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12巻

12-3

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(――二階はゴブリンだけ、三階はゴブリンとハイ・ラビットの組み合わせ……罠の種類は増えず、数も少ない。序盤中の序盤だからなんだろうが、難易度はかなり控えめだな。ハイ・ラビットをソロで倒せる人ならば、油断のほうが厄介な敵になりそうだ)

 四階へと下りるエレベーターを見つけた自分は、そう考えを纏めた。
 序盤から地雷やら毒やらの罠がある一般的なゲームのダンジョンに比べれば、装備を持ち込めてかつ罠もモンスターも少ないこのダンジョンは良心的過ぎる。それでいて、多少のお金が袋に詰まった状態で置かれていたり、僅かではあるが武器や薬草なども転がっていたりした。当然というべきか、品質的に良い物ではなかったが。
 もしかすると、三階まではウォーミングアップで、四階からが本番というパターンかもしれない……とも考えた。というのも、四階に下りると、壁に描かれている模様が金と銀と紫の組み合わせに変わっていたからだ。そして何より――

(罠を発見……これは毒矢、こっちは酸か)

 罠の種類が増えた。毒は言うまでもなく、酸も厄介だ。ゲームでよくあるように武具を弱体化させるのか、それとも防御無視のダメージを与えてくるのか……どの道、解除しなければ進めないわけでもないので、放置しておく。いちいち解除していたら時間がいくらあっても足りない。
 出現するモンスターは、ゴブリンにハイ・ラビット、そしてウォーゴブリンが混ざり始めている。単独行動しているならウォーゴブリンといえど大して恐ろしい相手ではないが、モンスター同士が臨時PTを組み始めると厄介だ。分かりやすい例を挙げるなら、魔法を使うウォーゴブリンが後衛、ハイ・ラビットやゴブリンが前衛とかの組み合わせだ。ウォーゴブリンの魔法使いは回復魔法も支援魔法も使えるので、面倒なことこの上ない。
 こうした場合、倒す順番をしっかり考えないといけない。発見したら真っ先にウォーゴブリンの魔法使いを射殺することを徹底した。幸い数は多くないので何とかなっているが、そろそろこちらも臨時PTを組めそうな存在と出会いたいところだ。
 そうして、何度目かのウォーゴブリンの魔法使いと槍使いをほふる戦いの後で、ふうっと息を吐いたときだった。

「そこの人族、動くな」

 そんな声が耳に届いた。《危険察知》で再確認するが、モンスターの反応ではない。となると……

「お前が賊でないというならば、ゆっくりとこちらを見ろ。変な動きをしたら、お前の頭に風穴が開くと思え」

 高圧的な物言いで、続けてこちらに指示を飛ばしてくる。

「ずいぶんな物言いだが、逆にそちらが賊ではない証拠でもあるのか?」

 そう言い返す。ゆっくりと振り返れと言うぐらいならいいが、頭に風穴を開けるとまで言われれば、流石に黙っていられない。ともかく、声の聞こえてきた方向にゆっくり顔を向けてみると……

「我らケンタウロス族が賊だというのか!?」

 そう、そこには上半身が人、下半身が馬というケンタウロスが二人いた。男女のペアのようだ。

「兄さん! そんな言い方をしたら反感を持たれるのは当たり前です! 確かに賊はいますが、だからといってむやみやたらと殺気をぶつけては、こちらが賊と言われても仕方ないですよ!!」

 と、そんなことを男性のケンタウロスは女性のケンタウロスから言われている。会話内容から察するに、どうやら兄妹らしい。それから女性のケンタウロスがこちらにゆっくりと歩み寄り、頭を下げてくる。

「申し訳ございません、実は先日このダンジョンの中で賊に襲われまして、兄は気が立っているのです。お許しを」

 そういうことか。ならば先ほどの言い分もまだ理解できる。

「いえ、そういうことでしたら。こちらこそ失礼な物言いを致しました、申し訳ございません」

 伝承とかに出てくるケンタウロスは誇り高い種族だった。だが、ちゃんと礼儀さえ守れば争いになることは少なかったはず。少なくとも、この世界のハイエルフのような存在ではないだろう。

「すまん、賊ではなかったようだな。無礼なことをしてしまった。真に申し訳ない」

 男性のケンタウロスもすぐさま謝ってきたので、それを受け入れる。いちいち根に持つほど暇ではない。

「お二人とも、このダンジョンには修練のために?」

 折角敵ではない人達に出会えたのだから、少しぐらい話をしてもいいだろう。近くのモンスターは殲滅せんめつ済みだしな。

「ええ、村を出て修行の旅をしていたのですが、妖精国に入ったときにここのダンジョンの話を聞きまして。修練になると考えて、兄と一緒に挑んでおります」

 長い銀髪に白い肌、黄色い目を持つ妹さんの方がそう教えてくれた。

「このダンジョンならば、命を失うことがないから妹の修練にも向いていると思ったのだが……なかなかどうして。厄介な罠、いつやってくるか分からぬモンスター、そして賊。まったくもって油断ならん。ゆっくりとこちらを向けと言ったのは、お前の目を見たかったからだ。賊の連中は欲にまみれたにごった目をしている。それで見分けるつもりだったのだ」

 こちらはお兄さんのお言葉。妹さんと同じような銀髪を短く切り、やや日焼けしたような色合いの肌に、黄色い瞳。顔は少なくとも自分よりははるかにイケメンだが、傷跡がいくつかあるのは戦士のあかしといったところか。ちなみに二人とも、上半身には軽鎧のスケイルメイル、下半身の馬部分にはケンタウロス専用と思われるレザースカートを装着している。

「自分はアースと申します。ここに入ったのは鍛錬たんれんのためなので、お二人と大体同じ理由ですね」

 自分の名前を教え、軽く会釈えしゃくする。暇潰しを兼ねて、という理由まで言う必要はないだろう。

「いけない、申し遅れましたが私はティカと申します」
「すまない、もっと早く名乗るべきだったな。俺はライという。そして提案なのだが……アース、このダンジョンを出るまでの間でいいから、俺達と組まないか? 俺達と一緒にいれば、賊と疑われることもないだろう」

 ライのこの提案に、自分は乗ることにした。ライナさんと合流できるかはまったく分からないし、このまま一人でうろつくのは少々怖くなってきている。ならば、ここは協力し合うのが吉だろう。

「分かりました、その提案をお受けします、よろしくお願いします」

 そう言って、ケンタウロスの兄妹と握手を交わす。

「こちらこそ」
「ああ、よろしくな」

 険悪なムードは完全に払拭されたので、お互いある程度手の内を明かし合うことになった。

「自分は遠距離では弓、中距離ではスネークソード、近距離では蹴りで戦います」

 まずはこちらから。大事なことなので二回繰り返すが、手の内を明かす必要はない。

「私はランスでの突撃、弓による攻撃と、剣も扱えます」

 これはティカさん。

「俺は弓と大剣が好みだな。片手剣と盾を使った戦闘も可能ではあるが、やはり近距離では大剣を用いたい」

 こっちはライさん。見事に戦士系の二人だな……

「そうなると、基本は大剣を持ったライさんに前衛を務めてもらい、スネークソードの自分が中衛、ティカさんが弓を用いて後衛の形ですかね? チャンスがあれば、ティカさんがランスで突撃攻撃もありということで」

 自分の意見に、ティカさんとライさんが頷く。

「それでいいだろう、では行こうか」

 そしてライさんが音頭おんどを取り、臨時PTは動き出した……が。

「ライさん、ストップ! 三歩先に毒矢の罠がある!」

 という、何とも格好が付かないスタートになってしまった。
 ライさんのばつが悪そうな顔に、ティカさんが苦笑していた。


 さて、ケンタウロスの兄妹とダンジョン攻略を再開すると、流石に手数が一気に増えたおかげで、戦闘が格段に楽になった。自分がモンスターを発見し、最初は三人とも弓で攻撃。ある程度削ったところでライさんが前に出て大剣を振るい、ライさんの隙を突こうとしたゴブリンを自分のスネークソードやティカさんの弓で迎撃するという立ち回りで、四階、五階はさくっと通過できた。

「うーむ、なかなかライナさんと合流できないな……」

 結構歩き回った末に見つけた六階へのエレベーターに乗りながら、自分はそうぼやく。モンスターの強さ的に、ライナさんが倒されたとは思えない。もしかしたら厄介な罠にかかったのかもしれないが……【アンチポイズンポーション】などをちゃんと用意してから入ったのだし、やはりそう簡単にライナさんがやられているはずはない。

「ふむ、ライナという者とPTを組んでいたのか?」

 ライさんの質問に頷いて答える。合流できないのは本当に困るな……

「そういえば、お二人は早く合流できたようですが、何かコツみたいなものはあるんですか?」

 そう尋ねると、ティカさんは首を横に振る。

「いえ、今回は本当に偶然なんです。何せダンジョンに入った直後、隣に立っていたのですから。ここのダンジョンに挑むのは四回目ですが、二回目と三回目のときは合流できませんでした」

 ああ、なるほどね。今回は特別幸運に恵まれたのか。

「そうなると、地下一〇階まで行っても合流できない可能性も頭に入れておかないといけないか」

 そんな話をしているうちに、地下六階に到着した。

「さて、何回かここから先に行っている先駆者として、アースに話しておくことがある。六階から一〇階まではこれまでよりモンスターの数がやや増えるぐらいで、この三人ならば苦戦はしないだろう。問題は罠だ。ここからは、踏むと一瞬でPTが全滅するレベルの罠が混じり始める。なので、お前の罠を見破る技術に頼らせてもらいたい」

 ライさんからの言葉に「了解」と返す。なるほど、ここからが本番か。五階までは段階を踏んでダンジョンに慣れる準備運動をさせてくれる領域だったというわけね。

「実は、一回目と三回目のとき、私は罠でやられているんです。かといって、罠を見破れる知り合いもおらず、途方に暮れていたのですが……ようやく前進できそうです」

 ちなみに二回目のときはモンスターに囲まれてやられてしまいました、とティカは教えてくれる。そういえば二回目と三回目は合流できなかったと言っていたし、上手うまく戦えなかった部分もあったのだろう――誰だ、うまゆえに、とか考えた人は?

「話を聞いて納得しました。二人とも、ちょっとそこで動かないでくださいね。ひどいな、入った部屋がいきなりトラップハウスとか、いじめに近いぞ」

 自分の言葉を聞いたケンタウロスの兄妹がビクッとしたのは見逃さなかったが、それについてあえて口にする必要もあるまい。
 罠はひーふーみー……二一個もあるよ。よくもまあ、これだけの罠を、いくらか大きいとはいえ一つの部屋に敷き詰めたもんだ。

「流石に全部を解除していたら時間がかかり過ぎるか……右と左、どっちの通路に抜けようか?」

 自分の問いかけに、ケンタウロスの兄妹も悩んでいる。正解なんて分からないから仕方がない。そして返ってきた答えは……

「アースにとって、解除しやすい罠のある方向に抜けよう」

 こんな結論に達したようだ。だが、ぶっちゃけると罠の危険性や解除難易度は左右どちらとも大差ない。強いて言うなら右側は地雷が多く、左側は毒が多いということか。この毒は数種類あり、一般的な体力を削る毒に始まり、麻痺、混乱に加えて、一つだけ窒息毒まで混じっている。

「じゃ、右側に抜けることにしよう。絶対に自分より前に出ないでほしい。そして、自分の真後ろについてきてほしい」

 そうケンタウロスの兄妹に伝えながら、親方に作ってもらった罠解体の七つ道具を取り出し、地雷原の解除を試みる。右を選んだのは、人は選択に悩むと左側を選ぶことが多いという話を思い出したからだ。
 解除作業を始めたところ、罠の質としては大したことない、というのが正直な感想だった。
 あくまで罠を察知し切れない存在を引っかける狙いのようで、威力自体は高いが解除難易度は非常に低い。油断をしてはいけないが、カチャカチャカチャ、ピンッという感じで、さくさく解除できる。〈盗賊〉スキルを取りたての人なら苦戦するかもしれないが、〈義賊頭〉まで進化している自分なら朝飯前あさめしまえだ。

「――大したものだ。危険な罠をこんなにたやすく無力化するとは」

 ライさんの賞賛がどうにもむずがゆい。ただ自分にできることをやっているだけなのだが。とにかく手元が狂わないように注意を払いつつ作業を進め、ようやく右側の通路に逃げ込めた。

「うう、トラップだらけの部屋は二回目ですけど、目に見えない分下手なモンスターより怖いですね」

 ティカさんが体を震わせながらそんなことを言っている。一回目でひどいトラウマでも植えつけられたのかもしれない。
 通路を歩いた先にあった次の部屋には、ウォーゴブリンが四匹、PTを組んでたむろしていた。今のところ、こちらに気が付いた様子はない。
 視線だけでお互いの意思を確認した後、三人揃って弓を構える。そして自分とティカさんの矢は確実に倒すために同じ魔法使いに、ライさんの矢は槍使いに突き刺さった。魔法使いは二本の矢を受けて絶命し、槍使いは痛みで倒れこむ。その槍使いを回復しようと回復魔法使いが近寄っていくが……

「やっと他のゴブリンの陰から出てきましたね、頂きます」

 ティカさんの放った矢に脳天をぶち抜かれて、あっさり昇天。流石に残り一匹のゴブリンもこちらに気が付いたが……

「もう遅いな。魔法使いも回復使いもいないなら、押し切るだけだ!」

 弓を背負い、代わりに大剣を構えたライさんが、ドカッドカッドカッと足音を大きく立てながら駆けていく。自分も走るが、ケンタウロスのスピードには到底ついていけない。
 勢いのままにライさんは突っ込み、大剣のリーチを生かして、地面に倒れていた槍使いの首をすれ違いざまにね飛ばした。

「情けはかけん、ちりと化すがいい!」

 そう宣言したライさんは、トラップ部屋では何もできなかった鬱憤うっぷんを晴らすがごとく、最後に残ったゴブリンに向かって大剣を振り下ろす。重装備のそいつは必死で盾を構えて受けるが、盾を真っ二つにぶった切られる。

「隙あり、《ブラッド・メイデン》!」

 何とか追いついた自分は、衝撃でたたらを踏んでいたゴブリン目がけて【惑】の切っ先を伸ばし、首に刃を絡めて遠慮なくっ切る。

「グゲ……」

 首を落とすまではいかなかったが、大量出血の致命傷にはなったようで、ゴブリンはそのまま光の粒子となって消え去った。念のため《危険察知》で周辺を探るも、モンスターのおかわりは確認できない。

「いい感じだ、この感じで六階も抜けるぞ」

 ライさんの声に、自分とティカさんは頷く。油断はできない、気を引き締めて攻略を進めよう。



【スキル一覧】

 〈風迅狩弓〉Lv29 〈剛蹴(エルフ流・一人前)〉Lv37 〈百里眼〉Lv28
 〈技量の指〉Lv30 〈小盾〉Lv28 〈隠蔽・改〉Lv1
 〈武術身体能力強化〉Lv64 〈スネークソード〉Lv48 〈義賊頭〉Lv25(←1UP)
 〈妖精招来〉Lv12(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
 追加能力スキル
 〈黄龍変身〉Lv3
 控えスキル
 〈木工の経験者〉Lv1 〈上級薬剤〉Lv23 〈釣り〉(LOST!) 〈料理の経験者〉Lv16
 〈鍛冶の経験者〉Lv28 〈人魚泳法〉Lv9
 ExP37
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者 
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相 
    託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊 人魚を釣った人
    妖精国の隠れアイドル 悲しみの激情を知る者 メイドのご主人様(仮)
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人



 5


 六階を抜け、七階も大体踏破したタイミングだった――意図せず三人が同時に呟いたのは。

「おかしい」「おかしいわね」「おかしいな」

 自分とケンタウロスの兄妹は、ほぼ同時に、ほぼ同じ言葉を口にしていた。ついお互い顔を見交わしてしまう。

「やっぱりおかしいと感じたか?」

 ライさんの言葉に頷く自分とティカさん。

「こんなに罠が多いのは変だ。これでは罠の発見能力と解体作業を持つ人物がいなければ進むことができない。なのに、このダンジョンでは入り口で強制的にメンバーをばらばらにされてしまう。無茶苦茶過ぎるだろう?」

 自分の意見に、うんうんと頷く兄妹。

「私としては……魔物の数がやけに少ないことに違和感を覚えるわね。前に兄さんや他の人と共闘したときは、もっと多くの魔物と戦った記憶があるのだけど……」

 このティカさんの意見に頷いたのはライさんだけだ。自分は今回が初挑戦でその辺は分からない。

「やはりその二つはおかしいとしか言いようがないな。で、だ。両方について説明することは恐らく可能だ」

 自分とティカさんがライさんの顔に注目する。一応《危険察知》で周りの様子をうかがったが反応はないので、このまま話を聞くことにした。

「このダンジョンは、PTメンバーの持ち味を生かさないと生き残れないようになっているのではないかな。アースという罠に対処できる人物がいるから罠が増える。三人とも弓を使えるから弓を使って倒さないと厄介な魔法を使うゴブリンがよく出てくるし、戦士である俺やティカがいるから大剣で断ち切らねば倒すのに時間がかかる重装備を整えたゴブリンが出てくる。これが俺の仮説だが、どうだ?」

 ふむ。なるほどな、言われてみれば。PTメンバーの能力に合わせてダンジョン自体が変わっていくのであれば、無茶な内容でもないな。

「兄さん、そうなるとあまりPTのメンバーは増やさないほうがいいってことになるのかしら?」

 ティカさんの意見にも一理ある。PTは最大六名で組めるが、ライさんの予測が正しいのであれば、メンバーが増えるほどダンジョンの危険性も増し、攻略は難しくなる。と同時に、人数が多いとPT内の連携が取りづらい。そういう面ではメンバーを増やすと苦労するだろう。しかし。

「いや、それはどうだろう? 地下一〇階で一区切り付いて、地上に戻れるという話だが……その一歩手前の地下九階には、ボス級のモンスターがうろついているかもしれないぞ? いるかもしれないし、いないかもしれないが……もしそんな奴がいた場合、PTメンバーが少ないと対処できずになぶり殺しにされるだけかもしれない」

 こう自分は反論した。「ワンモア」の運営が、報酬が貰える場所まであっさり通してくれるとは思えない。ボスモンスターが不意打ちしてくるぐらいならまだ可愛いほうで、エレベーターを下りた瞬間にいきなりご対面、とかやられても不思議ではないしな……
 毒されているのは自覚しているが、実際に「ワンモア」世界はそんなえげつないことを平然とやってくる。

「アースの言い分ももっともだな。となると、このPTに足りないのは魔法使いか。合流できるとありがたいが……この階層まで四名以下で生き延びてきた者がいてくれるかどうか……」

 ライさんの言う通りだ。モンスターもPTを組んでいたし、ハイ・ラビットを飼い慣らして使役しているテイマーもどきのゴブリンもいた。おまけに数は少なかったとはいえオークにも遭遇している。そんな相手を少数で打ち破って進める魔法使いがいるかどうか、微妙な線だ。

「魔法使いに限定しなくても、この階層まで下りてくるとなると少人数では少々キツイですからね。自分達も例外じゃありませんし」

 と、自分はライさんの言葉に付け足す。

「そうね、メンバーが多いほうが安定するのは間違いないし……連携の難度が上がっても、やっぱり人を増やすほうがいいかもしれないわね……数は力、なんて言葉も人族にはあるようだし」

 ティカさんの言葉に、自分は頷いて肯定の意を示す。一度に出てくるモンスターの数はじわじわと増えてきており、いくらケンタウロスの兄妹が強いとはいえ、手傷を負う回数も増えてきた。
 そのせいで、今まで使わなかったのでほぼ忘れかけていた〈風魔術〉の中で唯一の回復魔法である《ウインド・リカバー》を唱えているほどである。マジックパワーMPは休憩で回復するが、ポーションは使ったら減ってしまうから、緊急時に備えてできる限り温存しておきたいのだ。
 久しぶりに引っ張り出した《ウインド・リカバー》は、一回分のHP回復量がかなり少ないし、有効範囲も狭い。それでもこの三人PTでは貴重な回復手段だ。密着すれば何とか三人全員を有効範囲に収めることができるので、ぎりぎり有効といったところか。
 戦って休息を取ってまた戦って、の繰り返しでダンジョンを進む。

「あれは……どうやら、地下八階に続くエレベーターのようだな」

 通路でカチ合ったモンスターをばっさりと切り捨てた大剣を下ろしながら、ライさんがそう呟く。この階でも人に出会うことはなかった。戦力を増やしたいのに、なかなか上手くいかないものだ。

「アース君、魔物の反応はある?」

 ティカさんの確認に、「反応はないな」とすぐ返答する。それを聞いて、ティカさんも武器をゆっくりと下ろした。

「モンスターの反応はないが……他の人の反応が今引っかかった」

 自分も【惑】を鞘に収め、歩き出そうとしたところで《危険察知》にモンスター以外の反応がかかったのだ。モンスターでないことだけは確実。そうなると、自分達と同じ目的かどうかは別として、このダンジョンに入ってきた人だという予測は立てられる。

「アース、反応があったのはどこだ?」

 ライさんの問いかけに、自分は前方を指差す。その先の地下八階へのエレベーターがある部屋には、通路が三本繋がっている。そのうちの一本に自分達がいて、《危険察知》が知らせてくれた反応は反対側の通路から部屋のほうに進んできている。

「とにかく、あの部屋で少し待ってみよう。もしかしたら協力し合えるかもしれない」

 自分の意見にケンタウロス兄妹も同意し、休息を兼ねて部屋の隅で待つこと数分、その反応の主は部屋の中に入ってきた。

「や、やっとエレベーターがあったよぅ~、もうへとへと~」

 羽を動かして飛んでいる妖精が一人。

「まったく、いくら魔法が得意だとはいえ、最低限の体力は必要だろう」

 戦士風の装備をした人族……恐らくプレイヤーではない……男性が一人。

「まぁまぁ~、ここで一休みしていきましょうよ~」

 そして、『ブルーカラー』のミリーが一人……って、ミリー!?

「ミリーもこのダンジョンに入っていたのか!?」

 つい、少々大きな声を出してしまい、それでミリーもこっちに気が付いた。

「あらあら、アースさんじゃないですか。こんな場所で会うなんて奇遇ですね~」

 まさかここで知り合いと出会えるとは。これはぜひ合流してもらわないとな。

「なんだ、彼はミリーさんの知り合いだったのか?」

 戦士風の人族男性が、そうミリーに確認する。

「そうですよ~、とっても仲良くしてもらってます~。ね、アースく~ん」

 ダンジョンの中だというのに相変わらずのんびり口調のミリーに、つい苦笑してしまう。だけど怒らせると恐ろしい女性だから、下手なことは言えない。とりあえずここは頷いておこう。実際ミリーとは付き合いも長いし。
 そのときだった。

「やっぱりアースさんだったんですね! お久しぶりです」

 向こうのPTの妖精が近寄ってきた。えーっと、誰だっけか……こちらが思い出せないでいる様子を察した妖精は、自分の名前を告げる。

「本当にお久しぶりですから、お忘れになっているかもしれないですけど……以前、ゼタン様を頼っていき、貴方に教えを受けたリリティです。あのときの教えのおかげで私は今、こうして生きてます」

 思い出した。そういえばかなり前に、妖精国で宿屋の主人に頼まれて一日だけ面倒を見たPTがあったな。そこに魔法使いのこの子、リリティがいた。あのときは危なっかしいばかりだったが、今の彼女にはそんな感じは見受けられない。

「そうか、あのときの子か。あれからずっと頑張っていたんだな」

 こうして生き残っているのならば、知識を分け与えた甲斐かいがあるというものだ。当時はあまりにもひどい状態で、少々基本的な戦い方を仕込んだんだよな。あれから結構時間が経ったのか。

「あのとき教えを受けることができなければ、私はとっくに女神様の下へと旅立っていたことでしょう。ミア、ロア、コリンの三人と今でもPTを組んで冒険ができているのは、いろんなことを教えてくださったアースさんのおかげです」

 なんともまあ、背中がむずがゆくなる話である。半ば勢いでやってしまったことだけになおさらだ。でも、教えたことを生かしてこうやって生き延びていてくれたのは素直に嬉しい。

「そうか、あの三人も健在か。それは何よりだ。が、残念ながら今回は合流できていないようだな」

 はい、と頷くリリティ。このダンジョンはなかなか意地が悪いから、別段おかしいことではない。他の三人も今頃はそれぞれ臨時PTを組んで元気に攻略しているかもしれない。

「なんだ、こっちのPTであんたと知り合いじゃないのは俺だけだったのか。俺はシャウルだ。見た目で分かるかもしれんが、戦士をやってる」

 シャウルと名乗った男性をよく観察すると、軽鎧を着込んで右手に片手剣、左手に短剣、そして左腕にバックラーを装着していた。手数で押す二刀流戦士といったバトルスタイルか。

「自分はアースと言います。こちらはライさんとティカさん。、二人はケンタウロスです」

 少しユーモアを交えて、こちらのメンバーの名前を伝える。ライさんとティカさんは自分でも名乗り、簡単な自己紹介を済ませた。

「こちらとしては、お互い三名ずつ、ここから先は協力し合えればと話していたのだが、どうだ?」

 ライさんが話を振ると、シャウルさんがやや顔をしかめる。なんだ?

「ありがたい話だが……なぜこちらが三人だけだと? それに話していたと言うが、合流した後でそんな様子は見えなかったが? このダンジョンの中では通常の会話以外の意思疎通能力を封じられているし、こちらの人数を見てからそんな話をする時間はなかったはずだが……」

 変に疑われるのは困るし、シャウルさんの疑問には自分が答えねばならないだろう。それに《危険察知》の能力について教えておいたほうが信頼されるかもしれない。

「それは自分の能力の一つの、ある程度の範囲にいる他人やモンスターの数と場所を感知できる《危険察知》を用いることで、貴方達がこっちに接近してくることを前もって知っていたからです。お疑いなら、ミリーやリリティに確認を取ってもらっても構いません」

 シャウルさんがミリーとリリティに視線を投げると、ミリーは「本当ですよ~、私達も何度か助けてもらっていますから」と返答。リリティも「アースさんの感知能力がなければ、今私はここにいません」と報告した。

「なるほど、そういった能力を持っているのであれば、ぜひこちらから同行を頼みたい。必死で注意を払っていても不意打ちに近い形で襲われたり、お互いに気が付かないまま魔物と鉢合わせてしまったりと、トラブルが数回あったからな」

 だろうね、壁の向こうに何がいるか分からないのはかなり怖い。こればっかりはいくら注意をしていても、完全に回避することは難しいからなぁ。

「じゃ、とりあえずここから地下一〇階まで協力し合うということでいいですか?」

 自分の確認に、他の五人が頷く。これでとりあえず前衛三枚、後衛三枚の標準的なPTが出来上がった。ミリーは回復魔法が使えるし、確かリリティは攻撃魔法が得意なはずだから、PTバランスはかなりいい。メンバーが運任せになるこのダンジョンで、これ以上の編成はまずあるまい。

「もしかして、ツヴァイ達も来てるんですか?」

 休憩を終えてエレベーターに乗り込み、八階に到着するのを待つ間、ミリーに尋ねてみた。

「ええ、来てますよ~。『ブルーカラー』のメンバーはほとんど来てますね~。やっぱり新しい場所には積極的に挑みませんとおもしろくないですからね~」

 そうか、ミリーがいるからもしかしてと思ったが……じゃあ何回も挑んでいれば、そのうち他の『ブルーカラー』メンバーと出会うこともあるだろうな、そのときを楽しみにしておこうか。

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 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

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