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4巻

4-8

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  ――フェアリークィーンの近況――


 私ことフェアリークィーンがこの国の王座について、かなりの時間が経過しました。

「女王陛下、これらの書類に認可を」

 こういった事務仕事にもずいぶんと慣れました。王とはこういう書類仕事が一番多いもので、栄誉ある王にはなったけれども、退屈かつ窮屈な日々が続いています。

「この点と、この点だけは通せません。こう修正しなさい」

 頭を下げて下がっていく配下。これも見慣れた光景になりつつあります。

「はあ、アース様は今どうしているのでしょうか……」

 ついこぼしてしまいます。あの日……私はあのグリーン・ドラゴンの長老に屈し、心ならずもアース様を指名手配してしまいました。そしてその翌日、アース様が殴りこんできたのです。

「こうして悔やんでも……遅いのですけれども……」

 そして……アース様の怒りに触れたショックで倒れた私が意識を取り戻すと、あのグリーン・ドラゴンがアース様によって討たれた、との報告がありました。ありえないと思いました。どうしようもないと思っていた存在を、あの方は打ち砕いたのです。そしてあの一件を切っ掛けに、ドラゴン族との付き合いは穏やかなものになっていきました……

「せめてものお礼に、ピカーシャをお付けしましたが……」

 どうか上手くやっていてほしい……返しきれていない恩がまだまだあるのですから。

「それに、変なムシが付かないように妨害してほしいともお願いしてありますし」

 ピカーシャがそういう意味でも上手く立ち回ってくれると信じたいところです。あの子の可愛らしさなら、そういう妨害も可能だと踏んで送り出しましたから。
 一方で、国家規模の厄介事がじわじわと近づいています。最大の厄介事は、逆さ十字の刺繍ししゅうが入ったマントの一団。ようやく尻尾を掴みつつありますが、あれは我が国の南側に新しくおこった国を支配する、捻じ曲がった人間がトップを務める教団のようです。
 何の理由もなく一方的に、「人間の他は奴隷とすることこそが神の意思」などという理想を掲げている、許されざる集団であるとの報告を受けています。
 お陰で練兵や新武装開発の費用などが、国庫にじわじわとダメージを与えつつあります。そんな中でドラゴン族との協定が結べたのは、数少ない救いと言えます。
 それでも、戦になってしまったら……こちらも、そしてあちらの国も、多数の人が死ぬことになります……死んでしまった者は、もう戻ってこないのですよ……あの国はそれを分かっているのでしょうか? それとも戦って戦死すれば天国に行けるとでも本気で信じているのか……あるかどうかも分からない来世とやらの話を説いて死を強制する国家に、正義などありません。
 決して負けることはできません。負ければ蹂躙じゅうりんされ、奴隷となる運命が待ちかまえています。敗者は勝者に何も言えないのです。慈悲も無慈悲も、勝者のみが振るうことを許されるのですから……

「――最悪……冒険者の皆様に救いを求めることになるでしょう……」

 国の問題を冒険者の皆様に手伝わせるのは心苦しいですが、どんな手段を使ってでも、あの国に屈するわけには……国を守る、それが王という立場にある私の役割なのです。

「戦争が起こる未来は、そう遠くはないでしょう……覚悟をしておかなければ」

 争うつもりはないけれど、蹂躪を許すわけにはいきません。向こうが狂信をやめる可能性もないでしょう。来るべき未来に備えないのは王として許されません。
 心構えを新たにして、私は書類との格闘を再開します……限られた時間を有効に活用するために。



  9


【ファング・レッグブレード】を改良した翌日、自分は北の洞窟の中にいた。何でかというと、あるお約束の手段が使えないか、実験してみたくなったからである。ちなみに当然ソロである。
 一番出口に近い扉に近寄る。やることは一つだ。ノックしてわざとモンスターを扉の前に集め、ほんの少しだけ扉を開けて【強化オイル】を投げ入れ、即座に閉める……どこぞのアクション映画の潜入シーンの真似事である。催眠ガスなどではなくいきなり可燃性のオイルを入れるという、乱暴極まりない方法ではあるが。
 通用すればよし、通用しないならしないで、ここのモンスターは火に対する耐性が高いというデータが取れる。あまりに生き残りが多ければ、【窒息草ちっそくそう】から作った即死効果のある【デス・ポーション】を室内にぶん投げてみるつもりだ。【窒息草】がなかなか見つからず、【デス・ポーション】の手持ちはあと数個しかないので貴重なのだが。
 わざと足音を立てて扉に近寄ると、扉のすぐ先にモンスター反応が集まってくる。その数は七。
 扉に仕掛けられていた毒ガスの罠を丁寧に解除して、いよいよ本番だ。
 扉を開けた途端、モンスター達は一斉にこちらを向いて息を吸い込み始める。そこに【強化オイル】を三本ほど投げつけてすぐに扉を閉めた。
 扉の向こうから爆発音が聞こえてくる。この方法の問題は、モンスターを直視できないのでダメージが入っているかどうか確認できないこと。かといって扉を開ければ状態異常効果付きのブレスが雨あられと自分を歓迎してくれるかもしれないので、下手なことはできない。今できるのは、《危険察知》の反応を見続けることだけだ。
 中の様子は、消えた反応が三、走り回っているのが三、扉から離れて動かないのが一、という状況だ。
 それから一分ほどで、中の反応は二つにまで減った。どうやら、火への耐性は比較的低いようだ。この情報だけでも値千金あたいせんきんである。恐らく手榴弾もどきでも似たようなことができるのではないだろうか? 残った二つの反応を倒すべく、今度は扉を開けて中に入る。
 中にいたのは、六本足のでかいトカゲだった。一匹は大して傷ついていない様子で、色違いのもう一匹は息もえだ。どうやら、元気な方は火に対する耐久力が相当高いと予想される。
 二匹ともこちらを見た途端、息を吸い込み始める。ブレスのダメージ計算が、現時点のHPによって左右されるタイプならば問題ないが……その保証はないし、何より怖いのは状態異常の内容だ。モンスターにブレスを吐かせたら、こちらの負けだと思っておこう。
 急いで矢をつがえて、《スコールアロー》を放つ。これは他のゲームにもよくある技で、矢が刺さった場所を中心に風の矢が無数に降り注ぐというアーツである。つまり、地面に突き立てるのが命中率的には一番確実。実際今回は二匹の六本足トカゲの間に矢を狙った。

「ギョエッ!」「グゲェエ!」

 降り注いできた風の矢に打たれ、息も絶え絶えだった方のトカゲは力尽きて[消失ロスト]し、もう一匹の方もブレスを中断した。残り一匹ならば何とでもなる。
 《スコールアロー》を放った後の硬直から回復すると、近寄ってくるトカゲに確実にトドメを入れる。口の中にまで矢を射られたトカゲはついに倒れ、ちりと化した。
 やれやれ、何とかなったが、今回は運の勝利だな。
 落ち着いてから確認すると、どうもここには、カースパラライズリザード、カーススタンリザード、カースストーンリザードの三種類がいたようだ。恐らくブレスの状態異常効果も[麻痺][気絶][石化]とそれぞれの名前そのままだろう。
 最後まで生き残っていた一匹がカースストーンリザードだった。今回の方法では、一番先に始末しておきたい[石化]能力持ちが一番倒しにくいことが判明してしまった。
 火属性というのはプレイヤーの火力に直結しがちな属性である。多くの魔法使いにとってメインに扱う属性だというのに、ここではそれが生かせない可能性もあるということだ。
 この部屋にいたのは幸いにして一匹だけだったが、五匹ぐらい固まっていた日には目も当てられんぞ……
 だが、得たものもある。実際にリザード達と相対したことで、《危険察知》の反応のどれがどのリザードか分かるようになったのだ。
 ドロップするのは皮がメインの様子だ。安定して取れるかどうかは分からないが、多分市場にも流せるだろう。そしてこの皮は、状態異常に耐性を持っている可能性がある。状態異常は恐ろしいものだが、無効化できてしまえば一気に脅威度は下がる。
 ただ、持ち込む先をどうしよう。以前ワーウルフレザーで防具を作ってくれたあの職人に回すか、この街の武具屋に回すか……
 しばし考えて出した結論は、ある程度数を集めて両方に渡してみようということだった。
 《危険察知》にて待ち伏せしているモンスターの内容を把握し、カースストーンリザードが少ない部屋を選んで【強化オイル】で焼き殺していく。
 オイルの手持ちがさびしくなってきたところで引き上げる。さて、久々にファストに帰らねばならないな……


「はいらっしゃい! お、あんたかい。何か防具が必要になったかい?」

 二が武の武具屋に入ると、以前出会ったロクという男性がいた。

「すまないが、番頭さんを呼んでいただけないでしょうか? 買い取ってもらいたい物がありまして」

 そう告げたのだが……

「うーん、では先にこちらに見せてもらえねえかな?」

 まあいきなり番頭さんは無理か……もし買い叩こうとするなら引っこめればいい。

「こちらの皮を買い取ってもらいたいのです。もう少し薄ければ裁縫屋さんに行くところですが、それなりに厚みがあるのでこちらに持ち込ませていただきました」

 そう言って、手に入れてきたカースリザードシリーズの皮の一つを見せる。これをレザーアーマーや金属鎧の裏地に使えば、状態異常に対する耐性を得られるのではと踏んでいた。

「なんじゃこりゃ? 見たことがねえ……申し訳ねえ、確かにこれは番頭の旦那に見せなきゃいけねえ一品だった」

 そう詫びながらこちらに皮を返すと、ロクは番頭さんを呼びに行った。
 それからしばらくして……

「大変お待たせいたしました。かなり変わった皮を持ち込んでいただいたとのことで……貴重な素材は歓迎でございます」

 お弁当を届けたとき以来だな、ここの番頭さんを見るのは。

「物はこちらです。見て頂くだけでもと思いまして」

 カースリザードシリーズの皮をそれぞれ一枚ずつ取り出して番頭さんに渡す。
 皮の鑑定をしていた番頭さんの表情は、すぐに険しいものになった。なにかマズったか?

「お客様、これはもしや……なぶり殺しの……正体ですか!?」

 黙ってうなずく。それで番頭さんは全てを理解したようだ。

「あの洞窟に潜んでいる化け物の正体がまさかトカゲだったとは……」

 もっと恐ろしい形を想像していたんだな。だが番頭さん、そこには口を挟ませてもらう。

「番頭さん、確かに正体はそうでした。が、正体が知れたからといって、あそこがなぶり殺しの洞窟の名にふさわしい場所であることに変わりはありませんよ。そいつらの能力は、相手を動けなくして確実に殺すという一点に特化していました。はっきり言います、ゴブリンやオークの方がずっと可愛い。そいつらは間違いなく化け物です」

 状態異常ブレスの最大の脅威は、広範囲に効果を及ぼすという点である。PTを呑み込み、全ての動きを止めてしまう。どんな屈強な戦士であろうと、動けなければどうしようもない。本当に性質たちが悪すぎる。ちなみに、ドロップ品の中に【猛毒の爪】があったため、女将に聞いた通り爪に毒があると確認できていた。

「――仰る通りです。化け物の正体が分かっても、その強さが恐ろしいものであることに変わりはないのでしたな」

 余計な話はこの辺りでいいだろう、そろそろ商談に移らねば。

「さて、番頭さん。その皮、どう見ますか?」

 番頭さんは顎をなでた後、唸りながら喋り出した。

「そうですな……この皮には特殊な力があることは分かります。あなたも予想なさっているでしょうが……この皮でレザーアーマーや、レザーアーマーの上にうろこ状にした鉄を貼り付けたスケイルメイルなどを作れば、状態異常への耐性を持つ防具が出来上がるはずです」

 やはり番頭さんもそう見るか。

「こちらと全く同じ考えですね。で、番頭さん、その皮を買いますか?」

 番頭さんはしばし目を閉じる。大人しく計算が終わるのを待っていると、やがてゆっくりと目を開いた。

「この大きさと重さを基準としまして、スタンには九〇〇〇、パラライズには一万五〇〇〇、ストーンには二万二〇〇〇グローを出しましょう。この皮にはそれだけの価値があります」

 ほう、ずいぶん奮発してきたな。それでこそ、あんなきつい場所に出向いた甲斐がある。

「ならば、スタンとパラライズを二五枚、ストーンを一〇枚出しましょう。どうぞゆっくりと品質のご確認を」

 アイテムボックスから皮を取り出し、番頭さんの前にゆっくりと置く。番頭さんはそれらを一つ一つ丁寧に見ていく。

「はい、品質も十分ですな……では、合計で八二万グローとなります。どうぞお受け取りください」

 この一瞬がたまらない……! 苦労して取ってきた素材で一攫千金を果たす瞬間。こういうことがあるから、腕に自信がある者は冒険者を選ぶんだよな。皆が皆成功するわけではないけれど。
 そして実はまだ皮は残してある。次はプレイヤーの防具屋に売り払って様子を見るつもりだからな。

「はい、確かに」

 考え事をしつつ、受け取った金額に間違いがないのを確認する。

「またこの皮を取ることに成功したあかつきにはぜひ、私どもにお売りくだされば幸いでございます」

 番頭さんが深々と頭を下げてくる。

「そのときはぜひ」

 そう答えて、武具屋を後にした。
 一週間後、[麻痺][気絶][石化]に対する耐性持ち防具が、この武具屋から売り出されることになる。だが、二が武まで来ることができるプレイヤーは少なかったため、大きな騒ぎにはならなかった。


 二が武の武具屋に皮を売った後はファストを目指した。二・五メートルサイズのピカーシャに乗せてもらえばすぐである。皮を売ったら、ネクシア近くの鉱脈に向かい、【爆裂鉱石】を補充しておきたいところであるが……

(時間的にいえばそんなに経過しているわけではないのに、懐かしく感じるのはなぜだろう?)

 最初の街でありながら、今もプレイヤーの中心拠点となっているファストは、今日も多くの人でにぎわっていた。プレイヤーだけでなく、妖精国の放浪者、龍の国から来ている修行者などもかなり見かける。色々な場所へ旅をするNPCキャラクターも確実に増加している様子だ。
 大抵のゲームでは、NPCというのは固定の場所にいるものなのだが、自分から露店に買い物に来て、値引き交渉などをしたりしている。こうなると人間となんら変わりないな。ぼけっとしていると人間の方が追い抜かれるんじゃなかろうか。

(それはともかく、あの防具屋さんの露店は確かこっちだったか?)

 露店の並びも様変わりしていて、売っている物も多種多様だ。ハンバーガーとかアイスクリームとかが売られているのには驚いた。プレイヤー達がとことんやりこんだ結果、生み出されたのだろう。この世界で食べる分にはジャンクフードも悪影響がないからな。
 それから一五分ぐらい探して、ようやくあの防具屋さんの店を発見した。場所は変わっていなかったのだが、周りが変わりすぎていたことで、予想外に時間がかかってしまった。

「はい、いらっしゃい。そこまで全身を隠す人も珍しいね~」

 外套のせいで分からなかったらしく、そんな風に言われてしまった。久しく会っていなかったから、忘れられたのかも。【ドラゴンスケイルヘルム】をアイテムボックスにしまってから、外套のフード部分だけを脱ぎ、顔を出す。

「お久しぶりです、といってもずいぶんご無沙汰ですから忘れられたかな?」

 品揃えをチラッと見ると、更に腕を上げているようで、展示されている防具はどれも素晴らしい出来栄できばえだ。見た目的にも実用的にも素晴らしい一品ばかりだとひと目で分かる。

「あれ!? もしかしてあの料理人さん!? 引退したって聞いてたんだけど!?」

 ああ、やっぱりそういう扱いをされていたか……無理もない話ではあるが。
 武闘会の一件で目立ちすぎたのを反省して、ピカーシャに乗せてもらえるようになってからはほとんど他のプレイヤーと関わらないようにしていた反動だな。

「引退はしてないよ。まああまり人前に出ないゲームプレイばっかりだったけどね」

 そう言って苦笑いを浮かべておく。

「そうだったんだ、おひさ~。で、今日はどうしたの?」

 早速皮を取り出して、見て欲しいと切り出そうとした。だが……

「おい、そこの男、ミュンちゃんに手を出しに来たのか!」

 突如後ろから怒号に近い声をかけられた。振り返ると、五人の男性プレイヤーがなぜか血走った目をこちらに向けている。もしかして、この防具屋さんの名前ってミュンというのかな? そう言えば今まで名前を聞かなかったな。

めてください! この人はそういうんじゃありません! それに男性のお客さんが来るといちいち脅す貴方達の方が、私にとっては迷惑です!」

 防具屋さんが見かけによらない大声を出す。防具屋さんのこんな姿は初めて見たな。

「ミュンちゃん、僕達ミュンちゃん親衛隊は、ミュンちゃんに近寄る不届き者から……」

 貴女を守るために――なんて言葉を続けたかったのだろうが……

「貴方達の方がよっぽど怖いです!」

 と、防具屋さんに言われてしまう。
 そして、防具屋さんのそばに露店を出していた他の職人プレイヤーさん達も騒ぎ出した。

「あんた達、いい加減にしなよ! ミュンちゃんへの営業妨害だよ!」
「正直お前らの方が邪魔だろ」
「このお客はナンパなんかしてないぞ」
「お前達が怒鳴り声を上げると客が逃げていっちゃうんだよ! もういい加減に消えてくれよ!」

 どうやらこの連中は、こんな妨害行為を何度もやっているようだな……

「うーむ、防具屋さん、日を改めた方がいいかい?」

 下手に揉め事を長引かせて迷惑をかけるぐらいなら、一度いて……違った、退いた方がいいかもしれない。ここに来た理由はあくまで取引を持ちかけるためであって、揉め事を引き寄せるためではないのだから。

「ううん、気にしないでいいよ」

 防具屋さんはそう言って立ち上がると、自称親衛隊の前に歩いていき……

「最終通告です。次にこのようなことをした場合は、ハラスメントとしてゲームマスターに通報させていただきます、今までの行為は全て動画に収めてあることも伝えておきます。賢明な判断をお願いします」

 こう連中に言い放った。こちらからは見えないが、かなり怒った顔なのだろう。絡んできた五人が、一歩二歩と後ろに下がっていく。
 それを後方から支援するように、周りの職人プレイヤーさん達も怒りの感情を彼らに向けている。
 ただならぬ雰囲気に、自称親衛隊の五人はこそこそと立ち去っていった。

「ごめんね、最近あんなのが来るようになっちゃって……」

 それはまたなんとも……

「いや、そちらこそ被害者だろう。こっちのことは気にしなくていいよ、これでも食べて、元気を出してくれ」

 アイテムボックスから【ドラゴン丼】を一つ取り出し、防具屋さんに渡す。

「いいの?」
「ああ、それを食べ終わったら商談に入ろうか」
「それにしても……この丼……【ドラゴン丼】って……」

 ボソッと防具屋さんが呟くと、周りの職人プレイヤーが食いつかんばかりに見てくる。チラ見ではなく、もはやガン見モードに移行している。
 そんな中で【ドラゴン丼】のふたが開くと、肉のいい匂いが漂い始める。

「うわあ……」
「おいおい……匂いだけとか生殺なまごろしだろう……」
「『料理人』は健在だってことか?」
「あの肉はなんだ? 匂いからしてすっげえ旨そう……」

 誰かがごくりとつばを呑む音が聞こえたような気がした。防具屋さんは注目を集めてやや居心地悪そうながらも、ゆっくりと肉を口に運ぶ。そうしてもぐもぐと口を動かしていたが……その顔はゆっくりと驚愕の表情に変わってゆく。


「これ……!?」

 そこからは怒涛どとうの勢いで、肉とタマネギとメシが織り成すハーモニーをかっこみ始める。人が大勢いる露店街の中に、カッカッカッカッという箸の音がやけに大きく響き渡る。やがて食べ終わると、防具屋さんは「はぁ~っ」と深く息をついた。レモン味の【ポーションジュース】を差し出すと、彼女は「ありがとう」と言って受け取り、一気に飲み干す。

「――何も言うことはないね。美味しかった、としか言いようがないよ……」

 この防具屋さんのひと言に、周りで見ていた人達が一斉に「はあぁぁぁ~っ」とため息をつく。そのシンクロ具合に、ついクスッと笑ってしまった。

「く、食いたい!」
「見てるだけなのがこんなにきついなんて、リアルでも体験したことないよ!」
「やべえ、ちょっと何か食ってこないと収まらねえ!」

 周りの人にはこくなことをしてしまったかな。この【ドラゴン丼】、かなり匂いが広がる様子……外で食べたらモンスターも寄ってくるんじゃないだろうか?

「ありがとう、気分が一気によくなったよ。さすが料理人さんだね!」

 そう言われると少しテレてしまいそうだ。だが、そろそろ商談もしないとな。

「お褒め頂き恐悦至極きょうえつしごくってところで。ではまず、この皮を見てくれ。コイツを……どう見る?」

 ここに来る前にNPCに売ったのは、一つの判断基準を得るためだった。NPCのつける値段を最初に知っておけば、後の商談の参考にできる。

「皮かぁ……最近皮は人気ないんだよね、大抵戦士は軽鎧か重鎧という風潮だから」

 そうだろうなぁ。

「ああ、だからそういう鎧の裏地という使い方で見て欲しい」

 ちなみに自分が鑑定すると、こうだ。



【カースパラライズリザードの皮】

 カースパラライズリザードから得た皮。



 これしか説明がない。だが、自分が薬草系の見極めができたり、木材の質を調べられたりするように、該当する生産スキルを持っている人はより詳しい情報を得ることができる。
 どうやら詳細な効果を鑑定できたようで、意味ありげに見つめてくる防具屋さん。
 続けて、防具屋さんからのウィスパーが飛んできた。

【ここからは他の人に聞かれないようにウィスパーで話すね。結論から言うと、この皮を裏地に使うと、鎧の防御力が上昇するし、いくらかの確率で麻痺に対抗できるようになるよ。攻略の最前線にいるプレイヤーなら喉から手が出るほど欲しいだろうし、いくらでもお金を積むだろうね】

 そこで、こんな追加情報をプレゼントする。

【更に、[気絶]と[石化]の皮もあるんだが】

 あ、防具屋さんが硬直した。

【み、見せて……】

 アイテムボックスから新たに皮を取り出し、防具屋さんに見せる。

【うわぁ……今までの防具が一気に値崩れしそうだよ、一体どこで取ってきたんだよぅ……】
【龍の国】

 うーんうーんと、唸っている防具屋さん。

【全部買う! パラライズを二万、スタンを一万五〇〇〇、ストーンを四万で買うよ! あるだけ全部出して!】
【了解、商談成立だな】

 残っていた皮を全部防具屋さんに渡し、代金を受け取る。一瞬で一〇〇万グローを超える収入を得てしまった。

【これで更にいい防具が作れるよ! 防具職人として思いっきり腕を振るう機会が巡ってきた! うーん、燃えてきたよ~!】

 やる気に満ちた声が聞こえてくる。

【じゃ、自分はそろそろ失礼するよ。いい防具が出来るといいね】

 そうしてお互いに手を振って別れた。


 それから数日後。掲示板にて、「状態異常耐性付きの最新防具が誕生!」と大きく取り上げられているのを見た。
 それまでは指輪などのアクセサリーにごく稀に付いていることがあった状態異常耐性が、とうとう防具にも付いたとあって、取引の場は大きく揺れ動くことになるのだった。



【スキル一覧】

 〈風震狩弓〉Lv18 〈蹴撃〉Lv50 〈遠視〉Lv66 〈製作の指先〉Lv84 〈小盾〉Lv14
 〈隠蔽〉Lv43 〈身体能力強化〉Lv66 〈義賊〉Lv44(←1UP) 〈上級鞭術〉Lv8 
 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
 控えスキル
 〈木工〉Lv42 〈上級鍛冶〉Lv38 〈薬剤〉Lv43 〈上級料理〉Lv36
 ExP24
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
 同行者:青のピカーシャ(アクア) 〈飛行可能〉〈騎乗可能〉〈戦闘可能〉〈魔法所持〉
     〈風呂好き〉〈???の可能性〉


     ◆ ◆ ◆


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