうのを主とする者達の体の頑強さを一〇とするならば、お前は五と六の中間ぐらいだろうな。術を使うのを主とする者の精神力の強さと比べれば、お前は四と五の間。生産を主とする者の器用さと比べると、お前は六と七の間か。器用さが一番高いのは、おそらくお前の得物が理由だろう」
ああ、今までに弓とかスネークソードとかの技量を重視する武器を長く使ってきたことと、色々と物を作ってきたことが、器用さが高い原因だと。
その反面、精神力は一番低いな。魔法は風系統の魔術レベルしか使えないし、その後は弓スキルと統合しちゃったから、伸びが悪かったのか?
頑強さがそこそこしかないのは分かる。自分は攻撃を受けたらダメなタイプだから、単純な肉体の頑丈さが低めなのは当然だろう。
「それから、昨日お前が倒れたのは、あの達人の世界に入る覚醒状態を長く続けたからだ。今後お前は、精神力を対価にいつでもあの世界に入ることができるようになるが、長時間続けるな。最長でも二〇秒、それぐらい経ったら一度やめて、次は一分以上間隔を開けろ。そうしないと、昨日のように猛烈な疲労感を感じて倒れてしまうからな」
昨日は砂龍師匠が担いでくれたが、単独行動であんな風に長時間倒れていたら、殺してくださいと言っているのと同義だ。それを分からせるために、あえて一回味わっておかせようと師匠は考えたのかもしれない。
「そして、あの世界に入らせたのには、修業の総仕上げというだけではなく、別の意味もある。これを読め」
そう言いながら、巻物を取り出して自分に渡す砂龍師匠。読め、と言うならまずは読んでみようか。
巻物の封を解き、中に書いてある文章に目を通していく……どうやらこれは、かなり昔を生きたある龍人の戦いの記録のようだ。武器を取った理由に始まり、訓練時代の経験から、ついに街の外に出てモンスターと戦うようになった経緯が、大雑把に書かれている。更に読み進めると──
『いくつかの技も身に付け、私は自分の成長を感じていた。以前は苦戦した魔物も余裕を持って退けられるようになり、街を脅かす存在を減らせていた。そんな自分の前に、ある魔物が立ちはだかった。その魔物の姿は実に異様であった。顔、体、尾の全てがバラバラの生物であるように見受けられた。だが一番に異様なところは、その魔物は大きな四枚の羽根を生やしていたのである。その羽根も飾りではなく、空を舞って鷹の如く地上の私に襲い掛かるための、恐るべき武器であった』
──そんなモンスター、龍の国にいたかな? 自分の知る範囲では存在していないはずだが。顔や胴体、尾がばらばらというのであれば、キマイラなどを連想するが……大きな四枚の羽根、か。この巻物に書いてあるのは昔の話だから、過去にいただけかもしれないが。
さて、続きは……
『幸いにしてその魔物は術には長けていなかったようであり、空に陣取ってひたすら火球を投げてくるようなことはなかった。とはいえ、空からの強襲は実に脅威であり、こちらは防御に徹しつつ僅かな隙に反撃のひと太刀を入れていくという戦い方を強いられた。それでも、身に付けたいくつかの技で、そのひと太刀の重さを上げることはできていたのだが──それはこの魔物の真の力が発揮されるまでの話であった』
話の流れが変わったな、真の力と来たか。さて、それは何だろうか? いくつか予想を立てながらその先を読む。
『私が振るう技によって、魔物の体には確実に傷がつき、血が流れた。手ごわい相手ではあるが、このまま落ち着いて対処すれば勝てる、と私が確信したそのとき……魔物が両目から赤黒い光を放ってきた。とっさに防御の構えを取った私であったが、痛みや衝撃などは一切やってこなかった。体にも特におかしくなったと思われる箇所はない。それ故、魔物の攻撃は失敗したものだと考えた──それは大きな間違いであったわけだが』
即死効果の類やダメージを与えてくるものではなかった、ということか。さて、そうするとどうなるんだ? 何もないってことはないだろう。
『再び宙に舞い上がり、強襲を仕掛けてくる魔物を迎え撃つべく、私も大太刀を構えて技を放とうとした……しかし私の体は硬直し、技は発動せず、魔物の強襲をもろに受けることとなった。激しい衝撃と痛み、二転三転する視界。吹き飛ばされたのだということを嫌でも理解させられた。すかさず追撃を仕掛けてきた魔物の攻撃を、私は何とか大太刀で受け流した』
なるほど、封印系か! アーツや魔法のどちらか、もしくは両方を封じて通常攻撃しかできなくさせる面倒な効果のものだ。ヒーラーの魔法を封じて回復できなくさせるとか、戦士の技を封じて火力を大幅に落とすとか、色々応用が利く状態異常だが、今までそれをやってくるモンスターには出会わなかったな。罠の中にはあったような気がするけど。
『その後、何度技を振るおうとしても発動せず、その度に私の体が硬直するだけ。馴染みの深い技ですら発動できなかったことで、私は技そのものを封じられたのだと認めざるを得なかった。あの目は、私から技を取り上げるための方法だったのだ。しかし、だからといって逃げ出すことは不可能だった。何せ相手は空を飛ぶ。移動速度が違い過ぎるのだ』
まさに絶体絶命。だがこの話が残っているということは、この人は窮地を乗り切ったはず。更に読み進めよう。
『私は腹をくくった。集中力を高め、振るうひと太刀を昇華させるしかないと。技に頼らぬ一撃を、この戦いの最中で振るえるようになるしかないと。私が技が使えなくなったことを魔物も理解しているため、爪や尾、あるいは噛みつきで積極的に攻めてくる。私は精神を研ぎ澄ませてその攻撃を見切り、時には回避し、時には反撃を加えた。
そんな気が遠くなるような状況であっても挫けず、地道に抵抗を繰り出し続けているうちに、私はあることに気がついた。魔物の動きが、徐々にではあるが確実に、緩慢になり始めていたのである。魔物も攻め続けたために疲労したのかもしれない……なんにせよ、魔物の動きが緩慢になれば対処できる猶予が増え、私の命を繋ぐことができる可能性が上がる。
やがて、技に頼らずとも、私の大太刀が魔物に有効な一撃を加え始めた。効果的な一撃が入るたびに魔物は悲鳴を上げ、血を流し、更に動きが鈍くなっていく。だがそれでも、一瞬でも気を緩めれば私の体を容易く肉片にできる爪が、尾が、歯がある。今はまだ辛抱強く耐え、相手が逃げようとして隙を晒したそのときこそ……攻勢に出る』
──なるほど、技を封じられたとしても、集中力を非常に高め、ゾーンなどと呼ばれる一種の極致に至った状態ならば戦える、ということか。師匠が自分になぜそういうことをやらせたのかの答えが見えたな。
巻物は、あと少し続きがあるようだ。
『私の攻撃で全身をぼろぼろにされた魔物が、ついにひるんだ。それが誘いではなく本能的に引いたと見た私は、まっすぐに大太刀を振り下ろした。十分な手ごたえと共に狙い通り魔物の顔が切り裂かれ、大量の血が流れたのだが……奴はそれでも死ぬことなく、こちらに背を向けて逃げようとした。しかしその姿は隙だらけであり、ついに千載一遇の機会が来たと直感した私は、残った力の全てを両腕に込めて、魔物の後ろ姿に袈裟懸けで切りつけた。
魔物は、私からの攻撃は顔を切られたひと太刀で終わったとでも思っていたのだろうか? 私の放った一刀は奴の体を見事に切り裂き、更におびただしい出血を強いた。ついに魔物はその身を地に横たえ、痙攣を繰り返しながら次第に動かなくなっていく。私は残心を保ったまま、その魔物の死を見届けた。魔物が完全に死んだことを感じ取った私は構えを解くと、その場に倒れ込み、しばらく動くことができなかった。たまたま他の龍人が見回りに来なければ、私は助からなかったやも知れぬ。
見回りに来た者達は、倒れている私と、異様な姿を晒して死んでいる魔物を見て大騒ぎとなった。私は全く動けない状態であったために街まで運んでもらい、十分な食事と休息を取らせてもらえたおかげで一命をとりとめた。その後私はあの魔物との戦いを皆に語り続け、またあのような魔物もいるのだと後世に伝えるべく書に残すことにした。
ここまで読んだ者よ、魔物には汝が磨いてきた技を封じるものもいることを忘れるな。技に頼り過ぎるな。技に頼らぬ己のひと太刀を磨け。そして精神を鍛え、いざという時に立ち向かえる胆力を磨くのだ。その訓練が、いつか汝と友の命を救うこととなるだろう……』
巻物はこれで終わりか。つまり師匠ズは、空の上には封印系の攻撃をやってくる連中がいると予想して、その対抗策となりうる方法の一つ、達人の世界へと入れるようにするための修業を、自分に課してきたようだ。
ただ肉体を鍛えるだけではなく、二重三重の意味を持たせてたんだな。
「読み終わったようだな。それで今回の修業の大体の意味は察してもらえたことと思う。そして、お前との師弟関係はこれにて終いだ。今後は共に戦う仲間として、我らは行動を共にする」
師匠呼びも終わり、か。これが一つの区切りってことだな。
4
「このモンスターは、この後にもしばしば龍の国に現れたのでしょうか? それともこれっきり?」
今のプレイヤーの主流の戦い方は、アーツをブンブン連射するという形ではないが、やはり要所要所では振るう必要がある。それに、もし魔法使いの魔法が封じられたら、戦力は大幅に落ちる。「ワンモア」が始まってから今まで、魔法に特化したプレイヤーの放つ魔法は、最高火力の座を一回も譲っていないからな。
もし、この巻物に出てきたモンスターが、有翼人の作り上げた人造モンスターだとしたら、かなりまずい。
「うむ、その後も数回現れたそうだ。そしてどれもがやはり技や術を封じる目を持っていたと言われている。我らも二度ほど対峙したが、短時間とはいえ技を封じられた。羽根を持っているという点からして、空の奴らがその魔物を管理しており、そこから逃げ出した奴が地上に降りてきて暴れたという可能性もありうる」
──その場合は、逃げたのではなく意図的に地上に下したんだと思うけどな。あの連中の底意地の悪さならば、そうしてもおかしくはない。
「師匠が……いや、砂龍さんが修業をつけてくださったことで自分も入れるようになった達人の境地ですが、これを身に付けるにはどれぐらい双龍のお二人の下で修業を積まねばなりませんか?」
もし短時間で身に付けられるのであれば、ツヴァイ達もやったほうがいいと思って質問してみたが──
「そうそうすぐにというわけにはいかぬなぁ。アースの場合は、我らと何度も出会えたからこそ、稽古をつけ、身に付けさせることを前提においての行動をとらせることができたからの。それにお主に願われたとしても、双龍の試練を乗り越えぬ者の面倒は見ぬぞ、そこは譲れん」
やっぱりそんなに簡単にはいかないか。
「実はお前と会っていないときに、双龍の試練を受けに来た者が数名いる。だが、彼らはみな不合格でな……言うまでもなく資格なしだ。これは神龍との取り決め故に動かせぬ」
あー、そういう理由もあるか。それじゃあ知り合いに稽古をつけてあげてほしいとは言えないな。この能力があれば、特にカザミネはもっと伸びると思ったんだけど……残念だが諦める他ない。
「今回で修業は終わりとのことですので、あとは時が来るまで各種準備を整えていればよいのですかね?」
これ以上この話を続けてもしょうがないと思ったので、今後の予定の確認に切り替える。自分がやっておくことは、十分な量のポーションの作製と侵入するための小道具の用意。あとは、もう少しで出来上がるはずの装備の受け取りか。そして戦いが近くなれば、過去の魔王様が姿を変えた金属で作るアクセサリーを受け取る……ぐらいか?
「いや、アース。お前には一度、魔王殿との話し合いの場に出席してもらいたい。魔王殿曰く『お前が選んだ勇士にも対策の装備を渡す。ただしその勇士達を選出するにあたって、口が堅いことは必須条件だ。また、最大一四名までの制限をつけさせてもらう。この点をはじめとしていくつかの情報を直接やり取りしたい。故にこちらに一度来てもらいたい』とのことでな。ちょうど修業も仕上がったことだし、早めに向かったほうがよいだろう」
魔王様からの呼び出しか、これは無視できないな。ならば次のログインで魔王城に向かうことにするか……それにしても一四名か。誰を選択しよう? ツヴァイ、ミリー、ノーラ、カザミネ、レイジの五人は外せないな。敵に回したくないという点では、グラッドチームが第一候補に挙がる。シルバーのおじいちゃんは……腕は確かだが、他のメンツと自分は以前軽くモメたし、今回は外そう。
「では、次の目覚めと共に魔王城へと向かいます。移動は……アクア、久々に本来の大きさで飛んでもらいたいんだけど、いいかな?」
「ぴゅい」
アクアの了承も得られたから、移動の足はこれでよし。あちこち飛び回ってるな……やるべきことが各地に散ってるから仕方がないんだけど。
「では、本日はのんびりしてもいいのでしょうか? この巻物からの情報と、雨龍さんと砂龍さんの経験をもとにした修業も終わったということですし」
やることがないのであれば、久々にダークエルフの街を回るのもいいだろう。あのメイド富豪さんの所に挨拶に行ってみようかな?
「いや、師匠としてではなく、共に旅をする仲間として頼みが一つあるのだ」
と、砂龍さんが妙に力のこもった声でそんなことを言い出した。
砂龍さんの頼み……ちょっと予想がつかないぞ? よく見れば、表情もいつもより硬い。いったい何を頼むつもりなんだ?
秘かに心拍数が上がっている自分に向かって砂龍さんは……
「め」
「め?」
「メイド喫茶なる場所に共に行ってはもらえないだろうか!?」
それを聞いた途端、自分は脱力して崩れ落ち、雨龍さんはどこから持ってきたのか大きな四角いアルミ缶で砂龍さんの頭を一発ぶん殴った。ゴズン、なんてちょっと気の抜けた音が耳に届く。
「そんな所に行くのに、元弟子の同行を求めるでない!!」
雨龍さんのお言葉はもっともだ。行きたいというのであれば行けばいいだろうけど、だからってなんで自分を巻き込むのだ……
「そもそも砂龍さんってああいうのはあまり好まないと思っていたのですが……」
何と言うか、真面目一徹で質実剛健、己の道を究めることに一直線! みたいなイメージだったのだが……
「う、うむ。普段は女性を見ても何とも思わぬのだが、なぜかあの服を着た女性を見たときに、何かを強く感じてしまったのだ」
「そんなことで何かを感じるでないわ!」
今までのイメージが崩壊する砂龍さんの発言&そんな砂龍さんに対して呆れ半分情けなさ半分で文句を言う雨龍さん。
雨龍さんの気持ちも分かるよ、長年信用して共にあった相方がいきなりものすごい真面目な顔をして「俺、メイドが好きなんだ」なんて言い出したら、自分も多分呆気にとられるか一発ツッコミ代わりの一撃を入れると思う。
「雨龍さん、言葉として間違っていることは重々承知で言います。頭痛が痛い」
「気持ちはよう分かる。というかわらわもその言葉を使わせてほしいほどじゃ……まさかこんな真面目な雰囲気でここまでたわけたことを言うとは」
ここまでの真剣な話の流れが見事に空中分解したよ! 脱力って言葉ではちょっと足らないぐらいに気合が抜けた。
「砂龍さん、行きたいならお一人で行ってください……」
「い、いや、あのような場所に行ったことがないのでな、少し気後れしているのだ」
「やかましいわ! 生き死にを懸けて戦ったことに比べれば些事であろうが!」
もうシリアスな空気さんはとっとと撤退したらしい。もうこうなってしまえばぐっだぐだになる他ない。
もしかしたら砂龍さんは、真面目一徹でここまで来た分だけ心がピュアなままで、一度ハートにストライクしてしまったらどうにも忘れられなくなってしまったのかもしれない。なんというか、定年退職するまで遊びを知らず、退職した後でいろんな遊びを知って身を崩すおじいさんのようなイメージが湧いてきたぞ。
それからはもう、実のある話はできなかった。自分がログアウトした後、結局砂龍さんは行ったんだろうか……?
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