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2巻

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  5


 うーん……なかなか上手くいかん……この半分ぐらいまで細くしたいのだが……
 鍛冶場で唸っていると親方が声をかけてきた。

「どうしたアース、また変なもの作ってるのか?」

 こういう台詞は、自分の立ち位置をイヤでも理解させてくれる。

「いえ、今回はちょっとした小道具を作っているのですが」

 そう、今作っているのは宝箱や扉の鍵開けに使えるピッキングツールである。もちろん純粋にダンジョン用であり、プレイヤーや街のNPC相手に盗みはできないのであしからず。

「ほー、あの新しいダンジョンは罠がいっぱいだと愚痴ってた奴らは多いが、そんなにか」

 興味を持ったのか、親方が身を乗り出してきた。

「ええ、とりあえず実際に解除してみて、こういう物があればもっと早く解除ができると分かってきたので作ってみたのですが……これ以上細くすると、自分の腕では壊してしまうんです」

 罠の解除、鍵開けに必要な、いわゆる七つ道具のうち六つは既に製作したが、最後の一つであるピッキングツールが上手く作れないのだ。正直これは、鍛冶というより細工の範疇なのだが……

「貸してみろ、特別に俺がやってみせよう」

 そう言うと親方は、未完成のピッキングツールを自分から受け取るなり、自前の道具を使って製作を開始。今の自分には繊細すぎてできなかった焼入れと細かい作業を、燃え盛る火の前で平然とこなしていく。ピッキングツールの先はどんどん細くなっていくが、輝きの度合いから強度が全く落ちていないことが分かる。自分がやると輝きがはっきりと鈍っていき、そして折れてしまうのだ。

「こんな感じか? お前の望む形は」

 完璧である……さすが本業、自分のような半端者とは違う。

「ありがとうございます、理想のさらに上を行っていました」

 ここまで先端を細くしてもらえるとは思っていなかった。針先は間違いなく一ミリ以下。これなら厄介な宝箱にも対抗できそうだ。

「親方の腕、勉強させていただきました」

 そう言って頭を下げる。一流の職人の仕事を見ることができたのは本当にありがたい。親方は「おう、お前も頑張れよ、今回だけはタダでいい」と言ってくれた。器がでかいな。


 七つ道具を懐にしまって、減った矢の補充のために木材を採ろうと、街の外に出た。それから少し歩いたところで……クィーンが突然目の前に現れた。

「やっほー、元気にしてた~?」

 今回は正装というべき、ロッドに黒いドレス、クラウンを備えての登場である。

「相変わらず突然来るな、おい。結構びっくりするんだぞ?」

 実際は少し予兆があるが、ほぼ突然なのは事実なので一応言っておく。

「じゃあもっと派手に来た方が良いかな? 音楽つきで」

 音楽つきで登場って、あんたはどこぞのプロレスラーか。バックドロップにDDTでも決めるのか。

「はあ、まあ良い。で、正装のようだが何か大事があったのか?」

 正装姿を見たのはあのイベント以来である。

「ええ、ここからは仕事。新しく来た人族の冒険者達に、私の眷属というべき妖精達と契約できるように契約結晶を渡しに行くのよ」

 そういえばそんなイベントがあったっけか。新規参入者限定で妖精契約結晶を一つプレゼントするので、指定場所に集まるか、後日メールで届くのをお待ちくださいって内容だったかな。

「できる限り今日で渡してしまいたいわ、メールを書くのは結構大変だし。人族のお手伝いさんも協力はしてくれる手はずだけれど」

 お手伝いって、ゲームマスターさん達のことかな……他に思いつかないのだが。というより、一斉送信とかじゃなくて手渡し!? 何その旧世代方式。

「そういうことで行ってきます、後でまたお会いしましょう、

 すぱこーん!

「お前と所帯を持った記憶はないぞ……」

 最近二つ名の方が厄介なことになってきてしまったので、きっちり釘をさしておく……ぬかにさしている気がしなくもないが、気のせいであると信じたいところである……
 ちなみに今ぶっ叩いたハリセンは鈍器扱いの武器だが、ダメージが0固定で音が派手に鳴るだけという、完全なネタアイテムである。

「うう、セットした髪が少し崩れちゃった……」

 いそいそと鏡を取り出して、乱れた髪を整えるクィーン。そういうところは女の子なのか。

「ちょっと強く叩きすぎたか……」

 髪の毛を整え終わったクィーンは鏡を消すと、「それでは失礼しますわ」と言い残して立ち去った。一応あいつもそういう仕事はこなしていたのか。妙に安心した。


 それから木をいくつか切り倒し、その場で【木の矢】を作成。街に戻って鉄と合成して【鉄の矢】を量産しておく。またいつダンジョンに行くことになっても困らないように、普段の三倍ほど製作しておいた。これでモンスターが多い日でも安全である。
 〈製作の指先〉のLvが50になっているのだが、このスキルを上級スキルにするには99まで上げないといけないらしく、当分先になりそうである……生産は一日にして成らずと言いたいのだろうか。


 矢の量産が終わり、後は料理を作って露店に出して落ちるかと料理作業をしていると、フェアリークィーンがぐったりとした姿で現れた。つい一瞬手が止まる。

「な、なんかやつれてないか?」

 作業を再開しつつ質問してみる。ぐったりしているが、こいつのことだから死にはしないだろう。

「結晶を渡すまでは良かったのだけれど、そこから先がね……私のスリーサイズなんてどうでもいいじゃない! 私の好みのタイプなんて知ってどうするのよ!? 好きな食べ物なんて聞いてどうするの!? 寝取りOKですか? とか理解できない質問まで来るし!? どこに行けば会えますか、なんてそれこそ答える理由がないわよ!? 人族は何でああいう質問を平気でできるのかしら……」
「そ、そうか、それは災難だったな……」

 こればっかりはさすがにクィーンに同情する。そういう発言をする奴はどこにでもいるからなぁ、しかもウケ狙いで悪気がないのが面倒なんだよなぁ……もしくは本当に惚れたか?

「仕方がないから、そういう質問した子達を一気にバトルフィールドに無理やり招待して倒して蘇生してまた倒してを一〇回ぐらいやったわ」
「おい!? 何やってんのオマエ!?」

 現時点ではまだプレイヤー側には見つけられていない蘇生魔法を平然と使った上にフルボッコとか、鬼かお前は……

「だってだって、そうしたら『私達の業界ではご褒美です』とか言って恍惚こうこつの笑みを浮かべたのよ!? 怖いじゃない……本当に人族って怖い……」

 ……ノーコメントだ、絶対にノーコメントで!

「お陰で一気に疲れたわ……イベントってこんなに疲れるものなのね……」

 まあ運営さんもイベントのときはひと苦労なんだろうが……今回はさすがのコイツも疲れたか。ある意味そのHENTAI紳士達も伝説の星になったのだろう、合掌。

「だからお願い、膝枕して、頭撫でて、婚姻届にサインして!」
「最後の一つは明らかにおかしいだろう!?」

 この後料理が完成するまで漫才みたいなやり取りをして、結局膝枕をしてやることで話がついた。泥沼なのは分かっているのだが……さすがに今回は少しばかりコイツに構ってやろうと、要望に応えてあげた。調子に乗ったらハリセンで叩くけど。


 七つ道具が完成したので、露店に出すポーションジュースや料理を作った後はひたすらソロで「死者の挑戦状」に潜っていた。
 戦闘は極力回避している。あくまで目的は七つ道具を使った罠の解除、鍵開け能力の向上であるからだ。
 ソロで来たのは正解だった。最初のうちは指とは違う感覚のため、罠を発動させてしまってダメージを受けたことが何十回とあった。
 それでも道具の扱いや感覚はそんなに時間も掛からず掴めてゆき、指でやるのに比べて二割から三割ほど、解除にかかる時間を削減できるようになった。
 もちろん、だからといってPTを組んで潜るには不安要素がまだ多く、もうちょっと罠の解除に慣れておきたいところだ。簡単な罠だけではなく難易度の高い罠の解除もできるようにならないと、下層まで行ったら役に立てないかもしれない。
 今は危険の度合いがそこそこのものから、かなり高い罠の解除を中心に行っている。ちなみに失敗すれば被ダメージと共に麻痺や石化、混乱など引き起こす危険な罠も多数である。当然、何度かデスペナルティも喰らっているが、それぐらいでめげるわけにはいかない。
 時にはヒーロー戦隊のブラックと一緒になり、罠を解除しながら色々喋ることもあった。内容は世間話からゲームの情勢、罠についての情報のやり取りなどである。ダンジョンで罠を解除しながら喋る二人の男は、他の人達から見ればちょいと不気味だったかもしれない。
 ブラックが一緒にいるときは戦闘も行っていた。お互いあまり高くない武器能力を鍛えることを兼ねて、である。宝箱が出たときは、二人で罠を調べ合って、罠の解除と鍵開け能力の向上を図る。
 収入はほんの僅かだが、スキルLvの上昇という意味では非常においしい時間であった。


 やがて〈盗賊〉スキルLvが50に到達し、上級にしようとしたのだが……ここで再び選択を迫られた。〈上級盗賊〉への道と、新しくできた〈義賊〉という選択肢である。
 〈上級盗賊〉は単純に今までの〈盗賊〉の上位版で、できることも一緒。もちろん能力そのものは高まるのだが……こちらへの上位変更はExPが3必要。
 そしてもう一つの〈義賊〉は、モンスターからアイテムを直接奪い取ったり、姿を隠しての奇襲攻撃にボーナスが付いたりするようだ。その分習得に必要なExPは非常に多く、なんと10。〈盗賊〉習得で8も使ったのに、さらに10も使うべきかどうか……
 ――だがそこで使うのが自分という人間だ(苦笑)。ウィリアム・テルやロビン・フッド気分に浸るには良いかも知れないし。〈義賊〉を選択して、OKを押し込んで選択完了。
 消費したExPに見合う働きができるように祈るしかないな……


 〈義賊〉になっても基本的にやることは変わらず、とにかくこつこつ罠解除の練習である。こういう地味な作業を続けられるか否かで、MMOの世界でやっていけるかどうかが決まるような気がする。七つ道具の方も細かい改良を加えており、より使いやすく変化していることは明言しておく。
 陰鬱なダンジョンの中にいる時間がプレイ時間の大半を占めていると、外に出たときに光をまぶしく感じてしまう。そんな自分にちょっとがっくり、まるで昼夜逆転生活ではないか……
 ところで、〈遠視〉スキルの能力で暗視を兼ね備えている自分は、ダンジョンに入っても明かりが不要で、真っ暗な状態でも行動できる。実はこれこそが、モンスターとの遭遇率を大幅に下げている要因であったりする。
 どうにも、この「死者の挑戦状」にはびこっているアンデッドモンスター達は光を感知する能力を持つらしく、明かりをつけていると寄ってくるようだ。
 光源の一つであるカンテラで明かりをつけながらダンジョンを歩いていたときに、ゾンビやグールによく見つかったことから、それでほぼ間違いないと推測している。
 モンスターとの戦闘をひたすら回避しまくって地下一〇階を目指すのであれば、なんと自分の場合はソロで突き進むのが一番安全だと判明したわけだ。〈義賊〉のLvがもう少し上がったらチャレンジしてみようと思っている。
 掲示板やブラックの話によると、一番進んだ人は地下七階ぐらいまで到達できているようだ。しかし、そこから罠がさらに多くなり、扉も隠し扉やトラップ扉などが増えてくるため苦戦中らしい。
 もちろん〈盗賊〉スキル持ちの人が同行しているのだが、それでも罠の解除に時間が掛かったり発動させたりしてしまい、全滅してしまったと聞いている。
 ブラック達ヒーローチームも挑んでいるようだが、六階以降はかなり厳しいとのことである。
 また厳しいのは罠だけではなく、地下七階からはとうとうレッサーリッチがうろつきだしているとのこと。名前にレッサーと付いていることから、リッチといえどまだ下級ということだが、逆に言えばさらに深部には本当の強さを持つリッチがいる可能性を示しているわけだ。
 レッサーリッチの攻撃は魔法がメインで、一発がかなり痛いのは当然ながら、直接触れられると麻痺したり、凍結状態にさせられたりして[ブレイクアーム]まで誘発する厄介なモンスターだそうだ。そしてそんなリッチの脇をソルジャースケルトンなどが固めているのである。七階からが本番だと、掲示板には書いてあった。
 罠の解除訓練を継続しながら、これから先の攻略計画を考える。
 とりあえず数回ソロで完全隠蔽スタイルを用いて、一〇階に到達できるかどうかを試す。その後〈盗賊〉持ちだという強みで、どこかのPTに拾ってもらうか、ツヴァイのギルドかヒーローチームに使ってもらうか……というところか。
 地下一〇階に何があるのか公式からは何の発表もないので、情報が出回る前に見に行きたいという好奇心もある。ような結末にならないためにも、しっかりと罠の発見と解除能力を磨いておかねばならない。
 容赦なく冒険者を呑み込む「死者の挑戦状」、その最奥への到達者はいまだゼロである。



【スキル一覧】

 〈風塵狩弓〉Lv10(←3UP) 〈蹴撃〉Lv20(←3UP) 〈遠視〉Lv48(←1UP)
 〈製作の指先〉Lv51(←1UP) 〈小盾〉Lv5(←2UP) 〈隠蔽〉Lv38  
 〈身体能力強化〉Lv24(←2UP) 〈義賊〉Lv2(NEW!) 〈鞭術〉Lv36(←2UP) 
 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
 控えスキル
 〈木工〉Lv34 (←1UP) 〈鍛冶〉Lv39 (←1UP) 〈薬剤〉Lv40  〈上級料理〉Lv3(←2UP)
 ExP2
 称号:妖精女王すら魅了した者 一人で強者を討伐した者
 プレイヤーからの二つ名:フェアリークィーンの旦那さん



  6


 〈義賊〉スキルがLv‌15まで上がったので、いよいよダンジョン深部へのソロアタックを開始する。ちなみに他の人達は、このダンジョン専用の固定PTを組むことがメインになりつつあるようで、野良メンバーの募集は大幅に減ってきている。これはダンジョンの特性上、仕方がないが。
 それからダンジョンに挑むこと三十二回。これは同時にデスペナルティをもらった回数でもある。速度を優先したが故のミスや、モンスターの集団をやり過ごせず戦闘になって逃げ切れなかった回数であるのだが、それでも楽しい。
 タイムアタック気分で無駄な動きを削り、速度を上げ、罠を見切り、モンスターの集団に気付かれずさっさと先を目指す――それを毎日繰り返していた。
 一日に挑める回数は、平日で多くて三回。休日は八回ぐらい挑んだ。それぐらいはまっていたのだ。他の人から見たら何かに取り付かれているとしか思えなさそうであったが。
 そして三十三回目。今までよりはるかに状態は良好だ。集中力は気持ち良く高まり、罠・モンスターの発見&回避ルートの選定、素早い移動が実にスムーズにできている。俗に言う「ノリにノっている」状態といったところだろう。
 数回かなり近くまでモンスターが来たことがあったが、そこは呼吸を止めることでなんとか回避した。奴らは呼吸にも反応していると、八回目辺りで気が付いたのだ。
 今、自分は地下九階にいる。残り時間は五分少々……「レッサー」ではない、正真正銘のリッチがうろついている階層だ。ソロの自分がリッチに見つかるとほぼ
 いや、純粋な一対一ならなんとでもなるのだが、この階層で戦っているとどうしても他のアンデッドまで反応して、一気に襲い掛かってくる。
 さすがにソロでそこまでの数をさばく能力はない。リッチの闇魔法で色々なステータス悪化魔法をばら撒かれて動きを縛られた末に、よってたかってやられてしまう。
 息と気配を殺し、集中力を高めて、暗視能力全開で〈遠視〉スキルを用いながら、闇の中をひた走る。目標はただ一つ、地下一〇階への階段である。
 その下に何が待つのか、何がいるのか、それをただ見てみたい――それだけのために三十二回も地に転がされたのだ。「身体能力強化」がLv‌30になり、《移動能力強化》という常時発動パッシブアーツを習得し、自分の移動能力はより強化されている。持てる全てを使って地下一〇階への階段を探し求めている……残り一分一四秒。
 残り時間二十四秒で階段が見つかった。しかしその階段の周りには、罠がこれでもかというほど多数配置されていた。解除している暇は全くない。やむを得ず、《フライ》を起動して飛び上がり、警告度が低めの罠の上まで跳躍する。
 当然踏まれた罠が起動する。今回踏んだのは、地面から槍が飛び出す、罠としては良くあるタイプだった。当然ダメージを受けてHPがごりっと減らされる。
 だが今の自分には、痛みを堪える時間すら惜しい。ゲームといえど気持ちの悪い苦痛の感覚を受け入れて、階段目指してもう一回跳躍。《フライ》の滞空能力を生かして何とか階段の上に到着、駆け降りる。残り時間は三秒と表示されていた……


     ◆ ◆ ◆


 階段をやや降りたところで、最下層に到着したからなのか制限時間のタイマーが完全に停止していることを確認。それでやっと大きく息をついて、深呼吸をする――ぎりぎりだったが、辛うじて間に合った。
 最初に訪れた感情は安堵、そしてそれが徐々に興奮へと変わっていく。前人未到の場所に立っているという事実を、ようやく実感できてきた。
 その後ゆっくりと階段を降りながらポーションジュースを飲み、串焼きにしておいた肉を食い、HPやMP、満腹度などを回復させていく。しかし、階段がやけに長い。もう二〇メートルほどは歩いているのだが、まだ下が見えない。

『……ホウ、ホウ、ヨモヤコノ場所ニ一人デ到達シタ人間ガオルトハ』

 突然、しわがれた声が響き渡る。

「……一体誰だ?」

 既に誰かが到達していたのか? それにしては声が……

『……我ガ名ハ、アンドレ……アル帝国ノ騎士ナリ……遠イ昔ノ話ダガナ……オソラクオマエニ我ガ帝国ノ名ヲ告ゲテモ分カラヌダロウ。ドレダケノ時ガ流レタノカ、我ニモモウ分カラヌノダ』

 声を聞きながら階段を降りていく。まだ先が見えないな。

『今オマエガ降リテイル階段ハ相当ニ長イ……暇ツブシダト思ッテ我ノ話ヲ聞イテクレレバ良イ……我ハカツテコノ死者ノ大迷宮ノ調査、並ビニ封印ヲ行ウヨウ帝国ノ命ヲ受ケタ』

 ……ふむ。

「が、貴方はその命を果たせなかった、と」

 僅かな沈黙の後に声が響く。

『情ケナイガ、ソノ通リダ……多数ノ部下モ居タノダガ、コノ迷宮ノ罠、オゾマシイ魔物達ニ喰ワレ、首ヲハネラレ……ムゴタラシク殺サレテイキ、数ヲ減ラシテイッタ……部下ノ、仲間ノ血ヲ対価トシテ、我ハココマデ辿リツイタノダ……』

 まるで泣いているような声だ。

「そこには……何があったんですか?」

 またも沈黙が訪れる。階段を降りていく自分の足音が、妙に大きく聞こえる。

『何モナカッタ』

 予想外の返答である。

「……何、も……?」

 どういうことだ? 古代の騎士の話は続く。

『ソウ、何モナカッタ、其処ソコニハタダタダ何モナイ空間ガアッタ……ソウ、空気サエモ』

 !? ……最悪のトラップだなそれは。

「では貴方はそこに入った途端……」

 予想される結果は一つだけ。

『ソノ予想通リダ。入ッタ瞬間、我ハ、死ンダ。ソコカラ、理屈ナドハ分カラヌガ、我ハ生ケル屍ノ仲間入リヲ無理ヤリニサセラレタ……我ヲ〝スケルトンナイト〟ナドト呼ブ声ガ、一度ダケシタ……ソレガイツダッタノカ、モウワカラヌホドニ昔ダ……』

 ……一つ聞いておかねば。

「その、貴方が入ってしまった空間は、いまだに存在しているのですか?」

 返答は早かった。

『ナイ。我ガ打チ壊シタ。皮肉ニモ今ノ我ハ、生前一切使エナカッタ魔法ガ使エル様ニナッテイテナ。使エル魔法ノ全テヲ駆使シテ、ソノ空間ヲ破壊シタ……アノヨウナ罠ニ掛カッテ死ヌノハ、我一人ダケデヨイ……』

 死してなお騎士でらんとしたのか……

「……階段の終わりが見えてきました。故に、最後の質問です……貴方の、望みは」

 答えは……きっと……

『……我ヲ、殺セ……友ノ下ヘ……モウ行キタイ……疲レタノダ、モウ、自分ガ自分デ居ラレナクナリツツアル……タダノ魔物ニナドナリタクナイ、ソノ一心デ耐エテキタガ、限界ガ近イ。既ニ……モウコノ体ハ殆ド魔物ノ欲ニ動カサレテシマウ様ニナッテイル』

 やはり、そうか。階段が終わり、それっぽい扉が目に入ってきた。

『故ニ情ケナド無用ダ、タダタダモンスターダト思ッテ我ヲ打チ倒セ……意識ガモウ消エテユク……後ハタ……ノム……ゾ』

 それが彼、騎士アンドレとしての最後の言葉となった。


 部屋に入った自分を出迎えたのは、全身に重鎧をまとい、騎士剣を右手に、大きな盾を左手に持つボスモンスター、スケルトンナイトであった。誰も見ていない……いや、おそらく死神だけが見つめているだろう決闘が今、始まる。


「クククク……カカカカカカカッ! ようやく、ようやく屈しおったわ! ようやくこの体、この剣、乗っ取れたわ! 待ちかねたぞ!」

 スケルトンナイトが笑い出す。

「そして私は運が良い! ちょうど生きた人間が目の前に居る。貴様を喰らって血をすすり、我が体をより強靭なものにしようではないか! カカカカカッ!」

 さらにスケルトンナイトは高笑いを繰り返し、えつっているようだ……こういう手合いにはこういう挨拶がいいな。
 ドゴッ! と音を立てて、【重撲の矢】がスケルトンナイトの顔面にぶち当たる。鎧を着込んでいるため、狙える場所が頭ぐらいしかないのだ。

「貴様、何をするか!」

 スケルトンナイトが激昂したような声を張り上げる。

「うるさい。お前の声など聞きたくない、虫唾むしずが走る」

 こんな下種げすと丁寧な会話をするつもりはない。すぐに次の矢をつがえて撃つ。が、これは盾に阻まれてしまい、「ゴイン!」と鈍い音を立てて落ちていく。

「貴様のようなやつはせいぜいいたぶってから殺してやろう……少しは遊びになるといいがな?」

 そんな一言を発したスケルトンナイトが一歩踏み出す……と次の瞬間、奴は自分の目の前にいた。こいつ、二〇メートルぐらいの距離を一秒ちょっとで詰めやがった!
 体が光っていたから、これもアーツなのか? モンスター専用の……〈風魔術〉の《ウィンドブースター》を使っても、プレイヤーにはここまでの急加速は不可能だ! 
 そのまま右手に持った剣――ロングソードより長く重そうな騎士剣――が振りかぶられる。しまった、一瞬混乱してしまったせいで、回避行動が間に合わない!

「終わりよ、つまらぬわ」

 スケルトンナイトはそう声を上げて剣を振り下ろす。
 だがこちらもすぐさまアーツの使用を宣言し、右手に装着してある盾で《シールドパリィ》を発動。短時間ながら弾き返す能力が大幅に上昇するこのアーツで、とっさに振り下ろされた騎士剣を弾き、直撃を回避する……なのにHPが一割ほど減っている。直撃していたら、奴の言うとおり即死だった。

「勝手に終わりにされるのは困るね」

 とりあえず悪態をつく。余裕があろうがなかろうが、表面だけでもごまかすのも駆け引きのうちだ。使えるものは言葉だろうが道具だろうが、何でも使わないとな。

「初撃は防いだか……カカカカッ、そうだ、簡単に壊れてくれるな」
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