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4巻
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1
とても長かったメンテナンスがようやく終了し、今日の午後八時からいよいよ、VRMMO「ワンモア・フリーライフ・オンライン」の新フィールドとなる「龍の国」が実装された。
アースこと自分がログインできたのは九時だった。
最初の街「ファスト」から東に向かい、出没する殺人系モンスターを周りの人達と一緒に張り倒しながら突き進んでいくと、龍の国への関所が見えてきた。
この時点で龍の国の街並みが予想できた。時代劇とかで見たことがあるような感じの建物だったからだ。きっと江戸時代がモチーフだな。そうなると、桜吹雪を背負ったお奉行様とか、身分を隠したご老公とかがいるかもしれん、いろんな意味で油断できない。
関所のチェックはそう厳しくなく、すんなり通過できた。通行証として、【梅の通行手形】を支給されている。説明によると、【竹の通行手形】を得ると城がある中央の街に入れるようになり、【松の通行手形】で城に入るための試験を受けられるという。
今日は特別に、龍の国の中でプレイヤーが最初に入る街「一が武」に龍の国の王……いや、お殿様とそのお姫様が来て、冒険者に向けて挨拶することになっている。
一が武の会場はすでに人がぎゅうぎゅう詰め……開始時間の十時まであと二十分もあるのに……いい場所に陣取っている人達は、龍の国実装後、真っ先に駆けつけたんだろうな。
まあ我慢するかと気を取り直して待っていると、ウィスパーチャットが飛んできた。
【やっほー、お久しぶり、ロナだけど】
【ああ、ロナちゃんか。お久しぶり、どうした】
【ちゃ、ちゃん!? あ、あのね、ボクにはちゃん付けとかしなくていいから!】
【それは悪かった。で、どうしたんだい?】
ウィスパーの向こうからうーん、とうなる声が聞こえてくる。
【あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……】
【うん? 何かな】
【〈蹴り〉スキルって将来性あるのかな? 格闘家として、ぜひ実際に使っているアース君に聞いておきたいんだけど……】
あー……〈蹴り〉をはじめとするキック系統は現在、Wikiでも一番更新されていない戦闘系スキルだ。それは確かに不安になるだろうな。
【なら、龍の国の王様の挨拶が終わった後、パーティを組んで、キック系統の技を使った戦闘を軽く見せようか?】
【いいの!? ぜひ見たい!】
【じゃあ、また後でね】
【おっけー! 楽しみにしとく】
ま、こういうのもたまには良いか。ターゲットはワイルドベアさんにしておこうかな、今ならあの辺のエリアに人はまずいないし。
そんなことを考えていると、騒がしくなってきた。そろそろ時間か。壇上には立派な服を着た一人の男性が立っていて……その隣にいる女の子は、以前ファストで会った龍ちゃんじゃないか……
「遠路はるばる、龍の国へようこそ参られた、強き者達よ! 私がこの国の王である龍稀という者だ。隣にいるのは我が娘だ」
「皆の者、よくぞ参られた! 我が父にして我らが王より紹介を受けた通り、わらわがこの国の王女である! 龍の国の掟により、結婚をするまで本名は親以外に名乗ることができぬ。済まぬが、そこは分かって欲しい。わらわ達は基本的に城にいるが、篭りきりではないため、街で出会うこともあろう。そのときは龍姫と呼んで貰えれば良い」
龍ちゃん、頑張ってるなぁ。不慣れなことをしているというのが自分にはよく分かるので、つい噴き出しそうになる。と、不意に龍ちゃんがこちらを睨んできた。
【後で話がある。断りはせぬよな?】
わざわざウィスパーを飛ばすんじゃない、イベント中なのに。だが……
【断る! イベントに専念しなさい!】
龍ちゃんは恨めしそうにこちらを見るが、スルー。龍王様が「ごほん」と咳払いを一つすると、龍ちゃんは慌てて前に向き直った。可愛いなぁ。
「ぴゅぴゅ!」
ありゃ、自分の頭に乗っている青い鳥の妖精ピカーシャが、なんだかご機嫌斜め? 龍ちゃんとのウィスパーがばれたか?
ピカーシャをなだめていると、龍王様が挨拶を続ける。
「この国で、より皆の強さが磨かれ、直接城へ来ることができる猛者が誕生するのを楽しみにしておる。『龍の儀式』の突破者には更なる力が与えられるからのう、ぜひ成し遂げて欲しい。待っておるぞ!」
この言葉をもって、龍の国におけるプレイヤー達の冒険が開始されたのだった。
龍王様の挨拶後、一旦ファストに帰還して準備を整え、今はワイルドベアが生息しているエリアにいる。かつての強敵をサンドバッグ代わりにするとか、自分もかなり外道だな……などと今更ながらに感じる。
「で、ロナがいるのは約束したから当然なんだが……なんでお前さんがここにいる」
「そんな冷たいこと言わんでくれぬかのう」
「相変わらずアース君の行動は読めないよ……」
この場にはなぜか龍ちゃんもいた。龍姫、なんて大層な名では絶対に呼ぶものか。ちなみに龍ちゃんは自分と同じく、外見を隠す外套を纏っている……柄はずいぶん派手だが。
「まあ何の理由もないわけではないがの……まずは、今まで食べた料理の代金を払おうか」
そう言って、龍ちゃんはお金を出してくる。六〇〇〇グローか、まあ食べた量を考えれば妥当かな。ありがたく受け取っておく。
「確かに代金は受け取った。んじゃ、邪魔はしないでくれよ……本当なら今すぐに帰って欲しいのだけれど」
彼女の身分がはっきりした今、ほいほいうろつかれるのはな……フェアリークィーンの二の舞はごめんだぞ。
「大人しく見ておるわ、城の外に出ておるだけでもかなりの気分転換になるからの」
木によじ登り、枝に腰掛ける龍ちゃん。アレならまあいいか……
「では、モンスターを釣るのには弓を使うが、その後は蹴りだけで戦うよ」
当初の目的を果たすべく、ロナに確認を取る。
それから早速、のんびりしているワイルドベアに向かって矢を放ったのだが……
「あ」
よりによってこのタイミングで、装備している【ドラゴン・ボウ】の特殊能力である《ドラゴン・ソウル》と《ドラゴン・レギオン》が発動してしまった。哀れなワイルドベアは、追加攻撃として小さなドラゴンの幻影四匹に噛みつかれた上、そのうちの一匹に弱点を突かれたようで、その場で砕け散る。
「「……」」
「ほう」
無言だったのは自分とロナ、ひと言発したのが龍ちゃんである。
少しだけ、静かな時間が流れた。チチチチ……と小鳥の声がよく聞こえる。ぴゅ~……と寝ぼけたピカーシャの鳴き声も。
「――何今の? ねえ! 何今の!?」
再起動したロナが自分の首元を掴んで、がっくんがっくん揺すってくる。頭に乗っていたピカーシャが急な揺れに驚き、あわてて飛び降りていた。
「おま……まて……」
舌を噛みそうなほど、頭が激しく前後している。現実でやられたら絶対むち打ち症になるぞ、これは。
ロナが落ち着きを取り戻すには、それから数分かかったのだった。
「で、その弓の詳しい能力とかは……聞いちゃだめだよね?」
ロナは弓の能力を知りたそうにしていたが、諦めたようだ。
「さすがに知り合いだからって、重要な情報を晒け出すわけにはいかない。〈蹴り〉についてだって、Wikiに情報があまり載らないのは、有用なのを知られたくないからだろう」
情報には大きな価値がある。知は力なり。これはまさしくあらゆる事象に通用しうる真理である。
「じゃあもう弓のことは置いておくとして、〈蹴り〉スキルって……そんなに使えるの?」
ロナの疑問に頷いて、肯定の意を表す。
「これからの戦いを見れば分かるだろうな。まあ、まずは見てもらった方が良いかな」
気を取り直して矢を放つ。今回は特殊能力は発動せず、飛んでいった矢が目標のワイルドベアに突き刺さる。
「グア!?」
こっちに気が付いたワイルドベアが突っ込んでくることを確認して、弓を背中にしまう。
「じゃあ、今から〈蹴り〉だけであいつを倒すからね」
体から少しだけ力を抜いて緊張をほぐし、突進してくるワイルドベアとの間合いを測る。
――今か。
突進をぎりぎりで回避し、そのわき腹に挨拶代わりの膝蹴りを入れる。
「グ!?」
ワイルドベアは突進してきた勢いが止まらず、すべるようにして急ブレーキをかけた。その無防備なケツに、とび蹴りを入れてあげる。蹴られたワイルドベアは怒り心頭とばかりに、振り返るなり立ち上がり、その強靭な腕を振り下ろすが……自分は《トライアングルシュート》を発動して、幻影を残しながら飛びのき、ワイルドベアの左のこめかみにとび蹴りをつきたてる。
「え!? 〈蹴り〉のアーツ!?」
ロナが驚いている。〈蹴り〉にアーツがあるということはほとんど広まっていない。知っている人はそれなりにいる筈なのだが、誰もWikiを更新しない。使い手同士の暗黙の了解なのかどうかは分からないが、そう言っても差し支えない状況だ。
ワイルドベアは首を二、三回振って蹴られた方向を見たが、自分はすでに《ハイパワーフルシュート》のモーションに入っていた。
思いっきり蹴り上げられて、派手に空に吹き飛ぶワイルドベア。ここから空中コンボにつなげたいが、大ジャンプするための《大跳躍》や《フライ》は蹴り技ではないので今回は自粛。ワイルドベアの落下予想地点に走り、《エコーキック》の準備に入る。《エコーキック》はチャージ、つまり力を溜めることによって攻撃力と攻撃回数が増えるという特性がある。
少しして、空から落ちてきた哀れなワイルドベアにしっかりと狙いを定めて……
「おおらぁっ!」
気合をこめてフルチャージの《エコーキック》をぶち込んだ。「ドゴン!」と最初の蹴りが入った後に、「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴガァン!」とエコー分の見えない打撃が打ち込まれる音が響く。そのまま受身も取れずに地面に落ちたワイルドベアの顔面を、全力で何回も念入りに踏み付けてトドメを刺した。とりあえずはこんなものかな。
「…………」
「ほうほう、やるものじゃの」
振り返れば、そこには無言のロナと拍手している龍ちゃん。
「おーい、ロナさんや、生きとるかーい?」
放心している様子のロナに近寄り、ほっぺたを軽くぺちぺちと叩く。
「あ、うん、戻ってきた……って、なんであんなに戦えるスキルが全く広まってないの!?」
ロナは戻ってきた途端に、興奮状態に入ったようだ。
「そう言われてもなぁ……あ、ロナ、このことは広めないでね。今は、蹴り使い同士による無言のお約束みたいな雰囲気があるからさ」
いつかは広まるにしても今はまだ広まってほしくない、といったところだろうか。
「うん、これは燃えてきた……しっかり〈蹴り〉スキルを鍛えるよ!」
おおう、ロナの瞳に炎が見える。こうしてまた一人、〈蹴り〉スキルの使い手が増えましたとさ。
【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv10 〈蹴撃〉Lv48(←1UP) 〈遠視〉Lv56 〈製作の指先〉Lv78
〈小盾〉Lv14(←5UP) 〈隠蔽〉Lv41 〈身体能力強化〉Lv61(←2UP) 〈義賊〉Lv33
〈上級鞭術〉Lv5(←2UP)
〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv39 〈上級鍛冶〉Lv36 〈薬剤〉Lv43 〈上級料理〉Lv15
ExP19
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
同行者:青のピカーシャ(アクア)〈飛行可能〉〈騎乗可能〉〈戦闘可能〉〈魔法所持〉
2
翌日、泊まっていた宿の女将さんから依頼を受けた。それを達成するために一が武の街中を散策する。実装されたばかりのためか、人が非常に多い。そして食べ物系の屋台もかなり多い。団子に始まり、寿司、和菓子、うどんに蕎麦、おでんなど色々である。なんで寿司が屋台で? と疑問に思う人もいるかもしれないが、江戸時代は屋台が中心だったのだ。
(せっかくだし、少しずつつまんでみるか)
それぞれの屋台で一番小さいサイズを頼んでいき、色々な味覚を楽しむ。日本人は明治時代まで殆ど肉食をしていないという説があるが、狸汁などは食べられていたりする。ピカーシャも色々な料理を食べられてご機嫌のようだ。
(次の蕎麦屋で最後にしよう、確か依頼の対象はあの店だったはず)
いい感じにおなかが膨れてきた。食べ歩きとしてはもう十分だ。屋台で食べた味からして、醤油なども売っているはずだから、後で仕入れよう。
「いらっしゃい」
そう言って自分を出迎えたのは、ガタイはいいがあまり元気がなさそうな男だった。
「蕎麦を一つ」
「一六〇グローだよ」
「あいよ」
代金が一六〇グローなのは、多分江戸時代の二八蕎麦の代金が一六文であったことにちなんだのだろう。ちなみに「二八蕎麦」の語源には二つ説がある。一つ目は配合が蕎麦粉が八につなぎが二であったという説。もう一つは値段が一六文、つまり二×八であったからという説だ。まあどうでもいいことだが。
一六〇グローを支払い、蕎麦が出てくるのを待つ。三〇秒ほど茹でて、いくつかの具を載せれば完成のようだ。長々と茹でるのなんて蕎麦じゃないからな。
「おまちどう」
出された蕎麦を遠慮なくすすりつつ、何気なく聞いてみた。
「店主、ちょっと質問良いですか?」
すると、蕎麦屋台の店主がピクッと反応する。
「『龍の儀式』って何なのかご存知ですか?」
そう問いかけると、店主はこちらに向き直った。
「――ああ。『龍の儀式』とは、龍族、つまりこの国で生まれた俺達なら生涯に二回、貴方のように外の世界から来た人達なら三回だけ挑戦できる、戦いの儀式のことです」
ふむ。
「それはどこで受けられるのでしょうか?」
店主は手を休めて、持っていた道具を置いてから話を続ける。
「では、説明しますね――外から来た人達は、まずは通行手形を【松】にすることが必要です。これは色々な仕事をこなし、実力を証明すればそのうち自然となります。ここは問題はないでしょう」
ずぞぞ~……
「そして、【松】ランクの者だけが入れる龍城の前で、仲間達と共に龍神様と戦います。それが『龍の儀式』です。共に挑む仲間は六人までに絞る必要がありますが」
ごっくん。
「そして、その戦いに勝つか、龍神様に実力を認められると、龍族は『完全な龍に変化できる』ようになって、外からの訪問者は『龍の如き力を手に入れることができる』とされていますね」
ふむ。
「なるほど。ルールそのものは単純……それ故に真っ正面からやり合うしかなさそうですね」
顎を撫でる自分に、店主が続ける。
「ええ、龍神様には毒などは一切効きません。純粋に力でもって戦うしかありません」
ふうむ、プレイヤーにとってはそれが、この国における一つの到達点か。
「で、店主は挑んだことがあるんですか?」
途端に店主が嫌な顔になった。
「――少し話をしても良いですか? ちょいと昔のことですがね……」
◆ ◆ ◆
あるところに、力だけは人一倍ある若い龍人がいました。その龍人は有り余る力で暴れ回り、徒党を組んでは街を練り歩いて、決闘という名の喧嘩を幾度となく繰り返しました。
そして更に問題だったのは、その龍人は一度も喧嘩に負けなかったことです。喧嘩に負けた相手が武器と人数を揃えて逆襲してきたことも度々ありましたが、全て返り討ちにしてしまいました。
それだけ暴れていれば、当然子供のやんちゃで済まされるわけもなく、幾度となくお奉行様の前に引っ張り出されました。
しかし、彼は百叩きの刑などを受けてもなんとも思わなかったのです。頑丈な体はそんな刑を受けたところで大した痛みを覚えず、平然としていたそうです。
やがて、こんな所で燻っているぐらいならば、ひとつ完全な龍になって他の連中を笑ってやろうという幼い考えで、「龍の儀式」に挑むことを決めました。自分の頑丈な体、相手を簡単に殴り飛ばせてしまう力があれば簡単だ――と考えたのですね。
そうしてその龍人は「龍の儀式」に一人で挑み……惨敗しました。いや、惨敗という表現ですら足りないでしょう。何せ龍神様の指に一回軽くつつかれただけで、頑丈だったはずの体は動かなくなってしまい、意識を失ったからです。
しばらくして意識を取り戻した後、龍神様はゆっくりと口を開き、こう仰られたそうです。
『……このたわけが。子供ゆえに周りから守られていることに気が付かず、のぼせ上った愚か者よ。お前の力など、所詮その程度でしかない。失せるが良い、お前のような龍人など、殺す価値も無い』
龍神様の話が終わると同時に、その龍人は城の外に追い出されました。
完膚なきまでに圧倒されたことがショックで、それまであった自信は真っ二つに叩き折られていました。そして茫然自失となったままその場を去り……月日は流れ、いつの間にか蕎麦の屋台を引いて生計を立てるようになっておりました。
◆ ◆ ◆
「……という、ある龍人の昔話です。如何でしたか?」
なるほど……その龍人というのは、おそらく目の前の店主さんのことなのだろう。「龍の儀式」に生半可な力で向かっても、慢心をたたき折られるだけと言いたいんだろうな。
「そのお話を伺って、もう一つだけ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんです?」
自分はひと呼吸置いた後、話を切り出す。
「龍人の皆様は、『龍の儀式』を生涯の中で二回受けることが可能なのですよね? その龍人さんは、再び挑戦することはないのでしょうか?」
店主さんは、首をゆっくりと横に振った。
「おそらく挑戦することはないでしょうね。この話の龍人に限ったことでなく、ほとんどの龍人が一度しか挑戦しません」
そうか、ならしょうがないのかな……とも思ったのだが、俯いている店主さんの目を見て、考えを変えた。
今の話をした直後だからか、その目には諦めのような感情が浮かんでいる。だがわずかながら、諦めきれないでいる気持ちも垣間見えた気がした。
――失礼だとは思うが、ひとつカマをかけてみますか。
「そういうものなら仕方ないですけど……せっかくお話を伺ったので、こちらからも一つお返しを。かなり前に自分の面倒を見てくださっていた先生から、『物事を諦める前に、本当にそれは諦めるべきことなのかを本気で自問自答しなさい』との言葉をいただいたことがあります。後になって、失敗してもいいから精一杯やっておけばよかったと思っても、手遅れなのだから、と」
自分の言葉を聞いた店主が、ビクッと体を震わせる。
「それは……」
やはり、どこか心残りなんだな。そうでなければ、こんな風に反応するわけがない。頭の中では分かっていても、心が納得していない……そんな状態なのだろう。
袖触れ合うも他生の縁、このまま知らんぷりをして離れると、こっちとしても心にしこりが残りそうだ。ここはもう一歩、踏み込んでみよう。
「大変失礼なのは承知していますが、お聞きします。その龍人……いや、ご主人は、『龍の儀式』に挑むことを、本当に心の底から諦めたのですか?」
店主は、「私は……」と言葉を発したきり固まってしまった。ならば、別のアプローチをしてみようか。かなり乱暴な手になるがね。
「では、一度だけ自分と決闘をしてみませんか? 勝ち負けなどは二の次で。言葉だけでなく実際に拳を合わせてみれば、何かが見えてくるかもしれません」
そんな自分の言葉に、店主がようやく硬直していた状態から立ち直った。
「お待ちください、失礼ながら貴方は人族ですよね? 龍人と決闘なんてしたら、怪我では済まないかもしれませんよ!? それに、どうしてここまで私に構うのです? 私に関わっても、何の得もないでしょうに」
店主さんに微笑みながら、自分はこう返す。
「いえ、実は自分にも、貴方のように動けなくなっていた時期がありましてね。そのときは、他の人のお陰で何とか立ち直れたんですよ。ですから、自分と似たような人を見ると、ちょっと放っておけなくなってしまうんです」
こうしてこの龍人と行うことになった決闘が、この国における行動方針を決めることになるとは……このときの自分は考えもしていなかった。
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