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5巻

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 ペナルティは受けるにしろ、やられてもやり直せる――MMOでは実に当たり前の設定だが、この世界に生きている人達にとってはとてつもないイカサマ能力だろう。自分達プレイヤーにはそういう保険があるからこそ、こんな危険な真似もできる。

【リーダー、聞こえていますか?】

 これはPT専用チャットだが、大声で話すとモンスターに気がつかれる可能性があるので小声で喋っている。

【大丈夫だ】
【これより作戦を開始します、上手くやってください】

 それだけ伝えて、即座に会話を終了する。自分との会話が終わり次第、彼らも動く。事前にそういう風に決めていたからだ。

(さて、ゴブリン・ロードさん、今日はつつくだけだ)

 決して欲張らない。《ホークショット》による狙撃を行った後は、ひたすら逃げまくるだけだ。逃げる方向に他のプレイヤーがいないことは確認してあるから、過剰集結トレインに巻き込んでしまう心配はない。
 ゆっくりと弓を引き絞って《ホークショット》を発動。矢はゴブリン・ロードの盾に命中した。
 ゴブリン・ロードはすぐさま反応し、矢が飛んできた方向を向いた。そこで自分は姿を現し、右手の中指を天に突き上げて挑発する。途端にこっちに向かって走り出すゴブリン軍団。
 ここまでは上手くいった。後は少しの間だけ、逃げ回る必要がある。


 そしてそれから数分後。

「「「「「がうがうゴブゴブゴブ~~!!」」」」」

 大量のゴブリンがリンクして、とてつもない大トレインが結成されていた。既に後ろを振り返る余裕はない。少しでも逃げる速度を緩めれば、何が飛んでくるか分かったものではなかった。ゴブリン・ロードのリンク発生範囲はかなり広いらしく、自分を追いかけてくるゴブリンは時間を追うごとにますます大群になっていた。そのときである。

【こちらリーダーだ! 収穫は終わって街へ全力で撤退している、そちらも上手く逃げろ!】

 待ちに待っていた通信が入った。これを聞いた自分は、アイテムボックスからおなじみの【強化オイル】を取り出す。そして、目の前にあった姿を隠せるぐらいの岩の裏側に回りこむ直前、背後に向かって【強化オイル】を軽く投げ捨てる。地面に落ちたそれが引き起こした爆発は、真っ先に追いかけてきていたゴブリン達を巻き込んだようだ。


「「「「「ギャエエエエエエエエ!?」」」」」

 一瞬だけ作ることができた貴重なこの隙を利用して岩の裏側に回り、ゴブリン達の視線を切ってから、〈隠蔽〉を起動。相手から自分の姿が認識できなくなったところで、滞空時間を長くするアーツ《フライ》を起動してから岩の上に飛び乗り、更に《大跳躍》とのコンボで、天に向かって大きくジャンプする。そこから、《フライ》の効果を生かして滑空するように街の方向へ移動する。
 なぜこんな移動方法をとるのかというと……
 ドゴオン! ゴバアッ! ゴオオッ!
 岩の裏側やその近辺にゴブリンマジシャンが範囲魔法を撃ち込んでくるので、このあぶり出しを避けるためだったのだ。
 〈隠蔽〉はあくまで姿が見えなくなるだけであり、存在を消し去れるわけではないから、広範囲魔法であぶり出されればそのまま袋叩きにされて、ジ・エンドだ。それを回避するには、空へと逃げるしかなかった。
 その後は、彼らが自分を見失っている僅かな時間の間に、少しでも距離を開けなければならない。マジックパワーMPの消費が激しい支援魔法の《ウィンドブースター》も使用し、MPポーションをいくつも飲んで回復しつつ、何とか生きたままで荒野からの脱出に成功した。
 この荒野のゴブリン・ロード達はしばらくの間、獲物を逃がしたという怒りで荒れ狂うことになるだろうが……な。


「よく生きて帰ってきたな……」

 集合場所に指定されていた軽食屋でPTメンバーと合流した途端、リーダーの龍人から半ば呆れを込めたこんなひと言を頂いた。

「必死でしたよ、もう二度と同じことはやりたくないですね」

 同じ手段が通じない可能性は十分にある。

「ともかく、お陰で十分な薬草を届けることができたので、依頼は無事成功だ。報酬を受け取ってほしい」

 そう言って、リーダーがお金を渡してくる。一人頭三万グローと言われていたのだが……渡された金額は五万グローだった。

「報酬が多いようですが?」
「少ないが、命を張らせた代金だ」

 どうやら、四人の龍人達が五〇〇〇グローずつそれぞれの報酬を削って、自分の報酬に回したらしい。

「そういうことでしたら遠慮なく」

 断るのも失礼だろうからな。

「今後、我々とPTを組まないか?」

 龍人達からはこう誘われたが、これは辞退した。プレイ時間がもっととれればそれもいいのだが、そうもいかない現実がある……四人には残念そうに見送られた。
 それにしてもゴブリン・ロードは厄介だ……とてもじゃないが、自分だけでは勝ち目はないな。今回はやむなく体を張ったが、もうアイツには関わりたくない。掲示板で奴が嫌われている理由の一端がよく分かった一日となった。



【スキル一覧】

 〈風震狩弓〉Lv39(←1UP) 〈剛蹴〉Lv5 〈遠視〉Lv92(←2UP) 〈製作の指先〉Lv86
 〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv48(←2UP) 〈身体能力強化〉Lv88(←1UP) 〈義賊頭〉Lv10
 〈上級鞭術〉Lv18 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
 控えスキル
 〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv40 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv37
 ExP24
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
 同行者:青のピカーシャ(アクア) 〈飛行可能〉〈騎乗可能〉〈戦闘可能〉〈魔法所持〉
     〈風呂好き〉〈???の可能性〉
 同行者:雨龍 〈基本戦闘参加不能〉〈基本戦闘支援不能〉〈基本戦闘妨害不能〉
     〈人型変化可能〉 〈風呂好き〉〈特定質問による凶暴化〉



  8


 今日も今日とて仕事をする。運搬、配達、ちょっとした製作のお手伝いなどなど。
 一緒に来ることを禁じられている影響で、最近ピカーシャの機嫌がかなり悪いのが困りどころだ。早めに帰って毛繕けづくろいをしてあげないと、容赦なくくちばしでつついてくる。結構痛いんだよ、これが。
 雨龍さんは雨龍さんで、のんびりしているようだ。縁側でのんびりとお茶を飲む姿が妙にはまっている。そうしていると穏やかな美人に見えるが、正体は龍なんだよな……逆鱗げきりんには絶対に触れないように気をつけている。四が武のあの雷光を、自分の体で浴びるなんてことには本気でなりたくないから。

「もし、そこのお方……」

 そんなことを考えつつ仕事を探していると、後ろから声をかけられた。

「失礼ですが、数日前に薬草の収穫を行ってくださった方でしょうか?」

 あのゴブリン・ロードのときの一件か。実はあれから、荒野のゴブリン・ロードが荒れ狂っていると掲示板に載っていた。原因が自分だと名乗り出るわけにもいかず静観しているが……まだゴブリン・ロードは荒れている様子である。

「自分の夫の胸の病気を治すために……という依頼の件であればそうですが」

 そう答えると、目の前の女性は深く頭を下げた。

「やはりそうでしたか。届けてくださった薬草をせんじた薬を私の夫に飲ませたところ、喀血かっけつも徐々に治まり快方に向かい出しまして……ぜひお礼を申し上げたかったのです」

 そうか、それは何よりだ。

「いえ、こちらは依頼を達成しただけのこと、お気になさらず」

 しかし、女性は首を横に振る。

「あの薬草を手に入れることができず苦しみながら死んでいく人も多い中、見ず知らずの私達のために命を張っていただけたことがどれだけありがたいか。お金はまた稼ぎ直せばいいのですが、夫の命は失ってしまえば永久に取り返すことはできません。お話では、自ら囮になってまで奮闘してくださったのだとか……」

 そう言った後、もう一度「ありがとうございます」と深く頭を下げる女性。あのときは確かに必死だったが、ともかく人助けにはなったようだ。感謝の言葉を受け取って、その女性とは別れた。

(こうやってお礼を言われるというのは気持ちがいいものだ)

 なかなかリアルではこういうことには出合わない。まあもちろん一会社員が顧客から直接お礼を聞く機会なんてそうそうあるわけもないが……
 リアルではあまりない経験をする、これもこの世界で生きる醍醐味の一つなのかもしれない。

(そういえば、今の自分の評価を確認しておく頃合いかな)

 いくつも仕事をこなしたし、多少は奉行所からの評価も上がっているのではないだろうか、と奉行所に出かけることにした。


「おお、お主がアースか。こつこつ努力をしていると聞いておるぞ」

 奉行所のお役人様は好意的に迎えてくれた。小さい仕事を丁寧にこなしていることを評価してもらえているようだ。この様子だと、六が武への通行許可を貰うというゴールの大体六合目ぐらいのところまで来ているのかもしれない。

「街の者達からの評判もそこそこじゃな。最初に来た者達が、魔物はどこにいるか、大物はどの辺にいるか、などと街の者達を質問攻めにしておったせいで外来者はややけむたがられていたが、評価がよいほうに盛り返しているぞ」

 確かに街の人達は色々な情報を持っていることが多いけど、聞き方ってものがあるでしょうが……そんな無体をするのは先を急ぐごく一部のプレイヤーだったんだろうけど、そこまで焦ってもしょうがないでしょうに。

「まあ、その者達は多くの魔物を討伐してくれたから、治安維持という意味では感謝しておるがな。しかし、あそこまで生き急ぐ理由を知りたいとすら思ってしまったぞ」

 そう言って笑うお役人様。まあ、どこの世界にもトップにならなきゃ意味がない、二位なんて最下位と同じだという考えをする人はいるからな。

「『龍の儀式』を一刻も早く受けてみたくて、焦る気持ちを抑え切れなかったのではないでしょうか?」

 そう言葉をにごしておく。まだ「龍の儀式」を通過したプレイヤーは出ていないらしい。もしかしたら、過去の自分のように隠しているだけなのかもしれないが、とにかく自分の知る限りではゼロである。

「なるほど、人族にはそういう大きなものを乗り越えることを好む者がいると聞く。近頃腑抜ふぬけている龍人の若い者達にも、そんな部分は見習ってほしいものだ」

 その後、少々談笑してから奉行所を出た。自分の行動は間違いなく評価されているし、このまま積み重ねていけば、六が武への許可が下りる日もそう遠くはなさそうだ。でかい山を狙うよりも目の前の一歩を大事にしよう。


     ◆ ◆ ◆


「起きたか、お主に客が来ておるぞ」

 翌日、ログインした直後、いきなり雨龍さんにそう告げられる。

「お客ですか?」

 思い当たる節がないので首をひねる。ツヴァイ達『ブルーカラー』の人達なら、会う前にひと言ウィスパーチャットで連絡をくれるだろう。交友関係が狭い自分に、わざわざ直接訪ねてくる人が他にいるだろうか。万が一フェアリークィーンやりゅうちゃんが来ていたら、その場合は客という言い方はしないだろう。

「厳密には再会じゃがな」

 雨龍さんがそう言いながら居間に向かうので、それについて行くと……

「久しいな、修練を怠ってはいまいな……」
「う、うう……」

 砂龍さんとゴロウがそこにいた。というか、ゴロウは砂龍さんに連れ去られてから何があったんだ……うつろ気味な目が本気で怖い。

「こちら側もきちんと修練はやらせておるわ」

 雨龍さんがやや不機嫌そうに、砂龍さんに向かって言い放つ。

「ならばよい……『双龍の試練』を越えた者が、『龍の儀式』の場で無様ぶざまな姿を晒すようなことがあってはならぬからな」

 そう言いながらお茶をゆっくりと飲む砂龍さん。

滝行たきぎょう怖い、洞窟怖い、針山怖い、溶岩怖い……」

 その砂龍さんの隣に座るゴロウは、なにやら不穏な言葉が含まれた内容をぼそぼそと呟いている。

「のう、砂龍よ、お主はこの男にどういう修行をさせたのじゃ?」

 自分も聞きたかったことをそのままズバリと雨龍さんが聞いてくれる。

「む、最初は滝行にて心身を落ち着かせようとしたのだが……コイツの心根こころねの奥深くにある自己顕示欲、力の誇示欲を取り除くことはできなかった……その対処を行うために、真っ暗な洞窟に叩き込んで数時間我と戦わせたり、針山の上を渡らせたり、溶岩の上に作った橋の上で修練を積ませたり……」

 どこのヒーローの修行風景ですか。雨龍さんやピカーシャもやや引いている。

「そういう荒行を積ませてやっと、自らがちっぽけな存在の一つでしかないということを僅かながら悟らせることができた……本音を言えば、あと三ヶ月はしごいてやりたいところだ……」

 それではゴロウの心が死ぬのでは……砂龍さんは加減というものを知らないのだろうか。

「これでも思い上がりが直らぬならば……更に上の荒行を行わせるつもりだったが……」

 ――まだ上があったらしい。そこまで行ったらきっと、もう修練じゃなくて別の世界になってしまうだろうに。

「そ、そうですか。では、ここへ来られた理由をお伺いしても?」

 自分がそう砂龍さんに聞くと……

「うむ……ここからはお主とこのゴロウ二人でPTを組み、『龍の儀式』まで一緒に動いてもらう……当然我や雨龍もついているが、修練故にまず手助けはせぬとあらかじめ言っておく……それから、そのピカーシャなる存在にも極力頼らないでもらおう……」

 あ、今気がついたがゴロウが涙目になっている。あの顔からすると、本当に一回ぽっきりと心を折られたのかもしれない。

「ゴロウ……ここからはアースと一緒に行動し、『龍の儀式』を目指せ……仲間を増やすことはまかりならん。お前とアースの二人で行動し、見事『龍の儀式』を越えてみせよ……そもそも、『龍の儀式』は人数を頼みに越えられるものではなく、むしろ少人数で挑み、その心を見せることが肝要となる……」


     ◆ ◆ ◆


「ううっ、ううっ……生きてる……私は今、生きているんですね……」

 あまりに憔悴していたゴロウを街に連れ出し、肉を中心に出す店に連れて行くと、まずは腹いっぱい食わせることにした。

「だからって泣かないで……目立ってしょうがないでしょう」

 メシをかっこみながら泣くゴロウは、悪目立ちすることこの上ない……それだけきつい修練をやってきたってことなのだろうが……

「ううっ、ご飯が実に美味しいです……本当にウマいです……」

 豚のしょうが焼きにご飯と味噌汁という、そんなに高級な食事ではないのだが、ゴロウはこの世で最高の料理であるかのように涙を流しながら食べ続け、お代わりの皿を次々と重ねてゆく。

(ダメだこりゃ……思う存分食べさせて、落ち着くまで放っておくしかない。こっちも大人しく食事をしよう……)

 それからゴロウが落ち着くまでに更に二〇分を必要とし、お代わりした皿は山となっていた。食事の代金は、なんと五万グローを超えたのだった……


「で、相当きつい修練をしてきたようですが、落ち着きましたか?」

 あれだけのメシがどこに入るんだと呆れつつも、満腹になって若干落ち着きを取り戻したゴロウに声をかける。「衣食足りて礼節を知る」と大学時代世話になった大家さんもよく言っていた。

「申し訳ないです、砂龍様の修練時は食事の制限も厳しかったので……それに修練自体が……ううっ、頭が痛い!」

 これはかなり精神的にキているな。とりあえず頭を抱えて唸るゴロウを何とかなだめる。

「で、これから自分とゴロウで五が武と六が武を突破し、『龍の儀式』を受けるのが最後の修練ということでよいのですかね?」
「そうですね、その流れになると思います」

 わざわざここまでお膳立てするのなら、それなりの意味があるのだろう。そういえば「龍の儀式」に、プレイヤーで初となる突破者が出たそうだ。突破したのが誰かまでは知らないが。

「了解、これから『龍の儀式』までは一緒ですね。改めてよろしく頼みます」
「ええ、こちらこそ」

 それにしても、砂龍さんの修練は本当に容赦なかったんだろう。恐怖による苦しみで相当に心の芯を? なのでそこを追及したら、先ほどまでのようなトラウマが再発しかねない。

「では早速行きましょうか」
「ちょっと待ってください、私は武器などを持ってきていないのですが!?」

 慌てるゴロウに、五が武では労働が評価される街なんだと教える。戦いに行くわけではないと知って、ゴロウも落ち着きを取り戻す。
 やれやれ、二人に増えた分、仕事をより多くこなさないとならないな。


「ところで、貴方は今の状況をどう考えているのか、聞いてもよろしいでしょうか?」

 とある金持ちが家を建て直すというので、建設現場での運搬作業を引き受けてゴロウと一緒にやっていると、ゴロウがこんな風に話しかけてきた。

「私が『双龍の試練』に引っ張り込んだせいで龍につきまとわれ、その上勝手かつ強制的に私とPTを組まされていますよね? 私は『龍の儀式』を乗り越える強さを求めていますから、これも問題ないといえばないのですが……貴方は現状について、不満を覚えていませんか?」

 お喋りしつつも作業はちゃんとやっているので、周りから特に注意は飛んでこない。

「世の中なんて自分の思い通りにはならないように出来ているって教えられているし、実際それを味わっていますからねぇ……」

 自分はそう、ゴロウに返答する。

「まあ、そりゃ世の中ってやつはそういうものであるのは確かですが……」

 ゴロウも運搬している材料をこぼさないように注意をしながら、自分の言葉に同意してくる。

「ある人に教わったのは、『世の中ってものは、自分が右に行きたいと思っても大多数が左に行きたいと思ったら左に行くことになるし、そこでじゃあ次は左に行こうと思っても次は右に進まされるようなものだ。そうやって進む方向は決められてしまうが、向かう角度は自分次第だ』ってことです」

 過去、人生相談をした相手に言われた言葉である。

「どういう意味なのですか?」

 ゴロウは訳がわからんとばかりに、少し声に不満を滲ませる。

「世の中という大きな流れには、個人的な力では基本的に抗いようはないが、ただ流されるのではなく、その流れの中でどう自分の意思を生かしていくかが大事ってことですね」

 ゴロウの目を見て、しっかりと伝える。
 流れに逆らえないのなら逆らわず、逆にその流れを利用する。どうしても流されるのならその角度を自分にとって有利なように調整する。生きるためにはそんなしたたかさも必要だ。最終的に当人の目的を果たせるのであれば、過程はどうあれそれは勝利と言えるだろう。だから今回も目的がずれていない以上、自分は双龍の二人に逆らわない。
 大体現実の世の中だって、理不尽なことはいくらでもある。その一つ一つに文句をつけていたらそれこそ生きていけない。
 無茶な命令には可能となるように落とし込みを、厳しい仕事には少しでも改善されるように効率の強化を、無理解な行為には相応の態度を。
 理不尽にいちいち文句を言える歳でもないので、どうにかまともな方向に持っていくように考えなければいけない。

「ものは考えようということですか……今はそう考えるほうが建設的……かもしれないですね」

 ゴロウはそう言うと、そこからは黙々と作業を進め始める。運搬作業なので、肉体的な強さは必要だが、特定のスキルが必要ということもない。
 砂龍さんは「『龍の儀式』で無様ぶざまに負けることは許さない」と言った。逆に考えると、無様に負けないように仕込んでくれているということになる。特に直接指導を授けてきたゴロウには、相当の仕込みをしたはずだ。そして、そんなゴロウとPTを組んだ自分もその恩恵を受けることになる。たとえば、「龍の儀式」を受ける直前でソロではどうしようもないとなったときに、PTを探す手間からも既に解放されている。
 表面だけを見れば苦行を強要されている状況なのだが、ほんの少し考えを巡らせれば、とてつもないメリットが見えてくる。そんな今の状況を蹴る意味は、全くないのだ。ゴロウにはああ言ったものの、実際は角度の調整など全く必要ないイージーモードとすら言える。

(それに最大の目的は……自分は「挑戦すること」だからな、「突破しないといけない」のはゴロウだけだ)

 ゴロウの尻をひっぱたいてしまった以上、「龍の儀式」に挑戦しないわけにはいかなくなっていたが、自分が絶対に突破しなければいけない必要性は薄いかもしれない。「人族でありながら『龍の儀式』に挑戦した」という事実さえあれば龍王様も納得するだろうし。だがゴロウと一緒に挑めるのなら、ゴロウのサポートをして「彼が『龍の儀式』を担当する龍に認められるように」しなければいけない。

(この流れを維持したまま、五が武を突破して六が武、そして「龍の儀式」に繋げよう。そして何とかしてゴロウに「龍の儀式」を突破させれば、この国でのやり残しはほぼなくなる……龍ちゃん次第だが)

 そう考えを纏めた後は、終了時間まで運搬作業に集中した。


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