とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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10巻

10-3

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 4


「では、今日からはより深い場所に行きましょう。大討伐の日時も発表されたので、それまでに少しでも強くなっておかないと。大討伐さえ終わればしばらくの間は魔物が大幅に減るから、のんびりできるはずよ」

 ルイさんの言葉に、自分とエル、ロイド君が頷く。
 今日からは大雑把に区切ってエルフの森の中層に入る。同時に複数のモンスターが襲ってくるのが当たり前になり、モンスター単体の強さも上がる。だが、その中層でも安定して戦えるようになれば、大討伐を乗り越えられる可能性はぐっと高くなる、とルイさんは言う。何度も大討伐に参加してきた経験者の意見だし、正しいと思っていいだろう。

「それにしても、戦いがかなり多いわね。嫌なことが起きなければいいけど」

 エルがそう漏らすのも頷けるが、運営の公式サイトにはイベントとして提示されていないので、これも「ワンモア」の世界側が自主的に引き起こした状況なのだろう。大討伐が終わったら、しばらくエルフの村でのんびりしたい。

「エルさん、ここが踏ん張りどころっす! ルイさんが仰った通り、大討伐が終われば森は数十年は静かになるっす! 僕も大討伐が終わったら、家の畑に実った麦や野菜なんかを収穫する手伝いが待ってるっす。そのときに無事でよかったと笑い合えるように、今は頑張がんばるときっす!」

 ロイド君の発言に、エルも「そうよね、そうなるようにしないとね」と言っている。
 エルフの村に来たとき、自分の目は聖樹様に釘付けになってしまって周りをよく見ていなかったが、農作物の収穫の時期を迎えていたんだな。

「ロイド君の言う通りだな。しっかり気合を入れて頑張っておかないとな」

 自分の言葉に他の三人が頷いたところで、森の中に分け入った。


 今日は森の浅い所ではマジックパワーMPなどを温存し、中層に十分な余裕を持って進むという大討伐を見据えた訓練を行うことになっている。
 もちろんMPポーションも持ってきているし、休息でMPを回復することも可能ではある。だが、ポーションは数に限りがある上に乱用すると中毒症状を引き起こすし、大討伐中は次々とモンスターが襲ってくるので休息する余裕がない可能性も否定できない。
 ルイさんからの経験談を踏まえて、序盤はできるだけアーツに頼らず基本的な攻撃だけで倒すようにする。かといって、倒すのに時間が掛かり過ぎるのもダメだ。自分やエル、ロイド君三人の連携を磨く必要があった。

「せいっ!」

 スネークソードを伸ばして、ハンティング・ホーンの角を側面から叩きつけるように切る。ルイさんから、ハンティング・ホーンの角は突くことには向いているが横からの衝撃にはやや弱い面があるとアドバイスをもらったので、早速試したのだ。
 自分の攻撃を受けて、明らかに大きくよろけるハンティング・ホーン。確かに普通に攻撃するよりも効果があるようだ。

「伏せて!」

 ハンティング・ホーンが見せた隙を突いて、エルが後ろから指示を飛ばす。自分が地面に伏せた直後、エルとロイド君の長弓から矢が放たれた。
 条件がよければまさに一撃必殺といった感じで敵を倒せるのが長弓の魅力であり、エルフの長弓となれば特に威力が高い。体勢を崩したところに十分弦を引いたエルフの長弓から放たれた矢は、強靭なはずの甲殻を容赦なくぶち抜いて、ハンティング・ホーンに死を告げる使者となった。
 ちなみに後で自分も撃たせてもらったところ、【双咆そうほう】を六割の強さで撃っても三〇%ぐらいの確率で跳ね返されてしまった。

「お疲れ様、これぐらいの時間で倒せるなら問題はなさそうね。そろそろ中層が近いわ。中層からは今まで通り、アーツも使って戦いましょう。それと、必ず四匹以上で行動しているランニング・ハンターには注意して。二足歩行の爬虫類のような外見の動物よ。そいつらに目をつけられたら絶対に逃げてはだめ。足が速いから追いつかれるし、木に上っても体当たりで折って落とそうとしてくるから」

 なんか、その説明だと小型の恐竜をイメージするんですがね。そういうのが出る映画も結構あったっけ。そんなことをのんきに考えている自分とは違って、エルとロイド君は次々とルイさんに質問していく。横から聞いていて分かった特性はこんなところだ。


 一、弱点は体の左前面にある心臓だが、黒くて硬い鱗で覆われており、十分な攻撃力を持った長弓でなければ貫いて即死させることは難しい。
 二、そのため、基本的には顔面や鱗があまり頑丈ではない側面からの攻撃で倒すことになる。
 三、ただし集団で行動していることが多いので、側面や背面に回り込むには数でまさっているか、高く跳躍できるか、姿を誤魔化ごまかせる能力があるか、いずれかでないと少し難しい。
 四、比較的火に弱い。炎系統の魔法使いがいるのならば範囲魔法でなぎ払うべき。


 こんな感じ。自分にできるのは〈隠蔽・改〉を用いた不意打ちと、《大跳躍》&《フライ》による跳躍コンボからの攻撃、【強化オイル】による火炎攻撃といったところになりそうだ。

「恐ろしい魔物っすね……ルイさん、中層にはそいつらがうようよいるっすか?」

 モンスターの説明と質問への答えを聞いたロイド君が、再びルイさんに質問を投げ掛ける。

「中層ならまだそんなにはいないわ……と言ってあげたいのだけれど、大討伐直前のこの時期ではそうした考えは捨てておく方が無難ね。もう一度繰り返すけど、どんなに怖くても逃げちゃだめ。絶対に追いつかれて、無防備な背中から喰われるだけよ。恐怖心に負けて逃げて、結局追い付かれて……そういう結末を迎えてしまったエルフは多いわ」

 ロイド君の顔がやや青くなっている。無理もないか……とはいえ、そういう事実もしっかり伝えておかないと、最終的に困るのはロイド君本人だ。

「ルイさん、そいつらの特性は分かった。で、そいつら単体の強さはどれぐらいなの?」

 足の速さや集団で行動する厄介さなどは分かったが、肝心な強さがまだあんまり見えてこず、自分はそう問い掛けた。

「単体の強さならハンティング・ホーンにも劣るわ。前面の鱗は硬いけど、側面はそうでもない。足は速いし噛み付く力は強いけど、魔法やブレスは使えない。単体ではそう強くないからこそ、徒党を組むのだと言い換えられるわね」

 なるほど、そういう部分は人間に似ているな。PTプレイはお互いの長所を生かし、短所を打ち消し合うものだから。
 ランニング・ハンターは防御力の高い前面の鱗を生かしつつ側面をカバーするため、横一列になって襲ってくるんだそうな。そして目標に接近してがぶり、と。

「じゃあ、突っ込んでくるところに炎の魔法でも撃てば自滅するの?」

 エルの質問に、ルイさんは「ええ、そうよ。最大の弱点は突進攻撃しかできない知能の低さね」とばっさり。こっちの一番の敵は、脅えてしまう自分自身の心なんだそうだ。

「いい? どんな魔物に出くわしても慌ててはダメ。冷静で居続けることが生き延びる最大のコツよ」

 ルイさんはそう話を纏めて歩き始めた。いよいよエルフの森の中層へと、とらちゃんの案内を頼りに足を踏み入れる……


     ◆ ◆ ◆


 エルフの森の中層に入ってから、しばらくの時間が経過している。例のランニング・ハンターとやらは、まだ出てきていない。

「《ポイズン・スネーク》!」

 でかいカマキリの外見を持ち、体は黒くて目と前脚のかまの刃部分だけが不気味に赤く光るモンスター、ブラッドサイス・イーターのペアと遭遇してしまった。一匹をルイさんが、もう一匹を自分とエルとロイド君の三人がかりで対処中である。
 先ほど自分が繰り出したアーツにより、スネークソードの先端がシュルシュルっと地面をって敵の腹部に到達し、毒蛇の牙のように思いっきり突き刺さる。
 だが、そんな攻撃をもろに受けたにもかかわらず、ブラッドサイス・イーターはのけぞりもせず、右の鎌を自分に向けて振り下ろしてきた。
 盾系アーツ《シールドパリィ》ではじくことによってダメージを大きく軽減したものの、その衝撃はかなり重く、自分は体勢を崩された。そこにもう一つの鎌が襲い掛かってくる。

(アーツの発動が間に合わない!)

 仕方なく、今度はアーツなしのまま小盾で防御する。ドラゴンの骨から自作した頑丈な小盾をもってしても完全に受け止めることはできず、腕にまで衝撃を届かせてきた一撃によって、自分は空中に吹っ飛ばされる。
 ただし、吹き飛ばされたのは半分わざとだ。あえて自分から飛ぶことで衝撃を逃がし、ふんばるよりもダメージを軽減するテクニックを利用したのだ。しっかり受身も取って、落下ダメージをなるべく減らす。

「だ、大丈夫っすか!?」

 周りからは派手に吹き飛んだように見えただろう。牽制けんせい攻撃でモンスターの行動を妨害していたロイド君が、自分を心配して大声を出す。

「わざと飛んだだけだ……大したダメージは受けていない!」

 不安そうなロイド君を安心させるため、自分の状況をロイド君へと伝える。受けたダメージは大体ヒットポイントHP最大値の二〇%ほど。直撃したら危険過ぎる一撃だったが、これぐらいで済んだのだからおんだ。ポーションを一本自分の体に振りかけて、すぐ戦闘に復帰する。

「《穿孔弓せんこうきゅう》の準備が完了したわ! 行くわよ!」

 エルが〈長弓〉のアーツを放った。発射後に即着弾するという現時点における全ての弓アーツの中でも最速の矢速を持つ上に、攻撃力も非常に高いアーツだ。
 何それチートじゃん、と思われがちだが、当然それなりの弱点がある。それは、放つまでに一切動けない状態で三〇秒ものチャージ時間が必要だということと、射程が〈長弓〉のアーツの中で最短なのだ。
 隙が大きいから仲間のフォローのない対人戦闘PvPじゃ自殺行為だし、モンスター相手でもかなりの工夫がいる。大半の使い道は、こうやって他の人が戦って作った時間を生かしてチャージを済ませる形になる。
 ドシュン! とエルの弓から放たれた矢は、ブラッドサイス・イーターの胴体を一瞬で食い破り、貫通した。特性上痛覚がないとしても、胴体が消え去ってしまってはどうしようもあるまい。地面にぱらぱらと落ちたブラッドサイス・イーターの鎌や頭部などが光の粒子に変わり、綺麗に消え去っていく。

「そちらも終わったみたいね」

 ルイさんはすでにもう一体のブラッドサイス・イーターを倒していたようだ。こちらは三人がかりでようやくだったのだが。

「いきなり手荒過ぎる歓迎よね、中層最強の魔物であるブラッドサイスにいきなり出遭うなんて」

 エルがぼやく。そう、この手ごわい相手はエルフの森中層で最強のモンスターだったのだ。一緒に行動している数は最大でも二匹という特性があるのでまだマシな部分もあるのだが、ルイさんがいなければ非常に危なかったのも事実だ。

「し、死ぬかと思ったっす……アースさんが前に出てくれたので本当に助かったすよ……」

 ロイド君は緊張の糸が切れたのか、そう言葉を漏らしながら何とか落ち着こうと必死で深呼吸を繰り返す。とらちゃんに確認して、付近にモンスターがいないことは分かっているから、ロイド君が落ち着きを取り戻すまで待つぐらいの時間はある。

「半分わざととはいえ、あそこまで見事に体を持っていかれるとは思わなかったな……鎌の切れ味だけでなく、腕力も相当なものだ」

 自分も正直な感想を口にする。《フライ》を使ってコントロールしないと危険なほどの高さではなかったが、それでも軽鎧を着込んだ人一人をああまで大きく吹き飛ばすのは、尋常ではあるまい。サードの街近くの山道ダンジョンにいたオーガとも、パワー勝負で十分り合えそうである。

「かなり厳しいスタートになってしまったけど、単体でならあれ以上の強敵は存在しないわ。だからどんな魔物が出てきても脅える必要はないわよ」

 ルイさんが発想の転換を勧めてくる。確かにいきなりながら最強のモンスターを打ち破れたのだから、中層のモンスターとでも十分に渡り合える自信になるか。

「そ、そうっすね! ルイさんの言う通りっす!」

 どうやら平常心を取り戻してきたらしいロイド君が、両手を握り締めつつ自分自身に言い聞かせるように大きめの声を出した。そうすることで、半ば無理やりにでも自分の中に生まれた恐怖心を打ち消したいのだろう。

「気合を入れるのはいいけど、それで体を固くしては意味がないわよ。注意してね」

 そんなロイド君の頬を軽くなでて、そう忠告するルイさん。おーおー、ロイド君の顔が赤くなってるね、実に微笑ましい光景だ。

「さて、ひと息つけたことだし、そろそろ進みましょうか」

 くすくす笑いながらエルがそう切り出し、ロイド君をあたふたさせる。心なしか、とらちゃんも優しい目でロイド君を見ているようだ。

「ん、そうだな。とはいえ……あんな強敵がうろついている以上、まずは中層の中でも浅い場所で慣れるべきだと思うが、どうだろうか?」

 この自分の意見への反対はなかった。
 実際、この後でランニング・ハンターの六匹チームや、ハンティング・ホーン三匹&ツインブレイド・ホーン四匹という団体さんが襲ってきたりと、モンスターの大歓迎を受けた。
 ルイさん無双が炸裂したり、自分の【強化オイル】をプレゼントしたりと何とかしのいだが……あまり無理に戦い続けても危険なだけなので、ほどほどのところで切り上げて村へと帰還。
 ここから先に行くには四人でも不安が残ることを匂わせる一日になった。また新たな仲間を募る必要性が高まってきたな……



【スキル一覧】

 〈風迅狩弓〉Lv16 〈剛蹴〉Lv27 〈百里眼〉Lv25 〈技量の指〉Lv10(←1UP)
 〈小盾〉Lv26(←1UP) 〈隠蔽・改〉Lv3 〈武術身体能力強化〉Lv42
 〈スネークソード〉Lv47(←1UP) 〈義賊頭〉Lv20
 〈妖精招来〉Lv5(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
 追加能力スキル
 〈黄龍変身〉Lv4
 控えスキル
 〈上級木工〉Lv32 〈上級薬剤〉Lv21 〈釣り〉Lv2 〈料理の経験者〉Lv10
 〈鍛冶の経験者〉Lv21 〈人魚泳法〉Lv12
 ExP31
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者 
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相 
    託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
    人魚を釣った人 妖精国の隠れアイドル
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人



 5


「おーい、ロイド君。こんな感じでいいのかー?」
「あ、大丈夫っす、そんな感じでお願いするっす!」

 今自分とエルは、ロイド君の実家が所有している大きな小麦畑にて、収穫作業を行っている。知り合いに知られたら、大討伐を間近に控えているのに何をやってるんだ、もっとレベルを上げないといけないんじゃないか、と言われそうだが……実は昨日、中層への初挑戦を終えて村に帰ってきた後に、気が抜けたのか疲れ切ったのか、はたまた両方か、ロイド君がぶっ倒れたのだ。
 ルイさんはそれを、初めて強敵を相手に命を懸けて戦ったストレスが原因だと判断。ロイド君の案内で両親の元へ直行し、彼が立派に戦ったことと、少し休息が必要であることを告げた。するとロイド君の両親も、ブラッドサイスと戦ったのなら無理もない、と理解を示して彼をそのまま休ませた。
 しかし、一日経ってログインしても、ロイド君がまだ戦える状態にまで回復していないのは、彼の青い顔を見れば一目瞭然だった。

「しばらく戦いはお休みにしましょう。ここで無理をして潰れたら元も子もないし、ブラッドサイスを倒せたんだから実力は十分よ。しっかり体を回復させてから軽く調整して、大討伐を迎えることにしましょう」

 ルイさんからの提案に、自分とエルも賛成した。若い芽を潰してしまうのが何よりの害悪であるのは、言うまでもないことだ。訓練と違って、森の中での戦いは殺し合いだ。出遭ったらどちらかが逃げるか、死ぬかしかない。倒されていくモンスターを見て、ロイド君が「死んだら、自分もあんな風に何事もなかったかのように消えるのか」と考えて苦しんでいるとしてもおかしくない。
 そんなわけで、森に行く予定はなくなったのだが、自分としては時間を持て余すことになってしまう。
 どうしたものかと考えていたところ、ロイド君から提案があった。「うちの畑って結構広いんすよ。よかったら収穫を少し手伝ってほしいっす。もちろん両親が報酬を払うっすから!」と。
 本来ならば大討伐後に行うはずだった作業だが、日常生活に戻してやることでロイド君の精神の早期回復が見込めるのではないかと、予定を早めたそうだ。それならばと、自分とエルもそのお誘いに乗っかることにした。
 左手で小麦の茎を掴んで束にして、根元を足で踏んで押さえながら、右手に持った草刈り鎌でばさっと切っていく。農業機械の発達したリアルではまずやらない、昔ながらの収穫方法である。

「こうしていると、昔を思い出すわねー」

 エルの発言に、それは何百年前のことなんですか? なんて疑問が頭に浮かぶが、それを口にしないのが生き残る秘訣だ。下手な相槌もNGなので、自分は聞こえなかったふりをして作業を続ける。
 五人がかりですでに一時間ほど続けているが、まだまだ終わる気配は見えない。風に揺られた金色に輝く小麦同士がこすれて、ザアアッ、ザアアッと陸の上に生まれたさざ波のような音を立てる。

「そろそろひと休みしましょうか、これをどうぞ」

 ロイド君の母親がアップルパイを出してくれたので、遠慮なく頂く。

「あ、これは甘さがそんなに強くないんですね」

 ひと口かじって味わうと、甘さが控えめになっていることに気がつく。

「ええ、男の人はあまり甘さが強過ぎるとつらい人もいるでしょう? だからあんまり甘くしないのが我が家の流儀なんですよ」

 ロイド君の母親がそう教えてくれた。自分も、おしることか甘酒とかの甘さなら平気なんだが、どうにも洋菓子で甘過ぎるものは少々苦手だから、これはとても助かった。お陰で食べるのに苦労することもなく完食。

「ご馳走様ちそうさまでした」

 空になった器に向かって両手を合わせる。そういえば一時期、こうして手を合わせるのに何の意味があるんだ、なんて論争が起きたことがあったっけか。かてとなった命、そして料理を作ってくれた人への感謝を込めてそうするものだと自分は考えているのだが、かなり違った意見もあって驚いた記憶がある。

「そういえば、あなたも料理をするとロイドから聞いているのですが、どのようなものを作るんですか?」

 ロイド君の母親が器を回収しながら話を振ってきた。

「そうですね、それではご馳走になったお返しにこちらをどうぞ」

 百聞ひゃくぶんは一見にしかず。あれこれ説明するよりも一回食べてもらった方が分かるだろう。前に大量生産した肉まんを、ロイド君の母親に手渡した。

「お饅頭まんじゅうですか? それにしては随分と皮が柔らかいですし、熱いですね」

 中にはお肉や野菜の具が詰まっていることなどを簡単に説明して、まずはひと口食べてもらう。

「これは……もぐもぐ……熱くて美味しいですね。この柔らかい皮も、中の具もいけますね」

 嬉しそうに、でも熱いのでゆっくりと食べるロイド君の母親。当然そうなれば……

「すまん、私にも一つもらえないだろうか?」

 と、今度はロイド君の父親も肉まんに興味を示した。もちろん渋らずに提供する。

「おお、確かに熱いな。だが……ふむ、こういう手軽な肉料理もあるのか。こいつはいいな」

 どうやら好評なようだ。まあ、ロイド君にウケたから大丈夫だとは思っていたけど。だって味の好みは親に似るからね。

「さて、もう少し頑張りましょうか」

 エルのひと言で皆が立ち上がり、刈り取った小麦を一箇所に集めていく。

「そういえば、ここまで魔法って一切使ってませんね?」

 《ウィンドカッター》などで一気に刈り取ったりしないのだろうか。

「何でもかんでも魔法に頼るのは危険だから。それに魔法で一気に済ませると変な傷がついたりして、食べ物に失礼なのよ」

 と、ロイド君の母親が教えてくれた。どうもエルフの子供も必ず一度は、魔法でやればもっと早く終わるのに、と考えて親に聞くものらしい。
 収穫した小麦はしばらく干して、後日脱穀作業を行う。そのときに使うのは……やはり昔ながらの千歯扱せんばこきだそうだ。
 こうして、のんびりとした日常が大討伐の前日まで続くのだった。

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