総理大臣 藤堂 光

椎名ほわほわ

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第二話

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 2月14日、首相官邸の中。


「なんとか、スパイや工作員の妨害工作が動く前に宣言が出来たな」


 そう言って光はフルーレの前で一息つく。 今はもう日本のどこに盗聴器あるのか、盗聴している人間が居るかが分からない上に、複数の国が連合して、日本に対しスパイやら工作員やら暗殺者やらを山ほど送り込ませている。 そいつらに対し、日本の警察は手を出すことが一切許されていない、手を出したら国際法違反などと言うことにされて、逮捕されて国際裁判送りにされてしまうのだ。


「しかし、この国の歴史を知れば知るほど悲しくなりますね、良くぞここまで耐える事が出来たものですね……」


 フルーレは光によって渡された日本の歴史が書かれた紙を見ながら、悲しげに声を漏らす。1500年ほど前から、日本を取り巻く環境は徐々におかしくなり始め、ここまでの搾取が本格的にスタートしたのは1000年ほど前である。

 ありとあらゆる世界の国々は、存在しない罪状を国際連合の場ででっち上げ、嘘の証拠を次々と並べ立てた。 そして当時の台湾、トルコなどの一部の国を除き、これは間違いなく日本の悪事であると多数決で決定してしまい、そのまま日本は数の暴力で押し切られてしまったのだ。


 その罪状とは……『日本による世界征服』である。


 その当時の日本人はこう思っただろう、『こんな世界、征服する価値なんかどこにも無い』と。 だが、当時の国際連合常任理事国、非常任理事国全部が日本の企みは真実であると述べた上に、日本に一切の反論をする時間すら与えてはくれなかった。


 その影響で、自衛隊も殆どの武器、装備を国際連合主導で取り上げられ、持つことが許されたのはスタン・ロッドや、麻酔銃などのせいぜい対人に使える武器ばかり。戦車、戦闘機などは全て取り上げられてしまったのだ。これにより、武力による徹底抗戦も封じられた。いや、武器があったとしても、全世界VS1国では戦う前より結果が見えている。


「だが、そこで国民が自棄にならずに済んだのはまさしく天皇陛下のお陰であった……」


 当時の天皇陛下も当然お怒りになられた。しかし、このまま無謀に世界へ特攻させ、日本国民を絶やす訳には行かないとお考えになられた。そして、この言葉が陛下の御口により再び日本に流れたのである。


『耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び……未来に託すために、堪えて今は堪えて欲しい』と。


 日本の国民は皆、泣いた。我々はそんな馬鹿げた真似などしていないのに。我々は必死で新しい物を造り、世界に貢献してきたと言うのに。その答えがこれなのか。我々はこんな事をされなければならぬのか。この日の記録は今の日本人でも、涙無しでは見ることが出来ない。


「我が世界の3国も王は象徴であると言う政治体制を取っておりますが……ここまで国民に慕われる方だったとは……昨日、面会させて頂けた事は非常に幸運だったのですね」


 フルーレはそう言って、体を震わせている。


「そして、その陛下が仰られた日が……ついに来た。 我々日本人の忍耐は無駄ではなかったと拳を上に振り上げるときがついに来た! HPの方にも国民からの喜びの声に溢れている」


 光は気がついていない。 自分が無意識に握り拳を作っていた事に。 涙を流している事に。 フルーレはそんな光の状態をあえて見ない事にした。男ではなく、漢がそこで泣いていると気が付いたから。


「だが、世界からは批判ばかりだ。夢を見るのはジャパニメーションの中だけでやれと。そして世界を混乱させた責任として、今後10年間は無料で最新の技術提供をしろとまで言って来ている」


 フルーレの表情もとたんに険しくなる。



「恐らく連中は、世界に出て働かされている日本人を拘束し、人質として使うだろう。空港も封鎖しているかもしれない。フルーレ、すまないが貴女の世界が持つこの世界の常識では推し量れない力を借りたい」


 フルーレは即座に手を上げる。


「その展開はこちらの想定内です、各番隊長、いますね!」


 フルーレの声が上がると共に、部屋の中に15人ほどの人間が次々と現れた。


「はっ、1番より15番まで、日本皇国転移における責任部隊隊長、全員揃っております。将軍のご指示通り、既にこの日本皇国の外にいる日本人の救出、それから日本人を拘束、ならびに殺傷行為を行おうとした者達の排除も滞りなく進行中です!」


 先頭にいた1人の女性が情勢を読み上げる。


「よろしい。 この日本皇国を汚し続けた者達に容赦も情けも必要ありません。物言わぬ骸にして構わないと全ての隊員に改めて通達しなさい! ここで助けた者達が、将来貴方達の伴侶となるやも知れません、誰一人として置き去りにすることの無いように!」


 フルーレの指示に、各部隊隊長達は右手で敬礼し、左手を心臓に当てている。 おそらくはあれが向こうの最敬礼の形なのだろうと光はあたりをつけた。


「日本国首相としてもお願いする。これ以上我らの国民を苦しめたくは無い。一刻も早く救い出し、わが国へと連れて来てあげて欲しい」

 光は頭を深く、深く下げる。戦闘力をもぎ取られ、僅かな希望のために耐えてきた今の日本人にとって、変に高いプライドなど一切無い。同胞を助けてもらえると言うのであれば、こんなことなどなんでも無かった。


 この光の行動に全部隊の隊長達は再び最敬礼を取った後、すぐさま姿を消した。


 2000年ほど前に存在していた、日本国民でもないというのに税金をむさぼり、納税義務も免除され、特権階級で鳴らしていた連中は、日本の立場が苦しくなるにつれ我が祖国とやらに逃げ帰り、そこで受け入れられずに死滅した。


 国際結婚も最後に行われたのは1100年ほど前だ。日本が悪とされるようになってからは、国際結婚は一切行なわれていない。奴隷などと一緒にいられるか! そう罵られた事もあると記録にもある。


 だからこそ、今の日本人は純粋な日本人だけであり、約7500万人の国民はまさしく家族でもあった。故に団結が可能で、皮肉なことにそれが世界一治安が良い国が奴隷の国日本と言う結果にもなっていた。

 その家族がついに新天地に渡れる、最初で最後のチャンスが巡って来たのだ。誰一人置いていくわけには行かない。苦しみ、涙し、血を吐き、理不尽極まりない罵倒や暴行で魂を汚され、それでも耐えてきた祖先が文字通りに必死になって残した血であり、家族なのだ。誰一人として置いてけぼりにすることは許されない。


「光様。 我が部下はとても優秀です。 どうか信じて下さいませ」


 光が俯きながら両手を組み合わせ、その組み合わせている部分から血が流れ出している様子を見かねたフルーレはそう告げる。その姿はあまりにも痛々しく、見ていられなかった。そして、紙の上ではなく、目の前の漢がここまで耐えてきた事を悟り、この作戦の失敗は絶対に許されないと心の中の剣をもう一度深く握りなおした。



*****

こちらに乗せるときに、多少の加筆、修正などを行っております。
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