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第五十一話『月の女王』
しおりを挟む……お酒を飲んではしゃいでいたゼロさんと長老さまが休んでから、わたしとウォルスくんもようやくベッドに入る。
「むにゃ……ルナ……俺が守って、やるからな……」
隣のベッドで眠るウォルスくんは、夢の中でもわたしを守ってくれてるみたい。嬉しいけど、無茶しないでね。
ウォルスくんの頼もしい寝言を聞きながら、わたしも目をつぶる。
……けど、一向に眠気は訪れない。
おかしいなぁ。とか思ってたら、わたしは昼間、魔物に襲われてたっぷり寝ちゃってたんだった。眠れないわけだよね。
心の中で苦笑して、眠るのを諦めて身体を起こし、窓の外を見る。かさかさと木の葉が風に擦れる音が聞こえるくらいで、外は真っ暗だった。森の奥だし、月や星の光も届かないのかな。
……へっくし!
その時、外からくしゃみが聞こえた。
「……ソラナちゃん?」
……そういえば、ソラナちゃんは一人外で寝てるんだよね。
自分の意志で出て行っちゃったから止められなかったけど、森の夜は冷えるだろうし。なにより、ソラナちゃんは胞子病だ。きっと眠れてないと思う。
わたしは他の皆を起こさないように慎重にベッドから降りて、部屋のクローゼットから予備の毛布を引っ張り出す。
「せっかくだし、飲み物も持って行ってあげよっと」
暗闇の中、手探りでテーブルの上に置かれたポットを手に取る。森で採れたハチミツがたっぷり入った紅茶はまだ温かくて、いい匂いがする。
一緒に木製のカップも二つ持って、準備万端。ソラナちゃん、どこかな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
くしゃみがする方角へ歩いていくと、村外れの茂みの中にその姿を見つけた。
「ソラナちゃん、みつけた」
「へ?」
地面の草を押し倒して、その上に横になっていたソラナちゃんは、私の姿を見て驚いた顔をする。
「ルナ、こんな時間にどうしたの?」
へっくしゅ。とその後にくしゃみが続く。うわ、やっぱり大変そう。
「眠れなくて。ちょっとお話しようと思ったの」
そう言いながら、毛布と紅茶を手渡す。「月の巫女が夜更かししちゃっていいの―?」なんて、笑いを含んだ声が飛んでくるけど、わたしはお構いなし。そのままソラナちゃんの隣に腰を下ろす。
「あー、ここ、蚊が凄いわよ。ほら、入りなさいよ」
言って、ソラナちゃんは渡した毛布を広げてくれた。二人も入ったらちょっと狭いけど、これなら肌が出てる部分も減るし、蚊に襲われなくて済むかな。
「それで、話って何? あたしについては、王都で大抵のこと話しちゃった気がするけど」
「ほら、この間言ってた、妹さんの話。聞きたいなって思って」
ソラナちゃんは「面白い話じゃないわよ……」と控えめに言った後、話してくれた。
「妹……イリアはね。生まれつき身体が弱くて、いつもベッドの上で本を読んだり、人形で遊んでるような感じの子だった。外で遊ぶことはできなかったけど、それなりに幸せだったと思う。あの戦争が終わるまではね」
一気に話して、ソラナちゃんの表情が曇る。戦争ってことは、10年前のそれのことだよね。
「それまでオルフェウスに住んでたあたしたちは、人間たちから追い立てられるように砂漠へと逃げた。両親とも途中で離ればなれになって、そのまま行方不明。途中で砂嵐に遭ったりして、色々大変だったけど、あたしはイリアを背負って、なんとかオルフル族の村へと辿り着いたの」
『色々大変だったけど』と端折っていたけど、たぶん、わたしなんかじゃ想像もできない壮絶な体験をしてるんだろう。
最後に「あの時ほど、自分の有り余った体力をありがたく思ったことはないわねー」と、場を和ませるように言って、ソラナちゃんは話を終わらせた。
「……いつか会ってみたいな。その、イリアちゃん」
「え?」
わたしが素直な感想を口にすると、ソラナちゃんはまた驚いた顔をした。
「……そうね。あんたとイリア、性格似てるし。きっと仲良くなれるわよ」
そしてすぐに表情を崩して、今度は嬉しそうに笑ってくれ、続けて、何かに気づいたかのように「……ああ、だからなのね」と呟いた。
「人間嫌いのはずのあたしが、ルナと仲良くできてる理由。あんた、どこかイリアに似てるのよ。こんな感じに気が利いて、優しくて、とろいの」
「そんなこと……え? とろい?」
ソラナちゃんがわたしを指差して言う。わたし、とろいかな? ちょっとショック。
「じゃあ、オルフェウスに来ることがあったら、村に案内してあげるわ。ルナは特別」
「やった。ありがとう」
「その代わり……ううん。なんでもないわ」
何かを言いかけて、ソラナちゃんは口ごもる。「気になるんだけど」と伝えると、一瞬悩んでから再び口を開いた。
「ルナの癒しの力で、イリアの病気治してもらえないかな……なんて考えちゃった。ごめん」
「え、どうして謝るの?」
「だって、自分勝手じゃない。そんなの」
「全然そんなことないよ。わたしもできたら、力になってあげたいし」
「……ほんと、やさしーわね」
呆れたような、嬉しそうな声でそう言って、ソラナちゃんは空を見上げた。わたしも釣られるように空を見る。
「……え?」
すると、わたしたちよりずっと高い所に、女の人が浮いているのが見えた。誰?
「ルナ、あたしの後ろに隠れなさい。あいつ、透けてるし。何してくるかわかんないわよ」
そう言って、ソラナちゃんはナイフを構える。どうやら、あの女の人の姿、ソラナちゃんにも見えてるみたい。
「――月の巫女よ」
そして次の瞬間、頭の中に直接声が聞こえた。
困惑していると、ゆっくりと女性が下りてくる。その緑色の長い髪も、白を基調とした神秘的なドレスも、風もないのにふわふわと揺れていて、青い瞳で、まっすぐにわたしを見ていた。
「あ、あなたは?」
「……私は月の女王。月の国を統べる者です」
「女王、様……?」
いつも空に見える月の国。あそこに女王様がいたなんて。
「あの、どうしてわたしに会いに来たんですか?」
「月の国の民は、貴女が来るのを待っているからです。月の神殿は、その道標となる場所」
民が、わたしを待ってる? どういうこと?
「月の神殿の祭壇で、そのペンダントを掲げなさい。そうすれば、月の神殿は貴女に守る力を与え、やがては月の国へ導いてくれるでしょう」
そこまで話すと、月の女王様はまるで闇夜に溶けるように消えていった。
「……なんだったのかしら。何も言わずに消えてったけど。もしかして、幽霊……?」
わたしが呆気に取られていると、隣のソラナちゃんが顔を青くしながら言った。さっきの声、どうやらソラナちゃんには聞こえていないみたい。
変な感じはしなかったし、きっと優しい幽霊さんだったんだよー……なんて口にして、おろおろするソラナちゃんをなだめたけど、女王様の言葉が気になったわたしは、どこか上の空だった。
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