上 下
64 / 723
4巻

4-15

しおりを挟む
  17


『次は数だ。しのいでみせよ……』

 砂龍が宣言すると、舞台の周囲三六〇度から、がっちゃがっちゃと金属が打ち合う音が響き始めた。なるほど、確かに数の試練だけあって大量の敵がいるようだ。

「ゴブリンですか……」

 ゴロウの呟きの通り、舞台に上がってきた幻影は、剣、斧、槍を所持したゴブリン軍団だった。一匹一匹は大したことないのかもしれないが、囲まれるという陣形的に不利な状態から開始か。何より、弓を使う自分にとっては最悪に近い。

「まずいかもしれんな……」

 ついぽろっと自分の口から漏れた言葉。ツヴァイ、レイジ、シルバーやグラッドなど戦士タイプの上級プレイヤーなら、無双ゲームの如く圧倒できそうだが。

「やるしかありませんよ……龍の神よ、この小さき者に加護を……」

 ゴロウの祈りが聞こえる。だがゴロウよ、祈るだけで応えてくれる神はいないのだ。神を信じない自分が言うのもなんだが、もし神がいるならそれは……

「……来るぞ!」

 ゴロウの大声に、思考を中断する。今はゴブリンを倒すことだけを考えよう。

「接近してきた奴は頼む! 自分は近寄ってくる前にできる限り数を減らす!」

 ぐるっと囲まれている以上、一か所を集中的に叩いて勢いを弱めなければ厳しい。一番厄介なのは、完全に包囲されて槍衾やりぶすまを喰らわされることだ。リーチの長い槍で四方八方から容赦なく突かれたら、ゴロウの大太刀はともかく自分の弓はほぼ封じられてしまうし、リーチ的に蹴りでは対処しきれない。そうなったらほぼこちらの負けだ。
 ゴブリンの数はかなり多いため、ゴロウがそれなりの実力であっても、自分までカバーできないだろう。
 今まさに、舞台の中央に位置する自分とゴロウに対して、大量のゴブリン軍団が一歩一歩前進を開始した。

「いきなりだが……【強化オイル】の餌食になってもらうぞ!」

 四方八方に【強化オイル】をぶん投げる。何はともあれ、少しでも頭数を減らさないと。
 ゴブリン達の中に次々と【強化オイル】が落下して、爆炎が発生する。これである程度のゴブリンを吹き飛ばせた。ゴブリン達も恐怖を覚えたのか、歩みを止める。

「これはまた、良い物をお持ちですね!」

 ゴロウは楽しそうに声を上げるが、こっちはとてもそんな気分になれない。【強化オイル】という切り札の一つを、こうもあっさり使わされてしまったのだから。

「とにかく、ひるんだ連中をぶった切ってくれ! 完全に接近されてしまったら負けだぞ!」
「任せてください!」

 ゴロウが近寄ってきたゴブリンを大太刀でなぎ払う。大太刀ならではの攻撃範囲の広さにより、ひと振りする度に数匹が同時に吹き飛んでいく。ゴロウは自分と出会った頃よりも明らかに強くなっているな。あの後で修練を積み重ねたか。
 自分はゴブリンがなぎ払われた空間で弓を構え、離れた場所にいるゴブリン達を射殺する。
 一匹一匹丁寧に狙っていては追いつかない。《ガトリングアロー》で矢を連射してばら撒いたり、《スコールアロー》で風の矢を雨のように降らせたり、《ブラストアロー》で吹き飛ばして隊列を乱したりと、自分にできることをやっていく。
 当然ゴブリン達もやられっぱなしではなく、ゴロウはちょくちょく反撃されて多数の切り傷が出来ている。ゴブリンの中には槍を投擲してくる奴もいて、どうやら突くための槍と、投げるための槍の二タイプが混じっていたらしい。四方八方から飛んでくる槍にはさすがに対処しきれず、何回も被弾してしまい、その都度ポーションをぶっ掛けて回復している。飲む方が効果は高いが、そんな余裕なんて一切与えてくれなかった。

「くそっ!」

 悪態をつきながら、突撃チャージしてきそうな素振りを見せたゴブリンの固まりに【強化オイル】をぶん投げて炸裂させる。もう残り少ないが、爆炎は非常に有効なため、ケチることができない。突撃を許してしまえば、ジャンプして逃げられないゴロウが危険だ。
 もし突撃を受けて転倒してしまったりしたら、そのまま起き上がることも許されず袋叩きにされてジ・エンド。ダウン中は無敵、なんて救済措置はこの世界にはないのだから。

「すみません、回復助かります!」

 ゴロウも状況は分かっているようだ。ゴロウはゴロウで、必死に襲い掛かってくるゴブリンをなぎ倒し、また別のゴブリンを押し返すために移動、ということを繰り返している。弓を使う自分に不利な接近戦に持ち込まれないよう、走り回って盾になってくれているのだ。
 そんな戦いをしばらく続けていると、ゴブリン達が徐々に逃げ始めた。やがてゴブリン達は一匹残らず舞台の上からいなくなった。

「終わったのか……?」

 ゴロウも自分も息が荒い。戦った時間は数分なのかもしれないが、嫌に長く感じた。数の暴力はやはり恐ろしい。

『よかろう、数の試練は突破したとみなす』

 雨龍の声が聞こえた瞬間、自分もゴロウも座り込んでしまう。だが、まだ「双龍の試練」は終わっていなかった。


「ゴロウ、正直に申告してほしい。残りのポーションはいくつになっている?」

 次の試練が始まる前にしっかり確認しておかねばなるまい。

「ゴブリン達にえらく苦戦させられたのがひびいてますね……コモンが七つ、アンコモンが四つしか残っていません……」

 やはり残り僅かか……多勢に無勢の中、自分の盾となって戦ってくれたのだからそうなるのも当然だな。

「こっちもコモンが八、アンコモンが七、レアが四といったところだ。コモンを四つとアンコモンを三つ、今の内に渡しておこう。レアは状況次第でぶっ掛けるから、自分が持っておく」

 これが譲り渡せるぎりぎりの量だ。数が少ないのは止むを得ないだろう……

「さっきの爆発するビンはこっちに譲ってもらえないでしょうか?」

 ゴロウが聞いてくるが、ここは首を横に振る。

「あれは使い慣れていないと自爆する。それに残りはあと四つしかない」

 それなら仕方ないですね、とゴロウも素直に引く。

『休息のときは終わりぞ。次の試練を乗り越えれば合格じゃ』
『さあ立つがよい……始めるぞ……』

 双龍の声に応え、ゴロウと共に立ち上がる。次が最後の試練か……

『質、数、共によう乗り越えた』
『最後は……汝ら二人の心を試す……』

 雨龍、砂龍の声が聞こえてきた後、舞台の端に一本の坂道が出来始め、舞台が僅かに揺れる。
 それは、緩やかな上り坂だった。横幅は大体五メートルぐらいだろうか? これはもしかして……

『その坂道を登りきり、見事この世界から脱出してみせよ』
『当然、幻影が出てきて妨害する。坂道から落下した場合は勿論失格だ』
『更に注意がある……今、坂道の先に光が見えるじゃろう?』

 坂道が形成され終わったのか、揺れは収まっていた。坂道の先には雨龍の言った通り、僅かに光が射している。

『あれが出口じゃ。あの出口を無事に二人共潜り抜けることができれば合格となる。が、大事なのはここからじゃ。試練を開始した直後、あの光は徐々に弱まってゆく……意味が分かるかの?』

 雨龍の言葉に、つい自分は顔に手を当ててしまった。

「妨害物の中、この坂道を一定時間以内に登りきれということですか……」

 隣に立つゴロウが唸る。

『その通りだ、人族の挑戦者よ。なんじら二人なら、時間をかければ突破することもそう難しくはあるまい。だが、それでは試練にならぬ』

 やるしかないか……
 ゴロウと一緒に坂道の下に立つ。昔のテレビ番組のゲームを思い出すな……邪魔をするのがバレーボールではなくモンスターだという違いはあるが。

『では用意はよいな。全力で走り抜け、見事脱出してみせよ!』

 雨龍の声をスタートピストルに見立てて、ゴロウと自分は最後の試練に挑んでいった。

「ゴロウ、分かっているとは思うが戦闘は最小限、多少の被弾は我慢して突っ込むしかない!」

 走りながら最終確認を行う。

「心得ています! 貴方こそ油断せず来てくださいよ!」

 答えながら、ゴロウが大太刀を構える。前方にはゴブリンの集団が、空中には大きな鳥の群れが発生し、襲い掛かってきた。

「邪魔です!」
「大人しく落ちてもらう!」

 ゴロウがゴブリン達を一気になぎ払い、自分は鳥の幻影を射落とす。

「隙間が出来ました、早くこちらへ! 全部を倒している時間はありませんよ!」

 ゴロウが開けたゴブリンの壁の隙間に、自分も突っ込む。左右から次々と剣や斧を振り下ろされるが、できる限り盾で防御して止まらずに駆け抜ける。
 制限時間がタイマーで表示されたりはしない。果たしていつ終わるのか、少しでも早く前に進まないと。
 当然、ゆっくりポーションを飲む暇などない。前を走るゴロウも自分の体にぶっかけている。

「ち、今度は鳥さん大集合か!」

 ゴブリンの障壁を抜けてしばらく走った先には、大きな鳥のモンスターが集まっている。しかもその上――

「ここにきて強風ですか! 落ちないように注意を!」

 ゴロウが叫んだ。鳥達は、一斉に大きく羽ばたくことで強風をぶつけてくる。体勢を崩して吹き飛ばされたら一巻の終わりだ。

「くっ、前に進めませんね、厄介な鳥です! 弓でなんとかできませんか!?」

 この風では、ゴロウが苦戦するのも分かる。ふと出口を見ると、放たれる光が明らかに弱くなっている。残り時間はあまりない。

「ここをどうにかするのが、自分の仕事だろうな」

 焦りを無理やり抑え込み、せめて声だけでも冷静を気取る。
 だがこの強風の中では、矢を射てもまず命中しないだろう。だから考えを変える。

「じゃあ何とかしてやる! 《ウィンドブースター》《スライディングチャージ》!」

 《ウィンドブースター》でスピードを大幅に底上げして、《スライディングチャージ》の低い姿勢で風を受ける面積を減らす。下手に遠距離攻撃で何とかしようとせず、相手の苦手な間合いに潜り込むのだ。
 目論見もくろみ通り、地面すれすれを滑って移動することで、強風の影響をほぼ受けずに移動に成功。鳥達の懐に入り、地面に立っていた一匹に《拘束》をしかけて無理やり引っ張ることで、肉の壁に小さな隙間を作り出す。

「幻影じゃなかったら焼き鳥の材料にしてやるんだがなっ」

 軽口を叩きつつその隙間に飛び込み、反応できていない鳥達の背後を取る。
 そこから壁を作っていた鳥達が振り向く前に【強化オイル】を一本投げつける。爆発、炎上。鳥達の隊列は崩れ、強風妨害攻撃は中断した。

「ゴロウ、今だ!」

 大声でゴロウを呼び寄せつつ、追いつくまでにできる限り残った鳥達を射殺していく。空を飛べる鳥達にとって、こちらを追跡するのは簡単だろう。それで左右から強風をぶつけられたら、坂道から落とされる可能性が非常に高い。できるだけ、今のうちに数を削っておきたい。

「感謝します、行きますよ!」

 ゴロウが自分の横を通り過ぎたことを確認し、自分も再び坂道を上り始める。まだ生き残っていた鳥の幻影も追ってくる。その上、先ほどのゴブリン達も走ってくるのが見えた。
 ええい、ここは仕方がない!

「追撃お疲れさん、プレゼントだ!」

【強化オイル】を二本、追いかけてきたゴブリンの集団目がけてぶん投げる。オイルはゴブリン集団の先頭に命中し、再び大きな炎が巻き上がる。

「「「「グギャアアアアア……」」」」

 燃えてる燃えてる。これでいくらかは時間が稼げるだろう。
 坂道の途中、散発的に現れるゴブリンはゴロウがぶった切り、鳥は自分が打ち落とす。かなり上ってきたはずだが、まだ出口に到着できない。その上、出口の光は殆ど見えなくなってきている。

「くっ、もう時間がほとんどありませんよ!」

 邪魔をしてきたゴブリンをまた一匹切り捨てつつ、必死に走るゴロウ。自分もかなり焦っている。間に合うかどうかぎりぎりの線だ。あと一回足を止めたら絶対に間に合わない。

「この先何が出てきても絶対に止まるな! 止まったらその時点でこちらの負けだ!」

 自分も必死に声を張り上げつつ、精一杯走る。どうしても鳥を倒さなければならないときは《大跳躍》で前方に跳び、空中で矢を放った。めちゃくちゃな方法だが、こうしないと前進の勢いを維持できないのだ。
 そんな努力がついに実りつつある。出口まであと一〇〇メートルぐらい――
 そのとき、出口付近の坂道が左右から徐々に崩れ出し、道幅が狭まり始めた。

悪辣あくらつにもほどがあるでしょう!」

 ゴロウが吠える。

「そのまま思いっきりジャンプするんだ! その後はこちらに任せろ!」

 道の譲り合いなんかしていたら絶対に間に合わない! 《フライ》《ウィンドブースター》《大跳躍》の空中移動コンボを発動させ、ジャンプしたゴロウを後ろから抱え、無理やりの大ジャンプをかます。
 そしてそのまま消えかかっている出口にダイブして、ついにこの世界からの脱出に成功。
 こうして、自分とゴロウの試練は、ぎりぎりながらもなんとか終了した。



【スキル一覧】

 〈風震狩弓〉Lv25(←6UP) 〈剛蹴〉Lv1 〈遠視〉Lv66 〈製作の指先〉Lv86  
 〈小盾〉Lv16(←2UP) 〈隠蔽〉Lv46 〈身体能力強化〉Lv72(←4UP) 〈義賊〉Lv47
 〈上級鞭術〉Lv15(←1UP) 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
 控えスキル
 〈木工〉Lv42 〈上級鍛冶〉Lv39 〈上級薬剤〉Lv12 〈 上級料理〉Lv36
 ExP25
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者 
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
 同行者:青のピカーシャ(アクア) 〈飛行可能〉〈騎乗可能〉〈戦闘可能〉〈魔法所持〉
     〈風呂好き〉〈???の可能性〉



  18


「のうわっ」

 わけの分からない言葉が口から出た直後、自分は顔面から地面に激突した。

「ほっほっほ、無事に出てきおったか! どうやら『双龍の試練』は成功したようじゃのう」

 地面に倒れている自分とゴロウを見下ろしながら、長老が話しかけてきた。

「はい、何とか……いたたた……」

 顔面から激突したせいで、仮想空間なのにズキズキと痛む。最後は着地のことなんか考えずに突っ込んでいた。
 ピカーシャが、そんな自分の頭の上にぴょこんと乗っかる。

「まあ試練を突破できたんですから、これぐらいの痛みは仕方ないですね……」

 ゴロウもかなりしたたかに体をぶつけたようで、痛みをこらえていた。

「ふむ、最後は締まらないが……実力は認めようかのう」
「我らの試練を久しぶりに乗り越えたことは事実だ……」

 声がする方向を見ると、ひと組の男女がいた。きっと人型をとった雨龍と砂龍だな。話の内容で大体分かるからいちいち聞いたりしない。
 そろそろ痛みも引いたので、起き上がる。

「で、私達は試練を乗り越えたわけですが、それに対する褒賞はなんですか?」

 起き上がった途端、ゴロウがズケズケと言い放つ。こういう図太さも強くなるのに必須なのかもしれないが……自分には無理だな。

「ゴロウとやら、お前にはこれだ」

 雨龍だと思われる女性がそう言うと、ゴロウの体が淡い虹色の光に包まれる。変身とかしないよな……?

「これは……力が湧いてくるかのようです!」

 ゴロウが嬉しそうに声を上げた。
 ふむ、褒賞はステータスの強化なのかもしれない。
 今回の試練はかなり大変だったから、そういうのもありか。そしてここで強化を受けられれば、「龍の儀式」でも有利になる。先を急いでいた最前線組は、きっとこんな手間のかかる試練は見つけていないはずだ。

「これなら『龍の儀式』だってきっと突破できるはずです!」
「愚か者……」

 少し調子に乗っているゴロウに、砂龍が静かに告げる。

「力は所詮、力でしかない。お前はまだそれを学んでいないようだ……力を与えた以上、我々にも責が生じる……」

 そう言いながら、ゴロウを持ち上げて脇に抱えた。まるで大人が子供にやるように、あっさりと。

「雨龍、そちらの人族は任せた……我はこの男を心身どちらも叩き直すことにしよう……」
「ちょ、どういうことですか!? 降ろしてください!」

 じたばたもがくゴロウを平然と脇に抱えたまま、砂龍は立ち去ってゆく。残されたのは、自分と雨龍と長老。

「ふむ、お主の方は厄介じゃな、少々話がある」

「厄介」とは何だか気になることを言われた。まあ、ゴロウは簡単にはくたばらないだろうし、次の再会を楽しみにしておこう。

「とりあえずお二方、我が家に上がってくだされ」

 いやはや疲れた。長老のお言葉に甘えよう。


 長老の家で、緑茶を飲ませてもらう。
 喉を湿らせてから、雨龍はゆっくりと切り出した。ぱっと見は長い黒髪の美人さん。ただ凶悪なほどに胸が大きく、着ている着物を押し上げている。SS撮って流したらすぐファンが付きそうだ……絶対やらないが。

「さて、お主に対する褒賞なのだが……」

 雨龍は言い辛そうに続けた。

「わらわ達の褒賞の正体じゃが、その者が使っていない力を削る代わりに、よく使っている方の力を更に引き出す、というものでな。つまり特技をより生かせるように特化させるわけじゃな」

 ふむ。

「先ほどのゴロウという者を例にとると、あやつがまったく使っていない、物を作る力や魔法を使う力を削り、武器を扱う能力を大きく引き出したわけじゃ」

 つまり、三角形の頂点をそれぞれ武器、魔法、生産とした場合、そのうちのどれかをへこませる代わりに別のを伸ばし、能力の総量は変化させずに力を引き出すということだろう。

「ところが、じゃ。お主……お主の名は?」

 アースだと答えると、「そうか」と雨龍が頷く。

「アース、お主は全ての能力を使っておるな。稀有けうな話じゃ。武器を扱い、魔法も用いて、その上に物すら作るとは。普通は何かしら一つ、せいぜい二つにとどまるものじゃが……」

 そう言って雨龍はため息をつく。
 ここまでくれば分かってきた。つまり双龍の力で自分の力を動かしてしまうと、今までの戦い方ができなくなってしまうということだ。
 具体的に言えば、武器を削れば弓も蹴りも鞭も使えなくなり、魔法を削れば魔法要素が混じっている〈風震狩弓〉のアーツが弱体化し、使い物にならなくなる。生産系の能力を削れば料理、鍛冶、木工、薬剤がダメになる。どこを削っても自分にはデメリットしかない。

「我ら双龍といえども、その人間が持つ器の大きさを広げることなどできぬ。ゆえにお主に渡せる褒賞がないのじゃ」

 そう締めくくって、申し訳なさそうにする雨龍。

「まさか、このような人族が試練に挑み、突破するとは、予想しておらんかったというのが本音じゃ」

 事情が分かれば、それならそれでいいかとこちらは思っているのだが。
 戦いの経験は数字に残るものだけではない。一プレイヤーとして、「双龍の試練」が身になったのは間違いない。

「構いませんよ。いい経験を積むことができた、それで十分です」

 そもそもゴロウの付き合いで来たのだから、そんなものでいい。褒賞なんて正直あまり考えてなかった。お人好し? 馬鹿? 結構じゃないか。

「そういうわけにはいかぬ。ゆえに一度だけ、お主の危機に駆けつけることとしよう」

 雨龍は一つの指輪を差し出してきた。



【雨龍の指輪】

「双龍の試練」を乗り越えながらも褒賞を貰わなかった者に渡される指輪。
 装備効果は弱いが、指輪の破壊と引き換えに一度だけ雨龍を呼び寄せることができる。
 効果:Def+1 HP+10



 使い捨て召喚アイテムですか。見た目は何の飾りもない銀の指輪。とりあえず右手の中指につけておく。

「苦しいときは遠慮せず呼ぶがよい。たとえ『龍の儀式』の最中であったとしても、な」

 そう言って、雨龍は再びお茶を飲み始める。

「そのときはお願いします」

 でも実際、こういう使い捨てアイテムって最後まで使わない性質たちなんだよな……いつもラスボスにすら使わずクリアしてしまうんだよね。
 ともかく、こうして「双龍の試練」は終了した。最後に雨龍が自分の頭をなでなでしてきて、それを見たピカーシャはぴゅぴゅ~! と怒っていた。


「双龍の試練」を突破して三日が経過した。
 あれから、消耗したアイテムの補充ということでネクシア近辺の坑道に入って【爆裂鉱石】を集めたり、三が武の長老に三万グローを払って各種薬草を集めてもらったりした。
 長距離移動を繰り返すことになるので足はピカーシャ頼り。ガンガン走り回ってもらった。久々に思いっきり走れて、ピカーシャも満足した様子だ。いつもほんとごめんね、とピカーシャに謝っておく。
 素材が集まったら次は製作と修理。といってもドラゴンスケイルシリーズの防具はいまだに傷一つ出来ていない。ドワーフの鍛冶屋さんはどれだけ頑丈に作ったんだか……
【ファング・レッグブレード】は、爪部分はなんともなかったのだが、靴本体の補強箇所にいくつか小さなひびが入っていた。二が武の鍛冶屋さんに立ち寄り、自分の手で手入れを済ませて耐久力を回復させた。
【強化オイル】と各種ポーションの調合は、三が武に戻って宿屋の個室で行った。ちなみに【快復草】との戦いはまたも全敗したと先に言っておく……まだまだ自分にはぎょせないらしい。
 そしてようやく本日三が武を出発し、四が武……つまり龍の国の後半戦に入る。ここまで来るのに結構時間がかかってしまったな。

「女将さん、長々とすみませんでした」

 三が武の女将さんに頭を下げる。予想以上に長い間、この宿屋のお世話になってしまった。この街では問題が起こり過ぎたからなぁ。

「いやいや、いいよいいよ、こちらも色々と笑わ……楽しませてもらったから」

 ――何か言われたが、ここは全力でスルーしておく方がいいだろう。

「では、そろそろ失礼します」

 そうして宿を出て行こうとしたところで、女将さんに「あっとごめんよ、まったまった」と止められる。

「悪いね、危うく忘れるところだったよ。まずはこの割符、これを持っていないとまた三が武に来たときに街に入れないよ、そのときはぜひまたウチの宿に泊まりに来てほしいねえ」

 割符に描かれているのはイヌの雲獣か?

「そしてもう一つ、これも持っていっておくれ」

 渡されたのは小さな判子はんこ。四が武の特定の宿屋に泊まるためにはこれが必要というわけか……さすがにもう理解できる。次の宿屋はどんななのやら。

「確かに預かりました。もう用事はありませんか?」

 いざ旅立とうというときに次から次へと出てきたので、念押しである。

「そうそう、伝言があったのを忘れてたよ……『四が武へ向かう門で待っている』と伝えてくれって言われてたから、三が武を出る前に行っておくれ。来れば分かる、だそうだから」

 やっぱりまだあったんかい。
 伝言の主は長老かな? 色々と世話になったし、最後の挨拶をしっかりしていくべきだろうと考えていたから丁度よい。

「分かりました、それでは失礼します」
「よい旅を!」

 女将の元気な声に送られて宿の外へ出る。さあ、いよいよ後半戦だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

測量士と人外護衛

胃頭
BL
環境汚染により人類滅亡かと思われた時、突如現れた謎の新大陸。未知の大陸の地図作りを依頼された測量士と政府から護衛として派遣された人外軍人の冒険譚。

仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜(Ray)
ファンタジー
※長くなってしまったので好きな章の好きな話から読んでいただけたらと思います※ ネットの求人広告からバイトの面接に行った大学四年生の瀬田直桜は後悔した。これは怪異に関わる仕事だ。そういう類は避けて生きてきたのに。バディを探しているという化野護にはその場で告白まがいのことを言われる始末。鬼の末裔のくせに邪魅に憑かれている化野が気になって、清祓だけならと引き受けるが、化野の上司の藤埜清人に押し切られ結局バディを組む羽目になる。直桜は体内に神を宿す惟神として三カ月だけ化野とバディを組んで怨霊の浄化の仕事をすることになった。化野の中にある魂魄が化野を苦しめている。それなのに化野自身は魂魄を離そうとしない。その現状に直桜は苛々を募らせる。自分でも驚くほど化野に惹かれてしまう。仕事の関係で同棲することになり、余計に距離が縮まる。そんな時、大学の同級生枉津楓にも動きがあり……。【カクヨム・小説家になろう・ムーンライトノベルズ・fujossy・アルファポリスに同作品掲載中】

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

セリフ&声劇台本

まぐろ首領
ライト文芸
自作のセリフ、声劇台本を集めました。 LIVE配信の際や、ボイス投稿の際にお使い下さい。 また、投稿する際に使われる方は、詳細などに 【台本(セリフ):詩乃冬姫】と記入していただけると嬉しいです。 よろしくお願いします。 また、コメントに一言下されば喜びます。 随時更新していきます。 リクエスト、改善してほしいことなどありましたらコメントよろしくお願いします。 また、コメントは返信できない場合がございますのでご了承ください。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。