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第五十九話『次なる驚異』

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 ウォルスたちの住むラグナレク大陸から、遥か北に進んだ先。青い空を切り裂くように、リシュメリア大陸が浮かんでいます。

 飛行艇を始めとした機械技術が発達していると言われますが、大陸そのものの面積は狭く、ラグナレク大陸の半分ほどしかありません。

 そのリシュメリア大陸の中央にあるのが、リシュメリア帝国。この大陸の政治、経済の中心地です。

 周囲を頑丈な鋼の壁で覆われた市街地と、その中心に聳える、これまた鋼で作られた巨大な城が目を引きます。

 そんな城の近く深く。いわゆる地下牢と呼ばれる場所に、ガルドスとジョシュアネスの姿がありました。

「ちくしょう! いい加減、ここのスープの不味さにはうんざりだ!」

「そうかな? ボクにはちょうどいいけどね」

「ネクロマンサーの味覚と一緒にするんじゃねぇよ。クソ。こいつは、きっと腐りかけの肉を使ってるに違いねぇ」

 ガルドスが怒りに任せて、悪臭を放つスープを器ごと壁に投げつけ、その後に大きなため息をつきます。

 彼らはセレーネ村を派手に襲ったにもかかわらず月の巫女を捕らえることができなかった責任を問われ、反省のため牢に入れられてしまっているのでした。

「……お前たち、釈放だ」

 その時、どこからか青髪の青年が音もなく現れ、鉄格子の前でそう言い放ちました。

「ようやくかよ。ありがてぇ」と、鉄格子の方を見ずに言い、ガルドスは立ち上がって、わざとらしく肩を回します。

 続いて頑丈な扉が開く音がして、青年に導かれながら二人が牢屋の外へと出ます。彼らにとって、一ヶ月ぶりの外でした。

「悪いが、気を抜く暇はないぞ。任務だ」

「釈放の喜びを味わう間もなく、仕事かよ……ランドリムスの旦那、冗談がきついぜ」

「……嫌なら、皇帝陛下にそう伝えておくが?」

「いや、行くよ。行くに決まってるだろ」

 ガルドスは大袈裟な表情を見せます。一方、ランドリムスと呼ばれた青年は特に反応する事もなく、先に歩き出しました。

「……ところで、リリファーリエの姿が見えないようだけど」

「リリファーリエは勅命により別の任務についている。今頃、オルフェウスだろう」

 ネクロマンサーの少年、ジョシュアネスが尋ねると、そんな返事が返ってきました。

「勅命任務かよ。ちび姫様、出世したなぁ」と大袈裟に驚くガルドスを横目に、ジョシュアネスは「彼女の幻術は隠密行動に向いてるからね」と納得顔。元々リリファーリエとコンビで行動することが多いせいか、彼女の特徴は理解しているようでした。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 やがて、三人は王の間へとやってきました。鋼の城ということで全体的に黒く、暗い印象ですが、玉座は床、壁、階段と、そこらかしこに紫色を基調とした布があしらわれ、金の糸を使って国家の紋章が彫られています。そのおかげで、他の場所に比べて気品を感じます。

「イーファ皇帝陛下、ランドリムス以下、ガルドス、ジョシュアネス、馳せ参じました」

 そろって傅く三人の先、これまた金と紫の細工が施された玉座に腰を下ろすイーファ皇帝の姿がありました。黒に近い衣装を身に纏い、肩程まである髪は黒髪。一方で肌は雪のように白く、深紅の瞳が映えます。

「これはこれは。待ちかねましたよ」

 言葉とは裏腹に、その薄い唇から発せられた言葉には全く感情がこもっていませんでした。それでも、不思議な威圧感を感じ、ランドリムスたちはその身を強張らせます。

「こうしてお前たちを呼んだのは他でもありません。つい先刻、ラグナレク大陸にて月の神殿の封印が解かれました」

「月の神殿……まさか」

 思わず顔を上げて、ランドリムスが驚嘆の表情を見せます。イーファ皇帝はその様子を楽しむかのように頬杖をついて、僅かに笑みを浮かべながら続けます。

「……おそらく、先日取り逃がした月の巫女がその力を解放したのでしょう。いやはや、予想外に行動的ですね。してやられました」

 はっはっは、と甲高く笑いますが、眼前の三人はますます委縮しています。自分たちの失敗を責められているようなものですから、当然です。

「まぁ、私は失敗をいつまでも責めるようなことはしませんよ。重要なのは、これからどれだけ埋め合わせをできるかですからねぇ。期待していますよ?」

 言って、深紅の瞳でガルドスとジョシュアネスを直視します。蛇に睨まれた蛙状態の二人は、どちらとなく「肝に免じております」と声を出すのが精一杯でした。

「お言葉ですが、月の巫女が神殿を開放したとなると、これ以上の力を持つ前に捕えるべきでは?」

「そうですねぇ。流石にラグナレク国内にいるうちは手出しできませんが、幸いなことに月の神殿は他の大陸にも存在しています」

「察するに、そこを待ち伏せするのですか?」

「そうです。既にリリファーリエをオルフェウスへ潜入させていますし、ジョシュアネスもそれに追随してもらいます。いいですね?」

「しょ、承知しました!」

 突然話を振られたジョシュアネスが立ち上がり、叫ぶように返事をします。そして「良い結果を期待します」と続ける皇帝陛下に一礼し、玉座を後にしていきました。緊張しているのか、右手と右足が一緒に出ていました。

「さて。当然他の者にも任務があります。ガルドスは飛行艇部隊を率いて、ラクナレク大陸周辺の偵察を頼みます。ランドリムスはフェルブールでの任務を継続なさい」

「はっ」

「御意」

 ジョシュアネスと同じく、新たな任務を受けた二人も一礼して玉座を後にし、その場にはイーファ皇帝だけが残されました。

「……では、私も準備をするとしますか。同盟関係の維持も、面倒なことこの上ないですね」

 そう呟いて、彼も私室へと向かって行きました。ルナをつけ狙う彼らの真の狙い、一体何なのでしょうか。


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